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ローゼンベルク家の食卓

【ex3】有能執事奮闘す

2008/05/19 2:28 番外十海
12000ヒット御礼企画。
主演は有能執事アレックス。
時期的には【3-2】チンジャオロースーの頃のお話です。

 私の名はアレックス・J・オーウェン。
 父祖の地ヨーロッパに居る頃より代々、ローゼンベルク家に付き従ってきた一族の末裔である。
 現在はローゼンベルク家のご嫡男にして唯一の直系跡継ぎ、レオンハルトさまのもとで秘書として働いている。
 レオンさまが法律事務所を設立し、本家には戻らないと決心なさった段階で執事としての職は辞したものの、心の中では今も変わらぬ気持ちでお仕えしている。

 十月の終わりにレオンさまが身よりのない子どもを二人引き取り、私めがお世話を言いつかった。
 しばらくの間はマクラウドさまとともに衣食住のお世話をしてきたのだが……食事はほとんどマクラウドさまの担当だった。
 あの方の作る料理のほうがレオンさまは喜ばれるのだ。昔から。

 ところが十一月に入り、マクラウドさまが入院してしまわれた。
 全治四週間。何でも倒壊した倉庫の下敷きになったとの事だが、その割に入院期間が短いように思えるのは気のせいだろうか……。
 何ぶん丈夫な方だから、そう言うこともあるのだろう。
 ともあれ、オティアさまとシエンさま、二人のお子の世話は今や私一人の肩にかかっている。

 心をこめて、お食事を用意せねば。
 そう、かつてレオンさまのお世話をした時のように!


 ※ ※ ※ ※


 しかしながら、結果は芳しくなかった。
 お二人の健やかな成長のため、選びぬかれた素材を使い、持てる技術の全てを尽くして作った料理は、どうにも……その……あまり、好評ではない。
 ウサギ肉のマスタードソース、フォアグラのソテー、ほたて貝柱とかぶのクリームソース、子羊の香草焼き、鴨のオレンジソース煮、オマール海老のスープ、チキンのオーブン焼きハチミツ風味……etc

 いずれもレオンさまは普通に召し上がってくださったものばかり。あまり、美味しそうではなかったが、それでもとにかく残さず食べてくださった。
 子ども向けに少し甘めの味付けを心がけているのだが、オティアさまはいつも無反応だし、シエンさまは喜んでくださるが、やはり……微妙だ。
 もっとカジュアルなものをお出ししたほうがよいのだろうか?

 思い悩みつつ法律事務所での業務を勤めていると、デイビットさまが声をかけてきた。

「やあ、アレックス。調子はどうだい?」
「……おかげさまで」
「そうか! 君の仕事ぶりはいつもパーフェクトだからな!」
「おそれいります」
「時に君、今、レオンのとこの双子の世話をしてるそうじゃないか」
「はい」
「赤毛さんは入院中だし、何かと苦労するだろう! 良かったらこれを使ってくれたまえ」
 
 何やら平べったい紙袋を渡された。たたんだ布のような手触りだ。

「これは……?」
「エプロンだよ。男の一人暮らしではなかなかこう言うものは買わないだろうからね! 大丈夫、サイズはぴったりのはずだ」
「それはそれは……ありがとうございます」

 きちっと胸に手を当てて一礼し、感謝の意を表した。


 ※ ※ ※ ※

 
 いつものようにWHOLE FOODS(オーガニック食材専門のスーパー)で買い物を済ませてマンションに戻る。
 キッチンに入り、買って来た食材の詰まった袋をカウンターに乗せた。
 デイビットさまにいただいた袋を開けると、中から白い布がさらりとこぼれ出た。

 あのお方にしては地味な選択だ。
 広げてみる。

「これは……」

 裾と肩ひもに、幅広のフリルがたっぷりとあしらわれている。これは、執事と言うよりむしろメイドにふさわしい服装ではないか?
 奥方のイザベラさまのご趣味だろうか。
 しかし、せっかく頂いたものだからありがたく使わせていただくことにする。
 確かにサイズはピッタリだった。

「あ、アレックス、お帰り」
「これはシエンさま、オティアさま」

 お二人がこちらを見ておられた。そろって目を丸くして、何やら困惑しておいでのようだ。

「すぐに夕食の仕度にとりかかりますので今しばらくお待ちください……どうかなされましたか?」
「……」
「あ……うん、それ……」

 どうやら困惑の原因はこのエプロンらしい。

「デイビットさまからいただきまして」
「そ、そう」

 あいまいな笑みを浮かべるシエンさまの隣で、オティアさまがぼそりと呟く。

「……悪趣味」
「……ユニークなお方ですから」


 ※ ※ ※ ※



 お二人が部屋に戻られてから、昨日書店で購入してきた本を広げる。アメリカの家庭料理のレシピブックを参考にカジュアルな料理に挑戦することにしたのである。

 しかし……読み返すたびに軽い目眩を覚える。

 適量?
 だいたい?
 およそ?
 何なのだこのあいまいなレシピは!

alex2.JPG ※月梨さん画「苦悩の有能執事」

 いや、悩んでばかりいては始まらない。とにかく作ってみようではないか。
 本日の献立はマカロニ&チーズと温野菜のサラダ、オニオンスープ。

 オーブンを余熱してからマカロニを茹でて。
 みじん切りにしたタマネギとチェダーチーズ、スライスチーズとトマトスープを茹でたてのマカロニと混ぜろとあるが、ここで一つ問題がある。

『缶詰のトマトスープを1カップ半』

 缶詰のトマトスープ。
 そう、既にでき上がっていて缶を開けて温めるだけの、缶詰のトマトスープだ!
 しかも銘柄まで指定してある……とまどいながらも買ってきたが、果たして本当にこれを使ってもよいのだろうか?

 思案の末、不本意ながらレシピに従うことにする。
 塩、コショウを加えて味を見てみるが、やはり……不満が残る。次に作る時は自前でスープを用意しよう。
 バターを塗った焼き皿に入れて、その上からバターと砕いたクラッカー……またこのようなものを!……を散らし、オーブンに入れる。

 焼き時間は30分、『クラッカーがキツネ色になるまで』。
 なるほど、このために必要だったらしい。

 オニオンスープのレシピはさらに簡素かつあいまいなものだった。

 タマネギ、適量。
 一口大にスライス。
 塩胡椒少々(まただ!)
 乾燥パセリ少々(これは許容範囲ではあるが)

 そして……『固形スープを1個か2個』

 このようなものなど使うのは……いや、しかしレシピに書いてあるのだ。初めての料理を作る際にはレシピに忠実に従うべきだろう。アレンジを加えるのは、その後だ。

 さらに温野菜のサラダにおいて家庭料理の混沌は頂点に達した。

『適度な大きさに切った野菜を茹でる』

 ………………………………………………………………おお、神よ。
 思わず額に手を当て、目を閉じる。

 世のご婦人たちはいったい、どのようにこのレシピを参考にして料理を作っておられるのだろう。
 今度、マクラウドさまにお聞きしてみよう。


 ※ ※ ※ ※


 悩みつつ作ったその日の夕食は、とても喜んでいただけた。
 オティアさまは明らかに今までより早いペースで黙々と口に運び、シエンさまはぱあっと顔を輝かせて……ほほ笑まれた。

「これ美味しい………アレックスってすごいね!」
「おそれいります」

 これで、よいのだろう。
 いささか不本意ではあるが、お二人が喜んで食べてくださることが一番なのだから。



 ※ ※ ※ ※



 そんな調子でカジュアルな家庭料理をお作りして一週間ほど経つうちに、料理をしている間、シエンさまがキッチンに顔を出すようになった。
 どうやら、興味がおありらしい。

「ご自分でもやってみますか?」
「……うん。やる」

 試しにサラダ用の野菜の下ごしらえをお任せしてみた。
 怪我などなさらぬよう、慎重に見守っていると思ったより器用に包丁をお使いになる。

「以前、料理の作り方を教わったことがおありですか?」
「うん。中華だけど」
「さようでございますか。それでは、明日はメインの料理をお任せしてもよろしいでしょうか」
「………なんでもいい?」
「ええ、何なりと、お好きなものを。必要なものをお教えいただければ私が用意いたします」

「えーっと……それじゃあね」

 リクエストされたのは、タマネギ、たけのこの水煮の缶詰、タマネギ、ピーマン、シシトウ、ニンジン、鷹の爪、豚肉など。
 たけのこの缶詰は中華街まで足を運んで調達した。

「何をお作りになるのですか?」
「酢豚!」

 火傷しないように見守っていると、なかなかに本格的な作り方ではないか。しかも慣れていらっしゃる。
 ざっと豚肉を揚げる手つきなど、実にあざやかだが……中華鍋を片手であおるのだけは苦戦しておられたのでお手伝いした。
 無理もない。
 この家の台所の調理器具はマクラウドさまが持ち込んだものがほとんどで、シエンさまには重すぎるのだ。

「できた。アレックス、味見してくれる?」

 できあがった酢豚は、ぴりっと辛味が効いていてたいへん美味な仕上がりだった。
 以前、中華料理店で食べたことのあるものはもっと甘辛かったような気がしないでもないが。
 これはこれで、美味。

「たいへん美味しゅうございます」
「よかった……」

 ああ、とてもいいお顔をしていらっしゃる。やはりこの方は料理がお好きなのだ。
 翌日はチンジャオロースーをお作りになられたが、昨日同様に鍋をあおるのは難しそうだったのでお手伝いした。
 もう少し軽い器具をそろえて、楽に調理できるようにしてさしあげた方がよいのではないか。

 そんな事を考えていた矢先、夕食の席に顔を出したメイリールさまが紙に包んだなにやら丸いものを、とん、っと食卓に乗せた。

「シエン」
「何?」
「これ、使え」
「えっ」
「重たいだろ、ここの鍋」
「………うん」
「あと、これな、キッチンタイマー。パスタ茹でるのに。ここをキリっと回して時間に合わせるんだ」
「……………ありがと」

 小振りの片手用鍋と、小さな黄色いヒマワリの形のキッチンタイマーを手にして、シエンさまはそれは喜んでいらっしゃる。

 これは中々に新鮮な体験だ。レオンさまは料理にはまったく関心を示さなかったし、する必要もなかったのだから。

 それにしても珍しいことがあるものだ。
 メイリールさまが台所のことに気を使うとは……。

 いや、それ以前に。
 あのお方、ピーマンは苦手だったはずではないか?
 いつ趣旨替えなさったのだろう。


 ※ ※ ※ ※


 夕食後、片付けの終わったダイニングテーブルの天板に軽く触れる。
 北欧から取り寄せた、ウォールナットの無垢材で作った一点もののオーダーメイド。

「こんなでっかい食卓で……一人で飯食うのか?」

 思ってもいなかった。よもやこの食卓に子どもの加わる日が来ようとは………。
 オティアさまとシエンさま、お二人がこの家に来てからの日々は実に新鮮で。驚きと、喜びと、新たな経験をもたらしてくれる。

 それに今はもう、レオンさまは一人ではない。


(有能執事奮闘す/了)


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