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ローゼンベルク家の食卓

【5-3-2】レオンはいい奴

2011/11/13 0:03 五話十海
 
 一方で、ディフォレスト・マクラウドは彼なりに気難しいルームメイトに合わせていた。少なくとも、本人はそのつもりだった。
 うるさくするなと言われたから部屋ではCDもラジオもかけなかったし、テレビも談話室で見るだけにした。
 今まで、好きな時に見たいものを見て、聞きたいものを聞いていたのに比べれば、ちょっとばかり窮屈だったが……。

(俺の方が後から入ったんだし。ここ追い出されたら行くとこないんだ。これぐらいどーってことないよな!)

 小さな頃は、三つ年上の兄と一緒の部屋だった。割と理不尽な理由で怒られたり怒鳴られたりしたし、ぬいぐるみのクマを抱えて放り出されたこともある。
 それに比べりゃ、レオンは同居相手として100%OK! ……とは言えないにせよ、かなりいい線行ってる。
 何よりディフにとって、レオンは一緒に居て、実に心地よい相手だったのだ。整った顔立ちも、なめらかな声も、その優雅な仕草のひとつひとつに至るまで。見ているだけで、聞いているだけで、胸の奥がくすぐったくなった。頬が緩み、自然と笑顔になってしまうのだった。

 だから教室で聞かれた時、迷わず答えた。

「よー、マックス。どーよ、新しいルームメイトは?」
「うん、いい奴だよ」
「お前、トムのこともそう言ってたよな?」
「うん。トムもいい奴だよ?」

 目を細め、白い歯を見せて、くったくのない笑顔で答えるディフを見て、友人たちは互いに顔を見合わせた。口にこそ出さなかったが、みんな同じことを考えていた。通じ合っていた。

(うん、まあ確かにこう言う奴だよね)

 友人たちの胸の内を知ってか知らずか。ディフは腕組みして首をかしげた。

「いい奴なんだけどさ、レオンって。あんまし、顔合わせる時間ないんだよなー。朝はさっさと起きて出てっちゃうし。休みの日も、だぜ?」
「ふーん、そうなんだ……」

 ヒウェルは内心思った。それは、もしかして避けられてるんじゃないかって。
 レオンハルト・ローゼンベルクと言えば、貴族めいた美貌と人を寄せ付けない絶対零度の防護壁で校内にあまねく知れ渡る『有名人』だ。
 寮生はもとより、クラスメイトからも秘かに『姫』と呼ばれている。
 それが、テキサス生まれのこのワイルドな野生児と一緒の部屋で寝起きしてるなんて。何たる無謀! もしくは、奇跡。

「ほんと、せっかちっつーか、せわしない奴だよ。あ、でも帰りも遅いんだ。クラブに入ってる訳でもないのにな?」

(気付けよ!)

 がくっと肩が落ちる。その衝撃でずり落ちた眼鏡を、ヒウェルはそそくさと元に戻した。

「何やってるんだって聞いてみたらさ、言われちゃったよ。『個人の生活には干渉しないでくれ』って! そりゃそうだよな。黙って睨まれるより、すっぱり口に出してくれる方がずっといい」

(やっぱ避けられてるじゃん)

「やっぱり良い奴だよ、レオンって! だって行く所のない俺を、部屋に引き取ってくれたんだものな!」

(だめだ、こいつ……)

「どした、ヒウェル?」
「あ、いや……チョコバー食うか?」
「食う、食う! サンクス!」

 満面の笑顔でぼーりぼーりとチョコバーをかじるディフに、ヒウェルは結局、何も言えなかった。

「ごっそーさん。んじゃ、俺クラブ行ってくる!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「気をつけてねー」

 つったかつったかと廊下を走って行くディフを見送りつつ、ヒウェルはぽつりとつぶやいた。

「なんか、多大な誤解をしてるみたいなんだけど……いいのかな、アレで」

 何とも気まずい沈黙が流れる。
 聞くな。聞いてくれるなと、無言の答えが飛び交う中、ひゅるりと銀の笛を吹くような声が答えた。

「いいんじゃない?」
「ヨーコ?」

 両手を後ろで組んで、ちょこんと首をかしげると、ヨーコはきっぱり言い切った。

「かえってあーゆー組み合わせの方が、しっくり行くものよ」
「そ、そうなのかな?」
「ええ。案外あの2人、ずーっと一緒に居たりしてね!」
「そーかな。二週間もてば奇跡だと思うぞ俺は」
「賭ける?」

 右手の人さし指で自分の顎を支え、見上げてくる仕草は、どことなくハムスターとか、リスとか、子猫か……とにかく小動物を連想させた。

「二週間経ってもマックスが追い出されなかったら、学食でおごってちょうだい」
「む」
「私が、お腹いっぱいになるまでね?」

 ちらりとヒウェルはヨーコを見下ろした。頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと。
 仮に負けたとしたって、こんなちっちゃい体だ。しかも女の子だ。食う量なんてたかが知れてる。校内のカフェテリアなら大した出費にはなるまい。

「……よし、乗った」
 
 どちらからともなく右手を掲げ、ぱしっと掌を打ち合わせる。これにて契約成立、どちらが勝っても恨みっこなし。
 この時の決断を、後に後悔する羽目になろうとは……ヒウェルはまだ、夢にも思っていなかった。

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