ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【3-13-8】ままのいない食卓

2008/06/13 3:44 三話十海
 ディフが帰ってこない。
 夕食の時間になっても戻らない。こんなこと、初めてだ。

 どこに行っちゃったんだろう。
 メールしても返事が来ない。いつもなら「サンクス」とか「今日は遅くなる」とか。ほんの一言、だけど必ず返事をくれるのに。
 ものすごく迷ってから、電話してみた。
 電源が、切られていた。

 仕事で忙しいのかもしれない。
 だけど、嫌な胸騒ぎがする。
 
 震える手で携帯を閉じると、オティアが自分の携帯をかちゃりと開いてレオンに電話した。

「ディフが帰ってきてない」

 その日の夕食はアレックスが作ってくれた。食卓ではほとんど誰も口をきかなかった。

 夕食が終わった直後に荷物が届いた。バイク便で、封筒が一通。レオンが受け取り、さっと表面に目を走らせた。

「オティア。シエン。二人とも、部屋に行きなさい」
「でも、お皿、洗わないと……」
「アレックスに頼むから。いいね」
「……はい」

 穏やかな声だった。でも、全然感情がこもっていない。冷たくて、固い、氷柱を呑んだような声だった。

 オティアと二人、大人しく部屋に戻る。
 四年前……セーブル家のパパとママがいなくなった日を思い出す。
 あの時も最初は、ちょっと帰りが遅いなって思っただけだったんだ。まさか、永遠に帰ってこなくなるなんて。

 やがて玄関のドアが開く気配がして、慌ただしく誰かが入ってきた。微かに聞こえる知らない声。知らない足音。
 一体、何が起こっているのだろう?

 胸が苦しい。
 怖くて、心細くて、目に見えない壁に押しつぶされそうだ。
 ベッドに潜り、丸くなって膝をかかえても震えが止まらない。

 こんな時、『大丈夫だよ』って言ってくれるはずの人が今、そばに居ない。

 どこに行っちゃったの、ディフ。
 早く帰ってきて……お願いだから!

「……シエン」

 そっと毛布の上からオティアが触れてきた。
 おそるおそる顔を出す。

「オティア……」
「見てくる」

 黙ってうなずき、見送った。
 部屋を出て行く、オティアの背中を。


次へ→【3-13-9】天使のいない夜
拍手する