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ローゼンベルク家の食卓

秋の芸術劇場

2008/10/18 2:26 短編十海
 
 何故そんなことになったのかはわからない。
 ベッドに入ってうとうとして、ふと気づくと俺は舞台の上にいた。
 背後には書き割りのセットにはりぼての家具。んでもって俺の衣装は……スカートだった。

 しかも、露骨にでっかいツギのあたったボロ服。
 
 そこはかとなく見覚えがあるぞ、このステージは。
 そうだ、俺の通ってた高校の体育館……ああ、これは夢なんだ。俺は今、夢を見ているんだな。

 納得していてる間に開演ベルが鳴り、するすると舞台の幕があがり、満員の客席が広がった。スポットライトが眩しい。

『お待たせいたしました。ただいまから、シンデレラの上演を始めます』

 え?
 シンデレラ?

『ある所にシンデレラと言うとってもこすからくってこずるい女の子がいました』

 おい、ちょっと待て。そいつぁもしかして俺のことか!

『シンデレラはまま母と、二人の姉娘に毎日のようにこき使われていました』

 ナレーションに合わせてまま母登場。って…………レオンじゃねぇか。似合うね、そのドレスとウィッグ。
 背後にはこれまたヅラとドレスを装備した双子を引き連れている。どうやらこいつらが姉娘らしい。
 
 21738439_458174943.jpg ※月梨さん画「シンデレラ…?」
 
「シンデレラ! いつまでさぼっているんだい。さっさと床の掃除をしなさい」

 どんっとレオンに押されて床にひざまずく。

「はい、お母様」

 おい、口が勝手に台詞しゃべってるよ! 納得行かねえ。

「それが終わったら納屋の掃除と薪割りと食事の仕度だよ」
「はい、お母様」
「さぼらないようにね」
「はい、お母様」

 まま母レオンはどんなに頑なな陪審員をも一発で味方にしそうな爽やかな笑顔でほほ笑むと、小さな声で付け加えた。

「いいね、心が痛まないから」

 今、素に戻ってないか、こいつ。

「えーっと……シンデレラ、それが終わったらでいいから、ドレスにアイロンかけてくれる?」
「はい、シエンお姉様」
「シンデレラ」
「はいお姉様」
「………………邪魔」

 やっぱこいつはこんなんか。夢の中でぐらい、もうちょっと愛想良くしてくれてもいいだろう。
 って言うか、これシンデレラだろ? 原作通り、お姉様の着替えとか、ブラッシングとか、もっとこう、美味しい仕事があってもいいじゃねえかっ!
 
 
『さんざんこき使われてふらふらになったシンデレラは、毎日くたくたになって台所の灰の上で暖をとるのでした』

 ここだけ原典通りかよ……納得行かねえ。

『そしてある日、この国の王子様が舞踏会を開くことになったのです』

「シンデレラ。私たちは舞踏会に行ってくるから、留守番をしていておくれ」
「はい、お母様」
「気をつけてね」
「はい、お姉様」
「………………」

 無視かよ。
 つれないねぇ……。

『すっかりやさぐれたシンデレラが、台所の勝手口で煙草を吸っていると……』

 そうか、ナレーションが言ってるなら吸っていいんだな? お言葉に甘えて勝手口に腰かけ一服。

「こーら! 何やさぐれてんの?」
「げ、ヨーコ! やっぱ魔女だったのか」
「妖精とおっしゃい! 台本にもちゃんとFairy God-Mother(妖精の名付け親)って書いてあるでしょう」
「あ、ほんとだ」
「まったく物書きのくせに不勉強よ?」
「うるさいよ、社会科教師!」

 ヨーコは腰に手をあてて、ちょこんと首をかしげた。

「それで。あなた、あたしに何か頼みたいことがあるんじゃない?」
「そうなんです。お城の舞踏会に行きたいんです!」
「わかったわ。じゃあ、カボチャを持っていらっしゃい」
「はい、これでいいですか?」
「上等!」

 魔法使いは

「妖精だっつってるでしょうに!」

 はいはい。
 妖精の名付け親は、魔法の杖をひとふり。あっと言う間にカボチャは馬車に、そして俺のボロ服は豪華なドレスに早変わり。
 ぽふんっとふくらむパフスリーブにレースとフリルたっぷりの………色はピンク。
 冗談じゃねえっ! こんな恥ずかしいかっこさせやがって、これは君の趣味ですか、ヨーコさんっ!

「まあ、何て素敵なドレス……ありがとう、妖精さんっ」

 ああ、また口が勝手に台詞言ってやがるし。ちくしょう、こいつは何の羞恥プレイだ。

「さあ、このガラスの靴を履いてお城に行くのよ。でも気をつけて。真夜中の十二時になったら魔法が解けてしまうからね」
「わかりました!」

 はりぼてのカボチャの馬車に乗り込む。やけにごっつい馬だな、もしかして、着ぐるみの中に入ってるのは……

「よし、お城にGOだ!」
「しっかり掴まっていたまえ、セニョリータ」

 レイモンドとデイビットだった。

「うわ、ちょっと待って、おてやわらかにーっ!」

『こうしてシンデレラはカボチャの馬車に乗り込み、お城へと一直線』
『そして舞踏会の会場では……』

 ぜえ、ぜえ、と息を切らして馬車から降りたら舞台のセットはお城の大広間に切り替わっていた。
 
『国中の若い娘たちが王子様の登場を今か今かと待ちわびていました』
『そしてファンファーレが高らかに鳴り響く中、とうとう王子様が現れたのです』

「まあ、何て素敵な王子様………」

 でも何でキルト履いてるんだ。マクラウドのタータンの肩掛けなんか巻き付けて。

「ヘーゼルの瞳にたてがみのような赤い髪」

 ちょっと待て。まさか、ディフが王子って! 冗談じゃねえ、ああ、既にまま母レオンがこっちにガン飛ばしてるよ……。
 たのむ、こっちを見るな。気がつくな。こっちに来るなっ!

「美しいお嬢さん。私と一曲踊っていただけますか」

 来たーーーーーーーーーーーっ!

「え、いや、その、わ、わたしは」
「何ぐずぐずしてやがる、劇が進まないだろうが!」

 ぐいっと強引に手をとられて、舞台の中央に引っぱり出され、スポットライトの照らす中ダンスが始まっちまった。
 ああ……。
 背後から殺気が………。
 俺、幕が下りたらレオンに殺されるかもしんない。

 その時、高らかに十二時の鐘が鳴り始める。助かった、救いの鐘だ。

「ごめんなさい、王子様!」

 ディフの手を振りほどいて走り出した。レオンのそばを走り抜けようとしたら思いっきりドレスの裾を踏まれて、こけた。

「いでえっ! 何すんですかっ」
「台本どおりだよ。転んでガラスの靴を落とすって書いてあるだろう?」

 嘘だ。ぜったいわざとだ……。
 

(場面転換)

  
『翌日、シンデレラの家にお城の使者がやってきました』

「ども、SFPD……じゃなかった、お城からやってきました」

 金髪眼鏡の使者は、おもむろにアルミのケースを開けて綿棒を取り出した。

「おいおい、何始めるつもりだよ」
「これから皆さんのDNAを採取して、遺留品(ガラスの靴)に残されていた上皮細胞のDNAと比較を」
「ええい、十七世紀のフランスに科学捜査班がいるかーっ! とっとと台本どおりやれっ」
「しょうがないなあ……それじゃ、原始的に」

 肩をすくめて使者が取り出したガラスの靴に、すっと足が吸い込まれる。

「おお、ぴったりだ」
「私が?」

 レオンの足が。

「ええーっっ?」
「あなたこそ私の花嫁です」

 いきなり王子様登場、まま母を抱き上げてキス。
 まあ、うん、予想すべき展開だったよなあ、奴が王子様と言う時点で。かえってよかったよ。これでレオンに殺されずにすむし。

『こうして王子様とまま母はお城でしあわせに暮らしました』

 あれ? ってことは、俺、双子と一緒にこの家で?
 それはそれで、幸せかもしれない。

「そうは行かないよ」
「何しに来たんですかレオン、あなたお城に行ったはずでしょう!」
「ああ、その前に娘たちを迎えにね」
「ええっーっ!」
「母親と一緒に引っ越すのは当然だろう? ああ、この家は君にあげるから好きに使ってくれ」
「え、ちょっと、まって、そんなっ」
「それじゃ、シンデレラ、ごきげんよう……」

 双子とレオンを乗せて馬車は無慈悲にも遠ざかる。

『こうしてみんなしあわせにくらしました。めでたしめでたし』

「めでたくねえっ!」


 ※ ※ ※ ※


 朝。
 ベッドの中でぱちっと目を開けてひとことぼやく。

「………さいってぇ………俺の夢なのに……」

 ああ、でも、夢でよかった。


(秋の芸術劇場/了)

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