▼ うわさのヒウェ子
- 拍手お礼用短編の再録。実は★★★夜に奏でると同じ日の夕食時の出来事でした。
- 女装して一番アレなのは誰だろう? と言う話題から月梨さんが描いちゃったイラストに調子に乗ってテキストをつけて出来上がったお話。
- タイトルの元ネタがわかった方は、おそらく同世代。
土曜日は少し早めに上に行くことにしている。
夕食の時間が早いからだ。加えていつもより凝った献立が出ることが多い。デザートにも気合いが入ってる。いかにも週末! って感じで年がいもなくウキウキしちまう。
第一、これくらいのメリハリがないと、つい忘れちまうものな。締め切りまでの残り日数以外の日にちの数え方ってものを。
「腹減った。今日の飯なに?」
「まだ少しかかるよ」
「さいですか……それじゃ」
どっかとリビングのソファに腰を降ろす。携帯を出すか、新聞をめくるか、さてどっちにしよう。
すると。珍しいことにレオンが雑誌を一冊テーブルに載せ、すっと指先でこっちに押しやってきた。
「お、ありがとうございます」
ごく自然に手にとり、ぺらりと開いて……硬直した。
「こ、これは………」
「ああ、うん。雑誌の整理をしていて見つけたんだ。懐かしいだろ?」
懐かしい?
冗談じゃないよ! 目に入るたび、この雑誌はことごとくこの世から抹殺してきたと言うにーっ!
俺は本来写す側の人間だ。滅多に自ら被写体になることはない。だがたまには例外もある。その中で最も記憶に留めたくないケースがこれだ。
「……何固まってるんだ」
もわっと美味そうなにおいが漂ってきたと思ったら、さっと背後からがっしりした手が雑誌を奪い取ってしまった。
「ああっ」
illustrated by Kasuri
ディフはまじまじととあるページ(折り目つけてたのは誰だ! いや、聞くまでもない)を凝視して。
「……ぷっ」
盛大に噴き出しやがった。
「……ぷっ、ぶわははははっ、何だこれは!」
「あーあー、もーいっそ爆笑してくれた方がすっきりすらぁ!」
何てこったい聖ウィニフレッド様(ウェールズの守護聖人)。爆笑を聞きつけ、双子まで出てきちまった!
涙を流して豪快に笑いこけるディフを見て首をかしげてる。
やがてシエンがひょいと手元をのぞきこみ………………硬直した。
「これ………ヒウェル、だよ、ね?」
「ちっ、ちがうんだっ、これは、趣味とかそう言うんじゃなくてっ、仕事! 仕事なんだよっ」
ばばっとディフの手から雑誌を奪い取り、別のページを開く。そこには身長2m近い、岩を刻んだようなアフリカ系の美女(?)がオレンジのサマードレスを着て仁王立ち。当日、「スコーピオン・クイーン」の伝説を打ち立てた写真が見開きで掲載されていた。
「ほら、俺だけじゃない!」
「わっ、レイモンド!」
「うん……そう、レイ………」
何かただならぬ気配を感じたのだろう。ぽとっと、オーレの口からエビのぬいぐるみが落ちた。
そして飼い主は………絶対零度のまなざしでこっちを見てる。
「言い訳じゃなくて、本当に仕事なんだってば! 一昨年の四月一日に、ジョーイとトリッシュの勤めてる雑誌社で男女逆転デイってイベントがあってだね!」
男女逆転デイ。
読んで字のごとく、男女逆の扮装をして一日すごす。小学校や幼稚園で、社会勉強と余興を兼ねて行うイベントだ。
男の子と女の子の違いや共通点を体で覚え、相互理解を深めようってことらしんだが……子どもの時はもっぱらはしゃいでた。
で、成長とともに余興の割合が増えて行き、そのうち自主的にやり始めるようになる訳だ……ハロウィンとか文化祭、あるいは寮のパーティーの馬鹿騒ぎとして。
さらに、いい年こいた大人がやらかすと……金にあかせてこり出す分、悪ノリ度に拍車がかかってすんごいことになる。
うっかりその日が四月一日ってことを忘れ、わざわざ徹夜明けに原稿と写真を届けに行ったのがそもそものまちがいだった。
徹夜明けでぼーっとした俺の襟首を、ジョーイがむんずとつかまえ、女性陣に売り渡してくれやがった。
「ウィッグはいらないわよね」
「そーね。十分長いもの。まーこの髪! 無駄にツヤツヤしちゃってにくったらしい」
「せっかくだからリボンもつけちゃえ」
「体が細いからタイトなデザインは似あいそうにないわね。ニットにしましょ!」
「何、あんたスネ毛ないの? 卑怯だわ!」
「まーお肌かさかさじゃないの。それにこのクマ! パックしときましょ」
あれよあれよと言う間に着替えさせられ、パックにクリーム、化粧までされて。
はっと気付くと写真を撮られていた。隣にいる巨大なスコーピオン・クイーンがレイモンドだと気付くまでにしばらくかかった。
一ヶ月後、束で届けられた見本誌はことごとく抹殺した、はずだった。
レイモンド経由でレオンの事務所にも行ってたのか………! いや、予想すべきだった。
「……あ、もしかして、このお下げの女の人は、ジョーイ?」
「うん。それ、ヅラ」
「こっちの、スーツ着てんのはトリッシュか」
「そ」
「で、これは……………」
「ええい、しみじみ見るなーっ!」
シエンは小さな声でぽつりと
「…………………すごいね」とつぶやいた。
「うん、すごいだろ」
ちりん、と鈴が鳴る。オティアが床にかがみこんでエビのぬいぐるみを拾ってる所だった。目があうと、肩をすくめてふ、と軽くため息をついた。
※ ※ ※ ※
オティアは思った。
仕事なら、しかたない。周りの男性陣に比べれば、穏やかと言うか、マシなレベル……と言えなくもない。目もうつろだし、あいつの言う通り、ぼーっとしてるうちに否応なしに女装させられたのだろう。
気の毒………いや、同情する必要もないか。
そもそも、その仕事からして好きでやってるんだから。
「で、こっちが去年の分」
「レオンーっ!」
illustrated by Kasuri
前言撤回。
(だめだ、こいつは)
ぷいっとそっぽを向くと、オティアはすたすたとキッチンへと向かった。ちらとも振り返らず、まっすぐに。
(うわさのヒウェ子/了)