メッセージ欄
2008年6月の日記
▼ イザベラ
2008/06/07 15:42 【人物紹介】
- イザベラ・マリニア・ジーノ
- 投資コンサルタント
- 長い黒髪で緑の瞳、目のぱっちりした美人。
- デイビットの妻。子供がいないためか、まだらぶらぶカップル。
- 毎日旦那の褒め殺し攻撃にあっているはずだが、なれているのかまったく気にしていない様子。
- 登場作品:【3-15】サムシング・ブルー後編、名前だけ【ex3】有能執事奮闘すに登場。
▼ ヒューイとデューイ
2008/06/07 15:48 【人物紹介】
- ヒューイ&デューイ
- サンフランシスコ市警の警察犬
- ヒューイは黒毛のロングコート、デューイは顔と脚が茶色で背中が黒いスムース(短毛)、どちらもシェパード。
- ヒューイは警察犬、デューイは爆弾探知犬。母犬の同じ兄弟犬。エリックが時々温もりを分けてもらっている。
- ヒューイはフレンドリー、デューイは若干癖あり。二頭とも獣医さんが女医さんだとものすごくご機嫌。
- もう一頭、ルーイという兄弟がいたが、殉職している。
- 登場作品:降りしきる雨みたいに他
▼ ジェフリー
2008/06/07 16:01 【人物紹介】
- ジェフリー・バートン
- FBI捜査官
- ダークブラウンの瞳と髪、声は低く背は高い。
- オティアとシエンの関わる人身売買事件を担当。相棒はオルファ。
- 人当たり穏やかでハンサムな知略家。誠実そうな笑顔が最大の武器…なのだがいまいち詰めが甘く、行動力では若干相棒に劣る。
- 独身。恋人無し。レオンと気が合うらしい。
- 元海軍だが兵士ではなく、犯罪法務部(JAG)に所属。軍事裁判で検事・弁護士の役割を担う法務担当士官をつとめていた。
- 何かと所轄の警察とは折り合いがよろしくないFBIだが彼の場合は受けが良い。
相手の捜査方針を尊重しつつ要所要所で抜け目なく口を挟み、最終的に自分たちの望む方向に誘導する。
職場でのあだ名は『smily』
- 捜査において「良い警官」と「悪い警官」の役割分担ではほぼ毎回「良い警官」の役が回って来る。
- 妙な事件に関わる率が高く、相棒と込みでひそかに『モルダーとスカリー』と呼ばれている。
- 登場作品:【3-13】★俺の天使に手を出すな他
▼ オルファ
2008/06/07 16:03 【人物紹介】
- オルファーン・ダーヘルム
- FBI捜査官
- ブルネットのくせっ毛、瞳は藤色がかったグレイ、背は低めで声は穏やか……普段は。
- 髪色は本来はアッシュブロンドだが「人と話すとき冷たすぎる印象を与えるのはよくない」ので染めている。毛質は固くあちこち跳ねる。
- オティアとシエンの関わる人身売買事件を担当。相棒はジェフリー・バートン。
- 人妻。左手にプラチナの結婚指輪あり。
- 自らの腕力に見合った小型の拳銃を操り、あたかも急所を針で射抜くようにして最大限の効果を引き出す腕の持ち主。
捜査方法もこれに準じる。職場でのあだ名は『stinger』。 - 妙な事件に関わる率が高く、相棒と込みでひそかに『モルダーとスカリー』と呼ばれている。
- ヒウェルのことを「H」と呼ぶ。けっこう顎で容赦無く使っているらしい。
- 登場作品:【3-13】★俺の天使に手を出すな
▼ キャンベル
2008/06/07 16:12 【人物紹介】
- ロッド・キャンベル
- サンフランシスコ市警、CSI。
- 黒髪黒目。ドレッドヘアーの黒人さん。
- エリックの同僚。エリックに誘いをかけるが、見事にスルーされている。
- 背は低いわけではないがエリックのほうが高い。
- 同名の缶詰スープは好物でしょっちゅう飲んでる。
- 登場作品:降りしきる雨みたいに 他
▼ ジョーイ
2008/06/07 16:13 【人物紹介】
- ジョーイ・グレシャム
- 編集者
- もしゃもしゃの天パ、黄色みがかった茶色の髪に青い目。
- ヒウェルと仕事をしている出版社につとめる編集者。ゲーマー(主に懐ゲー好き)。
- 暇になるとスタンダップコメディアンばりにうるさい。
- ヒウェルとは大学時代からのつきあい。
- 登場作品:【3-10】赤いグリフォン他
▼ お礼小説
2008/06/09 18:02 【お礼】
それぞれ番外編と短編に収録されています。こちらはまとめ記事です。
下に行くほど新しい話。
拍手用
下に行くほど新しい話。
3000ヒット | 降りしきる雨みたいに | (エリック) |
6000ヒット | 【side3】チョコレート・サンデー | (ヒウェル) |
12000ヒット | 【ex3】有能執事奮闘す | (アレックス) |
20000ヒット | スクランブルエッグ | (ディフ) |
50000ヒット | 【4-2】ねこさがし | (オティア) |
111111ヒット | 【4-15】犬の日 | (デイビットと双子) |
200000ヒット | 執事と眼鏡と愛妻と | (アレックス一家) |
200000ヒット | うたた寝-オティアの場合 | (ヒウェルとオティア) |
222222ヒット | 【ex14】メリィちゃんと狼さん | (ランドールとヨーコ) |
- 【side2】お皿が一枚
- 君は臆病者じゃない
- クレープみたいに
- アフターミッション
- 犬のお医者さん
- ぼくのクマどこ?
- フクシアの花の色
- サワディーカ!
- real-Scotsman
- second-bar
- とりかえっこ
- モニのおうじさま
- サワディーカ!おかわり
- あいつはシャイな転校生
- 秋の芸術劇場
- びじんひしょ出勤する
- ハッピーハロウィンin文化祭
- 芸術劇場「赤ずきん」
- メロンパンの森
- 奥津城より
- ★プレゼントは私
- ジャパニーズボブテイル
- スキップ・ビート
- ちっちゃなピンクのハンドバッグ
- 大富豪
- 牧人ひつじを……
- 殻のあるシーフード
- 留守番おひめさま
- サワディーカ!3皿目
- うわさのヒウェ子
- ★★君を包む柔らかな灯
- ボーイミーツボーイ
- 期間限定金髪巫女さん
- 科学のココロ
- サリー先生のわすれもの
- コーヒーゾンビのささやかな幸せ
- 進路指導
- すやすや
- hとOともう一匹
- 留学前夜
- お父さんの眼鏡
- 留守番サクヤちゃん
- 留守番サクヤちゃん2
- サプライズなお客様
- 風邪引きサクヤちゃん
- お使いサクヤちゃん
▼ 【3-13】★俺の天使に手を出すな
2008/06/13 3:31 【三話】
- 【3-13】、正式版。2006年5月の出来事。【3-13-1】に加筆あり。
- 月梨さんから素敵な画像をいただいたので、表紙絵風にレイアウトしてみました。クリックで拡大します。
- 目安として★★は「CSIベガス、マイアミ、NYのゲイ描写がOKな人なら」読めるレベル、とお考えください。
【attention!】
- タイトルに★の入った章は男性同士の恋愛、性行為を連想させる記述を含みます。苦手な方は閲覧をお控えください。
- ★4つの章は省いてもストーリー進行上、差し支えはありません。
★★ 直接的な行為の表現はありませんが男性同士の性行為を思わせる記述が有ります。 ★★★★ 男性同士の暴力的性描写及び拘束、無理矢理等の鬼畜要素が有ります。
十八歳未満の方は閲覧をお控えください。
記事リスト
- 【3-13-0】登場人物紹介 (2008-06-13)
- 【3-13-1】裁判 (2008-06-13)
- 【3-13-2】天使の仕切る食卓 (2008-06-13)
- 【3-13-3】脅迫 (2008-06-13)
- 【3-13-4】罠 (2008-06-13)
- 【3-13-5】虜囚 (2008-06-13)
- 【3-13-6】★★★★狂宴1 (2008-06-13)
- 【3-13-7】★★★★狂宴2 (2008-06-13)
- 【3-13-8】ままのいない食卓 (2008-06-13)
- 【3-13-9】天使のいない夜 (2008-06-13)
- 【3-13-10】ライオンは眠れない (2008-06-13)
- 【3-13-11】捜索 (2008-06-13)
- 【3-13-12】★★再会 (2008-06-13)
- 【3-13-13】★★★★崩壊 (2008-06-13)
- 【3-13-14】★★囚われの天使 (2008-06-13)
- 【3-13-15】★★刻印1 (2008-06-13)
- 【3-13-16】★★★★刻印2 (2008-06-13)
- 【3-13-17】★★刻印3 (2008-06-13)
- 【3-13-18】決意 (2008-06-13)
- 【3-13-19】対決 (2008-06-13)
- 【3-13-20】俺の天使に手を出すな (2008-06-13)
▼ 【3-13-0】登場人物紹介
2008/06/13 3:35 【三話】
- より詳しい人物紹介はこちらをご覧下さい。
フリーの記者。25歳。
黒髪、アンバーアイ、身長180cm、細身(と言うか貧弱)
フレーム小さめの眼鏡着用。
四年前は堅気の新聞記者だったが今やすっかりスレてこずるい小悪党に。
オティアに想いを寄せるが告白段階で激しく自爆。
もはや報われないことがステイタスとして確立した、本編の主な語り手。
ウェールズ系につき日本語表記は色々微妙。
【オティア・セーブル/Otir-Sable 】
不思議な力を持つ双子の片割れ。16歳。
ややくすんだ金髪、紫の瞳、身長170cm、やせ形。
極度の人間不信だがヒウェルには徐々に心を開きつつあった、が。
告白の際に著しく心を傷つけられ、今はひたすら『空気』扱い。
観察力に優れ、また記憶力は驚異的に良い。
ポーカーフェイスの裏側で実は意外に心揺れ動いている。
ディフの探偵事務所で助手をしている。
【シエン・セーブル/Sien-Sable】
不思議な力を持つ双子の片割れ。16歳。
外見はオティアとほぼ同じ。
オティアより穏やかだが、臆病でもろい所がある。
また素直そうに見えて巧みに本心を隠してしまう一面も。
ディフになついている。
自覚のないままヒウェルに片想いしている。
その一方で、オティアとのこじれた仲を取り持とうとする複雑な立ち位置に。
レオンの法律事務所で秘書見習いをしている。
【レオンハルト・ローゼンベルク/Leonhard-Rosenberg】
通称レオン
弁護士。ヒウェルとは高校時代からの友人。26歳。
ライトブラウンの髪と瞳、身長180cm、着やせするタイプで意外と筋肉質。
一見、温厚そうな美人さん、実は腹黒。実家は金持ちだが家族への情は薄い。
恋人のディフを「俺の天使」と言い切る強気な人。
ディフと双子に害為す者に対しては穂高の槍の穂先並みに心が狭い。
ヒウェルに対してはとことん容赦無い。
【ディフォレスト・マクラウド/Deforest-Macleod】
通称ディフ、もしくはマックス。
元警察官、今は私立探偵。ヒウェルとは高校時代からの友人。25歳。
ゆるくウェーブのかかった赤毛、ヘーゼルブラウンの瞳、身長180cm、肩幅やや広め。
頑丈そうな体格だが無自覚に色気をふりまく困った体質(ゲイ相手限定)。
裏表のない直情家、世話好きでおせっかいな熱血漢、時々天然。
レオンとはかつては十年来の親友で今は恋人同士、実はくっついたのは二年前。
双子に対して母親のような愛情を抱いている。
【アレックス/Alex-J-Owen】
レオンの秘書。もともとは執事をしていた。
有能。万能。
レオンさまのためなら火の中水の中。
【エリック/Hans-Eric-Svensson】
シスコ市警の科学捜査官。ディフの警官時代の後輩、23歳。
ライトブロンド、瞳は青緑色、身長186cm。
金属フレームの眼鏡着用。
地道に支持者を獲得しつつあるバイキングの末裔。
ひっそり年齢が増えたのは3月生まれだから。
今回いろいろギリギリな橋を渡る。
【ジェフリー・バートン】
FBI捜査官。
双子の関わる人身売買事件を担当して以来、レオンと交流がある。
元JAGの法務担当士官。相棒に比べていまいち詰めが甘い。
【オルファーン・ダーヘルム】
通称オルファ。
FBI捜査官。
ジェフリーの相棒で、人妻。
小柄で愛らしい外見とは裏腹にヒウェルを顎でこき使う豪気な姐さん。
事件解決のためなら多少のイレギュラーはいとわない。
【フレデリック・パリス】
通称フレディ。38歳。
ディフの警官時代の相棒だったが犯罪組織との繋がりを暴かれ、逮捕される。
蛇にも似た執拗さでディフを狙っていたが、狙われた当人はそのことを知らない。
【ルーシー・ハミルトン・パリス】
通称ルース。18歳。
パリスの娘。ディフを慕っていた。
父親が逮捕されて後、母親に引き取られる。
ヒウェルとは四年前に会ったことがある。
次へ→【3-13-1】裁判
▼ 【3-13-1】裁判
2008/06/13 3:36 【三話】
2006年の5月、双子の事件の裁判が始まった。
オティアの捕えられていた撮影所と、シエンが働かされていた工場。
双方の事件の裁判で、子どもたちは未成年者であることを理由に直接の出廷は免除され、ビデオを通じて証言を行った。
ヒウェルの助け出した5人の子どもたちや、シエンと一緒に工場に捕えられていた子どもたちも同様に。
彼らの瞳の奥に揺らぐ怯えの色を見るたびに改めて怒りがこみ上げて。何度か傍聴席で牙を剥きそうになり、その度にそっとレオンに手を押さえられた。
今日は午前中にヒウェルが証言を終え、午後から俺が証言をすることになっている。
裁判所に来るのは何もこれが初めてじゃない。しかし、自分が事件の当事者となると話は別だ。
控え室の中にあるのは飾り気のない、およそ実用一点張りのテーブルに椅子。床は足音を消すのに申し分ない程度の厚みを持ったカーペットが敷かれ、廊下に通じるドアは今は堅く閉ざされている。
部屋の中にいるのは俺を含めて五人。
レオンと、ヒウェルと、そしてFBIの捜査官が二人。
一人は癖のある茶色の髪に藤色がかった灰色の瞳のオルファーン・ダーヘルム。小柄ですらりとした子鹿のような女性だが、意志の強そうなしっかりした口元で、実際にとんでもなく意志が強い。
瞳の色に合わせた柔らかなパープルグレイのパンツスーツがよく似合っている。
「そんなに緊張しないで、マクラウド。事実をありのままに話せばいいんだから」
「ありのまま、か……」
そう言う訳にいかないから余計に緊張するんだ。双子の特異な力のこと隠したまま、証言をやり通せるかどうか。しかも相手側の弁護士の追求をかわして。
「いつもの通りでいいんだよ、マックス」
ダークブラウンと髪と瞳の背の高い男が、ポン、と肩を叩いてくれた。ジェフリー・バートンはいつも低くて耳に心地よい、穏やかな声で話す。
FBIに入る前は海軍の犯罪法務部(JAG)の法務担当士官として勤務していた男で、軍事裁判で検事・弁護士の両方の経験がある。
同じ法曹畑の人間同士、レオンと気が合うらしい。
「そーそー、堅くなるなって。ちょっと立って、宣誓して、さらっとしゃべって来りゃいいんだよ」
相変わらずお気楽な奴だ。自分の出番が終わったもんだから……。
「難しく考えるな、ディフ。リラックス、リラックス」
「あなたはやりすぎよ、H」
オルファにぴしゃりと言われてヒウェルが肩をすくめる。
こいつときたら、まぬけを装いつつ相手の弁護士を言葉巧みに誘導して自滅寸前にまで追い込んだのだ。
※ ※ ※ ※
「……オレンジと紫の派手なシャツを着た男が部屋から出てきたので、彼がドアに鍵をかけている時に背後から近づき、小型懐中電灯で殴りました」
「つまり、あなたは被告を背後から殴ったと?」
「ぁ……はい、そう言うことになりますね」
「何故、そんなことをしたのですが? 無抵抗の人間を、背後から殴るなど!」
「それは……」
こほん、と咳払い一つするとヒウェルはくいっと眼鏡の位置を整えた。
「彼が以前、施設の裏の路地で少年を連れ去ろうとした男たちの一人だったからです」
「確信を持ってそう言えますか?」
「はい。シャツが同じでしたし……それに、聞こえたんです」
「何が?」
「部屋の中で、子どもたちの声が。それに対し男が静かにするように、威圧的な言葉で命令していました」
ここで相手の弁護士は声をひそめて何かぼそりとつぶやいた。低い声で、ほとんど傍聴席からは聞き取れない。
おそらく、証人席からも。
ヒウェルは首をかしげてしばらく耳を傾けていたが、やがてうなずいた。
「そうですね。ちょうど今ぐらいの大きさの声です」
「……何ですって?」
「今、おっしゃったでしょう? 『それはこれぐらいの大きさの声ですか』って」
弁護士の顔色が変わる。
最初っから奴はヒウェルに聞かせる気はなかった。わざと小さな声でしゃべって『聞こえない』ことを陪審員にアピールしようとしたのだ。
この程度の声が聞こえないのだから、部屋の中の話し声なんか聞こえたはずがない、と。
「………」
「ジーザス。今度はそうおっしゃいました。さて、次は?」
弁護士がほとんど無意識のうちにつぶやいた悪態すらヒウェルはきちんと『聞き取り』、優れた聴力をさらに強く印象づけた。
被告側の反対尋問のはずが、結果として検察側に圧倒的に有利な事実を陪審員に提示して午前中の審議は終わったのだった。
※ ※ ※ ※
「確かに、あれはやりすぎだったね」
レオンがやんわりと釘を刺す。
「君は確か、読唇術の心得があったよね?」
「かじった程度ですよ。正式に勉強したわけじゃない」
そう。こいつは弁護士の声を耳で聞いたんじゃない。唇を読んだだけなのだ。
「H……あなたって人は」
「だが判事は知らない。あの弁護士も、陪審員もね」
「………ヒウェル?」
「わかりましたよ。次は自重します」
今度は神妙な顔でうなずいてから、ヒウェルはこっちに視線を向けてきた。
「だいたいお前、何堅くなってんだよ。警察官やってた時分はしょっちゅう裁判所に顔出してたろうに」
「あの時と今は事情が違う。……服装、おかしかないか?」
眼鏡の向こうで黄色がかった濃い茶色の瞳が細められる。
さすがにいつもの革ジャケットって訳にも行かず、今日は濃いめのグレイのスーツに紺色のシャツを着ている。タイとベストは着けないが、ボタンは上まできっちり全部留めた。喉がきゅーっと詰まるような気がして、何となく落ちつかない。
「問題なし。判事の前に出てもおかしかないよ」
「……髪の毛切っといた方がよかったかな」
「いや、充分きちんとしてるよ。ちゃんとくくってあるし」
「そうか?」
オルファがうなずいた。
「そうよ。あなたは長い方がいいの。自然なウェーブが出て、適度にふわっとしていて……印象が柔らかくなるわ」
なるほど。そう言う考えもあるか。
「そーそー。下手に警官時代ばりに髪の毛短く刈り込んでたらさあ。例えば、アレだ。クルーカットなんぞにしようものなら、見るからにヤバい筋の人だよ、お前さん」
「What's?(何だと?)」
引きつり笑いを浮かべてヒウェルに詰め寄ろうとした、まさにその時。
控え室のドアがノックされた。五人の視線が一斉にドアに向けられる。
扉が細めに開き、係官が顔をのぞかせた。
「時間です」
うなずき、立ち上がる。真っ先にジェフリーが廊下に出て、オルファとヒウェルが後に続く。
俺も行かなければ。
歩き出そうとすると、後ろから肩に触れられた。
「レオン?」
振り向いた瞬間、唇が重なる。触れるだけの柔らかな……そして、短いキス。
「……行っておいで」
「ああ。行ってくる」
笑み返す唇にまだ微かな熱が残っている。それだけで、何にでも立ち向かえそうな気がした。
※ ※ ※ ※
その日の午後の審問はちょっとした見ものだったね。
「真実のみを証言することを誓います」
背筋を伸ばして証人席につくと、ディフは朗々と宣誓を行い、検事からの質問にはよどみのない声ではっきりと答えていた。
時折かいま見せる戸惑いさえ、人の善さと誠実さの現れに思えるのだからある意味、お得な奴だ。
そうこうするうちに一通り証言が終わり、被告側の弁護人(午前中に俺に自滅寸前に追い込まれた男だ)の反対尋問が始まった。
「あなたは2002年1月から2003年2月の間、警察の爆発物処理班に所属していましたね」
「はい」
「爆弾の解体にも、爆発物の扱いにも精通していた。逆に考えれば爆発を起こす技術も知識も持っていた」
「はい」
「あなたは救出された時に言ったそうですね? 爆発物の心配はない、クリアな状態だと。それは、あなた自身が爆発物をしかけて問題の倉庫を破壊したからではありませんか?」
「クリアではなく多分、クリアだ、と言いました。確信していたのではありません。それに……」
「それに、何です?」
「私は元爆発物処理班員であって、爆弾探知犬ではありません」
くすくすと控えめな笑いが法廷内に広がる。
あくまで真面目に答えるディフに、法廷侮辱罪を適用するほど相手方の弁護士はまぬけではなかったようで……苦虫を噛み潰したような顔で反対尋問の終わりを告げた。
「俺、ちゃんとやれたかな」
戻って来たディフの肩をレオンがぽん、と叩いた。
「大丈夫だよ」
ディフはほっと息を吐き、レオンにほほ笑みかけた。
飼い主に頭をなでられ、『OK』と言われた犬みたいに。
次へ→【3-13-2】天使の仕切る食卓
オティアの捕えられていた撮影所と、シエンが働かされていた工場。
双方の事件の裁判で、子どもたちは未成年者であることを理由に直接の出廷は免除され、ビデオを通じて証言を行った。
ヒウェルの助け出した5人の子どもたちや、シエンと一緒に工場に捕えられていた子どもたちも同様に。
彼らの瞳の奥に揺らぐ怯えの色を見るたびに改めて怒りがこみ上げて。何度か傍聴席で牙を剥きそうになり、その度にそっとレオンに手を押さえられた。
今日は午前中にヒウェルが証言を終え、午後から俺が証言をすることになっている。
裁判所に来るのは何もこれが初めてじゃない。しかし、自分が事件の当事者となると話は別だ。
控え室の中にあるのは飾り気のない、およそ実用一点張りのテーブルに椅子。床は足音を消すのに申し分ない程度の厚みを持ったカーペットが敷かれ、廊下に通じるドアは今は堅く閉ざされている。
部屋の中にいるのは俺を含めて五人。
レオンと、ヒウェルと、そしてFBIの捜査官が二人。
一人は癖のある茶色の髪に藤色がかった灰色の瞳のオルファーン・ダーヘルム。小柄ですらりとした子鹿のような女性だが、意志の強そうなしっかりした口元で、実際にとんでもなく意志が強い。
瞳の色に合わせた柔らかなパープルグレイのパンツスーツがよく似合っている。
「そんなに緊張しないで、マクラウド。事実をありのままに話せばいいんだから」
「ありのまま、か……」
そう言う訳にいかないから余計に緊張するんだ。双子の特異な力のこと隠したまま、証言をやり通せるかどうか。しかも相手側の弁護士の追求をかわして。
「いつもの通りでいいんだよ、マックス」
ダークブラウンと髪と瞳の背の高い男が、ポン、と肩を叩いてくれた。ジェフリー・バートンはいつも低くて耳に心地よい、穏やかな声で話す。
FBIに入る前は海軍の犯罪法務部(JAG)の法務担当士官として勤務していた男で、軍事裁判で検事・弁護士の両方の経験がある。
同じ法曹畑の人間同士、レオンと気が合うらしい。
「そーそー、堅くなるなって。ちょっと立って、宣誓して、さらっとしゃべって来りゃいいんだよ」
相変わらずお気楽な奴だ。自分の出番が終わったもんだから……。
「難しく考えるな、ディフ。リラックス、リラックス」
「あなたはやりすぎよ、H」
オルファにぴしゃりと言われてヒウェルが肩をすくめる。
こいつときたら、まぬけを装いつつ相手の弁護士を言葉巧みに誘導して自滅寸前にまで追い込んだのだ。
※ ※ ※ ※
「……オレンジと紫の派手なシャツを着た男が部屋から出てきたので、彼がドアに鍵をかけている時に背後から近づき、小型懐中電灯で殴りました」
「つまり、あなたは被告を背後から殴ったと?」
「ぁ……はい、そう言うことになりますね」
「何故、そんなことをしたのですが? 無抵抗の人間を、背後から殴るなど!」
「それは……」
こほん、と咳払い一つするとヒウェルはくいっと眼鏡の位置を整えた。
「彼が以前、施設の裏の路地で少年を連れ去ろうとした男たちの一人だったからです」
「確信を持ってそう言えますか?」
「はい。シャツが同じでしたし……それに、聞こえたんです」
「何が?」
「部屋の中で、子どもたちの声が。それに対し男が静かにするように、威圧的な言葉で命令していました」
ここで相手の弁護士は声をひそめて何かぼそりとつぶやいた。低い声で、ほとんど傍聴席からは聞き取れない。
おそらく、証人席からも。
ヒウェルは首をかしげてしばらく耳を傾けていたが、やがてうなずいた。
「そうですね。ちょうど今ぐらいの大きさの声です」
「……何ですって?」
「今、おっしゃったでしょう? 『それはこれぐらいの大きさの声ですか』って」
弁護士の顔色が変わる。
最初っから奴はヒウェルに聞かせる気はなかった。わざと小さな声でしゃべって『聞こえない』ことを陪審員にアピールしようとしたのだ。
この程度の声が聞こえないのだから、部屋の中の話し声なんか聞こえたはずがない、と。
「………」
「ジーザス。今度はそうおっしゃいました。さて、次は?」
弁護士がほとんど無意識のうちにつぶやいた悪態すらヒウェルはきちんと『聞き取り』、優れた聴力をさらに強く印象づけた。
被告側の反対尋問のはずが、結果として検察側に圧倒的に有利な事実を陪審員に提示して午前中の審議は終わったのだった。
※ ※ ※ ※
「確かに、あれはやりすぎだったね」
レオンがやんわりと釘を刺す。
「君は確か、読唇術の心得があったよね?」
「かじった程度ですよ。正式に勉強したわけじゃない」
そう。こいつは弁護士の声を耳で聞いたんじゃない。唇を読んだだけなのだ。
「H……あなたって人は」
「だが判事は知らない。あの弁護士も、陪審員もね」
「………ヒウェル?」
「わかりましたよ。次は自重します」
今度は神妙な顔でうなずいてから、ヒウェルはこっちに視線を向けてきた。
「だいたいお前、何堅くなってんだよ。警察官やってた時分はしょっちゅう裁判所に顔出してたろうに」
「あの時と今は事情が違う。……服装、おかしかないか?」
眼鏡の向こうで黄色がかった濃い茶色の瞳が細められる。
さすがにいつもの革ジャケットって訳にも行かず、今日は濃いめのグレイのスーツに紺色のシャツを着ている。タイとベストは着けないが、ボタンは上まできっちり全部留めた。喉がきゅーっと詰まるような気がして、何となく落ちつかない。
「問題なし。判事の前に出てもおかしかないよ」
「……髪の毛切っといた方がよかったかな」
「いや、充分きちんとしてるよ。ちゃんとくくってあるし」
「そうか?」
オルファがうなずいた。
「そうよ。あなたは長い方がいいの。自然なウェーブが出て、適度にふわっとしていて……印象が柔らかくなるわ」
なるほど。そう言う考えもあるか。
「そーそー。下手に警官時代ばりに髪の毛短く刈り込んでたらさあ。例えば、アレだ。クルーカットなんぞにしようものなら、見るからにヤバい筋の人だよ、お前さん」
「What's?(何だと?)」
引きつり笑いを浮かべてヒウェルに詰め寄ろうとした、まさにその時。
控え室のドアがノックされた。五人の視線が一斉にドアに向けられる。
扉が細めに開き、係官が顔をのぞかせた。
「時間です」
うなずき、立ち上がる。真っ先にジェフリーが廊下に出て、オルファとヒウェルが後に続く。
俺も行かなければ。
歩き出そうとすると、後ろから肩に触れられた。
「レオン?」
振り向いた瞬間、唇が重なる。触れるだけの柔らかな……そして、短いキス。
「……行っておいで」
「ああ。行ってくる」
笑み返す唇にまだ微かな熱が残っている。それだけで、何にでも立ち向かえそうな気がした。
※ ※ ※ ※
その日の午後の審問はちょっとした見ものだったね。
「真実のみを証言することを誓います」
背筋を伸ばして証人席につくと、ディフは朗々と宣誓を行い、検事からの質問にはよどみのない声ではっきりと答えていた。
時折かいま見せる戸惑いさえ、人の善さと誠実さの現れに思えるのだからある意味、お得な奴だ。
そうこうするうちに一通り証言が終わり、被告側の弁護人(午前中に俺に自滅寸前に追い込まれた男だ)の反対尋問が始まった。
「あなたは2002年1月から2003年2月の間、警察の爆発物処理班に所属していましたね」
「はい」
「爆弾の解体にも、爆発物の扱いにも精通していた。逆に考えれば爆発を起こす技術も知識も持っていた」
「はい」
「あなたは救出された時に言ったそうですね? 爆発物の心配はない、クリアな状態だと。それは、あなた自身が爆発物をしかけて問題の倉庫を破壊したからではありませんか?」
「クリアではなく多分、クリアだ、と言いました。確信していたのではありません。それに……」
「それに、何です?」
「私は元爆発物処理班員であって、爆弾探知犬ではありません」
くすくすと控えめな笑いが法廷内に広がる。
あくまで真面目に答えるディフに、法廷侮辱罪を適用するほど相手方の弁護士はまぬけではなかったようで……苦虫を噛み潰したような顔で反対尋問の終わりを告げた。
「俺、ちゃんとやれたかな」
戻って来たディフの肩をレオンがぽん、と叩いた。
「大丈夫だよ」
ディフはほっと息を吐き、レオンにほほ笑みかけた。
飼い主に頭をなでられ、『OK』と言われた犬みたいに。
次へ→【3-13-2】天使の仕切る食卓
▼ 【3-13-2】天使の仕切る食卓
2008/06/13 3:37 【三話】
その日の夕飯時。
飯ができ上がるのを待ちながら、リビングで何気なく名刺入れを取り出して、古い名刺の整理をしていたら懐かしいのが出てきた。
「Mr.ジーノのミドルネームって……Aでしたよね」
「ああ」
「あれって、何の略なんですか?」
さらりとレオンが答えてくれた。
「アンヘルだよ」
「そっか……って……angel?」
騒がしいほど陽気なラテンガイと天使。何つーミスマッチ!
「天使………そっか、天使かぁ………ぷぷっ、く、く、くっ、に、にあわねーっ」
「あまり面白がらないでやってくれ。本人も気にしてるんだから」
「そ、そうは言っても、あ、だめだ! あの人が羽根背負って輪っかつけてる図が頭から離れねぇっ」
久々にツボにはまってしまった。
声を殺して笑っていると、レオンがぽそりと言った。
「ああ、でも実際に天使なら地上に居るかもしれないね」
「……どこに?」
「そこさ」
すっと指さす先はキッチン。
「ああ、双子が?」
「いや。ディフだよ」
「……pardon?(もしもし?)」
我と我が耳を疑った。昨夜遅くまでiPodでガンガンに音楽聴きながら原稿書いてたが、聴力はまだ衰えちゃいないはずだ。
「天使って……奴が、ですか」
「ああ」
「……」
真顔で何を言い出すのかこの男は。
ここんとこ忙しいのは知っていたが、とうとう眼精疲労が限界を突破したか、それとも意識が別の次元にスライドしたか?
「いい眼科を紹介しますよ」
「ヒウェル」
わあ。なんて清々しい笑顔だろう。どんなに偏屈な陪審員でもイチコロだぜ。
目が全然笑ってないけど。
「外見を言ってるんじゃない。俺は魂の問題を言っているんだよ」
さらりと恥ずかしい台詞を吐きやがった。
「……はあ」
「万人にとっての天使である必要はないんだ」
「あなた専用って訳ですか」
「願わくばね……ところでヒウェル」
「はい?」
「子供達の世話をして興奮して鼻血を出してたって聞いたけど?」
「……………………なっっ」
いきなり三ヶ月も前のこと持ち出すか? せっかく忘れかけていたのに!
「あ、あ、あ、あれはっ、ちょっと、集中の度合いが過ぎて、のぼせただけでっ」
ちらりとキッチンの方を見やる。聞こえてないだろうな……。念のため、声のトーンを落した。
「ってか、その言い方、やめてください。俺がよからぬ事ばっかり考えてる変質者みたいじゃないですか」
「ああ、失礼」
くすくす笑ってやがるよ、この人は。楽しそうだね、おい。
「どうせ……俺は……あなたみたいな鉄の忍耐力は持ちあわせちゃいませんよ、ええ」
「俺だって別に好きこのんで忍耐強いわけじゃないんだけどね」
レオンは両手の指を軽く組み合わせて目を伏せた。ふさふさとしたまつ毛が瞳の上にかぶさり、影を落とす。
「俺は……君よりも自分を信じていなかっただけだ」
「あなたが? そりゃ意外だ」
「今でもね」
「信じらんねぇ。俺の目から見れば十分あなたは恵まれてますよ。『相思相愛』だ」
思わず口元が歪む。
「何があったって……あいつはあなたを拒まない。あなたのすることなら何でも受け入れるだろうな……」
「だから困るんだよ」
「ほう?」
「君は君で、両手に花じゃないか、ヒウェル」
一瞬、言葉が出なかった。口をぱくぱくさせて、レオンとキッチンの方角を交互に見やって。
「それ、どんな皮肉ですかぃ」
けっと口を歪めて言い放ち、そっぽを向いた。
「……人の想いというのは、ままならないものだね」
「ものすっごく不本意ですが………同意します」
てめーが言うか!
腹の底で秘かに悪態をついていると、エプロンつけたごっつい赤毛の『天使』が金髪の双子を従えてキッチンから出てきて。三人で手際良く食卓に料理を並べ始めた。
口調はぶっきらぼうでそっけないが声音はとんでもなく穏やかで、ヘーゼルブラウンの瞳が何とも優しげにシエンとオティアを見守っている。
あー、やっぱ俺、あんないかつい天使は却下。
もっと線の細い美形希望。
思っても言えない。
笑顔でスルーされてるうちに口をつぐんでおいた方が世のため、人のため、身のためだ。
肩をすくめて古い名刺を名刺入れの奥にしまい込む。
4年前、まだ駆け出しの新米記者だった頃。
彼の情報提供で最初のスクープをモノにして以来、俺はレオンハルト・ローゼンベルクには逆らうまいと心に決めている。
恩義や友情よりはむしろ、畏怖故に。
彼は敵には決して容赦しない。いくらでも無慈悲になれる男なのだ。
『俺の天使』を守るためなら。
「できたぞ。冷めないうちに、食え」
次へ→【3-13-3】脅迫
飯ができ上がるのを待ちながら、リビングで何気なく名刺入れを取り出して、古い名刺の整理をしていたら懐かしいのが出てきた。
俺がまだ駆け出しの(そして堅気の)新聞記者だった頃、Mr.ジーノにもらった名刺だ。
ブラッドフォード法律事務所
弁護士 デイビット・A・ジーノ
「Mr.ジーノのミドルネームって……Aでしたよね」
「ああ」
「あれって、何の略なんですか?」
さらりとレオンが答えてくれた。
「アンヘルだよ」
「そっか……って……angel?」
騒がしいほど陽気なラテンガイと天使。何つーミスマッチ!
「天使………そっか、天使かぁ………ぷぷっ、く、く、くっ、に、にあわねーっ」
「あまり面白がらないでやってくれ。本人も気にしてるんだから」
「そ、そうは言っても、あ、だめだ! あの人が羽根背負って輪っかつけてる図が頭から離れねぇっ」
久々にツボにはまってしまった。
声を殺して笑っていると、レオンがぽそりと言った。
「ああ、でも実際に天使なら地上に居るかもしれないね」
「……どこに?」
「そこさ」
すっと指さす先はキッチン。
「ああ、双子が?」
「いや。ディフだよ」
「……pardon?(もしもし?)」
我と我が耳を疑った。昨夜遅くまでiPodでガンガンに音楽聴きながら原稿書いてたが、聴力はまだ衰えちゃいないはずだ。
「天使って……奴が、ですか」
「ああ」
「……」
真顔で何を言い出すのかこの男は。
ここんとこ忙しいのは知っていたが、とうとう眼精疲労が限界を突破したか、それとも意識が別の次元にスライドしたか?
「いい眼科を紹介しますよ」
「ヒウェル」
わあ。なんて清々しい笑顔だろう。どんなに偏屈な陪審員でもイチコロだぜ。
目が全然笑ってないけど。
「外見を言ってるんじゃない。俺は魂の問題を言っているんだよ」
さらりと恥ずかしい台詞を吐きやがった。
「……はあ」
「万人にとっての天使である必要はないんだ」
「あなた専用って訳ですか」
「願わくばね……ところでヒウェル」
「はい?」
「子供達の世話をして興奮して鼻血を出してたって聞いたけど?」
「……………………なっっ」
いきなり三ヶ月も前のこと持ち出すか? せっかく忘れかけていたのに!
「あ、あ、あ、あれはっ、ちょっと、集中の度合いが過ぎて、のぼせただけでっ」
ちらりとキッチンの方を見やる。聞こえてないだろうな……。念のため、声のトーンを落した。
「ってか、その言い方、やめてください。俺がよからぬ事ばっかり考えてる変質者みたいじゃないですか」
「ああ、失礼」
くすくす笑ってやがるよ、この人は。楽しそうだね、おい。
「どうせ……俺は……あなたみたいな鉄の忍耐力は持ちあわせちゃいませんよ、ええ」
「俺だって別に好きこのんで忍耐強いわけじゃないんだけどね」
レオンは両手の指を軽く組み合わせて目を伏せた。ふさふさとしたまつ毛が瞳の上にかぶさり、影を落とす。
「俺は……君よりも自分を信じていなかっただけだ」
「あなたが? そりゃ意外だ」
「今でもね」
「信じらんねぇ。俺の目から見れば十分あなたは恵まれてますよ。『相思相愛』だ」
思わず口元が歪む。
「何があったって……あいつはあなたを拒まない。あなたのすることなら何でも受け入れるだろうな……」
「だから困るんだよ」
「ほう?」
「君は君で、両手に花じゃないか、ヒウェル」
一瞬、言葉が出なかった。口をぱくぱくさせて、レオンとキッチンの方角を交互に見やって。
「それ、どんな皮肉ですかぃ」
けっと口を歪めて言い放ち、そっぽを向いた。
「……人の想いというのは、ままならないものだね」
「ものすっごく不本意ですが………同意します」
てめーが言うか!
腹の底で秘かに悪態をついていると、エプロンつけたごっつい赤毛の『天使』が金髪の双子を従えてキッチンから出てきて。三人で手際良く食卓に料理を並べ始めた。
口調はぶっきらぼうでそっけないが声音はとんでもなく穏やかで、ヘーゼルブラウンの瞳が何とも優しげにシエンとオティアを見守っている。
あー、やっぱ俺、あんないかつい天使は却下。
もっと線の細い美形希望。
思っても言えない。
笑顔でスルーされてるうちに口をつぐんでおいた方が世のため、人のため、身のためだ。
肩をすくめて古い名刺を名刺入れの奥にしまい込む。
4年前、まだ駆け出しの新米記者だった頃。
彼の情報提供で最初のスクープをモノにして以来、俺はレオンハルト・ローゼンベルクには逆らうまいと心に決めている。
恩義や友情よりはむしろ、畏怖故に。
彼は敵には決して容赦しない。いくらでも無慈悲になれる男なのだ。
『俺の天使』を守るためなら。
「できたぞ。冷めないうちに、食え」
次へ→【3-13-3】脅迫
▼ 【3-13-3】脅迫
2008/06/13 3:38 【三話】
レオンさまとマクラウドさまは今日も裁判所に向かわれた。
デイビットさまとレイモンドさまは別件のため、事務所での打ち合わせに余念がない。忙しい時は何かとストレスがたまるものだ。
本日のおやつは、お二人用にはいつもより心持ち、甘さの強いものをご用意した方が良いだろう。
特にデイビットさまは甘いお菓子があればすごぶるご機嫌で、仕事の能率も上がる。
電話の応対にはまだ私一人で出ている。幸いなことにここ数日、無言電話の回数はめっきり減ってきたが……まだ油断は禁物だ。
メールボックスから回収した郵便物を選り分けていると、ふと、奇妙な封筒を一通見つけた。見かけは平凡、サイズも一般的。どこにも特徴がないのが特徴とでも言おうか。
パソコンで印刷された宛名は確かにジーノ&ローゼンベルク法律事務所だ。しかし、差出人の名前がない。切手も、消印も。
かすかな胸騒ぎがした。
内ポケットから白い手袋を取り出し、両手にはめる。手紙を取り上げ、念のため明かりに透かしてみた。
ふむ……紙以外のものは入っていないようだ。
用心しながら封を切る。
中にはやはりパソコンで印刷された手紙が一通。
ここは法律事務所だ。
手がけている裁判は何件もある。だが、証言となると……。
レオンさまにお知らせするべきだろう。可及的速やかに。
だが、その前に。
封筒と中身をトレイに乗せ、オフィスに通じるドアをノックした。
「失礼いたします。早急にお知らせしたいことが」
※ ※ ※ ※
裁判所の控え室で打ち合わせ中、レオンの携帯が鳴った。と言っても正確には着信音は出ていない。
「……失礼」
ヴゥウウウン……と低く唸るような音を立てて震動する携帯を胸ポケットから取り出し、画面に目を走らせている。
「どうした?」
「アレックスからだ」
裁判所にいると知っていた上で電話をしてきたのだ。おそらく急を要する用件だろう。
「ハロー? ……………そうか………わかった。うん、賢明な処置だね。ありがとう」
口調はいつもと変わらない。だが微妙に肩に力が入っている。何があったんだ、レオン?
「ああ。丁度彼らも一緒にいるからね。伝えておこう。うん、双子をよろしく頼むよ。……マンションまでレイモンドが護衛してくれるって? それは心強いね……それじゃ、また後で」
「どうした、レオン」
携帯を切ると、レオンはさらりと答えた。
「事務所に脅迫状が届いたそうだ」
「何だって?」
思わず声のトーンが跳ね上がる。俺自身に限って言えば脅しの類いには慣れている。だがターゲットがレオンとなると話は別だ。
「裁判から手を引け、証言するな、後悔するぞ、と……ね」
オルファとジェフリーが顔を見合わせた。
「……郵送で?」
「いや。メールボックスに直に投げ込んであった」
わざわざ直に投げ込みに来たのは、お前の居場所を知っている、いつでも手を下せると言う意志表示だろう。使い古された手だが効果はある。
誰が送ってきたか、なんて考えるまでもない。
資金源を潰されて、FBIに尻尾からずらずら手繰られ慌てている奴ら……オティアとシエンを苦しめた、人身売買組織の連中だ。
「直ちに護衛をつけるわ」
「そうしていただけると助かります、Ma'am」
「当然の義務でしょ、Sir?」
妙に固い笑顔を交わす二人を見守りつつジェフリーがやれやれ、と言った調子で首を振り、自分の携帯を取り出した。
おそらく護衛の手配をしてくれるのだろう。
「ヒウェルにも知らせとくか?」
「そうだね。その方が良さそうだ。子どもたちはしばらくの間は……」
「自宅待機だな。この一件が片付くまで、勉学に専念していてもらおう」
オティアとシエンは近所の高校を通じてのホームスクーリング(アメリカの在宅学習制度の一種)が始まったばかりだった。
好都合と言えば好都合だ。
新しいことを始めるにはある程度のストレスがかかる。だがその分、今回の一件から少しは意識が逸れてくれるかもしれない。
二人が新しい生活習慣に馴染む頃までには………きっちり片をつけておこう。
※ ※ ※ ※
「やあ、アレックス」
「お待ちしておりました、メイリールさま。どうぞ、奥へ」
レオンから呼び出されてジーノ&ローゼンベルク法律事務所に顔を出すと、何やら物々しい雰囲気が漂っていた。
「脅迫状が届いたって?」
「ああ」
「そう言や事務所に無言電話が来てたって言ってましたね、レオン」
「ああ。使い捨ての携帯電話からね。おそらく、犯人は同じだろう」
「ライトないやがらせから脅迫状にランクアップしたって訳か」
「そんな所だろうね」
歯をむき出してディフがせせら笑う。
「上等じゃねえか」
いつもより三割増し柄が悪い。
もはや仕立てのいいスーツも、ふんわり自然なウェーブの出た長い髪もフォローしきれない。これでガーゴイルのサングラスでもかけたら完ぺきにヤバい筋の人だ。
「ディフ、君もターゲットになりうるんだから、十分に注意してくれよ」
「俺、そんなに派手なことやったかなあ。スタングレネード一発投げ込んで車で突っ込んだだけだぜ?」
真顔でボケるディフに思わず速攻で突っ込んでいた。
「もっしもーし。お前さん、本気で言ってんの?」
「実弾は使っとらんぞ?」
さらりと言い切ってから、ふと安堵の表情になる。
「だけど……むしろ良かったよ。俺がやったと思われてるなら、矛先があの子らに向かうこともない」
「……ディフ」
「心配すんな! この手の脅しには慣れてる」
心配そうな顔のレオンに、ディフはにまっと野太い笑みで答えた。
「……お前には指一本触れさせやしないよ、レオン。相手が何者でもな」
「こちらはFBIも協力してくれてるし、大丈夫だろう。それより君が……一人で突っ走るほうが不安なんだが」
俺はスルーですか、ああそうですか……。
温かな視線を交わす二人に肩をすくめつつ、火のついてない煙草をがしがし噛んだ。
まあ、妥当な線だ。裁判中は俺はとことん被害者の立場に徹しているし、記事を書く際にも極力名前は出さずに通したんだからな。
目と手の狭間、紙と文字、電子のすき間をするりと抜けて。
それを書いたのが誰か、なんて痕跡は残さずに書いてあることのみ記憶に刻む。署名入りの記事にはこだわらないし、こだわる必要もない。
それが今の俺の流儀であり信条だった。駆け出しの記者の頃とはもう違う。
ディフは軽く拳を握って口元に当て、しばらく考え込んでいたが、やがて口をひらいた。
「……わかった。自重する。約束するよ」
「ああ。念のため自宅もガードしてくれるそうだから」
「そうか…なら……安心だな……あの子たちも」
やっぱり俺はスルーですか。
………まあ、そう言うもんだよね、うん。
次へ→【3-13-4】罠
デイビットさまとレイモンドさまは別件のため、事務所での打ち合わせに余念がない。忙しい時は何かとストレスがたまるものだ。
本日のおやつは、お二人用にはいつもより心持ち、甘さの強いものをご用意した方が良いだろう。
特にデイビットさまは甘いお菓子があればすごぶるご機嫌で、仕事の能率も上がる。
電話の応対にはまだ私一人で出ている。幸いなことにここ数日、無言電話の回数はめっきり減ってきたが……まだ油断は禁物だ。
メールボックスから回収した郵便物を選り分けていると、ふと、奇妙な封筒を一通見つけた。見かけは平凡、サイズも一般的。どこにも特徴がないのが特徴とでも言おうか。
パソコンで印刷された宛名は確かにジーノ&ローゼンベルク法律事務所だ。しかし、差出人の名前がない。切手も、消印も。
かすかな胸騒ぎがした。
内ポケットから白い手袋を取り出し、両手にはめる。手紙を取り上げ、念のため明かりに透かしてみた。
ふむ……紙以外のものは入っていないようだ。
用心しながら封を切る。
中にはやはりパソコンで印刷された手紙が一通。
裁判から手を引け
これ以上証言するな
後悔するぞ
ここは法律事務所だ。
手がけている裁判は何件もある。だが、証言となると……。
レオンさまにお知らせするべきだろう。可及的速やかに。
だが、その前に。
封筒と中身をトレイに乗せ、オフィスに通じるドアをノックした。
「失礼いたします。早急にお知らせしたいことが」
※ ※ ※ ※
裁判所の控え室で打ち合わせ中、レオンの携帯が鳴った。と言っても正確には着信音は出ていない。
「……失礼」
ヴゥウウウン……と低く唸るような音を立てて震動する携帯を胸ポケットから取り出し、画面に目を走らせている。
「どうした?」
「アレックスからだ」
裁判所にいると知っていた上で電話をしてきたのだ。おそらく急を要する用件だろう。
「ハロー? ……………そうか………わかった。うん、賢明な処置だね。ありがとう」
口調はいつもと変わらない。だが微妙に肩に力が入っている。何があったんだ、レオン?
「ああ。丁度彼らも一緒にいるからね。伝えておこう。うん、双子をよろしく頼むよ。……マンションまでレイモンドが護衛してくれるって? それは心強いね……それじゃ、また後で」
「どうした、レオン」
携帯を切ると、レオンはさらりと答えた。
「事務所に脅迫状が届いたそうだ」
「何だって?」
思わず声のトーンが跳ね上がる。俺自身に限って言えば脅しの類いには慣れている。だがターゲットがレオンとなると話は別だ。
「裁判から手を引け、証言するな、後悔するぞ、と……ね」
オルファとジェフリーが顔を見合わせた。
「……郵送で?」
「いや。メールボックスに直に投げ込んであった」
わざわざ直に投げ込みに来たのは、お前の居場所を知っている、いつでも手を下せると言う意志表示だろう。使い古された手だが効果はある。
誰が送ってきたか、なんて考えるまでもない。
資金源を潰されて、FBIに尻尾からずらずら手繰られ慌てている奴ら……オティアとシエンを苦しめた、人身売買組織の連中だ。
「直ちに護衛をつけるわ」
「そうしていただけると助かります、Ma'am」
「当然の義務でしょ、Sir?」
妙に固い笑顔を交わす二人を見守りつつジェフリーがやれやれ、と言った調子で首を振り、自分の携帯を取り出した。
おそらく護衛の手配をしてくれるのだろう。
「ヒウェルにも知らせとくか?」
「そうだね。その方が良さそうだ。子どもたちはしばらくの間は……」
「自宅待機だな。この一件が片付くまで、勉学に専念していてもらおう」
オティアとシエンは近所の高校を通じてのホームスクーリング(アメリカの在宅学習制度の一種)が始まったばかりだった。
好都合と言えば好都合だ。
新しいことを始めるにはある程度のストレスがかかる。だがその分、今回の一件から少しは意識が逸れてくれるかもしれない。
二人が新しい生活習慣に馴染む頃までには………きっちり片をつけておこう。
※ ※ ※ ※
「やあ、アレックス」
「お待ちしておりました、メイリールさま。どうぞ、奥へ」
レオンから呼び出されてジーノ&ローゼンベルク法律事務所に顔を出すと、何やら物々しい雰囲気が漂っていた。
「脅迫状が届いたって?」
「ああ」
「そう言や事務所に無言電話が来てたって言ってましたね、レオン」
「ああ。使い捨ての携帯電話からね。おそらく、犯人は同じだろう」
「ライトないやがらせから脅迫状にランクアップしたって訳か」
「そんな所だろうね」
歯をむき出してディフがせせら笑う。
「上等じゃねえか」
いつもより三割増し柄が悪い。
もはや仕立てのいいスーツも、ふんわり自然なウェーブの出た長い髪もフォローしきれない。これでガーゴイルのサングラスでもかけたら完ぺきにヤバい筋の人だ。
「ディフ、君もターゲットになりうるんだから、十分に注意してくれよ」
「俺、そんなに派手なことやったかなあ。スタングレネード一発投げ込んで車で突っ込んだだけだぜ?」
真顔でボケるディフに思わず速攻で突っ込んでいた。
「もっしもーし。お前さん、本気で言ってんの?」
「実弾は使っとらんぞ?」
さらりと言い切ってから、ふと安堵の表情になる。
「だけど……むしろ良かったよ。俺がやったと思われてるなら、矛先があの子らに向かうこともない」
「……ディフ」
「心配すんな! この手の脅しには慣れてる」
心配そうな顔のレオンに、ディフはにまっと野太い笑みで答えた。
「……お前には指一本触れさせやしないよ、レオン。相手が何者でもな」
「こちらはFBIも協力してくれてるし、大丈夫だろう。それより君が……一人で突っ走るほうが不安なんだが」
俺はスルーですか、ああそうですか……。
温かな視線を交わす二人に肩をすくめつつ、火のついてない煙草をがしがし噛んだ。
まあ、妥当な線だ。裁判中は俺はとことん被害者の立場に徹しているし、記事を書く際にも極力名前は出さずに通したんだからな。
目と手の狭間、紙と文字、電子のすき間をするりと抜けて。
それを書いたのが誰か、なんて痕跡は残さずに書いてあることのみ記憶に刻む。署名入りの記事にはこだわらないし、こだわる必要もない。
それが今の俺の流儀であり信条だった。駆け出しの記者の頃とはもう違う。
ディフは軽く拳を握って口元に当て、しばらく考え込んでいたが、やがて口をひらいた。
「……わかった。自重する。約束するよ」
「ああ。念のため自宅もガードしてくれるそうだから」
「そうか…なら……安心だな……あの子たちも」
やっぱり俺はスルーですか。
………まあ、そう言うもんだよね、うん。
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▼ 【3-13-4】罠
2008/06/13 3:39 【三話】
オティアとシエンが自宅待機になってから二日が過ぎた。
事務所がやけに広く感じる。妙な話だ。オティアが助手として来てからの時間より、自分一人でやっていた時間の方が長いってのに。
苦笑しつつ、一人の気楽さからデスクの上に足を乗せる。こんな行儀の悪いマネをするのも、久しぶりだ。
今頃、アレックスの家庭教師で勉強してるんだろうな……。
ぼんやりしていると、電話が鳴った。受話器に手を伸ばしつつ、ディスプレイを確認する。
公衆電話からだった。
いよいよ俺のとこにも無言電話が来たか?
用心しながら受話器をとった。
「はい、マクラウド探偵事務所」
「マックス、助けてくれ!」
聞き覚えのある声だった。
忘れるはずのない声だった。
ネイビーブルーの制服に身を包み、サンフランシスコの町中をパトロールしていた時にいつも傍らにあった声……警官時代の相棒、フレデリック・パリス。
電話越しで少し乾いた響きを帯びていたが、聞き違えるはずがない。
「フレディ?」
「ヤバいことになってるんだ……このままじゃ俺は消される」
「落ち着け。今、どこだ?」
「ハンターズ・ポイントだ……」
荒い息づかいの合間に押し殺した声で囁かれた番地をメモする。凶悪犯罪の多発する治安の悪い地域のど真ん中だ。
「何だってそんな場所に。もっと人通りの多い場所に居た方が安全なんじゃないか?」
「追われてるんだ……下手に動けない。頼む、マックス。助けてくれ」
「わかった。そこ、動くなよ。すぐに出る。何かあったら携帯にかけろ」
携帯の番号を教えて電話を切る。銃を取り出し、装填数を確かめてからベルトのホルスターにねじ込んだ。
地下の駐車場で車に乗り込み、走り出す。
彼には新人時代に相棒として世話になった。見捨てることなんかできない。
事件を起こして逮捕されて、懲戒免職の形で警察を去ったが……だからと言って、彼から教わったもの、共に過ごした善き時間が無くなる訳じゃない。
illustrated by Kasuri
娘のルースも俺に懐いてくれた。
浅黒い肌にブロンズ色の巻き毛。ちょいと痩せっぽちだが、ころころとよく笑う可愛い子だった。
本名はルーシーだが、その名前で呼ぶとむっとした表情でつんっと口をとがらせて。胸をそらし、腰に手を当てて言ってきたもんだ。
『その名前、のたーっとしてて好きじゃないの。ぜんっぜんCOOLじゃないし』
『OK、ルース』
『いい加減、覚えてよね!』
あんまり可愛いから、あの顔見たさに何度もルーシーって呼んだっけなあ、わざと……。
「や……わたし……他所になんか……行きたくない」
ずくん、と胸の奥がうずく。
すがりつく手の感触が蘇る。
最後に会ったのは四年前の7月。冷たい雨の降る日だった。母親が迎えにくるまで、ずっと泣いていた。
今年で18歳になるはずだ。元気にしているだろうか。
指定された場所に向かう途中、携帯に連絡が入る。非通知だったが迷わずとった。
「マックス」
「どうした、フレディ」
「お前に連絡したのがばれたらしい……お前、尾けられてないよな?」
俺の車はエンジン音が五月蝿いし、図体もでかい。機動力はあるがあまり隠密行動には向かない。
ちらっとバックミラーを確認する。
二台後ろにグレイのセダンが居た。試しに急に道一本曲がってみると、ぴたりと着いて来る。おそらく俺に張り付いてる護衛だろう。
だが、フレディはそのことを知らない。追っ手か、護衛か。追い詰められ、パニックを起こされたら厄介だ。
「わかった、歩きで行く」
「そうしてくれ………俺も移動する。ここはもうヤバい」
「OK。車を降りたら知らせる」
護衛のセダンは律儀に着いて来る。
どうしたものかと迷いつつ狭い道を選んでたらたら走っていると、上手い具合にどでかいトレーラー車が角を曲がって来るのに出くわした。いいぞ、あれを使おう。
止まると見せかけて直前でアクセルを踏み込み、猛スピードでトレーラーの鼻先を掠めて突っ走る。不意を討たれたグレイのセダンは道を塞ぐトレーラーの向こう側で急停止。タイヤの軋る音とクラクションが響き渡る。
ちらっと背後を伺うと、トレーラーの運転手がセダンの連中に向かって猛烈に悪態をついていた。
すまん、非常事態なんだ。
護衛のFBIに心の中で謝罪しつつ、スピードを上げた。
※ ※ ※ ※
指定された場所に行くと、スラム街のそのまた裏通りに建つ安ホテルだった。しかも、明らかに今は営業していない。
壁にはけばけばしいネオンサインの残骸が残っている。電気が通っていれば夜はさぞかし人目を引いたことだろう。宿泊より他の目的に使われることが多そうな類いのホテルだな。
正面の入り口は流石に施錠され、頑丈な鎖で閉じられていた。
こじ開けるべきか? いや、待て。フレディが既に中に入ってる。
念のため裏に回ってみると……案の定、従業員用の通用口の鍵が壊されていて簡単に中に入ることができた。
建物の外壁は頑丈そうだったが内壁は薄く、剥がれかけた壁紙は柄が派手な割にはペナペナ、床に敷き詰められた赤いカーペットもすり切れて薄っぺら。
とてつもなくリーズナブルな造りの廊下には、湿ったティッシュペーパーやチョコバーの包み紙、丸めた新聞紙、コークの空き缶なんかが転がっていて……半端に生活感が残ってる。家具も何もかも放り出したまま、とっとと人だけ逃げ出したってとこか。隠れ場所にはもってこいだな。
用心しながらフロントまで進む。
「フレディ……どこだ?」
「待ってたよ、マックス」
カウンターの向こうからフレディが出てきた。服装は俺と似たり寄ったりだ。履き古したジーンズにどぎつい色のTシャツ、革のジャケット。ご同業か賞金稼ぎってところだろうか。
illustrated by Kasuri
記憶にあるのより若干、目つきが鋭くなっている。何とはなしに毛並みが荒れてるな、と思った。あまり穏やかな暮らしをしていないんじゃないか、こいつ……。
俺も人の事は言えないか。
「大丈夫か?」
「ああ、もう大丈夫だよ。ヤバい所だったが、お前が来てくれたから」
ばたばたと足音がした。
数人の男が入って来る。どう見たって追いついた護衛じゃない。ミスった、尾けられたか?
舌打ちしながら銃を抜き、振り向いて構える。7人……1人あたり2発ってとこか。
ジャキっと撃鉄を引き起こす音が聞こえ、後頭部に銃口が突きつけられた。
「銃を捨てろ」
「……フレディ?」
「本当に……助かったよ。お前が来てくれて」
次へ→【3-13-5】虜囚
事務所がやけに広く感じる。妙な話だ。オティアが助手として来てからの時間より、自分一人でやっていた時間の方が長いってのに。
苦笑しつつ、一人の気楽さからデスクの上に足を乗せる。こんな行儀の悪いマネをするのも、久しぶりだ。
今頃、アレックスの家庭教師で勉強してるんだろうな……。
ぼんやりしていると、電話が鳴った。受話器に手を伸ばしつつ、ディスプレイを確認する。
公衆電話からだった。
いよいよ俺のとこにも無言電話が来たか?
用心しながら受話器をとった。
「はい、マクラウド探偵事務所」
「マックス、助けてくれ!」
聞き覚えのある声だった。
忘れるはずのない声だった。
ネイビーブルーの制服に身を包み、サンフランシスコの町中をパトロールしていた時にいつも傍らにあった声……警官時代の相棒、フレデリック・パリス。
電話越しで少し乾いた響きを帯びていたが、聞き違えるはずがない。
「フレディ?」
「ヤバいことになってるんだ……このままじゃ俺は消される」
「落ち着け。今、どこだ?」
「ハンターズ・ポイントだ……」
荒い息づかいの合間に押し殺した声で囁かれた番地をメモする。凶悪犯罪の多発する治安の悪い地域のど真ん中だ。
「何だってそんな場所に。もっと人通りの多い場所に居た方が安全なんじゃないか?」
「追われてるんだ……下手に動けない。頼む、マックス。助けてくれ」
「わかった。そこ、動くなよ。すぐに出る。何かあったら携帯にかけろ」
携帯の番号を教えて電話を切る。銃を取り出し、装填数を確かめてからベルトのホルスターにねじ込んだ。
地下の駐車場で車に乗り込み、走り出す。
彼には新人時代に相棒として世話になった。見捨てることなんかできない。
事件を起こして逮捕されて、懲戒免職の形で警察を去ったが……だからと言って、彼から教わったもの、共に過ごした善き時間が無くなる訳じゃない。
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娘のルースも俺に懐いてくれた。
浅黒い肌にブロンズ色の巻き毛。ちょいと痩せっぽちだが、ころころとよく笑う可愛い子だった。
本名はルーシーだが、その名前で呼ぶとむっとした表情でつんっと口をとがらせて。胸をそらし、腰に手を当てて言ってきたもんだ。
『その名前、のたーっとしてて好きじゃないの。ぜんっぜんCOOLじゃないし』
『OK、ルース』
『いい加減、覚えてよね!』
あんまり可愛いから、あの顔見たさに何度もルーシーって呼んだっけなあ、わざと……。
「や……わたし……他所になんか……行きたくない」
ずくん、と胸の奥がうずく。
すがりつく手の感触が蘇る。
最後に会ったのは四年前の7月。冷たい雨の降る日だった。母親が迎えにくるまで、ずっと泣いていた。
今年で18歳になるはずだ。元気にしているだろうか。
指定された場所に向かう途中、携帯に連絡が入る。非通知だったが迷わずとった。
「マックス」
「どうした、フレディ」
「お前に連絡したのがばれたらしい……お前、尾けられてないよな?」
俺の車はエンジン音が五月蝿いし、図体もでかい。機動力はあるがあまり隠密行動には向かない。
ちらっとバックミラーを確認する。
二台後ろにグレイのセダンが居た。試しに急に道一本曲がってみると、ぴたりと着いて来る。おそらく俺に張り付いてる護衛だろう。
だが、フレディはそのことを知らない。追っ手か、護衛か。追い詰められ、パニックを起こされたら厄介だ。
「わかった、歩きで行く」
「そうしてくれ………俺も移動する。ここはもうヤバい」
「OK。車を降りたら知らせる」
護衛のセダンは律儀に着いて来る。
どうしたものかと迷いつつ狭い道を選んでたらたら走っていると、上手い具合にどでかいトレーラー車が角を曲がって来るのに出くわした。いいぞ、あれを使おう。
止まると見せかけて直前でアクセルを踏み込み、猛スピードでトレーラーの鼻先を掠めて突っ走る。不意を討たれたグレイのセダンは道を塞ぐトレーラーの向こう側で急停止。タイヤの軋る音とクラクションが響き渡る。
ちらっと背後を伺うと、トレーラーの運転手がセダンの連中に向かって猛烈に悪態をついていた。
すまん、非常事態なんだ。
護衛のFBIに心の中で謝罪しつつ、スピードを上げた。
※ ※ ※ ※
指定された場所に行くと、スラム街のそのまた裏通りに建つ安ホテルだった。しかも、明らかに今は営業していない。
壁にはけばけばしいネオンサインの残骸が残っている。電気が通っていれば夜はさぞかし人目を引いたことだろう。宿泊より他の目的に使われることが多そうな類いのホテルだな。
正面の入り口は流石に施錠され、頑丈な鎖で閉じられていた。
こじ開けるべきか? いや、待て。フレディが既に中に入ってる。
念のため裏に回ってみると……案の定、従業員用の通用口の鍵が壊されていて簡単に中に入ることができた。
建物の外壁は頑丈そうだったが内壁は薄く、剥がれかけた壁紙は柄が派手な割にはペナペナ、床に敷き詰められた赤いカーペットもすり切れて薄っぺら。
とてつもなくリーズナブルな造りの廊下には、湿ったティッシュペーパーやチョコバーの包み紙、丸めた新聞紙、コークの空き缶なんかが転がっていて……半端に生活感が残ってる。家具も何もかも放り出したまま、とっとと人だけ逃げ出したってとこか。隠れ場所にはもってこいだな。
用心しながらフロントまで進む。
「フレディ……どこだ?」
「待ってたよ、マックス」
カウンターの向こうからフレディが出てきた。服装は俺と似たり寄ったりだ。履き古したジーンズにどぎつい色のTシャツ、革のジャケット。ご同業か賞金稼ぎってところだろうか。
illustrated by Kasuri
記憶にあるのより若干、目つきが鋭くなっている。何とはなしに毛並みが荒れてるな、と思った。あまり穏やかな暮らしをしていないんじゃないか、こいつ……。
俺も人の事は言えないか。
「大丈夫か?」
「ああ、もう大丈夫だよ。ヤバい所だったが、お前が来てくれたから」
ばたばたと足音がした。
数人の男が入って来る。どう見たって追いついた護衛じゃない。ミスった、尾けられたか?
舌打ちしながら銃を抜き、振り向いて構える。7人……1人あたり2発ってとこか。
ジャキっと撃鉄を引き起こす音が聞こえ、後頭部に銃口が突きつけられた。
「銃を捨てろ」
「……フレディ?」
「本当に……助かったよ。お前が来てくれて」
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▼ 【3-13-5】虜囚
2008/06/13 3:40 【三話】
後頭部に銃口を押し付けられたらお手上げだ。大人しくする以外に方法はない。
まだ頭を吹っ飛ばされたくはない。
銃を奪われ、財布も携帯も上着もろとも剥がされて。なす術もなく後ろ手に手錠をかけられた。
「どう言うことだ、フレディ……説明してもらおうか」
「こう言うことさ」
フレディは無造作に上着を脱いだ。下に着ていたシャツは袖がなく、二の腕が露になる。思わず目を見開いた。
自分の見ているものが信じられなかった。
そこにはくっきりと、見覚えのあるタトゥーが。蠍の尾を持つ蛇が刻まれていた。
「警察をクビになって、刑務所にまでぶち込まれた俺が、今までどうしていたと思う?」
フレディは歯をむき出してにやりと笑い、左腕のタトゥーを見せつけた。
「幹部待遇で迎えてくれたよ。前々から何かと便宜をはかってやってたからな。これぐらいの見返りは当然だろう。そうは思わないか、え、マックス?」
ぐいっと顎をとられ、顔をのぞき込まれる。
「お前のぶっつぶしてくれた工場と撮影所、なあ……俺の傘下の組織が仕切ってたんだよ。いい稼ぎ場だったのに、余計なマネしやがって」
「貴様ぁっ」
お前がオティアをあんな目に合わせたのか。お前が、シエンを攫ったのか!
あの二人だけじゃない。何人もの年端もゆかない子どもたちに、何てマネしやがった!
「フレディ!」
腹の底から低い唸り声が溢れ出す。牙を剥き、拘束された体で飛びかかろうとしたが、手下どもに遮られる。
最初の2、3人はどうにか体を左右に振って振りほどいたが、四人目に顔面を殴り倒されて。もんどりうって床に倒れた所を数人がかりで押さえ込まれてしまった。
「くっそぉっ、離せっ」
「おお、怖い怖い……そうだよな、お前って奴ぁ子どもの事になるとすぐにムキになる……手錠ぐらいじゃ、足りないな」
フレディは懐から黒い平べったいケースを取り出し、パチリと開いた。中から注射器を取り出すと、ガラス瓶に満たされた薬を吸い上げる。慣れた手つきだ。
「暴れるなよ。針が折れる」
「くっ……」
シャツの袖が破かれ、二の腕に針が刺さる。じりじりと薬液が血管の中に送り込まれて行った。
「あ……何だ……これ……う……」
「熱いだろ……? もっと熱くなるぜ……」
動悸が激しくなる。皮膚の奥がざわざわと波立ち、汗がにじんで来る。
力が入らない……。
フレディ、俺に何をした?
「そろそろかな……おい、ベッドに連れてってやれ」
否応無く引きずって行かれると、客室、いや元客室には頑丈なベッドが残されていた。
支柱に両手首を手錠で括り着けられる。
足はフリーだ。
だが、力がまるで入らない。高熱を出した時みたいにガタガタ震えて……弱々しくシーツの上を引っ掻くのが精一杯だ。
かすかな金属音が聞こえた。
フレディの手に飛び出しナイフが光っている。
ぎしっとスプリングが軋む。のしかかって顔をのぞきこむと、フレディはナイフを逆手に持って胸元に近づけてきた。
死を覚悟した。
けれど奴の目的は……違っていた。
通常ルート→【3-13-8】ままのいない食卓
鬼畜ルート→【3-13-6】★★★★狂宴1
まだ頭を吹っ飛ばされたくはない。
銃を奪われ、財布も携帯も上着もろとも剥がされて。なす術もなく後ろ手に手錠をかけられた。
「どう言うことだ、フレディ……説明してもらおうか」
「こう言うことさ」
フレディは無造作に上着を脱いだ。下に着ていたシャツは袖がなく、二の腕が露になる。思わず目を見開いた。
自分の見ているものが信じられなかった。
そこにはくっきりと、見覚えのあるタトゥーが。蠍の尾を持つ蛇が刻まれていた。
「警察をクビになって、刑務所にまでぶち込まれた俺が、今までどうしていたと思う?」
フレディは歯をむき出してにやりと笑い、左腕のタトゥーを見せつけた。
「幹部待遇で迎えてくれたよ。前々から何かと便宜をはかってやってたからな。これぐらいの見返りは当然だろう。そうは思わないか、え、マックス?」
ぐいっと顎をとられ、顔をのぞき込まれる。
「お前のぶっつぶしてくれた工場と撮影所、なあ……俺の傘下の組織が仕切ってたんだよ。いい稼ぎ場だったのに、余計なマネしやがって」
「貴様ぁっ」
お前がオティアをあんな目に合わせたのか。お前が、シエンを攫ったのか!
あの二人だけじゃない。何人もの年端もゆかない子どもたちに、何てマネしやがった!
「フレディ!」
腹の底から低い唸り声が溢れ出す。牙を剥き、拘束された体で飛びかかろうとしたが、手下どもに遮られる。
最初の2、3人はどうにか体を左右に振って振りほどいたが、四人目に顔面を殴り倒されて。もんどりうって床に倒れた所を数人がかりで押さえ込まれてしまった。
「くっそぉっ、離せっ」
「おお、怖い怖い……そうだよな、お前って奴ぁ子どもの事になるとすぐにムキになる……手錠ぐらいじゃ、足りないな」
フレディは懐から黒い平べったいケースを取り出し、パチリと開いた。中から注射器を取り出すと、ガラス瓶に満たされた薬を吸い上げる。慣れた手つきだ。
「暴れるなよ。針が折れる」
「くっ……」
シャツの袖が破かれ、二の腕に針が刺さる。じりじりと薬液が血管の中に送り込まれて行った。
「あ……何だ……これ……う……」
「熱いだろ……? もっと熱くなるぜ……」
動悸が激しくなる。皮膚の奥がざわざわと波立ち、汗がにじんで来る。
力が入らない……。
フレディ、俺に何をした?
「そろそろかな……おい、ベッドに連れてってやれ」
否応無く引きずって行かれると、客室、いや元客室には頑丈なベッドが残されていた。
支柱に両手首を手錠で括り着けられる。
足はフリーだ。
だが、力がまるで入らない。高熱を出した時みたいにガタガタ震えて……弱々しくシーツの上を引っ掻くのが精一杯だ。
かすかな金属音が聞こえた。
フレディの手に飛び出しナイフが光っている。
ぎしっとスプリングが軋む。のしかかって顔をのぞきこむと、フレディはナイフを逆手に持って胸元に近づけてきた。
死を覚悟した。
けれど奴の目的は……違っていた。
通常ルート→【3-13-8】ままのいない食卓
鬼畜ルート→【3-13-6】★★★★狂宴1
▼ 【3-13-6】★★★★狂宴1
2008/06/13 3:41 【三話】
『お前をねじ伏せてやりたい』
『屈服させて。打ちのめして。徹底的に汚してやりたい……』
「うれしいね。やっと願いがかなう」
ナイフで服を切り裂きながら体をまさぐる。些細な指の動きにも反応してくる。
「驚いたね。抱かれるために生まれたようなカラダじゃないか もしかしてクスリなんざ使うまでもなかったか? んん?」
「あ……く…ぁうっ」
自由にならない体で身悶えし、執拗に追いかける手から少しでも離れよう、逃げようと抗うが所詮は無駄な努力だ。
邪魔な衣服を一枚残らず引き裂き、はぎ取る。布がこすれただけで喉が震え、押し殺した悲鳴が漏れる。
「こんな所にも傷跡があるじゃないか。もっと自分を大事にしなきゃダメだぜ、マックス」
晒けだされた裸身をまずはとっくりと目で犯してやった。
頑丈な骨格。日常的に体を動かすことで作られたバランスのとれた筋肉。服の外に出ている部分、腕や脚、首筋は日に焼けているが、隠されている部分は……
生来の白さがそのまま残っていた。
「意外に色が白かったんだなあ。制服着てた時は気がつかなかった」
「見る……なっ」
顔を背けて、必死で体を隠そうとしてやがる。不思議だな。お前を見ていると、まるで清純な乙女か、貞淑な人妻を辱めているような気分になってくる。
そそられるね。
押さえ込んでのしかかり、顔を寄せてゆく。息がかかっただけでもぴくりと震える。
「んっ」
見られること、触れられることを知っている体だ。普段から磨かれ、隅々まで整えられているのだろう。何もかもあの男……ローゼンベルクのために。
きりっと爪を立てる。白い肌に赤い筋が刻まれた。
「ぅっ!」
奴の体が小さく震えた。歯を噛みしめ、声をこらえてやがる……なるほど、今回は耐えたか。だがいつまで我慢できるかな?
いじり回し、なで回すうちに白い肌は薄紅に染まり、首筋の火傷の跡が赤く浮び上がる。まるで薔薇の花びらだ。
汗ばんだ肌の上に舌を這わせるとうっすらと口を開き、湿った喘ぎを漏らし始めた。
「……ぁ……」
「そんなに気持ちいいのか、ここが」
「っ!」
目を閉じて狂った様にかぶりを振る。手首に食い込む手錠が鳴り、ゆるくウェーブのかかった赤い髪が乱れて広がる。
たまらなくいい眺めだ。緩慢な電流にも似た刺激が背筋を這いのぼり、体の中心を震わせる。体内の熱が昂り、一点に向けて凝り固まって行くのを感じた。
「髪の毛伸ばしたんだな……ああ、きれいだ……」
「何をっ」
首筋にこぼれ落ちる赤毛を思う存分弄り回し、しゃぶってやった。
「ずっとお前をこうしてやりたかったんだよマックス……」
「うそ……だ……」
「嘘じゃない」
堅く尖った乳首を口に含み、歯で挟んで引っぱる。歯を食いしばった所で欲情しきったその表情(かお)は隠せやしない。
「足の間で堅くなってるモノはなんだ? ええ?」
「あうっ、よ……せ……あ、あぁっ」
「どれ……ああ、もう滲んでるなあ……この程度でこんなになって、まるで十代のガキだな。ほんとに……いやらしい体だよ」
「う……く…うぅっ」
「欲しくてたまらないんだろ? お望み通りにしてやるぜ。足開けよ、ほら」
「やめろっ……あっ」
それまでただ一人のために捧げられていた肢体を無理矢理押し開く。
「よせ……フレディ」
弱々しく首を振り、すがるように見上げてくる。にやりと歯をむき出して笑いかけると、怯えて後じさりしようとした。逃がすものか。足首を掴んで容赦なく引き寄せ、ねじ伏せる。
「や……め……ろ」
「ああ、本当に可愛い奴だよ、お前は。可愛くて……滅茶苦茶にしてやりたくなる」
ジッパーを引き下げ、堅く張りつめたペニスを取り出した。待ちきれずにあふれた先走りを塗り付け、これみよがしにしごいてから切っ先を押し当ててやった。
「貴様っ」
ぎりっと唇を噛みしめ、睨みつけてきた。
この期に及んでいい面構えしてやがる。
そんなに俺が憎いか? いいさ。遠慮無く憎め。たとえ憎しみでもいい。お前の心に俺を刻めるのなら……本望だ。
あいつよりも強く、深く。
「ああ……熱いなぁ……お前の中は……もっと熱いんだろうなぁ」
「あ、ぐ、う、あぅっ」
切っ先を押し当てて充血した入り口をこじ開けると、それまでとは明らかに違う苦痛に顔を歪ませた。そのくせ肝心の部分はひくんと震え、奥へと誘い込むように動いている。
「……いいね。相当に感度が良さそうじゃないか。さぞローゼンベルクに可愛がってもらったんだろうな?」
「ひっ」
肉のひだをかき分け、めりめりと先端をねじ込ませた。
「たっぷり……楽しませてもらおうか」
「あ……や……だ……」
恐怖に見開かれたヘーゼルブラウンの瞳を見据えたまま、一気に引き裂いた。
組み敷かれた虜が喉をそらせ、絶叫する。
(ざまあみやがれ、ローゼンベルク。貴様の男はもう俺のモノだ)
「あ、う、あ、あっ、ひ、やめっ、フレディっ、あ、いやだっ、よせっ、あ、あぁっ」
屈辱と怒りと悲しみに魂は引き裂かれて打ち震え、その一方でクスリに侵された躯は快楽に応えて火照り、悶え狂う。
辛いだろうなあ。
苦しかろうなあ。
だが、こんなのはまだ序の口だ。容赦無く揺さぶり、突き上げる。
「く、あ、あうっ、あ、ぐっ、ぅうっ」
流れる涙は恋人への忠義立てか、それともただのよがり泣きか。
最高に、気分がいい……。
「ああ……マックス、お前は最高……だ……よ……待ってろ……たっぷり……お前の中に……ぶちまけて……や…る」
「いや……だ……」
「逃がすかよ」
「うぁっ……あぁっ」
勢いをつけて深く抉り込み、欲情の滾りを注ぎ込むと奴の体がびくびくと震え、後ろが締まって絡み付いて来る。
ああ……やっと俺を抱きしめてくれたな、マックス。
「……してる」
「っ!」
息をのむ気配が伝わって来る。限界まで引き絞られていた体から力が抜けて行き、ぐったりと崩れ落ちた。
「ずっとお前が欲しかった……やっと……手に入れた……ああ、あったかいな、お前の中は……」
「ぁ……」
最後の一滴まであまさず注ぎ込み、散々荒れ狂ったモノを乱暴に引き抜いた。
容赦無く抉られた内壁が縮み上がり、彼は堅く目を閉じたまま小さく身を震わせた。
「も……よせ……フレディ……」
「おやおや、もうギブアップか」
弱々しく首を横に振った。
「自首……しろ……ルースが……悲しむ」
「っ」
ぐいっと赤毛をひっつかんで引き起こす。
「まだそんな口が聞けるか? 人の娘のことより自分の身を心配した方がいいぞ、え、マックス」
(歯、食いしばってやがる……気に食わねえ)
苦痛に歪む顔をのぞき込み、首筋の『薔薇の花びら』に歯を立てた。
「ひっ」
ぎり、ぎり、と力を入れる。押さえ込んだ体がびくん、びくんと脈動するのが伝わってくる。
「あ……あ……」
いい声だ。ぞくぞくする。
「あぁっ」
ぶつり、と歯が薄い皮膚を食い破り、口の中に鉄サビに似た臭いが広がった。にじみ出す熱い液体を舐める。
「ほんとにいやらしい体してやがるぜ。そうか、俺一人じゃ物足りないんだな?」
ナイフで赤毛を一房切り取った。ああ、本当にきれいな髪の毛だよお前は……。
鬼畜ルート→【3-13-7】★★★★狂宴2
通常ルート→【3-13-8】ままのいない食卓