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ローゼンベルク家の食卓

【3-13-3】脅迫

2008/06/13 3:38 三話十海
 レオンさまとマクラウドさまは今日も裁判所に向かわれた。

 デイビットさまとレイモンドさまは別件のため、事務所での打ち合わせに余念がない。忙しい時は何かとストレスがたまるものだ。
 本日のおやつは、お二人用にはいつもより心持ち、甘さの強いものをご用意した方が良いだろう。
 特にデイビットさまは甘いお菓子があればすごぶるご機嫌で、仕事の能率も上がる。
 
 電話の応対にはまだ私一人で出ている。幸いなことにここ数日、無言電話の回数はめっきり減ってきたが……まだ油断は禁物だ。

 メールボックスから回収した郵便物を選り分けていると、ふと、奇妙な封筒を一通見つけた。見かけは平凡、サイズも一般的。どこにも特徴がないのが特徴とでも言おうか。
 パソコンで印刷された宛名は確かにジーノ&ローゼンベルク法律事務所だ。しかし、差出人の名前がない。切手も、消印も。
 かすかな胸騒ぎがした。
 内ポケットから白い手袋を取り出し、両手にはめる。手紙を取り上げ、念のため明かりに透かしてみた。
 ふむ……紙以外のものは入っていないようだ。
 
 用心しながら封を切る。
 中にはやはりパソコンで印刷された手紙が一通。

 裁判から手を引け
 これ以上証言するな
 後悔するぞ

 ここは法律事務所だ。
 手がけている裁判は何件もある。だが、証言となると……。

 レオンさまにお知らせするべきだろう。可及的速やかに。
 だが、その前に。

 封筒と中身をトレイに乗せ、オフィスに通じるドアをノックした。

「失礼いたします。早急にお知らせしたいことが」


 ※ ※ ※ ※

 
 裁判所の控え室で打ち合わせ中、レオンの携帯が鳴った。と言っても正確には着信音は出ていない。

「……失礼」

 ヴゥウウウン……と低く唸るような音を立てて震動する携帯を胸ポケットから取り出し、画面に目を走らせている。

「どうした?」
「アレックスからだ」

 裁判所にいると知っていた上で電話をしてきたのだ。おそらく急を要する用件だろう。

「ハロー? ……………そうか………わかった。うん、賢明な処置だね。ありがとう」

 口調はいつもと変わらない。だが微妙に肩に力が入っている。何があったんだ、レオン?

「ああ。丁度彼らも一緒にいるからね。伝えておこう。うん、双子をよろしく頼むよ。……マンションまでレイモンドが護衛してくれるって? それは心強いね……それじゃ、また後で」
「どうした、レオン」

 携帯を切ると、レオンはさらりと答えた。

「事務所に脅迫状が届いたそうだ」
「何だって?」

 思わず声のトーンが跳ね上がる。俺自身に限って言えば脅しの類いには慣れている。だがターゲットがレオンとなると話は別だ。

「裁判から手を引け、証言するな、後悔するぞ、と……ね」

 オルファとジェフリーが顔を見合わせた。

「……郵送で?」
「いや。メールボックスに直に投げ込んであった」

 わざわざ直に投げ込みに来たのは、お前の居場所を知っている、いつでも手を下せると言う意志表示だろう。使い古された手だが効果はある。
 誰が送ってきたか、なんて考えるまでもない。
 資金源を潰されて、FBIに尻尾からずらずら手繰られ慌てている奴ら……オティアとシエンを苦しめた、人身売買組織の連中だ。

「直ちに護衛をつけるわ」
「そうしていただけると助かります、Ma'am」
「当然の義務でしょ、Sir?」

 妙に固い笑顔を交わす二人を見守りつつジェフリーがやれやれ、と言った調子で首を振り、自分の携帯を取り出した。
 おそらく護衛の手配をしてくれるのだろう。

「ヒウェルにも知らせとくか?」
「そうだね。その方が良さそうだ。子どもたちはしばらくの間は……」
「自宅待機だな。この一件が片付くまで、勉学に専念していてもらおう」

 オティアとシエンは近所の高校を通じてのホームスクーリング(アメリカの在宅学習制度の一種)が始まったばかりだった。
 好都合と言えば好都合だ。
 新しいことを始めるにはある程度のストレスがかかる。だがその分、今回の一件から少しは意識が逸れてくれるかもしれない。

 二人が新しい生活習慣に馴染む頃までには………きっちり片をつけておこう。


 ※ ※ ※ ※


「やあ、アレックス」
「お待ちしておりました、メイリールさま。どうぞ、奥へ」

 レオンから呼び出されてジーノ&ローゼンベルク法律事務所に顔を出すと、何やら物々しい雰囲気が漂っていた。

「脅迫状が届いたって?」
「ああ」
「そう言や事務所に無言電話が来てたって言ってましたね、レオン」
「ああ。使い捨ての携帯電話からね。おそらく、犯人は同じだろう」
「ライトないやがらせから脅迫状にランクアップしたって訳か」
「そんな所だろうね」
 
 歯をむき出してディフがせせら笑う。

「上等じゃねえか」

 いつもより三割増し柄が悪い。
 もはや仕立てのいいスーツも、ふんわり自然なウェーブの出た長い髪もフォローしきれない。これでガーゴイルのサングラスでもかけたら完ぺきにヤバい筋の人だ。

「ディフ、君もターゲットになりうるんだから、十分に注意してくれよ」
「俺、そんなに派手なことやったかなあ。スタングレネード一発投げ込んで車で突っ込んだだけだぜ?」

 真顔でボケるディフに思わず速攻で突っ込んでいた。

「もっしもーし。お前さん、本気で言ってんの?」
「実弾は使っとらんぞ?」

 さらりと言い切ってから、ふと安堵の表情になる。

「だけど……むしろ良かったよ。俺がやったと思われてるなら、矛先があの子らに向かうこともない」

「……ディフ」
「心配すんな! この手の脅しには慣れてる」

 心配そうな顔のレオンに、ディフはにまっと野太い笑みで答えた。

「……お前には指一本触れさせやしないよ、レオン。相手が何者でもな」
「こちらはFBIも協力してくれてるし、大丈夫だろう。それより君が……一人で突っ走るほうが不安なんだが」

 俺はスルーですか、ああそうですか……。

 温かな視線を交わす二人に肩をすくめつつ、火のついてない煙草をがしがし噛んだ。
 まあ、妥当な線だ。裁判中は俺はとことん被害者の立場に徹しているし、記事を書く際にも極力名前は出さずに通したんだからな。

 目と手の狭間、紙と文字、電子のすき間をするりと抜けて。
 それを書いたのが誰か、なんて痕跡は残さずに書いてあることのみ記憶に刻む。署名入りの記事にはこだわらないし、こだわる必要もない。
 それが今の俺の流儀であり信条だった。駆け出しの記者の頃とはもう違う。

 ディフは軽く拳を握って口元に当て、しばらく考え込んでいたが、やがて口をひらいた。

「……わかった。自重する。約束するよ」
「ああ。念のため自宅もガードしてくれるそうだから」
「そうか…なら……安心だな……あの子たちも」

 やっぱり俺はスルーですか。
 ………まあ、そう言うもんだよね、うん。

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