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ローゼンベルク家の食卓

ジャパニーズボブテイル

2009/02/27 22:34 番外十海
 
 
 12月24日、クリスマスイブの朝。ホテル下のインテルメッツォ(コーヒースタンド)で食料を買い占め、部屋で食事をした。
 部屋には応接用のローテーブルもあったのだが何となく隅っこに集まり、スーツケースをちゃぶ台代わりにして。
 
 黙って口を動かし、終始浮かない顔のサリーの膝にヨーコが手をのせ、ちょこんと首をかしげた。

「サクヤちゃん……エドワーズさんとこ、行く?」
「え……うーん………」

 魔女の呪いで子どもにされてしまい、エドワーズ古書店に保護されたサリーだったが。能力のコントロールがきかずに微弱な放電を続け、エドワーズの電話も携帯も、パソコンも壊してしまったのである。
 幸い、彼には物を直す能力があった。できるものなら、少しでも早く直しに行きたい。けれど。

「あんまり行きたくない………」

 今、エドワーズさんと顔をあわせる勇気が……ない。

「別に人間の姿じゃなくってもいいんじゃない?」
「…………………」

 また難しいことを言ってるし。だいたいよーこさんは楽天的って言うか、妙に自信がありすぎなんだ……このポジティブさが時々うらやましい。

(さっきまであんなにおろおろしてたのに、朝ご飯食べたらけろっとしてるし!)

 どうせ行くならこのままでも……ああ、だけど唐突に携帯貸してください、なん言えないし。そもそも直している瞬間を見られたらもっと困る。

「直したいものあるって、言ってたよね?」

 サクヤの心を読んでいるかのように、ヨーコは赤いコートを羽織ってくるくる回る。上半身を覆うケープがふわりと広がった。

「このコート、ケープになってるから……ちっちゃな生き物一匹ぐらい余裕で隠せるよ?」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 エドワード・エヴェン・エドワーズはクリスマスに縁の薄い男だった。
 今日がクリスマスイブでも。日曜日でも、別段、いつもと変わらない。強いていえば昨日の夜に久々に昔の同僚と会ったことぐらいだろうか。
 
『クリスマスシーズンに教会に泥棒とは罰当たりな奴だ。募金目当てか?』
『さあ、な………』
『それにしても派手にやられたな、EEE。お前さんが苦戦するなんてよっぽど物騒な相手だったんだろう』

 物騒と言うか。人間離れしていたと言うか。そもそも現実だったのかどうかもわからない。唯一の目撃者であるリズも多くを語ろうとしない。カウンター脇の椅子にこしかけ、優雅に毛繕いをしている。

 ふと、ぴんと耳を立てて入り口のドアを見やった。

「にゃ」
「お客さんか」

 カララン、カラララン……。ドアベルの音を響かせて眼鏡をかけた小柄な人物が入って来る。一瞬、あの人かと思ったがまとっている赤いコートが教えてくれる。

「Missヨーコ! お久しぶりです」
「こんにちは、エドワーズさん」
「いつ、こちらへ?」
「んーっと昨日、一昨日。こっちでクリスマスを過ごそうと思って」
「ああ、なるほど……」

 サリー先生に会いに来たのだな。
 
 彼女の後ろから少年が2人入って来る。金髪のアメリカ人と黒髪の東洋系。

「紹介しますね。この子たちはあたしが教えてるハイスクールの生徒なの」
「ああ、確か歴史の先生でいらっしゃいましたね」
「ええ」
「ロイ・アーバンシュタインです」
「風見光一です」
「よろしく。エドワード・エヴェン・エドワーズです」
「マックスとレオンのお友達よ。あと、サリーちゃんの」
「にゃー」
「Hi,リズ」
「あ、猫」
「オーレのお母様よ」
「確かにそっくりデス」

 エドワーズと少年2人が話している間にヨーコはこっそりとコートの中に隠してきた小さな生き物を床に放った。
 茶色と白と黒のほっそりした三毛猫。尻尾はぽわぽわと丸く兎のよう。

「じゃ、しっかりね」
「にゅ」

 小声で話しかけると離れた位置にある本棚まで歩いて行き、よいしょっと伸び上がった。

「Mr.エドワーズ、すみませんが、踏み台か何か貸していただけますか? あの、一番上にある本を見たいんです」
「少々お待ちを……」

 その隙に三毛猫はぴょんっとカウンターに飛び乗り、沈黙しているパソコンに近づいた。くいくいと顔をすり寄せ、前足でちょん。
 沈黙していた画面がぷぅうん、と点滅し、白く光り……中央にリンゴのマークが現れた。
 続いて固定電話にもすりすり、ちょん。

「あ、The World of the Dark Crystalがある! あの画集探してたんだぁ……見たい!」
「先生、無茶しないでくださいっ、重すぎますっ」
「つぶれますっ」
「……私がお取りしましょう」
「ありがとう、Mr.エドワーズ」
 
 よーこさんの陽動作戦はまだ続いている。協力してくれるのはうれしいけど、ちょっと騒がし過ぎなんじゃ……。
 床に降りた所にリズがたーっと走りよって来た。

 サリー先生。ご無事だったんですね! ああ良かった。

「こんにちは、リズ。携帯どこにあるか知らない?」

 こっちです、サリー先生。

 ちょろちょろとリズは猫用ドアを通って奥に入って行く。後に続いて居間に入った。ああ、あのソファの上で眠っていたんだ。

「にゃー」

 テーブルの上に携帯が乗っていた。ぴょん、と飛び乗り、前足でちょんと触れる。
 サブディスプレイが点滅し、デジタルの数字が浮かぶ。
 よし、これで……元通り。

 あれ?
 何だか急にふらっとした。どうしたんだろう……まさか、よーこさん、帰っちゃった?

 へろへろと店に戻ると、ちょうどドアベルが鳴った所だった。

「ありがとうございました………」

 えーっ!
 そんな、ひどいよ、よーこさん、置いてきぼりなんてーっ!

 おろおろしていると、エドワーズさんがこっちを振り向いた。

「おや?」
「にゃ……にゃーっ」

 落ち着け、今の自分は猫に変身している。昨日の子どもだとも、獣医のサリーだとも思われない。普通の猫のふりをしてやり過ごすんだ。

「どこから来たのかな? リズの友達かい?」

 ほっそりした指で撫でられる。頭から背中、耳の付け根。こうしてほしい、触ってほしいと思う場所を彼の手は知り尽くしていた。
 ふわ……気持ちいーい……。

 ノドからごろごろと声が出る。ライムグリーンの瞳がうれしそうに細められる。
 人差し指で顎の下をくすぐられる。思わず顔をすりよせた。

「かわいいな………美人さんだ」

 なおもごろごろとのどを鳴らしてすりより、はたと気づく。
 急がないとよーこさん、どんどん遠くに行っちゃうよ! まだリンクが途切れていない状態なのに。つい今しがた力を使ったばかりなのに、ここで離れられたら……。

 あわててドアにとびつき、かりかりと前足でひっかいた。

「にゃー、にゃー、にゃーっ!」

 よーこさん、よーこさーん!

「おや? もう帰るのかい……気をつけてお行き」

 そっと頭を撫でると、エドワーズさんはドアを開けてくれた。
 
「ぐるにゃう」

 足の間をすりぬけて表に出る。ちょっとだけ振り返ってから、たっと駆け出した。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 花屋さんの前で追いついた。ひらひらひらめく赤いケープにカフェオレ色のブーツ。胸元に金色の鈴とピンクの勾玉が揺れている。

「おかえりー」

 すごく爽やかな笑顔だ。文句の一つも言いたいけど今は猫。(何となく通じそうな気もするんだけど)
 差し出された腕にぴょん、と飛び乗り、肩によじ上った。

「それじゃ、行こうか」

 そして、ヨーコは歩き出す。
 肩に小さな三毛猫を乗せ、風見とロイを引き連れて。腕には今しがた買ったばかりのちっちゃなブーケが抱えられている。
 見送りながら花屋の店主は足下の相棒に話しかける。大きいのと小さいの、瓜二つの黒い縞模様の猫二匹。

「あれはジャパニーズボブテイルじゃないか」
「なー」
「にう」
「うん、可愛いな。飼い主のお嬢さんにそっくりだ」


(ジャパニーズボブテイル/了)
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