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ローゼンベルク家の食卓

フクシアの花の色

2008/07/06 18:41 短編十海
 
 市警察の廊下でばったりレオンとはち合わせした。

「やあ、ヒウェル」
「あれ、レオン。珍しい所で会いますね」
「俺は弁護士だよ。警察署に居てもおかしくはないだろう」

 まあ、確かにそりゃそうなんだけど。
 今回は仕事じゃなくておそらくは事情徴収だ。それにしても妙に、こう……いつもに増して言葉にトゲが生えていないか、この男。
 顔がきれいなだけになおさら目立つんだよ、その鋭さが。

「昨日ね。ディフを見舞いに行ったんだ」

 何故そこで『昨日』を強調するか。ここんとこ毎日行ってるだろうに。
 はたと思いつく。
 これは、前振りだ。決定的な一言を切り出す前の軽い肩ならし。ぞわっと皮膚にあわ粒が浮いた。

 俺、何か、レオンを怒らせるようなこと、しただろうか?

「彼がね。見慣れぬ黒い肩掛けを羽織っていたんだ。あれは………君が用意したものかい? ヒウェル」

 にっこりと穏やかな微笑みを浮かべちゃいるが目が全然笑ってない。かろうじて疑問文で問いかけちゃいるが、確定だ。
 彼は知ってる。
 だったら自白した方が罪は軽い。

「え、ええ。病院は冷えるからって頼まれまして」
「ほう……つまり、あの色はディフのリクエストだったのか」
「なるだけ濃いめの色がいいって言うから。店にある中でいちばん濃いやつだったんですよ、あの、黒が」
「なるほどね」

 ムっとした顔でにらまれた。
 ほんの短い間だけ。すぐにいつもの穏やかな表情を取り戻す。
 
『病院に黒ってのもどうかなって思ったんだけどさ。他に濃いめの色が見つからなくって』
『いや……これぐらい強い色の方がいい』

「実は別の色も用意してったんですよ、念のため。二枚見せてどっちがいいかって聞いたら、あっちがいいと」
「どんな色を?」
「………これです」

 書類鞄の中から平べったい紙袋をとりだした。『証拠物件A』だ。

「持ち歩いてたのか」
「ええ、まあ」

 するりと引き出す肩掛け一枚。シルクとパシュミナで織られた薄い布地は羽毛のように軽い。

「………………ピンクだね」
「はい、ピンクです」

 暖かみのある、赤みの強い濃いピンク色。店のタグには「フクシア」と書かれていた。釣浮草の花の色だ。

「彼は、何と?」
「貴様、俺にピンクを着ろと言うか、って、地獄の番犬みたいな声で」
「それだけかい?」
「一発シメられました」
「……だろうね」

 んでもってナースに怒られた。『病室で騒がないでください』と。

 一応の納得はしたらしく、レオンはそれ以上、黒い肩掛けについては追求してこなかった。

「それで、そのピンクの肩掛けは……どうするんだい? 君が使うのか?」
「いやあ、さすがにこれ俺が着ちゃったら世間の迷惑でしょう」
「と、言うか犯罪だね」

 そこまで言うか。

「返品するのももったいないし。誰かにもらってもらおうかと思うんです」
「誰に?」
「……誰がいいでしょうねえ」
 
 オルファ、は……着なさそうだもんなあ、これ。ってかリアクションがほぼディフと同じなんじゃないかって気がする。
 Mr.ジーノの奥さんは……むしろあの人なら赤が似合う。

 しばし目を閉じて記憶をたぐる。
 ああ、そうだ。
 彼女にしよう。


 ※ ※ ※ ※


 数日後。
 ルーシー・ハミルトン・パリスのアパートに一枚の封筒が届いた。
 大きさはA4サイズほど、わずかな厚みがあり、軽い。

 開封すると、中からさらりと鮮やかなピンク色がこぼれ落ちる。

 ルースは思わず小さな歓声を上げ、それから添えられたカードを見て顔をほころばせた。
 
 
 この色の名は『フクシア』と言う。
 季節外れは百も承知。だけどこの色は君が一番よく似合う。
 またいつか、ロッキーロードをおごらせてくれ。
 
 Hywel Maelwys
 
 
 試しにふわりと羽織ってみた。すべすべとした柔らかな布が肩を、首筋を覆う。目を閉じてしばし、安らかな感触に浸った。

 フクシアの花言葉は『暖かい心』。


(フクシアの花の色/了)

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