▼ モニのおうじさま
拍手用お礼短編の再録。
【4-2】ねこさがしを子猫の視点から見ると……
ある所に……と申しますか、カリフォルニア州、サンフランシスコ市のユニオン・スクエア近くにあるエドワーズ古書店に、モニークと言う女の子がいました。
一緒に生まれた兄弟姉妹は全部で6ぴき。
ママそっくりの白いふかふかの毛皮にブルーの瞳、ぴん、とのびた長いしっぽと左のお腹にあるちょっぴりゆがんだ丸い形の薄茶のぶちがチャームポイント。
末っ子のモニークは兄弟たちの中で一番小さかったけれど一番勇敢でした。
いつもお庭やクローゼットに『ぼうけんのたび』に出かけます。でもそのたびにママに見つけられ、連れ戻されてしまうのでした。
モニークはこっそり夢見ていました。
「いつか、ひろいせかいにぼうけんにゆくの」
ある日、とうとうチャンスがやってきました。
兄弟たちとモニークは、飼い主のエドワーズさんに連れられて旅に出ることになったのです。
四角い乗り物に乗って、しばらくがたごとゆれていたなと思ったら急にフタがぱかっと開いて、モニークは見たことも嗅いだこともないような不思議な世界にいたのでした。
まあ、何てここは明るいんでしょう。空気はつーんとして、知らない動物のにおいがたくさん混じっています。
何がはじまるのかわくわくしていると、優しい手がころころとモニークをなで回してくれました。何だかとっても気持ちいい。
「はいみんな健康ですねー。特に感染症もなさそうだし。ワクチンはもうちょっとたってからにしますか?」
「そろそろもらい手も決まってるので……今日お願いできますか?」
ひょい、と持ち上げられて、首筋に何かがちくっと刺さります。
一体、何が起こったの?
ちっちゃな口をかぁっと開けて自慢の牙をむいた時には、もう終わっていました。
なあんだ。たいしたことなかった。
また、四角い乗り物に乗せられて、ふわっと浮き上がります。出発進行。今度はどこに行くのかしら?
わくわくしていると、いきなり乗り物ががくんとゆれて、大きく傾きました。
「にうー!」
「みうーっ」
しかも、ころころ転がり落ちるその先で、フタが開いてしまったじゃありませんか!
ころころり。
ころりん。
空中に放り出されてしまったけれどモニークは慌てません。くるっと一回転して、地面にすとん。
でもここって一体、どこ?
どこなのっ?
わあ、広い。
壁が……………………………………………………ないっ!
つぴーんとヒゲが前に倒れます。しっぽにぞくぞくっと稲妻が走り、瞳がまんまるに広がります。
ああ、まぶしい!
何だか、何だか、すごーくわくわくどきどきするーっ!
ああ、もう、だめ、じっとなんかしてらんないっ!
モニークは全力で走り出しました。
すごい、すごい。
見たことのないものばかり。かいだことのないにおいばかり。聞いたことのない音ばかり!
あたし、いま、ぼうけんしてるんだわ。
いつもほんのちょっと足を乗せた途端にママに捕まっていた緑の芝生。もっとふかふかしていると思ったけれど、ちょっぴりチクチク、足の裏。
でもひんやりして気持ちいい。
土のにおいはトイレ用の砂とは全然違う。くろっぽくて、ほろほろと柔らかい。鼻を押し付けたら、口のまわりについちゃった。
くしくしと前足で洗って、また歩き出すと、お花の間をふわふわ、ひらひらとちっちゃな生き物が飛んでいます。
えものだわ!
うずくまって、お尻をふりふり………えいっ!
素早く繰り出した白い前足の先を、ちょうちょはすいーっとすり抜けてしまいます。惜しかった。あと1インチ(およそ2.5cm)。
ちっちゃすぎてあたらなかったんだわ。もっとおっきいのをつかまえよっと。
夢中になって探検していると、突然……出ました。おっきいのが。
「ふぁおー………」
見たこともないほど大きな猫が、大きな大きな口を開けて飛びかかってきたではありませんか!
「ふーっ!」
モニークはびっくり仰天、逃げ出しました。
早く、早く、逃げなくちゃ!
必死で走っていると、何か堅くて尖ったものに後足がぶつかってしまいました。
いたい!
兄弟たちとじゃれあってるときも。ママに怒られた時も、一度だってこんなに痛かったことはありません。
いたい、いたい、いたいっ!
どうしよう。外の世界は危険がいっぱい。
どこかに隠れなくちゃ。暗くて、しずかで、狭いところ。
よろよろとモニークはさまよい歩きました。歩いて、歩いて、くたくたに疲れた時にようやく、たどりついたのです。
暗くて、しずかで、狭い所に。
かくれなきゃ。かくれなきゃ……。
すき間にもぐりこみ、いっしょうけんめい傷口をなめます。
ママ。ママ。こわいよぉ。いたいよぉ。
どこにいるの、ママ。たすけて、だれかたすけて!
このまま、お家に帰れなくなったらどうしよう。ママにも、兄弟たちにも、エドワーズさんにも会えなくなっちゃったらどうしよう。
痛いのと、悲しいのと、怖いのとでぶるぶる震えていると……優しい声で呼ばれました。
「モニーク」
はい!
ちっちゃな声で返事をすると、優しい王子様が、あったかい手でモニークを抱き上げてくれたのです。(とりあえずかみついた事は忘れました)
金色の髪に紫の瞳、話す声はまるで音楽のよう。
王子様がなでてくれると、ずきずきしていた足がすーっと楽になりました。
すごいわ、おうじさま……すてき……かっこいい……。
王子様に抱っこされて、モニークはうっとりしながらお家に帰りました。
ママも、兄弟たちも、エドワーズさんも大喜び。
「モニークをたすけてくれてありがとう。お礼にこの子をお嫁にもらってくれませんか」
「……いいえ」
こうしてモニークはふられてしまいました。
「おうじさまいっちゃった」
がっかりしてお見送りしているモニークを優しく毛繕いしながらママが言いました。
「まだあなたはちっちゃいからね。一人前のレディーになったら…また素敵な殿方とめぐり合うかもよ?」
「いや。モニはおうじさまがいいの! これは、うんめいのであいなの!」
※ ※ ※ ※
「ふうん……そんなことがあったんだ」
脱走劇の翌日。念のため、健康診断に連れて来られたモニークから120%美化された(推測)物語を聞き終えると、サリーはため息をついた。
オティアがこの子を飼ってくれればよかったのに。
動物を飼うことは、きっとあの子にとって良い方向に働いてくれると思ったのだ。
「しかたないね。こう言うことは、本人が決めないといけないから」
あごの下をくすぐると、モニークは目を細めてすりよって、それからぱちっと青い瞳を開けて鳴いた。実にきっぱりとした口調で。
「にう!」
「え? 運命?」
「にゃ!」
「そっか………がんばってね」
深く考えないまま、サリーはうなずいた。後にモニークの頑張りがどんな結果をもたらすか、なんてことは……予想だにせずに。
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(モニのおうじさま/了)
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