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ローゼンベルク家の食卓

留守番サクヤちゃん2

2011/12/21 0:38 短編十海
  • 拍手お礼短編の再録。
  • 95年10月、サクヤちゃんのエンブレイス訪問二度目。見た目で苦労する人がここにもまた一人。
 
 十月も後半に入り、朝夕めっきり冷え込んできたある日のこと。
 結城朔也が学校から帰ると、母屋の居間で母の桜子と、叔母の藤枝が何やら大荷物を広げていた。

「ただいま」
「お帰りなさい」
「サクヤちゃん、いい所に来たわー。ちょっといらっしゃいな」

 手招きされて素直に入って行くと、畳の上には市内のデパートの袋が並び、衣服が広げられている。
 袋の一つが、不規則にがさがさ揺れてるなー、と思ったら、ひょっこりと白に点茶模様の猫が顔を出した。

「みつまめ……何やってるの」
「みゃっ」
「そう、お手伝いしてるんだ」
「うにゃおう」

 気分だけ。あくまで気分だけ。

「どうしたの、これ」
「駅前のデパートでね、冬物セールやってたの」

 何て気が早い。まだ、立冬にもなっていないのに!

「セーターとかお安くなってたから、ぱぱっとそろえちゃったの」
「よーこちゃんに送ってあげようと思ってね」

 ああ、なるほど、そう言うことなんだ。でも、それにしてはやけに枚数が多いような。

「それでね。おそろいでまとめ買いしたんだけど……」

 目の前に、ふわふわのモヘアのセーターが広げられた。同じデザインの色違い、ミントグリーンと、ピンク色。もちろんどっちも女性用。

「どっちがいい?」
「えーっと……俺の? それともよーこちゃんの?」
「決まってるじゃない」

 二人の母は、口をそろえてさえずった。

「サクヤちゃんの分よ!」

 子供の頃は、同じ服を着るまでに時間差があった。まずよーこちゃんが着て、1年か2年経ったら自分が着る。
 しかしながら成長とともに二人の体格差は縮んで行き、今では母も伯母も同じ服を二着まとめ買いしてくる。
 他意はない。その方が安くなるし、何より小さい頃から自分の口癖だったのだ。

『よーこちゃんと同じがいい!』

 今になって思う。元々よーこちゃんが水色とか、グリーンが好きだから成り立っていた事だったんだなって。だけどさすがに、この年でピンクはご勘弁。
 心の中で謝りつつ……

「こっち」

 グリーンを選んだ。

「じゃあこっちをよーこちゃんに送りましょう」
「そうしましょう!」

(ごめんね、よーこちゃん)

 わあ、何だか嬉しそうだ。選択肢のない今がチャンス、とばかりに、ピンク着せたいんだろうなあ、二人とも。

「それでねー、サクヤちゃん」

 ほっとする間もなく、靴下と、マフラーと、毛糸パンツと手袋が並べられていた。

「どっちがいい?」

 選び終わった冬物のあれやこれやを抱えて、部屋に戻る途中でまた呼び止められた。今度は羊司おじさんからだ。

「あー、サクヤくん。今度の日曜、また藤野先生の所に行くんだが……一緒にどうかな」
「はい」
 
     ※
 
 週末はこの秋でも一番の冷え込みで、おろしたての冬物がさっそく役に立ってくれた。

 古い石造りの洋館にも似た雰囲気をまとった、三階建ての雑居ビル。木枠にガラスをはめ込んだどっしりした扉を開けると、和やかなベルの音に出迎えられる。
 占い喫茶「エンブレイス」は秋の金色の陽射しに包まれて、今日も穏やかな時が流れている。

「いらっしゃい、サクヤちゃん」
「こんにちは、藤野先生」

 藤野先生は、羊司おじさんの大学時代の先生だ。歴史と民俗学を教えてくれた人で、伯母さんやお母さんとも親しい。この前、ここに来た後で家に帰って見てみたら、社務所に飾られている写真にちょっと若い頃の先生が写っていた。

「くわあっ!」

 ばさばさっと黒い翼をはためかせ、カラスが肩に舞い降りてきた。

「こんにちは、クロウ」
「さーくーや! さーくーや!」

 人間の言葉で挨拶してから、後はだーっと本来の鴉の言葉に戻ってまくしたてる。

『よっく来たな、待ってたぜー! ちょーどクッキーも焼けたしよ!』
「あ」

 本当だ。バターと小麦粉の焼ける、甘いにおいが漂ってきた。

「よう」
「こんにちは」

 カウンターの奥から、裕二さんがお盆を持って出てきた。お皿に盛ったクッキーと、ポットに入った紅茶を乗せて。

 藤野先生とおじさんが話している間、並んで座ってクッキーをかじる。
 時々、椅子の背に止まったクロウにも一枚渡して、器用にこつこつ割って食べるのを眺める。
 黒い猫のおキミさんは、静かにカウンターの椅子にうずくまり、目を細めていた。足をきっちり折り畳んで、四角くなって。

「……香箱」
「うん、香箱作ってるな」
「あ」
「どうした?」

 ちょうどおキミさんの後ろの壁に、剣がかかっていた。だが見慣れた日本刀ではない。
 柄と刀身、鍔の部分が直角に交差した、幅広の剣。それこそ西洋の騎士や王様が持っているような。ファンタジーの小説に出てくるような剣だ。

「あれは、本物?」
「いや。模造剣だ。刃はついてない。剣の形をしてることが大切なんだ」

 裕二さんはすっと手を掲げて、入り口の扉を指さした。

「そら、あの取っ手の部分。何の形に見える?」
「えーっと……」

 花。いや、違う。あれは炎だ。

「マッチ?」
「あーそう来るか」

 くっ、くっと裕二さんは声をたてて笑った。その隣でクロウもやっぱり、同じように声をたてて笑ってる。って言うかそっくりだ!

「うん、確かに燃えてる棒だな」

 すうっと裕二さんの手が滑り、今度は別の。剣がかかってるのとは反対側の壁を指さした。

「あっちの花瓶が、聖杯だ。んでもってあれが……」

 入り口の真向かい、北側の壁には、小さな『盾』が飾られていた。中央に星を刻んだ金色のコインが埋め込まれている。

「大地の盾」
「うん」
「東に風の剣、南に炎の棒、北に大地の盾、西に水の聖杯」
「あ」

 四つの方角、剣と棒と盾と杯、風と火と土と水……まったく同じではないけれど、とても馴染みの深い何かを思い出す。
 サクヤの頭の中で、ちかっと小さな光がまたたいた。

「結界?」

 ばさあっと翼を広げ、クロウが甲高い声を張り上げた。

「おおあたりー!」

 裕二さんが目を細めてうなずく。

「さすが神社の子だ。鋭いな」

 胸の奥がくすぐったい。ほめられて、ちょっと照れ臭い。でも、うれしい。
 気がつかない間に、サクヤは笑っていた。目を伏せて、ほんの少し、頬を赤らめて。
 照れ隠しにクッキーをとって、ぱくりと口に入れる。

「……あ」
「どうした?」
「これ、ヘーゼルナッツ?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」

 よーこちゃんの好きなナッツだ。家にいる時は、よく焼いてくれた。『ヘーゼルナッツのパウダーって、なかなか手に入らないんだよね』って言ってた。

「これもハーブの一種だからな。ちょっとだけど、店でも扱ってるんだ」
 
 カウンターの隅に置かれたバスケットの中に、見覚えのある袋が並んでいた。

(後で教えてあげよう。ここに来れば、買えるよって)

 そのうち、おじさんと、藤野先生のお話も終わったらしい。裕二さんが紅茶とクッキーを運んで行く。

「どうぞ」
「やあ、ありがとう。いただきます」

 おじさんもヘーゼルナッツのクッキーをかじって……「お」と小さくつぶやいた。気がついたらしい。

「どうしました?」
「あ、いや、これヘーゼルナッツのクッキーだね?」
「ええ。あれ、サクヤも同じ反応してたなあ……」
「娘が好物でね。よく焼いてくれたんだ」
「ああ、だからか」

 ふーっとため息をつくと、おじさんは目を細めてしみじみとクッキーを噛みしめた。

「今は、アメリカに行っちゃってるけどね」
「へえ。仕事で?」
「いや。留学。君とだいたい同じくらいの年ごろかな。サクヤくんとは三つ違いで……」

 その瞬間、空気が固まった。それこそピシっと音が聞こえそうなくらいに。
 裕二さんは、二度、三度とまばたきして、それから腕組みしてうーん、と考え込んでしまった。

「……どうかしたのかい、裕二くん」
「いや、何か微妙に計算が合わないよーな気がして」
「ああ」

 静かに紅茶を飲み終えた藤野先生が、にっこり笑ってさらりと言った。

「この子、二十歳過ぎてるのよ」
「ええっ?」

 今度は、おじさんとサクヤが凍りつく番だった。

「いや、その、申し訳ない、こ、これは飛んだ勘違いをっ」
「気にしないで、よくある事だから」

 ああ、なんだかとっても聞き慣れた言葉だ。

(そっかー、裕二さんも、年より若く見られちゃう人だったんだ)
(同じような経験、してるんだなあ)

 ほんと、中学に上がって何がありがたいって、制服があることだ。学生服を着ていれば、間違われないから……小学生にも。女の子にも。

「そ、そうか、裕二君は成人してたんだな! だったら今度一緒に飲みに行こうか!」
「は、はは、そーっすね!」

 おじさんと裕二さんは、何かを吹っ切るように妙に明るく、爽かに笑い合っていた。
 
      ※
 
 家に帰ったら、ちょうど母と藤枝おばさんが荷造りをしている所だった。

「サクヤちゃん、サクヤちゃん。お手紙あるなら、一緒に入れるわよ?」
「うん」

 そして、よーこちゃんにあてて手紙を書いた。

『藤野先生のお店には、神社と同じように結界が張ってあります。穏やかで気持ちのいい空間なのは、守られていたからなんだなってわかりました』
『あと、今日わかったことがもう一つあります。裕二さんは、実は高校生じゃなくて大人の人でした』
『今度、おじさんとお酒を飲みに行く約束をしていました』
『それからヘーゼルナッツのパウダー、エンブレイスで売っていたよ』
 
      ※

 その頃。
 神楽裕二は、洗面所の鏡をじーっと見つめていた。
 二重瞼のぱっちりした目。ふっくらした唇。丸みを帯びて、つるんとしたツヤのある顔。
 つくづく見事な童顔だ。小柄な背丈と相まって、年より若く見られるのはいい加減慣れていたつもりだったが。

(まさか、高校生と思われてたなんて!)

 つるりとした己の顎を撫で、裕二はぽつりとつぶやいた。

「ヒゲ、伸ばそうかな」

 肩に止まったカラスが「けけけっ」と笑った。

「うるせえっ」

 怒鳴り返す裕二の足下で、ほっそりした黒猫が一声鳴くと、後脚で立ち上がりぽふっと前足で触れてきた。
 さしずめ『肩をぽん』と叩いたような。あたかも裕二の言葉を理解しているかのように、人間くさい仕草だった。

「……ありがとな」

(留守番サクヤちゃん2/了)

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