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ローゼンベルク家の食卓

【side3-2】★チョコレート・サンデーでもどう?

2008/05/03 22:22 番外十海
 高校のころ、よく近所のソーダファウンテン(ソーダとデザートと軽食が中心の食堂)にディフと二人でアイスを食いに行ったもんだ。
 ほんとはサンデーにしたかったけど、そこは懐具合と要相談。普段はせいぜい、チョコレートアイスにチョコシロップとチョコチップをオプションでかけるぐらいが関の山だった。

「そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前」
「うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね」

 そう言うディフもずーっとバニラアイスをコーンで食ってばっかりいたから人のことは言えないと思う。
 思えばあの頃から奴のアイスの食い方はどこかしらエロかったんだが当時は俺もそのことには気づかなかった。

 理由は簡単。まだ知らなかったんだ。自分がゲイだって。

 自分で言うのも何だが、高校時代の俺はそこそこ女の子に好かれた。それも上級生に。
 来るものを拒む理由なんざある訳もなく、にっこり笑ってよろしくWelcome。
 そのうちディフもホッケークラブに入って放課後忙しくなって、自然とソーダファウンテンに出かける時は上級生のお姉様とご一緒にってことが多くなり、チョコレートサンデーをおごってもらう機会も増えていった。

 そんな毎日の中にもぽこっと空白の日はある。

 その日、たまたま俺は一人でソーダファウンテンに行った。ディフはホッケーの練習で、お付き合いしている女の子も予定が合わなかったのだな。

 アイスクリームのケースの前で財布の中身と相談しつつ何を食おうか悩んでいると、不意になめらかな声で話しかけられた。

「君、うちの学校の子だよね。一年生?」

 何気ない一言なのに、まるで音楽でも聞いてるような心地よい声で、店のざわめきの中をくぐり抜け、すうっと耳に届き心に響いた。
 つられて声のする方に顔を向けると、さらさらした赤みがかった金髪にサファイアの瞳、白い陶磁器みたいな肌のたおやかな美人がほほ笑んでいた。

 ……男だったけど。

 年は一つか二つ上、ってことは上級生だな、たぶん。

「そーですけど」
「やっぱりね。見覚えあると思ったんだ。今一人?」
「ええ、まあ」

 それがアッシュ・ボーモントとの出会いだった。
 もっとも後になって聞いたんだが向こうはそれより前から俺のことをご存知だったらしい。

「一緒にチョコレートサンデーでもどう?」
「いや、俺、今金なくて」
「おごるよ」

 タダほど怖い物はない、と言いたい所だが好物の前には警戒心がゆるむ。
 世の中には男に惚れる男もいると、知識として知ってはいたが実感はなかった。まあ人目もあるし、店の中なら妙な事にゃーなるまいと、ありがたくごちそうになることにした。

 で、同じテーブルで向かい合って、学校の話なんかしながら二人してチョコレートサンデー食って。
 けっこう共通の知り合いなんかもいることがわかったりしてそこそこ楽しいひとときを過ごし、さてそろそろおいとましようかと思ったら……。
 

「……チョコ、ついてる」

 鮮やかな青い瞳でまじまじとのぞきこまれ、白いほっそりした指でつうっと頬をなでられた。

(やばっ!)

 その瞬間、背筋がぞわっとなった。嫌悪と言うより、むしろ気持ち良くて。
 アッシュはぺろっと指先をなめて、ほほ笑みかけてきた。

「それじゃまた学校で、ね。ヒウェル」


 ※ ※ ※ ※


 その言葉通り、その後もたびたびアッシュとは出くわすようになった。時には学食で。あるいは学校の廊下、図書館、各種店舗で。
 いつの間にやらストロベリー・ブロンドの髪も、青い瞳もすっかり見なれて生活の一部になった頃、次のステップが訪れた。

「週末、僕の家に遊びに来ないか?」
「先輩の家に?」
「うん。君の他にもクラスの友だちが何人かくるけど」
「……いいっすよ」

 当時は俺も素直な子だった。
 別段疑いもせずに約束の時間に遊びに行くと、先方の両親は外出中。来るはずだった他の友だちも

「ああ、急に都合が悪くなったらしくって」で、結局二人っきり。

 何っかこれって女の子を誘う時の手口に似てないか? なんて思ってると……。
 アッシュは冷蔵庫を開けて何やらカチャカチャとやり出して。やがて濃密なチョコレートの香りが漂い始めた。

choco2.jpg

 ガラスの器にアイスクリームが三種類山盛り。チョコミントとチョコレート、チップドチョコとチョコづくし。
 さらにその上にとろ〜りと大量にチョコシロップをかけて、ぱらりとアーモンドクランチを散らす。
 スプレー式のホイップクリームをぷしゅーっと乗せて、しあげに瓶詰めのチェリーを一粒。

「召し上がれ」
「いただきまーす」

 ソファに座ってお手製のチョコレートサンデーを食ってる俺を、彼はにこにこしながら見守っていた。

(やっぱこれ女の子誘う時の手口じゃねーか? もしかして俺、誘われてる?)

「ごちそうさまでした」

 さすがに若干の懸念を抱きつつもしっかり食べ終わった所で、肩を抱かれた。

「チョコ……ついてる」

 何となく予想していた展開だった。しかし、直に顔を寄せてぺろりと舐められるのはさすがに想定外。

「あ……」
「可愛いよ、ヒウェル」

 うろたえた所を押し倒され、そのままキスされた。彼がさっきまで飲んでいたジンジャーエールの味がした。

(ま、いっか。美人だし。この際だから男も一度試してみよう)


 で、試してみたら案外いけちゃったんだな、これが。


 こうしてアッシュとの『おつきあい』が始まってからひと月ほどたった頃。
 ディフからデートに誘われた。
 と言っても1on1じゃない。気になる女の子がいるけれどいきなり二人っきりってのは照れくさい。だから2対2でWデートしたいんだ、ともちかけられたのだ。

「あー、せっかくだけど俺、今つきあってる人いるから」
「そうか。それじゃ、彼女連れてこいよ」
「いや、彼女じゃなくって……彼なんだよね」
「彼?」
「うん。三年の男子。俺、ゲイなんだ」

 あーららら目、丸くして硬直しちゃってるよ、この赤毛さんは。まあしかたないよな、テキサス生まれだし。この手の話にゃ馴染みも薄かろう。

「別に珍しいことじゃないさ。サンフランシスコではな」
「そ、そうか」

 薄すぎてあっさり素直に信じちゃったらしい。

「…………………む」

 かと思ったら拳を握って、口んとこに当てて何やら考え込んでやがる。

「何だよ、深刻な顔して」
「なあ、正直に教えてくれ。俺ってゲイ好きのするタイプか?」

 ちょっとだけ迷う。
 まあ、アレだな、確かにこいつはふつーにストレートに女の子が好きな奴だ。
 でも、なあ。
 今ならわかる。お前のアイスの食い方、それヤバいよ。
 舌伸ばしてぺろぺろ舐めて、口のまわりに白いのぺたぺたつけちゃって。さすがに気づいたかな、と思ったら手の甲でぐいっと拭って、親指舐めてるし。
 ストレートの男女ならどーってことない。食べ方が下手だな、子どもだなあ、と思うだけだろうが、ゲイの目から見ると激しく『そそる』。
 またこいつが目ぇ細めてうっとり幸せそうな表情するから……。
 単にアイスが好きなだけなんだってわかっちゃいるが、ついろくでもない方向に想像力が突っ走る。アイス以外の物を舐めてる姿を想像しちまう。
 わざとやっても。狙ってもこうは行くまい。
 下手に意識しちゃったら、かえって危険だよな、こーゆータイプは。だからとりあえずさらりと否定してみる。

「全然」
「そうか……」
「まちがってもお前は男ゴコロをそそるタイプじゃないから」
「そうか」

 ほっとしているらしい。何があったんだ、ディフ。

「相手の女の子、脈有りなんだろ? そーゆー時は1on1でデートしたいって言え、チャンスだから!」
「でも俺、女の子連れてけるようなとこ知らないし」
「そらしょうがないわな、テキサスから出てきたばっかなんだし? 素直に言っちゃえ。『俺、どこいったらいいかわかんないから教えて』って」
「む……」

 あ、また考え込んでるし。女の子に頼るってことにまだ抵抗があるようだ。意地っ張りだねえ。
 まあこの体格で腕っ節も強いんだから(しかも当人に自覚があるだけに)無理もない。どれ、ここは一つコツを教えてやるとするか。

「なあ、ディフ。相手が男でも女でも、王女様みたいに扱ってみろ」
「王女様?」
「そう。敬って、大切にして、しんどい時は遠慮なく寄りかかって、わからない時は素直に教えを乞うんだ。でもいざとなったら守る。全力でな」
「……わかった、やってみる」

 この時『恋愛で』と限定しなかったのは生涯最大の失敗……だったような気がしないでもないが。

(まさかレオン相手に応用してたとは! 素直すぎにも程がある)

 その後、ディフはそこそこ女の子にモテるようになったんだから効果はあったと思うべきだろう。
 ただ、男相手に妙な吸引力を発揮するようになったのは計算外だった。

 アッシュとの付き合いは彼が卒業するまで続いた。

 その後は俺も何となく決まった相手と付き合う気になれなくて。
 2年に進級してからは特定の恋人を作らず、もっぱら偶然の出会いを楽しみ、適当に遊ぶことにした。
 男でも女でもアッシュほどの美人にはおいそれとお目にかかれなかったし。レオンハルト・ローゼンベルクに手を出すほど俺は命知らずではなく……ディフとの友情も失いたくなかったのだ。

 ある時、たまたま声をかけてきた上級生(男)を何気なくリードをとって逆に押し倒してみた。
 キス一つで自分の腕の中で相手が熱く濡れ溶けて行く手応えをはっきり感じた。わずかに唇を離した時、うるんだ瞳で相手が可愛く喘いだ瞬間……自分の中で何かが目覚めた。

 その夜、家に帰ってから里親に告げた。

「ママ。俺、どうやら男の方が好きみたいなんだ」

 サンフランシスコと言う土地柄か。あるいは持って生まれた大らかな性格故か。お袋は逃げも叫びもせずにさっくりうなずいた。

「ああ、やっぱりね。なんとなくそんな気はしていたのよ。HIVの検査だけは受けときなさいね」
「うん」


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