ようこそゲストさん

とりねこの小枝

メッセージ欄

2011年11月の日記

一覧で表示する

2.まずは治療だろ?

2011/11/23 1:55 騎士と魔法使いの話十海
 夢中になって抱き寄せて、フロウの唇を貪った。
 髪の毛、肩、背中、腰、肉付きのいい尻。手の届くところをなで回し、もみあげる。

「う、うぐ、ふっ、ん、ん、んんっ」

 何やらしきりと文句を言ってる気配がするが、舌をからめちまったから、もう言葉にはならない。
 根元から先っちょまで念入りに吸い上げる。感覚の鋭い先端は特にじっくりと。くすぐりながら、啜りながら、じゅるっとわきだす唾液をのみこんだ。
 
(甘い?)

 また何か食ってたんだろうな。蜂蜜か。それとも果物の砂糖漬けか、飴玉か。

 ほんと、子供みたいな味覚してやがる。
 俺の二倍も年上のくせに。
 おかしくて、笑いがこみ上げてくる。だがこっちもがっぷり吸い付いてるから、声が出せない。咽の奥が震えて、妙な音が響くばかり。

「むぅ、う、ううっ」

 笑ったのがシャクに障ったのか、あるいは息苦しくなったのか。ぐい、と胸を押された。

「うぐっ」

 押し当てられた掌は、ものの見事に傷の上。思わずうめき、腕の力がゆるむ。

「ぷっはぁ……」

 舌先から、絡み合った唾液が糸みたいに滴った。無造作に手の甲で拭うと、フロウはじとっとにらみつけてきた。

「いきなりだな、おい」

 悪いか、とか。したいからした、とか、いつもならすかさず混ぜっ返す所だ。
 そう、いつもなら。

「う……」
 
 顔をしかめて呻いていた。
 乾きかけた傷口が押され、じわっと内側から何かがにじみ出す。それも一つ二つじゃない。(その辺りは特に集中して打たれていたのだ)

「ダインっ?」

 生々しい血のにおいに気付いたか。さっとフロウの顔が青ざめた。

「お前、怪我してるな?」
「うん……一応、薬塗っといたから大丈夫だ」
「どこがだ!」

 手早くボタンを外され、ばっと上着の前を開けられた。
 軍服の襟で隠してあった、ミミズ腫れがさらけだされる。
 
「道理で、珍しく首筋まできちーっと留めてやがると思ったら……」

 蜜色の瞳でにらまれる。
 シャツの上に黄色と赤の入り交じった染みが広がっていた。馬に揺られている間にも、じくじくにじんでいたらしい。
 フロウの指が踊る。あっと思ったら手際よくシャツまではだけられていた。

「雑な包帯の巻き方しやがって。すっかり緩んでるぞ、おらっ」
「……ごめん」

 顔をくっつけて、まじまじと胸の傷を見られた。息がかかり、くすぐったいやら、むず痒いやらで体をよじって逃げそうになる。
 
「こら、動くな!」

 むんずとシャツを捕まれた。

「この傷……鞭か」
「うん。鞭だ」
「派手にやられたな」
「……言うな」
「こりゃあ、普通のやり方じゃ、なかなか治んねぇぞ。塞がらないように、巧妙に計算した上で傷つけてるからなあ」

 傷口見ただけで、そこまでわかっちまうのか。
 さすがだ、薬草師。
 感心してたら、ぽふっと奴の手が頭にのっかってた。

「よく、がんばったな」
「っ!」

 優しい指先が、頬の傷をなぞる。鞭の先端が弾いた皮膚の裂け目に触れぬように。その一言で、腹の底にくすぶっていた熾火がすうっと冷えて、固まり、小さくなって。
 豆粒ほどの小石になってころころ転がって……つぷん、と記憶の底に沈んだ。

「うん。がんばった」

(ああ)
 
 フロウが好きだ。
 好きだ。
 どうしようもなく好きだ。

 あふれ出す熱い泉に満たされるまま、改めていいにおいのする体を抱きしめて。キスのやり直しをしようと構えたところを……

「こら」

 むぎゅっと鼻をつままれた。

「ふが、何、ひやがるっ」

 くつ、くつと咽の奥で笑ってやがる。ああ、その声だ。その声聞いちまったら、逆らえない。

「まずは治療だろ? お楽しみは、その後だ」
「………」

 素直に手を離すしかなかった。

「わかった」
「よし、いい子だ。それじゃあ取り合えず」

 するりと俺の腕から抜け出して、奴はさらりと言ってのけた。

「脱げ。全部だ」
「今、ここでかっ?」
「当たり前だ」
「………」

 冗談だろ? 夕刻とは言え、まだまだ陽は高い。

「店、営業中じゃないか。誰か入って来たらどーすんだ!」
「おーおー良く言うよ。さっきこの場でおっぱじめようとしてたのは、誰だ?」
「うぐっ」

 言葉に詰まる。

「脱げよ。今更恥じらうような仲でもねぇだろ。それとも、おいちゃんが手伝ってやろうかあ?」

 ぎりぎりと歯ぎしりしながら上着を脱いで、椅子の背に引っかける。
 フロウはカウンターに肘をつき、にやにやしながらこっちを見てる。

「ったく、何が楽しい!」
「俺が楽しい」
「……そうかよ」

 今更背中を向けるのもしゃくに障る。シャツのボタンを外して、そろりと肩から抜き取った。
 包帯の上に、じくじくと赤と黄色が染みている。シャツよりもずっと濃く、湿っていた。

「相変わらずいい体してるねぇ。そら腰の一つも振ってみろよ」
「阿呆か! おら、脱いだぞ」
「ま、だ、だ」
「……まさかお前……」
「全部脱げっつったろ?」

 ちろっとフロウは舌を出し、唇の回りを舐めた。

「全部だ、ダイン。上も下も、下着もブーツも全部」
「この、変態!」
「その変態に惚れてんのは誰だ?」

 くそーっ、くそーっ、くそーっ!
 逆らえないって知ってて言ってやがる!

 ブーツを足から抜き取り、床に転がす。
 ここでためらったら、こいつを楽しませるだけだ。ズボンのベルトを外し、下着もろとも一気に引っこ抜いて。腕組みして仁王立ちして言ってやった。

「脱いだぞ、おら!」
「……包帯」
「これも解けってか!」
「いや、別にお前がいいっつーならそのまんまでもいいけどよ?」

 ちょこん、と小首をかしげて。じとーっと舐めるような視線を向けてきた。
 ねちっこい視線が肌の上を這いずる。触られてもいないのに、背筋がぞわっとくる。
 いやでも皮膚が、こいつに触れられた時の。舐められた時の記憶を辿っちまう。

「全裸に包帯って、ものすげえやらしい」
「~~~~~~~~~~っ!」

 一気に包帯をむしりとる。乾いた体液の表面がひきつれ、ぴりっと傷口が裂けた。

「ってぇっ」
「馬鹿だねーまったく。一気にはがす奴があるかい」
「るっせえ」

 ぜいぜいと息を切らしていると、フロウはじいっと顔を寄せてきた。

「飼い主に無断でこんな傷つけて来やがって、この馬鹿犬が。誰にお仕置きされた?」
「んな訳、ねぇだろっ」
「だよなあ。お前さんがおいそれと、素直に鞭打たれるとも思えないもんな」

 傷の痛みに引きずられ、ぴりぴりと鋭敏になった皮膚に息が当たってる。
 すぐそばに、唇の熱さを。舌のぬめりを感じた。

「人質でも、とられたか」

 黙ってうなずいた。

「なあ、ダイン」
「ん」
「勃ってるぞ」

 言うなり股間をなで上げられた。
 
「おぅおっ」

 やばい、変な声出た!

「文句言いながら、お前さん、しっかりやる気になってるじゃねぇか」

 甘い声が耳元にささやく。

「……この、変態」
「るっせえっ」

 囁かれる声が、耳の穴から流れ込み、思考と理性を侵食する。
 毒薬よりも深く、蜂蜜よりも甘く……。

「せっかくだから、一発抜いとくか?」
「何……言ってやがる……」
「さーて、どーしたもんかねぇ。自分でやるか? それとも、俺が抜いてやろうか?」
「う………あ……」

 口が開き、咽が震え、答えに成ろうとしたその時だ。
 カタン、と音がした。

「おわっ」

 客かっ? 誰か来たかっ? 髪の毛がもわっと逆立ち、その場で10センチほど飛び上がった。ひっつかんだシャツでかろうじて股間を隠し、冷や冷やしながら音のする方を伺うと……。

「ぴゃあ」

 ちびが居た。
 天井の梁の上にうずくまる、黒と褐色の斑模様の猫。金色の瞳をまんまるにしてこっちを見下ろしている。長いしっぽがひゅうんとしなり、鷲に似た翼が広がった。

「ぴゃあ、ぴゃあ、ぴゃーあ!」

 梁から飛び立つと、ちびはふわりと俺の肩に舞い降りてきた。

「とーちゃん、とーちゃん!」

 つぶらな瞳で見つめられる。

「とーちゃん、おかえり、おかえり!」

 ふかふかの毛皮がすり寄せられる。
 ものすごーく……いたたまれない。

「ただいま、ちび」
「ぴゃあ」

 ばさっと、頭の上から毛布をかぶせられた。

「うぶ?」
「それ着て待ってろ。準備できたら呼ぶから」
「……うん」

 もふもふとくるまり、椅子に座る。ちびが膝の上に乗ってきて、ころりと丸くなった。

 その間にフロウは奥に引っ込んで、何やらごそごそとやり始めた。
 やがて、つーんとした薬草のにおいが漂ってきた。ちびが浴室に通じるドアをにらみ、もわっと毛を逆立てる。その時になってようやく思い出したんだ。
 そう言えば、治療始めるとこだったな、って。

次へ→3.薬草風呂どろどろ
    web拍手 by FC2

1.疼く傷

2011/11/23 1:54 騎士と魔法使いの話十海
 任務で痛い目を見た。

 いつもの事だ、いい加減慣れてる。
 今更傷痕の一つ二つ増えたところで別段どうってことはない。きちんと洗って、薬さえ塗っておけばそのうち治る。
 ただ今回に限っては、少しばかり事情が違っていた。
 体よりもむしろ、抉られたのは中味……有り体に言ってしまえば、個人的な『自尊心(プライド)』だったのだ。

 手っ取り早く説明すると、こうだ。
 人質を取られ、否応なく武装解除させられた上に投げ縄でふん縛られ、鞭でしたたかぶちのめされた。

「貴様ごときが、騎士を名乗るもおこがましい」
「いやしい野良犬め。獣には獣に似合いの扱いをしてやろう!」

 鞭で打たれた傷ってのは思いの他厄介だ。
 皮膚も肉もぱっくり裂けて、なかなか塞がらない。加えて打撲と裂傷が同時に刻まれ、見た目よりずっと奥まで傷が入る。
 しかも、 ご丁寧に一度打った場所を二度、三度と重ね打ち。傷の一つが治りかけ、肉が盛り上がるともう一つが広がる、と言ったあんばいにわざと治りにくいように『工夫』していやがった。
 よっぽど人をいたぶるのに慣れているらしい。

 獣呼ばわりされ、顔も腕も胸も、容赦なく正面から打ち据えられた。
 あまりの屈辱に、腑が煮えくり返ったが。

「避ければ人質を同じ目に合わせるよ」

 ……なんて脅されたら逃げる訳にも、避ける訳にも行かない。甘んじて打たれるより他に道はなかった。
 幸い、打たれ強さには自信があった。
 ひたすら鞭打たれ、罵られるのを耐えていたらそのうち、向こうの方が息切れしてきた。ずっしり重い革鞭は、振り回すのに相当体力を使うらしい。

 野良犬は喧嘩の仕方を心得ている。

 頃合いを見計らって、倒れるフリしてブーツに仕込んだナイフを抜いた。
 うずくまり、苦痛に呻く演技をしながら、こっそりと腕を縛る縄を切った。
 
 案の定、調子づいた相手がのこのこ寄ってきた。蹴り付けようと、振り上げた足を掴んで形勢逆転。人質にされていた女の子も無事救い出し、めでたく一件落着と相成った訳だが……。

 腹の底にくすぶる怒りが、未だに消えない。
 とっくにケリは着いてる。あの場ではあれが最善の策だった。わかっているのに、どうにも腹の虫がおさまらない。
 ちょっとでも油断すると、野良犬呼ばわりされて、それこそ犬みたいに鞭打たれた瞬間に戻ってしまう。どろどろに溶けた鉛のように、怒りと悔しさが泡立ち、吹き上げ、腹を焼く。咽を焦がす。
 
 妙な話だ。
 きっちり借りは返したはずなのに。
 足を捕まれ、組み伏せられた時の相手の顔を、はっきりと覚えている。
 いい気味だった。すかっとした。
 だがそれ以上に、自分を罵る楽しげな顔が。浴びせられた言葉がくっきりと焼き付いている。

 取り調べの名目で、件の男を鞭打つ事もできようが……。
 そうした所でこの悔しさが消える保証はない。それ以前に、ただの八つ当たりだ。

(やり返したら、奴と同じ位置まで堕ちる)

 やり場のない憤りを持て余しつつ、兵舎に戻る暇も惜しみ……
 気付くと、街の裏通りへと向かっていた。自分で手綱を向けたのか。それとも、黒が自主的にそっちに歩いていたのかはわからない。

 どこか夢見るような心地で通い慣れた薬屋の裏庭へと回り、厩舎に馬を入れた。
 改めて表に回り、ふらりと店に入る。香草、薬草、一部は毒草。花に葉っぱに実に根っこ。
 煎じて飲むもの、傷口に塗るもの、いぶして吸うもの。オイルに浸して、あるいはもっと手軽にお茶で。
 ありとあらゆる『薬』と名のつくものが、ガラス瓶に収められ、あるいは束ねたまま天井からぶら下がり、ひしめいている。

 術の媒介になるらしい粉末とか、葉っぱとか。あるいはちょっとした小物……腕輪やリボン、指輪に首飾り。その他用途のわからない雑多なものがきっちり並んだ、華やかな一角もある。

 梁がむき出しになった天井は高く、外から見るより店の中の空間は、ずっと広い。

 毒も花も薬も一緒になって香る空気の中に、奴が居た。
 奥のカウンターの向こうに腰かけて、へらりと笑って手を振ってくる、無精ヒゲの中年オヤジが約一名。

「よう、ダイン」
「……フロウ」

 幸い、客は居なかった。
 夢中になって抱きしめた。ふわふわと妙に柔らかい髪の毛に、顔を埋めて深呼吸。干し草と、陽の光と。しっとりした肌にまとわりつく汗のにおいを吸い込んだ。

「何してる」
「……嗅いでる」
「犬か、お前は!」

 ああ。似たようなこと言われてるのに。何で、こいつの言葉はこんなに甘く響くんだろう。見えない指先で、ささくれた心臓を包んでくれる。

「ああ、そうだよ」

 口元がゆるみ、歯がのぞく。

「お前の、犬だ」
「あ、こら何っ、んぐっ」
 
次へ→2.まずは治療だろ?
    web拍手 by FC2

【4】Good boy,Bad dog★★★

2011/11/23 1:52 騎士と魔法使いの話十海
  
 yakusouhyousi.jpg
 
  • ある日、俺の『犬』が怪我をして帰ってきた。誰かにこっぴどく鞭で打たれたらしい。妙に殺気立っている。
 
  • 「いい子にしてたらごほうびをやるよ」なだめすかして傷の手当てを始めた。どろどろの薬草風呂に浸けて……
  • おいちゃんとわんこの日常。場所が風呂場なだけに濡れ場満載。
  • 2012.1.30 表紙画像追加。クリックで拡大します。
  • ※18歳未満の閲覧はご遠慮願います。
    web拍手 by FC2

【3】he said.I say★

2011/11/23 1:38 騎士と魔法使いの話十海
  • ダイン×フロウ
  • 多分この二人はしょっちゅうこんな会話してるのでしょう。
 he said.

 —— フロウが言う。

「お前はもっと、真っ当な恋愛をした方がいいよ」

 ——— I say.

 俺が答える。

「してるよ。今。お前に!」

 月半分は一緒の家に住んで。(と言うか、もっぱら俺がこいつの店に入り浸りで)
 飯食って。キスして。毎晩一緒に寝てるのに(ヤるかヤらないかは俺のやる気とフロウの気分次第)。他のやつと恋愛しろとか、いったい頭のどこから引っぱってくるか、このおっさんは!

「もう、訳わかんねーよ!」 
「その方が幸せなんだ」
「俺の幸せは、お前といることだ」
「こんなおっさん相手に、人生捨ててどーすんだ」

 よせよ、そんな目で見るな。
 泣いてる子供を見下ろすみたいな穏やかな目。
 ほんの少し潤んで、目尻に笑い皺なんか寄せちゃって。ほお骨や鼻の周りにうっすら紅が浮いてやがる。
 何でこんなに色っぽいのか、このおっさんは。悔しいけど、どうしようもなく……滾る。

「もっといい恋できるだろうに」

 ちくしょう、顔が熱い。ガンガン、ごんごん、音がする。鉄板を叩き割るようなやかましい音。
 どこから聞こえるか、わかってる。外側からじゃない。内側から。俺の中からだ。
 むっちりした腕をつかんで、ひっつかまえて、むさぼった。
 ぽってり柔らかい唇がそれ以上、悲しい言葉を言う前に。舌を突っ込んで、栓をした。

「お前以外に恋するつもりなんてない。この先も、ずっとだ!」
「バカだね、お前」
「バカだよ。フロウのためなら、いっくらでもバカになる」
「ああ、もう、ほんっと救いようのないバカだねー、この子は……」

 顔をくしゃくしゃにして、ほっぺた真っ赤にしやがって。
 目元にえれぇ皴寄ってるじゃねえか、フロウ。
 つまり、その……嬉しいんだ。
 嬉しいんだな?

「言ってろ」

 いーいにおいのする体を抱きしめて。思いっきりなで回した。いじり回した。

 バカめ、バカめと繰り返す生意気な声が、どんどん乱れて。はあ、とか、あふ、とか可愛い喘ぎに変わって行く。

 耳から入るその声が、くすぐったくて首をすくめた。
 汗ばむ体から、あわただしく服をひっぺがして。こっちも脱いで。しまいにゃ脱ぐのと脱がすのがごっちゃになって。
 ようやく、ぺたっと裸の体と体がひっついてから、思ったんだ。

 きっと、これから何度もこう言う会話をするんだろう。その度にバカと言われて。その度にバカになって。
 流れてゆく日々の中、降り積もる想いを確かめる。

 こいつに恋するってのは、つまり、そう言うことなのだ。

(he said,I said/了) 

次へ→【4】Good boy,Bad dog★★★
    web拍手 by FC2

5.お前の名前は黒

2011/11/23 1:31 騎士と魔法使いの話十海
  
 ディートヘルム・ディーンドルフことダインがこの試合で得たものは、水色のハンカチと、金髪の乙女の信頼、そして、小山のような黒毛の軍馬。
 アインヘイルダールは家畜の名産地だ。昔から優れた馬を産出し、数多の王侯貴族へと献上してきた。
 この馬も、本来ならその輝かしい地位に列するはずだった。つややかな毛並み、頑丈な体格、勇猛果敢な性質。あらゆる面で申し分のない資質をそなえていた。
 ただ一つの欠点を除いては。
 
 何となればこの黒毛の軍馬は、とんでもない偏屈で、頑固で、気が荒く。己の背中に乗ろう、なぞと言う大それた望みを抱く輩はことごとく振り落とす、筋金入りの暴れん坊だったのだ!
 しかしながら、なまじ見てくれがいいだけに無下に荷馬や馬車馬に使うこともできず。(それ以前に、作業中に怪我人続出、なんてことになったらそれこそ洒落にならない!)厄介払いを兼ねて、馬上槍試合の賞品として『寄付』されたのだった。

 しかし、ダインはあきらめなかった。
 振り落とされてはまた乗って。振り落とされてはまたしがみつき。明け方から日没まで、果敢に挑み続けること一週間。
 とうとう黒馬は根負けした。これ以上、手間ひまかけてこいつを振り落とすより、乗せている方がまだマシだと判断したのである。
 ようやく暴れるのを止めた黒馬の首を、ダインは優しく撫でた。

「よし! 今日からお前の名前は……」

 毛並は黒い。槍試合での賞品だった。

「シュヴァルツ・ランツェ(黒い槍)だ!」

 黒毛の軍馬はふんっと鼻を鳴らし、とっ、とっ、とっと歩き始めた。新たな相棒を背に乗せて。
 ダインは満足げに目を細めた。

「いい馬だ。お前となら、思いっきり駆けられそうだよ、黒」

 今回の試合は、彼にとって一つの賭けだった。

 初めて、自分の「個人紋」を着けて出場した。公の場に、堂々と。
 彼の実父であるハンメルキン男爵の個人紋は『白地に赤のグリフォン』だった。
 ヒポグリフは半端な生き物だ。グリフォンに手籠めにされた雌馬から生まれた、不肖の子。それ故、彼はずっと『ヒポグリフのダイン』と呼ばれていた。訓練所時代からずっと、『あいつはグリフォンの落とし子だから』と、嘲りをこめて。
 事あるごとにはやし立てられた屈辱的なあだ名を今回、敢えて前面に打ち出した。
「グリフォンの落とし子だから」じゃない。
「ヒポグリフの紋様をまとった強い騎士だから」そう呼ばれるのだと。悪意に満ちた蔑称を、鮮やかに武勇で塗り替えたのだった。

『やるんだったら、とことんやんなさい! 負けたら承知しないんだからね?』
『立ちなさい、ディーンドルフ!』

 小さな勝利の女神に感謝し、そ、と胸元の銀色のロケットを手にとって蓋を開ける。
 姉の肖像画の隣に納められた、ラベンダーの花一輪に口付けを落とす。

「お前のおかげだ、フロウ」
 
 彼が背中を蹴り飛ばしてくれたから、前に進めた。
 彼と出会わなければ、樫の木の根元でうつむく、小さなレディに声をかけることもできなかっただろう。

 呟くダインの顔には、何ともうっとりとした、幸せそうな微笑が浮かんでいたのだった。

    ※
 
 モレッティ家の四の姫は、後にヒゲの薬草師に弟子入りし、魔法の才能を華々しく開花させるのだが……
 それは、もう少し先の話なのだった。
 
(四の姫と黒い馬/了)
 
次へ→【3】he said.I say★
    web拍手 by FC2