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ローゼンベルク家の食卓

【side4】犬のお医者さん

2008/06/04 20:08 番外十海
拍手用お礼短編の再録。
【3-10】赤いグリフォン【後編】【3-11】ジャパニーズ・スタイルの前後のお話。
本編ではご無沙汰のエリック、こんな事してました。

 犬は好きだ。
 猫も好き。実家で飼ってるしね。

 しかし、さすがにリードをつけてるとは言え、シェパード犬二頭つれてサンフランシスコ市内を歩くって言うのは……
 ちょっと目立つな。
 道行く人がみんな振り返ってる。

 一頭は茶色い顔に黒い背中のスムース(と、言ってもこの犬種特有の毛の分厚さはあるけれど)
 もう一頭は黒のロングコート。
 毛並みはちがうけれど骨格はそっくりだ。さすがに同じ遺伝子使ってるだけあるな。

「あー、わんわんー」
「わんわんだねー。かわいいねー」

 学校帰りの親子連れが手をふり、声をかけてくる。
 デューイはむすっとした顔をして黙っているけれど、ヒューイはそっちを向いてぱったぱったとぶっとい尻尾を振って答えた。
 そうすると、子どもはますます喜んで、ぶんぶん手をふる。

 可愛いなあ。
 ほほ笑みかえし、親御さんと軽く挨拶を交わした。

「お散歩ですか?」
「ええ、まあ」
「たいへんですね」
「ありがとうございます」

 別に散歩してる訳じゃない。同僚の付き添いで病院に向かっている所なんだ。
 茶色い方のデューイは爆弾探知犬。黒い方のヒューイは警察犬。
 K9課でもない、爆発物処理班でもない、鑑識のオレがこいつらのリードを握っているのにはちょっとした理由がある。


 ※ ※ ※ ※


 Q:同僚が困っています。助けますか?
 Yes/No

「頼む、エリック。娘を学校に迎えに行かなきゃならないんだ!」
「彼女とのデートに遅れそうなんだ!」

「こいつらの面倒見てくれ!」

 この場合、Noと答える選択肢はない。こっちは独身だし、恋人もいないし。

「いいっすよ………」
「ありがとう! じゃ、これ診察カードな、ヒューイの分」
「こっちはデューイの分だ。場所はここ!」

 きちんと動物病院までの道順に赤いラインを引いた地図まで用意してあった。あれ、随分手際がいいなあ、なんて思った時は二頭のリードがしっかりオレの手の中に押しつけられていて……。

「それじゃ、行こうか」
「わうっ」
「うふっ」

 そんなわけで、ヒューイとデューイを予防注射に連れてくことになっちゃったんだ。
 しっかり領収書をもらうように念を押されて。


 ※ ※ ※ ※


「はーいヒューイもデューイもいい子だからねー。優しい先生が待ってるよー」

 受け付けをすませて診察室に入る。
 診察室の入り口で二頭はちょっとの間立ち止まったけれど、すぐに尻尾を振ってとことこと中に入ってくれた。
 白衣を着て眼鏡をかけた東洋系の先生が待っていた。
 背は低め、骨格も華奢で穏やかな顔立ち。黒髪のベリーショート、くりっとした濃いめの茶色の瞳が可愛らしい。
 ヒューイとデューイの頭を撫でて話しかけた。

「ラッキーだねー、女医さんだ、ほら!」
「え」
「……違うんですか?」
「よく間違えられます……」
「あ……そりゃ……申し訳ないことを……」

 首をかしげて足元を見下ろす。ヒューイもデューイもきちんと後足をたたんで座り、先生を見上げて尻尾を振っている。
 ぶっとい尻尾がぱたぱたと床を叩いている。二頭ともえらくご機嫌だ……デューイはほとんど顔に出ないけど。

「こいつら女医さんだとすごいご機嫌なもんだから、つい」
「へっへっへっっへっへっへっへ」
「わふ」

 女医さんじゃないとすると……。

「えーっと、もしかしてお手伝いの助手さん、ですか? 先生は?」
「確かに手伝いで来てますけど」

 微妙な表情で口ごもってる。あれ、オレ、またやっちゃったのかな。

「もしかして……ドクター?」

『先生』は前回分のカルテを確認し、注射を2本用意すると診察台の高さを調節した。とても手際がいい。

「一匹づつ乗せてくださいね」
「わかりました……ヒューイ、アップ!」
「わう」

 黒い体がバネのようにしなり、軽々と台に飛び乗る。

「ダウン(伏せて)」

 ぺたん、と伏せた所で先生は首筋の皮をちょっとつまんで消毒すると、ぷちっと注射を打った。


「はい、おしまい」
「う?」
「え、もう? 早いなー! すごいや、先生」

 押さえる前にもう終わっちゃってたよ。普通こう言うのって飼い主が保定するんだよね? 噛まないように、主に頭をがっちりと。
 実家の猫の時なんかすごかった……たとえるなら、そう、修羅場。
 歯ぁ剥いて暴れて、姉とオレと父とで三人掛かりで押さえ込まなくちゃいけなかった。先生も助手さんもとてもじゃないが触れたもんじゃなかったんだ。
 いいなあ、犬は、楽で。

「ヒューイ、降りて……よし、いい子。次、デューイ!」

 ……耳を伏せて明後日の方を見てる。こいつ、わかっててしらばっくれてるな?

 先生は慌てずにっこりして呼びかけた。

「おいで、デューイ」

 ちらっとデューイは肩越しに振り返り、首をかしげて見ている。先生はにこにことほほ笑んで、とん、と診察台の上を軽く叩いた。
 その瞬間。
 デューイがぴょん、と診察台の上に飛び乗り、何も言われないうちに自分から伏せの体勢をとっちゃったじゃないか!

「すごい! どんな魔法使ったんですか?」
「いいえ、全然?」

 言ってる間に、また首筋の皮をちょっとつまんで消毒して、ぷちっと打って……。
 デューイがのそっと床に降りた。自主的に。

「え……もう終わったんですか?」
「はい」
「すごいなー。オレ、正規のハンドラーじゃないからどうしてもこいつに舐められちゃって」
「でも頭のいい子達ですよね。訓練されてる」
「ヒューイは警察犬、デューイは爆弾探知犬なんです。サンフランシスコ市警の」
「ああ、それで……じゃあ警察の方なんですね」
「はい。鑑識課です」

 先生はちょこんと首をかしげてる。
 そうだよな。全然関係ない部署の人間が、何で? って思ってるんだろう。

「ハンドラーが二人とも都合悪くて‥…こいつら、オレになついてるから」
「でもちゃんと病院に来られるんだから、立派ですよ。飼い主以外じゃ絶対にだめって犬も多いですからね」
「こいつら公務員ですから!」
「わう」
「うふ」

 ごほうびのクッキーをもらって、ヒューイもデューイも帰りはご機嫌だった。
 受け付けで支払いを済ませ、領収書をもらって署に戻った。


 ※ ※ ※ ※


 それから何日かして。
 たまには人間らしい物を食べようと、スーパーのデリカテッセンでおかずを物色してたら声をかけられた。

「こんにちは、エリックさん」
「………え?」

 きょろきょろと周りを見回してから、ずいっと視線を下に下げると………黒髪の眼鏡をかけた男の子がいた。茶色い横縞のセーターを着ている。東洋系かな?
 
「えーっと……君、だれ?」
「ほら、この間、犬の予防注射で。ヒューイとデューイ連れてきた方ですよね?」
「あ……ああ、あの時の、先生!」

 びっくりしたなあ。まるっきり中学生にしか見えなかったよ。

「お買い物ですか?」
「え、ええ、まあ、飯の買い出しに。先生も?」
「はい………でも、あんまり気に入ったのがなくて。やっぱ日本から取り寄せないとダメかな」

 何やら本格的な買い出しらしい。


「日本から?」
「ええ、日本食の材料、探してるんですよ」
「ああ、それだったらジャパンタウンにも日系のスーパー、けっこうありますよ」
「ありがとう、後でそっちにも行ってみます」
「あ……そう言えば先生、さっきオレの名前」
「はい。俺、時々マクラウドさんのお手伝いしてた事があるんですよ、ペット探しの」
「マクラウド……ああ、センパイの! それでか」
「ヒューイとデューイの話したら、すぐわかったみたいで」
「そっかあ……」

 あいつらセンパイに懐いてたからなあ。
 とくにデューイ。少しばかり癖のある犬だけど、無事に任務を果たした後はよくセンパイととっくみあってじゃれ合っていた。
 毛だらけになって、ぶっとい首、抱えてごろごろころげまわって……
 どっちが犬? って感じだったっけ。

「そう言えば俺の名前まだ言ってませんでしたね。サクヤ・ユウキっていいます」
「サキュヤ? サ、キュ……あれ?」
「やっぱり言いづらいかな。こっちではサリーって呼ばれてます」
「そうですね、ちょっと難しい。オレはハンス・エリック・スヴェンソンって言います」
「ハンス?」
「配属されたとき、同じ部署に既にハンスって人がいて。ハンス2号か、ミドルネームのエリックかどっちか選べって言われて」
「ハンス2号って………もしかしてそれ、マクラウドさんが?」
「ええ」
「あの人、変わった呼び名つけるの得意なんだなあ………」

 どうやら『サリー』はセンパイの命名らしい。
 そのまましばらく立ち話をしてから、『じゃあ、また』と手を振って別れた。

 それにしても彼、いつ、どこでオレのことセンパイに話したんだろう?

(……しばらく会ってないなあ)

 会えば切ない。わかっちゃいるけど、会えないとやっぱり寂しい。
 何だか無性にデューイをハグしたい気分になった。


(犬のお医者さん/了)

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