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【番外編】

2008/03/25 21:36 番外十海
  • 語り手がレギュラーメンバー以外、もしくは時系列が本編と異なるお話【ex】と
  • 本編の進行に直接関係ない枝葉の話【side】を集めたコーナーです。
  • 下に行くほど新しい話。
  • 不定期更新。
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【ex1】有能執事かく語れりpart1

2008/03/25 21:40 番外十海
 ぼっちゃまが恋していらっしゃる。

 お相手は高校時代の後輩。
 性格も真面目で面倒見もいい。私の目から見てもまっすぐで気持ちのいい気性の持ち主だ。体も健康そのもの、料理も上手い。
 きちんとした家のお子さんで(父上はテキサスで警察署長をしておられると聞いた)実に申し分のない相手と言っていいだろう。
 だが……。

『 男 』だ 。


 ※  ※  ※  ※


 私の名はアレックス・J・オーウェン。
 職業は執事。

 父祖の地ヨーロッパに居る頃より代々、ローゼンベルク家に付き従ってきた一族の末裔である。

 現在はローゼンベルク家のご嫡男にして唯一の直系跡継ぎ、レオンハルトさまにお仕えしている。

 初めてレオンさま(もったいなくもこうお呼びすることを許されている)にお会いしたのは20歳の時だった。

080326_0214~01.JPG
※月梨さん画『レオンぼっちゃま』の肖像

 当時ぼっちゃまはまだ五つ。ぱっちりしたかっ色の瞳にさらりとしたライトブラウンの髪、幼いながらも端正な顔立ち。さすがクラリッサお嬢さまの血を引いていらっしゃるだけのことはある。
 さながら遠き独逸の湖畔に建つ城の窓辺にたたずむ、貴族の姫君を思わせるようなたいへん愛くるしいお子さまだった。

 滅多に笑わず、誰にも心を許さない、気の難しいお子でもあったが……私の前ではほんの少しだけ、閉ざされた心の扉を開いてくださった。

 そんなレオンさまが高校に進学なさる時、本家を離れたいとおっしゃった。
 しばらく一人になりたいのだと。

 そこで、ローゼンベルクのご嫡男が通うにしては格式はいささか劣るものの、寮設備の整った伝統ある学校を探し出した。
 原則二人一部屋と言うことだったが、特別に一人で使えるように手配した。レオンさまが気兼ねなくお一人で過ごせるように。

 寮に入っておられる間は定期的に連絡をとり、必要なものはないかとマメに確認し、学校の様子もお聞きした。
 最初の一年目は何事もなく平穏無事に過ぎたのだが、二年目の十月に変化が訪れた。

 何か必要なものはないかと電話した際、滅多に不満を口になさらないレオンさまがおっしゃったのだ。

「同室にガサツな男がはいってきた」

 何と言うことだ! せっかく一人部屋を確保したのに!
 
 学校の近くに部屋を借りた方がよいのではないか。いや、いっそ転校を……。
 いろいろ思い悩んでいる間に月日は流れ、いつしかレオンさまは同室の男に対する不満を口になさらなくなって行った。

 じっと耐えておられるのだろうか。おいたわしい。

 そして、次の年の夏休み。

「本家には戻らない。このまま寮ですごす」
「さようでございますか」
「昼間は図書館に行くから、何か軽くつまめそうな物をもってきてくれ」
「かしこまりました」

 滅多に『こうしてほしい』とおっしゃらないあの方が。珍しいこともあるものだ。
 心をこめてマドレーヌやマフィン、クッキーを焼いてお届けした。

「アレックス。次はマドレーヌを多めにしてくれないか? 気に入ったみたいだ」
「それはようございました」

 はて。今、微妙に主語が省かれていたような……。



 ※  ※  ※  ※


 高校の寮は州外から来ている生徒が多いこともあり、夏休みも閉まることはない。
 それを幸い、郊外の牧場でバイトを始めた。家畜の世話も厩舎の掃除も、伯父の家の手伝いで慣れている。

 空いてる時間は自由に馬に乗っていいってのも気に入った。
 何より新鮮な卵や牛乳、バターを分けてもらえるのが嬉しい。朝飯に使うとレオンが喜んでくれるから。

「ただいま」
「お帰り、ディフ……焼けたね」
「一日中外で動いてるからな。お前は相変わらず白いよな」
「図書館にいるからね……今お茶を入れるよ」
「うん!」

 紅茶もコーヒーも、レオンがいれてくれるのが一番美味い。味も香りもクリアでミルクを入れるのがもったいないくらいだ。
 滅多に外でコーヒーを飲みたいと思わなくなった。
 紅茶と一緒に焼き菓子が出てきた。伏せた貝殻の形をしたやつ。この間初めて食った時、あまり美味くてびっくりした。

「美味いな、これ、ほんと! ありがとな、レオン」
「いや……。気に入ってくれてよかったよ。まだたくさんあるから」

 確かにたくさんある。だがこいつは自分で食べるのはせいぜい一つか二つで後は全部俺にくれる。
 いいのかな。
 これ、店で売ってるのとは違う。ホームメイドだよな。レオンのために心をこめて焼いたんだ。そう言う味がする。
 でも……誰が作ってるんだろう?


 ※  ※  ※  ※


 高校を卒業するまでの二年間、レオンさまは穏やかでよいお顔をなさっておられた。
 このままシスコ市内に住み続けたい。大学で法律を学び、将来は弁護士になりたいとおっしゃるので部屋を用意した。
 必要最小限の物を、との仰せだったが不自由な思いはさせられない。

 幸い、ノブヒルのグレース大聖堂の近くにローゼンベルク家の所有する数多い不動産の一つがあった。
 庭付きのコンドミニアム、6階建て。
 土地から建物まで全てレオンさまの名義に変更し、最上階の部屋数件分を改築して6ベッドルーム、4バスルームのお住まいを用意して。応接セットも客間も遊戯室も書斎も全て整えた。
 本家のお屋敷には遠く及ばないものの、仮住まいの役目は充分果たしてくれるに違いない。

「ご苦労さま、アレックス」
「おそれ入ります」
「夏休みにしばらく友人を招待したい。準備してくれ」

 お友達!
 レオンさまにお友達が………。
 胸の内が熱くなったが執事たるもののつとめ。表面にはちらとも出さず、ただ静かにうなずく。
 ああ、クラリッサお嬢さまがこのことを知ったらどんなにかお喜びになられるだろう……。

「かしこまりました」 


 ※  ※  ※  ※


「んが」

 すとん、と落ちた顎がもどらない。

 ノブヒルのマンションに引っ越したとレオンは言っていた。
 大学に通うのに便利だからと。

 だけどこいつは……。
 絶対、学生が学校に通うためにちょいと借りるような部屋とはランクが違う。(ってそもそも借りたとも言ってなかったような?)
 急に不安になってきた。
 のこのこ入ってったら俺、ドアマンにつまみ出されるんじゃなかろうか。

 おそるおそる入り口に立ち、インターフォンで教えられた番号の部屋を呼び出す。

『はい』

 レオンの声じゃない。落ちついた大人の男の人だ。一気に緊張がピークに跳ね上がる。

「あーその……レオンに……。高校ん時の友だちでマクラウドって言います」
『うかがっております。どうぞ、奥のエレベーターで最上階にお進みください、マクラウドさま』
「りょっ、了解っ」

 さまって。
 生まれて初めてだ、そんな風に呼ばれたの。
 背中が何だかむずがゆい。

 裏返った声で返事をして、ブリキの木こりみたいにギクシャクした動きでエレベーターに乗った。


 ※  ※  ※  ※


 呼び鈴が鳴った瞬間、レオンさまはぱっと立って玄関に走って行かれた。
 いささかとまどっておられたようだが、無事にマクラウドさまが着いたらしい。

「うわ……マンションの中に屋敷がある…」
「大げさだよ。そんなに大したもんじゃない」
「映画やドラマだと執事が出てきそうだよな……わ」
「いらっしゃいませ」

 骨組みのしっかりした頑丈そうな体つき。背丈はレオンさまと同じくらいだろうか。
 顔立ちはまだあどけない。ゆるくウェーブのかかった赤毛にヘーゼルの瞳、頬にうっすら散ったそばかすはそろそろ消え始めている。

「ほんものだ……」
「アレックスだよ。アレックス、こちらディフォレスト・マクラウドだ」
「そうか、あなたがアレックスだったのか」
「はい、これからはお会いすることも多いと思いますので、お見知りおきを」
「あ、いや、いえ、俺の方こそっ、よ……よろしくお願いします」

 いささか空回りの感はあるが礼儀正しい。何よりレオンさまに対して実に誠実、かつ好意的だ。

 ああ、よかった。
 よいお友達がいて。

「え? 一人で住むのか? こんな広いとこに」
「ああ」

 しばらく彼は手を握って口元に当て、考え込んでいた。

「……さみしくないか、レオン」
「慣れてるよ」
「こんなでっかい食卓で…一人で飯食うのか?」

 ぽん、と手のひらでダイニングテーブルの表面を叩いた。
 北欧から取り寄せたウォールナットの無垢材で作った一点もののオーダーメイド。

「余裕で7人ぐらい座れそうだ」
「……そうだな」

 しばらくレオンさまの顔をじっと見てから、彼は跳ねるような足どりでキッチンまで歩いて行った。

「キッチンも広いよな! わ、こんなにでっかいオーブンまでついてる」

 はしゃいでいる。台所の設備を見てはしゃぐハイティーンの男子と言うのも珍しい。
 そんな彼を見守るレオンさまの笑顔の何と幸せそうなことか。

「何でも作れそうだ」
「好きに使っていいよ。……君の時間のある時に」

「サンキュ、レオン。またミートパイ焼くよ。それともミートローフの方がいいか? あれ、パイ皮がない分作るの楽だからな!」

 ミートパイやらミートローフを焼くハイティーンの男子と言うのも……かなり、珍しい。

「すげえ、ダッチオーブンまである。何でもそろってるな、ここの台所」

 彼が背を向けた瞬間、レオンさまの表情が微妙に……揺らいだ。
 ほとんど無意識なのだろう。くっと拳が握られる。まるで何かを懸命に堪えておられるように。

 まさか。
 これは……。
 いや、そんなことは、あるはずがない。
 あってはならない!


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※月梨さん画『マクラウドさまとぼっちゃま』2ショットの図


 ※  ※  ※  ※


 その後、マクラウドさまがお帰りになられると、レオンさまは大変お寂しそうにため息をついておられた。

 滅多にご自分の感情を表に現すことのないレオンさまが。

 まちがいない。
 レオンさまは恋をしていらっしゃる。

 いささか大雑把な所はあるが礼儀正しいし、性根も真っすぐで料理も上手い。何よりレオンさまに対してこの上もなく誠実だ。
 ああ、神よ。
 これで……彼がでさえなければ!

 幸いマクラウドさまはまだレオンさまの想いに気づいていない様子。

 これは………見守るしかないのだろうか。

 以前、父から言われた言葉を思い出す。「主をお諌めして、正しい道に導くのも執事のつとめ」と。

 私の名はアレックス・J・オーウェン。
 レオンハルト・ローゼンベルクさまにお仕えする執事である。


(有能執事かく語れりpart1/了)


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【side1】ライオンとクマ

2008/04/11 20:27 番外十海
  • 時期は【3-1】の直後。
  • ディフが入院中のエピソード。双子(withヒウェル)とレオン、それぞれのお見舞い風景。

【side1-1】ふたごのおみまい

2008/04/11 20:28 番外十海
「見舞い?」
「うん。何がいいかな」

 ヒウェルは皿を洗う手を止め首をひねっている。
 シエンはちょこんと首をかしげたまま、答えを待った。
 朝食の片付けをしながら、思い切って聞いてみたのだ。ディフのお見舞いに行きたいんだけれど、何を持って行けばいいだろう、と。

「クマ」
「えっ?」
「冗談だよ。花……は、警察ん時の友だちが持ってきてくれたらしいな」
「そうなんだ」
「まあ、病院に行く途中で何か探してくか」
「……うん……それでもいいけど……」

 シエンはオティアと顔を見合わせた。
 ……どうしよう。
 まだ人の多い所は苦手なのだ。

「センスのいい雑貨屋知ってるんだ。穴場だから、あんまし客の来ない店なんだけどな」
「うん!」

 ほっとして体の力を抜いた。

 しかし、ヒウェルが言わなかったことが一つある。件の雑貨屋が対象としているのは……主に女性客なのだ。

(ま、いっか。シエンの選んだものならディフも文句を言わないだろう)



  ※  ※  ※  ※


「よぉ」

 ディフはベッドの上にうつぶせになって寝ていた。
 まだ背中が痛いのかな。
 
 とことこと近づくと、シエンは大事に抱えてきた見舞いの品をさし出した。

「………これ、おみまい」
「え? 俺に?」
「うん」

 ディフは目を丸くしながらさし出されたプレゼントを。真っ白な毛並みのライオンのぬいぐるみを、大事そうに両手で受けとめてくれた。

「………かわいいなあ………ありがとう」

 家猫ほどの大きさで、スフィンクスのように伏せた格好をしている。適度にリアルで、毛並み……とくにたてがみがふかふかしていて、とても手触りがいい。
 選んだ理由はそれだけじゃない。

 Lion……Leo……Leonhard。

「レオンか、これ」

 わかってくれたらしい。

「その…たまたま、見つけたから」
「ふふ……可愛いよ。すっげえ可愛い。ありがとな、シエン」
「うん」

 ライオンを抱えて、目を細めている。よかった、気に入ってくれたみたいだ。
 ベッドのそばに花が置かれている。白と黄色の目玉焼きそっくりの配色の花とアイビィの葉っぱを組み合わせた可愛らしい花かごだ。
 あれが、警察の友だちが持ってきてくれた花かな。
 そしてその隣には、なぜか……クマが一匹。
 黒いボタンの目の、茶色い、ぬいぐるみのクマ。

kuma.jpg


「あ」
「あー、その……こ、これは、レオンが……くれたんだ…………10年前に」
「そっか」

 だからヒウェルがクマ、なんて言ったんだ。大きさもライオンと同じくらい、並べて置くのにちょうどいい。
 よかった。
 お店でぱっと見た瞬間、これがいいなって思ったのだ。

「それ、口に入れても安全なオーガニック素材なんだって。染料をほとんど使ってないから白いんだよ」
「そうか。ありがとな、気ぃ使ってくれて」



 そもそも、その仕様自体が乳幼児用だったりするのだが。突っ込むべきヒウェルは現在、喫煙所でヤニの補給中。
 少し後ろに下がった位置から見守るオティアも、あえて口にはしない。
 故にシエンもディフもにこにこ笑み交わしつつなごやかに、ふんわかほんわか空気が流れてゆく。



「みんなで料理してるって? お前、中華得意なんだってな」
「うん。アレックスがつくってくれたり、ヒウェルがつくってくれたりするけど……俺も、ちょっとだけ」
「美味いって言ってたぞ、ヒウェル。……ピーマン食ったんだってな、あいつが」
「うん、ちんじゃおろーす」
「それ、ものすっごくピーマンの含有率高くないか」
「え。うーん……ピーマン4個ぐらい」
「……信じられん…よっぽど気に入ったんだな、お前の料理」
「そうなの?」
「ミートローフにみじん切りにして混ぜても避けて食ってた」
「そうなんだ…」

 ライオンを抱え込み、ふかふかしたたてがみに顔をうずめて、ディフがぽつりとつぶやいた。

「……さみしいよ。早く帰りたい」
「……」

 シエンはちらりとオティアの方を振り返る。オティアが肩をすくめて前に出てきた。
 双子が手をさしのべてくるのに気づくと、ディフはゆるく首を横に振った。

「……ありがとな。その気持ちだけで充分うれしい」
「…うん…」

 シエンはそーっと手を引き、オティアは何事もなかったようにまた元のポジションに戻った。
 ディフはぽん、と白いライオンの頭を手のひらでつつみこみ、顔中くしゃくしゃに笑みくずしてきた。
 上機嫌のゴールデン・レトリバーそっくりの、やわらかな笑顔で。

「こいつもいるしな」
「うん」

 しばらく話してから、双子はヒウェルに連れられて帰って行った。

「また来るね」

 ドアの所でシエンが小さく手を振った。

 一人っきりになってから、ライオンを撫でながらディフは秘かに胸の奥を熱くしていた。

 優しい子だ。
 ほんとうに。

 部屋を飛び出した時のやつれた状態と比べて、見違えるほどふっくらしていた。顔色もいい。健康そうだった。
 アレックスやレオン、ヒウェルがきちんと世話をしてくれているのだろう。

 ほっと安堵の息をついた。
 病室の中が急に静かになってしまった。ため息、もう一つ。今度はさみしくて。

 早く帰りたいのは本当だ。けれど、ここで力を使わせたらまたあの子たちの負担になる。
 銃で撃たれた傷を治した直後、オティアはとても疲れていたし、シエンにいたっては気を失ってしまった。

 幸い、己の頑丈さには自信がある。体力なんか余ってるくらいだし。
 おとなしく治療に専念して早く治そう……夕方になればレオンも来てくれるし。
 
 大事そうに白いライオンを抱えると、ディフは目を閉じた。




(ふたごのおみまい/了)


BLルート→【side1-2】★レオンのお見舞い
通常ルート→【side1-3】そして、退院の日

【side1-2】★レオンのお見舞い

2008/04/11 20:31 番外十海
 夕方。仕事を早めに切り上げたレオンが病室に入って行くと、ベッド脇のぬいぐるみが二匹に増えていた。

kuma.jpg


 一匹は見なれた茶色のクマ。少し色あせていい具合に風合いが出ている。ところどころ繕ったあとがある。
 もう一匹は、真新しい白いライオン。大きさも同じくらいで何となく『お似合い』の1ペアと言った趣きだ。
 なにげなくクマをライオンの背に乗せてみる。

「……何やってんだ、レオン」
「丁度いいサイズだなと思って」
「うん。シエンがくれた」

 シエン、か。苦笑しながらレオンはクマの鼻を軽くつついた。

「そうか。じゃあ、このクマは連れて帰ろうかな」
「やだ!」

 口をへの字に曲げているが迫力も柄の悪さも皆無。歯も食いしばっていないし、声も『地獄の番犬』の唸り声にはほど遠い。
 どちらかと言うとあどけない、拗ねたような顔をしている。高校生の時に戻ってしまったみたいだ。

「……………………それ、お前だよ、レオン」

 クマをおんぶしたライオンを見て、頬を赤くしている。

「ライオンだから?」
「……うん」

 クマを横において、今度はライオンを抱き上げてみた。

「似合うぞ、レオン」
「柔らかいね」
「オーガニック素材でできてるから、口に入れても安全なんだと」
「乳児用かい? それで白いのか」
「……うん。染料をほとんど使ってないから…………そうか、それ乳児用なんだ……」
「少し大きいから、もう少し育った子供向けかな。」
「どーすっかな、俺ぶっちぎりで対象年齢オーバーだ」
「いいじゃないか。対象年齢なんてあってないようなものだよ」
「そうだな。お前も似合ってるもんな」

 枕を抱えてうつぶせに横たわり、にこにこしながら見上げてくるディフの背中の上に、ぽんっとライオンを乗せてみた。

「うん。いいんじゃないかな」
「待てこらっ! かわいい、とか思ってるだろ、その顔」
「うん。可愛いよ」

 真っ赤になって口をぱくぱくさせている。

(おやおや、予測していたんじゃなかったのかい、俺の答えを)

 ライオンを抱き上げ、元の位置に……クマの隣に戻した。ディフは枕に顔を埋めてしまった。こっちを見ようともしない。

(しょうがないなあ)

 ベッドの横に椅子をだしてきて、座る。そろりと手が伸びてきて、手探りで膝を撫でてきた。
 おや? と思っているとさらにもそもそと這い上がり……手を握ってきた。

(なるほど、こうしたかったのか)


 そっと握りかえすとディフの指に力がこもり、ようやく顔を上げた。

「なあ、前から不思議に思ってたんだけど。お前、何でクマのぬいぐるみなんかくれたんだ?」
「さあ。忘れた。もう昔の話だし」

 嘘だ。本当は、ちゃんと覚えている。
 忘れるはずがない。

(君が探していたからだよ)


 ※ ※ ※ ※


 ディフには面白い『寝ぼけ癖』がある。
 夜中にぬぼーっと起き出して、クマのぬいぐるみを探すのだ。もちろん、朝になっても当人はほとんど何も覚えていない。

 最初にこの現象に出くわした夜のことを今でもはっきり覚えている。学生寮のベッドの中でふと気配を感じて目を開けると、ディフがぼーっと枕元に立っていたのだ。
 頭はくしゃくしゃ、とろんとした目は半開き。白地に青の細い縞模様のパジャマでボタンは上三つ開けっ放し、上着が左肩から半分ほどずり落ちた状態で。

『俺のクマどこ?』
『クマ?』
『うん。俺のクマ……茶色で耳がかたっぽとれてるやつ』

 わけがわからず、こちらも寝起きのぼんやりした頭で首をかしげていると……。
 いきなり熱い体が抱きついてきた。

『っ、ディフっ?』
『………あった』

 そのまますやすやと眠ってしまった。しあわせそうなほほ笑みまで浮かべて。

 それまでは彼に友だち以上の気持ちなんか持っていなかった。犬みたいに尻尾を振って懐いて来るディフを、少しばかり疎ましくさえ思っていた。
 だから素っ気ない言葉と態度で冷たい壁を張る。それでも彼は変わらずほほ笑みかけてくる。

 今まで誰からも与えられたことのない、まっすぐな信頼。何の見返りも求めず、期待もしない無条件の好意。
 アレックスとは少し違っていた。
 何があってもディフは自分を裏切らない。裏切ろうと考えさえしないだろう。

『ディフ……起きてくれよ』

 押しのけようとすると、目を閉じたまま小さく首を横に振って。ぐいぐいと顔をすり寄せてきた。
 子どもみたいに体温の高い体にすっぽり包み込まれる。動けない。
 同じベッドの中でしっかりと抱きしめられ、二人を隔てるのは薄い寝間着と下着のみ。

 無意識に張り巡らせていた冷たい防護壁に、音もなく小さなヒビが入った。
 密着した体から伝わるゆるやかな熱に、つかの間身を委ねていた。
 何をしているのか。自分でもそれと気づく前に手を伸ばし、わずかに波打つ柔らかな髪をなでてていた。

『ん……』

 小さく声を漏らし、くいっと手に顔をすり付けて来る。その瞬間、理性と甘美な微熱との間に一騎打ちが展開され、理性が勝利を収めた。

『ごめんよ』

 わずかにディフの腕が緩んだ隙にベッドから押し出し(その頃はまだ彼を抱き上げるだけの力がなかったのだ)布団を持ってきて上からかけた。
 そして自分はベッドの奥深くにもぐりこみ、まんじりともせず夜を明かし……翌日、すぐにアレックスに電話した。

『ハロー、アレックス? 大至急、準備してほしいものがあるんだ』

 リクエストを告げると、聞き返されることもなく即座に返事が返ってきた。

『かしこまりました。早速、オーダーメイドの一点ものをドイツのシュタイフ本社からお取り寄せして……』
『そんなに待てない。とにかく急いでくれ』
『かしこまりました』

 アレックスは有能だった。
 ただちに要求通りの品物を手配し、届けてくれた。
 その甲斐あって二度目にディフの『俺のクマどこ?』が出た時、レオンはすかさず、クマを渡すことができたのだ。

『ほら、これ』
『……あった』

 満足げにクマを抱えたままディフは自分のベッドに戻って行き、すやすやと眠ってしまった。
 そして翌朝になるとクマのことなんかケロリと忘れ、元気よく飛び起きていた。

 床の上に転がったクマを拾い上げるとレオンは自分のクローゼットにしまい、次の機会にそなえた。
 その後もたびたびクマは出動し、レオンが卒業する時にディフに手渡されたのである。

『どうしたんだ、これ』
『あげるよ』
『いいのか?』
『ああ』
『……ありがとな。大事にする』


次へ→【side1-3】そして、退院の日

【side1-3】そして、退院の日

2008/04/11 20:33 番外十海
「……ただ今」
「お帰り」

 そんな訳で、ディフが退院したとき。

「今から病院にいくところだったんだが……」
「……待ちきれなかった」
「しょうがないな……先に家に戻っててくれ。気をつけて。荷物は貰おうか?」
「大丈夫、自分で運ぶよ。でも、ありがとな、レオン」

 ライオンとクマ、新旧2体のぬいぐるみが一緒になって帰還していたのだった。
 クマは鞄の中に。白いライオンは……しっかりと腕に抱えられて。

 長い赤毛をなびかせて、ライオンのぬいぐるみを抱えて悠々と歩くディフの姿を、道行く人がけっこう注目していたりしたのだが……。
 当人はまったく気にしていないし。
 レオンももちろん、気にするはずがなく。

「しょうがないなあ……」

 ハンドルを握りながら、くすくすと笑っていたのだった。


(了)


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【side2】お皿が一枚

2008/04/20 17:17 番外十海
Web拍手御礼用の短編を再収録。
【3-4】ホット・ビスケット【3-7】aday without anythingの合間に起こったささやかな事件。

 書斎にぽつんと残されたお皿が一枚。
 わすれな草の花びら色の、青に縁取られた白い皿。

 すべすべしたお皿が一枚。


 ※ ※ ※ ※


 オティアはぼんやりと椅子に腰かけて、キッチンテーブルに肘をついていた。
 
 別に暇をもてあましている訳ではなく、彼がそこにいるのにはそれなりの理由があった。

 目の前ではシエンとディフが粉をこねている。
 先日、カフェで食べたのと同じ、ホットビスケットを作っているのだ。

 なるほど、ディフの奴、図体はでかくてガラが悪いくせに、面倒見がやたらと良いことはわかった。けれど、まだシエンと二人っきりにしておくには不安がのこる。
 時々とんでもなくデリカシーのない台詞を吐いてくれるのだ、油断していると。

 だから彼は今、ここにいる。
 二人がせっせとつくっているものをさして食べたいとは思わなかったし、もとより興味もなかった。

「まだ半分残ってるけど」
「少し味を変えようと思ってな。これ入れて、混ぜてくれ」

 レモンの皮をすりおろし始めた。キッチンの中にすっぱい香りが漂う。

「なんか、口の中、すっぱくなってきちゃった」
「……俺もだ」

 それにしても……暇だ。あくびが出そうだ。
 できあがるのにまだしばらくかかりそうだし。何か読むものでも調達してこよう。

 立ち上がり、キッチンを出て、レオンの書斎に向かう。
 どっしりした木製の本棚には分厚い本が並んでいる。弁護士の書斎なだけに法律の本が圧倒的に多いが、普通に百科事典や図鑑もある。

 どれにしようか?

 試しに一冊抜きとって開く。
 ……わからない単語が多すぎる。確かこっちに辞書があったはずだ。


 ※  ※  ※  ※

 
 そして、戻るのを忘れた。

「……ふう」

 満足するところまで読み終わり、はっと気づくともう日が暮れていた。
 目の前には空っぽの皿が一つ。
 
 残っている小さな欠片からは、ついさっきまで(オティアの基準では)シエンの作っていたホットビスケットと同じレモンの香りがした。

 いつ、食べたんだろう。
 信じらんねぇ……油断しすぎだ。
 
 ふう、とため息をひとつ着くとオティアは本を閉じて棚に戻し、書斎を出た。


 ※  ※  ※  ※


 そして、夕食の後。

「……ん?」

 書斎に入った瞬間、レオンはかすかにレモンと、こんがり焼けた小麦粉のにおいをかいだ。
 見回すと、皿が一枚、床の上に置き忘れられている。

 何でこんなところにあるんだろう。
 誰が持ってきたのだろう?

 少し考えてから、拾い上げてキッチンに向かった。
 夕食の片付けはとっくに終わっている。
 ちらりとまだ新しい食器洗い機を見る。たかだか皿一枚でこいつを動かすのもいささか効率が悪い。
 皿洗いなんて滅多にしたことはないけれど、この程度なら、自分にもできるはずだ。

 スポンジに洗剤をつけて………ちょっと出過ぎたかな。
 いいさ、水で洗い流せばすむことだ。
 スポンジで皿をくるくると撫でる。表面に残っていた油膜が洗い落されて行く。

 ほっとひと安心。すすいだ皿を水切りカゴに入れようとした瞬間。

 つるりと手が滑った。

「あ」

 がしゃん


(お皿が一枚/了)

そして→こうなった

【side3】チョコレート・サンデー

2008/05/03 22:11 番外十海

【attenntion!】タイトルに『★★★』の入っている作品には男性同士のベッドシーンが含まれています。十八歳未満の方、および男性同士の恋愛描写がNGの方は閲覧をお控えください。

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【side3-1】今夜の飯はいらない

2008/05/03 22:16 番外十海
 ポケットから携帯を出して、アドレス帳からDの項目を選ぶ。
 選択肢は三つ。事務所か、自宅か、携帯か。

 事務所にかければオティアが取るかもしれない。
 あ、いや、ちょっと待て……発信者名を見てそのまま無視するって可能性もあるな。ってかその方が高い。
 所長がいる時は言葉少なに呼ぶだろう。あるいは、オティアより先にディフが自分からとるかもしれない。
 どのみち、かなりさみしい結果になるのは目に見えてるし。好き好んでそんな思いをすることもなかろう。

 だから携帯の番号を選び、発信した。
 かけてから『あ、もしかしたら取り込み中で出られないかも』と気づいた。

 1回、2回、3回。

 やっぱメールにするか。かえってその方が気が楽だ。
 皮肉なもので、そう思った瞬間にディフが電話に出ちまった。

「どうした?」
「ああ、いや、大した用事じゃないんだけどさ……今、外か?」
「ああ」
「話して大丈夫かな」
「だから出た」

 そうだよな。
 腹をくくって用件を切り出す。

「今夜は取材だから、俺、夕飯いらない」
「わかった」
「それだけだ。じゃあ、な」
「おう、気をつけてな」

 電話を切った瞬間、ふう、とため息がもれた。嘘をついてるわけじゃない。だが真実のみを話した訳でもない。
 約束の時間まではまだ少し間がある。何か腹に入れてくか……。

 さて何を食おうか。
 歩きながら考える。今夜の仕事は場合によっちゃ帰りにアルコールの入る可能性がある。車で行く訳にはいかない。

 サンドイッチか、バーガー、ブリトー、ドーナッツ。どうせ一人で飯食うんだとにかく手っ取り早く食えるものがいい。
 ふらふら歩いていると、青い看板を見つけた。Nestleのアイスクリームスタンドだ。
 十二月にしちゃ、そこそこあったかい日だった。

 たまにはいいか。

「コーンで、ダブル……チョコミントとロッキーロード」
「トッピングは?」
「そうだな、チョコレートソース」
「ホイップは?」

 そーいやここのスタンドはオプションの数が豊富だった。うかつにうなずいていると、コーンアイスを食おうとしたはずがほとんどチョコレートサンデーに、なんて状態になりかねない。

「………無しで」
「サンバは?」

 サンバってのはニワトリの卵より二回りほど小さな菓子だ。マシュマロを卵の殻みたいに薄いチョコレートで包んであって、そのまま食っても美味い。

「お願いしよっかな」
「一つ? 二つ?」
「……一つで」

 そう、こいつも油断してるとデフォルトで二つついてくるんだっけ。
 店員は慣れた手つきでカシャっとサンバを半分つぶすようにしてアイスに乗っけた。

「ほい、おまちどう」
「サンクス」

 はたと気がつくと、マシュマロとナッツの入ったチョコレートアイスの上にさらにチョコシロップがかかって。さらにその上に半壊したチョコレートでコーティングしたマシュマロが乗っかってると言う、けっこうヘヴィな状態ができあがっていた。
 セーブしたつもりだったんだが……腹減ってる時にこの手の食い物をオーダーしちゃいかんよなあ。

 社会に出て自分で稼ぐようになってるから余計に危険だよ。
 心置きなく金を使えるようになった(ある程度は)から、その気になりゃいくらでもオプションを追加できるからな。
 いや、いっそチョコレートサンデーにした方が早かったかもしれない。

 手元から濃厚なチョコレートの甘い香りがたちのぼる。
 道を歩きながらアイスに口をつけた。
 舌の上にアイスの冷たさと、少しぬるめのチョコレートシロップがとろけて広がる。
 さすがにチョコレートばかり三倍がけはちと甘かったかな……。

『そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前』

 頭の中でディフが言う。あきれたような口調で。さっき電話で聞いたのより高くて、にごりのない少年の声で。

 言われるたびに答えたもんだ。

『うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね』


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【side3-2】★チョコレート・サンデーでもどう?

2008/05/03 22:22 番外十海
 高校のころ、よく近所のソーダファウンテン(ソーダとデザートと軽食が中心の食堂)にディフと二人でアイスを食いに行ったもんだ。
 ほんとはサンデーにしたかったけど、そこは懐具合と要相談。普段はせいぜい、チョコレートアイスにチョコシロップとチョコチップをオプションでかけるぐらいが関の山だった。

「そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前」
「うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね」

 そう言うディフもずーっとバニラアイスをコーンで食ってばっかりいたから人のことは言えないと思う。
 思えばあの頃から奴のアイスの食い方はどこかしらエロかったんだが当時は俺もそのことには気づかなかった。

 理由は簡単。まだ知らなかったんだ。自分がゲイだって。

 自分で言うのも何だが、高校時代の俺はそこそこ女の子に好かれた。それも上級生に。
 来るものを拒む理由なんざある訳もなく、にっこり笑ってよろしくWelcome。
 そのうちディフもホッケークラブに入って放課後忙しくなって、自然とソーダファウンテンに出かける時は上級生のお姉様とご一緒にってことが多くなり、チョコレートサンデーをおごってもらう機会も増えていった。

 そんな毎日の中にもぽこっと空白の日はある。

 その日、たまたま俺は一人でソーダファウンテンに行った。ディフはホッケーの練習で、お付き合いしている女の子も予定が合わなかったのだな。

 アイスクリームのケースの前で財布の中身と相談しつつ何を食おうか悩んでいると、不意になめらかな声で話しかけられた。

「君、うちの学校の子だよね。一年生?」

 何気ない一言なのに、まるで音楽でも聞いてるような心地よい声で、店のざわめきの中をくぐり抜け、すうっと耳に届き心に響いた。
 つられて声のする方に顔を向けると、さらさらした赤みがかった金髪にサファイアの瞳、白い陶磁器みたいな肌のたおやかな美人がほほ笑んでいた。

 ……男だったけど。

 年は一つか二つ上、ってことは上級生だな、たぶん。

「そーですけど」
「やっぱりね。見覚えあると思ったんだ。今一人?」
「ええ、まあ」

 それがアッシュ・ボーモントとの出会いだった。
 もっとも後になって聞いたんだが向こうはそれより前から俺のことをご存知だったらしい。

「一緒にチョコレートサンデーでもどう?」
「いや、俺、今金なくて」
「おごるよ」

 タダほど怖い物はない、と言いたい所だが好物の前には警戒心がゆるむ。
 世の中には男に惚れる男もいると、知識として知ってはいたが実感はなかった。まあ人目もあるし、店の中なら妙な事にゃーなるまいと、ありがたくごちそうになることにした。

 で、同じテーブルで向かい合って、学校の話なんかしながら二人してチョコレートサンデー食って。
 けっこう共通の知り合いなんかもいることがわかったりしてそこそこ楽しいひとときを過ごし、さてそろそろおいとましようかと思ったら……。
 

「……チョコ、ついてる」

 鮮やかな青い瞳でまじまじとのぞきこまれ、白いほっそりした指でつうっと頬をなでられた。

(やばっ!)

 その瞬間、背筋がぞわっとなった。嫌悪と言うより、むしろ気持ち良くて。
 アッシュはぺろっと指先をなめて、ほほ笑みかけてきた。

「それじゃまた学校で、ね。ヒウェル」


 ※ ※ ※ ※


 その言葉通り、その後もたびたびアッシュとは出くわすようになった。時には学食で。あるいは学校の廊下、図書館、各種店舗で。
 いつの間にやらストロベリー・ブロンドの髪も、青い瞳もすっかり見なれて生活の一部になった頃、次のステップが訪れた。

「週末、僕の家に遊びに来ないか?」
「先輩の家に?」
「うん。君の他にもクラスの友だちが何人かくるけど」
「……いいっすよ」

 当時は俺も素直な子だった。
 別段疑いもせずに約束の時間に遊びに行くと、先方の両親は外出中。来るはずだった他の友だちも

「ああ、急に都合が悪くなったらしくって」で、結局二人っきり。

 何っかこれって女の子を誘う時の手口に似てないか? なんて思ってると……。
 アッシュは冷蔵庫を開けて何やらカチャカチャとやり出して。やがて濃密なチョコレートの香りが漂い始めた。

choco2.jpg

 ガラスの器にアイスクリームが三種類山盛り。チョコミントとチョコレート、チップドチョコとチョコづくし。
 さらにその上にとろ〜りと大量にチョコシロップをかけて、ぱらりとアーモンドクランチを散らす。
 スプレー式のホイップクリームをぷしゅーっと乗せて、しあげに瓶詰めのチェリーを一粒。

「召し上がれ」
「いただきまーす」

 ソファに座ってお手製のチョコレートサンデーを食ってる俺を、彼はにこにこしながら見守っていた。

(やっぱこれ女の子誘う時の手口じゃねーか? もしかして俺、誘われてる?)

「ごちそうさまでした」

 さすがに若干の懸念を抱きつつもしっかり食べ終わった所で、肩を抱かれた。

「チョコ……ついてる」

 何となく予想していた展開だった。しかし、直に顔を寄せてぺろりと舐められるのはさすがに想定外。

「あ……」
「可愛いよ、ヒウェル」

 うろたえた所を押し倒され、そのままキスされた。彼がさっきまで飲んでいたジンジャーエールの味がした。

(ま、いっか。美人だし。この際だから男も一度試してみよう)


 で、試してみたら案外いけちゃったんだな、これが。


 こうしてアッシュとの『おつきあい』が始まってからひと月ほどたった頃。
 ディフからデートに誘われた。
 と言っても1on1じゃない。気になる女の子がいるけれどいきなり二人っきりってのは照れくさい。だから2対2でWデートしたいんだ、ともちかけられたのだ。

「あー、せっかくだけど俺、今つきあってる人いるから」
「そうか。それじゃ、彼女連れてこいよ」
「いや、彼女じゃなくって……彼なんだよね」
「彼?」
「うん。三年の男子。俺、ゲイなんだ」

 あーららら目、丸くして硬直しちゃってるよ、この赤毛さんは。まあしかたないよな、テキサス生まれだし。この手の話にゃ馴染みも薄かろう。

「別に珍しいことじゃないさ。サンフランシスコではな」
「そ、そうか」

 薄すぎてあっさり素直に信じちゃったらしい。

「…………………む」

 かと思ったら拳を握って、口んとこに当てて何やら考え込んでやがる。

「何だよ、深刻な顔して」
「なあ、正直に教えてくれ。俺ってゲイ好きのするタイプか?」

 ちょっとだけ迷う。
 まあ、アレだな、確かにこいつはふつーにストレートに女の子が好きな奴だ。
 でも、なあ。
 今ならわかる。お前のアイスの食い方、それヤバいよ。
 舌伸ばしてぺろぺろ舐めて、口のまわりに白いのぺたぺたつけちゃって。さすがに気づいたかな、と思ったら手の甲でぐいっと拭って、親指舐めてるし。
 ストレートの男女ならどーってことない。食べ方が下手だな、子どもだなあ、と思うだけだろうが、ゲイの目から見ると激しく『そそる』。
 またこいつが目ぇ細めてうっとり幸せそうな表情するから……。
 単にアイスが好きなだけなんだってわかっちゃいるが、ついろくでもない方向に想像力が突っ走る。アイス以外の物を舐めてる姿を想像しちまう。
 わざとやっても。狙ってもこうは行くまい。
 下手に意識しちゃったら、かえって危険だよな、こーゆータイプは。だからとりあえずさらりと否定してみる。

「全然」
「そうか……」
「まちがってもお前は男ゴコロをそそるタイプじゃないから」
「そうか」

 ほっとしているらしい。何があったんだ、ディフ。

「相手の女の子、脈有りなんだろ? そーゆー時は1on1でデートしたいって言え、チャンスだから!」
「でも俺、女の子連れてけるようなとこ知らないし」
「そらしょうがないわな、テキサスから出てきたばっかなんだし? 素直に言っちゃえ。『俺、どこいったらいいかわかんないから教えて』って」
「む……」

 あ、また考え込んでるし。女の子に頼るってことにまだ抵抗があるようだ。意地っ張りだねえ。
 まあこの体格で腕っ節も強いんだから(しかも当人に自覚があるだけに)無理もない。どれ、ここは一つコツを教えてやるとするか。

「なあ、ディフ。相手が男でも女でも、王女様みたいに扱ってみろ」
「王女様?」
「そう。敬って、大切にして、しんどい時は遠慮なく寄りかかって、わからない時は素直に教えを乞うんだ。でもいざとなったら守る。全力でな」
「……わかった、やってみる」

 この時『恋愛で』と限定しなかったのは生涯最大の失敗……だったような気がしないでもないが。

(まさかレオン相手に応用してたとは! 素直すぎにも程がある)

 その後、ディフはそこそこ女の子にモテるようになったんだから効果はあったと思うべきだろう。
 ただ、男相手に妙な吸引力を発揮するようになったのは計算外だった。

 アッシュとの付き合いは彼が卒業するまで続いた。

 その後は俺も何となく決まった相手と付き合う気になれなくて。
 2年に進級してからは特定の恋人を作らず、もっぱら偶然の出会いを楽しみ、適当に遊ぶことにした。
 男でも女でもアッシュほどの美人にはおいそれとお目にかかれなかったし。レオンハルト・ローゼンベルクに手を出すほど俺は命知らずではなく……ディフとの友情も失いたくなかったのだ。

 ある時、たまたま声をかけてきた上級生(男)を何気なくリードをとって逆に押し倒してみた。
 キス一つで自分の腕の中で相手が熱く濡れ溶けて行く手応えをはっきり感じた。わずかに唇を離した時、うるんだ瞳で相手が可愛く喘いだ瞬間……自分の中で何かが目覚めた。

 その夜、家に帰ってから里親に告げた。

「ママ。俺、どうやら男の方が好きみたいなんだ」

 サンフランシスコと言う土地柄か。あるいは持って生まれた大らかな性格故か。お袋は逃げも叫びもせずにさっくりうなずいた。

「ああ、やっぱりね。なんとなくそんな気はしていたのよ。HIVの検査だけは受けときなさいね」
「うん」


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【side3-3】ここまでは仕事

2008/05/03 22:25 番外十海
 カストロ通りがゲイ・コミュニティの本拠地なのは事実だが、何もシスコのゲイが全てその場所にだけ存在する訳じゃない。
 レインボーフラッグこそ背負っちゃいないが空気のようにさりげなく、そこら中に居ると言っても過言ではないだろう。

 同好の士が顔を合わせて。普通に飲んで、肩のこらない話をして、意気投合したらベッドの中へご一緒するも自由。飲むだけでさよならももちろん有り。
 そんな大人の出会いの場所になる店も、ごく普通に存在する。しかしながら一定のルールは確かに存在し、店の中でコトに及べば手が後ろに回る。あくまでここは飲んで話すだけ、それ以上は店を出てからどうぞ……と、言う訳だ。

 その日俺が取材でやってきた店もそんな場所の一つだった。

 通りに面したブロンズ色の階段を降りてゆくと、ステンドグラスをはめ込んだ分厚い木の扉に突き当たる。
 半分地下に埋もれた店内はそれほど広くはない。濃いめの茶色を基調にした市松模様の床と家具類は人の目と体を柔らかく受けとめて、いい具合にくつろがせてくれる。

「よう、ヒウェル」
「ども、おひさしぶりです」 

 約束の時間より少し早めに顔を出すと、バーテン兼店主がひょいと片手を上げて迎えてくれた。
 大学時代、俺は勉学の傍らこの店でバイトして、学費の一部を稼いでいたのである。賄いが食えるから食費も浮いたし、カクテルや酒のつまみの作り方も覚えた。
 なかなか実入りのよいバイトであった……あらゆる意味で。

「早かったな。まだ店開けてないぞ」
「問題ないですよ、話聞きたいのはあなたで客じゃないし。手伝いましょうか?」

 腕まくりしてカウンターの内側に入る。

「ついでにインタビュー始めてもいいすかね」
「かまわないよ。むしろ、それが目当てなんだろ?」
「まぁね」

 ボイスレコーダーを取り出し、カウンターに置く。
 インタビューと言っても肩ひじ張った話をするわけじゃなく。グラスを磨いたり。テーブルを拭いたり。準備をしながら、世間話をするみたいにして言葉を交わす。
 実際、録音したことの6割近くは他愛のないおしゃべりだ。
 しかし、その中にたまにこちらの仕込んでおいた質問なんかよりよほど気の利いた事が出てきたりするから面白い。

「相変わらず手際がいいな。転職するならいつでも面倒みるぜ?」
「ありがとーございます」

 一通り話を聞いて、開店準備もあらかた終わった所で店主がぽそりと聞いてきた。

「ところでこの録音……聞くのはお前さんだけ、か?」
「ええ。アポとるのも、インタビューするのも、テープ起こしするのも書くのも写真撮るのも俺一人、オールセルフです」
「それじゃあ、何言ってもかまわないよな」
「……ええ、まあ、どうぞ?」

 こほん、と軽く咳払いすると店主はちらりとこちらを見上げて。かすかに白い歯を見せて、笑った。

「そーいやお前さん、バイトの後でよく客を口説いていたよな」
「…………バレてました?」
「まあな。あの頃はお前さん目当ての客もそこそこ増えていたし。お前も仕事中に口説くことだけはしなかったもんな」

 そう、俺が口説くのはあくまで勤務時間外。店の中ではあくまで客と店員、ルールは守った。それ故に大目に見てくれていたらしい。
 言うなればここは、バイト先であると同時にかつての俺の狩り場でもあった。

(だから何となく後ろめたかったのだ)
(あわよくば仕事帰りに……なんてことも考えてなかったとは言い切れない)


「ところでこれ、何の取材だったっけ」
「新聞の日曜版」
「いいのかね? うちみたいな『独特』な店」
「いいんじゃないすか? ゲイの集まる店をってことで俺にお鉢が回ってきたんだし。それにゲイだって日曜版は読みますよ」
「ま、そりゃそうだ」


 ※ ※ ※ ※



 やがて店が始まり、ちらりほらりと客が訪れてきた。
 手持ちのカメラで仕事中の店主の写真を撮る。

 この角度か……いや、こっちからのも捨てがたいな。
 ああ、もうちょっと濃い目の酒持ってる絵が欲しい。一枚撮って、これだと思って見ているうちにまた欲が出る。夢中になってシャッターを切っていると、不意に話しかけられた。

 音楽的な響きのなめらかな声で。店の喧噪をすうっとくぐり抜け、記憶の底にすとんと届いた。

「もしかして、ヒウェル?」

 顔を上げると、仕立ての良い明るいベージュのスーツを着たすらりとした男が立っていた。赤みがかった金髪、わすれな草の花にも似た鮮やかな青い瞳。

「……アッシュ?」
「やっぱりヒウェルだ。久しぶりだね。もしかして仕事中?」
「あ、いや。もう終わります」

 相変わらず美人だな。ってか、ますます磨きがかかってる。着ているものの趣味もいい。あの頃の毛並みの良さそのままに、少年から一人前の男になったって感じだ。

 いいね。
 すごく、いい。

 ぱちぱちとまばたきすると、アッシュはちょこんと首をかしげた。

「そっか……それじゃあ、一緒にチョコレートサンデーでもどう?」
「すっごく魅惑的なお申し出ですけど先輩、ここ、飲み屋ですよ?」
「うん、だから、僕の家で」

 ああ、なるほど。そう言う意味か。彼も今はフリーってことらしい。きっと冷蔵庫にはチョコシロップと瓶詰めチェリーとアイスが常備してあるのだろう。基本的な手口は変わってないんだな、この王子様は。

 カメラをしまって立ち上がる。邪気のない笑顔を浮かべて。

「いいですね! ごちそうになっちゃおっかなー」

 店主が目を丸くしてこっちを見てる。彼にだけ見えるよう体をひねり、眼鏡の位置を直すフリをしながら口元に指を当てて笑みかけた。
 軽く肩をすくめられる。

 ここまでは仕事。でも、これからは……。

「それじゃ、出ようか」
「はい、先輩」

 にこにこしながらアッシュと連れ立ち、店を出た。


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【side3-4】★★★絹のネクタイ(1)

2008/05/03 22:28 番外十海
 店を出て歩き出す。
 メインストリートから角ひとつ曲がり、細い道に入ったところで腕をからめ、半ばすがりつくようにして体を預けた。
 かすかに笑う気配がした。

「どうしたんだい、ヒウェル」
「待てない」

 目を細めてのびあがり、耳元に囁く。甘えた子犬が鼻を鳴らすような声で。ここ数年ほどのあいだとんと出番がなかったが、まだ錆び付いてはいなかったようだ。それとも、彼が相手だからだろうか?

「ホテル……行きましょう、先輩」
「わかったよ。行こう」

 思った通りだ。この人の目に写る俺は、未だに可愛い下級生のままなんだ。
 腕をからめたまま歩き出す。

(そう、家じゃ困るんですよ、先輩。思いっきり声も出せませんから、ね)

 あえて行き先はアッシュに任せてみた。彼がどんなホテルを選ぶのか少々興味があったし、この時点ではまだ思わせておく必要がある。
 リードをとっているのは、あくまで彼自身だと。

 誘(いざな)われたのは、俺が今まで足を踏み入れたことのないような趣味のいい……しかしながら、格式の高さにビビらずにすむ程度にカジュアルなホテルだった。適度に表通りから引っ込んだ場所にあって、出入りに気を使わずに済む。
 アッシュは慣れた感じでさくさくフロントで鍵を受け取り、俺を先導してエレベーターに乗った。
 なるほど、常連さんって訳ですか。
 服装や態度からして、大企業の若き重役候補ってやつかな。確かこの人の父親はシリコンバレーのでかい会社の重役だったはずだ。

 部屋に入った所でわざと体をすり寄せ、甘えた声で呼びかける。

「先輩……」
「どうしたんだい。積極的だね」

 優しくほほ笑んでる。
 ああ、今すぐにでもその金色の髪に指をからめたい。抱き寄せて体中なで回してやりたい。が、我慢だ。
 もう少しの辛抱だ。

「俺だってもう大人ですよ」
「そうだね。何だか新鮮だよ。ネクタイしめてる君って」
「それは……先輩もですよ」

 手を伸ばして、そっとタイに触れた。すべすべしてるな。おそらく絹だ。指をからめて、しごくようにして撫で下ろしつつ小さく出した舌で唇の周りを舐め回した。

「よく似合ってる」

 ぐい、と引き寄せられ、キスされた。
 この人には珍しく強引な動きだが、誘いをかけた自覚はある。目を閉じてうっすらと唇を開くと待ちかねたように舌が差し入れられた。
 力を抜き、委ねた。
 見てみたいな。いったい今どんな表情(かお)してるのだろう。口の中で彼の舌が踊り、柔らかな先端でくすぐられる。
 まるでダンスでもしているみたいに軽く、穏やかな動き……記憶の中にあるのと同じ、優しいキスだ。
 やっぱりあなたって人は、どこまでも王子様なんだなあ、アッシュ。

「ん……」

 わずかに唇が離される。ゆっくり目を開いた。

「相変わらずキスうまいっすね、先輩。くらくらした」

 白い頬にうっすら紅がさしている。青い瞳はつやつやと濡れて輝き、わずかに息が荒い。頬に手をのばし、軽くなでると優しくほほ笑まれた。

「でもね……今の俺は、それだけじゃ足りないんだ」
「っ、ヒウェル?」

 ぐいと肩をつかんでベッドに押し倒す。はっと息を飲む気配がして、サファイアの瞳が見開かれる。驚いてるな? いい顔だ。
 目を開けたままのしかかり、唇を奪った。

「ん……うっ」

 深く重ねて今度は俺から舌をねじ込み、むさぼるようにして舐め回す。逃げようとする相手の舌を押さえ込み、根本から先端まで執拗に舐め上げた。くり返し何度も。赤みがかった金髪に指をからめてなで回すと、絡めた舌がびくびく震えてかすかな震動が伝わって来た。

「う……ううっ、うっ」

 顔、しかめてる。さすがに苦しいかな。少し顔を浮かせて重なりを浅くして、その代わりに重ね合わせた舌を互いの口に出入りさせてみる。
 わざと派手な水音を立て、唇の表面をこするようにして。
 押しのけようとした手の動きが止まり、背中に回されて……すがりついて来た。余韻を楽しみつつ唇を離す。どちらのものとも知れぬだ液があふれて、端正な白い顔を汚していた。

「く……うん……はぁ……あ……」

 顔はもとより首筋、耳、まで赤くしながら喘いでいる。きっちりとスーツに包まれた体もさぞいい色に染まってるだろう。
 想像もできなかったな。この人が俺の腕の中でこんな表情(かお)を見せてくれるなんて。

「確かに思い出は美しい。だけど後ろばっか見てちゃだめですよ、アッシュ」

 上着の中に手を差し入れて、シャツの上からなで回しながら脱がせてゆき、肩から滑り落した。
 襟元からタイをほどいて抜き取る。

「じっくり味わってください、今の俺を」

 体の前で白い手首を合わせて。やさしく腕を上にさしあげ、きっちりと縛った。ほどいたばかりの絹のネクタイで。

「あ……何……を……っ」
「恐がらないで。あなたを傷つけるような事はしません」

 無防備にさらされた喉をくすぐり、うなじに舌をはわせた。

「一緒に気持ち良くなりましょう。ね、先輩?」
「よ……せ……ヒウェルっ」
「いいんですか? ここで止めても?」

 くりっと膝で足の間を刺激すると、くぐもった悲鳴があがった。思った通りだ。もうしっかり熱くなってる。悔しげに唇を噛むと、アッシュはにらみつけてきた。
 ああ、まったく何ていい顔してるんだろう。背筋がぞくぞくする。

「思い出に浸るのは今夜だけにしましょう。帰ったらお互いに全て忘れるってことで。OK?」
「わかったよ……好きにすればいい」

 ぷい、と顔を背けられた。

「可愛いですよ、アッシュ。待っててください。すぐ、脱がせてあげますから」

 それが必ずしも真実ではないってことは俺自身が一番よく知っている。ズボンのベルトを外し、金具を外してジッパーを引き下ろす。
 慌ただしくシャツの裾を引き抜き、ボタンを外してゆく。前をすっかり開けてしまうと、肌着をたくしあげた。


「ああ、残念。きっちりアンダーシャツ着てるんだ……ちょっと期待してたんですけどね。シャツの下ヌードじゃないかなって」
「何を、馬鹿な事をっ」

 陶磁器のようになめらかな白い胸を露出させ、まずは存分に目で楽しませてもらった。

「明るい所であなたの体をしみじみ見るのって、初めてですよね。俺とする時はいつも部屋を暗くしていたから。もったいないことしましたよね……こんなにきれいなものを隠していたなんて」
「きれいだなんて……言うな……」
「だって本当のことですから?」

 だいぶ息が乱れてきたな。鎖骨に合わせて舌を這わせてみる。

「このラインなんか、最高」

 びくっと震えてすくみあがった。いい反応だ。意識の隅でちらりと思う。もしかしてこの人、ずーっとタチばっかりやってたんだろうか?
 こんな風に弄られることに、あんまり慣れてないような気がする。

「乳首、こんなにいい色してたんですね、先輩。ピンク色で、すごく美味しそうだ」
「ばかっ、何……言ってるっ」

 囁きながら顔を寄せてゆき、ふっと息を吹きかける。

「あうっ」
「ほんと、美味しそうだ。もう我慢できない」

 たっぷりだ液を含ませた舌で舐め上げると、のけぞった喉から高い悲鳴がほとばしる。口に含んで軽く歯で挟み、舌でつつきまわした。
 逃げないよう、しっかりと押さえ込んで。

「あ………あぁっ、だ、め、だ、ヒウェルっ」
「ん……何がダメ、なんですか? ああ、そうか」

 にやりと笑ってもう片方に手を伸ばした。

「こっちがお留守でしたね。すみません、気がつかなくて」
「ち……が……あぁっ」

 片方は口で。もう片方は指で。交互に入れ替えつつ、たっぷりと愛でてさしあげた。
 男でも胸は感じるのだ。
 ただ弄り方にコツがあるだけで。
 最初から無闇に強くこね回せばいいってもんじゃない。まずは羽毛でくすぐるような微弱な刺激を与え続ける。ゆるゆると弄られる間に皮膚が温められて、慣らされて、そのうちもっと強い刺激を欲しがるようになる。そこまで追いつめて、さらにもう少し焦らしてから初めて強烈な一撃を与える。

 何もこれは乳首に限ったことじゃない。
 かつては何度も触れあった体だが、その時はいつも俺が触れられるばかりだった。今は違う。

 胸、わき腹、肋の間。
 じわじわと唇と指を滑らせ、まだ衣服を取り去っていない場所をまさぐる。指先に熱い、ぬるりとした堅いものが触れた。

「は…あ……あぁっ、や、めっ」


 腕の下で背中をのけぞらせて身悶えしている。
 ん……いいね。実に正直だ。いっそこのままイかせてしまおうか。
 下着の中で果てさせて、このきれいな体を汚してみたい……つかの間、そんな誘惑に駆られるが、かろうじて思いとどまる。
 ゆっくりと。
 余計な刺激を与えないようにゆっくりと。
 ズボンのジッパーをさげて、脱がせて行く。腰、太もも、膝、足首となでおろしながら丁寧に。靴も、靴下も片方ずつ抜き取り、仕上げに指先にキスをした。

「ひ、あ、あぁんっ」
「おや。もしかしてここにキスされるの初めてですか?」

 うるんだ瞳できっとにらまれる。

「当たり前だっ、そんな、変態じみたことっ」
「わあ、怖い顔」

 じゅくっと吸い付き、舐め回す。左の小指から順番に一本ずつしゃぶってゆくと、右の人さし指に到達する頃には悪態が愛らしい喘ぎに変わり……左の小指を口から引き抜いた時には、腰を覆う紺色のボクサーパンツの中では何かがすっかり堅くなり、布地を持ち上げていた。
 かなり窮屈そうだ。
 試みに布地の上から手のひらをあててくりくりとなで回すと、陸にあげた魚みたいにびくびくと震え、身をよじった。
 目の縁にうっすら涙がにじんでいる。ちょっと刺激が強すぎたかな。

「腰、浮かせて」

 囁くと、素直に従ってきた。

「ありがと、先輩」

 素早く下着をずり降ろし、足首から抜き取る。解放されたペニスがぷるんと震えて顔を出した。

「わお。すっかり準備OKって感じですね。それとも、縛られて感じてました?」
「ばかっ」
「あ、傷つくなあ、その言い方……」

 太ももの間に手を入れて、内股をくすぐりながら押し広げる。さほど力はいらなかった。

「は……ああ……や……め…」

 のしかかり、顔を寄せる。
 ああ……やめろと言ってるくせに、期待してるじゃないか。
 顔を背けてはいるけれど、体を見ればわかる。次に何をされるのか。これからどうされるのか。気になって仕方がないのだろう。

「……不公平だ」

 ぽつりと言われた。

「え?」
「君も……脱げよ。僕だけだなんて不公平だ」
「なるほど。一理ありますね」

 さくさくと上着を脱ぎ、タイを緩めた。シャツのボタンを上三つほど開け、ベルトを外して……全部脱いだ。
 ただし、下だけ。
 そう、全部だ。ズボンも下着も、靴も靴下も、全て。上は着たまま、当然眼鏡も外さない。

「……脱ぎましたよ。これで公平ですよね?」
「っ、君って奴はっ」

 抗議の声を無視して一旦背中を向けて、備え付けの冷蔵庫を開けてみる。

「ああ、いいものがあった」

 取り出したボトルを手にゆらりと体を起こし、アッシュの目の前でわざと音を立ててキャップを開けた。

「何を……」
「先輩、お好きでしたよね。ジンジャーエール」

 程よく冷えた泡立つ金色の液体を、白い体に注ぐ。

「ひ……あ……よせ……」
「ありゃ? お気に召しませんでした? しょうがないな。すぐお拭きしましょう」

 顔を寄せ、舌を伸ばして舐める。鎖骨、胸、腹、肋、へその窪みも忘れず、下腹部に至るまで丁寧に。炭酸の弾ける微弱な刺激がけっこう効いたらしい。さっきとは微妙に異なる悲鳴が上がった。
 暴れ方もけっこう派手で、しっかり押さえなくちゃいけなかった。
 そのくせ張りつめたペニスは一向に萎える気配もなく、それどころか先端からとろとろと透明な雫すら垂らしている。

 要するに、気に入ったってことらしい。
 だったらもっと味わわせてさしあげようじゃないか。

 くいっとジンジャーエールを一口含み、そのまましゃぶった。
 すべすべした足の間で堅くなって震える、彼の一番敏感な部分。生まれて初めて俺に、男と寝る快楽を教えてくれた物を、両手で支えて。

「あ……や、何……を……ひ、う、あ、あぁっ」

 根本に指を絡めて軽くしごき、先端を舌先でなで回して尿道に差し込む。
 くぐもった水音を立てながら唇で軽く挟み、そのままゆるゆると抜き差ししていると、次第にアッシュの声が切羽詰まって行った。

「も……だめ……だ………出る……ヒウェル……お願い……だ……もう……許して……くれっ」

 ごくり、と口に含んだジンジャーエールを飲み下す。

「だめです。俺の中でイってください」

 舌なめずりしてペニスを奥まで飲み込み、吸い上げながら先端までしごき上げる。

「あ……あぁーっっ」

 無防備な絶叫とともにどくどくと、熱いものが口の中に吐き出された。わざと喉を鳴らして飲み込む。舌先を差し入れて丹念に舐めとると果てたばかりのペニスが口の中でぴくりと震え、余波を吐き出した。

「ん……先輩のって……こう言う味だったんですねぇ……すっかり忘れてた」
「は……あ……あぁ……」
「時にこっちの方は、使ってるのかな」


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【side3-5】★★★絹のネクタイ(2)

2008/05/03 22:29 番外十海
 足を押し広げて後ろの口を露出させてみる。

「やあっ」

 ん、いいね……濃いピンクになって、震えてるじゃないか。金魚の口みたいに、内側から押し広げられて、ぷっと開いてはまた閉じる。試しに指を這わせてみた。

「あ………やめろってばっ」

 微妙に、堅い。経験がないって訳じゃなさそうだが、最近はあまりお使いになっていないらしい。

「ああ、これは、じっくり解してあげなきゃいけませんね……」
「やめてくれ……ヒウェル」
「恐がらないで、アッシュ」

 顎に手をあて、のぞきこむ。怯え切った青い瞳を。

「初めての夜、あなたはあんなに優しくしてくれたじゃないですか。あなたを裏切るようなマネはしませんよ。だから力抜いて。ね?」
「…………」

 すっかり潤んだ目が見上げてきて、それから、こくん、とうなずいた。

「……いい子だ」

 髪の毛を撫でてから額にキスをして、再び足の間に屈み込む。
 指か。舌か……やっぱ舌だな、うん。

「や……あぁっ、よせっ、そこは………あぁんっ」

 上にキスしたときより、反応が良かった。結構ネコの素質あるんじゃないか、この人?
 舌先で襞をかきわけながら吸ってみる。
 縛られた体で身悶えし、閉じた両目から涙をぼろぼろこぼした。指で広げて舌をさしこむと、ぎゅうっと締めつけられた。

「先輩。そんなに締め付けないで……舌がイっちまいます」
「しょうがないだろ……君が……あ……弄るから……」
「あなたが敏感すぎるんだ」

 びくっとすくみあがったところに指を入れて、そっと動かした。

「あ………ああ……う……くぅ………」
「そう……そうだ、それでいい……」

 次第にぽってりと充血し、指に吸い付いて来る内壁の感触を確かめながら動きを強めて行く。そろそろ二本目を入れようかと思った時。

「ヒ……ウェル………」
「ん。どうしました、アッシュ。きついですか?」
「ち……がう……」

 弱々しく首を横に振る。

「も……がまんできない…………」
「いけませんよ。じっくり解さないとつらいって、あなたが教えてくれたんですよ?」
「いい………から……」
「でも、ねえ」
「早くっ、も、耐えられないんだっ! 欲しいんだっ」

 にいっと口の端がつり上がる。

「何が欲しいんですか、アッシュ?」
「っ」

 真っ赤になって口をつぐんでしまった。いいね、ここで素直に折れられてもつまらない。耳もとに口をよせ、息を吹きかける。

「ひっ」
「言ってください。でなきゃ、わからない」
「あ……あ……」

 左右に視線が泳ぐ。縛られた両手が、何かにすがりつくように空を握る。

「教えてください。ね、先輩」

 くっと唇を噛んだ。おそらく最後のためらいだ。もうすぐ、だ。
 もうじき、花びらみたいな唇がほどけてこぼれ落ちる。
 淫らなお願いが。

「入れてくれ……君……の……」
「俺の?」

 青い瞳が俺の足の間に向けられる。
 
「君の、ペニス……」
「よくできました」

 にっこりほほ笑むと脱ぎ捨てた上着のポケットをまさぐり、財布を取り出す。コンドームを一枚引き出すと、パッケージを口にくわえてピリっと開けた。
 すがりつくように見上げてくる彼の目の前で、必要以上に慎重に。

「着けとかないとね……後が大変でしょう?」

 ぬるりとしたピンク色の薄い膜を、ゆっくりと、すでに臨戦態勢になっている自分の逸物に被せてゆく。

「あ……は……やく……」
「ん……そうしたいのはヤマヤマなんですがね」

 半端にはだけたシャツを軽くつまむ。
 もちろん、俺のじゃない。

「いい生地使ってるなあ。俺の着てる安物とはえらい違いだ。やっぱりこれ、汚すとまずいですよねぇ」

 素早く手首をほどき、シャツを引き抜く。布がこすれるだけでもつらいのだろう。白い喉が震える。
 着ているものを全て取り去ってから、改めて今度は後ろ手に縛り上げた。

「く……こう言うのが、趣味なのか、君はっ」
「ええ。大好きなんです」

 にっこりとほほ笑み、膝の上に乗せるようにして抱き寄せた。
 ただし、後ろから。

「あ……」
「俺、変態ですから」

 尻の双丘に手を当てて押し広げ、露出させたアヌスにペニスの先端をあてがう。

「ん……いい感じに蕩けてますね」
「く……う………い……いい加減にしろっ」

 強気な言葉、しかしほとんど鳴き声だ。たまらないね。

「さっさと、やればいいだろうっ」
「OK、アッシュ。あなたのお望みのままに」

 腰に手を当てて引き寄せて、ぐいっと後ろから貫いた。

「ひぃっ、あ、あ、ああ………」

 膝の上で震えている。やっぱきつかったんだろうなあ。無理しちゃって……。
 根本まで入れてからしばらく抱きすくめ、首筋に、頬に柔らかなキスを落す。震えが収まるまで、じっと。

「……けよ」
「はい?」
「動けよっ」
「わかりましたよ。でもね、その前に」
「なん……だ……」
「前、見て」
「前って……あっ」

 よく見えるように脚を広げてあげた。
 部屋にそなえつけの鏡に映る彼の姿を。後ろから抱きすくめられるようにしてベッドの上に座り込み、俺に貫かれた有り様を。

「あ……や……だ……こんな…………」
「目、閉じないで。せっかくこんなきれいな体してるのだもの。見なきゃもったいないじゃないですか。ねえ、アッシュ?」
「ばかっ、変態っ」

 その通り。さっきも言った。
 しかし体は正直だ。脚の間でペニスは高々と首をもたげ、後ろはぐいぐいと俺を締めつける。

「そんな口叩けるのなら大丈夫ですね。お望み通り動いて差し上げますよ」

 ぐいと腰を押さえ込み、ベッドのスプリングを活かして突き上げる。
 
「あ、あ、ああっ、や、ひ、う、んんっ」

 もはや意地を張るのはあきらめたのだろうか。無防備な悲鳴があがり、白い体が踊る。鏡に写る自分の姿から目をそらさずに。
 素直な人だ。ここはやっぱり、それなりにごほうびをあげるべきだろうな。
 手を回してペニスをこすってやった。

「ひぃっ、ん、ああっ、いいっ、気持ち……いいっ、あ、あ、ヒウェル、ヒウェルぅっ」
「いいですよ……ほら、もっと腰を振って。気持ちのいいとこ、教えてください。好きなだけ、突いてあげますから」

 言われるままに彼は腰をくねらせた。

「ん、あ、そこ、いいっ、もっと突いてっ」
「ここ……ですね」

 いい、と言われた場所を狙って勢い良く突き上げる。

「あ、あ、やあっ、あ、や、んんっ、いいっ、気持ち……い……あ、あ、あ、ひ、や、あぁんっ、もっと……く…、あ、ああ」


 ああ、なんかすっげえ可愛い声で鳴いてるよ。
 思えばこの人は俺と寝る時、一度だってここまで乱れてはくれなかったなあ……。

「も、出る、出るうっ」

 ぐいっと奥まで貫きながら、彼のペニスを根本から先端までしごきあげる。

「ひゃあ、あ、あ、あぁんっ」

 喉をのけぞらせて震えると、白い粘つく熱い液体がほとばしり……彼の顔にまで雫が飛んだ。
 強烈に締めつけられて思わずこっちもイきそうになる、が、寸でのところで堪えた。

「気持ち……よかったですか……先輩」

 視線を宙に彷徨わせたまま、アッシュはとろんとした目で鏡越しに俺の目を見つめて、こくんとうなずいた。

「それじゃあ、次は、俺の番だ」
「えっ」

 汗ばむ白い背中に手をあてて、うつ伏せに押し倒す。
 たった今、彼の精液が飛び散ったシーツの上に。

「ひっ」

 そのまま背後から伸しかかり、獣の姿勢で突いた。今度はさっきより自由に動ける。
 達したばかりで鋭敏になった体を容赦無く抉り、突き上げる。

「ぃ、う、ぐ、あ、や、も、やめ、あ、あ、あぁっ」
「可愛い……な……アッシュ……ほんとに……う……ん……」

 ぐいと奥まで突き入れて、ずっとこらえていた欲情を一気に解き放った。

「く……うぅっ」

 体の奥がら溢れ出す熱をどくどくと、薄いゴムの膜越しに注ぎ込んだ。全部出たかな、と思ったところを不意に締めつけられて、またとくんと出る。


「う……あぁ……」

 最後の一滴まで吐き出してから、ずるりと引き抜いた。コンドームを抜き取り、きゅっと縛った。
 かなり……多い。
 ここんとこずっとご無沙汰だったからなあ。
 支えを失い、ぐったりとベッドの上に突っ伏したアッシュの手をほどいて一言囁く。

「……素敵でしたよ、アッシュ。可愛い人だ」


 ふと思いついて、彼の上着のポケットをまさぐる。
 あった。
 携帯を開いて、かしゃりと一枚。快楽の余韻に酔うあられもない艶姿を写し、ついでに待ち受け画面に設定しておいた。
 次にこいつを開くのはいつだろう。
 どんな顔をするのだろう。

 だいぶ温くなったジンジャーエールのボトルをとり、残りを一気に喉に流し込む。
 さて、帰る前に念入りにシャワー浴びなくちゃな。

「あ……ヒウェ……ル……」

 ベッドの上にうつぶせになったまま、何やらまた色っぽい表情であえいでる。まだ体が疼いているらしい。
 そっと髪を撫で、そのまま首筋から肩、背中、腰へと撫で下ろす。

「ん、あんっ」

 くるりとひっくり返して仰向けにすると、よろよろと腕を伸ばして、すがりついてきた。
 のしかかり、唇を重ねる。

 思い出に浸るのは今夜だけ。帰ったら全て忘れよう。
 でも、その前に……もう一度。



(チョコレートサンデー/了)


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【ex2】ファーストミッション

2008/05/12 0:16 番外十海
  • 本編開始よりさかのぼること3年前、2001年から2002年にかけてのお話。
  • 当時はまだレオンはロウスクールの学生でディフは警察官でした。二人の間柄は恋人ではなくてあくまで親友。
  • ヒウェルは大学を出て新聞社に勤めたばかりの新米記者。この頃はまだ堅気だったのです。

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【ex2-1】ルースと呼ばれた子

2008/05/12 0:21 番外十海
 9月のはじめの、やたらと暑い日だった。
 たまたま出先でディフと会った。
 昼休みだと言うので一緒に飯を食い、その後スタンドでアイスでも食うかってことになった。

「ロッキーロードにトッピングはホットファッジで」
「……相変わらずだな。そんなにチョコばっか食って飽きないのか?」
「別に。好きなものはいくら食っても飽きないし?」

 たあいのない話をしていてふと、妙な気配を感じた。
 どうも、その……視線を感じる。それも微妙にいかがわしい気配のまとわりつく視線。新聞や雑誌の陰からちらちらと、ポルノ映画のポスターを盗み見ているような。
 原因は……ディフだった。
 
 警官の制服と言やアダルトショップのコスプレ衣装の定番中の定番だ。
 もっとも、こいつの場合はコスプレじゃなくて本物なんだが。

 ネイビーブルーの制服きた警察官が、舌つきだしてバニラアイスをぺろぺろと丹念になめたり。
 コーンの奥に入り込んだアイスを目を細めて舌つっこんでなめたり。
 しまいにゃコーンの下を噛み切ってこぼれたのを口で受けとめて食ったり。

 頬についたのを指ですくいとって口に入れて、指をぺろっと舐めて……。
 見られていると意識してるでもなし。見てる相手に狙って色気をふりまいてる訳でもない。ただ、いつものようにあるがままに振る舞ってるだけ、これが奴にとっての自然体なのだ。
 わかっちゃいるんだが………。

 大人になって、警察で揉まれてこいつもずいぶん強面になった。いい加減改善されてるだろうと思ったが甘かった。
 むしろ高校の時とくらべて格段にグレードアップしてやがる!
 あまりのエロさに硬直し、ふと思いついてカメラを取り出し、写真に撮った。

「何撮ってんだ」
「いや、ちょっとね。日常の記録ってやつ?」
「ふーん?」

 この写真、後日レオンに売りつけてみよう。いくらで買ってくれるかな?

「Hi、マックス! いいもの食べてるじゃん」

 軽快な声とともに弾むような足どりで女の子が走ってきた。
 浅黒い肌にカールしたブロンズの髪。年齢は14、5歳ってとこか。
 ちょいと痩せっぽちで前歯が大きく見えるがいい骨格をしてる。あと3〜4年もすりゃ美人になりそうだ。

「よう、ルーシー」
「もう、ルースって呼んでって言ってるじゃない」

 女の子は両手を腰に当ててぷっと口をとがらせた。

「その名前、のたーっとしてて好きじゃないの。ぜんっぜんCOOLじゃないし」
「OK、ルース」
「いい加減、覚えてよね!」
「すまん、つい」

 くすくす笑ってやがる。あ、もしかしてこの男、わざと言ってるのか? ルーシーって……。

(小学生か、お前はっ!)

「いいの? ポリスがバニラアイスなんか食べてて」
「お巡りさんだってアイスぐらい食うさ。それに今は休み時間だ。食うか?」
「うん!」
「何がいい?」
「ロッキーロード!」

 エロい食い方していたのが、がらりと雰囲気が変わってる。
 内心、ほっとした。

(そっか……こいつ、子どもの前だと男の顔から保護者の顔になるんだ)

「あ、この子はルースってんだ。相棒の娘。こいつはヒウェル、俺の高校の同級生」
「よろしく、ルース」
「あ! あなたが靴下丸めて脱ぎ捨てて、絶対片付けないヒウェル?」
「………そ、俺」

 いったいこいつはこの子に俺のことをどーゆー風に話したのか。
 わずかにひきつった笑いを浮かべつつ、三人で並んでアイスを食った。


「他にも知ってるよ、あなたの事。ウェールズ系で、カメラが好きで、チョコが好き」
「うんうん、よく知ってるねぇ……君も、ロッキーロード好きなんだ、ルーシ……?」

 むっとした顔でにらんできた。
 あー、確かにこりゃ可愛い。つい、やりたくなるディフの気持ちもわかる。

「……ス」
「うん。大好き。ダイエット中なんだけどね、今日は特別」
「ダイエットぉ? 君みたいなスマートな子がこれ以上細くなってどーすんの」
「んー、理想のウェストサイズまであともーちょっとなんだよね」

 久々に新鮮な会話だ。いかにもティーンエイジャーの女の子らしいや。
 アイスを食べ終わったところで、ふう、とルースがため息をついた。

「どうした、ルース。食った分のカロリーが気になるんならその分動けばいいだろ」

 いかにも体育会系なディフの発言に、ルースは微妙な笑顔で首を横に振った。

「そうじゃなくって。お弁当のことで、ちょっと……ね」
「弁当? 学食で食えば十分だろ」
「………そうじゃないの。最近、みんなと半分ずつ取り替えっこして食べるのが流行ってるから」
「へえ、最近じゃジュニアハイでもそんなことやってんだ」
「懐かしいなあ、俺もやったよ……小学校ん時」

「んー、男の子がやってるのとはちょーっと違うんだなぁ。それやらないと、女の子のグループから微妙に浮いちゃうって感じ?」
「ああ、なるほどね」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。アイス、ごちそうさま。それじゃ、またね!」

 ルースを見送った後もまだディフは首をかしげていた。

「弁当と女の友情……どこがどう、つながってるんだ?」
「深く考えるな。あの年頃の女の子ってのは謎に満ちてるんだよ」
「そうだな……まあ、何にせよ弁当がため息の原因なら、あの子がしょげるのも無理ないか」

 ふう、と小さくため息をつくと、ディフはぐいっと手の甲で口元をぬぐった。

「あの子の父親はいい奴だが料理はあまり得意じゃないからな……奴が持たせる弁当と言や、ピーナッツバターにジェリーのサンドイッチがせいぜいだろうから」

 その口ぶりから何となく察した。
 ルースの家に母親はいない。父親と二人暮らしなのだと。


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【ex2-2】赤い髪のマックス1

2008/05/12 0:23 番外十海
 パパの相棒、マックスはすごく大きくて、がっしりしていて、目つきも鋭くて。
 最初会った時は怖かった。
 でも笑うと可愛い。
 ちょっとふわふわした赤い髪の毛はママに似てる。

 大人のくせに時々、同い年の男の子より子どもっぽい。かと思うと優しくて、あったかくて。
 でも、私のことを決して子どもあつかいしなかった。
 友だちとしていつも同じ目線で話してくれた。

 アイスをおごってもらった日の翌日、水曜日の朝。朝ご飯の途中で玄関のチャイムが鳴った。

「こんな朝っぱらに……誰だ?」

 パパが不機嫌そうにドアを開けたら、マックスが立っていた。

「よ、おはよう」
「マックス? どうしたんだ。今日は非番だろ」
「お互いに、な。ルースいるか?」
「あ、ああ」

 食べかけのトーストを放り出して玄関に走って行った。

「Hi!」
「よう、ルース! 良かった、間に合ったな。ほら、これ」

 かさっと紙袋を手渡された。ずっしりと重い。
 いいにおいがする。

「……え、これ……お弁当!?」
「ついでだよ、ついで。夕べ、ミートローフ焼いたから」

 ミートローフと野菜と卵のサンドイッチ。
 きちんと四つに切り分けてある。

「これなら分けて食うのに楽だろ? さすがにランチボックスまでは手が回らなかったけど」
「ありがとう!」

 がっしりした背中に腕を回して抱きついた。
 ごつごつしていて、堅いけど、あったかい。

「マックス……大好き……」
「ああ。俺も大好きだよ、ルース」

 見上げると、うれしそうにほほ笑んでいた。ヘーゼルブラウンの瞳を細めて、ご機嫌なゴールデンレトリバーそっくりの表情で。
 ほんと、こう言う時っていつものおっかない顔が嘘みたい……男の人だけど、やっぱりママに似てるな。


 ※ ※ ※ ※


 何てこった。

 娘と抱き合い、顔中笑み崩す相棒の姿を見ながらパリスは秘かに驚き、とまどっていた。

 最初にこいつが配属されて自分の相棒になった時は、何とも生意気そうな新人が来やがったと、正直うっとおしく思った。
 どうせテキサスレンジャーかぶれの、腕っ節の強さを鼻にかけたタフガイ気取りの男だろうと。

 一緒に勤務するうちに、そんな先入観はあっさり消えたのだが。
 実際彼の腕力は強かったが、最小限の労力で効率よく容疑者を取り押さえるやり方を心得ていた。
 たまに行き過ぎることもあったが、二言三言、助言を与えると素直に聞いて、二度と同じ失敗はくり返さなかった。
 殴られても。時にはナイフで切られても決して膝をつかず、犯人を逮捕してから「血が出てるぞ」と指摘するとそこで初めて痛そうな顔をする。

 つくづく無鉄砲な奴だと呆れ、同時に丈夫な男だと感心したもんだ。
 どこまでも一本気で、真っすぐで。長い事町を巡るうちに誰もが身につける灰色にも染まらず、真っ白なまま。それ故に敵も多いが降り掛かった火の粉は自らの手で払い、決して自分を曲げようとはしない。
 だが、相棒の自分に対してはどこまでも誠実で、裏切らない。
 彼から向けられる無条件の好意と信頼に最初のうちこそとまどったが、今ではすっかり空気を呼吸するように自然に受け入れている。

 
 110906_0012~01.JPG
 illustrated by Kasuri
 そんな男に。
 何故か今、妻の面影が重なる。自分を捨てて恋人と去って行った女の姿が。

(馬鹿な。錯覚だ)

 ああ。しかし……。
 何てきれいな髪の毛してやがるんだろうなあ、こいつは。赤くて、艶やかで、ほんの少しウェーブがかかっている
 ほんとにそっくりだよ。
 あの女に。


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【ex2-3】赤い髪のマックス2

2008/05/12 0:25 番外十海
「その制服も、じきに見納めだな」

 ロッカールームでフレディに言われた。
 年末の休暇が開ければ俺は爆発物処理班に移ることが決まっていた。

 911テロの後、市警察ではテロ対策でCSIと爆発物処理班の規模の拡大と人員の増強が行われた。
 爆発物処理班の班長は俺と同じスコティッシュで、以前から懇意にしてもらっていた。その彼が直々に俺をスカウトしてくれたのだ。

「マックス。君は化学と機械工学の学位をとってるそうだな。うちに……来るつもりはないか?」
「これからサンフランシスコで起きるであろう爆発のうち、一つでもいい。未然に防ぎたい。君の力を貸してくれ」

 チーフのその一言で転属を決意したが、パトロール警官にまったくの未練がないかと言えば嘘になる。
 何よりフレディと別の部署になるのが残念だった。警官として現場で必要なことは全て彼から教わった。新人としてこの署に配属されて以来、ずっと相棒で、友だちだった。そのコンビも、もうじき終わる。

「そうだな……まあ、式典の時なんかは着る訳だし。ガキの頃から憧れてたから、ちょっぴり寂しいけどな」
「俺も寂しいよ。お前、よく似合ってるし」
「ん……まあ、あれだ。CHiPsとどっちに入るか迷ったんだけど、あっちは制服、茶色だろ? 髪の色に合わないんだよ。どことなくぼけた感じになっちまう」
「あきれた奴だ。そんな理由で市警察に入ったのか!」
「高校生ん時の話だって! 勘弁してくれよ」

 フレディはポン、と肩に手を置いて顔を寄せてきた。

「お前、きれいな髪の毛してるな」
「そうかぁ?」
「伸ばさないのか」
「よせよ、ロンゲの警察官なんてしまらねぇ。俺の髪の毛、変なクセついてっからな。伸ばすと犬みたいだぞ、きっと」
「そんなことないだろ」

 肩にかかっていた手がすっと首筋をかすめて上に上がり、くしゃり、と髪の毛をなでられた。
 うわ、くすぐってぇ。
 思わず首をすくめる。

「本当に、きれいな赤毛だよ、お前は……」
「よせって。子どもじゃないんだから」
「赤毛の人間って気性が激しいんだってな……」
「ああ、よくそう言われる」
「ベッドの中でも」
「………そりゃ初耳だ」

 おいおい、警察のロッカールームでわい談か? 高校生じゃあるまいし。
 にやりと笑ったフレディが、また何やらロクでもないことを言いかけた所で奴の携帯が鳴った。

「鳴ってるぞ」
「……ああ。ったくこんな時に」

 ディスプレイを見るなり舌打ちして、俺の髪の毛から手を放し、離れて行った。

「今はまだ署内にいるんだ……ああ、後でかけ直す」

 込み入った電話らしい。
 一旦背中を向けて制服を脱いで。私服のシャツに袖を通しながらちらりと奴の方を振り返る。
 目が合った。
 薄い水色の瞳。どこか鋼鉄の輝きにも似ている。
 いつも隣で俺のことを見守ってくれた瞳が、なぜか……初めて見る、奇妙な光を宿しているように思えた。
 俺の視線に気づくと軽く手を振り、早足で部屋を出て行った。

 何だか、あまり感じのいい電話じゃなかった。

 心配だよ、フレディ。お前、まさかヤバい事に足つっこんでたり、しないよ……な?


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【ex2-4】アレックスは見た

2008/05/12 0:30 番外十海
 2002年2月。

 マクラウドさまの引っ越し準備は着々と進んでいる。
 あの方がレオンさまと同じマンションに引っ越したいと言い出した時は心の底からほっとした。あの方と離れている間、レオンさまは痛々しいほどに荒んだ生活をなさっておられたから……。
 これで、レオンさまも落ちつかれることだろう。
 すぐさま隣の部屋をご用意し、ロウスクールでの勉学と法律事務所でのバイトに忙しいレオンさまに成り代わり準備に手をつくした。

 今日もマクラウドさまのアパートを訪れたのだが、いかにも実用本意のがっちりしたシンプルな家具ばかりで。
 あの方らしいと思ってみていると、ふと風変わりな物体を見つけた。
 クマのぬいぐるみだ。だいぶ年季が入っている。

 はて……どこかで見たことがあるような……。

「すまんね、アレックス。わざわざ足運んでもらって」
「いえ。それが私の勤めでございますから……時に、マクラウドさま。何か必要なものはありませんか?」
「んー……」

 荷造りの始まった部屋の中をぐるりと見回していらっしゃる。

「今あるものだけで充分……あ、いや、ちょっと待て。本棚、しっかりしたの、用意してもらえるかな」
「本棚でございますか?」
「うん。一部屋まるごと書庫にしたいんだ」
「さようでございますか。どのお部屋をお使いになる予定ですか?」

 書庫に使う部屋と、収める本の量を確認してからアパートを出た。

 やはりあのクマは見覚えがある。しかしレオンさまに渡したはずのクマが、なぜマクラウドさまの部屋にあるのだろう……。
 首をかしげながら階段を降りて駐車場に向かう途中で……視線を感じた。
 さりげなく目を向ける。
 街路樹の陰に男が一人立っていた。ほとんど灰色に近い鋭い水色の瞳にブロンズ色の髪、浅黒い肌。ギリシャ系かイタリア系の血が混じっているのだろうか。
 
 こちらの視線に気づくと、ぷいと目をそらして足早に去って行く。
 妙だ。
 男が視界から消えてから、彼の居た位置に立ってみた。
 
「これは……」

 マクラウドさまの部屋の窓がよく見える。カーテンが開いていれば部屋の中まで見えそうではないか。ふと足元を見ると、真新しい吸い殻が何本も散らばっていた。
 そうとうな時間をこの場所ですごしていたようだ。

 レオンさまにお知らせするべきだろう。一刻も早く。


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【ex2-5】レオンは見た

2008/05/12 0:33 番外十海
 アレックスから不審な男の報告を受けて以来、できるだけ時間を作ってディフのアパートを訪れることにした。
 主に水曜日……彼の非番の日に。すっかりそれが習慣になった、四月のある日。

「悪ぃな、お前にまで手伝わせて。飯、食ってくだろ?」

 午前中いっぱい引っ越しの準備をしてひと息入れると、ディフはいつものようにエプロンをつけて甲斐甲斐しく食事の仕度を始めた。
 
「何か手伝おうか?」
「いや、いい、休んでいてくれ」
「……わかったよ」

 仕方がないか。
 俺は料理には……と言うより家事全般に、壊滅的に向いていないのだから。素直にリビングに行き、ソファに腰かけて見るともなしに新聞を読んでいると、呼び鈴が鳴った。
 ディフが手を拭きながら大またで部屋を横切り、覗き穴から外を確認してから玄関を開けた。

「よう、フレディ」
「………客がいたのか」
「うん、学生時代からの友だちがな。前に話したことあったろ、レオンハルト・ローゼンベルクだ」
「ああ……覚えているよ」

 新聞を置いて、玄関の方を見る。
 刹那、視線がかち合った。
 ブロンズ色の髪の毛、水色の瞳、浅黒い肌………あの男か!
 
「あ、ちょうど飯できたんだ、食ってくか?」
「いや、いい。近くまで来たついでに寄っただけだから。じゃあ、またな」
「おう、ルースによろしくな」

 ドアの閉まる直前、男は刺すような目を向けてきた。むき出しの敵意に一瞬、背筋がぞくりと震えた。

「誰だい、今のは」
「同僚だよ。同じ署の。去年まで相棒だったんだ。いい奴だよ」
「そう………か」

 いい奴だって?
 君は気づいていないのか。
 
 ……そうだろうな。
 君はいつでも誰に対しても誠実で、裏表がない。一度信用した相手のことは決して疑わず、自分も誠意を尽くす。
 一本気で単純、と言ってしまえばそれまでだけど。

 ローゼンベルクのどろどろとした『家族』の騙し合いを見慣れた俺には、君が天使に見えたよ。
 だけど君が君のやり方で生きて行くには優しくない世界だから……。


 君を守りたい。親友として。

(それでいいんだ。そうあり続けようと自分に誓った)

 そのためならどんな手段も使う。あらゆる物を利用しよう。
 そのまっさらな魂が汚れぬように……。



 ※ ※ ※ ※


 パリスはアパートを出て歩き出した。
 街路樹の下の『定位置』にはとてもじゃないが立っていられなかった。

 レオンハルト・ローゼンベルクの名前は何度か聞いたことがあった。高校時代のルームメイトで、今でも親友なのだと。
 嘘をつくな、マックス。あれが親友だって? 冗談じゃない……。

 求めても。
 願っても。
 奴の心は他の男に向けられている。

 お前も同じなのか。
 俺を捨てて出ていったあの女と。

 目を閉じると艶やかな赤い髪の毛がまぶたの裏に翻る。
 今頃、ローゼンベルクの指があの柔らかな赤色をかき上げているのだろうか。

 腹立たしい。忌々しい………許せない。
 気が狂いそうだ。
 お前が他の奴を見ているなんて。俺以外の男の前で、あんな嬉しそうな顔してるなんて我慢できないよ、マックス。
 天使のような純情そうな顔をして、しっかり男をくわえこんでいやがったか。

 腹の底からふつふつと、青黒い炎が噴き上がる。

『お前をねじ伏せてやりたい』
『屈服させて。打ちのめして。徹底的に汚してやりたい……』

 ああ………そうだ。
 手に入らぬものならば、いっそ自分で壊してしまおうか。
 他の奴なんかで代用せずに。


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【ex2-6】ヒウェル釣られる1

2008/05/12 0:37 番外十海
 勉学の甲斐あって無事に大学を卒業、さらに一応成績優秀だったおかげでいわゆる一流の新聞社に潜り込むことができた。
 できたけど、それだけ。
 新米の俺に回ってくる仕事と言や、イベントの取材やらインテリアやグルメ、ペットの紹介記事とか実に細々としたお仕事ばっかりで……。
 このままじゃダメなんだ。与えられた仕事をこなすだけじゃ。
 自分から狩りに出なけりゃ、事件を射止めることなぞできやしない。とは言え、道を歩いていてそうおいそれとど派手な事件に出くわすはずもなく、悶々としているうちに日は流れて行く。

 その日も、ガーデニングと、キルトと創作パイの展示発表会の記事なんぞをたらたらとまとめていた所に携帯が鳴った。
 こりゃまた珍しい。『姫』から電話かかってくることなんざ滅多になかったのに。

「ハロー、レオン?」
「やあ、ヒウェル。念願の記者になれたそうだね、おめでとう」
「そりゃどーも。どーにかバーテンにならずにすみました、おかげさんで」
「ところで、面白い話があるんだ。とある警察官の不祥事について……聞きたいかい?」
「詳しく聞かせてください」

 手帳を引っぱり出してページをめくる。どうやら運が向いてきた。それとも罠か?
 どっちでもいい。
 とりあえず食い付いてから考えよう。

「俺が世話になってる事務所で担当した被疑者がね。ああ女性だったんだが……とある警察官に、事情聴取にかこつけてハラスメントを受けていたんだよ」
「セクシャルな?」
「まあね」

 どっちかと言うとゴシップ誌向きなような気がしないでもないが。いつの時代も人はこの手の話題を読みたがる。
 金を払って新聞を買う読者であれ。ネット上のニュースの見出しを何気なくクリックして流し読みする読者であれ。
 この手の話題には、ほぼ必ず食い付く。加害者がサンフランシスコ市警察の警官となればなおさらに、二重のスキャンダルに夢中になる。

「で、その警察官の名前は? ああ、ご心配なく、そのご婦人の名前はチラとも出しゃしませんよ。加害者の名前さえわかればいい」

 そう、ここで大事なのはむしろ被害者より加害者(いや、容疑者か?)が誰であるか、だ。
 獲物はそいつだ。

「君ならそう言うと思ったよ……フレデリック・パリスだ」


 ※ ※ ※ ※


 電話を切ってからレオンは小さく安堵の息をついた。
 これでいい。

 あれからも度々、アパートの周囲でパリスとすれ違った。先輩弁護士のデイビットについて市警察に行った際にも。
 その度に敵意と悪意をむき出しにした目を向けて来たが、もう恐ろしいとは思わなかった。

 彼が手を染めていたのは、被疑者へのセクハラだけではない。対象も女性だけではなかった。
 巡回区域のチンピラから上前を跳ね、さらにそれを束ねる犯罪組織とも繋がり、目こぼしと情報の見返りに恩恵を受けていたような腐った男だった。突けばいくらでも膿みが出そうだ。
 こんな奴と相棒だったのかと思うと寒気がした。

 だが、そんな男だからこそ、ディフに惹かれもしたのだろう。暗闇の中にいると星はことさらに明るく、輝いて見えるものだ。

(俺も……ある意味、彼と同じ、なのかな)

 だからこそ、恋人として触れることはしないと決意した。どんなに狂おしくこの身が……魂が、彼を求めても。
 
 時々、途中経過を確認するべきかもしれないな。詰まっているようなら、次のヒントを与えてやろう。もっとも、ヒウェルなら放っておいてもいろいろ探り出しそうな気がするけれど。
 さしあたって自分はディフの身辺の安全にさえ気を配っていればいい。


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