ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

★★君を包む柔らかな灯

2010/05/03 0:11 短編十海
 
「……ん……」

 密やかな振動に眠りの底から呼び起こされる。
 腕の中に抱いていたしなやかな体が、もそもそと抜け出す気配。うっすらと目を開けると、枕元のサイドランプが放つやわらかな灯りに包まれて、レオンがぽやーっとした顔で座っていた。視線を宙にさまよわせ、髪の毛はくしゃくしゃのままで。
 まだ半分、眠っているらしい。
 ああ、可愛いなあ……。うつぶせになったまま片目を開けて見守った。
 
 papamama3.jpg
 illsutrated by Kasuri
 
 こいつ、これから何をするつもりなのかな。ここまで起き上がってるってことは、したい事があるに違いない。
 トイレに行くなら問題はない。ただこのままベッドの中で戻るのを待てばいい。だけど、のどが渇いた、水を飲みに行こうかな、なんて考えているとしたら話は別だ。
 ざっと頭の中でシミュレーションしてみる。
 このままふらふらとキッチンまで歩いて行って、ぽやーっとして思考の回らない頭で手探りで冷蔵庫を開けて、水のボトルをとり出す。フタを開けて、コップに注いで……。
 
 ガシャン。
 運が良ければ、ゴトン。いずれにせよ、やらかす。

 レオンはごそごそとガウンを羽織り、足をスリッパに突っ込み、ほてほてと歩いてゆく……バスルームではなく、寝室の出入り口に向かって。
 やっぱ水か。
 
「レオン」

 ドアノブに手をかけたまま、ゆるっとした動きで振り返った。目をしぱしぱさせて、まぶしそうにこっちを見てる。

「ああ………起こしてしまったかな」
「気にすんな」

 ベッドから滑り降り、ガウンを羽織った。微妙に丈が足りない……左胸を確認すると、イニシャルの縫い取りが『D』ではなく『L』だった。
 やれやれ、無防備にもほどがあるぞ、レオン。
 大股に部屋を横切り、隣に立つ。

「俺もちょうど、のどが渇いたところだ」
「ん……」

 こてん、と肩に顔を寄りかからせてくる。さらさらした髪の毛に顔をうずめてキスをして。
 二人で寄り添い、廊下に出た。

「今夜は冷えるね」
「ああ、冷えるな」

 肩に手をかけ、包み込む。レオンの身体をすっぽりと腕の中に。
 キッチンには、夕食後に仕込んだトルティーヤの香りがまだほんのり漂っていた。

「いいにおいだ」
「明日の弁当用だ」
「楽しみにしてるよ」

 シエンは夕食は一人遅れてとった。けれど、ランチの下ごしらえは一緒に手伝ってくれた。
 冷蔵庫からクリスタルカイザーのボトルをとり出し、コップに注ぐ。二つのうち片方をレオンに手渡した。

「そら」
「ありがとう」

 向かい合って水を飲む。ゆるく上下する咽の動きを見守った。
 最近、乾燥してるからな。寝室にも水、置いとくか。そうすりゃ、キッチンまで出なくてもその場で飲める。
 空になったコップを受け取り、軽くゆすいで食器カゴに立て掛けた。

「……」
「どうした、レオン」

 ぺろり、と胸元を舐められる。

「っ、なにをっ」
「こぼれてた」

 さらっと言いやがったな、こいつ!

「舐めたら、意味ないだろ」
「俺には、ある」

 すました顔で言うと、レオンは当然と言う顔つきでキスしてきた。逃げる理由はなかった。

「……これはおやすみのキスなのかな。おはようのキスなのかな」
「両方、だ」
「冷えてきたね」
「ああ、冷えてきたな」

 しんしんと忍び寄る夜の冷気に急かされ、ベッドに戻る。ガウンを脱ぐ段になってレオンは始めて首をかしげた。ようやく気付いたらしい。

「こっちは、君のだった」
「ああ」

 脱いだのをばさっと顔にかけてやる。

「わぷ」
「そっちがお前のだ」
「……」

 むっとした顔をすると、レオンはがばっと掴みかってきた。あっと思った時はスプリングがきしみ、ベッドに押し倒されていた。
 ゆるゆるとキスをして、互いに撫であい、まさぐりあう。じきにベッドの中に二人分の体熱が立ちこめて行く。
 
 もう、寒くはない。
 

(君を包むやわらかな灯/了)

次へ→うわさのヒウェ子
拍手する