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ローゼンベルク家の食卓

second-bar

2008/08/04 14:37 短編十海
 拍手用お礼短編。
 【ex4】猫と話す本屋のおまけのエピソード。
 second-barってのは二次会のことだそうです。
 
「はぁ………」

 サリーは本日何度目かのため息をついた。

 シスコ市内のバーに会場を移しての二次会。参加するつもりはなかったのだが、ヨーコに否応なく連行されてしまった。
 さっきから彼女の昔の同級生や結婚式で知り合った人に紹介されまくり。何人と会ったか既に覚えていない。

「この子、サリーって言うの。あたしのイトコ!」
「そっくりだね」
「母親同士かそっくりだからね!」

 細部は微妙に異なるが、交わす会話はだいたいこんな感じ。
 それにしてもヨーコさん、微妙に言い方が巧妙な気がするのは考え過ぎだろうか?
 あえてcousinとだけ言って、sisterともbrotherとも言わない。わざわざ着けないのが慣習だし、紹介された方も敢えて聞かないのが普通だけれど……。

 きっと十中八九、女性とまちがえられてる。
 カウンターに肘をついてぼんやりしていると、すっと目の前にグラスがさし出された。縦に細長いフルートグラスの中に透明な液体が満たされ、薄切りにしたライムが浮いている。
 きめ細かな泡がぽつ……ぽつ……とグラスの底から浮び上がり、時折ライムの薄切りにまとわりついては、また浮かぶ。

「どうぞ」
「いや、俺、頼んでませんけど」
「いいから飲んどけ。俺のおごり」
「あ……メイリールさん」

 何故かカウンターの内側にいて、慣れた手つきでちゃっちゃとシェイカーやグラスを軽妙に操っている。

「何してるんですか?」
「バーテンが足りないからさ……ほぼ強制的に」

 肩をすくめながらも手は休めない。

「意外な特技ですね」
「一時期、酒場でバイトしてたんだ、俺」
「そうだったんですか……」
「それ、ノンアルコールだから安心してくれ。ついでに言うと甘みも入ってない」
「ありがとう」

 一口ふくむ。ライムの酸味と香り、微弱な炭酸が広がった。

「あ………けっこう美味しい、かも」
「ガス入りのミネラルウォーターにライム浮かべただけだけどな。すっきりするぞ」

 参ったな。浮かない顔してる所、見られてしまったんだろうか。

「ダンスの時に……ね。誘われちゃったんですよ」
「ほう?」
「お嬢さん、一曲踊っていただけますかって。どうしてタキシード着てるのに間違われるのかなぁ……」
「今日はけっこうご婦人方も着てたからな、タキシード」
「胸もないのに………」
「そりゃあ、まあ」

 きょろきょろと周囲を見回してから、ヒウェルは声を潜めて言った。

「ヨーコのイトコならそんなもんだろうって納得されてるんじゃないか?」
「………そうなんだ」
「比較の問題だよ。それほど気にする事ぁないって」

 ぱちっとウィンクしている。ほんの少しだけ胸が軽くなった気がした。(後で彼をどんな運命が見舞うかはともかくとして)

「おぉい、バーテン! 酒が切れたぞー!」
「おっと……お呼びがかかったか、しょうがねーなー、あの飲んべえどもが! それじゃ、サリー、またな」

 いそいそと酒瓶とグラスを抱えて歩いて行く。しょうがないと言ってる割には活き活きしていた。
 彼も嬉しいのだろう。今日と言う日が。
 レオンとディフも幸せそうだった。あの二人の結婚を祝うことができて良かったと思う。双子を連れ戻すこともできたし……。

 確かに今日、自分が結婚式に参加したことには意味があった。でも二次会は、なあ……。
 上着の胸ポケットを押さえる。
 挨拶を交わした際に渡された名刺や、電話番号だけ走り書きしたメモが何枚か束になって入っている。

 シスコに引っ越してきて一年も経つのにあまり親しい友人のいない自分を気遣ってのことなんだろうけど……世話焼き過ぎだよ、ヨーコさん。
 俺はもうちいさな子どもじゃないし、学校の生徒でもないんだから。

 目の前のグラスの中で泡が弾け、ライムの薄切りが揺れる。

 ふっと何気なく思い出す。
 きちんと整えられた金髪に、ライムの果実そっくりのほんのり黄色みがかった明るいグリーンの瞳。やや面長の、優しげな英国紳士を。

 あれぐらい穏やかな人の方が話していて安心できる。アメリカン式の押せ押せスタイルは自分にはあまり合わない。

(エドワーズさんも二次会、来ればよかったのに)

 帰りがけに「猫が待っているから」と言っているのが聞こえた。きっと今頃、リズと子どもたちにお土産を食べさせているのだろう。
 
(子猫が6匹かぁ)

 きっと、几帳面に、きちっと世話しているんだろうなあ。会うのが楽しみだ。
 子猫にも。
 その飼い主にも。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 その頃。
 エドワード・エヴェン・エドワーズは、昼間放ったらかしにしておいた埋め合わせをすべく、全力で6匹の子猫たちの相手をしていた。

 古い靴下に詰めたキャットニップを放り投げると、どどどどどっと一塊になって走って行く。
 小さな前足でぱしぱし叩き、上になり、下になり、ジャンプしながら夢中になって取り合っている。中には勢いにまかせてタンスの上に駆け上がり、フーっと下の兄弟たちを威嚇している子もいる。

 まるでサッカーだ。
 いや、手も使ってるからラグビーかな?

 にこにこしながら見守っていると、誰かの弾き飛ばした靴下がびしっと顔面にヒットした。

「……アンジェラ?」

 ずるりと滑り降りた靴下はそのままベストの懐にin。
 しまった、と思った時は既に遅く、目をぎらぎらさせた子猫たちが一斉に飛びつき、足をよじ上ってきた。

「こら、こら、頼むよ爪を立てないでくれ、よそ行きなんだから!」

 5匹のちび猫どもにたかられながら振り払う訳にも行かずおろおろしていると……

「うわっ」

 とどめにモニークがタンスの上からダイビングしてきた。やわらかで、それでいて弾力のある体が飛びついて来る。少しだけ生き物独特の湿り気を帯びて。
 小さな手を目一杯広げてひしっとベストにしがみつく。
 細い爪がちくちく刺さるがさほど痛いとも感じない。
 モニークはもそもそと懐に潜り込むと『獲物』を両手両足で抱え込み、満足げに噛み始めた。
 ちっちゃな桃色の口を開けて、あむあむと。時折、後足で小刻みにキックしながら。
 どうやらこの子たちも優秀なネズミハンターになりそうだ。

 ああ。まったく子猫のいる暮らしと言うのは…………………刺激的だ。

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※月梨さん画「猫にたかられる本屋」
 
(second-bar/了)
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