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ローゼンベルク家の食卓

【side3】チョコレート・サンデー

2008/05/03 22:11 番外十海

【attenntion!】タイトルに『★★★』の入っている作品には男性同士のベッドシーンが含まれています。十八歳未満の方、および男性同士の恋愛描写がNGの方は閲覧をお控えください。

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【side3-1】今夜の飯はいらない

2008/05/03 22:16 番外十海
 ポケットから携帯を出して、アドレス帳からDの項目を選ぶ。
 選択肢は三つ。事務所か、自宅か、携帯か。

 事務所にかければオティアが取るかもしれない。
 あ、いや、ちょっと待て……発信者名を見てそのまま無視するって可能性もあるな。ってかその方が高い。
 所長がいる時は言葉少なに呼ぶだろう。あるいは、オティアより先にディフが自分からとるかもしれない。
 どのみち、かなりさみしい結果になるのは目に見えてるし。好き好んでそんな思いをすることもなかろう。

 だから携帯の番号を選び、発信した。
 かけてから『あ、もしかしたら取り込み中で出られないかも』と気づいた。

 1回、2回、3回。

 やっぱメールにするか。かえってその方が気が楽だ。
 皮肉なもので、そう思った瞬間にディフが電話に出ちまった。

「どうした?」
「ああ、いや、大した用事じゃないんだけどさ……今、外か?」
「ああ」
「話して大丈夫かな」
「だから出た」

 そうだよな。
 腹をくくって用件を切り出す。

「今夜は取材だから、俺、夕飯いらない」
「わかった」
「それだけだ。じゃあ、な」
「おう、気をつけてな」

 電話を切った瞬間、ふう、とため息がもれた。嘘をついてるわけじゃない。だが真実のみを話した訳でもない。
 約束の時間まではまだ少し間がある。何か腹に入れてくか……。

 さて何を食おうか。
 歩きながら考える。今夜の仕事は場合によっちゃ帰りにアルコールの入る可能性がある。車で行く訳にはいかない。

 サンドイッチか、バーガー、ブリトー、ドーナッツ。どうせ一人で飯食うんだとにかく手っ取り早く食えるものがいい。
 ふらふら歩いていると、青い看板を見つけた。Nestleのアイスクリームスタンドだ。
 十二月にしちゃ、そこそこあったかい日だった。

 たまにはいいか。

「コーンで、ダブル……チョコミントとロッキーロード」
「トッピングは?」
「そうだな、チョコレートソース」
「ホイップは?」

 そーいやここのスタンドはオプションの数が豊富だった。うかつにうなずいていると、コーンアイスを食おうとしたはずがほとんどチョコレートサンデーに、なんて状態になりかねない。

「………無しで」
「サンバは?」

 サンバってのはニワトリの卵より二回りほど小さな菓子だ。マシュマロを卵の殻みたいに薄いチョコレートで包んであって、そのまま食っても美味い。

「お願いしよっかな」
「一つ? 二つ?」
「……一つで」

 そう、こいつも油断してるとデフォルトで二つついてくるんだっけ。
 店員は慣れた手つきでカシャっとサンバを半分つぶすようにしてアイスに乗っけた。

「ほい、おまちどう」
「サンクス」

 はたと気がつくと、マシュマロとナッツの入ったチョコレートアイスの上にさらにチョコシロップがかかって。さらにその上に半壊したチョコレートでコーティングしたマシュマロが乗っかってると言う、けっこうヘヴィな状態ができあがっていた。
 セーブしたつもりだったんだが……腹減ってる時にこの手の食い物をオーダーしちゃいかんよなあ。

 社会に出て自分で稼ぐようになってるから余計に危険だよ。
 心置きなく金を使えるようになった(ある程度は)から、その気になりゃいくらでもオプションを追加できるからな。
 いや、いっそチョコレートサンデーにした方が早かったかもしれない。

 手元から濃厚なチョコレートの甘い香りがたちのぼる。
 道を歩きながらアイスに口をつけた。
 舌の上にアイスの冷たさと、少しぬるめのチョコレートシロップがとろけて広がる。
 さすがにチョコレートばかり三倍がけはちと甘かったかな……。

『そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前』

 頭の中でディフが言う。あきれたような口調で。さっき電話で聞いたのより高くて、にごりのない少年の声で。

 言われるたびに答えたもんだ。

『うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね』


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【side3-2】★チョコレート・サンデーでもどう?

2008/05/03 22:22 番外十海
 高校のころ、よく近所のソーダファウンテン(ソーダとデザートと軽食が中心の食堂)にディフと二人でアイスを食いに行ったもんだ。
 ほんとはサンデーにしたかったけど、そこは懐具合と要相談。普段はせいぜい、チョコレートアイスにチョコシロップとチョコチップをオプションでかけるぐらいが関の山だった。

「そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前」
「うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね」

 そう言うディフもずーっとバニラアイスをコーンで食ってばっかりいたから人のことは言えないと思う。
 思えばあの頃から奴のアイスの食い方はどこかしらエロかったんだが当時は俺もそのことには気づかなかった。

 理由は簡単。まだ知らなかったんだ。自分がゲイだって。

 自分で言うのも何だが、高校時代の俺はそこそこ女の子に好かれた。それも上級生に。
 来るものを拒む理由なんざある訳もなく、にっこり笑ってよろしくWelcome。
 そのうちディフもホッケークラブに入って放課後忙しくなって、自然とソーダファウンテンに出かける時は上級生のお姉様とご一緒にってことが多くなり、チョコレートサンデーをおごってもらう機会も増えていった。

 そんな毎日の中にもぽこっと空白の日はある。

 その日、たまたま俺は一人でソーダファウンテンに行った。ディフはホッケーの練習で、お付き合いしている女の子も予定が合わなかったのだな。

 アイスクリームのケースの前で財布の中身と相談しつつ何を食おうか悩んでいると、不意になめらかな声で話しかけられた。

「君、うちの学校の子だよね。一年生?」

 何気ない一言なのに、まるで音楽でも聞いてるような心地よい声で、店のざわめきの中をくぐり抜け、すうっと耳に届き心に響いた。
 つられて声のする方に顔を向けると、さらさらした赤みがかった金髪にサファイアの瞳、白い陶磁器みたいな肌のたおやかな美人がほほ笑んでいた。

 ……男だったけど。

 年は一つか二つ上、ってことは上級生だな、たぶん。

「そーですけど」
「やっぱりね。見覚えあると思ったんだ。今一人?」
「ええ、まあ」

 それがアッシュ・ボーモントとの出会いだった。
 もっとも後になって聞いたんだが向こうはそれより前から俺のことをご存知だったらしい。

「一緒にチョコレートサンデーでもどう?」
「いや、俺、今金なくて」
「おごるよ」

 タダほど怖い物はない、と言いたい所だが好物の前には警戒心がゆるむ。
 世の中には男に惚れる男もいると、知識として知ってはいたが実感はなかった。まあ人目もあるし、店の中なら妙な事にゃーなるまいと、ありがたくごちそうになることにした。

 で、同じテーブルで向かい合って、学校の話なんかしながら二人してチョコレートサンデー食って。
 けっこう共通の知り合いなんかもいることがわかったりしてそこそこ楽しいひとときを過ごし、さてそろそろおいとましようかと思ったら……。
 

「……チョコ、ついてる」

 鮮やかな青い瞳でまじまじとのぞきこまれ、白いほっそりした指でつうっと頬をなでられた。

(やばっ!)

 その瞬間、背筋がぞわっとなった。嫌悪と言うより、むしろ気持ち良くて。
 アッシュはぺろっと指先をなめて、ほほ笑みかけてきた。

「それじゃまた学校で、ね。ヒウェル」


 ※ ※ ※ ※


 その言葉通り、その後もたびたびアッシュとは出くわすようになった。時には学食で。あるいは学校の廊下、図書館、各種店舗で。
 いつの間にやらストロベリー・ブロンドの髪も、青い瞳もすっかり見なれて生活の一部になった頃、次のステップが訪れた。

「週末、僕の家に遊びに来ないか?」
「先輩の家に?」
「うん。君の他にもクラスの友だちが何人かくるけど」
「……いいっすよ」

 当時は俺も素直な子だった。
 別段疑いもせずに約束の時間に遊びに行くと、先方の両親は外出中。来るはずだった他の友だちも

「ああ、急に都合が悪くなったらしくって」で、結局二人っきり。

 何っかこれって女の子を誘う時の手口に似てないか? なんて思ってると……。
 アッシュは冷蔵庫を開けて何やらカチャカチャとやり出して。やがて濃密なチョコレートの香りが漂い始めた。

choco2.jpg

 ガラスの器にアイスクリームが三種類山盛り。チョコミントとチョコレート、チップドチョコとチョコづくし。
 さらにその上にとろ〜りと大量にチョコシロップをかけて、ぱらりとアーモンドクランチを散らす。
 スプレー式のホイップクリームをぷしゅーっと乗せて、しあげに瓶詰めのチェリーを一粒。

「召し上がれ」
「いただきまーす」

 ソファに座ってお手製のチョコレートサンデーを食ってる俺を、彼はにこにこしながら見守っていた。

(やっぱこれ女の子誘う時の手口じゃねーか? もしかして俺、誘われてる?)

「ごちそうさまでした」

 さすがに若干の懸念を抱きつつもしっかり食べ終わった所で、肩を抱かれた。

「チョコ……ついてる」

 何となく予想していた展開だった。しかし、直に顔を寄せてぺろりと舐められるのはさすがに想定外。

「あ……」
「可愛いよ、ヒウェル」

 うろたえた所を押し倒され、そのままキスされた。彼がさっきまで飲んでいたジンジャーエールの味がした。

(ま、いっか。美人だし。この際だから男も一度試してみよう)


 で、試してみたら案外いけちゃったんだな、これが。


 こうしてアッシュとの『おつきあい』が始まってからひと月ほどたった頃。
 ディフからデートに誘われた。
 と言っても1on1じゃない。気になる女の子がいるけれどいきなり二人っきりってのは照れくさい。だから2対2でWデートしたいんだ、ともちかけられたのだ。

「あー、せっかくだけど俺、今つきあってる人いるから」
「そうか。それじゃ、彼女連れてこいよ」
「いや、彼女じゃなくって……彼なんだよね」
「彼?」
「うん。三年の男子。俺、ゲイなんだ」

 あーららら目、丸くして硬直しちゃってるよ、この赤毛さんは。まあしかたないよな、テキサス生まれだし。この手の話にゃ馴染みも薄かろう。

「別に珍しいことじゃないさ。サンフランシスコではな」
「そ、そうか」

 薄すぎてあっさり素直に信じちゃったらしい。

「…………………む」

 かと思ったら拳を握って、口んとこに当てて何やら考え込んでやがる。

「何だよ、深刻な顔して」
「なあ、正直に教えてくれ。俺ってゲイ好きのするタイプか?」

 ちょっとだけ迷う。
 まあ、アレだな、確かにこいつはふつーにストレートに女の子が好きな奴だ。
 でも、なあ。
 今ならわかる。お前のアイスの食い方、それヤバいよ。
 舌伸ばしてぺろぺろ舐めて、口のまわりに白いのぺたぺたつけちゃって。さすがに気づいたかな、と思ったら手の甲でぐいっと拭って、親指舐めてるし。
 ストレートの男女ならどーってことない。食べ方が下手だな、子どもだなあ、と思うだけだろうが、ゲイの目から見ると激しく『そそる』。
 またこいつが目ぇ細めてうっとり幸せそうな表情するから……。
 単にアイスが好きなだけなんだってわかっちゃいるが、ついろくでもない方向に想像力が突っ走る。アイス以外の物を舐めてる姿を想像しちまう。
 わざとやっても。狙ってもこうは行くまい。
 下手に意識しちゃったら、かえって危険だよな、こーゆータイプは。だからとりあえずさらりと否定してみる。

「全然」
「そうか……」
「まちがってもお前は男ゴコロをそそるタイプじゃないから」
「そうか」

 ほっとしているらしい。何があったんだ、ディフ。

「相手の女の子、脈有りなんだろ? そーゆー時は1on1でデートしたいって言え、チャンスだから!」
「でも俺、女の子連れてけるようなとこ知らないし」
「そらしょうがないわな、テキサスから出てきたばっかなんだし? 素直に言っちゃえ。『俺、どこいったらいいかわかんないから教えて』って」
「む……」

 あ、また考え込んでるし。女の子に頼るってことにまだ抵抗があるようだ。意地っ張りだねえ。
 まあこの体格で腕っ節も強いんだから(しかも当人に自覚があるだけに)無理もない。どれ、ここは一つコツを教えてやるとするか。

「なあ、ディフ。相手が男でも女でも、王女様みたいに扱ってみろ」
「王女様?」
「そう。敬って、大切にして、しんどい時は遠慮なく寄りかかって、わからない時は素直に教えを乞うんだ。でもいざとなったら守る。全力でな」
「……わかった、やってみる」

 この時『恋愛で』と限定しなかったのは生涯最大の失敗……だったような気がしないでもないが。

(まさかレオン相手に応用してたとは! 素直すぎにも程がある)

 その後、ディフはそこそこ女の子にモテるようになったんだから効果はあったと思うべきだろう。
 ただ、男相手に妙な吸引力を発揮するようになったのは計算外だった。

 アッシュとの付き合いは彼が卒業するまで続いた。

 その後は俺も何となく決まった相手と付き合う気になれなくて。
 2年に進級してからは特定の恋人を作らず、もっぱら偶然の出会いを楽しみ、適当に遊ぶことにした。
 男でも女でもアッシュほどの美人にはおいそれとお目にかかれなかったし。レオンハルト・ローゼンベルクに手を出すほど俺は命知らずではなく……ディフとの友情も失いたくなかったのだ。

 ある時、たまたま声をかけてきた上級生(男)を何気なくリードをとって逆に押し倒してみた。
 キス一つで自分の腕の中で相手が熱く濡れ溶けて行く手応えをはっきり感じた。わずかに唇を離した時、うるんだ瞳で相手が可愛く喘いだ瞬間……自分の中で何かが目覚めた。

 その夜、家に帰ってから里親に告げた。

「ママ。俺、どうやら男の方が好きみたいなんだ」

 サンフランシスコと言う土地柄か。あるいは持って生まれた大らかな性格故か。お袋は逃げも叫びもせずにさっくりうなずいた。

「ああ、やっぱりね。なんとなくそんな気はしていたのよ。HIVの検査だけは受けときなさいね」
「うん」


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【side3-3】ここまでは仕事

2008/05/03 22:25 番外十海
 カストロ通りがゲイ・コミュニティの本拠地なのは事実だが、何もシスコのゲイが全てその場所にだけ存在する訳じゃない。
 レインボーフラッグこそ背負っちゃいないが空気のようにさりげなく、そこら中に居ると言っても過言ではないだろう。

 同好の士が顔を合わせて。普通に飲んで、肩のこらない話をして、意気投合したらベッドの中へご一緒するも自由。飲むだけでさよならももちろん有り。
 そんな大人の出会いの場所になる店も、ごく普通に存在する。しかしながら一定のルールは確かに存在し、店の中でコトに及べば手が後ろに回る。あくまでここは飲んで話すだけ、それ以上は店を出てからどうぞ……と、言う訳だ。

 その日俺が取材でやってきた店もそんな場所の一つだった。

 通りに面したブロンズ色の階段を降りてゆくと、ステンドグラスをはめ込んだ分厚い木の扉に突き当たる。
 半分地下に埋もれた店内はそれほど広くはない。濃いめの茶色を基調にした市松模様の床と家具類は人の目と体を柔らかく受けとめて、いい具合にくつろがせてくれる。

「よう、ヒウェル」
「ども、おひさしぶりです」 

 約束の時間より少し早めに顔を出すと、バーテン兼店主がひょいと片手を上げて迎えてくれた。
 大学時代、俺は勉学の傍らこの店でバイトして、学費の一部を稼いでいたのである。賄いが食えるから食費も浮いたし、カクテルや酒のつまみの作り方も覚えた。
 なかなか実入りのよいバイトであった……あらゆる意味で。

「早かったな。まだ店開けてないぞ」
「問題ないですよ、話聞きたいのはあなたで客じゃないし。手伝いましょうか?」

 腕まくりしてカウンターの内側に入る。

「ついでにインタビュー始めてもいいすかね」
「かまわないよ。むしろ、それが目当てなんだろ?」
「まぁね」

 ボイスレコーダーを取り出し、カウンターに置く。
 インタビューと言っても肩ひじ張った話をするわけじゃなく。グラスを磨いたり。テーブルを拭いたり。準備をしながら、世間話をするみたいにして言葉を交わす。
 実際、録音したことの6割近くは他愛のないおしゃべりだ。
 しかし、その中にたまにこちらの仕込んでおいた質問なんかよりよほど気の利いた事が出てきたりするから面白い。

「相変わらず手際がいいな。転職するならいつでも面倒みるぜ?」
「ありがとーございます」

 一通り話を聞いて、開店準備もあらかた終わった所で店主がぽそりと聞いてきた。

「ところでこの録音……聞くのはお前さんだけ、か?」
「ええ。アポとるのも、インタビューするのも、テープ起こしするのも書くのも写真撮るのも俺一人、オールセルフです」
「それじゃあ、何言ってもかまわないよな」
「……ええ、まあ、どうぞ?」

 こほん、と軽く咳払いすると店主はちらりとこちらを見上げて。かすかに白い歯を見せて、笑った。

「そーいやお前さん、バイトの後でよく客を口説いていたよな」
「…………バレてました?」
「まあな。あの頃はお前さん目当ての客もそこそこ増えていたし。お前も仕事中に口説くことだけはしなかったもんな」

 そう、俺が口説くのはあくまで勤務時間外。店の中ではあくまで客と店員、ルールは守った。それ故に大目に見てくれていたらしい。
 言うなればここは、バイト先であると同時にかつての俺の狩り場でもあった。

(だから何となく後ろめたかったのだ)
(あわよくば仕事帰りに……なんてことも考えてなかったとは言い切れない)


「ところでこれ、何の取材だったっけ」
「新聞の日曜版」
「いいのかね? うちみたいな『独特』な店」
「いいんじゃないすか? ゲイの集まる店をってことで俺にお鉢が回ってきたんだし。それにゲイだって日曜版は読みますよ」
「ま、そりゃそうだ」


 ※ ※ ※ ※



 やがて店が始まり、ちらりほらりと客が訪れてきた。
 手持ちのカメラで仕事中の店主の写真を撮る。

 この角度か……いや、こっちからのも捨てがたいな。
 ああ、もうちょっと濃い目の酒持ってる絵が欲しい。一枚撮って、これだと思って見ているうちにまた欲が出る。夢中になってシャッターを切っていると、不意に話しかけられた。

 音楽的な響きのなめらかな声で。店の喧噪をすうっとくぐり抜け、記憶の底にすとんと届いた。

「もしかして、ヒウェル?」

 顔を上げると、仕立ての良い明るいベージュのスーツを着たすらりとした男が立っていた。赤みがかった金髪、わすれな草の花にも似た鮮やかな青い瞳。

「……アッシュ?」
「やっぱりヒウェルだ。久しぶりだね。もしかして仕事中?」
「あ、いや。もう終わります」

 相変わらず美人だな。ってか、ますます磨きがかかってる。着ているものの趣味もいい。あの頃の毛並みの良さそのままに、少年から一人前の男になったって感じだ。

 いいね。
 すごく、いい。

 ぱちぱちとまばたきすると、アッシュはちょこんと首をかしげた。

「そっか……それじゃあ、一緒にチョコレートサンデーでもどう?」
「すっごく魅惑的なお申し出ですけど先輩、ここ、飲み屋ですよ?」
「うん、だから、僕の家で」

 ああ、なるほど。そう言う意味か。彼も今はフリーってことらしい。きっと冷蔵庫にはチョコシロップと瓶詰めチェリーとアイスが常備してあるのだろう。基本的な手口は変わってないんだな、この王子様は。

 カメラをしまって立ち上がる。邪気のない笑顔を浮かべて。

「いいですね! ごちそうになっちゃおっかなー」

 店主が目を丸くしてこっちを見てる。彼にだけ見えるよう体をひねり、眼鏡の位置を直すフリをしながら口元に指を当てて笑みかけた。
 軽く肩をすくめられる。

 ここまでは仕事。でも、これからは……。

「それじゃ、出ようか」
「はい、先輩」

 にこにこしながらアッシュと連れ立ち、店を出た。


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【side3-4】★★★絹のネクタイ(1)

2008/05/03 22:28 番外十海
 店を出て歩き出す。
 メインストリートから角ひとつ曲がり、細い道に入ったところで腕をからめ、半ばすがりつくようにして体を預けた。
 かすかに笑う気配がした。

「どうしたんだい、ヒウェル」
「待てない」

 目を細めてのびあがり、耳元に囁く。甘えた子犬が鼻を鳴らすような声で。ここ数年ほどのあいだとんと出番がなかったが、まだ錆び付いてはいなかったようだ。それとも、彼が相手だからだろうか?

「ホテル……行きましょう、先輩」
「わかったよ。行こう」

 思った通りだ。この人の目に写る俺は、未だに可愛い下級生のままなんだ。
 腕をからめたまま歩き出す。

(そう、家じゃ困るんですよ、先輩。思いっきり声も出せませんから、ね)

 あえて行き先はアッシュに任せてみた。彼がどんなホテルを選ぶのか少々興味があったし、この時点ではまだ思わせておく必要がある。
 リードをとっているのは、あくまで彼自身だと。

 誘(いざな)われたのは、俺が今まで足を踏み入れたことのないような趣味のいい……しかしながら、格式の高さにビビらずにすむ程度にカジュアルなホテルだった。適度に表通りから引っ込んだ場所にあって、出入りに気を使わずに済む。
 アッシュは慣れた感じでさくさくフロントで鍵を受け取り、俺を先導してエレベーターに乗った。
 なるほど、常連さんって訳ですか。
 服装や態度からして、大企業の若き重役候補ってやつかな。確かこの人の父親はシリコンバレーのでかい会社の重役だったはずだ。

 部屋に入った所でわざと体をすり寄せ、甘えた声で呼びかける。

「先輩……」
「どうしたんだい。積極的だね」

 優しくほほ笑んでる。
 ああ、今すぐにでもその金色の髪に指をからめたい。抱き寄せて体中なで回してやりたい。が、我慢だ。
 もう少しの辛抱だ。

「俺だってもう大人ですよ」
「そうだね。何だか新鮮だよ。ネクタイしめてる君って」
「それは……先輩もですよ」

 手を伸ばして、そっとタイに触れた。すべすべしてるな。おそらく絹だ。指をからめて、しごくようにして撫で下ろしつつ小さく出した舌で唇の周りを舐め回した。

「よく似合ってる」

 ぐい、と引き寄せられ、キスされた。
 この人には珍しく強引な動きだが、誘いをかけた自覚はある。目を閉じてうっすらと唇を開くと待ちかねたように舌が差し入れられた。
 力を抜き、委ねた。
 見てみたいな。いったい今どんな表情(かお)してるのだろう。口の中で彼の舌が踊り、柔らかな先端でくすぐられる。
 まるでダンスでもしているみたいに軽く、穏やかな動き……記憶の中にあるのと同じ、優しいキスだ。
 やっぱりあなたって人は、どこまでも王子様なんだなあ、アッシュ。

「ん……」

 わずかに唇が離される。ゆっくり目を開いた。

「相変わらずキスうまいっすね、先輩。くらくらした」

 白い頬にうっすら紅がさしている。青い瞳はつやつやと濡れて輝き、わずかに息が荒い。頬に手をのばし、軽くなでると優しくほほ笑まれた。

「でもね……今の俺は、それだけじゃ足りないんだ」
「っ、ヒウェル?」

 ぐいと肩をつかんでベッドに押し倒す。はっと息を飲む気配がして、サファイアの瞳が見開かれる。驚いてるな? いい顔だ。
 目を開けたままのしかかり、唇を奪った。

「ん……うっ」

 深く重ねて今度は俺から舌をねじ込み、むさぼるようにして舐め回す。逃げようとする相手の舌を押さえ込み、根本から先端まで執拗に舐め上げた。くり返し何度も。赤みがかった金髪に指をからめてなで回すと、絡めた舌がびくびく震えてかすかな震動が伝わって来た。

「う……ううっ、うっ」

 顔、しかめてる。さすがに苦しいかな。少し顔を浮かせて重なりを浅くして、その代わりに重ね合わせた舌を互いの口に出入りさせてみる。
 わざと派手な水音を立て、唇の表面をこするようにして。
 押しのけようとした手の動きが止まり、背中に回されて……すがりついて来た。余韻を楽しみつつ唇を離す。どちらのものとも知れぬだ液があふれて、端正な白い顔を汚していた。

「く……うん……はぁ……あ……」

 顔はもとより首筋、耳、まで赤くしながら喘いでいる。きっちりとスーツに包まれた体もさぞいい色に染まってるだろう。
 想像もできなかったな。この人が俺の腕の中でこんな表情(かお)を見せてくれるなんて。

「確かに思い出は美しい。だけど後ろばっか見てちゃだめですよ、アッシュ」

 上着の中に手を差し入れて、シャツの上からなで回しながら脱がせてゆき、肩から滑り落した。
 襟元からタイをほどいて抜き取る。

「じっくり味わってください、今の俺を」

 体の前で白い手首を合わせて。やさしく腕を上にさしあげ、きっちりと縛った。ほどいたばかりの絹のネクタイで。

「あ……何……を……っ」
「恐がらないで。あなたを傷つけるような事はしません」

 無防備にさらされた喉をくすぐり、うなじに舌をはわせた。

「一緒に気持ち良くなりましょう。ね、先輩?」
「よ……せ……ヒウェルっ」
「いいんですか? ここで止めても?」

 くりっと膝で足の間を刺激すると、くぐもった悲鳴があがった。思った通りだ。もうしっかり熱くなってる。悔しげに唇を噛むと、アッシュはにらみつけてきた。
 ああ、まったく何ていい顔してるんだろう。背筋がぞくぞくする。

「思い出に浸るのは今夜だけにしましょう。帰ったらお互いに全て忘れるってことで。OK?」
「わかったよ……好きにすればいい」

 ぷい、と顔を背けられた。

「可愛いですよ、アッシュ。待っててください。すぐ、脱がせてあげますから」

 それが必ずしも真実ではないってことは俺自身が一番よく知っている。ズボンのベルトを外し、金具を外してジッパーを引き下ろす。
 慌ただしくシャツの裾を引き抜き、ボタンを外してゆく。前をすっかり開けてしまうと、肌着をたくしあげた。


「ああ、残念。きっちりアンダーシャツ着てるんだ……ちょっと期待してたんですけどね。シャツの下ヌードじゃないかなって」
「何を、馬鹿な事をっ」

 陶磁器のようになめらかな白い胸を露出させ、まずは存分に目で楽しませてもらった。

「明るい所であなたの体をしみじみ見るのって、初めてですよね。俺とする時はいつも部屋を暗くしていたから。もったいないことしましたよね……こんなにきれいなものを隠していたなんて」
「きれいだなんて……言うな……」
「だって本当のことですから?」

 だいぶ息が乱れてきたな。鎖骨に合わせて舌を這わせてみる。

「このラインなんか、最高」

 びくっと震えてすくみあがった。いい反応だ。意識の隅でちらりと思う。もしかしてこの人、ずーっとタチばっかりやってたんだろうか?
 こんな風に弄られることに、あんまり慣れてないような気がする。

「乳首、こんなにいい色してたんですね、先輩。ピンク色で、すごく美味しそうだ」
「ばかっ、何……言ってるっ」

 囁きながら顔を寄せてゆき、ふっと息を吹きかける。

「あうっ」
「ほんと、美味しそうだ。もう我慢できない」

 たっぷりだ液を含ませた舌で舐め上げると、のけぞった喉から高い悲鳴がほとばしる。口に含んで軽く歯で挟み、舌でつつきまわした。
 逃げないよう、しっかりと押さえ込んで。

「あ………あぁっ、だ、め、だ、ヒウェルっ」
「ん……何がダメ、なんですか? ああ、そうか」

 にやりと笑ってもう片方に手を伸ばした。

「こっちがお留守でしたね。すみません、気がつかなくて」
「ち……が……あぁっ」

 片方は口で。もう片方は指で。交互に入れ替えつつ、たっぷりと愛でてさしあげた。
 男でも胸は感じるのだ。
 ただ弄り方にコツがあるだけで。
 最初から無闇に強くこね回せばいいってもんじゃない。まずは羽毛でくすぐるような微弱な刺激を与え続ける。ゆるゆると弄られる間に皮膚が温められて、慣らされて、そのうちもっと強い刺激を欲しがるようになる。そこまで追いつめて、さらにもう少し焦らしてから初めて強烈な一撃を与える。

 何もこれは乳首に限ったことじゃない。
 かつては何度も触れあった体だが、その時はいつも俺が触れられるばかりだった。今は違う。

 胸、わき腹、肋の間。
 じわじわと唇と指を滑らせ、まだ衣服を取り去っていない場所をまさぐる。指先に熱い、ぬるりとした堅いものが触れた。

「は…あ……あぁっ、や、めっ」


 腕の下で背中をのけぞらせて身悶えしている。
 ん……いいね。実に正直だ。いっそこのままイかせてしまおうか。
 下着の中で果てさせて、このきれいな体を汚してみたい……つかの間、そんな誘惑に駆られるが、かろうじて思いとどまる。
 ゆっくりと。
 余計な刺激を与えないようにゆっくりと。
 ズボンのジッパーをさげて、脱がせて行く。腰、太もも、膝、足首となでおろしながら丁寧に。靴も、靴下も片方ずつ抜き取り、仕上げに指先にキスをした。

「ひ、あ、あぁんっ」
「おや。もしかしてここにキスされるの初めてですか?」

 うるんだ瞳できっとにらまれる。

「当たり前だっ、そんな、変態じみたことっ」
「わあ、怖い顔」

 じゅくっと吸い付き、舐め回す。左の小指から順番に一本ずつしゃぶってゆくと、右の人さし指に到達する頃には悪態が愛らしい喘ぎに変わり……左の小指を口から引き抜いた時には、腰を覆う紺色のボクサーパンツの中では何かがすっかり堅くなり、布地を持ち上げていた。
 かなり窮屈そうだ。
 試みに布地の上から手のひらをあててくりくりとなで回すと、陸にあげた魚みたいにびくびくと震え、身をよじった。
 目の縁にうっすら涙がにじんでいる。ちょっと刺激が強すぎたかな。

「腰、浮かせて」

 囁くと、素直に従ってきた。

「ありがと、先輩」

 素早く下着をずり降ろし、足首から抜き取る。解放されたペニスがぷるんと震えて顔を出した。

「わお。すっかり準備OKって感じですね。それとも、縛られて感じてました?」
「ばかっ」
「あ、傷つくなあ、その言い方……」

 太ももの間に手を入れて、内股をくすぐりながら押し広げる。さほど力はいらなかった。

「は……ああ……や……め…」

 のしかかり、顔を寄せる。
 ああ……やめろと言ってるくせに、期待してるじゃないか。
 顔を背けてはいるけれど、体を見ればわかる。次に何をされるのか。これからどうされるのか。気になって仕方がないのだろう。

「……不公平だ」

 ぽつりと言われた。

「え?」
「君も……脱げよ。僕だけだなんて不公平だ」
「なるほど。一理ありますね」

 さくさくと上着を脱ぎ、タイを緩めた。シャツのボタンを上三つほど開け、ベルトを外して……全部脱いだ。
 ただし、下だけ。
 そう、全部だ。ズボンも下着も、靴も靴下も、全て。上は着たまま、当然眼鏡も外さない。

「……脱ぎましたよ。これで公平ですよね?」
「っ、君って奴はっ」

 抗議の声を無視して一旦背中を向けて、備え付けの冷蔵庫を開けてみる。

「ああ、いいものがあった」

 取り出したボトルを手にゆらりと体を起こし、アッシュの目の前でわざと音を立ててキャップを開けた。

「何を……」
「先輩、お好きでしたよね。ジンジャーエール」

 程よく冷えた泡立つ金色の液体を、白い体に注ぐ。

「ひ……あ……よせ……」
「ありゃ? お気に召しませんでした? しょうがないな。すぐお拭きしましょう」

 顔を寄せ、舌を伸ばして舐める。鎖骨、胸、腹、肋、へその窪みも忘れず、下腹部に至るまで丁寧に。炭酸の弾ける微弱な刺激がけっこう効いたらしい。さっきとは微妙に異なる悲鳴が上がった。
 暴れ方もけっこう派手で、しっかり押さえなくちゃいけなかった。
 そのくせ張りつめたペニスは一向に萎える気配もなく、それどころか先端からとろとろと透明な雫すら垂らしている。

 要するに、気に入ったってことらしい。
 だったらもっと味わわせてさしあげようじゃないか。

 くいっとジンジャーエールを一口含み、そのまましゃぶった。
 すべすべした足の間で堅くなって震える、彼の一番敏感な部分。生まれて初めて俺に、男と寝る快楽を教えてくれた物を、両手で支えて。

「あ……や、何……を……ひ、う、あ、あぁっ」

 根本に指を絡めて軽くしごき、先端を舌先でなで回して尿道に差し込む。
 くぐもった水音を立てながら唇で軽く挟み、そのままゆるゆると抜き差ししていると、次第にアッシュの声が切羽詰まって行った。

「も……だめ……だ………出る……ヒウェル……お願い……だ……もう……許して……くれっ」

 ごくり、と口に含んだジンジャーエールを飲み下す。

「だめです。俺の中でイってください」

 舌なめずりしてペニスを奥まで飲み込み、吸い上げながら先端までしごき上げる。

「あ……あぁーっっ」

 無防備な絶叫とともにどくどくと、熱いものが口の中に吐き出された。わざと喉を鳴らして飲み込む。舌先を差し入れて丹念に舐めとると果てたばかりのペニスが口の中でぴくりと震え、余波を吐き出した。

「ん……先輩のって……こう言う味だったんですねぇ……すっかり忘れてた」
「は……あ……あぁ……」
「時にこっちの方は、使ってるのかな」


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【side3-5】★★★絹のネクタイ(2)

2008/05/03 22:29 番外十海
 足を押し広げて後ろの口を露出させてみる。

「やあっ」

 ん、いいね……濃いピンクになって、震えてるじゃないか。金魚の口みたいに、内側から押し広げられて、ぷっと開いてはまた閉じる。試しに指を這わせてみた。

「あ………やめろってばっ」

 微妙に、堅い。経験がないって訳じゃなさそうだが、最近はあまりお使いになっていないらしい。

「ああ、これは、じっくり解してあげなきゃいけませんね……」
「やめてくれ……ヒウェル」
「恐がらないで、アッシュ」

 顎に手をあて、のぞきこむ。怯え切った青い瞳を。

「初めての夜、あなたはあんなに優しくしてくれたじゃないですか。あなたを裏切るようなマネはしませんよ。だから力抜いて。ね?」
「…………」

 すっかり潤んだ目が見上げてきて、それから、こくん、とうなずいた。

「……いい子だ」

 髪の毛を撫でてから額にキスをして、再び足の間に屈み込む。
 指か。舌か……やっぱ舌だな、うん。

「や……あぁっ、よせっ、そこは………あぁんっ」

 上にキスしたときより、反応が良かった。結構ネコの素質あるんじゃないか、この人?
 舌先で襞をかきわけながら吸ってみる。
 縛られた体で身悶えし、閉じた両目から涙をぼろぼろこぼした。指で広げて舌をさしこむと、ぎゅうっと締めつけられた。

「先輩。そんなに締め付けないで……舌がイっちまいます」
「しょうがないだろ……君が……あ……弄るから……」
「あなたが敏感すぎるんだ」

 びくっとすくみあがったところに指を入れて、そっと動かした。

「あ………ああ……う……くぅ………」
「そう……そうだ、それでいい……」

 次第にぽってりと充血し、指に吸い付いて来る内壁の感触を確かめながら動きを強めて行く。そろそろ二本目を入れようかと思った時。

「ヒ……ウェル………」
「ん。どうしました、アッシュ。きついですか?」
「ち……がう……」

 弱々しく首を横に振る。

「も……がまんできない…………」
「いけませんよ。じっくり解さないとつらいって、あなたが教えてくれたんですよ?」
「いい………から……」
「でも、ねえ」
「早くっ、も、耐えられないんだっ! 欲しいんだっ」

 にいっと口の端がつり上がる。

「何が欲しいんですか、アッシュ?」
「っ」

 真っ赤になって口をつぐんでしまった。いいね、ここで素直に折れられてもつまらない。耳もとに口をよせ、息を吹きかける。

「ひっ」
「言ってください。でなきゃ、わからない」
「あ……あ……」

 左右に視線が泳ぐ。縛られた両手が、何かにすがりつくように空を握る。

「教えてください。ね、先輩」

 くっと唇を噛んだ。おそらく最後のためらいだ。もうすぐ、だ。
 もうじき、花びらみたいな唇がほどけてこぼれ落ちる。
 淫らなお願いが。

「入れてくれ……君……の……」
「俺の?」

 青い瞳が俺の足の間に向けられる。
 
「君の、ペニス……」
「よくできました」

 にっこりほほ笑むと脱ぎ捨てた上着のポケットをまさぐり、財布を取り出す。コンドームを一枚引き出すと、パッケージを口にくわえてピリっと開けた。
 すがりつくように見上げてくる彼の目の前で、必要以上に慎重に。

「着けとかないとね……後が大変でしょう?」

 ぬるりとしたピンク色の薄い膜を、ゆっくりと、すでに臨戦態勢になっている自分の逸物に被せてゆく。

「あ……は……やく……」
「ん……そうしたいのはヤマヤマなんですがね」

 半端にはだけたシャツを軽くつまむ。
 もちろん、俺のじゃない。

「いい生地使ってるなあ。俺の着てる安物とはえらい違いだ。やっぱりこれ、汚すとまずいですよねぇ」

 素早く手首をほどき、シャツを引き抜く。布がこすれるだけでもつらいのだろう。白い喉が震える。
 着ているものを全て取り去ってから、改めて今度は後ろ手に縛り上げた。

「く……こう言うのが、趣味なのか、君はっ」
「ええ。大好きなんです」

 にっこりとほほ笑み、膝の上に乗せるようにして抱き寄せた。
 ただし、後ろから。

「あ……」
「俺、変態ですから」

 尻の双丘に手を当てて押し広げ、露出させたアヌスにペニスの先端をあてがう。

「ん……いい感じに蕩けてますね」
「く……う………い……いい加減にしろっ」

 強気な言葉、しかしほとんど鳴き声だ。たまらないね。

「さっさと、やればいいだろうっ」
「OK、アッシュ。あなたのお望みのままに」

 腰に手を当てて引き寄せて、ぐいっと後ろから貫いた。

「ひぃっ、あ、あ、ああ………」

 膝の上で震えている。やっぱきつかったんだろうなあ。無理しちゃって……。
 根本まで入れてからしばらく抱きすくめ、首筋に、頬に柔らかなキスを落す。震えが収まるまで、じっと。

「……けよ」
「はい?」
「動けよっ」
「わかりましたよ。でもね、その前に」
「なん……だ……」
「前、見て」
「前って……あっ」

 よく見えるように脚を広げてあげた。
 部屋にそなえつけの鏡に映る彼の姿を。後ろから抱きすくめられるようにしてベッドの上に座り込み、俺に貫かれた有り様を。

「あ……や……だ……こんな…………」
「目、閉じないで。せっかくこんなきれいな体してるのだもの。見なきゃもったいないじゃないですか。ねえ、アッシュ?」
「ばかっ、変態っ」

 その通り。さっきも言った。
 しかし体は正直だ。脚の間でペニスは高々と首をもたげ、後ろはぐいぐいと俺を締めつける。

「そんな口叩けるのなら大丈夫ですね。お望み通り動いて差し上げますよ」

 ぐいと腰を押さえ込み、ベッドのスプリングを活かして突き上げる。
 
「あ、あ、ああっ、や、ひ、う、んんっ」

 もはや意地を張るのはあきらめたのだろうか。無防備な悲鳴があがり、白い体が踊る。鏡に写る自分の姿から目をそらさずに。
 素直な人だ。ここはやっぱり、それなりにごほうびをあげるべきだろうな。
 手を回してペニスをこすってやった。

「ひぃっ、ん、ああっ、いいっ、気持ち……いいっ、あ、あ、ヒウェル、ヒウェルぅっ」
「いいですよ……ほら、もっと腰を振って。気持ちのいいとこ、教えてください。好きなだけ、突いてあげますから」

 言われるままに彼は腰をくねらせた。

「ん、あ、そこ、いいっ、もっと突いてっ」
「ここ……ですね」

 いい、と言われた場所を狙って勢い良く突き上げる。

「あ、あ、やあっ、あ、や、んんっ、いいっ、気持ち……い……あ、あ、あ、ひ、や、あぁんっ、もっと……く…、あ、ああ」


 ああ、なんかすっげえ可愛い声で鳴いてるよ。
 思えばこの人は俺と寝る時、一度だってここまで乱れてはくれなかったなあ……。

「も、出る、出るうっ」

 ぐいっと奥まで貫きながら、彼のペニスを根本から先端までしごきあげる。

「ひゃあ、あ、あ、あぁんっ」

 喉をのけぞらせて震えると、白い粘つく熱い液体がほとばしり……彼の顔にまで雫が飛んだ。
 強烈に締めつけられて思わずこっちもイきそうになる、が、寸でのところで堪えた。

「気持ち……よかったですか……先輩」

 視線を宙に彷徨わせたまま、アッシュはとろんとした目で鏡越しに俺の目を見つめて、こくんとうなずいた。

「それじゃあ、次は、俺の番だ」
「えっ」

 汗ばむ白い背中に手をあてて、うつ伏せに押し倒す。
 たった今、彼の精液が飛び散ったシーツの上に。

「ひっ」

 そのまま背後から伸しかかり、獣の姿勢で突いた。今度はさっきより自由に動ける。
 達したばかりで鋭敏になった体を容赦無く抉り、突き上げる。

「ぃ、う、ぐ、あ、や、も、やめ、あ、あ、あぁっ」
「可愛い……な……アッシュ……ほんとに……う……ん……」

 ぐいと奥まで突き入れて、ずっとこらえていた欲情を一気に解き放った。

「く……うぅっ」

 体の奥がら溢れ出す熱をどくどくと、薄いゴムの膜越しに注ぎ込んだ。全部出たかな、と思ったところを不意に締めつけられて、またとくんと出る。


「う……あぁ……」

 最後の一滴まで吐き出してから、ずるりと引き抜いた。コンドームを抜き取り、きゅっと縛った。
 かなり……多い。
 ここんとこずっとご無沙汰だったからなあ。
 支えを失い、ぐったりとベッドの上に突っ伏したアッシュの手をほどいて一言囁く。

「……素敵でしたよ、アッシュ。可愛い人だ」


 ふと思いついて、彼の上着のポケットをまさぐる。
 あった。
 携帯を開いて、かしゃりと一枚。快楽の余韻に酔うあられもない艶姿を写し、ついでに待ち受け画面に設定しておいた。
 次にこいつを開くのはいつだろう。
 どんな顔をするのだろう。

 だいぶ温くなったジンジャーエールのボトルをとり、残りを一気に喉に流し込む。
 さて、帰る前に念入りにシャワー浴びなくちゃな。

「あ……ヒウェ……ル……」

 ベッドの上にうつぶせになったまま、何やらまた色っぽい表情であえいでる。まだ体が疼いているらしい。
 そっと髪を撫で、そのまま首筋から肩、背中、腰へと撫で下ろす。

「ん、あんっ」

 くるりとひっくり返して仰向けにすると、よろよろと腕を伸ばして、すがりついてきた。
 のしかかり、唇を重ねる。

 思い出に浸るのは今夜だけ。帰ったら全て忘れよう。
 でも、その前に……もう一度。



(チョコレートサンデー/了)


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