▼ 【5-3-1】聞いているのかマクラウド
「マクラウド。聞いているのか?」
「んあ?」
聖ガブリエル寮の3階、突き当たりの角の部屋で、レオンハルト・ローゼンベルクとディフォレスト・マクラウドの同居が始まってから一週間になろうとしていた。
「いい加減、服を着ろ!」
レオンは眉をひそめて、横目で赤毛のルームメイトをにらんだ。
温まった肌からお湯と石けんのにおいが立ち上る。
ついさっき、シャワーから出てきたばかりのマクラウドの上半身は、白い肌にうっすら紅色が広がり、健康的なピンク色に染まっていた。
服に隠れている部分はことさらに色が白く、紅の濃淡の入り具合でお湯の流れすら見分けられそうなくらいだった。
何でそんな所まで見えてしまうのかと言えば、彼が服を着ていないせいだ。
腰にタオルを巻いただけの格好で部屋の中をのし歩き、冷蔵庫を開けて牛乳を飲んでいるからだ。
もちろん、例に寄って紙パックから直にがぶ飲み。口の端からこぼれようがお構いなし、せいぜい手の甲でぐいっと拭う程度。
正視に耐えないとは、まさしくこのことだ。
「……わかった」
ごくっと咽を鳴らして牛乳を飲み込むと、マクラウドはパックを冷蔵庫に戻してクローゼットに歩いていった。
基本的に彼は素直だ。
滅多に逆らうことはない。『えー』とか『でも』とかたまに不満を漏らすことはあるが、大抵、言うことを聞く。
多少、方向性がずれていることも多いのだが。
「着たぞ!」
胸を張っている。が、上半身は黒いランニングシャツ一枚、下半身はグレイの短パン。
どう見ても下着だ!
「マクラウド」
「何だ」
「もう少し、きちんとした服を着てくれないか」
「……わかった」
ばさっと長袖のシャツを羽織って、それでおしまい。ころんとベッドにひっくり返って、上機嫌で雑誌なんかをめくっている。
ラジオもCDもかけていないし、部屋ではテレビも見たがらない。そこは評価しよう。
しかし、鼻歌を歌うのは勘弁してほしい。音程が外れていて、神経を逆なですることこの上ない。
「マクラウド。もう少し静かにしてくれないか?」
「ごめん」
やっと、静かになった。
確かに彼は素直だ。言えば聞く。だがいちいち言うのが既にいらいらする。面倒だ。煩わしい。
動くインテリアだと思って無視してきたが、そろそろ限界だ。どこまで自分の生活を侵食してくるのかこいつは!
レオンは心底、うんざりしていた。ただでさえ、他人と同じ部屋ですごすだけでもストレスなのだ。
食堂からの帰り、さっきも寮長に苦情を言ってきたばかりだった。
『早くアレを引き取ってください。もともと一時預かりと言う約束でしたよね?』
『すまない。今年に限って、何故か退寮者も、退学者も出なくてね……なかなか部屋が空かないんだ』
半ば予想していた答えだった。進展を期待していた訳じゃない。要は自分が困っていると。いや、迷惑していると、しっかり主張するのが目的だった。
幸い、昼間はそれぞれの教室で授業を受けているから、顔を合わせずに住む。
放課後は、マクラウドはホッケークラブに行くから帰りは遅い。(別に聞きもしないのに、向こうから話しかけてきた結果、わかったことだ)
のみならず、レオン自身もできるだけ、寮にいる時間を減らしていた。ルームメイトと一緒にいる時間を、極力少なくするために。
放課後、長過ぎる休み時間、さらには週末。一人の時間を守るため、レオンハルト・ローゼンベルクは学校の敷地の中にいくつか、彼専用の『隠れ家』を持っていた。
聖アーシェラ高校は広い。そして長い歴史の中で建て増しを続けてきた結果、思いも寄らぬ場所に人気のない小さな中庭や、忘れ去られた小部屋がひっそりととり残されていたのだ。
煩いルームメイトから離れるのには、おあつらえ向きの場所だった。
今日もまた、レオンは忘れられた中庭の古びた東屋に腰を降ろして本を広げる。昨夜は気が散って1ページも進めなかった。何もかも、マクラウドのせいだ。
(来週までにあいつが出ていかなければ、自分が部屋を出よう。しばらく市内のホテルに部屋をとって……)
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