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ローゼンベルク家の食卓

ちっちゃなピンクのハンドバッグ

2009/07/03 19:33 短編十海
 
  • 拍手御礼用短編の再録。
  • 2007年5月13日、母の日の出来事、サリーちゃんとヨーコさんの場合。
  • 海の向こうから届けられた贈り物。
 
 
 同じ日に、日本のとある神社にて。

「お母さん、ありがとう。はい、これカーネーション」
「ありがとう」
「……と、あとはヨーカンとたいやきとどら焼きとおはぎときんつば」
「ありがとうっ」

 結城羊子の母、藤枝はアンコが好物なのだ。それも高級な和菓子屋のよりむしろ、ご町内のお菓子屋さんで買ってきたやつに限ると言う。
 さらに赤いカーネーションの花束がもう一つ、隣に並ぶ瓜二つの女性に捧げられる。

「はい、こっちはおばさまに」
「ありがとう……」
「あと、黒ごまクッキーと抹茶バームクーヘンとレモンケーキ」
「ありがとうっ」

 サリーこと結城朔也の母、桜子は嬉しそうに花束を受け取った。
 ちまっと小柄な体格といい、子鹿かリスのような利発そうな顔立ちといい、この二人は実に似ている。
 それもそのはず、一卵性の双生児なのだ。

 結果として羊子とサクヤも従姉弟同士とは言え、まるで姉と弟のようによく似ている。互いの家も同じ神社の敷地内にあるため、ほとんど母親が二人いるようなものだった。

「よーこちゃん、見て、見て、これ」

 桜子がうれしそうにテーブルの上に置いたのは、ふっくらした可愛いバッグ。ちょうど女性の両手のひらにすっぽり収まるほどの大きさで、金色の金具と白いストラップがついている。
 色は光沢のあるピンク色。ほんの少し濃いめの色で、輪の形の模様が全体にプリントされている。

「わあ、可愛い。お姫様のドレスみたい!」
「でしょ、でしょ? サクヤが送ってくれたの」

 満面の笑みを浮かべながら、桜子はふと目を伏せた。

「いいのかしら、こんなおばさんが、こんな可愛いの使っちゃって」
「もちろん! おにあいよ?」
「そう?」
「OK、OK。何てったって桜色だもの!」
「うん、うん、おばさまの色だよね」
「それじゃ、よーこちゃんも、藤枝ちゃんもいっしょに使いましょうね」

 ※ ※ ※ ※

『あの、すいません、そこの棚のバッグを……』
『はい、これですね』
『いや、そっちの色のを……』
『お似合いですよお、ピンク!』
『……これでいいです』

 バッグに触れた瞬間、そんな光景が見えた。きっと自分用だって思われたんだろう。まあ、自然な流れだよね。
 サクヤちゃんに似合うってことは、おばさまにも似合うってことだから問題ないない。

「夕飯、私が作るね。何がいい?」

 二人の母は声をそろえてさえずった。

「カレー」
「……だよね、やっぱり」
「ニンジンはお星さまの形にしてね」
「わたしはハート」
「OKOK、お星様にハートね」

 いそいそと台所に立つ。サクヤが日本にいたときは、毎年一緒に作っていた。
 白いフリルのついた母親のエプロンを借りたサクヤの姿は、まるでエプロンドレスを着てるみたいで……
 そりゃあもう愛らしいったらなかった。

『よーこちゃん、たまねぎ切って』
『OK、じゃサクヤちゃんはニンジンね』
『うん』
『薄く切って、クッキー型で抜くんだよ』
『うん』
『あまったのは、ポチの分ね』
『わかった』

 母の日は、カレー。小さな子どもの頃から、それが年中行事だった。

 できあがったカレーは、叔母の桜子が写真に撮る。毎年、撮る。まめに撮る。最近はもっぱらデジカメだ。
 携帯でも写して待ち受けにしている。おかげで一年ごとに上達してゆく様子がはっきり記録に残っている。
 
 自分がアメリカに留学していた時はサクヤが一人で作っていた。
 
 そしてサクヤがアメリカにいる今は、こうして羊子が一人で作っている。

(今頃どうしてるのかな、サクヤちゃん)

 クッキー型で薄切りにしたニンジンを型抜きしつつ、ちょっぴりしんみりしていると……

「よーこちゃんよーこちゃん」
「はい?」

 ひょこっと桜子が顔を出した。

「カレーにこれ、入れてくれる?」
「……クミンシード、コリアンダー、チリ、ターメリックとココナッツパウダー? すごい本格的だねー」
「サクヤが送ってきてくれたの! こーゆーのもあるのよ」
「バジルシードにタピオカ……OK、こっちはデザートにしよっか」
「助かるわ、食べ方わからなかったの」
「そーだよね、あまり口にする機会ないものね……あれ?」
「どうしたの?」
「このパッケージの文字、タイ語だ」
「どこで買ったのかしら……あの子、アメリカにいるはずなのにね?」
「おばさま」
「なあに?」
「これ、もしかしてあのバッグと一緒に届いた?」
「ええ、そうよ。母の日のプレゼント」

 ちいさなピンクのバッグからは……ほんのりカレーのスパイスと、ココナッツの香りがしていたのだった。


(ちっちゃなピンクのハンドバッグ/了)

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