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ローゼンベルク家の食卓

サプライズなお客様

2012/02/18 23:18 短編十海
 
 黄色いふっかふかのパンケーキは、その場の全員にほぼ行き渡った。
 みんなして卵と砂糖と小麦とバターの溶け合ったシンプルな味と、甘い湯気を夢中になってあぐあぐとほお張った。
 ふかふかした食べ物を口に入れると、自然と顔がほころぶ。
 ご婦人やお子様は幸せそのもの、だがその一方で殿方は少々、物足りないものを感じていた。

(美味い、けど)
(甘い)
(もーちょっとこう、しょっぱいものが喰いたい……)
(ケチャップ欲しいなー)

 一方、ディーンは早々と最初の一切れを食べ終わり、しあわせなため息をついていた。
 しかし次の瞬間。

「お?」

 ベンチからぴょんっと飛び降りた。

「あら?」

 首を傾げるソフィアの隣からたーっと走り出す。

「あ、あ、ディーン!」

 四歳児の行動は大人の予想を軽くぶっちぎる。とたたたーっとボールが転がるように走っていったその先には、今しも遊歩道をこちらに向かって歩いてくる男の姿があった。

 チェックのシャツにジーンズ、足下はスニーカー。ラフな着こなしの中にもどこか気品の漂う、背の高い黒髪の男だ。
 癖のある短い黒髪、と言う点では現在のヒウェルと同じなのだが、堂々たる体躯といい、びしっと伸びた背筋といい、なまじ共通点があるだけに、格差が激しい。
 足下には、子グマのようなもっさもっさの黒い犬を従えている。四つんばいになってさえ、優に頭が主人の膝を越えそうな巨大な犬だったが、顔立ちはあどけない。
 まるでぬいぐるみのクマのように。

 ディーンは臆することなく、新たな訪問者の腕に飛び込んだ。

「Mr.ランドール!」
「やあ、ディーン!」

 カルヴィン・ランドールJrは軽々と小さな友人を抱き上げた。ディーンはきゃっきゃと大はしゃぎ。

「お誕生日おめでとう!」
「さんくす!」

 大人たちもすぐにランドールを迎え入れる。
 自己紹介の必要はなかった。ただ、笑顔で手を振り合えばOKだった。

「よ、サンダー。またでっかくなったなぁ」
「トマト食べる?」

 トマト。その単語を聞いた瞬間、サンダーはきちっと後脚を折り曲げて座った。黒い瞳はびたっとサリーに注目。

「かしこいな」
「テリーくんの教育の成果だよ」

 サリーの手の上の真っ赤なみずみずしいトマトを見ても。開いた口からよだれが零れても、じっとがまん。
 体が左右に揺れるほどの勢いでわっさわっさとしっぽを振りながら、微動だにしない。ボスがよし、と言うまでは。

「ほんと、かしこいな!」
「OK、サンダー」

(ボスがいいってゆった! いただきます)

 ばっくん。
 トマトは5秒で消えた。

「Mr.ランドール、ケーキたべて!」
「ありがとう」
「俺が作ったんだよ!」
「すごいな! ……うん、美味しいよ、ディーン。そうだ、私もお弁当を持ってきたんだ」

 ランドールは手ぶらではなかった。大きなピクニックバスケットを持参していた。

「良ければ君たちも……」
「おお! サンドイッチ!」
「中味は?」
「チーズとハム」
「おおおおお!」

 テリーとヒウェルは目を輝かせて飛びついた。

「うめええ! 塩味、塩味だああ!」
「ケチャップもみっしり入ってる……」

 やや遅れて、ディフとオティアも後に続く。
 耳を落としていない丈夫な食パンにバターとマスタードを塗って。レタスと分厚いハムとスライスチーズ、ピクルス、そしてケチャップ。
 典型的な『野郎の』サンドイッチ。だが、それが美味い。

「ハム、ちょっとあぶってあるんだな」
「その方が脂が溶けて、味がなじむような気がしてね」
「わかるー! 一度火を通すと、冷めても美味いんだよな!」
 
 ディーンがのびあがってバスケットをのぞきこむ。
 
「サンドイッチ? ピーナッツバターとジェリーのもある?」
「ああ、もちろん!」

 ランドール社長はうやうやしく、水玉模様のワックスペーパーに包まれたサンドイッチを差し出した。

「粒入りだよ」
「わお! 最高!」

 レオンは一人だけ、やや距離をとっていた。依頼人の手前、露骨に顔をしかめてはいない。表面は笑顔だ。あくまで笑顔、しかし舌の根にはある種の苦さがわだかまっている。

「ヒウェル、ちょっと」

 呼ばれた瞬間、ヒウェルはピンと来た。『ぱぱ』は何やら自分だけに話があるらしい。
 尚も盛り上がりを見せるテーブルを離れ、レオンのそばへと歩み寄る。

「君のさしがねかな、ヒウェル」
「ええ、まあ、サリー経由でちょこちょこっと、メールをね」

 ちら、とレオンはそれとなくランドールに視線を向けた。

「あまり感心しないね。公私のけじめはつけないと」
「この一ヶ月俺がどんだけディーンに言われたと思います? 『Mr.ランドールみたい』って!」
「さあ?」
「確かにあの社長はあなたの事務所の依頼人だ。でもディーンにとっちゃ友だちなんだ。さすがに家にご招待ってのは、あなたにしても、アレックスにしても気がねするでしょうが……」

 テーブルの周りには、ランドール社長はもとより、周辺でバーベキューをしていた人たちが集まっている。
 一人ぐらい増えた所で、どうってこともない。

「屋外パーティのいいところは、誰でも気軽に出入りできることだ。そうでしょ?」
「まあ、ね」
「プレゼントも消えものだし?」

 レオンはため息をついた。確かにその通りだ。
 ピーナッツバターとジェリーのサンドイッチなら、遠慮するほどのものじゃない。小学校のランチで交換するレベルの代物だ。(あいにくと自分は経験はないが)

 食べれば無くなる。楽しさだけが残る。

 それに、ランドール社長の来訪を喜んでいるのは、ディーンだけではなかった。
 ディフも、オティアも楽しそうに、真っ黒な犬をなで回している。犬や子供と一緒だと、ディフは実にいい顔をする。
 視線に気付いたのだろう。
 ディフが起き上がって、手を振ってきた。そのほほ笑みは真夏の太陽よりも眩しく、羽毛の毛布のようにやわらかく、包んでくれる。

「………しょうがないなぁ」

 笑みを返して歩き出す。愛しい人の待つ食卓に向かって。

 結局のところ、ヒウェルは上手く折り合いをつけたのだ。

(サプライズなお客様/了)

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