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ローゼンベルク家の食卓

とりかえっこ

2008/08/17 22:09 短編十海

「サワディーカ、サリー先生!」
「こんばんわ、タリサさん」

 日曜の夜だけあって小さな店の中は賑やかだったが、幸い、ちょうど食べ終えて店を出る客が一組居た。
 
「ちょっと待っててね、今、テーブル片付けるから!」
「手伝いましょうか?」
「ありがとー」

 ひょいひょい、とサリーは空になった食器を重ねてタリサに手渡し、ヨーコは台拭きを受けとってテーブルを拭いた。

「いいね、この雰囲気。好きだな」
「だと思った」

 空いた席に座り、メニューを手に取る。

「パッタイと、トムヤンクンと、あ、思い切ってタイすきいっちゃおっかな」
「どうぞどうぞ」

 大量に食べるのは予測ずみだ。ヨーコはとにかく、消耗すると食べて回復するタイプなのだ。

「それで。もーちょっと説明してもらえるとうれしいんだけどな……何があったのか」

 オーダーを終えてから笑顔で切り出す。傷だらけになったジャケットを見られてもはやこれまでと観念したのだろう。
 あっさりとヨーコは洗いざらい話してくれた。
 昼間、自分とランドールが巻き込まれた事件の一切合切を……ただし、日本語で。
 全て聞き終えるとサリーは目をとじて「なるほどね」とうなずいた。

「風見くんにも助けてもらっちゃったんだ?」
「……うん」
「無事に終わったって、電話ぐらいはしといた方がいいよ……あ、時差があるか」
「うん。メール入れとく」
「それがいいね」

 ぽちぽちとメールを打つ従姉を見守りつつ、サリーは自分の携帯を取り出した。
 実用本意の落下防止用のクリップつきのストラップと、もう一つ。青紫の細い組紐の先に透明な球体の中にちらちらと、金色の針の浮いたルチルクオーツの下がった根付けが着いている。
 ヨーコが風見あてにメールを打っている間に、ルチルクオーツを外した。

「送信……っと。OK、報告完了」
「お疲れさま……はい、これ」
「へ? これサクヤちゃんのお気に入りじゃん。何で?」
「んー、まあ、何て言うか、保険………かな?」
「わかった」

 ヨーコは自分の携帯から鈴つきのストラップを外した。こちらもストラップと言うより、赤い組紐の先に金色の鈴のついた根付けだった。

「じゃあ、これ……とりかえっこしよ?」
「そうだね。その方がいいね」

 二人はお互いの根付けを受け取り、それぞれ自分の携帯に取り付けた。
 もともとサリーとヨーコの二人は血縁関係にあり、結びつきは強い。しかし血に依存するつながりはある意味不安定で気まぐれで、常に必要とする時に通じるとは限らない。
 今日のように。

 だからお互いの持ち物を交換するのだ。
 今後の用心のためにも。

「本当に、無事で良かったよ」
「エビあげるから許して。あ、うずらの卵も!」
「そうだ今度えびせん送ってよ、食べたくなってもないんだよね」
「意外にありそうなものが、ないのよね……わかった、送る」

 お子様ランチを食べる子どものようなレベルの会話をしていると、不意にヨーコの携帯が短く鳴った。

「あ」
「どしたの?」
「風見から、返信が…………」

 メールを読みながら、ヨーコは眉根を寄せて口をぎゅーっと結び、『ちいさなうさ子ちゃん』のような複雑な顔をした。

「どしたの?」
「一緒に居た黒髪のハンサムさんは、誰ですか? って………」
「しっかり見てたんだ」
「うん……どうしよう」
「どうって、そりゃ、日本に帰ってからじっくり説明してください?」
「あう」

 がっくりと肩を落すヨーコを見守りながら、サリーはくすくす笑っていた。
 あえて自分がこれ以上、お説教する必要もない。後は風見に任せるとしよう。
 

 
 ※ ※ ※ ※

 
 その頃、ランドールは着替えの途中で左手首に巻かれた赤いリボンに気づいた。

 参ったな。預かったまま持ってきてしまった。

 さて、どうしたものか。
 やはり、きちんと洗って返すのが礼儀と言うものだろう。
 この手触りは恐らくポリエステルではなくシルクだ。彼女、良いものを身につけているな。後で洗濯してアイロンをかけておこう。
 その後は……ハンカチにでも包んで持ち歩くとしようか。

 いつか、またばったり出くわした時にすぐに返せるように。
 極めてオリジナリティにあふれる女性だった。
 一度、母にも紹介したいなと思った。きっと、話が弾むことだろう。

 
(とりかえっこ/了)

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