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ローゼンベルク家の食卓

【3-2】チンジャオロースー

2008/03/16 4:20 三話十海
 はっきり言ってピーマンはあまり得意じゃない。

 苦いし。色がどぎついし、何よりあの臭いがいただけない。

 パセリにセロリにローズマリー、苦手な食い物は多々あれどアレだけは別格。どんなに細かく粉砕されていてもひとくち食えば苦みを感じる。

 子どもの時分はそれでもガマンして食っていたが、晴れて大人になった今、無理して食う必要もないだろう。

 そう思っていたんだが。

 何だって今。
 渡された買い物メモのトップに書かれているのだ?
 あの忌々し緑のスカスカ野郎の名前が……『ピーマン』と。

 昨日も書いてあったから見ないふりしてやりすごした。
 だが今日の分にもしっかり書いてある。

「ったくあいつら、知ってて書いてるんじゃなかろうな」

  ※  ※  ※  ※

 ディフォレスト・マクラウドの仕切る食卓において禁忌とされているのはレオンの苦手な食い物だけだった。
 奴自身も実はカリフラワーが苦手なのだが(ブロッコリーはばくばく食うくせに!)、それにしたってレオンが食いたいと言えば喜んで出すだろう。

「俺の皿にピーマン入れんじゃねえ! ついでにローズマリーとセロリもお断りだ!」

 何度か抗議したものの馬耳東風、右から左に豪快にスルー。一向に聞き入れられた試しはない。

 ディフが入院したことでローゼンベルク家の食卓は一つの重大な選択を迫られた。

 他の誰ぞが作るか(レオンを除く……何でもそつなくこなす男だが料理に関しては壊滅的)。
 宅配かテイクアウトでピザか中華でも調達するか。

 あるいは、開き直ってずっとシリアルバーとサプリメントでしのぐか、だ。

 最終兵器としてアレックスと言う強力な助っ人が控えているのだが、彼にも仕事がある。さすがに毎日って訳にも行かない。
 テイクアウトの中華は論外、アレはもう一生分、釣りがくるほど食った。

 さてどうしたものか?

 救世主は意外な所に存在した。

「ただいま」

 買って来たものを食卓にどん、と降ろす。シエンがとことこと真っ先に寄ってきて、袋の中をのぞきこんだ。
 
「ピーマンは?」
「………すまん、また忘れちまった」

 素知らぬ顔でそっぽを向き、わざとらしく眼鏡のレンズなんか拭いてみる。

「ってか別になくてもいいだろメインの食材じゃないんだし?」


 少し遅れてオティアが顔を出し、露骨に肩をすくめた。

「ほらやっぱり」

 シエンがしゅん、と肩を落す。

「ちんじゃおろーすーがたべたい……」
「……ピーマン抜きじゃ……だめか?」
「阿呆か」

 問答無用でばっさりきっぱり。ある意味こいつの突っ込みはレオンよりきつい。

「じゃあ、俺買って…きてもいいかな?」
「わかった! 俺が行くから!」
「………もうつくってあるのでもいい……よ」

 シエンはすっかり暗くなった窓の外を見ながら言った。ほとんどあきらめたような口ぶりで。

「テイクアウトできる中華屋とかないのか?」
「却下だ」

 あるにはあるし、電話一本で宅配もしてくれるんだけどね、オティア。
 俺は以前に三ヶ月、朝昼晩、ずーっとあの店の中華をテイクアウトしてたんだ。

 もう充分食った。これ以上はひとくちだってごめんだ。


「大丈夫、すぐもどるから!」
「あ…」

 超特急で飛び出した。ただし、行き先は中華の店じゃない。

 さほど大きくない店だが、つやつやに磨かれたリンゴにジャガイモ、イキのいいブロッコリーやカボチャ、エンドウマメが台の上にぎっしり並んでる。

 個人経営の青果店は基本的に近所のスーパーよりほんの少しだけ閉店時間が遅いのだ。
 ちょっとばかり割高になるが、その分、品物は大きくて色つやも良い。

「ばんわー。そこの緑のやつ……一山もらえる?」

 つやつやのほっぺたのカミさんが目をぱちくりした。

「あらまあ、ヒウェル。それ、ピーマンよ? まさかリンゴとまちがえてないわよね?」
「……ないない」

 俺がいっつもこの店で買ってるのはもっぱらリンゴなのだ。
 出先からの帰り道とか。逆に朝早く出る時とか。ふらっと店先に立ち寄り、手のひらにすっぽり入るほどの小ぶりなやつを一個だけバラで買ってかじりながら歩くのだ。(これもスーパーではちょいとやりにくい)

「はい、どうぞ。おまけしといたよ!」
「……ありがとう」

 微妙にひきつった笑顔で礼を言い、店を出た。


  ※  ※  ※  ※


「帰ったぞ!」

 キッチンに直行して、カウンターの上にどさりと袋を降ろす。緑色の忌まわしきアレがごろごろと転がり出した。

peman2.jpg

 ほんっと、いいツヤで、無駄に肉厚ででっかいのばっかりごろごろと……しかも一個だけ黄色いのが混じってる。

 ……これか、おまけってのは。

「これ、どうしたの?」
「2ブロック先に八百屋があるんだよ。ちと高いけどな」

 ピーマンに手を伸ばしながら、シエンが申し訳なさそうに目を伏せた。

「ありがとう……ごめん、ね」
「気にすんな。お前に何ぞあったら俺がディフに殴られる」
「謝ることないだろ、そいつが悪いんだから」
「…………………確かに事実だが人に言われると腹立つなおい」

 オティアはぷいと顔をそらすとピーマンを抱えて調理台に向かう。途中でちらりとこっちを見た。と、思ったら……。

「邪魔」

 首をすくめてリビングに退却した。

  ※  ※  ※  ※

 目の前の皿にアレが乗っている。

 チンジャオロースー。
 具材のほとんどがアレの細切りと言う、断固として許しがたい構造をした料理だ。
 多少、肉とタケノコが入ってるからってどうにかなるもんじゃない。

 しかし……今夜の夕食はこいつがメインなのだ。他に選択肢はない。それに第一、作ったのはオティアとシエンの二人。

(どうして拒むことができようか。いや、ない!)

 震える手で箸を伸ばして細切りのアレをつまむ。ソースを多めにからめて。肉とタケノコと一緒くたにして口の中に放り込んだ。

「あ、テイクアウトの奴より断然美味い」


 必要以上に油っこくないし、何より塩味がきつくない。
 テイクアウトの中華は食った後やたらと喉がかわくのだ。

 添えられたライスはさすがに箸では食えず、フォークを使う。
 しかし双子は器用に箸を操り、食べている。つまむのも、すくうのも、切り分けるのも自由自在だ。

「………箸の使い方上手いな。どこで覚えた?」

 オティアがぼそりと答える。

「三番目の母親はチャイニーズだった」
「ああ、それで、か…って、三番目?」


 シエンが首をかしげる。

「んっと、なんていえばいいのかな……」

 するりとオティアが後を引き継ぐ。


「里親が不気味がってそこらじゅうたらいまわしにされてたから」
「なるほどね……」



「あいつらがいると薄気味悪い出来事が続いて……」

「小さな頃から、泣き出すとあっちこっちから物が飛んできて。いつも二人してひっついて、何もかも見透かしたような目をしやがる!」

「里親から何度戻されたと思う。押し付けられたこっちはいい迷惑さ、だからバラバラに引き離して、二度と戻らない場所に送り込んでやったんだ!」

「他の連中だって内心ほっとしてるんじゃないか? 厄介払いができたって……」

「俺は正しいことをしたんだ。正しいことをしたんだよ!」


 頭の中のページをひっくり返し、オティア・セーブル、シエン・セーブルのデータを呼び出す。

「実の親はもうどっちも死んだけどね」

 確かにその通り。父の名はヒース、母はメリッサ。生家の姓はガーランド。

 現在の姓のセーブル家に居た2年ほどは平和な生活をしていたが、セーブルの両親が事故で亡くなってしまった。
 その時すでに正式に養子にはいっていたが、様々な事情もからんで相続権を放棄している。

 そして……あの施設に送られた。


「……多分、ここが最後だから。レオンは何があったってお前たちを他所に回すようなマネはしないさ」


「ふん、どーだか」
「……」

 オティアはそっぽを向き、シエンはだまってうつむいた。
 やっと当たりを引いたんだ。少しはくつろげと言いたいとこだが……まだ難しかろう。

「……ごちそーさん、美味かった」

 余ったライスをシエンがいそいそと三角に丸めている。
 軽く塩をつけて、海苔を巻いて。
 寿司とはちょっと形が違う。

「あ……ライスボール?」
「うん。これはレオンのぶん」
「……マメだね」
「うん、ここでは普通にごはん食べられるから嬉しい」
「……そうか……」

 他に言葉が見つからない。今までどんな暮らしをしてきたのか。容易に想像がつくだけに。

「シエン、中華好きか?」
「うん! ほんとは中華鍋で作りたかったんだけど、重くて」
「ああ、確かに」
「ここの家の台所ってほとんど何でもそろってるけど……道具が全体的になんっていうか、こう」
「でかくて、重たいだろ?」
「うん」
「ディフが使ってるからな。奴にしてみりゃ、軽いんだろうけど」

 そもそもレオンはほとんど料理をしないから、ここにある道具はほとんどディフが自分の部屋から持ち込んだものなのだ。
 5キロ+αの鋳物の鍋を片手であおるのは……ちとシエンにはハードル高そうだ。

 と、ここまで考えてからふと気になってたずねてみた。

「お前ら、朝飯はどうしてるんだ?」
「あれ」

 指さす方向にはあにはからんや。巨大な徳用のシリアルの箱がどん、っと鎮座しておられた。

「あとは……これ」

 ばっくん、と冷凍庫が開く。
 レンジで加熱して食うタイプのプレート入り料理の盛り合わせ……言わゆるレンジミールって奴がぎっしり。

 レオンの料理スキルを考慮すりゃあ妥当な選択ではあるんだが。
 これじゃあ、あんまりに、何つーか……。
 
 あれだな。

『ママが入院しちゃって子ども二人抱えたパパが途方に暮れてるご家庭の食卓』だよ。

「たまにアレックスが作りに来てくれるけど」
「レオン、リアクション薄いだろ」
「うん」

 報われねえなあ、有能執事。
 

  ※  ※  ※  ※


 翌朝。
 キッチンに顔を出したレオンは目を丸くした。

「ヒウェル?」
「あ、おはようございます。もーちょっとで焼けますから」

 滅多に見られぬものを見てしまった。
 相変わらず適度にヨレたシャツの袖をめくり、ヒウェルが甲斐甲斐しくパンケーキを焼いていたのだ。

「けっこう体が覚えてるもんなんだなぁ……」
「ヒウェルが朝、用意してるなんて珍しいね」
「あいつらにレンジミールばっかり食わせる訳にも行かないっしょ。シリアルだけってのも味気ないし」

「コーヒー入れるよ」
「頼んます。コーヒーとお茶は、あなたが入れるのが一番美味い」

 穏やかに頬笑むと、レオンはコリコリと軽快な音を立ててミルで豆をひき始めた。

 どう言う風の吹き回しだろう? きちんと卵とベーコンまで沿えている。
 ガス台の上ではことこととオレンジ色の鍋が湯気を吹いている。
 
「……これは?」
「ニンジンのポタージュスープ。あいつら放っておくと緑黄色野菜あまりとらないから」
「マメだね」
「なぁに、茹でてミキサーでガーっとやりゃあ一発です。茹でる時に米ひとつまみ入れりゃとろみもつくし」
「……マメだね」
「お袋の直伝。あの人、けっこー作り方がアバウトってか大らかだったから」

 その大らかさでヒウェルがゲイだとカミングアウトしたときも逃げたり叫んだりせず、さっくり受け入れてくれた。
 つくづく自分は大当たりを引いたと、天に感謝せずにはいられない。

「よし、できたぞ。皿、並べろ」


(チンジャオロースー/了)

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