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ローゼンベルク家の食卓

【ex15-1】土曜の午後に

2013/10/15 2:41 番外十海
「あ、先生!俺ら今からハンバーガー食べに行くんだけど、一緒に行かない?」

「ん〜?ごめん、…今日は用事あるからまた今度ね。」

『……えっ?』



 あの人に贈ろう、ラベンダーの花を。涼やかに香る指先で心の傷を包みこみ、洗い清める紫の花。



―ラベンダーの花束を―


(な、なぁロイ…今先生…。)

(ラ、ランチのお誘いを断ったネ…。)

((…そ、そんな馬鹿なッ!?))


お昼で終わる土曜日の授業…どうせだから外で食べようと自分達の教師である羊子に声をかけたのは、風見光一とロイという2人の少年だった。
しかし、2人は今驚愕の事態に直面している。十中八九乗ってくるだろうと思っていたその誘いを、なにやら神妙な顔をしながら断られてしまったのだ。


「せ、先生大丈夫!?何か悪い物でも食べたんじゃ!?」

「でも光一っ、先生ならすぐにそんなの治せるヨ?」

「…こらこら君ら、一体私をどんな目で見てるんだ?」


目に見えて取り乱した二人をじと目で見ながら一言問いかければ…返って来たのは微妙な苦笑いなのにふぅ…と小さく溜息を吐くと、
154cmの小さな体の肩を軽く上下させるように竦めてから、2人に言葉を投げる。


「言っただろ?今日は用事があるんだって。」

「あ…っと、どんな用事なんだよ、先生。」

「お墓参り、今日知り合いの命日なんだ。」


きっぱりと告げる羊子に、予想外の答えが返ってきたらしい二人は顔を見合わせると、それぞれバツが悪そうに頬を掻いたりもじもじしたりして。


「…なんか、ゴメン。」

「申し訳のうゴザイマス。」

「いや、別に謝る事でもないし。…何なら風見達も来るか?全く無関係って訳でもないしね。」

「無関係じゃない…?」


そう聞くとまた二人で目を見合わせて首を傾げる…といっても、片方はその瞳を綺麗な金髪で隠してしまっているが。
しかし、自分達2人と無関係じゃない、と聞くと…思い浮かぶのはやはり3人の共通項である悪夢狩人…ナイトメアハンターの事で。


「…えっと、お爺様達のお知り合いとかデスカ…?」

「多分ね。家とは家族ぐるみのつき合いがあったし…ま、あれだ…私の二人目の師匠だよ。」

「羊子先生の…」

「二人目のお師匠サマデスカ…?」

「そ…こっちのね。」


と言いながら羊子が取り出すのは、彼女が過去を読み取る時に使っているタロットカード…確かに実家が神社の彼女にしては異質なものではあった。


「…で、一緒に来るの?」


そう聞かれて、三度目を見合わせた2人は…何度か相談するように言葉をかわすと、彼女に頷いて見せた。



そうして彼女たちが目指した墓地は、電車でいくつか駅をまたいだがそう遠い場所にあるわけではなかった。
途中の花屋でその師匠が好きだったらしいラベンダーを小さな花束にしてもらい、やってきた小さな墓地。
もう既に誰かが来ていたのか、綺麗に掃除されてラベンダーの花が一輪添えられていた墓には『神楽 藤野』と刻まれていた。


「羊子先生、先生の師匠ってどんな人だったんですか?」

「ん?藤野先生…あぁ、元々うちの父親が大学で民俗学やってた時の先生だったから、そう呼んでたんだけどな。穏やかで何時もにこにこしてて…でも言うべき事はきっぱりと言う人だった。」


ちょっとおっとりしてたけどな、と苦笑いする羊子がラベンダーの花を墓前に置いて手を合わせると、教え子2人もそれに倣って手を墓に合わせる。
目を閉じた羊子の瞼の裏に浮かぶのは、いつも優しげに微笑んでいる安楽椅子に腰掛けた白髪の老婦人。
彼女と交わした言葉が遠く…記憶の底から耳に響いてくる…。


『羊子ちゃん、占いというのは指針…道標であって決められたレールじゃないわ?参考にすることはあっても、結果に縛られちゃ駄目なの…。』

『まぁ、メリィちゃんなんて可愛いじゃない?羊子ちゃんも当然素敵だけど…。』

『貴女が戦う力を失っても、貴女には彼から教わった知識と経験がある…そして、ここで新たに学んだ知識もある…。それをこれから戦う子達に教え、伝えれば…それは彼等の力になるわ。…それはきっと彼の希望に適う事よ…頑張ってね?』


(藤野先生、今日は教え子を連れてきました。学校の教師としても、ハンターとしても教え子の奴等です。ひよっこだと思ってたのに最近こいつらめっきり強くなっちゃって、嬉しいやら寂しいやら…先生も、こんな気持ちで居てくれたんでしょうか…。)


『他人を大事にしたいなら、まずは自分を大事になさい!』

 頬をピシャッ!と叩かれてそう言われた。 サクヤちゃんや母さん達が察しすぎて直接言わなかったことを、藤野先生は私の目の前でキッパリと口にしてくれた。

『他人を導きたいなら、まず貴女が凛となさい。ぐらぐら揺れる旗には、誰も近寄ってはくれませんよ?』


手を合わせながら、墓に…故人に伝える思いを教え子2人が知ることはなく、ただただ沈黙が流れて十数秒…ぱっと、羊子は顔を上げた。


「さて、と…掃除もしてあるみたいだし、帰りに何か食ってく?今日は私の奢りって事で!」

「やった!先生俺ラーメン食べたい!」

「ボ、ボクは光一と一緒ならどこでも…ッ!」

「はいはい、ホント仲良いなぁ…ってか、ハンバーガー食うんじゃなかったの?」


奢りと聞いてはしゃぐ黒髪の少年と、それに同調する金髪の少年に小さな女教師は苦笑いをしながら…三人で墓地を離れていく。
ユラユラとそよ風に揺れるラベンダーの花束に一陣の風が吹き付ければ…ブワッ、と香りと花弁が空に届かんばかりに舞い上がった。

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