▼ 芸術劇場「赤ずきん」
- 拍手お礼用の短編を再録。ほんのちょっとですが一部加筆してあります。
むかしむかし、ある所にサリーと言う女の子がいました。
サリーちゃんはおかあさんが作ってくれた赤いずきんが大好きで、いつでもどこに行くにもかぶっていたのでみんなから「赤ずきんちゃん」と呼ばれていました。
ある日、おかあさんが赤ずきんちゃんを呼んで言いました。
「赤ずきん。ちょっとお使いたのみたいんだけどいいかな」
「いいですよ? 何をすればいいんですか?」
「うん、コーンブレッド焼いたから、おばあさんの所に届けてほしいんだ。ああ、このワインも一緒にな」
「……えーっと……これ、全部ですか」
「それぐらい余裕だろ? 彼女なら」
「あー……そうですね」
「森を通る時は気をつけるんだぞ?」
「はい、気をつけます」
「悪い奴にだまされんなよ」
「はい、わかりました」
「知らない人にはついてくんじゃないぞ」
「大丈夫ですよー。それじゃ、いってきます」
赤ずきんはにこにこしながら手をふって、おつかいに出かけました。見送るおかあさんはそわそわ、落ち着きません。
「やっぱり心配だな。俺も一緒に行った方が……」
「その必要はないんじゃないかな」
「え? レオン?」
「それより、せっかく夫婦水入らずなんだから……ね?」
おとうさんは素早くおかあさんにキスをして、めろめろになったところを抱き上げてさっさとベッドにさらってゆきました。
※ ※ ※ ※
赤ずきんちゃんはコーンブレッドとワインの入った大きなバスケットを抱えて、とことこ森の小道を歩いて行きます。
枝の間からさしこむおひさまの光はきらきら金の色、風はそよそよやさしくほほをなで、ことりはさえずり、草むらには花が咲いています。
なんて気持ちのいい日なんでしょう。
ふと見ると、木の枝の合間には黒イチゴがつやつや光っていました。
「あ……これおばあちゃん好きなんだよな。ちょっとお土産にもってってあげようかな」
かがみこんで黒イチゴに手をのばしたそのときです。
しげみがガサガサとゆれて、にゅうっと子牛ほどありそうなおおきなおおきな狼が顔をつきだしました。
「わあ、びっくりした」
「やあ、赤ずきん。散歩かい?」
「いえ、お使いです。おばあちゃんの家に、パンとワインを届けに。でも、ちょっと足りないから黒イチゴもつんでこうかなと思って」
狼さんはちらっとバスケットの中をのぞきこみ、パンの大きさを確認してうなずきました。
「うん、足りないね、きっと……よし、私も手伝おう」
「ありがとうございます」
赤ずきんちゃんと狼は並んでぷちぷち黒イチゴをつみました。
「もうちょっとあった方がいいかな」
「そうだね、もうちょっと」
ぷちぷちと夢中になっていると、あ、いけない! ぷちゅっとつぶれた黒イチゴの汁が、赤ずきんちゃんのほっぺに飛びました。
狼はごく自然に顔を近づけて、ぺろりとなめました。
「ついてたよ、汁」
「あ……ありがとうございます」
くすぐったいのと、はずかしいのとで赤ずきんちゃんがほんのりほほを染めたその時です。
黒イチゴのしげみから、ぶーんと……大きなマルハナバチが飛び出して来たではありませんか。黒と黄色のまるっこい体が、赤ずきんちゃんの目の前でホバリング。
赤ずきんはびっくり。なぜなら、虫がだいっきらいだったからです。
「きゃあっ」
思わず悲鳴をあげたその瞬間。
「SFPDだ! 速やかにその子から離れろ!」
昔取った杵柄、両手で拳銃を構えた金髪の猟師が突入
「両手を上げて頭の上に載せろ!」
狼は困った顔で。それでも素直に前足を持ち上げましたがそれが精一杯。
「そのままゆっくりとこっちに歩いてこい!」
四足歩行動物に向かって無茶を言う猟師さんです。しかたがないので、後足だけで歩こうと努力しましたが、やっぱり無理なものは無理。
ぐらっとよろけて、つい、赤ずきんの肩に前足をかけてしまいました。
その途端。
「くぉら、この遊び人! 俺のダチに手ぇ出しやがったらタダじゃおかねえぞ!」
がさっとしげみから猟師2号が飛び出して、どげしりっと狼に蹴りをかましました。
「きゃんっ!」
倒れた所に猟師1号と2号は飛びかかり、あっと言う間に二人がかりで狼をボコボコにしてしまいました。
「きゅいーん、きゅいーん」
わけもわからぬままフルボッコにされ、尻尾を丸めてうずくまる狼の前に赤ずきんちゃんが両手を広げて立ちふさがりました。
「何てことするんだ! 何の罪もない動物に乱暴するなんて」
「え? 何もしてないんですか?」
「一緒に黒イチゴを摘んでただけです!」
「でも、あなたの頬をぺろって……味見して……」
「あれは、汁がついたから! 拭いてくれたんだよ」
「悲鳴も聞こえたし」
「あれは……ハチが飛び出してきたから、びっくりして」
「……そ、そうだったのか……」
猟師1号と2号は気まずくなって顔を見合わせました。
どうしよう。思わず容赦無くフルボッコにしてしまったけど、えん罪だったんだ。
「すぐに手当しなきゃ。テリー、手伝って!」
赤ずきんちゃんは猟師2号と一緒にてきぱきと狼を応急手当しました。
「大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫だよ、ありがとう」
「あー、まだよろよろしてますね。しばらくおばあちゃんの家で休ませましょう」
「わかりました、お手伝いします」
「俺も、手伝う!」
こうして、赤ずきんちゃんと猟師二人は三人がかりで狼を支えて歩き出しました。
一方、森の中の小さな家では。
ちっちゃなおばあさんが、ちっちゃなナイトキャップにちっちゃな寝間着を着て、大きなベッドにちょこんと寝ていました。
「おそいなー、赤ずきん。迷子になってないかなー。途中まで迎えに行こうかなー」
ぴょん、とベッドから飛びおりて、せかせか家の中を歩き回っていると、とん、とん、とノックの音が聞こえます。
「だれだい?」
「わたしよ、赤ずきんよ。おかあさんの焼いたパンと、ワインと黒イチゴをもってきたの」
「おはいり、待っていたよ」
ばたん、とドアが開いて、赤ずきんちゃんと……大きな狼と、猟師が二人ぞろぞろと入ってきました。
「………わあ、ずいぶんいっぱいいるねえ。おともだち?」
「うん、ともだち」
「どーぞ、こちらへ」
「おじゃまします」
おばあさんは狼と猟師と猟師2号をテーブルに案内して、戸棚からおせんべいを出してきました。
「めしあがれ」
「変わったクッキーですね」
「お米が材料なんですよ」
「お茶がはいったよー」
「お、ジャパニーズ・グリーンティーだ」
「ヨーコ!」
「なに?」
「そんな格好でうろうろするとは何事だ。せめてガウンを羽織りたまえ!」
「はいはい……まったく真面目だなあ、カルは……」
もそもそとガウンを羽織ると、おばあさんはぽん、と手を叩きました。
「あ、そうだ、みかんもあるよー」
「Mikan?」
「はい、どうぞ」
「変わったオレンジですね。皮がうすい……」
「カナダではクリスマスオレンジとも言うそうですよ。十一月から一月にかけてが食べごろだからかな」
「日本でも冬の風物詩よね」
赤ずきんちゃんとおばあさんは、みかんを一個ずつ手にとると、打ち合せでもしたようにまったく同じタイミングでぱかっと二つに割りました。
それからちまちまと皮をむいて、ひとふさ口に運んでもこもこと。こくん、と飲み込んで、また次のひとふさをむしって、もこもこと。
「食べ方、同じなんだ……やっぱ、同じ群れで育ったからか?」
「なんだか……」
「うん……そうですね……」
みかんを食べる二人を見ながら、猟師と猟師2号と狼は同じことを考えていました。
まるで小動物みたいだな、と。
※ ※ ※ ※
一方、その頃、おとうさんとおかあさんは。
「……レオン、そ、そろそろ赤ずきんを迎えに」
「まだいいだろう? もう少しだけ」
「あっ、よせ、こらっ」
まだいちゃらぶしていたのでした。
めでたし、めでたし。
(芸術劇場「赤ずきん」/了)
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