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ローゼンベルク家の食卓

メロンパンの森

2008/12/19 22:40 短編十海
  • 拍手お礼用短編を加筆して再録。
  • サンフランシスコで大変なことが起きていたのとほぼ同じ頃、日本では……
 
 昼休み。
 ロイは胸の時めきを爽やかな笑顔で巧みに隠しつつ、幼なじみの風見光一に声をかけた。

「Hey,コウイチ。一緒にランチを食べないか?」
「うん、いいよ?」

(やったーっ!)

 アメリカ生まれの彼にとって、二人で一緒にカフェテリアでランチを食べる、と言うのはそれなりに特別なイベントだった。
 要するにおつきあいするようになったカップルの、嬉し恥ずかし初々しい校内デート。周りに「二人はおつきあいしています」とさりげなくお披露目する場でもある。

 うきうきしながら並んで歩いて行くその先は、しかし学食ではなく何故か部室だった。

「……Why?」
「だって、俺もロイも弁当じゃないか。屋上で食うのも気持ちいいけど、今日は風強いだろ?」

(がっで〜〜〜む!)

 2号校舎の4階はもともとは三年生が使っていたのだが、昨年新設された3号棟に移っていったため、大量に部屋が空いた。
 そこで空き教室を有効に活用すべくこの一角は文化系クラブの部室や生徒会の執務室に転用されたのだ。

 そして風見とロイ、遠藤 始の3人は『民間伝承研究会』、略して『伝研』なる同好会に所属している。
 顧問は言わずと知れた社会科教師、結城羊子。

 とかく人には言えない理由で……もとい、人知を越えた事件を解決するために行動する際、部活動と言うのはかっこうのカモフラージュなのだ。
 妖怪や魔物、魔術に呪術、妖術、怪人、怪獣。怪しげな話題を展開していようが、休日ごとに神社や寺に足蹴く通っていようが対外的には『部活ですから!』の一言で説明できる。

(はっ、でも、これは考えようによっては学食よりイイかもしれない!)

 基本的に文化部の部室は一つの教室をパーテーションと戸棚で区切って二部屋に分けている。彼らの部室は顧問の根回しと裏工作で上手い具合に校舎の角部屋をあてがわれていた。しかも隣は物置だ。
 多少、行き来に時間はかかるが人に聞かれて困る話も心置きなくできる。

 ついでに言うと部員の一人、遠藤は昼休みは必ず早々に食事を済ませて自主トレに出かける。はち合わせする可能性はかなり低い。

 二人っきりで静かにランチタイム!

 予想とは若干違う展開になったものの、期待に胸をふくらませて部室に入って行くと……。

「あれ、羊子先生」

 奥の椅子にちょこんと腰かけて、しょんぼりうつむいてる人がいたりするわけで。

 身長154cm、うっかりすると生徒に紛れそうな童顔、だがこれでもれっきとした26歳。
 夏休みの見回りで、「学校はどこかね」と補導員に声をかけられて「(勤務先は)戸有高校です」と答えたら「担任の先生は?」と真顔で聞かれたと言う伝説を持つ女教師、結城羊子。

 彼らの担任にして同好会の顧問、そして『チームメイト』でもある。
 ロングのストレートを本日はハーフアップにして、トレードマークの赤い縁のちいさな眼鏡を顔に乗せ、白いハイネックのセーターの上から薄いカフェオレ色のストールをくるりと巻き付けている。
 何だかハムスターみたいな配色だ。それがまた妙に似合っている。

「どうしたんですか」
「小鳩屋さんのメロンパンが……売り切れてたんだ」
「ああ、学校の前のパン屋さん」
「仕方なくて角のコンビニまで遠征したんだけど、そこでも売り切れててっ」

 しゅん、と羊子先生は肩を落してうつむいた。

「メロンパンが………買えなかったんだ」
「先生好きだもんね、メロンパン」
「メロンパンたべたかったのに………メロンパン………」

 ふるふると小さく震えている。よっぽどがっくりきたらしい。空腹と失望のあまり、微妙に幼児化している。

 購買で買ってきたら、と言いかけてロイは口をつぐんだ。どうやら風見も同じことを考えたらしい。
 昼休みの壮絶な争奪戦の繰り広げられるパン売り場に、このミニマムでプチな先生が潜り込むなんて………。

 想像してみる。

 殺気立った食べ盛りの高校生が群がるパン売り場に、よじよじと羊子先生が潜り込んで行く。あっと言うまにもみくちゃにされて、きゅーっと床に倒れた所を踏みつぶされて………。

 ロイと風見は同時にぶるっと身震いした。

(だめだ、あまりにも危険すぎる!)
(通勤ラッシュの山手線にハムスターを放り込むようなもんデス!)

「あのー、先生」
「ボクたちが買ってきましょうか?」

 その瞬間、羊子先生は顔をあげて、にっぱーっと笑顔全開。こくこくうなずくと、赤いがまぐちから500円硬貨を一枚取り出して風見の手に握らせた。

「ありがとう! お釣りで好きな物買ってきていいよ」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 昼休みのパン売り場はやはり戦場だった。
 お腹をすかせた食べ盛りの高校生がぎっちり群がり、獲物を確保しようとぎらぎらと目を輝かせてにらみ合う。一瞬の油断が命取り。
 だが、幸いにしてこう言った場では「メロンパン」は人気が薄く、競争率は若干低い。

「よし、行くぞ……」
「コウイチ、ちょっと待った!」

 ロイは親友の肩をわしっとつかんだ。伸ばした前髪のすき間からちらりと青い瞳がのぞく。

「ボクが行ってくる」
「大丈夫か?」
「ボクの方が身のこなしは軽いからネ! 適材適所だヨ」

(あんな、人口密度の高い所にコウイチが入って行くなんて……他の生徒にもみくちゃにされるなんてっ! ダメだ。絶対に、許せない!)

 爽やかな笑顔を浮かべるロイの胸の内は、ほんのりブラックだった。

「わかった。任せたぞ、ロイ!」
「御意!」

 しゅたっとロイは天井に飛び、空いた空間を見極めるやいなや、すかさず着地。床に足がついたときにはもう、メロンパンを確保していた。この間、わずか5秒弱。

「これクダサイ!」
「はいメロンパン、120円ね」

(よし、ミッションコンプリート!)

 安堵した瞬間、後ろから圧倒的な質量と勢いで容赦無く押され、ぐらりとよろける。

(ふ、不覚っ)

 バランスを失い、傾いたロイの体をがしっと力強い手が支えてくれた。

「コウイチ? いつの間に……」
「危なかったな、ロイ。買い物が終わったら横にどかないと危ないぞ?」
「う、うん………今度から気をつけるヨ」

 コウイチが、ボクを助けてくれた。
 コウイチが。
 コウイチが!

「ありがとう……」
「気にするな!」

 その瞬間、ロイの頭からはパン争奪戦を繰り広げるクラスメイトの姿も。購買部の喧騒も、まとめてデルタ宇宙域の彼方へすっ飛んでいた。
 ぱああっと広がる虹色の光と天使のハープの音色に包まれて、彼は(ささやかな)幸福のただ中に舞い上がった。

「行こうか。先生が待ってる」
「うん!」

 二人は手に手をとってパン売り場を脱出した。
 
「お釣りどうする?」
「そうだな、とりあえず飲み物でも買ってくか……」

 自動販売機の前で立ち止まる。

「お、新作入ってる」

 がしょん、と四角い紙パック入りのジュースが落ちてきた。

「ロイは何を飲む?」
「コウイチと一緒でいいよ」
「OK……ほら、これ」

 手渡されたのは、柔らかなクリーム色の紙パック。表面に印刷された文字は……

「豆乳ヨーグルト……きなこ味?」
「体に良さそうだろ?」

(ああ、コウイチ。その、ちょっとズレてるとこも……滅茶苦茶キュートだ!)
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「はい、先生、メロンパン」
「わーい、メロンパンだーっ! ありがと、風見、ありがと、ロイ!」

 メロンパンを受けとると羊子先生はぺりっと袋を開けて、両手で抱えてあむっと一口。しみじみと目を閉じて味わっている。

「んー……美味しい………」

 その姿を見ながら風見とロイは同じことを考えていた。
 何だか、リスみたいだな、と。

「どうした、お前ら、弁当食わないのか?」

 いつもの調子が戻って来たらしい。

「食べますよ。あ、そうだ、先生これ」

 風見はカバンからオレンジ色の丸いものを取り出した。

「親戚がいっぱい送ってきたんです。よろしかったらどうぞ」
「みかんか! うん、それじゃありがたく………うわあ、大きいな。ずっしりしてる!」

 つやつやのみかんを手にとると、羊子先生はまずめきょっと二つに割って、それからちまちまと皮をむいて、ひとふさ口に入れた。

「うっ」

 口をすぼめて目をぎゅーっとつぶっている。

「すっぱーっ」

(あー、甘いメロンパンの後に食べるから……)

 でも、まだ食べる。次のひとふさを口に入れて、またきゅーっと口をすぼめる。どうやら、このすっぱいのが気に入ったらしい。
 ひとふさひとふさ丁寧に、しみじみ味わっている。

 少し考えてから、風見は携帯を取り出し、撮った。

「……何してるんだい、コウイチ」
「うん……なんか、和むから、動画で」
「なるほど、確かにそうだネ」

 ロイも携帯を取り出すと、写した。
 みかんを食べる羊子を撮影しながら、にこにこしている風見の横顔を。

 手のひらいっぱい分の丸いオレンジ色の果実を残らず食べ終えると、羊子は指をちゅぴちゅぴとなめて、それからほうっと幸せそうに息をはいた。

「はー、おいしかった。ごちそうさま」
「どういたしまして!」

 にこにこしながら風見光一は買ってきた紙パックにぷすっとストローを刺して一口すする。

「ん、けっこういける」

 その隣でロイも同じ様にさりげなく、ぷすっとストローを刺してちゅーっと一口。

(ううっ、豆乳のこくが喉にからまって……ヨーグルトの酸っぱさと、きなこと甘みと絶妙の不協和音をっ)

「う、うん、美味しいネ!」
「何、それ。自販機の新作」
「そうです、豆乳ヨーグルトきなこ味です。はい、これおつり」
「律儀だなあ……もっと贅沢しても良かったのに」
「これで十分ですよ。なあ、ロイ?」
「うん、十分、十分だヨっ!」

(コウイチと同じジュースを飲んでる、それだけでボクは十分幸せだ……)

「ところでさ、風見。お前、パスポート持ってる?」
「一応……」
「ロイは持ってるから問題ないよな?」
「ハイ」
「ふむ……」
「どうしたんですか、先生」
「いや、事と次第によっちゃ、海外遠征に付き合ってもらうかもしれないんだ」
「どこに?」

 くい、と羊子先生は人さし指で眼鏡の位置を整えた。赤いフレームの奥で、黒目がちの瞳がきらりと光る。

「サンフランシスコ」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 その夜、風見とロイは夢を見た。ひょっとしたら、二人で一緒に一つの夢を見ていたのかもしれない。

 とにかく二人は森の中にいた。足元には、茶色や黄色、赤の落ち葉がふかふかと積もっている。
 目の前をちょろちょろと羊子先生が走って行く。何故か手のひらに乗るほどの大きさで、両手で大きなメロンパンを抱えて。

 木の根本をちょろちょろと。
 そして、ちっちゃな手で地面を掘って、メロンパンを埋めて。土をかぶせて、落ち葉をのせて、満足げにうなずいた。

「何……やってるんだろう」
「保存してるんじゃないかな」
「もうすぐ冬だしな」

 ちょろちょろっと走っていったかと思うと、またもう一個、メロンパンを抱えて駆けて来て、さっきとは違う場所に埋めた。

「いくつ埋めるんだろう。って言うか、ひょっとしたら埋めた場所忘れたりしないのかナ。もったいない」
「大丈夫、そうなったら春になったら芽が出て、すくすく育って、秋になったらメロンパンの実がなるよ……こんな風に、ほら」

 風見が指さすその先には、メロンパンが鈴なりになっていた。

「そっか。こうやって自然の恵みは巡っているんだね……」
「この世には何一つ、無駄なものなんてないんだよ」

 メロンパンの木の枝の間を、ちょろちょろとちっちゃな生き物が走って行く。

「あれ? 羊子先生が二人?」
「あっちはサクヤさんだよ」
「あ……ほんとだ」

 サクヤと羊子が二人並んでちょろちょろと、足元に走りよってきた。
 と、思ったら森の奥からもう一人、ちっちゃな生き物が走ってきて仲間に加わった。

「あれ、ランドールさん」

 ちっちゃな生き物たちはロイと風見の足元で何やら互いにキィキィ話している。
 良く見るとランドールが手に抱えているのはヒマワリの種で、サクヤが抱えているのは桜餅だった。

 081223_0243~01.JPG ※月梨さん画「きぃ、きぃ、きぃ」

「そっか、主食が違うんだ……」
「サクヤさんの通った後には桜餅の木が生えて、ランドールさんの通った後にはヒマワリの種の木が生えるんだな」

 ロイはのびあがって森の奥を眺めた。それぞれ桜餅(何故か道明寺)と、ちっちゃなジップロックに入ったヒマワリの種がすずなりになっていた。
 しかもそれぞれの境目あたりには、ほんのりピンク色のメロンパンや、ヒマワリの種がトッピングされた桜餅までちらほらと。

「……ホントだ」
「かわいいなあ」

(むっ!)

 その瞬間、ロイの胸の中でざわっと何かが燃え上がる。

(ヨーコ先生ならギリで許せる、でも、サクヤさんとMr.ランドールはダメっ)

 ちっちゃな生き物に手を伸ばす風見より早く、ロイはランドールとサクヤをかっさらって抱き上げた。

「……ロイ、お前…………」
「か……かわいいねっ。うん、So cute!」
「いや……サクヤさんが泣いてる」
「えっ?」

 きぃ、きぃ、きぃ!

 ロイの手の中でちっちゃなサクヤがじたばたしてポロポロ涙をこぼしていた。
 足元では羊子が心配そうに見上げている。ふるふると両手を伸ばしてロイのズボンの裾をにぎり、きぃ、と一声、鳴いた。

「Oh,sorry………」

 そーっと地面に降ろすと、サクヤはとことこと羊子に寄って行く。羊子は安心したようだ。ぎゅっと両手でサクヤを抱きしめた。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 目がさめてから、風見はしばらく布団の中でぼーっとしていた。

(妙な夢見たなあ……)

 羊子先生と、サクヤさんと、ランドールさん。いつも自分たちを教えて、導いてくれる人たちがあんなにちっちゃくなっちゃうなんて。
 でも、可愛かった。
 あれは何かの予知夢なんだろうか。それとも、ただの夢なんだろうか。

 一方、ロイはベッドの中で幸せに打ち震えていた。

(森の中でコウイチと二人っきり……いい夢だった。神様ありがとう!)

 ちっちゃな生き物の存在はとりあえずノーカウントってことらしい。

 そしてその頃、サンフランシスコでは……
 青年社長、カルヴィン・ランドールJrが、日本の『メル友』から送られた和み動画を見ながら昼食後のひと時を寛いでいた。

「ははっ、すっぱかったのか」

 くすくす笑いつつ、彼女の小動物めいた動きにふと、昨夜見た夢を思い出す。
 自分がものすごく小さくなって、森の中を走り回っていた。確かヨーコとサリーも一緒だったな……と。
 

 時計の針は確実に進んでいる。日本とアメリカ、二つの道の交差する、ある一点を目指して。


(メロンパンの森/了)

次へ→芸術劇場「赤ずきん」
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