▼ ★★君を包む柔らかな灯
- 拍手用御礼短編の再録。
- 【4-17-5】真昼のコーヒーブレイクの前日の夜の出来事。
- 挿し絵は実は縮尺の違う別々のイラストを1枚に合成したものです。
「……ん……」
密やかな振動に眠りの底から呼び起こされる。
腕の中に抱いていたしなやかな体が、もそもそと抜け出す気配。うっすらと目を開けると、枕元のサイドランプが放つやわらかな灯りに包まれて、レオンがぽやーっとした顔で座っていた。視線を宙にさまよわせ、髪の毛はくしゃくしゃのままで。
まだ半分、眠っているらしい。
ああ、可愛いなあ……。うつぶせになったまま片目を開けて見守った。
illsutrated by Kasuri
こいつ、これから何をするつもりなのかな。ここまで起き上がってるってことは、したい事があるに違いない。
トイレに行くなら問題はない。ただこのままベッドの中で戻るのを待てばいい。だけど、のどが渇いた、水を飲みに行こうかな、なんて考えているとしたら話は別だ。
ざっと頭の中でシミュレーションしてみる。
このままふらふらとキッチンまで歩いて行って、ぽやーっとして思考の回らない頭で手探りで冷蔵庫を開けて、水のボトルをとり出す。フタを開けて、コップに注いで……。
ガシャン。
運が良ければ、ゴトン。いずれにせよ、やらかす。
レオンはごそごそとガウンを羽織り、足をスリッパに突っ込み、ほてほてと歩いてゆく……バスルームではなく、寝室の出入り口に向かって。
やっぱ水か。
「レオン」
ドアノブに手をかけたまま、ゆるっとした動きで振り返った。目をしぱしぱさせて、まぶしそうにこっちを見てる。
「ああ………起こしてしまったかな」
「気にすんな」
ベッドから滑り降り、ガウンを羽織った。微妙に丈が足りない……左胸を確認すると、イニシャルの縫い取りが『D』ではなく『L』だった。
やれやれ、無防備にもほどがあるぞ、レオン。
大股に部屋を横切り、隣に立つ。
「俺もちょうど、のどが渇いたところだ」
「ん……」
こてん、と肩に顔を寄りかからせてくる。さらさらした髪の毛に顔をうずめてキスをして。
二人で寄り添い、廊下に出た。
「今夜は冷えるね」
「ああ、冷えるな」
肩に手をかけ、包み込む。レオンの身体をすっぽりと腕の中に。
キッチンには、夕食後に仕込んだトルティーヤの香りがまだほんのり漂っていた。
「いいにおいだ」
「明日の弁当用だ」
「楽しみにしてるよ」
シエンは夕食は一人遅れてとった。けれど、ランチの下ごしらえは一緒に手伝ってくれた。
冷蔵庫からクリスタルカイザーのボトルをとり出し、コップに注ぐ。二つのうち片方をレオンに手渡した。
「そら」
「ありがとう」
向かい合って水を飲む。ゆるく上下する咽の動きを見守った。
最近、乾燥してるからな。寝室にも水、置いとくか。そうすりゃ、キッチンまで出なくてもその場で飲める。
空になったコップを受け取り、軽くゆすいで食器カゴに立て掛けた。
「……」
「どうした、レオン」
ぺろり、と胸元を舐められる。
「っ、なにをっ」
「こぼれてた」
さらっと言いやがったな、こいつ!
「舐めたら、意味ないだろ」
「俺には、ある」
すました顔で言うと、レオンは当然と言う顔つきでキスしてきた。逃げる理由はなかった。
「……これはおやすみのキスなのかな。おはようのキスなのかな」
「両方、だ」
「冷えてきたね」
「ああ、冷えてきたな」
しんしんと忍び寄る夜の冷気に急かされ、ベッドに戻る。ガウンを脱ぐ段になってレオンは始めて首をかしげた。ようやく気付いたらしい。
「こっちは、君のだった」
「ああ」
脱いだのをばさっと顔にかけてやる。
「わぷ」
「そっちがお前のだ」
「……」
むっとした顔をすると、レオンはがばっと掴みかってきた。あっと思った時はスプリングがきしみ、ベッドに押し倒されていた。
ゆるゆるとキスをして、互いに撫であい、まさぐりあう。じきにベッドの中に二人分の体熱が立ちこめて行く。
もう、寒くはない。
(君を包むやわらかな灯/了)
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