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ローゼンベルク家の食卓

大富豪

2009/07/24 0:28 短編十海
 
  • 拍手御礼用短編の再録。23日夕食前の日本組、ホテルでのできごと。
  • どんなに広い部屋でも隅っこに集まっちゃうのは日本人のサガと言うものでして……(ロイもいるけど)

「仕事が終わったらまた来るよ。詳しいことはそのときに打ち合わせよう」
「OK。部屋に来る?」
「いや、ホテルのレストランに席を取った。ディナーをとりながら話そう。6時に迎えに来るよ」

 そして時計が夕方5時30分をさそうかと言う頃。
 サリー、風見、ロイの3人はホテルの居間に顔をそろえていた。

「先生、まだかな」
「来るよ。ほら」

 サリーの言葉が終わるか終わらないかのうちに寝室のドアが開き、ヨーコが出てきた。
 赤いドレスの裾をなびかせ、真珠色のハイヒールで颯爽と歩いてくると、一同を見回して腰に手を当て、くいっと首をかしげた。

「みんな、仕度が終るの早すぎ」
「余裕を持って行動するのが習慣になっちゃって……」

 ちらっと風見光一はむき出しの細い肩に目をやった。

「先生、寒くないんですか、それ」
「この部屋、暖房効いてるからね。外に出る時は上着羽織るよ?」
「そ、そうですか……よかった」

 試着の時は、白いボレロを羽織っていてわからなかった。
 クローゼットいっぱいのドレスの中から先生が選んだのは、ノースリーブのワンピースだったのだ。
 首に巻いた黒いベルベットのリボンが余計にうなじの白さと肩の露出を際立たせている。もちろん、これだけでも十分、フォーマルな服装なのだと頭ではわかっているのだが、どうにも落ちつかない。

 きっと、滅多に間近で見る機会がないせいだ。十二月にノースリーブのドレスを着てる姿なんて……。
 テレビの映像や写真じゃなくて、生きている人間。それも、よく知ってる人が。

「どーした、風見。暖房強いか?」
「え、いや、大丈夫です」
「そーだよな、君ら、スーツだものな」

 これから食事に行くレストランはホテルの最上階。男性はタイ着用が義務づけられている。故に風見も、ロイも、サリーも、それぞれネクタイを締め、白いシャツを着て、きちんと折り目のついたスーツを身につけていた。

「OK、あたしも上着羽織っておこう。ロイ、暖房の設定温度下げて?」
「御意」

 すべすべした肩は白いふわふわのボレロの下に封印され、風見光一はひそかにほっと息をついた。

「んー、お迎えが来るまでにまだ時間余ってるな……微妙に手持ち無沙汰」
「そうだね」
「トランプでもしようか?」
「カードあるの?」
「あるよ」

 ヨーコはバッグの中から可愛らしい紙箱を取り出した。手のひらにのる程のピンク色の中では、黄緑、黄色、赤、青とポップなハートが飛び回り、中央には子ども向けのアニメの絵がプリントされている。

「どうしたの、それ」
「んー、飛行機の中でもらった」
「それって、まさか……」
「優しい青い目のCAさんがね、『飛行機のミニチュアとどっちがいいですか』って……」
「あー、やっぱり」

 ちょっと考えてから、サリーはあれっと首をひねった。
 
「でも、もらっちゃったんだ?」
「うん、せっかくだから!」

 笑顔でうなずくヨーコちゃん(26さい)。

「いいですね、トランプ」
「何して遊びまショウ?」

 神経衰弱、7並べ、ババ抜き、ナポレオン、ポーカー。
 いろいろ候補が出たが結局、大富豪をすることになった。

 最初は全員平民で。1ゲームして順位を決める。

「それでは、下僕めが配らせていただきます……」
「うむ」
「よろしい」
「え、光一くん、どうしたの?」
「ああ、ほら、ゲーム中は最下位になった人が配るでしょ?」
「学校でやる時はいつもこんな感じに、それっぽくお芝居してるんです」
「遊び心デス」
「そ、そうなんだ……」
「雰囲気出るでしょ?」

(高校生って、おもしろいこと考えつくなあ)

 1巡目の結果、大富豪は風見、大貧民がロイ、そして残る2人は平民に決まった。狙ったような順位にサリーは首をかしげた。

「ヨーコさん……何もしてないよね?」
「まーさーかー。『ナニか』したらサクヤちゃんたちにもわかっちゃうでしょ?」
「う、それはまあ、確かに」

 あっけらかんと言ってるけど、ヨーコさんは普段からタロットカードをたしなんでいる。
 そしてトランプは元を辿ればタロットの小アルカナだ。

(超能力なんか使わなくても、コントロールできちゃいそうな……いや、まさかね)

「それでは、下僕めが配らせていただきマス……」

 うやうやしくロイが2巡目のカードを配り、各自手札を確かめる。続いてカードの交換タイムへ。
 まず大貧民ロイがひざまずき、風見に手持ちのカードから一番強いのを2枚、献上する。

「どうぞ、おおさめください」
「うむ」

 風見は大富豪にふさわしく横柄な態度でカードを受け取り、確かめた。クラブのAとハートのA。大富豪における最強のカード「2」は手札になかったらしい。

「ふん、まあ、こんなものだろう」

 鼻で笑い飛ばして自分の手持ちから弱い札を二枚引き抜き、下げ渡した。

「そら、これでも使うがいい」
「ありがたき幸せ……」

 あごをそらして斜に見下ろす風見から下げ渡されたカードを、ロイはうやうやしく両手で受け取った。

(ああっコウイチ。そのふてぶてしい態度。上から目線。まるで悪代官のようだ!)
 
 スペードの3とダイヤの3、どちらも文字通り『最弱』の札を胸に抱きしめ、幸せに打ち震える。

(君になら、ボクは帯をくるくるされてもいい!)

 芝居っけたっぷりにカードをやりとりする大富豪と大貧民を、平民ふたりが見守っていた。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 午後5時55分。カルヴィン・ランドール・Jrはヒルトンホテルのプレジデンシャルスイートのドアの前に立ち、ベルを押した。カチャリと鍵の回る気配がして、ドアが開く。

「ん?」

 出迎えたのは身長20cmほどの小さな女の子だった。空中をふわふわと飛び回り、普通の人間の目には見えない。せいぜいおぼろな影として認識される程度の幻にも似た存在。
 白い小袖に緋色の袴、巫女装束をまとい、顔は呼び出した当人そっくりだ。

「やあ、ヨーコ」

 ヨーコの分身に案内されて部屋に入って行くと、これはどうしたことか。
 広々としたリビングの隅っこに集まって、きちんとスーツを着た男子三名とドレスの女子一名。みしっと顔をつきあわせ、何故かスーツケースをテーブルにしてカードに興じている。

 しかもこっちを振り向くや、打ち合わせでもしたみたいにそろって同じ言葉を口にした。

「あ、本物だ」
「本物の大富豪が来た」
「本物だね」
「本物デスネ」

 首をかしげながらも空中で鈴に戻った小巫女をひょいと片手で掬いとり、ヨーコに渡した。

「どうぞ」
「サンクス、カル」
「どういたしまして。ところで……本物ってどう言う意味なんだい?」
「ああ、今やってるこのゲームね、大富豪って言うの」
「……なるほど」

 うなずき、彼女の服装をじっと見る。

 髪の毛はハーフアップにしてラインストーンのついたコームでまとめられ、赤いワンピースの上から白いボレロを羽織っている。首に巻いたベルベットのリボンにアメジストをあしらったチョーカーは、おそらく日本から持参したものだろう。

 程よく慎み深く肌を隠し、華やかで何より彼女に良く似合っている。
 うん、これでいい。満足してうなずき、手を差し伸べた。

「え?」

 ヨーコは一瞬、きょとんとした。

(何でカル、手、出してるの? お手? それとも何かちょーだい、のサイン?)

「どうぞ」

 その言葉に、はたと思い当たる。ここはアメリカ、レディ・ファーストをよしとするお国柄。そして、彼は紳士なのだ。

(エスコートされてるんだ!)

 差し伸べられた手をとり、立ち上がる。靴を履き直す間、さりげなく支えていてくれた。
 ちょい、とドレスの裾をととのえ、歩き出す。導かれるまま、ごく自然に手を取り合って。

 その姿を少し離れて見守りながら風見とロイはうなずき合った。

「……さすが、本物だ」
「うん、本物ダネ」
「懐が深いって言うか、器が大きいって言うか」

 風見はくしゃっと髪の毛をかきあげ、照れくさそうに笑った。

「俺もまだまだ修行が足りないな」

(でも、ボクにとっては君が唯一の大富豪がダヨ、コウイチ。君のためなら、2枚でも3枚でも貢ぐ!)

 実は風見から下げ渡された2枚の『3』で、ロイの手札の中には『3』が4枚そろっていたのだが…… 
 革命を起こす、なんて発想は欠片ほどもないロイだった。
 
 
(大富豪/了)

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