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ローゼンベルク家の食卓

【side3-1】今夜の飯はいらない

2008/05/03 22:16 番外十海
 ポケットから携帯を出して、アドレス帳からDの項目を選ぶ。
 選択肢は三つ。事務所か、自宅か、携帯か。

 事務所にかければオティアが取るかもしれない。
 あ、いや、ちょっと待て……発信者名を見てそのまま無視するって可能性もあるな。ってかその方が高い。
 所長がいる時は言葉少なに呼ぶだろう。あるいは、オティアより先にディフが自分からとるかもしれない。
 どのみち、かなりさみしい結果になるのは目に見えてるし。好き好んでそんな思いをすることもなかろう。

 だから携帯の番号を選び、発信した。
 かけてから『あ、もしかしたら取り込み中で出られないかも』と気づいた。

 1回、2回、3回。

 やっぱメールにするか。かえってその方が気が楽だ。
 皮肉なもので、そう思った瞬間にディフが電話に出ちまった。

「どうした?」
「ああ、いや、大した用事じゃないんだけどさ……今、外か?」
「ああ」
「話して大丈夫かな」
「だから出た」

 そうだよな。
 腹をくくって用件を切り出す。

「今夜は取材だから、俺、夕飯いらない」
「わかった」
「それだけだ。じゃあ、な」
「おう、気をつけてな」

 電話を切った瞬間、ふう、とため息がもれた。嘘をついてるわけじゃない。だが真実のみを話した訳でもない。
 約束の時間まではまだ少し間がある。何か腹に入れてくか……。

 さて何を食おうか。
 歩きながら考える。今夜の仕事は場合によっちゃ帰りにアルコールの入る可能性がある。車で行く訳にはいかない。

 サンドイッチか、バーガー、ブリトー、ドーナッツ。どうせ一人で飯食うんだとにかく手っ取り早く食えるものがいい。
 ふらふら歩いていると、青い看板を見つけた。Nestleのアイスクリームスタンドだ。
 十二月にしちゃ、そこそこあったかい日だった。

 たまにはいいか。

「コーンで、ダブル……チョコミントとロッキーロード」
「トッピングは?」
「そうだな、チョコレートソース」
「ホイップは?」

 そーいやここのスタンドはオプションの数が豊富だった。うかつにうなずいていると、コーンアイスを食おうとしたはずがほとんどチョコレートサンデーに、なんて状態になりかねない。

「………無しで」
「サンバは?」

 サンバってのはニワトリの卵より二回りほど小さな菓子だ。マシュマロを卵の殻みたいに薄いチョコレートで包んであって、そのまま食っても美味い。

「お願いしよっかな」
「一つ? 二つ?」
「……一つで」

 そう、こいつも油断してるとデフォルトで二つついてくるんだっけ。
 店員は慣れた手つきでカシャっとサンバを半分つぶすようにしてアイスに乗っけた。

「ほい、おまちどう」
「サンクス」

 はたと気がつくと、マシュマロとナッツの入ったチョコレートアイスの上にさらにチョコシロップがかかって。さらにその上に半壊したチョコレートでコーティングしたマシュマロが乗っかってると言う、けっこうヘヴィな状態ができあがっていた。
 セーブしたつもりだったんだが……腹減ってる時にこの手の食い物をオーダーしちゃいかんよなあ。

 社会に出て自分で稼ぐようになってるから余計に危険だよ。
 心置きなく金を使えるようになった(ある程度は)から、その気になりゃいくらでもオプションを追加できるからな。
 いや、いっそチョコレートサンデーにした方が早かったかもしれない。

 手元から濃厚なチョコレートの甘い香りがたちのぼる。
 道を歩きながらアイスに口をつけた。
 舌の上にアイスの冷たさと、少しぬるめのチョコレートシロップがとろけて広がる。
 さすがにチョコレートばかり三倍がけはちと甘かったかな……。

『そんなにチョコばっか食って飽きないのか、お前』

 頭の中でディフが言う。あきれたような口調で。さっき電話で聞いたのより高くて、にごりのない少年の声で。

 言われるたびに答えたもんだ。

『うん。好きなもんはいくら食っても飽きないね』


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