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ローゼンベルク家の食卓

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【第五話】ガブリエル寮の食卓

2011/03/14 0:10 五話十海
  • さかのぼって学生時代のお話。
  • 「姫」と呼ばれていたレオン、ディフと呼ばれる前のディフ、そして愛らしい美少年だったヒウェル。
  • 聖アーシェラ高校男子寮、ガブリエル寮。優雅に一人暮らしを満喫していたはずのレオンハルト・ローゼンベルクの元に不意に転がり込んできた一年生。
  • 態度もでかいし図体も声もでかい。とにかくがさつで大ざっぱ。
  • 一時預かりだからと寮長に頼み込まれ、しぶしぶ引き受ける。後に彼こそが、最愛の『運命の人』となることも知らずに……。
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【5-0】登場人物

2011/03/14 0:11 五話十海
 
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【ディフォレスト・マクラウド/Deforest-Macleod】 
 通称ディフ、もしくはマックス。
 家族からはディーと呼ばれていた。
 聖アーシェラ高校一年。
 テキサス出身。父親の七光りから自立すべく、サンフランシスコの高校を選んだ。
 ゆるくウェーブのかかった赤毛、ヘーゼルブラウンの瞳、鼻と頬の周辺にそばかす。
 裏表のない直情家、世話好きでおせっかいな熱血漢、時々天然。
 学生寮でレオンと運命的な出会いをする。
 
 
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【レオンハルト・ローゼンベルク/Leonhard-Rosenberg】 
 通称レオン。
 聖アーシェラ高校二年。ロスの実家を離れて学生寮で暮らしている。
 ライトブラウンの髪と瞳、ほっそりと華奢な体格、整った顔立ち。
 人との接触を好まず滅多に笑わない。
 その冴えた美貌と遺伝子レベルで組み込まれた高貴さ故に秘かに「姫」と呼ばれている。
 寮の二人部屋を一人で使っていたが、あぶれた一年生を引き受ける羽目に陥る。
 
  
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【ヒウェル・メイリール/Hywel-Maelwys】
 サンフランシスコ出身、聖アーシェラ高校一年。
 さらさらの黒髪にくりっとしたアンバーアイ、細身で愛らしい子リスのような美少年。
 ディフのクラスメートで、最初に彼を「ディフ」と呼び始めた。
 五才の歳に両親と死に別れ、里親の元で育てられている。
 その愛くるしい外見と人当たりの良さ故に上級生に人気がある。
 カニが怖い。
 
  
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【結城羊子/ゆうき ようこ】
 日本出身の留学生、聖アーシェラ高校一年。
 通称ヨーコ。
 小柄でほっそりぺったん、ほとんど小学生と言っても通りそうな外見だが、れっきとした高校生。
 強気で勝ち気で歯に衣着せぬ男前女子。
 物事の本質を鋭く見抜く、ヒウェルの天敵。
 そのコンパクトなボディに反してものすごく食べる。とにかく食べる。
 
次へ→【5-1】入学前夜

【5-1】入学前夜

2011/03/14 0:13 五話十海
  
 サンフランシスコは桜の町だ。町の至るところに桜が植えられ、四月の第二週からはジャパン・タウンで桜祭りが始まる。
 濃いピンクのつぼみが花開き、徐々に白く変わり、最後は雪のひとひらのように宙に舞い、地に落ちる。その儚いひと時に、ここぞとばかりに町中が賑わい、浮かれ、沸き立ち踊る。
 桜色を目にすると自然と心が浮き立ち、足取りが軽くなる。
 スーパーのチラシにプリントされた桜。街灯にくくりつけられたプラスチックの造花。そして、地面に植えられた本物の木。
 通りすがりにふと、足を止めて見上げてみる。
 何てタイミングだ。
 くるくる回る花びらが、ぺとっと顔に貼り付いた。指でつまんでしみじみと眺める。ハートを引き伸ばした形の、白に近い薄いピンク色。ちっぽけな花びらが記憶の鍵穴にぴたりとはまり、過去につながる扉を開く。

 桜が咲くたび、思い出す。きっとこの先、何度も、何年も――。
 あの日から全てが始まった。
 
    ※
 
 1995年4月、テキサス州、ベルトン。

 卒業を二ヶ月後に控えたある日の放課後。中学の中庭に寝ころんで、満開の桜を見上げてた。
 まるで天と地がひっくり返って逆さになって、桜が散っているのか、昇っているのかわからなくなる。青い空に吸い込まれそうな気分になった。
 心はとっくに決まってる。先生とも相談した。後は家族にいつ、どんな風に伝えるか、だ。
 別に隠してるつもりじゃない。
 タイミングが掴めないってだけで。
 ひらっと落ちてきた花びらが、ぺとりと鼻に貼り付いた。

「ぶえっくしっ」

 派手なクシャミひとつ。脳みそがいい感じにシェイクされ、あっちこっちにぶわぶわ飛んでた考えがすーっと一つにまとまった……ような気がした。

(ええい、ぐだぐだしてても、何も始まんねえや!)

 むくっと起き上がったら、花びらがぱらぱらと足下に落ちた。西の空がいつの間にか真っ赤だ。けっこう長い間、ここに居たんだな。
 
     ※
 
 その日、夕食の席でダンカン・マクラウド署長は何気なく次男に言った。

「ディー。お前、進学先は決めたのか?」

 口いっぱいにほお張ったミートローフをごっくん、と飲み下すと、赤毛の次男はまばたきを一回。しかる後、はっきりと答えた。

「うん、聖アーシェラ高校」
「……聞かない名だな。どこの学校だ」
「サンフランシスコ」

 つかの間、食卓を静寂が覆う。署長も長男もひと言も喋らず、ただマクラウド夫人が小さな声で「まぁ」と言っただけ。
 
「先生にも相談した。OKもらった。州外からの学生も受け入れてくれるとこだし、寮もある」
「……そうか」

 署長がうなずく。それを合図に、一時停止していた夕食は何事もなかったように再開された。
 しかしながら。食事が終わり、夫人の手作りのチェリーパイを心ゆくまで賞味して後、彼は眉一つ動かさずに息子に問いかけたのだ。

「理由を聞こう」

 間髪入れず赤毛の次男坊が答える。

「俺、警察官になりたいんだ」
「だったら地元の高校でも問題ないだろう」
「ある。ここに居る限り、どこに行っても俺はマクラウド署長の息子だ」

 声には張りがあり、まっすぐ見返すヘーゼルブラウンの瞳には迷いの欠片もない。ただ感情が昂ぶっているのは確かなようだ。ほお骨の辺りが赤く染まり、顔に散ったそばかすがいつもよりくっきり浮かび上がっている。
 何より瞳の中央にちろちろと、緑色の炎が踊っている。

「だから他の州で警官になる。だったら、早いうちからその土地に馴染んでおいた方がいい」
「……なるほど。一理あるな」
「家族は愛してる。でも確かめたいんだ。自分一人で何ができるか」

 わずかに言いよどんだのは、最初のうちだけ。後はもう淀みなくすらすらと言葉が出ている。堂々とした口調で、力がこもっていた。昨日今日考えついた、薄っぺらな計画ではないようだ。
 何度もかみ砕き、長い年月をかけて練り上げてきたのだろう。
 くいっと食後の紅茶を飲み干すと、署長は今やすっかり緑色に染まった息子の瞳を見返し、厳かに告げた。

「良かろう。だが覚悟を決めた以上、途中で投げ出すな。いいな、ディー」
「うんっ! ありがとう、父さん」

 途端に満面の笑みが花開く。一気に緊張がほどけたのだろう。

(よかった……)

 ほっと安堵の息をつくと、マクラウド夫人は二切れ目のチェリーパイを息子の皿に乗せた。
 ディーもダンカンも頑固な所はそっくり。意地の張り合いになったらどうしよう、と内心冷や冷やしていた。でも結局は警察官を目指すあたり、ディーも父親を慕い、尊敬しているのだ。
 彼も、ちゃんとそれがわかってる。だから許可したのだろう。相変わらず堅苦しい、厳しい言い方だったけれど。

(嬉しいのね、ダンカン。可愛い人……。それにしてもサンフランシスコだなんて! 何でわざわざ、そんな遠い場所を選んだのかしら?)

「ディー」
「なに」
「何で、サンフランシスコなんだ?」

 長男も同じことを考えていたらしい。兄弟同士、やはり親より距離が近い。気にしていたことを、するっと聞いてくれた。

「んー、海辺の街だから」
「それだけかよ」
「まだある」

 ずいっとマクラウド家の次男、ディフォレストは胸を張り、得意げに言いきった。

「SFPDの制服って、すげえかっこいいんだぜ!」
「………」

 やれやれ。
 マクラウド署長は小さくため息をつき、こめかみを押さえた。
 少し、早まったかも知れない。
 
    ※
 
 季節は流れ、桜の咲く4月から若葉の芽吹く5月を経て、巣立ちの6月に。そして輝きの7月と8月――長い、長い夏休みが始まった。

 無事に中学校の卒業式を終えてから、ディーはせっせと荷造りに精を出していた。着替えやお気に入りの本、靴、文房具。働きバチのように動き回り、見知らぬ土地で学校生活を送るのに必要なものを、せっせと箱に詰めこんだ。
 フォトフレームに収めた家族の写真に続き、ベッドの上の茶色いクマに手を伸ばす。
 ごく自然に手にとって、ふと動きが止まった。

 テディベア、テディベア、黒いつぶらなボタンの目、ジョイントで繋がったがっしりした手足がぐりぐり動く。ばんざいするのも、ハグも、握手も自由自在。
 ディー坊やが生まれた時に、おじいちゃんがプレゼントしてくれた、大事なクマのぬいぐるみ。片方耳が取れていて、茶色い毛皮も今は色あせ、ほとんどカフェオレみたいな薄茶色になっている。
 ずうっと一緒だった。無くした時は、必死になって家中探した。

「っと……」

 ちらりと箱の中味を見る。
 結局、元通りベッドの上に戻した。
 そうだ、まだ時間はある。いざとなったら、サンフランシスコに発つ時に、カバンに入れて持って行けばいい。
 今送るのは重たいもの。
 かさばるもの。

「……そうだ」

 立ち上がり、廊下に出る。とことこと階段を降りて、台所に向かった。

 コーンミールと小麦粉の割合は1対1、ベーキングパウダーとバターと粉チーズ、メープルシロップと玉子に牛乳を加え、塩をぱらっと振って、木ベラでざっと混ぜる。
 
「母さん」

 マクラウド夫人は手を止め、顔を上げた。

「どうしたの、ディー」
「あ、コーンブレッド作ってるの?」

 目をきらきらさせて手元をのぞきこんで来る。

「ええ、そうよ」
「手伝う」

 四角い型にいそいそとバターを塗っている。小さい頃から、この子は料理ができ上がるまで、じっとのぞきこんでいた。
 見ているうちに、手順を覚えてしまったのだろう。自分の好物は特に。
 パンケーキにコーンブレッド、コーンスープ、ミートローフにアップルパイ、そして忘れちゃいけない、スクランブルエッグ。

 型に種を流し込み、とん、とん、と揺すって空気を抜く。仕上げに上にもコーンミールを振って、余熱の終ったオーブンに入れる。
 後は焼き上がるのを待つばかり。

「ありがとう、助かったわ! それで、何か用事があったんじゃないの、ディー?」
「あ、うん、そうだ。母さん、鍋貸して?」
「え、お鍋?」
「うん。あの俺がちっちゃい頃、スープ煮るのに使ってたオレンジ色のやつ」
「ああ……あれね」

 下の棚を開けてとり出したのは、どっしりした鋳物のホウロウびきの鍋。マクラウド家の台所で一番最初の、一番古い鍋だった。
 結婚のプレゼントでもらって以来、新婚家庭の食卓を豊かにしてくれた。ことこととスープを煮て、シチューを煮て。肉も魚も、キャベツもジャガイモも。
 息子たちが生まれてからは、ベビーフードを作るのに大活躍。
 今でも、ちょっとジャム煮たり、玉子を茹でるのに使っていた。

「はい、これ。どうするの? 何か作りたいものでもあるの?」
「うん。でも今すぐじゃない。サンフランシスコに持って行きたいんだ。学校の寮に、キッチンついてるから。ちちゃい流しと電熱式のコンロ一台と、冷蔵庫一つのままごとみてーなコンパクトな奴だけど」

 ああ、何となくそんな予感がしていた。

「いいの? もっと新しいお鍋もあるわよ?」
「いいんだ。これが、いい」

 にっこり笑って、ぺたぺたと鍋をなでている。

「こいつがあれば、いろいろ作れる。きっと楽しい」
「……そうね。あなたがそうしたいのなら。持ってお行きなさい」
「サンクス!」

 部屋に戻ると、ディーはオレンジ色の鋳物の鍋を、しっかりと新聞紙で包んだ。さらにエアーキャップで包んで、箱の一番下に入れた。
 さあ、必要なものは全部入れた。フタを閉めて、ダクトテープで念入りに封をした。
 後は発送するだけだ。箱を抱えて、廊下に出て階段を下りる途中で呼び止められた。

「ディー!」
「何、兄貴?」
「忘れもんだぞ」

 兄の手には、茶色のクマが握られていた。

「これがなきゃ眠れないだろ?」

 兄貴の奴、確信してるんだ! このクマ、当然サンフランシスコに持って行くんだろうって。
 むっと口をヘの字に曲げると、ディーはきっぱりと答えた。

「それは、ここに置いて行く」
「え? マジか?」
「うん。もう高校生になるんだから、自立する」
「……無理すんなよ」
「してない」
「そーかよ」

 振り向きもせずにだかだかと階段を降りて、そのまま荷物を出しに行った。
 
     ※
  
 8月の終わり、出発の日。
 身の回りの品を詰めたバッグを肩にかけて、ディフォレスト・マクラウドは住み慣れた部屋を出た。
 最後に戸口で振り返る。
 やけにがらん、として見えた。
 それほど沢山の荷物をシスコに送った訳じゃない。ただ、よく使う物が。今まで常に身近に出してあった物が、きれいに消えている。ベッドの枕元にちょこんと座った茶色いクマ以外は。

「……行ってくる」

 お別れじゃない。ここは自分の家だから。帰ってくる場所だから。
 ドアが閉まる。

 さんさんと日の光の差しこむ部屋には、クマが一匹残されていた。
 
     ※
 
 聖アーシェラとはSancta Ursula――「小さな熊」を意味する。


(入学前夜/了)

次へ→【5-2】お前はレオン、俺はディフ

【5-2】お前はレオン、俺はディフ

2011/06/13 2:24 五話十海
  • 95年10月の出来事。ディフォレスト・マクラウドはルームメイトに部屋を追い出されてしまう。
  • 他に行く当てもなく、転がり込むほど親しい友達もまだいない。困り果てて寮長に相談すると……「二人部屋を一人で使ってる二年生がいるにはいるんだ。でも気難しい子でね」
  • レオンとディフ、後に相思相愛になる二人のある意味最悪な出会い。

【5-2-0】登場人物

2011/06/13 2:25 五話十海
 
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【ディフォレスト・マクラウド/Deforest-Macleod】 
 通称マックス、家族からはディーと呼ばれていた。
 聖アーシェラ高校一年、テキサス出身。
 父親の七光りから自立すべく、サンフランシスコの高校を選んだ。
 ゆるくウェーブのかかった赤毛、ヘーゼルブラウンの瞳、鼻と頬の周辺にそばかす。
 裏表のない直情家、世話好きでおせっかいな熱血漢、時々天然。
 後に生涯の伴侶となるレオンとは、まだ出会っていない。
 
 
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【レオンハルト・ローゼンベルク/Leonhard-Rosenberg】 
 聖アーシェラ高校二年。ロスの実家を離れて学生寮で暮らしている。
 ライトブラウンの髪と瞳、ほっそりと華奢な体格、整った顔立ち。
 人との接触を好まず滅多に笑わない。
 その冴えた美貌と遺伝子レベルで組み込まれた高貴さ故に秘かに「姫」と呼ばれている。
 寮の二人部屋を一人で使っている。
 後に最愛の人となるディフの存在などこの時はまだ知る由もない。
 
  
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【ヒウェル・メイリール/Hywel-Maelwys】
 サンフランシスコ出身、聖アーシェラ高校一年。
 さらさらの黒髪にくりっとしたアンバーアイ、細身で愛らしい子リスのような美少年。
 五才の歳に両親と死に別れ、里親の元で育てられている。
 その愛くるしい外見と人当たりの良さ故に上級生に人気がある。
 カニが怖い。最近、テキサスから来た同級生と親しくなってきた。
  

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【結城羊子/ゆうき ようこ】
 日本出身の留学生、聖アーシェラ高校一年。
 通称ヨーコ。
 小柄でほっそりぺったん、ほとんど小学生と言っても通りそうな外見だが、れっきとした高校生。
 強気で勝ち気で歯に衣着せぬ男前女子。
 後に生涯の友となる友人達とはまだ顔見知り程度。

【マイケル・フレイザー/Michael-Frazer】
 聖アーシェラ高校三年、ガブリエル寮の寮長。
 穏やかで公平、人望もある信頼できる先輩。
 ちょっぴり天然。
 実家では犬を飼っている。

【エドワーズ巡査】
 サンフランシスコ市警察の制服警官。
 
次へ→【5-2-1】ハロウィンにはまだ早い

【5-2-1】ハロウィンにはまだ早い

2011/06/13 2:28 五話十海
 
 サンフランシスコはやたらと坂が多い。どこまでも真っ平らなテキサスとは、大違いだ。ものすごい急傾斜で、海に向かってほぼ一直線につながっている。まるですべり台みたいに。下りのケーブルカーに乗ってるとつい考えてしまうんだ。
 俺が乗ってるのは実はジェットコースターで。いきなり加速して、このまんま海に突っ込むんじゃないかって。

 10月になって、だいぶ学校にも馴染んできた。ルームメイトとはそこそこ上手くやってるし、クラスの連中の名前と顏もだいたい覚えた。一緒にランチを食ったり休み時間に他愛の無いおしゃべりをしたり、放課後ツルんで出かける友達もできた。
 クラブで一緒になる上級生もみんな親切にしてくれる。
 だが、人が大勢いればそれだけ個性も千差万別。学校の生徒が全部が全部、一人も残らず『いい奴』だ、とは限らない。

「ランチ、何食う?」
「そーだな、チーズバーガーかホットドッグ。ミートパイあったらそっちもいいな」
「お前の選択肢はそれしかないのか!」
「チリ一辺倒のお前よかマシだろ」
 
 同じクラスの男子数人と連れ立ってカフェテリアに向かう途中、廊下がやけに騒がしかった。歴史が長いだけあって、聖アーシェラ高校の校舎は新旧様々な年代の建築様式が入り交じり、ちょっとしたアメリカ建築の博物館みたいになっている。
 中でもカフェテリアに通じる一角は新しく、窓の大きなやたらと開放的な作りは学校って言うよりまるでリゾート施設だ。雨がほとんど降らないカリフォルニアだからできる事なんだろうな。(でも霧の深い日はどうするんだろう?)

 芝生に面した一階の通路は、アーチ型の柱があるだけで壁はほとんど素通し。時間帯からして混雑するのはいつものことなんだが、微妙に空気が違う。見ると女の子が三人、やたらマッチョな野郎どもに囲まれている。
 一人は浅黒い肌のインド系、もう一人はブルネット、そして三人目は眼鏡をかけた東洋系の子。人種も顔立ちも違うがいずれもけっこう可愛らしい。中でも一番小さな眼鏡の子が他の二人を背後にかばい、きっと男どもをにらみ付けていた。

「つまり、あれか。あなた方の認識ではヤれる女とヤれない女の二択しかない、と。下半身基準でしか考えられないの? そのご立派な頭蓋骨はがらんどう? 髪の毛を乗っけるためのお飾り?」
「なっ、何だと、このっ」

 たじろいだ上級生の口からは、聞くに耐えない差別的な罵声が飛び出した。思わず口元が引きつり、はらわたがよじれる。それは、俺の国籍や外見、性別とは関わりのない言葉だった。だが、よりによって俺の目の前で、女の子に向けて吐かれたってことが我慢できない。
 相手が年上だろうが、複数だろうが関係ない。今すぐその口ふさいでやる!
 かっと腹の底が熱くなり、無意識に拳を握っていた。

「おい、マックス」
「落ち着けよ」
「あ……ああ」

 だが、当の眼鏡っ子はほんの少し眉をはね上げただけだった。

「ああ、そうだ。私は日本人だ。そのことに誇りと自覚を持っている。だが貴様らは何だ? アメリカ市民か? 笑わせるな」

 あの子、見覚えがある。長い黒髪はさらさらとしてまっすぐ、小柄ながらもびしっと背筋が伸びていて、小学生と見まごうようなつるんとしたスレンダーな体つき。だが中味は鉄骨。
 ヨーコだ。同じクラスの、日本からの留学生。

「お前たちにはもはや、民主主義の恩恵に預かる資格などない。今の言葉で自ら放棄したのだからな!」

 くい、と片手で眼鏡の位置を整えると、ヨーコはびしっと人さし指を突きつけた。ほんの今し方、自分を聞くに耐えない言葉で罵った上級生を。

「己の先祖に今すぐ詫びてこい!」
「このっ、ジャパニーズ・ビッチがっ」

 先頭のひときわ体格のいい男子生徒が手を振り上げる。何て奴だ、女の子を殴るつもりだ!

「あ、おい、マックス!」

 制止の声を背後に聞きながら、飛び出していた。距離があったが、足には自信がある。

「おい」

 どうにか振り上げた手首を掴むのに間に合った。きっちりグーに握ってやがる! 最低だなこいつ。

「やめろよ」

 かろうじて上級生への敬意を払い、いきなり殴りつけるのは自粛した。しかし相手は俺を見て、あからさまに馬鹿にした口調で言い返してきた。

「引っ込んでな、カントリーボーイ!」
「おっ?」

 ぶんっと勢い良く振り払われたが、離すつもりはなかった。したたかバランスを崩し、つかんだ手を支点にぐるっと体が半回転。目の前にガラスが迫る。開放的な校舎にふさわしく、やたらと大きなガラス窓。やばい、このままだと突っ込む!とっさに左腕で顏をかばう。

 ガッシャーン!

 穏やかで平和な日常が、木っ端みじんに打ち砕かれる音がした。その瞬間、理性とか躾けとか常識とか。自分を押さえつけていたいろんな鎖が一気にぶちっと切れる。
 目の前が赤く霞む。
 手首を放して、拳を握り、上級生の頬に叩き込むまでの自分の動きが、妙にゆっくりと。水飴の中でも泳ぐように感じられた。

「うわぁっ」

 腕を振り切った瞬間、いきなり時間の流れが元に戻る。
 それほど力を入れた覚えもないのに、相手の上級生は廊下にひっくり返っていた。
 のしのしと近づき、にらみ付けた。
 腫れ上がった頬を押さえると、マッチョな上級生はじたばたしながら起き上がった。
 まだやるか? 身構えると、ずざざっと後じさりして……一目散に逃げてった。
 お約束の捨てぜりふも無し。一斉に手下連中も後に続く。ある意味、潔い。

 ふうっと肩の力を抜く。足下にガラスの破片が散らばっていた。ああ、そうか。これに関わるのが嫌で逃げたんだな、あいつら。
 ぼんやりとそんな事を考えていたら、友達の一人が声をかけてきた。
 ストレートの黒髪に、リスか子鹿みたいなくりくりっとした琥珀色の瞳のきゃしゃな奴。名前はヒウェル、好物はチョコレート。シスコ生まれのシスコ育ち、だけど祖先はウェールズ人。

「なあ、マックス」
「ん?」
「お前、腕、平気なのか?」
「あ」
 
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 illustrated by Kasuri

 左腕がシャツもろとも一直線に裂けて、傷口からぼたぼたと血が滴っていた。
 器物損壊に傷害かぁ。そりゃ逃げもするよな、面倒だものな。あ、でも俺も殴っちゃったしなあ。過剰防衛になったりしないだろうか……いや、そうじゃなくて。
 まずは傷口をどうにかしないと。

「……そう言えば、ちょっと痛いような」
「いいから血、止めような」
「こう言う時って押さえるんだっけ、縛るんだっけ」
「それ以前に、布かなんか当てた方がいいと思うぞ」
「お前、ハンカチ持ってる?」

 ヒウェルは黙って首を横に振った。他の連中も顏を見合わせ、やっぱり首を横に振る。
 だよなあ。そんな気の利いたもの持ってるような柄じゃないよな、お互いに。
 
「とりあえず、あれだ、腕上げとけ、心臓より高く!」
「こうか?」

 滴る血が肩口まで流れてきて、慌てて下げた。

「おい何やってんだよ!」
「だってシャツ汚しちまうし」
「それ以上気にするような状態かーっ」

 野郎二人、右往左往していると。さっき助けた女の子のうち一人がつかつかと近寄ってきた。

「見せなさい」

 ヨーコだ。やっぱ女子だよな、ハンカチ持ってるのか? 言われるまま、素直に左手を差し出すと、彼女はまず、傷口をじっくりと観察し、小さくうなずいて。それからハンカチを取り出してあてがい、ぎゅっと押さえた。
 皮膚が引きつれ、一瞬、衝撃が走る。

「うげっ」
「我慢なさい。大丈夫、動脈も切れてないし、命に関わるような怪我じゃないわ」
「そうなのか?」

 眼鏡越しに、濃い褐色の瞳が見つめてきた。心の奥底まで見通すような不思議な瞳だった。

「そうよ」
「…………そうか」

 彼女の声を聞くうちに、ずきずきと熱く疼いていた傷口がすうっと楽になる。まるで波が引くように、痛みも衝撃も薄れて行く。
 その時になってようやく、先生が走ってくるのが見えた。

   ※
 
 ドクターの手当てを受ける間、ヒウェルはずーっと腕組みして何やら考え込んでいた。
 そして医務室を出るなり、一気にまくしたてたのだった。

「絶対、おかしい。有り得ない」
「何がだ?」
「おまえの傷、もっと深く切れてた」
「そうなのか?」
「ああ。動脈イってたね、あれは。さもなきゃあそこまで派手に血は出ない!」
「やけに自信たっぷりだな」
「観察力には自信がある」

 くいっとヒウェルは眼鏡の位置を整えた。

「あの女が何かしたんだよ。でなきゃ、いきなり軽傷になってる説明がつかない」
「単にヨーコの応急処置が適切だっただけだろ」
「いーや! そんな生易しいものじゃないね。あいつは……」

 ごくっと咽を鳴らしてヒウェルは周囲をうかがい、声を潜めた。

「きっと、魔女なんだ」
「は? 魔女?」

 一瞬、頭の中にヨーコが黒服にとんがり帽子を被ってホウキにまたがってる図が浮かぶ。

「ハロウィンにはまだ早いぞ?」
「いーや、俺は真剣だ! あの女が黒猫と話していても不思議はないね」

 何故にそこまで言い切るのかこいつは。しかも自信たっぷりに。じと目でにらみつけ、ざっくりすっぱり言ってやった。

「お前、阿呆だろ」


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【5-2-2】鍋のフタが落ちる

2011/06/13 2:28 五話十海
 
 放課後はクラブには出ず、まっすぐに寮に戻った。アイスホッケーのスティックは片手じゃ上手く握れないし、激しい動きで傷口が開いちゃ困る。とは言え、体がなまるし、せめてランニングか柔軟だけでもしようとしたらコーチに止められた。

「傷口に響くだろう。手を使わなければいいって問題じゃない! かなり出血したそうじゃないか。今日は大人しく部屋に帰れ」

 ランチタイムの一件は、既にコーチの耳に入っていたらしい。別にふらっともゆらっともしないのだけれど、素直に休むことにした。

 部屋に戻ってみると、簡易キッチンの方角からしなびたチーズみたいなにおいが漂ってきた。
 鍋がコンロの上に置きっぱなしになっている。テキサスの実家から持ってきた、分厚い鋳物にほうろう引きの、オレンジ色の鍋。フタを開けると、内側に乾いた牛乳が白くこびりついていた。朝、牛乳をあっためた時に使って時間が無かったもんだから、そのまま置きっぱなしにして学校に行っちまった。

 洗わないと。せめてシンクに浸して、このぱりぱりをどうにかしなきゃ。
 いつものように両手で鍋を持ち上げようとしたら、ずっくんっと。包帯で覆われた傷に沿って、鈍い痛みが走る。かくっと勝手に左手の指がゆるみ、手首が下がる。取り落とした鍋がコンロの金具を叩き、ガシャン、と鋭い金属音を立てた。
 何てこった、思うように力が入らない!
 
 傷口に『響く』って、こう言う意味だったんだ。
 今更ながらコーチの言葉に納得する。怪我がもう少し落ち着くまでは、無理に重たい物を持たない方がよさそうだ。
 鍋とか。鍋とか。

「むむ」

 包帯の下の疼きはまだ収まらない。うっかり刺激したせいか、妙にじりじりと熱っぽくなってきた。ドクターから処方された痛み止めを飲んで、ごろんとベッドにひっくり返る。とりあえず一眠りして、傷が落ち着くのを待とう。鍋を洗うのは明日でいいや。ルームメイトのトムはほとんどキッチンは使わないんだし。
 眠って、起きたらちょっとはよくなってると、いいな……。
 
   ※
 
 トム・スタンリーが部屋に戻ってくると、ルームメイトがすやすやと眠っていた。上半身はランニングシャツ一枚で布団も被らず、あおむけでころんとベッドの上にひっくり返って。
 熱くて無意識に脱いだのだろうか、すぐそばにくしゃくしゃになったシャツが丸まっている。どこで怪我したのやら、左手に包帯が巻き付けられていた。

「だーっ、何っつー格好で寝てるかな」

 無造作にベッドに近づき、のぞきこんでふと硬直した。白い肌が汗ばみ、うっすらと紅が注している。肩も、腕も、首も剥き出し。しかも着てるランニングシャツがよりによって濃い青で、余計に肌の白さが際立つ。

「う」

 緩んだシャツのすき間からちらっと、胸が見えている。わずかに盛り上がり、ほんのりと色が濃くなった乳首までも。
 思わずこくっと咽が鳴った。
 男だとわかっているのに、何故、こうも艶めかしいのか。ここは確かにサンフランシスコだ、だけど俺はゲイなんかじゃない。なのにどうして、目が離せないんだ。こんなにドキドキするんだ。
 こいつに、触りたいとか思っちまうんだ!

「ん?」

 ぱちっと目が開いた。うっすら緑の混じったヘーゼルブラウンが見上げてくる。とろりとして眠たげで、ほんの少し潤んでいた。

「っ!」

 慌てて後ずさりして距離を取る。

「あれ……トム、帰ってたのか」
「あー、うん」

 危ない。危ない。何事もなかった振りをしてキッチンに向かう。気付かれただろうか。じっと見ていたこと……見とれていたことに。とにかく当たり障りのないことを話そう。あいつが服を着るまでの間、目をそらすんだ!

「どーしたんだ、その、左手」
「あー、窓に突っ込んで、ガラスで切った」
「うわ、そりゃ痛いだろ!」
「うん、だから痛み止め飲んだら眠くなった」
「そーかそーか。あ、シャツ着ておけよ、風邪引くからな」
「そーだな」

 ごそごそと服を着る気配がした。やれやれ……どうやら危険物は封印されたようだ。安心したら腹が減ってきた。何か食おう。
 確か、買い置きのスープヌードル(日本で言う所のカップラーメン)がまだあったはずだ。お湯を沸かそうとしたら、一つしかないコンロの上に鍋がでんっと乗っている。

「なーマックス。これどかしていいか?」
「ああ、うん、いいよ?」

 ころっと可愛いオレンジ色の鍋。いつもこいつが軽々と動かしていた。何気なくひょいと片手で持ち上げようとしたが。

「うっ」

 カボチャ色の鍋は、見た目に反してずっしりと重かった。かろうじて手は離さなかったものの、支え切れずにぐらっと傾く。
 じょり、ぞり、ぞりぃん……
 金属のこすれる不吉な音とともに、悪い夢でも見てるみたいにゆっくりとフタがスライドし、傾き、落ちる。
 鍋の本体に負けず劣らず重たい鉄のフタが、避ける間もなく足の指を直撃した。

「いってぇえええ!」
「大丈夫かっ!」

 駆け寄ってきた。よりによって、半端にシャツを羽織ったままで。片方の肩がずり落ちた状態で。

「わああ、寄るな、触るなあっ」

 両手を振って防御すると、赤毛のルームメイトは眉をきゅうっと寄せ、叱られた犬みたいな顏をした。
 きゅんっと胸が締めつけられる。足の痛みを一瞬忘れるほど甘く、強く。
 やばい。
 抱きしめたい。

「もう、限界だ………」
「ど、どうしたんだ、トム。そんなに痛いのか、足? ごめんなっ」
「もう、我慢できない」

 よせ、そんな目で見るな! ああ、もう、これ以上こいつと一緒に居たら、俺は本気でおかしくなっちまう。
 びしっと人さし指をつきつけ、叫んでいた。

「鍋を捨てるか、部屋を出るかどっちかにしろ!」

 しゅんと肩を落とすと、マックスはフタを拾い上げ、鍋を両手で抱えこんだ。左手の傷が辛そうだ。ちょっぴり後悔したが、もう言ってしまった言葉は取り返せない。

「……わかった。部屋、出る」
 
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【5-2-3】マイク先輩にお願い!

2011/06/13 2:29 五話十海
 
 寮の部屋を追い出された。
 正確には、引っ越し先が決まり次第出て行くことになった。
 この部屋に入って一ヶ月とちょっと、まだあまり荷物をほどいていないのは不幸中の幸いだったのかな。
 とにかく、部屋を出ると決めたその日から、本や着替えを箱に詰め直す作業を始めた。真っ先にしまったのは、オレンジ色の鍋だった。俺が生まれる前からお袋が大事にしてきた鍋だ。捨てるなんて、とんでもない!
 部屋を出るか、鍋を捨てるか。トムに問い詰められ、迷わず答えた。
 部屋を出る、って。
 だけど最大の問題は……引っ越し先のあてがまったくないって事なんだよなぁ。
 寮の他の部屋に移れるかどうか。それ以前に、寮の部屋が空いてるかどうか、だ。とにかく、寮長のマイケル・フレイザーに相談することにした。

「うーん、それは困ったね……」

 部屋を訪ねて事情を説明すると、マイク先輩はくいっと人さし指で眼鏡の位置を整えて、こつこつと人さし指でこめかみを叩いた。
 寮長って言うと、ものすごく頭の堅い真面目な生徒だってイメージがあったんだけど。このマイク先輩はちょっと違っていた。いつも穏やかな目をしていて、滅多に怒ったり声を荒げたりしない。着てるものも、きちっと完ぺき! からちょっと崩れてる。と、言うか微妙にずれている。
 くたんとしたポロシャツとか、洗い過ぎてけっこう色の抜けたジーンズとか。入寮の時の挨拶の時は、靴じゃなくてサンダルを履いていた。たまたま、その時だけかと思ったんだけど……未だに、靴を履いてるのを見たことがない。
 噂では体育の時間以外はいつもサンダル履きらしい。
 現に今も、サンダル。見るたびに微妙に色と形が違ってるから、何足も持ってるらしい。

「あいにくと、寮の部屋には今、空きがなくってね。その、どうにかトムを説得できないかな」
「それが、トムの奴ものすごく怒ってて。あれ以来、口きいてくれないんですっ」
「おやおや」
「俺が部屋に居ると、目も合わせようとしないし」
「うーん、それは深刻だねえ」

「俺、俺、サンフランシスコには親戚もいないんです。親父は寮に入るから、州外の学校に行くことを認めてくれたんだ。アパートを借りたい、なんて言ったら即刻連れ戻されちまう!」

「厳しいお父さんだね」
「頑固親父です」
「大概、こう言う時は友達の所に転がり込むのが定番なんだけど。まだ十月じゃあ、そこまで親しくなってないだろうしね」
「……です」

 がっくりと肩を落とす。
 このままじゃ、まとめた荷物は、新しい部屋じゃなくてテキサスに送り返す羽目になりそうだ。

(それでいいのか、ディフォレスト?)

「お願いします、先輩! 俺、この学校辞めたくない。テキサスに尻尾巻いて帰るのは嫌なんだ!」

(いやだ。絶対、諦めるもんか!) 

「物置の隅っこでもいい。いざとなったら、寝袋で寝るから!」
「いや、そこまでしなくても。そろそろ寒くなる頃だし」
「大丈夫、全シーズン対応のアウトドア用の寝袋です」
「……うん、君がすごく必死なのはわかったよ、マックス」

 ぽん、ぽん、と肩を叩かれた。

「実はね。空き部屋はないけれど、今、二人部屋を一人で使ってる二年生がいるんだ」
「ほんとですかっ、先輩!」
 
 上級生と同室か。ちょっと窮屈だけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
 この街に居られるってだけで御の字だ。万万歳だ!

「ただ、ちょっと神経質って言うか、気難しい子でね。あまり人付き合いは、得意じゃないらしい」

 気難しくて、神経質で、人付き合いの苦手な上級生。だから、最初は言わなかったのかな。

「君を入れてくれるかどうか、説得してみるよ」
「はいっ!」

 希望の光が見えた。
 寮を出なくて済む。サンフランシスコに居られる! まだ決まったわけじゃないけど、それだけでもう、胸がいっぱいになる。

「ありがとうございますっ、先輩っ!」
 
   ※

 赤毛の一年生が帰った後、マイケル・フレイザーは長い間考え込んでいた。
 マックスとトムの仲たがいは相当に深刻だ。これ以上、あの二人を一緒の部屋に置いておくのは良くない。
 マックスの抱える、のっぴきならない事情もよく分かった。この学校に居たい、辞めたくない。必死で訴えてくるヘーゼルの瞳はうっすらと緑を帯び、真剣そのものだった。
 何としても応えてやりたい。
 他の部屋の誰かしらとの交換も考えた。しかし、空いてる部屋に新たに人を入れるのと、既に落ち着いている部屋から人を移動させるのとではハードルの高さがまるで違う。動かす人数は少なければ少ない方が望ましいのだ。
 増して新学期が始まってから一ヶ月、ちょうどどの寮生も移動先で落ち着いてる頃だ。また動けと言われて、いい顏はしないだろう。

「やはり、彼に頼むしかない、か」

 意を決してマイクは廊下に出た。

 四階建ての聖ガブリエル寮の三階、突き当たりの角の部屋。ノックをすると細く扉が開いて、整った顔立ちの少年が顏を出した。
 さらさらと絹のように艶やかな明るい褐色の髪、日に透かした紅茶色の瞳は切れ長で、すうっと通った鼻筋、尖った顎に形の良い唇はさながら陶器の人形のよう。手足のすらりと伸びた華奢な体つき、だがひ弱さはない。
 優しげな色とは裏腹に瞳はあくまで冷たく透き通り、見る者をすくませる鋭さを秘めている。さながら氷柱のように。
 聖アーシェラ高校二年生、レオンハルト・ローゼンベルク。その美貌と気高さ故に、校内では秘かに『姫』と呼ばれている。この部屋の唯一の住人だ。

「やあ、レオンハルト」
「……何かご用ですか?」

 口調は丁寧だが、並の人間なら一発で回れ右して逃げたくなるだろう。かくも冷たき視線と声で迎えられれば。だがマイクは諦めなかった。穏やかな声で会話を続ける。

「実は君の部屋に」
「お断りします」
「……まだ何も言ってないよ」
「そうでしたね」

 レオンハルトはわずかに目を細めた。

「では、改めてお聞きしましょう。どうぞ」

 言外にその冷ややかな双眸が語っていた。
 聞いたところで結果は変わらないが、一応、話してみろと。

(やれやれ、相変わらずだな……)

 だが、こっちも引き下がる訳には行かない。一人の前途ある少年の。ディフォレスト・マクラウドの将来がかかってるんだから。 

「ルームメイトとそりが合わなくて、部屋を追い出された一年生が居てね。他に行くあてがないんだ。親戚もいないし、アパートを借りるのは親が許可してくれない。このままでは、学校を辞めて家に帰らなければいけないそうなんだ」
「俺には関係ないでしょう」
「路頭に迷うかどうかの瀬戸際なんだ。頼むよ、レオンハルト、君の部屋に彼を入れてやってくれないか?」
「お断りします」

 やはり答えは同じ。だが想定内だ。

「この季節だ、ぼちぼち退寮者が出る頃合いだ」
「それがいないから、わざわざ俺の所に来たのでしょう?」
「それは……その……確かにその通りなんだけど……困ったな」

 マイクは眉尻を下げて声を落とした。事実、自分でも言うように『困っている』のだろう。かろうじて笑顔を維持してはいるが。
 レオンハルト・ローゼンベルクは考えた。
 入寮して以来、マイク先輩には世話になっている。
 集団生活に付きものの煩わしいトラブルに悩まされずに済んでいるのは、少なからず彼の差配による所が大きい。
 だが。
 ただでさえ薄い壁一つ隔てた隣の住人の声や物音が煩わしくて、いらいらしているのだ。他の人間と同じ部屋で生活するなんて、考えたくもない。

「あくまで、一時的な処置だよ」
「具体的には、どれぐらいの期間ですか?」
「早ければ一週間ぐらいで空きが出る。そうしたら、マクラウドを君の部屋から移すから」

 一週間か……。
 いっそ人間だと思わなければいいのか? 動くインテリアだとでも。一週間程度なら、それでどうにか我慢できるはずだ。
 耐えられないほどの酷い相手だったら、出て行ってもらおう。先輩が何と言っても。いざとなったら、自分がホテルに移ればいい。

「…………仕方ありませんね。寮長にはお世話になってますし」
「ありがとう、恩に着るよ!」
「あくまで、一時預かりですよ?」
「ああ。充分だ。一年生の名前はディフォレスト・マクラウド、テキサス出身だ。素直でいい子だよ」
「そうですか。では」

 バタン。
 マイケル・フレイザーの鼻先でドアが閉められた。
 これにて謁見終了。

「うん、まあ、必要なことは話せたし……ね」

 くしゃくしゃっと髪の毛をかき回すと、マイクはめげずにドアの向こうに声をかけた。

「それじゃ、よろしく頼んだよ、レオンハルト!」
 
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【5-2-4】街角にて

2011/06/13 2:31 五話十海
 
 リーン……ゴーン……
 スピーカーから鐘の音が響く。授業終了の合図だ。
 聖アーシェラ高校は聖女さまの名前がついてるだけあって、この種の合図には教会の鐘の音が使われている。
 学校の敷地の中に礼拝堂まである。授業の中に「神学」なんてのがあって、生徒に礼拝が義務づけられていたのは昔の話。今は希望者のみがミサに参加し、聖歌隊もクラブ活動の一環だ。
 
 いつもなら、俺だって授業が終ると同時にまっしぐらにロッカールームに走ってく所なんだが……

「はぁ……」

 左手の包帯を見ていると、ついため息がもれちまう。やる事がないんなら、とっとと帰ればいい。だけど今の俺にはそれすらも許されちゃいない。
 ルームメイトのトムは、相変わらず目を合わせようとしないし、口もきいてくれない。必要なことがあると、メモに書いて机の上に置いてあるような状態だ。なまじ今まで上手くやって来ただけに、いたたまれない。
 出て行こうにも、新しい部屋はまだ見つからないし。
 もう、頼みの綱はマイク先輩だけだ!

(あの話、どうなったのかな。OKもらえたのかな)

「うぉーい、マックス!」

 背後からにゅっとほっそい腕が絡んできたなーと思ったら、ヘッドロックを決められていた。

「今日ヒマか? ヒマだよな?」
「うぐぐっ、ヒウェルっ?」

 不覚。よりによってこいつに技をかけられるなんて!

「知ってるぞー。怪我が治るまでは、クラブも休みなんだろ?」
「う……確かに、そうだけど……離せよ」

 絡みつく腕に手をあてて、ぐいっと押しのける。

「うぉっととと」

 ぐらっとヒウェルはよろけて床にぺったんと尻餅をついちまった。大げさだなあ。そんなに力入れてないぞ? どんだけひ弱いんだこいつは。

「……大丈夫か」
「思いっきり社交辞令で言ってるだろそれ!」

 ひょいっと足を伸ばし、弾みをつけて立ち上ってる。うん、その分なら大丈夫っぽいな。

「とにかく、あれだ。ベンチでうじうじしてるよか、ぱーっと騒いだ方が体にいいって、絶対!」
「……そうだな」
「OKOK、それならさ! アイスの美味い店知ってんだ」

 ぺち、と俺の背中を手のひらで叩くと、ヒウェルは笑顔でくいっと教室のドアを指さした。

「行こうぜ、ディフ!」
「うん!」

 耳慣れない名前だったけど、確かに自分に向けられた呼びかけだとわかった。たぶん、ディフォレストの略だろう。
 何だかとってもうれしかった。久々に名字じゃなくて、名前の方で呼ばれたからだろうか。とにかく、こいつとの距離がぐっと縮まったような気がした。
 あれ、でも俺のこと愛称で呼んでくれたってことは、俺もこいつのこと、愛称で呼んだ方がいいのかな。

「サンクス、ヒー」
「………何だそれは」

 あれ、あれ、目が三白眼になってやがるよ。眉も寄っちゃってるし。気に入らなかったかな。

「いや、お前の愛称?」

 ぽん、ぽん、と肩を叩かれる。

「無理すんな。ヒウェルでいい。一息で言えるだろ? 略す必要はない!」
「うん、わかった、ヒウェル」
 
  ※
 
 ネイビーブルーの制服、胸に輝く七芒星のエンブレム。サンフランシスコ市警の制服警官、エドワード・エヴェン・エドワーズ巡査は受け持ち地区のパトロールに余念が無かった。今日は午前中に隣の管轄区で強盗未遂事件があったばかりなのだ。幸い怪我人こそ出なかったものの、容疑者は未だに捕まっていない。
 自分の巡回区域に逃げ込んで来ないとも限らない。いつもより心持ち注意を払いつつ歩いていると……

「ん?」

 すうっと視界の片隅を、ちっちゃな人影が過った。通り過ぎる大人たち、学校帰りの学生に紛れて小学生らしい女の子が一人、ひょこひょこと街中を歩いている!
 黒の長袖カットソーの上から渋めの赤紫色のTシャツを重ね着して、下はデニムのショートパンツ、足下は赤いバスケットシューズにくるぶし丈の白いソックス。つるりん、ぺったんとした凹凸のない体型といい、幼い顔立ちといい、どこから見ても小学生だ……自分の記憶と、感覚に照らし合わせる限り。
 しかし、黄色がかった象牙色の肌や華奢な骨格、黒いさらさらした髪の毛から察するに恐らく東洋人だ。
 見かけだけでうかつに年齢を判断するのは早急。一応、保護の前に確認しよう。

(女の子は敏感だからな。自分が何才に見えるのか)

 しかも、若く見られて喜ぶことはまず、有り得ない。少なくともまだ、今の所は。
 早足で、だが礼儀を保つ程度に穏やかに。微妙なバランスを保った速度で近づくと、エドワーズ巡査は少女に声をかけた。

「やあ、お嬢さん」

 一人で何してるのかな? 次の言葉を待たずに彼女は顏を上げ、電光石火答えた。

「私、高校生です!」

 意外な答えに一瞬、言葉に詰まったところにさらに矢継ぎ早に。まるで小鳥のさえずりだ。発音そのものは幾分ぎこちないが、奏でる音階とリズムで何となく言わんとする事のニュアンスが伝わってくる。

「じゅーろくさいなんですってば!」

 写真入りの学生証をまるで警察バッジみたいに掲げている。やけに手際がいい。
 この手の質問にはすっかり慣れているらしい。と言うか、むしろうんざりしているのだろう。

「……まだ、何も言ってないよ?」
「あ」
「それに私は少年課でもないから」
 
 学生証に記された年齢は正しく16才。写真もまちがいなく彼女だ。学校は……聖アーシェラ高校か。確かにこの時間ならあそこの生徒が歩いていてもおかしくはない。

「すみません……早とちりでした……も、何回も同じパターン繰り返したもんだからっ」

 やはりそうだったか。危ない、危ない。あやうく自分も同じ轍を踏む所だった。

「で、何かご用ですか?」
「ああ、うん」

 一つめの用事は消えたが、二つめはまだ残っている。ポケットから容疑者の写真を取り出し、彼女に見せた。

「このあたりでこんな男を見かけなかったかい?」

 少女はすっと目を細め、眼鏡の縁に手をかけて位置を整えた。濃い褐色の瞳がじっと写真の男を見つめる。

「……4分前に2ブロック手前を歩いてました。でも服装は写真と違うな……」

 目を閉じて少し考えている。記憶を探っているのだろうか。

「マスタード色の地に赤い花柄のシャツを着て、上からグレイのジャケットを羽織っていました。下は白のズボンです」
「派手な色だな」
「最初はエビかカニかと思ったんですけど、よく見たらハイビスカスでした」

 大した記憶力だ。4分の時差を飛び越えてたった今、見ているかのような証言じゃないか。

「ありがとう! 気をつけて帰るんだよ」
「さんきゅー、ぽりすおふぃさー」

 少女に手を振り、歩き出す。
 2ブロック手前、か。まだそう遠くへは行ってないはずだ。バスやケーブルカーにも乗っていなければの話だが。
 無線で署に連絡を取る。今の服装がわかった。それだけでもかなりの収穫だ! よくぞ写真の男だと気付いてくれたものだ。派手な服装に気を取られるから、普通は顔形にまで意識が回らないものを。きっと並外れて観察力の鋭い子なのだろう。助かった。
 それにしても。

『じゅーろくさいなんですってば!』

 エドワーズ巡査は秘かに胸をなで下ろした。てっきり12才ぐらいだと思っていた。迂闊に子ども扱いしなくてよかった、と……。

    ※
 
「おーい、ディフ」
「んー」

 ヒウェルに呼ばれてはっと我に返る。
 こいつの行きつけだって言うソーダファウンテンに引っ張って来られたら、客はほとんどうちの学校の生徒ばかりだった。ヒウェルはけっこう顏が広いらしく、店に入るとあっちこっちから声がかかっていた。
 ハーイ、とか、元気? とか。さすが地元出身。ほとんどが女の子だったけど。

「アイス溶けるぞ」
「うぉっと!」

 手の甲にひんやりした感覚。白い滴がつすーっと流れ落ちる。もったいない!貴重な小遣いの一部で買ったんだ、無駄にはできない。慌てて舐め取った。
 うん、確かに、美味い。こくがあって、しっかりと牛乳の味が生きてる。
 バニラコーンのシングル、マシュマロとチョコチップのオプションはヒウェルのおごり。
『こう言う時は誘った方がおごるもんだぜ!』なんて偉そうに言ってたけど、結局居合わせた上級生が出してくれたんだよな。
 金髪の魅力的な女の子が。

「どーした、ぼーっとして。可愛い子でも歩いてるのか?」
「あれ」
「お」

 くいっと窓の外を指さすと、奴は食べかけのチョコミントと同じくらい真っ青になってがたがた震え出した。

「あれは……ヨーコじゃねぇかっ」
「うん」

 紺色のシャツにズボン、胸に輝く七芒星のエンブレム。憧れのサンフランシスコ市警の警官が歩いていたから、つい目で追っていた。その金髪の制服巡査が声をかけた相手が、ヨーコだったんだ。

「すげえな、彼女! ポリスに聞き込みされて堂々と答えてるぜ!」
「見ていない。俺はなんにも見てないぞ!」

 目を背けて、取り憑かれたみたいにがつがつアイスを食ってやがる。変なヤツ。何がそんなに怖いんだ?
 そうこうするうちに、ポリスマンは手を振ってヨーコと別れて歩き出した。せかせかと足早に、無線に何か話しながら。署に連絡とってるんだろうな。

「やっぱかっこいいよな……」

 一方でヨーコはちょこまかとホットドックの屋台に向かい、はきはきした口調で話しかけてる。屋台の店員がにこっと笑ってうなずいた。
 てっきり誰かに頼まれたんだと思った。一人で六つも買ってるから。だけど俺の予想は見事に裏切られた。歩きながら彼女はおもむろにばくっと一つ目をほお張った。

(ああ帰るまで待ちきれなかったんだな……)

 甘かった。
 次の曲がり角に行くまでの間に、ホットドックは一つ残らず消えていた。ちっちゃくてつるっとした女の子の腹の中に。

「す……すげぇ」

 いったいどこに入ったんだろう?
 
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【5-2-5】姫と犬が出会った

2011/06/13 2:31 五話十海
 
 別れ際に、校門の前でヒウェルはぽん、と俺の肩を叩いて言った。

「まあ、あれだ、そんなにくよくよすんなって。これで帰ってみたら、案外いい方向に話が転がってるかも知れないぜ?」
「うん……」
「いざとなったら、家に来い。俺の部屋、散らかってるけど、もう一人ぐらいなら詰め込めるからさ!」
「……うん」

 嬉しかった。実際に世話になれるかどうかは別として、彼がそう言ってくれったてことが、すごく嬉しかった。

「ありがとな、ヒウェル」

 先のことはわからないけど、ちょっぴり気分が明るくなった。
 そうして寮に戻ってみたら、本当に事態が『転がって』いたのだ。しかもヒウェルの予言通りに、いい方向に。

「ああ、戻ったんだね、マックス」

 談話室の前を通りかかったら、マイク先輩が満面の笑みで出迎えてくれた。

「君の移動先ね、決まったよ」

 決まった? ってことは俺、寮を出てかなくていいんだ。サンフランシスコに居られるんだ。この学校を、辞めなくっていいんだ!
 思わず先輩に飛びつき、ぎゅむっとハグしていた。

「ありがとうございますっ、マイク先輩っ!」
「……うん、良かったね」

 ぽふっと手のひらが頭に乗せられる。

「新しいルームメイトはレオンハルト・ローゼンベルク、ロス出身の二年生だ。ちょっと気難しいけど、礼儀正しい子だよ。上手くやれるといいね」
「はいっ、俺、がんばりますっ」

 スキップしそうな勢いですっ飛んでく赤毛の一年生を見送り、マイクは深く息を吐いた。
 参ったな、まさかいきなり抱きついてくるなんて! 子どもみたいに体温の高い体が(いや、実際子どもなんだが)密着し、がっしりした骨組みが。ばいんっと張った筋肉が押し付けられる感触にくらくらした。実家のレトリバーにしがみつかれた瞬間を思い出す。
 底抜けにフレンドリーで、警戒心のカケラもない。氷の『姫』とは対照的、むしろ正反対だ。

(一緒にしても大丈夫かな)

 一抹の不安がないでもない。だが意外に上手く行くかもしれない。正反対であるが故に。
 ともあれ、賽は投げられた。後は見守るのみ。

(いざとなったら……俺の部屋に簡易ベッドを入れよう)
 
 マイケル・フレイザーは犬好きだった。それも、筋金入りの。 

   ※
 
 一時間後。
 レオンハルト・ローゼンベルクは、妙に威勢の良いノックに読書を中断された。頑丈な拳で、だんだんだんっと扉を叩く。テンポから察するに、意図して乱暴に叩いてる訳ではなさそうだ。だが、込められた力が強過ぎる。
 恐らく、寮長ではない。だとしたら、可能性があるのは……。
 小さくため息をついて本を閉じ、ドアを開けた。

「よぉ!」

 まず目に入ったのは、くるっと巻いた赤い髪の毛。そばかすの散った顏、ヘーゼルブラウンの瞳。がっちりした体つきの少年が立っていた。足下には重そうな段ボール箱、背中にナップザックを背負っている。
 怪我でもしたのか、左手に真新しい包帯が巻かれていた。

「君は?」

 間違いであってほしいと願いつつ、一応確認してみる。図体のでかい赤毛はくいっと親指で自分をポイントした。

「ディフォレスト・マクラウド。今日からルームメイトだ、よろしくな!」

 ああ、やはりこいつだったか。

「寮長から聞いてないか?」
「聞いてる」

 すっと脇に寄って道を空けた。
 両手で箱を抱えて入ってくる『ルームメイト』を、レオンは冷ややかに観察した。声がでかい。動きが大ざっぱ。図体もでかい。最悪だ。よりによって、こんな騒がしい奴と同室だなんて。

「ベッドと机はそっちが君ので、こっちが俺のだ」

 聞かれるより早く伝えたのは親切心からではない。自分の領域に立ち入られたくないから先手を打ったまでのこと。
 
「了解!」

 赤毛の一年生は、にっぱーっと笑いかけてきた。目を細めて、白い歯が見えるほどはっきりと口を開けて。
 それはもう、顏中が口になったんじゃないかと思うぐらいの大掛かりな笑顔だった。頬に赤みがさし、そばかすの色が、ぽうっと濃くなっている。
 たかだかベッドと机の位置を教えただけなのに。つとめて冷静に、淡々と、事務的に伝えただけなのに。何だってこんなに無防備に笑っているのか。何が楽しいのか、この珍獣は。
 むわっと部屋の体感温度が2〜3度上がったような錯覚にとらわれる。
 実にうっとおしい。騒がしい。

 相変わらずにこにこして、何か言いたげに口を開く珍獣に背を向けて、さっさと机に戻る。

「………」

 どうやら、露骨に無視されても敢えて話しかけるほどの礼儀知らずでは無さそうだ。ここで一言でも話しかけたら即刻、寮長に苦情を申し立てるつもりだったのだが。
 読みかけの本を開く。ページの上にぎっしり並んだ文字を追いかけるが、まるで頭にはいらない。
 すぐそばで、がさごそと荷物をほどいてる奴がいるからだ!
 クローゼットを開けて着替えを詰め込み、机の引き出しを開けて教科書や文房具を入れている。
 引っ越して来たばかりなのだから仕方ない。わざと騒がしくしている訳ではないのだ。己に言い聞かせて、じっと終わるのを待つ。
 たかだ五分足らずでこれだ。
 イライラしてると、クローゼットをぱたんと閉じる気配がした。どうやら荷物の移動が終わったらしい。
 ほっと息をつく間もなく、何やらキッチンの方へとだっかだっかと大股で歩いて行った。
 ばっくん!

(え?)

 予想外の音にぎょっとして顏を上げると。備え付けの冷蔵庫を開けている!
 自分はせいぜいボトル入りの水ぐらいしか入れていない。まさかそんな所に用事があるとは思わなかった。紙パックの牛乳……それも500mlサイズのを二本、突っ込んでいる。
 ……と。途中で手を止めて一本取り出し、かぱっと開けて、飲んだ。
 直に。
 紙パックに口をつけて、直に。
 
 思わず眉をひそめた。
 何て飲み方だ! お世辞にも行儀がいいとは言い難い。
 一緒の部屋で暮らすと言うことは、これからもこいつが視界の中で飲み食いする姿を見なければいけないのだ。ぐびぐびと咽を鳴らしたり、くちゃくちゃと物を噛む音を聞かねばならないのだ。

(最悪だ)
 
「マクラウド」

 滅多に感情を表に出さないレオンハルトだったが、声がいつもより幾分低くなっていた。

「ん?」

 くりくり赤毛の珍獣は顏をあげ、口の端についたミルクをぐいっと手の甲で拭った。
 眉間の皴がさらに深くなる。

「すぐにまた移動することになるんだから、荷物を広げすぎないほうがいい」
「ミルクは冷蔵庫に入れとかないと、やばいだろ?」

 確かにその通りだが。どうやら肝心なことは、右の耳から左の耳にすーっと抜けてしまったらしい。
 
「あー、俺のことはマックスでいいぜ。長い名前は舌噛みそうだろ?」
「………」

 ますます渋い顏になるレオンハルトを見て、赤毛の一年生はちょっとだけ考え直した。
 どうやら、あまりお気に召さないらしい。知り合いに同じ名前の奴がいるのかもしれない。だったら別の呼び名を教えた方がいいのかな。だけどさすがに『ディー』は、なあ。子供っぽい。つか、この名前で呼ばれると、ちっちゃい頃に逆戻りしたみたいな気がしちまう。
 そうだ。もう一つ愛称があったっけ。できたてのほやほや、今日の放課後、ヒウェルが着けてくれたやつ。

「ディフでもいいぞ。好きな方で呼んでくれ」
「ああ、わかった、マクラウド」

 あれ。あれ。結局名字か。ま、いっか。クラスのみんなからもマックスって呼ばれてるし、こっちのが言いやすいんだろうな。

「お前のことは何て呼べばいい?」
「レオンハルト・ローゼンベルク」

 うん、それはわかってる。ロスからやってきた二年生。でもマイク先輩は肝心なことは教えてくれなかった。
 さらさらの明るい茶色の髪は部屋の灯に透き通り、まるで後光が差したみたいに輝いている。すうっと通った鼻筋、整った唇は、まるで陶器の人形みたいだ。肌もすべすべして滑らかで、実家の食器棚に置かれたロイヤルコペンハーゲンを思い出す。それに、この切れ上がった紅茶色の瞳と来たら!

(ついてるな。ルームメイトが、こんなにきれいな子だなんて)

「長い名前だなー。レオンでいいか?」
「………好きにしろ」
「OK、レオン。よろしくな!」

 レオンはため息をついた。
 いちいち煩い奴だ。もう相手にするのもわずらわしい。無視するのが一番だ。
 動くインテリアだと思えばいい。
 それにしても一時的にしろ、他人と。しかもよりによってこんな煩い奴と同じ部屋で生活しなければならないなんて。実に気が重くなる。覚悟していたのより騒がしいし、何より自分以外の人間が動いているのが気になる。見た目、音、におい、振動、何もかも全てが煩わしい。

(できるだけ早く出て行ってほしいものだ)

 美貌のルームメイトの心のうちなど知る由もなく。ディフは箱の一番下からオレンジ色の鍋をとり出すと、大事に大事に両手で抱えて運び、シンク下の扉を開け……うやうやしく収めたのだった。

「よし、完璧!」
 
(お前はレオン、俺はディフ/了)

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【5-3】Tea for Two

2011/11/13 0:00 五話十海
  • 1995年10月後半、レオンとディフの同室が始まって一週間が経過。レオンの苛立ちは刻一刻と臨界点に近づいていた。(来週までにあいつが出ていかなければ、自分が部屋を出よう。しばらく市内のホテルに部屋をとって……)
  • 氷の『姫』と赤毛の野生児の同居生活は壊滅寸前だったかに見えた。そんなある日、ディフが部屋に戻るとレオンがお湯を沸かしていた。
  • 始まりは一杯の紅茶から。

【5-3-0】登場人物

2011/11/13 0:01 五話十海
 
 def_s.jpg
【ディフォレスト・マクラウド/Deforest-Macleod】 
 通称マックス、家族からはディーと呼ばれていた。
 聖アーシェラ高校一年、テキサス出身。
 父親の七光りから自立すべく、サンフランシスコの高校を選んだ。
 ゆるくウェーブのかかった赤毛、ヘーゼルブラウンの瞳、鼻と頬の周辺にそばかす。
 裏表のない直情家、世話好きでおせっかいな熱血漢、時々天然。
 今回、はじめて自分以外の誰かのために料理を作る。
 
 
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【レオンハルト・ローゼンベルク/Leonhard-Rosenberg】 
 聖アーシェラ高校二年。ロスの実家を離れて学生寮で暮らしている。
 ライトブラウンの髪と瞳、ほっそりと華奢な体格、整った顔立ち。
 人との接触を好まず滅多に笑わない。
 その冴えた美貌と遺伝子レベルで組み込まれた高貴さ故に秘かに「姫」と呼ばれている。
 突如自分の生活に割り込んできたガサツなルームメイトに日々いらいら。
 もともと食べることに興味はないが、寮の食事の酷さに秘かにうんざりしている。
 
  
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【ヒウェル・メイリール/Hywel-Maelwys】
 サンフランシスコ出身、聖アーシェラ高校一年。
 さらさらの黒髪にくりっとしたアンバーアイ、細身で愛らしい子リスのような美少年。
 五才の歳に両親と死に別れ、里親の元で育てられている。
 その愛くるしい外見と人当たりの良さ故に上級生に人気がある。
 カニが怖い。クッキーは断然、チョコチップ。
  

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【結城羊子/ゆうき ようこ】
 日本出身の留学生、聖アーシェラ高校一年。
 通称ヨーコ。
 小柄でほっそりぺったん、ほとんど小学生と言っても通りそうな外見だが、れっきとした高校生。
 強気で勝ち気で歯に衣着せぬ男前女子。
 クッキーはヘーゼルナッツが好き。

【マイケル・フレイザー/Michael-Frazer】
 聖アーシェラ高校三年、ガブリエル寮の寮長。
 穏やかで公平、人望もある信頼できる先輩。
 ちょっぴり天然。
 実家では犬を飼っている。
 
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【5-3-1】聞いているのかマクラウド

2011/11/13 0:03 五話十海
 
「マクラウド。聞いているのか?」
「んあ?」

 聖ガブリエル寮の3階、突き当たりの角の部屋で、レオンハルト・ローゼンベルクとディフォレスト・マクラウドの同居が始まってから一週間になろうとしていた。

「いい加減、服を着ろ!」
 
 レオンは眉をひそめて、横目で赤毛のルームメイトをにらんだ。
 温まった肌からお湯と石けんのにおいが立ち上る。
 ついさっき、シャワーから出てきたばかりのマクラウドの上半身は、白い肌にうっすら紅色が広がり、健康的なピンク色に染まっていた。
 服に隠れている部分はことさらに色が白く、紅の濃淡の入り具合でお湯の流れすら見分けられそうなくらいだった。
 何でそんな所まで見えてしまうのかと言えば、彼が服を着ていないせいだ。
 腰にタオルを巻いただけの格好で部屋の中をのし歩き、冷蔵庫を開けて牛乳を飲んでいるからだ。
 もちろん、例に寄って紙パックから直にがぶ飲み。口の端からこぼれようがお構いなし、せいぜい手の甲でぐいっと拭う程度。
 正視に耐えないとは、まさしくこのことだ。

「……わかった」

 ごくっと咽を鳴らして牛乳を飲み込むと、マクラウドはパックを冷蔵庫に戻してクローゼットに歩いていった。
 基本的に彼は素直だ。
 滅多に逆らうことはない。『えー』とか『でも』とかたまに不満を漏らすことはあるが、大抵、言うことを聞く。
 多少、方向性がずれていることも多いのだが。

「着たぞ!」

 胸を張っている。が、上半身は黒いランニングシャツ一枚、下半身はグレイの短パン。
 どう見ても下着だ!

「マクラウド」
「何だ」
「もう少し、きちんとした服を着てくれないか」
「……わかった」

 ばさっと長袖のシャツを羽織って、それでおしまい。ころんとベッドにひっくり返って、上機嫌で雑誌なんかをめくっている。
 ラジオもCDもかけていないし、部屋ではテレビも見たがらない。そこは評価しよう。
 しかし、鼻歌を歌うのは勘弁してほしい。音程が外れていて、神経を逆なですることこの上ない。

「マクラウド。もう少し静かにしてくれないか?」
「ごめん」

 やっと、静かになった。
 確かに彼は素直だ。言えば聞く。だがいちいち言うのが既にいらいらする。面倒だ。煩わしい。
 動くインテリアだと思って無視してきたが、そろそろ限界だ。どこまで自分の生活を侵食してくるのかこいつは!
 レオンは心底、うんざりしていた。ただでさえ、他人と同じ部屋ですごすだけでもストレスなのだ。
 食堂からの帰り、さっきも寮長に苦情を言ってきたばかりだった。

『早くアレを引き取ってください。もともと一時預かりと言う約束でしたよね?』
『すまない。今年に限って、何故か退寮者も、退学者も出なくてね……なかなか部屋が空かないんだ』

 半ば予想していた答えだった。進展を期待していた訳じゃない。要は自分が困っていると。いや、迷惑していると、しっかり主張するのが目的だった。
 
 幸い、昼間はそれぞれの教室で授業を受けているから、顔を合わせずに住む。
 放課後は、マクラウドはホッケークラブに行くから帰りは遅い。(別に聞きもしないのに、向こうから話しかけてきた結果、わかったことだ)

 のみならず、レオン自身もできるだけ、寮にいる時間を減らしていた。ルームメイトと一緒にいる時間を、極力少なくするために。

 放課後、長過ぎる休み時間、さらには週末。一人の時間を守るため、レオンハルト・ローゼンベルクは学校の敷地の中にいくつか、彼専用の『隠れ家』を持っていた。
 聖アーシェラ高校は広い。そして長い歴史の中で建て増しを続けてきた結果、思いも寄らぬ場所に人気のない小さな中庭や、忘れ去られた小部屋がひっそりととり残されていたのだ。
 煩いルームメイトから離れるのには、おあつらえ向きの場所だった。
 今日もまた、レオンは忘れられた中庭の古びた東屋に腰を降ろして本を広げる。昨夜は気が散って1ページも進めなかった。何もかも、マクラウドのせいだ。

(来週までにあいつが出ていかなければ、自分が部屋を出よう。しばらく市内のホテルに部屋をとって……)
 

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【5-3-2】レオンはいい奴

2011/11/13 0:03 五話十海
 
 一方で、ディフォレスト・マクラウドは彼なりに気難しいルームメイトに合わせていた。少なくとも、本人はそのつもりだった。
 うるさくするなと言われたから部屋ではCDもラジオもかけなかったし、テレビも談話室で見るだけにした。
 今まで、好きな時に見たいものを見て、聞きたいものを聞いていたのに比べれば、ちょっとばかり窮屈だったが……。

(俺の方が後から入ったんだし。ここ追い出されたら行くとこないんだ。これぐらいどーってことないよな!)

 小さな頃は、三つ年上の兄と一緒の部屋だった。割と理不尽な理由で怒られたり怒鳴られたりしたし、ぬいぐるみのクマを抱えて放り出されたこともある。
 それに比べりゃ、レオンは同居相手として100%OK! ……とは言えないにせよ、かなりいい線行ってる。
 何よりディフにとって、レオンは一緒に居て、実に心地よい相手だったのだ。整った顔立ちも、なめらかな声も、その優雅な仕草のひとつひとつに至るまで。見ているだけで、聞いているだけで、胸の奥がくすぐったくなった。頬が緩み、自然と笑顔になってしまうのだった。

 だから教室で聞かれた時、迷わず答えた。

「よー、マックス。どーよ、新しいルームメイトは?」
「うん、いい奴だよ」
「お前、トムのこともそう言ってたよな?」
「うん。トムもいい奴だよ?」

 目を細め、白い歯を見せて、くったくのない笑顔で答えるディフを見て、友人たちは互いに顔を見合わせた。口にこそ出さなかったが、みんな同じことを考えていた。通じ合っていた。

(うん、まあ確かにこう言う奴だよね)

 友人たちの胸の内を知ってか知らずか。ディフは腕組みして首をかしげた。

「いい奴なんだけどさ、レオンって。あんまし、顔合わせる時間ないんだよなー。朝はさっさと起きて出てっちゃうし。休みの日も、だぜ?」
「ふーん、そうなんだ……」

 ヒウェルは内心思った。それは、もしかして避けられてるんじゃないかって。
 レオンハルト・ローゼンベルクと言えば、貴族めいた美貌と人を寄せ付けない絶対零度の防護壁で校内にあまねく知れ渡る『有名人』だ。
 寮生はもとより、クラスメイトからも秘かに『姫』と呼ばれている。
 それが、テキサス生まれのこのワイルドな野生児と一緒の部屋で寝起きしてるなんて。何たる無謀! もしくは、奇跡。

「ほんと、せっかちっつーか、せわしない奴だよ。あ、でも帰りも遅いんだ。クラブに入ってる訳でもないのにな?」

(気付けよ!)

 がくっと肩が落ちる。その衝撃でずり落ちた眼鏡を、ヒウェルはそそくさと元に戻した。

「何やってるんだって聞いてみたらさ、言われちゃったよ。『個人の生活には干渉しないでくれ』って! そりゃそうだよな。黙って睨まれるより、すっぱり口に出してくれる方がずっといい」

(やっぱ避けられてるじゃん)

「やっぱり良い奴だよ、レオンって! だって行く所のない俺を、部屋に引き取ってくれたんだものな!」

(だめだ、こいつ……)

「どした、ヒウェル?」
「あ、いや……チョコバー食うか?」
「食う、食う! サンクス!」

 満面の笑顔でぼーりぼーりとチョコバーをかじるディフに、ヒウェルは結局、何も言えなかった。

「ごっそーさん。んじゃ、俺クラブ行ってくる!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「気をつけてねー」

 つったかつったかと廊下を走って行くディフを見送りつつ、ヒウェルはぽつりとつぶやいた。

「なんか、多大な誤解をしてるみたいなんだけど……いいのかな、アレで」

 何とも気まずい沈黙が流れる。
 聞くな。聞いてくれるなと、無言の答えが飛び交う中、ひゅるりと銀の笛を吹くような声が答えた。

「いいんじゃない?」
「ヨーコ?」

 両手を後ろで組んで、ちょこんと首をかしげると、ヨーコはきっぱり言い切った。

「かえってあーゆー組み合わせの方が、しっくり行くものよ」
「そ、そうなのかな?」
「ええ。案外あの2人、ずーっと一緒に居たりしてね!」
「そーかな。二週間もてば奇跡だと思うぞ俺は」
「賭ける?」

 右手の人さし指で自分の顎を支え、見上げてくる仕草は、どことなくハムスターとか、リスとか、子猫か……とにかく小動物を連想させた。

「二週間経ってもマックスが追い出されなかったら、学食でおごってちょうだい」
「む」
「私が、お腹いっぱいになるまでね?」

 ちらりとヒウェルはヨーコを見下ろした。頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと。
 仮に負けたとしたって、こんなちっちゃい体だ。しかも女の子だ。食う量なんてたかが知れてる。校内のカフェテリアなら大した出費にはなるまい。

「……よし、乗った」
 
 どちらからともなく右手を掲げ、ぱしっと掌を打ち合わせる。これにて契約成立、どちらが勝っても恨みっこなし。
 この時の決断を、後に後悔する羽目になろうとは……ヒウェルはまだ、夢にも思っていなかった。

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【5-3-3】ここ座っていいか?

2011/11/13 0:04 五話十海
 
 アイスホッケーの練習はけっこう汗をかく。
 競技をやるのは氷の上だけど、トレーニングの大半は土の上でやってるし。氷の上で練習する時は、土の上より動きが激しいから、やっぱり汗ぐっしょりになる。
 部屋に戻る前にシャワーを浴びて、汗まみれのトレーニングウェアから乾いた服に着替えた。レオンは汗臭いのが苦手みたいだし、俺が風呂上がりにいろちょろしてるのを見てもやっぱり不機嫌そうな顔をする。

 で、妥協案として部屋に戻る前に汗を流すことにしてみた。クラブの先輩も、その方がいいだろうって言ってくれたし、湯上がりにマッサージもしてくれた。
 でも運動したあと、熱いお湯あびて体がゆるむと、余計に腹が減るんだよなー。
 帰ったらすぐ食堂。帰ったらすぐ食堂って、呪文みたいに頭の中で唱えながら部屋に戻ってきた。

「ただいまーっ!」

 レオンはいなかった。いつもの事なんだけど、ちょっぴり寂しい。
 部屋の窓の外に見える夕暮れの空は、半分が濃い灰色で、半分は鈍いオレンジ色。
 明かりのついていない部屋の暗さが余計にくっきり際立って、寂しさを塗り重ねる。
 たまには、明かりの着いてる部屋に帰ってみたいなって思うけど、それはわがままってもんだろう。ホッケーの道具をクローゼットに放り込み、自分で明かりを着けてカーテンを閉める。
 もうちょっとだけ、待ってみよう。
 明かりのついてる部屋に帰ってきた方が、きっとレオンだって寂しくない。

 ベッドにころんとひっくり返って、雑誌を開く。いつもは買わない雑誌だけど、カリフォルニアのポリスの特集記事が載ってたんだ。

「うーん、やっぱりCHiPs(カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール)ってかっこいいよなあ。メットとブーツでびしっと決めて、ハーレーに乗って……でも、この制服の色がなあ」

 明るめのベージュ。これ自体は、いい色だ。だけど赤毛との組み合わせは、ぽやっとして、いま一つしまらない。

「色がぴしっとするのは、やっぱこっちなんだよなあ」

 市警察のネイビーブルー。胸に輝く七芒星のバッジが眩しい。柄にもなく自分が着てる姿を想像してみたりする……。

(うん、悪くない)

 にまにましてたら、がちゃっとドアが開いて、軽やかな足音が入ってきた。
 レオンだ。
 のそっと起き上がる。

「お帰り!」
「……ああ」

 ちらっとこっちを見て、自分の机の方に歩いてった。抱えていた本を置いて、またすたすたとドアに向かう。

「どこ行くんだ?」
「食堂」

 ぱたん、とドアが閉まり、足音が遠ざかった。
 まるで、きれいないいにおいのする夢がふわーっと漂って来て、通り過ぎてったみたいだった。

「あ」

 我に返ると、きゅるるるきゅーっと腹が鳴る。そうだ、俺、腹ぺこだったんだ!
 
「よっと!」

 ベッドから飛び降りて部屋を出る。途中でレオンに会えるかな、と思ったけど追いつかなかった。あいつ、けっこう足早いんだな……。
 
     ※
 
 寮の食堂は、男子寮と女子寮の真ん中にある。昔は別々だったらしいけど、今は男女共通だ。
 飯時になると、学校の学食と同じようににぎやかになる。これ、男ばっかりだったらさぞかし暑苦しかっただろうなあ。聞こえる声も低いのばっかりで。
 改革万歳!
 今夜の献立はマカロニアンドチーズとフライドチキン、温野菜のサラダにベーコンとセロリのスープ。パンはおかわり自由。
 カウンターで一人分の食事が乗っかったトレイを受けとり、後はめいめい好きなテーブルに座って食べる。別にルームメイトだからって、飯時まで一緒とは限らない。
 同じ学年やクラブの奴と顔を合わせれば一緒に座るし、女子と相席することだって珍しくない。女の子は、ほとんどルームメイト2人で連れ立って来るけど。

「よう、ヨーコ!」
「あーマックス」
「これから飯か?」
「いえーっす!」

 ヨーコは、隣にいるアフリカ系の女の子にちらっと目配せした。ほらな、やっぱルームメイトと一緒に来てる。

「よかったら、一緒に食べない?」

 うーん、どうしよう。
 ヨーコと一緒だと、だいたい食べるペースが同じだから助かる。同じくらいどさっと盛ってるし、ばくばく食べる子だから、こっちが無理にゆっくり食べる必要がないんだ。

「あ」

 イエスと言いかけたその時、気付いてしまったんだ。
 食堂の片隅で、レオンが一人で座ってることに。
 6人掛けのテーブルに一人で、ぽつんと。他の寮生も近づこうとしない。何となくあいつの周りに、透明なバリアーができてるみたいに。大勢の中に居るのに、ひとりぼっちで食べている。
 いつもの風景だ。
 でも、俺は知っている。一人で食うご飯は美味しくないって。どんなにあったかくても。味が良くっても。口の中でぼそぼそわだかまる。

 レオンは二年生だ。
 あいつ、もう一年以上もああやって飯食ってるのか? たった一人で、誰とも話さずに……。

「あ、いや、俺、ルームメイトと食うから」
「そう」

 ヨーコのルームメイトが、ちょっぴり残念そうな顔をした。

「ごめん、今度、埋め合わせする!」
「OK! んじゃまたねー」

 ひらひらと振られるちっちゃな手と。褐色のすらりと長い手に見送られて歩き出す。

(あ)

 さささっと後じさりした。

「君、名前、何て言うの?」

 ヨーコのルームメイトは、きょとんとした顔でこっちを見た。けどすぐに目を細めて、口角をくっとあげて、すてきな笑顔になった。

「カミラよ。カムって呼んで?」
「OK、カム! んじゃ、またな!」

 そそくさと遠ざかるディフの背中を見送りつつ、2人の少女はきゃっきゃとほほ笑み、囁き合った。

「何、あの可愛い生き物!」
「でしょ?」
「いいかも。お尻もキュートだし」

 秘かに下された女子の判定など知る由も無く。ディフは山盛りのマカロニアンドチーズをこぼさないよう、用心しながら『姫の食卓』へと近づいた。

「よっ、レオン!」

 明るい褐色の瞳が見上げてきて、すうっと筆で刷いたような細い眉が、わずかにひそめられる。

「ここ、座ってもいいか?」

 レオンは何も言わなかった。ただ視線を落として、中断していた食事を再開しただけ。
 ダメとは言われなかった。つまり、OKってことだ。独自の判断を下すと、ディフは椅子を引いてどすんと座ったのだった。

 フォークでマカロニアンドチーズをぐにーっと引っ張り、ふーふー吹いて、あぐっと口いっぱいほお張る。

「んふーっ、んまいーっ」

 溶けたチーズとベーコンの油がじわあっとしみ込む。腹減った、腹減ったと叫んでいた体中の細胞が、ちゅーちゅーと吸い取ってるみたいな気がした。
 空っぽの腹に、あったかいものが落ちて行く。満ちて行く。そりゃ、お袋が作ってくれたのに比べれば、味は大ざっぱって言うか、ちょっと濃過ぎるけど。スープも油がぎとぎと浮いてるけど。
 運動したばっかりの体には、とにかくカロリー、カロリー、カロリーだ!

 ばくばく食っていたら、レオンがかすかにため息をついた。

「んあ?」

 ちょっとだけ食べるペースを落として、それとなく観察してみる。
 レオンは眉をしかめたまま。申し訳程度に盛りつけたマカロニアンドチーズをフォークの先でつついて、ほんの少し切り取って、口に運んだ。
 茹でたマカロニと溶けたチーズと、トマトソースの混合物が入った瞬間、ひくっと唇の端が引きつった。
 たとえば、うっかり苦い粉薬を舌の上に乗せた時。シロップだと信じて飲んだら、お酢だった。そんな時の顔だ。
 あるいは、味のない紙くずを無理やりフォークで押し込んでるような。

 ほんとに俺と同じもの、食べてるんだろうか? ちらっとテーブルの上に並んだ料理に視線を走らせる。マカロニアンドチーズと、ベーコンとセロリのスープ、茹でたブロッコリーとポテトとニンジン。そしてパンが1切れと、デザートのオレンジが半分。
 それと、水。
 紅茶でもない、コーヒーでもなければ、ミルクでもない。コップに入った、ただの水。

(味気ないなー)

 とにかく、料理は同じものだ。
 だけど明らかに美味しそうじゃない。楽しんでない。機械的にモノを口に入れている。まったく食欲がないって訳じゃないんだ。皿の上に盛られたものは、ちゃんと全部食べていたから。
 ずーっと眉はひそめられたまんまだったが、デザートのオレンジを食べる時にちょっとだけ、ゆるんだ。

 ふと、気がついた。
 ひょっとして、あいつ、食堂の飯が口に合わないのか? って。

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【5-3-4】二人でお茶を

2011/11/13 0:05 五話十海
 
 最後の一口を食べ終わるまで、レオンは一言も喋らなかった。
 その間に、こっちはおかわりした2皿目を片づけていた。お互い、口が空になったとこで、思い切って聞いてみる。

「マカロニアンドチーズ、苦手か?」
「……いや」
「じゃあ、好き?」
「別に」
「チリビーンズは?」
「…………」

 じとっとねめ付けてる彼の瞳は、あったかい褐色なのにまるで氷みたいに温度がなかった。好きもなければ、嫌いもない。何の感情もない。そもそも、質問すること自体がわからない。
 そう言う目をしていた。

「別に」

 でも喋る言葉は同じなんだな。

 丁寧に口を拭うと、レオンは空っぽになった食器を持ってさっさとカウンターに行き、返却口に置いて。すたすたと食堂を出て行った。
 騒がしい学食の片隅で起きた、ありふれた日常の一コマ。それなのに一連の動きは無駄が無くて、目が惹き付けられる。何て言うんだっけ、ああ言うの。
 えーと……
 そうだ、優雅(elegant)。

「マックス」
「ん、どーしたヨーコ」
「口。トマトソースついてる」
「おおっと」

 手で拭こうとしたらティッシュを渡された。

「これ使いなさい」
「サンクス」
 
      ※
 
 食事の後、いつもは談話室に行ってテレビ見ながらだらだらすごす。
 チャンネルは別に何でも構わない。見ながら他の連中と喋るのが楽しい。学校であったこととか。CMとかショッピング番組に突っ込み入れたり、コメディアンのしょーもないジョークにあはあは笑ったり。
 多分、あれだな。飯食っただけじゃ、満たされない何かを補給してるんだ。

 今日も談話室はにぎやかだ。
 親しい友だちも集まってて、声をかけられる。

「よーマックス、こっち来ないか?」
「……」

 どうするかな。
 ちょっと考えて、手だけ振って通り過ぎた。

「んー、やっぱ今日は部屋に戻る」
「そっか、またな」

 本を読む、宿題やる、マンガを読む、音楽を聴く(イヤホンつきで)。
 理由はいくらでもある。
 でも一番大きな理由は、レオンと一緒にいたかったからだ。今日、教室でヒウェエルたちと話してて気がついたんだ。せっかく同じ部屋に暮らしてるのに、一緒にいる時間って寝てる時ぐらいしかない。
 ちょっと、もったいないような。寂しいような気がしたんだ。

(あ、だからさっきも同じテーブルで飯食いたくなったのか?)

 部屋に戻ったら、ほわっと湯気が漂っていた。お湯を沸かしていたんだ。誰がって、レオンが。

「何やってんだ?」
「………」

 簡易キッチンのコンロの上には、ぴかぴかの銅のヤカンが乗っていた。注ぎ口と蓋のすき間からしゅんしゅんと湯気が上ってる。ちっちゃな備え付けのキッチンテーブルの上には、同じく銅のティーポット。
 そして、皿に乗った白い陶器のティーカップ。金の縁取りで、薔薇の花が描いてある。

「もしかして、紅茶入れてるのか?」
「ああ」
「でもこれ……」

 カップの中味は透き通ったただのお湯だった。

「ティーバッグ入ってないぞ?」
「温めてるんだ」

 カップとポットからお湯を捨てて、レオンは改めて四角い缶から、妙に丸いスプーンでお茶っ葉をすくって、ぱさ、ぱさ、とポットに入れた。

「リーフから入れるのか!」
「ああ」

 一杯、二杯、三杯。スプーンに刷り切り、慎重に。
 まるで科学の実験みたいだ。
 茶葉を入れて、ポットにお湯を注ぐ……慣れた手つきだ。いつもやってるのかな。
 ここまではわかる。でも蓋をした後、さらに、キルトでできた帽子みたいなものをすぽっと被せるのは何でだろう?

「何で、ポットに帽子被せてるんだ?」

 ひょい、と砂時計をひっくり返しながら。レオンはこともなげに言った。

「温度を下げないようにするため」
「そっか、紅茶って寒がりなんだな!」
「カップにいれてから温度が下がってくると、また味が変わるけどね」
「そうなのかっ!」
「少し下がったところで、まろやかになる。もっと下がるとだんだん渋みにかわる」
「ほえー……紅茶って生き物なんだな……あ、砂時計、もうすぐ終わるぞ?」
「え? ああ」

 ちょっと首をかしげてる。何か予想外のことでも起きたんだろうか。
 帽子をとると、レオンは鋭いオレンジの光を放つポットから、薔薇模様のカップに紅茶を注いだ。

「あー……いいにおいがする……」

 本当に、部屋の中の空気の質が変わってたんだ。ふわっと膨らみ、やわらかい。森の緑の一部を切り取って、まろやかにしたみたいだ。落ち葉を踏んだ時のにおいにとか。牧場の干し草のにおいにも似てる。
 どっちも大好きなにおいだ。
 たった紅茶一杯注いだだけで。スプーンにたかだか三杯分のお茶の葉と、お湯だけで。

「ちょっとだけ味見してもいいか?」
「どうぞ」

 うわあ、何ていい奴なんだろう!

「サンキュ!」

 大急ぎで自分のマグを持ってきた。こぽこぽと紅茶が注がれる。透き通ったきれいな赤みがかった褐色。
 まるで琥珀だ。ブラウンが強めで、透明度が高い。
 
(あれ? この色、どこかで見たぞ?)

「どうぞ」
「ありがとう!」

 こく……と一口。飲んだ瞬間、口の中でちっちゃな星が弾けた。
 辛かったとか、ショッキングな味がしたとかじゃなくて。いや、ある意味、確かにショッキングだったんだけど!
 とにかく、目から鱗がどさーっと落ちた。これが紅茶の味だって信じてた舌の上の常識が、一気に吹っ飛んじまった。

「うわ……何だこれ。すっげクリアな味じゃん! これ、ほんとに紅茶か?」
「これが紅茶だよ」
「ってかお前が入れたから、こうなるんだよなこれ?」
「そうとは言えない」
「ふむ」

 手を軽く握って口元に当てる。
 大事に、大事に飲んだ。冷たいカップに注いだからだろうか。レオンの入れてくれたお茶は、確かに少しまろやかな味がした。

「……美味い」

 うん、こんなに美味いお茶毎日飲んでるんだから、寮の食事が口に合わないのも無理ないよな。
 あれ? あいつ、何でこっちをじっと見てるんだろう。
 俺の顔に何かついてるのかな。

「ありがとな、美味かった」

 レオンはそっと頷いてくれた。
 ああ、そうか。
 透き通った赤みがかった褐色。入れたばかりの紅茶の色は、レオンの瞳と同じなんだ。
 
     ※
 
 レオンは正直驚いていた。
 抽出時間の間、まさかマクラウド相手に紅茶談義をしてしまうなんて。本でも読もうとしていたのに、結局ページも開かず終わってしまった。

(いったい、何であんな事を?)

 聖アーシェラ高校に入学し、寮で食事をした最初の夜も大概に驚いたが……。
 まったくもって、あれは衝撃だった。
 紅茶を飲もうとしたら、プラスチックのカップに入ったお湯と、ティーバッグが出てきたのだ。
 手を着けずに部屋に戻り、即座にアレックスに電話を入れた。
 食事が酷いのはもうあきらめた。だからせめて紅茶だけでも、自分で入れて、口に合うレベルのものを飲みたいと訴えた。切実に。
 アレックスは万事に置いてパーフェクトだった。
 落としても割れない銅のティーポットに、湯を沸かす銅のヤカン。比較的割れにくい丈夫なヘレンドのティーカップ。カトラリーは全てスターリングシルバー。
 即座に茶葉と道具一式揃えて、翌日にはもう届けてくれた。
 おかげで、紅茶だけは『口に合う』ものを飲むことができる。

 むしろ『紅茶で』命を繋いでいると言っても過言ではない。

 家を離れたいと言い出したのも。学校の寮に住むと言ったのも自分だ。食事が不味い。その程度の不便は享受して然るべきだろう。頭ではわかっていても、そこは思春期の少年だ。
『食べる事』そのものに興味がないとは言え、それも一定のレベルを保っていればこそ。
 毎日続けば、ストレスは膨大に膨れ上る。食後のティータイムは、レオンにとって希少な癒しの時間だったのだ。
 
 それにしても。
 まさかテキサス生まれのガサツ者に紅茶の味がわかるなんて……夢にも思わなかった。

(ああ見えて、味覚と嗅覚は鋭いのかも知れない)
(野生動物なら、それも当然、か)
 
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【5-3-5】ディフ買い物に行く

2011/11/13 0:06 五話十海
  
 些細な出来事ではあったけれど、紅茶の一件は確実に一つの区切りとなった。
 何故ならそれ以降、レオンがマイケル・フレイザー寮長に苦情を言う回数は劇的に減ったからだ。(マイクにとって、そしてディフにとっても幸運なことに!)

 それからと言うもの、ディフは時間さえ合えばレオンと同じテーブルで食事をとるようになった。夕食のみならず、時には朝食までも。
 レオンは若干、迷惑そうな素振りを見せたものの、強固に拒絶することもなく。
 寮生たちが冷や冷やしながら見守る中、氷の『姫』と赤毛の野生児が一緒に食事をする風景は、徐々に日々の暮らしに馴染んで行った。

 食事の後は(別々にではあったけれど)部屋に戻る。
 大抵、レオンの方が先になる。
 ディフが戻ると、レオンが紅茶を入れている。そのまま何となく一緒に飲む。
 レオンにしてみればあくまで「ついで」だ。もともと二杯分入れて、自分で全部飲んでいたところを半分、ディフに飲ませているのに過ぎない。
 赤毛のルームメイトは飽きもせずにレオンが紅茶を入れる手際を見守り、しきりに感心する。

「まるで化学の実験みたいだな!」

 微妙な表現だ。正確で手際がいい、とでも言いたいのだろうか?

 体育会系の学生にしては珍しく、マクラウドは勉強は真面目にやっている。ただ、得意不得意は目に見えてはっきりしていた。
 数学はそれなりにできるようだが国語は苦手、歴史は時々欠伸をする。
 だが、化学に関しては別格だった。これが同じ人間かと思うほど目覚ましい集中力を発揮し、明らかに授業より先まで読み進めている。科学雑誌も愛読しているようだ。

 以上の事実を鑑みて、どうやら褒め言葉らしい、と判断することにした。
 紅茶を飲む時は、厚手のマグカップを両手で抱えてしみじみ味わっている。茶葉の違いや入れ方の変化にもちゃんと気付き、反応してくる。
 悪い気はしない。
 レオンハルト・ローゼンベルクとて人間である。
 いかに他人に無関心と言えども、自分のした事が他人に評価される実感を得るのは、やはり嬉しいことなのだ。

 一方、ディフにとってもこの食後のティータイムは楽しい時間だった。
 友人たちとの他愛のないおしゃべりや、談話室でのひと時より優先するだけの価値は充分にあった。
 飲み終わってまだ時間があったら、もう一度談話室まで足を運べばいいのだから。
 
 寮の食堂や、学食とは比べ物にならないくらい、クリアな味と香りの美味い紅茶が飲める。
 それに、紅茶を入れる時のレオンの仕草は見ていて気持ちいい。飲む時は目に見えて険しさが薄らぎ、とても穏やかな顔をしている。

(こいつ、別に飲み食いするのが嫌いな訳じゃないんだな)
(ちゃんと、飲む楽しみを。味わう楽しみを知ってるんだ……口に合うものさえ手に入れば)
 
     ※
 
 2人の少年宛にそれぞれ荷物が届いたのは、そんなある日のことだった。
 レオンには市内に住む執事のアレックスから。ディフには、テキサスの実家から。
 それぞれ受けとった箱をベッドの上に載せて、開封する。

「お」

 ディフ宛の箱には、冬物の厚手の靴下やネルのシャツにセーター、手袋が詰まっていた。
 みっちり分厚いセーターを広げ、首を傾げる。

「シスコでこんなの使うかなぁ……」
「冷え込む日もある。あっても困るものではないだろう」
「そっか」

 さらりと答えるレオンの箱からは、四角い缶に入った紅茶と、布に包まれたティースプーンにフォークが一そろい。

「……それ、いつも紅茶入れる時に使ってる奴だろ?」
「ああ、これは」

 レオンは簡易キッチンの食器棚から、全く同じ銀のカトラリーを1セット取り出し、入れ替えていた。

「スペアだ」
「スペア?」
「銀器は、使うと曇るから」
「そーなんだ」

 寮生の中には、まったく自分で洗濯もせず、実家から着替えが届くたびに汚れ物を送り返す『強者』もいる。だが、それとは明らかにレベルが違うような気がした。

(うん、さすがに銀のスプーンと汚れた靴下を一緒にしちゃいけないよな)

 冬物の衣類をクローゼットに収めていると、荷物の底から、小さなタッパーが出てきた。

「あれ?」

 どうやら、冬物衣類を衝撃吸収材(shockabsorber)代わりに使ったらしい。
 ぴっちり密封されたタッパーの中には、小麦粉を焼いて作った平べったい丸や四角。
 見慣れた手作りのクッキーが入っていた。添えられたカードには母の字が並んでいる。

『無事に着いたらおめでとう! お友だちと一緒に食べてね』

 奇跡的にクッキーは無事だった。
 ディフォレスト・マクラウドは素直な息子だった。食後のお茶の時間に、母から届いたクッキーを皿に載せて出してみた。

「これは?」
「家から送ってきたんだ。お袋の手作りだ。余計なもんは入ってないから美味いぞ?」
「……」

 レオンは迷った。
 勧められたものを断るのは、礼儀に反する。また、今日の夕食は揚物がメインだったのでいつもに増して食が進まず、少しばかり空腹だった。

「もらおう」

 一つつまんで口に入れる。

「あ……」

 それは、ほんとうに久しぶりにレオンが口にしたお手製(ホームメイド)の味だった。小麦粉と、砂糖と、牛乳、バター、少量のナッツ。余計なものは入っていない。過度に甘くない。ちくちくと口を刺す妙な刺激もない。家で焼いたクッキーならではの、素直な味。
 万事につけて完ぺきなアレックスには遠く及ばなかったけど……
 だからこそ、ほうっと肩の力が抜けるような、やわらかな味。

     ※

 翌日。
 タッパーに詰まったマクラウド母お手製のクッキーは、聖アーシェラ高校の一年生の教室でふるまわれていた。

「んー、んまい!」
「ホームメイドのクッキーってさ、絶対、家で焼かないとこの味にならないんだよねー」
「何当たり前のこと言ってんの」
「あ、でもそれ何となくわかる。ウチの味とはちょっと違うんだけどさ。やっぱ『家で焼いた』クッキーなんだよな」
「そーそー、お店で売ってるのとは、違うのな。 舌の上にチクチクするものがない!」
「うれしいな、これヘーゼルナッツじゃん! 日本じゃなかなか手に入らないんだ!」
「うっそ、信じらんない!」
「チョコチップ入ってないよ、チョコチップ……」
「お前はどんだけチョコ食う気だ!」

 クッキー談義の最中、何気なくヒウェルは尋ねてみた。

「で、どーよ。新しいルームメイトとはその後、上手く行ってる訳?」
「うん。出てけ、とか言われてないし」
「そーゆーレベルかよ……」
「夕食の後、俺の分も紅茶いれてくれるようになった」
「ふーん?」

 ぴくり、と眉をはね上げるとヒウェルは眼鏡の位置を整えた。

(こいつは、ひょっとしてひょっとすると。進歩なんじゃないか?)

 ディフの根無し草的な住宅事情を、彼は大いに心配していたのだ。いざとなったら、いつでも里親に頼み込めるように。『しばらく友だち泊めてもいい?』と。

「良かったじゃないか!」
「でもさー、あいつの使ってるお茶っ葉って多分すげー高いと思うんだ。昨日、ちらっと届いた缶見たんだけど。クリスマスのギフトなんかで、たまにもらうようなレベルの奴だった!」
「どーゆー基準だ」
「でも何となくわかる」

 ヨーコがまじめ腐った顔でうなずいた。

「自分の家じゃ、まず買わないようなレベルの高級品ってことね?」
「そう、そうなんだよ! だから俺、なんかでお返ししたいなって思って」

 友人一同、無言で顔を見合わせる。

『何て律義な奴なんだ』
『ってか、遠慮するって選択肢は、ないんだ』

 わざわざ言葉に出さずとも、何となく通じ合っていたのは皆、それだけディフのことをよく理解しているからだ。

「……いいんじゃない?」
「うん。でも金出すのはやめとけ?」
「えー。一番楽なのに……お茶代半分出すぜ、とかさ」
「落ち着け。そもそも、とんでもない高級品なんだろ? お前、半分も出せるのか?」
「……無理」

 がっくり肩を落とすディフの背中を、ぽん、とヨーコの小さな手が叩く。

「こう言う時は、消え物の方が、お互い気負わずにすむよ、マックス」
「消え物?」

 ディフは目をまんまるにして首をかしげた。

「透明遮蔽装置(クローキングデバイス)でもつけろってか!」
「……………いや、そーゆー意味じゃなくてね」

 ヨーコは眼鏡を外して眉の間をもみほぐし、掛け直した。
 ああ、そうか。この子には難しい言い回しは不向きなんだ。思考が直球過ぎて、日本人的な遠回しな表現は、素通りしてしまうのだ……多分。

「よーするに飲み食いするもの、ってこと」
「あー」

 ぽん、と手を叩いてる。今度は通じたらしい。
 
     ※
     
 その日の放課後、ディフは買い物に出かけた。いつも牛乳を買うスーパーマーケットで、パンと卵と、ベーコンを買った。

「……あ」

 慌てて塩とコショウ、マーガリンをカゴに入れる。さらにトマトケチャップと砂糖も追加。家の台所と違って、寮のキッチンには何もないんだ。

(えーっと、後何があったっけ……)

 首をひねっても出てこない。もうちょっと手伝いをしとけばよかったか、と後悔する。

(いいや、足りないのがあったら、食堂から借りてこよう)

「っと、道具も要るな!」
 
 幸い、皿やフォークは部屋に備え付けのがあった。
 いつも前を素通りするキッチン用品の売り場の前で、今日は腕組みして仁王立ち。
 ためつすがめつ品定め。

「フライパンと、フライ返し……は絶対に必要だな!」

 そして忘れちゃいけない、木のフォーク。(これが一番肝心だ!)

「うーん、結構な出費になるぞ……厳しいなあ」

 でも、ここで買っておけば、ずっと使える。

「……よしっ!」

 8インチサイズのフッ素加工フライパン、12ドル(およそ950円)でお買い上げ。
 
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【5-3-6】食卓のはじまり

2011/11/13 0:07 五話十海
 
 その日、レオンハルト・ローゼンベルクは肉の焼ける香ばしいにおいで目を覚ました。
 眠りから覚醒に至る直前の、あたたかな乳白色の海を漂いながら意識の片隅で考えた。

(何が焼けているんだろう?)

 ほわほわと記憶の泡が浮かんでくる。屋敷の食堂で、銀の器から白磁の皿に、うやうやしくアレックスがとりわけてくれたベーコンと卵。薄切りを2切れ、半熟のオムレツをきっちり卵一つ分。こんがりと焼いたトーストに紅茶を添えて……。

 がいん!
 
 金属と金属のぶつかるやかましい音に、いきなり意識が引き上げられる。過去から今へ、眠りの海から覚醒の岸辺へ。
 ぱちりと目を開ける。
 キッチンで大動物の動く気配がした。ベッドの上に身を起こし、寝起きの目を細めて凝視すると……

(何をやってるんだ、あいつ)

 マクラウドだ。首をすくめて今、まさに、おそるおそるこちらを振り返った所。皴の寄った眉根を起点に、眉毛が顔の外側に向かってきゅうっと下りのラインを描いている。

「ごめん、起こしちゃったか?」

 見ればわかるだろうに。何故、わざわざ聞く。憮然として言い返す。

「……何してる」
「ベーコン焼いてる」

 手に持ったフライパンには長いベーコンが四枚乗っかっている。表面は赤く焼け、じゅうじゅうと油のはぜる音が聞こえてきた。なるほど、においの出所はあそこか。

「何枚食う?」
「何故、聞く」

 ぱちくりとまばたきした。ヘーゼルブラウンの瞳が瞼に隠れ、また表れる。

「一人分作るのも、二人分作るのも同じだから」

 なるほど。
 ついぞ使った事のない、部屋に備え付けのオーブントースターが赤く光っていた。余熱しているらしい。シンクの台には、明るいベージュ色の殻の卵が二個、転がっている。
 卵とベーコン、そしてトースト。見た所、食堂の食事よりずっとシンプルだ。だがベーコンはアレックスが焼いてくれたものより、長い。

「一枚でいい」
「OK!」

 ぼんやりした頭でバスルームに入り、歯を磨く。ミントの香りに刺激され、徐々に思考がはっきりして来た。

(あいつ、何だっていきなり朝食なんか作り始めたんだろう?)

 顔を洗い、着替えを終える頃には、キッチンテーブルの上の皿にはスクランブルエッグが載っていた。正直、ちょっと意外だった。ゆで卵か、せいぜい目玉焼きだろうと思っていたのに。しかもぷるっとしていて鮮やかな黄色をしてる。
 目の前で得意げな顔をしているこのガサツな野生児が作ったとは、にわかには信じられなかった。

「トースト何枚食う?」

 見せられた食パンは、レオンの基準からすればかなり分厚かった。

「半分でいい」
「OK! お前小食だなー」
「君に比べればね……場所を空けてもらえるか?」
「うん」

 狭い台所ですれ違うと、鍋のヤカンに水を汲んでコンロにかけた。
 パンを食べるには、飲み物が必要だ。マクラウドは牛乳で充分だと考えているようだが、自分はそれでは物足りない。

「トーストにマーガリン塗るか?」
「いや、そのままでいい」

      ※

「できたぞ! さめないうちに食え!」

 小さなキッチンテーブルに、机の椅子を持ってきて向かい合って座った。
 こんな風に正面から向かい合うのは始めてだった。今まで食後の紅茶を飲む時は、それぞれの机に座って飲んでいたからだ。(ディフはたまにベッドの上)
 だけど今日は紅茶だけじゃない。

 白い丸い皿の上には、カリカリに焼いたベーコンと、黄色いスクランブルエッグ。
 レオンの分はベーコン一枚、厚切りトースト半分、スクランブルエッグの味付けは塩とコショウのみ。
 ディフの分はベーコン二枚に、マーガリンを塗った厚切りトースト一枚と半、スクランブルエッグにはケチャップが追加されている。

「あ」

 スクランブルエッグを口に入れると、レオンはほわっと顔をほころばせた。
 卵と、牛乳、塩とコショウ。余計なものが入っていない。過度に油ぎってもいない。意外なほど柔らかく、ふんわりしていた。

「……どうした?」

 どぎまぎしながらディフがたずねる。
 最初は目玉焼きにする予定だった。だけど、どうひっくり返していいのかわからなくて、結局こうなった。
 でもスクランブルエッグは得意なんだ。何てったって8才の時から作ってるんだから。
 初めのうちこそ失敗して、パサパサのパリパリにしてしまったが今はそんな事は滅多にない。
 目を大きく開いて、すはー、すはーっと鼻息で自分の前髪を吹き上げながら首を傾げる。
 期待と不安でアドレナリンをぶいぶい分泌する赤毛のルームメイトの目の前で、レオンは……

「君は、料理が上手いんだな」

 明るい褐色の目を細め、頬の緊張を解いた。唇がゆるやかに、優しい上向きの曲線を描く。

(笑った!)
(レオンが笑った! 初めて笑ったー!)

 不安から一転、ディフの頭の中にぱあっと花が咲き乱れた。白い花びらに囲まれた黄色い花糸。マーガレットの花が一面に。

(うわー、うわー、うわー、レオン、さいっこーに、可愛い! さいっこーにきれいだ!)
(どうしよう。すっげえ嬉しい。全力で走り回りたい気分だ!)

 目鼻の周りに散ったそばかすをくっきりと浮かび上がらせ、ディフは顔いっぱいに笑っていた。
 頬を赤くして、目尻を下げ、白い歯を見せて、文字通りパワー全開で。
 生えていたら絶対、しっぽも振っているだろう。目にも止まらぬ早さでぶんぶんと。

 それは、レオンハルト・ローゼンベルクが生まれて初めて返された、純粋で無垢な『喜び』だった。
 自らの言葉が。表情の変化が呼び起こしたとは、露ほども知らぬままに。

「また、作るよ!」
 
      ※
 
 こうして『食卓』が始まった。
 最初はたった二人きり。聖ガブリエル寮の三階、突き当たりの角の部屋で。
 トーストと、スクランブルエッグとベーコン、ストレートの紅茶を添えて……。
 後に『家族の食卓』に至る道のりの、小さな、最初の一歩。

(Tea for two/了)

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【5-4】風邪引きマクラウド

2012/02/18 23:08 五話十海
 
  • 1995年、11月のはじめ、じっとり湿った霧が続いた週のこと。サンフランシスコはあったかい、と油断していたディフは、うっかり風邪を引いてしまう。
  • 朝になっても起きて来ないルームメイトの様子をうかがうと、顔を赤くして汗ばみ、唸っていた。寮長に連絡したものの、レオンは途方に暮れる。「朝食はどうすればいいんだろう?」
  • 【3-3】okayusanの前日談。深窓の『姫』、風邪引きわんこを看病するの巻。

【5-4-0】人物紹介

2012/02/18 23:09 五話十海
 
 def_s.jpg
【ディフォレスト・マクラウド/Deforest-Macleod】 
 通称マックス、家族からはディーと呼ばれていた。
 聖アーシェラ高校一年、テキサス出身。
 父親の七光りから自立すべく、サンフランシスコの高校を選んだ。
 ゆるくウェーブのかかった赤毛、ヘーゼルブラウンの瞳、鼻と頬の周辺にそばかす。
 裏表のない直情家、世話好きでおせっかいな熱血漢、時々天然。
 「サンフランシスコはあったかいなー」なんて油断してるから……。
 
 
 leon_s.jpg
【レオンハルト・ローゼンベルク/Leonhard-Rosenberg】 
 聖アーシェラ高校二年。ロスの実家を離れて学生寮で暮らしている。
 ライトブラウンの髪と瞳、ほっそりと華奢な体格、整った顔立ち。
 人との接触を好まず滅多に笑わない。
 その冴えた美貌と遺伝子レベルで組み込まれた高貴さ故に秘かに「姫」と呼ばれている。
 突如自分の生活に割り込んできたガサツなルームメイトに苛々していたが、最近は一緒にご飯を食べている。
 壊滅的に不器用だが、奇跡的に紅茶とコーヒーを入れることはできる。しかも上手。
  
 
 hywel_s.jpg
【ヒウェル・メイリール/Hywel-Maelwys】
 サンフランシスコ出身、聖アーシェラ高校一年。
 さらさらの黒髪にくりっとしたアンバーアイ、細身で愛らしい子リスのような美少年。
 五才の歳に両親と死に別れ、里親の元で育てられている。
 その愛くるしい外見と人当たりの良さ故に上級生に人気がある。
 でも非力。この頃から非力。
  

 yoko_s.jpg
【結城羊子/ゆうき ようこ】
 日本出身の留学生、聖アーシェラ高校一年。
 通称ヨーコ。
 小柄でほっそりぺったん、ほとんど小学生と言っても通りそうな外見だが、れっきとした高校生。
 強気で勝ち気で歯に衣着せぬ男前女子。
 遠く離れた日本で従弟が寝込んでしまって心配。

【マイケル・フレイザー/Michael-Frazer】
 聖アーシェラ高校三年、ガブリエル寮の寮長。
 穏やかで公平、人望もある信頼できる先輩。
 ちょっぴり天然。
 面倒見は良いが、必要以上に他人には干渉しない主義。
 
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