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ローゼンベルク家の食卓

お使いサクヤちゃん

2012/10/30 23:39 短編十海
 
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • サンフランシスコに留学中の従姉に、食料を送ることにしたサクヤちゃん。
  • でもレトルト食品やインスタント食品を一人で買ったことがないので、心細い。
  • ちょうど神社にやって来た裕二さんと一緒にお買い物に行くことに……。
 
 風邪引きのお見舞い以来、裕二さんが結城神社に来るようになった。
 無論、藤野先生のお使いや、伯父さんと話があったりするついでなのだけれど、それでもすぐには帰らずに居てくれる。
 だからお茶の間で犬や猫と話したり。散歩に行ったり、ぽちの世話をしたりして、のんびり過ごすことができる。
 たまにカラスのクロウが一緒にくっついて来て、賑やかになる時もある。
 犬の新十郎さんとは犬の言葉で、猫たちとはちゃんと猫の言葉で喋ってるからすごい。バイリンガル? それともトライリンガルって言うのかな?

 ある日、よーこちゃんからハガキが届いた。送ったセーターが、最初はピンク色でびっくりしたけど、あったかいしクラスメイトにも似合うってほめられたって書いてあった。
 他にも学校のことや友達と出かけた場所、見たこと聞いたことを簡潔に、でも楽しそうに報告した後、最後に一言

 「日本食たべたーいっ」

 ……って書いてあった。
 ざっと走り書きで追加された一文。そこだけ筆跡がちょこっと崩れていて、本音が出てる。相当、がまんしてるんだろうなって思った。
 伯母さんも母も同じことを感じたみたいだった。

「日本食を送ってあげましょう」
「そうしましょう」
「いや……わざわざそんなことする必要があるのだろうか」

 遠慮がちに伯父さんが口をはさむ。

「サンフランシスコは日系人が多いから、日本食も売ってるだろう。日本人街まで行けば、日本式のラーメンも牛丼も買えるんじゃないか?」
「だけど海を越えて運ぶんでしょ? それなりにいいお値段になっちゃうはずよね」
「留学生の限られたお小遣いじゃ、滅多に買えないわよね」
「そうそう、よーこちゃんって質実剛健の倹約家で、お侍さんみたいなとこあるし?」

 そして伯母さんと母は口をつぐみ、じっと伯父さんを見た。
 誰に似たのか言わなくてもわかるわよね? って顔をして。

「うー……む」
「ちょっぴりホームシックなんじゃないかな」

 ぽつりと呟く。何となくそんな感じがした。何故って聞かれると困るけど、とにかくよーこちゃんの感じた事を、自分でも感じるんだ。ほとんど虫の知らせみたいな、淡い感触でしかないけれど……小さい頃から、ずっと。

「よし」

 伯父さんはうなずいて、すっくと立ち上がった。

「送ろう!」

 伯母さんたちも同時にうなずいた。

「日持ちのするものがいいわね……レトルトとか?」
「できるだけ軽いものがいいわね……インスタントとか?」
「よし、では早速!」
「ちょっと待ってあなた」

 勇んで飛び出そうとする伯父さんの袴の裾を、くいっと伯母さんが引っ張る。

「午後から、七五三のご祈祷が入ってるじゃありませんか」 
「うーむむむむ」

 十一月から年末にかけて、神社は一番、忙しい。
 くるっと母がこっちを見た。

「サクヤちゃん、お願いできる?」

 少し迷ってから、頷いた。

「……うん、いいけど」
「しかし結構な荷物になるぞ?」
「もう、羊司さんったら」
「どれだけ送るつもり?」
「いやその……サクヤくん一人に任せていいものかと、心配で」

 ちょうどその時、玄関から聞き慣れた声がした。

「こんちわー」
「あ」
「あ」
「あ」

    ※

「ふーむ、なるほどね」

 縁側に座って、ずぞーっと温めのお茶をすする裕二の膝の上には、白に点茶模様の猫「みつまめ」がまあるくなっている。サクヤの膝の上には、お団子尻尾の黒猫「おはぎ」が。白黒模様の「いそべ」はその隣できちっと香箱を作っている。

「うち、あんまりインスタント食品とか、レトルトを買わないから……」
「んまあ、ここん家は人数多いしな。ああ言うのは二人前とか、一人前が基本だし」

 裕二はくあーっとあくびをすると、大きくのびをした。みつまめが、ちょっぴり残念そうな声を出して膝から降りる。

「そう言う事なら、お手伝いしますかね」
「……ありがとう」

 正直、ほっとした。母に頼まれてうなずいたものの、本当は一人きりで慣れない物を買いに出かけるのは、心細かったのだ。

 そんな訳で、サクヤと裕二は駅前の商店街まで買い物に出かけた。
 さほど距離は離れていないので、歩きで移動する。
 深緑のダッフルコートを着て、くるっと水色のマフラーを巻いたサクヤの隣に、茶色いトレンチコートの裕二が並んで歩く。

「よーこちゃんの好きな食べ物って何だ?」

 迷わず答える。

「メロンパン」
「……さすがにそれ、アメリカに送るのは無理だろうなあ」

 送ることはできるだろうが、届いた時、きっと原形は留めていない。

「あと、ちらし寿司とめん類。うどんに、おそば、ラーメンも」
「なるほど、そっちは何とかなるな」
「あと、向こうのプリンミックスがすっごい味だったんだって」

 思わず裕二はぷっと吹き出した。

「試したんだな?」
「うん。根性で残さず食べたって、ハガキに書いてあった」
「ははっ、真面目だなあ。んじゃ、本物の日本製を送ってあげますかね!」

 スーパーで、カートに目当ての食品を入れて行く。
 プリンミックス、カレーにお茶漬けに海苔にインスタント味噌汁、炊き立てご飯に混ぜればOK、ちらし寿司の素。
 袋ラーメンは塩、醤油、味噌、とんこつ各種1セット。
 さらに乾めんタイプの蕎麦とうどん、粉末の蕎麦つゆの素もおつけして。

「ついでに切り餅も入れておくか?」

 こくっとサクヤはうなずき、小さな声で付け加えた。

「年末年始も帰国しないから」
「そりゃあ、寂しいな」
「……仕方ないよ」

 一個ずつ真空パックされた切り餅をカートに入れながら裕二は胸の奥でつぶやいた。

(真面目で何かっつーと我慢しちまうのは、二人一緒なんだろうな)

「お、ついでにこれも入れとくか」
「ご飯?」

 裕二が手にしたのは、四角いパックには、ほかほかと湯気を立てる白ご飯の写真がプリントされていた。

「うん、レンジで温めればほかほかの白ご飯が食べられるって代物だ」
「炊く必要、ないんだ」
「お湯で温めてもいいしな。米送るより、手っ取り早いだろ」

     ※

 帰りがけに、駅前のラーメン屋の前で。ふわんっと漂ってくるスープのにおいに誘われて、ついつい足が止まる。

「腹減ったし、軽く食べてくか?」
「う……うん」

 ここのラーメンは何度か食べたことがある。でもそれは出前で、お店に入るのは初めてだった。つい珍しくてきょろきょろしてしまう。

「何にする?」

 サクヤはメニューを見て、しばらくの間、首を捻った。それから、そ、と献立の一つを指さした。

「……これ」
「OK、醤油ラーメンな。んじゃ醤油ラーメン二つ!」
「はい、かしこまりました!」
「ちっちゃい器もつけてな」

 葱のたっぷり入った熱々の醤油ラーメンは、外を歩いて冷えた体には何よりのご馳走だ。

「いただきます……」
「いただきます」

 そう言って、裕二は小さな器にめんとスープを少しとりわけて、ちょっと時間を置いてからすする。
 猫舌なのだ。お茶も、紅茶も、スープもいつもさましてから口にする。
 一方、サクヤは熱々のをふーふー覚まして、美味しそうにちゅるちゅるとすする。

「めん類好きなんだな」
「うん……あ」

 曇った眼鏡を外すと、テーブルに備え付けの箱ティッシュから一枚引き抜き、きゅっきゅっとレンズを拭っている。どことなく、恥じらっているような仕草だった。

「ははっ、熱々だからなあ」

 ちゅるちゅるとラーメンを食べるサクヤの姿に、もう一人の子が重なる。

(まだ写真でしか見たことないけれど、よーこって子もこんな感じなんだろうな)

     ※

 およそ十日後。
 
「うわああ!」

 結城羊子は、届いた荷物を見て目を丸くした。

「ラーメンだ! おそばだ、うどんだああ! あ、お茶漬けもお餅も入ってる! え、え、え、何これ、ご飯に混ぜればそのままちらし寿司できるの? 具材を用意する手間省けるの? うっわーどうしよう!」

 はーはー、と荒く息を吐きながら、荷物をほどく手が一瞬止まる。
 箱の下の方から、ぴちっとビニールで密封された、平べったい木箱が出てきたのだ。

「え、素麺? 何で?」

 冬なのに何故、今、素麺。
 お中元の余り……のはずはない。家に来た分は、出国前に全部食べ尽くして来たはずだから。

「ま、いっか、にうめんにすればいいよね……うふ、うふふっ」

 羊子は喜びのあまり……
 ちらし寿司の素をかかえて、ベッドの上をごろんごろんと転がった。無論、ごくごく一般的なシングルサイズのベッドなのだけれど。あくまでアメリカンが基準なものだから、小柄な彼女は、余裕で転げ回るだけの広さがある。

「んっきゅーっ……っ! うれしー、うれしー!」
 
 はしゃぎまくってはたと気付くと。

「……ヨーコ?」
「あ」

 いつ戻って来たものやら、ルームメイトのカリーがぼう然としてのぞきこんでいた。

「どうしちゃったの?」
「な……何でもない」

(不覚ーっ!)

 耳まで真っ赤になりながら、ヨーコはもそもそと起き上がるのだった。

    ※

「ついでにこれも入れとくか、素麺」
「え、こんなに沢山?」
「気にするな、どうせもらいもんだ。うち二人しかいないから、盛大に余っちゃうんだよなあ」

 買ってきた食料を箱に詰めてる時、そんな会話があった事は、知る由もないのだった。

(お使いサクヤちゃん/了)

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