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2012年5月の日記

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教えて?フロウ先生!5—世界と神々1始祖神リヒトマギア—

2012/05/15 0:41 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!5―世界と神々1・始祖神リヒトマギア―>

暖かくうららかな午後…茫洋とした雰囲気の中年風貌が、薬草店にカウンターに紅茶とエッグタルトを乗せる。

「客の入りは少ねぇが、こういう日はのんびりするに限…」

「しーしょーぉーー!!」

のんびりとした午後のお茶の時間という目論みは、思いついてから数分で少女の声と共に掻き消えた。

     ※

「師匠~!先生に『この世界の神々について』でレポート提出の課題出されたの!手伝って!」

「いやお前…そういうのって大人が手伝うもんじゃねぇだろうが。」

自分で調べてレポートに纏めてナンボだろう、と男は返したが少女は胸を張り。

「だから、ウィッチ…魔神の神官な師匠から神様の話を聞いて、私がそれをレポートに纏める、完璧!」

「……あぁ、なるほど…つまり俺に神様について講義しろってことな…。」

「うん!流石に書くの手伝ってなんて言わないわ?私の課題だし!」

にっこりと笑い、エッグタルトを頬張る可愛い妹分に…はぁ、と諦めたように小さく息を吐き出した。
それを見て少女は笑みを深める。彼が折れた時の仕草だと知っているからだ。

「わぁったわぁった…じゃ、まずは始祖神リヒトマギアからな。」

「うん…って、あれ?始祖神?天空神じゃなくて?」

「頭の堅いプリーストは主にそう呼ぶな。『あの堕落した魔神と我らが神が同じ祖であるはずがない!』っつって。」

「えぇ~、そんな理由なの?天空神のがカッコイイからとかじゃなくて?」

「ま、その辺は今は置いとくぞ。リヒトマギアは天空神と呼ばれる通り、世界に広がる空を司る神だ。夜空の星もリヒトマギアの力の残滓だって言われてるな。
 んで、俺らが始祖神と呼ぶ通り…他の12柱の神…ひいてはこの世界を作り出した大いなる始まりの神だ。」

「え、世界を?…神様達で一番偉い神様ってのは知ってたけど…ねぇねぇ、リヒトマギアはどうやってこの世界を作ったの?」

「伝承によると…リヒトマギアはまず、この世界の外に延々と広がっている『混沌の海』を『内』と『外』の二つに分けることで、世界の殻を作ったらしい。
 リヒトマギアは聖と魔…二つの相反する力を持ち合わせた神だから、何かを『分ける』『調和させる』ことが得意なんだそうだ…。
 そして、世界の殻の内側をさらに『表』と『裏』に分けることでこの世界の土台を作ったらしい…この世界は土台の『表側』にあるんだそうだ。」

「え?じゃあえっと…この世界に『裏側』があるってこと!?」

「そうなるな、一説に寄るとそこが魔界らしいが…この辺はナデューのが詳しいかもな、異界の事は異界に詳しい奴に聞くのが一番さね。」

「じゃあ今度聞いてみる!…で、えっと…土台を作ってどうしたの?」

「っと、話が反れたな…リヒトマギアは、殻の内側に残った混沌を『光』と『闇』に分けて命を吹き込んだ…そして生まれたのが。」

「聖光神リヒテンダイトと、闇魔神マギアダルケン…?」

「おぅ、正解。」

俺の説明に割り込んで問いかけてくる少女に頷くと、いやったぁ!と喜色満面に声を上げる。
可愛いが…先生に同じことすると機嫌損ねるぞ?とは何度言っても、俺相手では直らないらしい。

「で、リヒテンダイトは光から赤・黄・青・緑・白……マギアダルケンは闇から赤・黄・青・緑・黒の色を作り出し…そこからそれぞれ5柱の神が生まれた。
 そしてそれぞれの神が土台と殻だけの世界を彩り、今の世界を作り上げた…っていうのが、一応世界の成り立ち…らしい。」

「へぇ…って、らしい?」

「あくまで伝承だからなぁ…流石に真偽までは責任とれねぇし。…まあ、世界の成り立ちはさておき、今度はリヒトマギア自身についてもう少し。」

「あ、そうね。…それでそれで?」

カリカリと白い紙の束にメモ書きのようにビッシリと男の言葉を書き連ねながら次をたずねる少女に、男は小さく苦笑いを浮かべて。

「リヒトマギアは空と星々を司る神だ。光と闇…両方の性質を併せ持つ世界の母…もしかしたら父かもしれねぇ。
 信者が持ち歩く聖印は、白と黒に塗り分けた、または灰色に染めた円盤だな。凝ったのだとそこに星のような装飾をちりばめたりもする。」

「そういえば、創生神殿の入り口にそんなのがあったような…そっか、あれってリヒトマギアの聖印だったんだ。」

「信者の数はリヒテンダイトに並ぶんじゃねぇかな?王都だとリヒテンダイトやリヒテンガルドの信者の数のが多いだろうが、世界中に満遍なく居るしな。
 リヒトマギアの教義はあれだ…『何事も程々が一番』…?」

「…何か師匠が言うと優柔不断っぽく聞こえる。」

「うっせぇっ。」

「っていうか師匠大雑把すぎ!せめてもうちょっと詳しく!」

「え~、俺リヒトマギア信者じゃねぇし…。」

「でも教義とかはちゃんと知ってるんでしょ?」

「…っち、しゃあねぇなぁ…リヒトマギアの教義は『光と闇、双方あっての生命である』だ。良い所も悪い所もあって当たり前、光があれば影ができる。逆を言えば影ができるのは光があるからだ。その両方を自分の中で折り合いを付ける事が大事だ、ってのがリヒトマギアの教義だよ。」

「…なるほど、だから『程ほどが一番』なのね。」

「そーいうこと。」

次へ→教えて?フロウ先生!6―世界と神々2太陽神と冥月神―
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【おまけ】エミルのお料理教室2

2012/05/15 0:38 騎士と魔法使いの話十海
 
「……どう、師匠」

 薬草店の台所で、ニコラが緊張した面持ちでフロウを見上げた。
 教わったルバーブのパイを、さっそく作ってみたのだ。その間、フロウは見守るだけ。何度かひやひやする局面もあったが、あくまで見守るだけ。

 皿にとりわけた一切れのパイは、あらかじめ少し冷ましてあった。フロウが猫舌だからだ。
 それを、さらにふーふーと冷ましてから、ぱくりと口に入れる。

「ん……初めて一人で作ったにしちゃ、上出来だな」
「やったぁ!」
「でもよお、ニコラ……これは……いくらなんでも……」

 味は悪くない。生地も上手い具合に混ざっていて、こんがりいい感じに焼き上がっていた。
 だが、この大きさはどうなのか。

「多い」
「えー授業で教わった通りに作ったのに……」
「どう見たってこれ、お茶会用とかの5人か6人分ある分量だぞ」

 おそらく授業では5~6名のグループで一皿のパイを作ったのだろう。その分量そのままで作ったものだから……ルバーブのパイが、巨大なパイ皿にぎっしりこんもり山盛りに。

『エミリオの奴、またずいぶんとダイナミックな指導したもんだなあ……』

 若い男ならともかく、さすがに中年の胃袋にはいささかきつい。

「6人分食えと」
「しまった、それ考えてなかった」
「んぴゃ!」

 フロウは苦笑して、肩に飛び乗ってきた猫を撫でた。

「ま、ちびがたらふく食うから大丈夫だろうけどな」
「ぴゃあ」
「余ったらダインに食わせりゃいいし」
「ぴぃ」

 噂をすれば影とやら、ちょうど店のドアが開いてのっそりと、背の高い人影が入ってきた。

「あ、ダイン来た」
「ただ今!」

 金髪混じりの褐色の髪、緑の瞳のがっちりした体つきの青年は、ひくひくと鼻を蠢かせて空気のにおいをかぎ、柔和な顔をほころばせた。

「美味そうなにおいだな!」

     ※

 ちょうどその頃。エミリオも大量のパイを前に冷汗をかいていた。
 お盆に山盛りになったルバーブのパイを、ささげ持っているのは他ならぬシャル。女神のごとき丹精な顔いっぱいに、あどけない笑みを浮かべている。

「魔法学院の生徒さんたちが、差し入れてくれたんだ」

 この展開、予測すべきだった。
 銀髪の騎士様は、魔法学院の女生徒たちにたいへん人気があったのだ。

「うん……いいんじゃないかな。美味しいものを食べると、幸せになれるしね」
「だよね! あ、ロベルト隊長や隊のみんなにもおすそ分けしてきたよ!」

 おすそ分けしてもこの量なのか。
『分量通り』に作るのが大事だと教えた。
 けれどまさか、素直に生徒の一人一人が実習で教えた分量で焼いて来るとは……。

(次からは、もっと小分けにしよう)

 心に決めるエミリオだった。

「こっちはダイン先輩にとっておこうっと」

 特大の一切れを取り分けるシャルに、思わずエミリオは目を丸くした。

「え、そんなに?」
「うん。先輩、ちびさんの分も食べるから」
「あ、そっか使い魔の維持に必要なのか」
「美味しいもの食べると、すごく嬉しそうな顔するしね!」

 確かに事実なのだけれど。
 ルバーブは食べ過ぎるとお腹がゆるくなります。くれぐれもご用心。

(エミルのお料理教室/了)

次へ→【15】鍋と鎚と野郎の裸
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【おまけ】エミルのお料理教室1

2012/05/15 0:37 騎士と魔法使いの話十海
 
  • 拍手お礼短編の再録。魔法学院の授業風景の一コマから。
  • 中級魔術師エミリオくん、後輩を指導することになったのですが、その中に若干一名、浮いてる人が……。
 
 エミリオ・グレンジャーは当惑していた。
 魔法学院で学ぶ傍ら、今期から講師として初等科の訓練生たちを指導することになったのだが。
 担当は『薬草調理実習』。材料の採取から調理に至るまで、一貫して訓練生の手で行う薬草学の応用だ。
 もちろん、食べる所まで。

 場所は学院の薬草畑の真ん中に立てられた、実習用の工房だ。平屋造りの小屋の中には、オーブンのついた大きな炉や作業用のテーブルをはじめ、およそ調理と調合に必要な物がほとんど全て揃っていた。
 すぐ外には、新鮮な水の汲める井戸まである。

 テーブルには、先ほど訓練生たちが摘んできた赤いルバーブが積み上げられている。
 食用に適さない葉っぱの部分は既に除かれ、親指ほどの太さで、大人の腰のあたりまでの長さの茎が切り口から赤い果肉を覗かせていた。

 工房の中には、みずみずしい甘酸っぱい香りが満ちている。
 正にこれから、調理を始める所なのだが。

 訓練生たちはそろいの三角巾をきゅっと絞め、めいめいエプロンや前掛けを身に付けている。男子の中に時折、実習用の白衣を着た者がいたりするのもほほえましい。
 だがその中に若干一名、明らかに………他の訓練生より抜きんでて背の高い人物が混じってたりする訳で。
 できれば気がつかないふりをしたい所だが、到底無理だ。目立ちすぎてる。
 深いため息をつくと、エミリオは『浮きまくってる一名』に向き直った。

「何でそこに居るんですか、ナデュー先生」

 焦げ茶の艶やかなロングヘアーの前髪に、一房混じった鮮やかな赤。金色の瞳を細めると、召喚士ナデューはにっこり笑って首をかしげた。
 
「見学?」
「いや、そうじゃなくて……何でそっち側に居るんですか」
「私は薬草学は専門外だからね」

 ちゃっかり三角巾で髪の毛を覆って、エプロンを身に付けている。それも新婚さんかと突っ込みたくなるような、ふわふわのフリルつきのを……。
 お陰で女子の中に混じっていてもそれほど違和感はない。抜きんでて高いその背丈がなければの話。

「で、今日の献立は何?」
「食べる気満々ですね?」

 ナデューは素知らぬ顔で訓練生を見回し、晴れやかに言った。

「美味しいものを食べると幸せになれるよね!」
「はい!」
「はーい!」

(ああ……)

 この展開、予測しておくべきだったか。ま、いっか。幸い、材料はたっぷりある。一人増えても問題ない。
 小さくため息をついて、悟り切った笑みを浮かべるとエミリオはチョークを手に黒板に向かった。

「今日の献立は……」

 かりかりと書き終えると、再び訓練生たちに向き直る。

「ルバーブのパイです」

 ぱちぱちと拍手があがった。筆頭はもちろん、ナデュー先生である。

     ※

「じゃあ、まずはルバーブを切って。長さは小指の第一関節くらい」
「先生、皮はむかないでいいんですか?」
「いいんだ、そのままで。ちゃんとしたお菓子屋さんや、料理店ではむくけどね」

 訓練生たちは、真剣な顔でざくざくとルバーブを刻み始める。アンズに似た甘酸っぱい香りが一段と強くなった。

「刻んだら、砂糖と片栗粉をふって、しばらく寝かせる。その間にパイ生地作りだ」

 しょりっと小さな音がした。
 手を止めてエミリオはじとーっと目を細め、音の主を睨め付けた。

「先生。つまみ食いはやめてください」
「ごめん、あんまりいい匂いだったから、つい」

 小麦粉にクルミのみじん切りを加えて、分量分の砂糖と一緒に混ぜる。

「粉と砂糖はきっかり量ること。好みで調整してもいいけれど、君たちはこれが初めてだからね」
「調整って?」
「甘いのが好きなら、砂糖は若干多めに。逆に甘いのが苦手な人と食べるのなら、控えめに……あの、先生」
「ん?」
「今回は最初ですから、分量通りでお願いします」

 ナデューは肩をすくめて、口をとがらせた。その手にはちゃっかり砂糖壷が握られていた。

「ちぇー」
「焼き上がったら、ハチミツかけていいですから!」
「メープルシロップがいいな」
「はいどうぞ!」

 だんっと大瓶に詰めたメープルシロップをテーブルに載せると、ナデューはほくほくとした顔で確保した。
 気を取り直して続ける。

「ここからが勝負だ。手早く行こう」
「そうだね、皆ちょっと両手を出して!」

 ナデューに言われて、訓練生たちは素直に両手を出した。

「ちょっとだけひんやりするよ……」

 掲げられた両手に、いつの間にかナデューの肩の上に出現していた白い小さな竜が、ふーっと息を吹きかける。

「ひゃっ」
「冷たいっ」
「OKOK、これでいい。ご苦労さん、シュガー」
『どういたしまして』
 
 白いドラゴンは上機嫌。ナデューの肩の上で、ちょこんと首をかしげて作業を見守った。

「よし、それじゃ小麦粉とバターを混ぜるんだ。ささっと手早く、指でつぶして。パンやクッキーと違って練る必要はない。ぽろぽろするくらいで丁度いい」

 ぽろぽろと、ぽろぽろと口々に唱えながら生徒たちはバターを混ぜ始めた。

「何で、手、冷やしたんですか?」

 ニコラが問いかける。

「できるだけバターを溶かさないためだよ」

 エミリオが答える。

「パイ生地を作る時のポイントなんだ」
「使い魔に手伝ってもらうのも、有りなんですか?」
「もちろん!」

 ナデューがにこにこしながらうなずく。

「君たちは魔法訓練生だし、ここは魔法学院だからね!」

 陶器のパイ皿にバターを塗って、そぼろ状に混ぜた生地を敷き詰める。さらにその上に先ほど刻んだルバーブを載せて……

「火加減はどうかな?」

 にゅっと炉から首を出した火トカゲが、かぱっと赤い口を開けて一声鳴いた。

「っきゅ!」
「……OKですね」
「うん」

 温めたオーブンにパイ皿を並べて、巨大な砂時計をひっくり返した。

「後はひたすら焼き上がるのを待つ」

 砂時計の砂が落ちきる頃には、小麦とバターの焼ける美味しそうなにおいが漂っていた。
 オーブンを開けて確認する。

「どうかな?」
「ほんのり焦げ目がついてます」
「狐? リス?」
「狐……かな」
「よし、できあがりだ」

 ほこほこと湯気の立つルバーブのパイ。切り分けると、鮮やかな赤紫がこぼれ落ちた。

「わあ、きれい!」
「いいにおーい」

 皿にとりわけ、泡立てたクリームを添えて……

「いただきます!」

 メイプルシロップをこんもりかけたパイを口に入れると、ナデューは満面の笑みを浮かべた。

「んー、美味しい!」

 てちっと小さな竜が一口、お相伴に預かる。ぺろりと口の周りをなめ回し、満足げにうなずいた。

『でりしゃす』

 今日、初めて菓子作りに挑戦した子も多かった。生地の混ざり方も均一ではなく、焼き上がりもお世辞にもさっくりとは行かない部分が混じっていた。
 ルバーブの切り方も不ぞろいで、一流菓子店のパイには遠く及ばない出来栄えだったけれど……。

 その一言で、訓練生たちは嬉しそうに。そして誇らしげに、ルバーブのパイを口に運んだのだった。

     ※

 こうしてエミリオの初めての指導授業は無事に終わった。
 教室に戻る訓練生たちを送り出し、工房でレポートをまとめているとナデューがぽつりと言った。

「で、来週は何を作るのかな、エミリー」

 手を止めて、眉をしかめる。

「その呼び方止めてください」
「後輩たちの前では自粛したじゃないか、ね、エミリー?」

 確かにその通りだった。実習中はずっと『グレンジャーくん』。呼び慣れた乙女チックな呼び名は使わずにいてくれた。

「……バジルとオレガノのマフィンにしようかと」
「いいねーいいねー」

 浮き浮きしている。声がもうスキップしそうな勢いだ。

「食べる気満々ですね?」
「美味しいもの食べると幸せになれるよね!」
「………」

 今日は初めての指導授業で、内心ものすごく緊張していた。だけどこの人が居てくれたおかげで途中からすっかりいつものペースに戻っていた。
 そのことは感謝している。
 自分のことを気にかけてくれたんだろうか。それとも……単にお菓子を食べる機会を逃さなかっただけなのか。
 ちらっとナデュー先生の方を見る。金色の瞳がすうっと細められた。

「ね、ね、エミリー。マフィンにヒヨコ豆は入れる?」
「入れて欲しいんですね」
「うん!」
「……わかりました」

『ヒヨコ豆、追加』手元のノートに書き込むと、エミリオはくるっと丸で囲んだのだった。

次へ→【おまけ】エミルのお料理教室2
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【16-9】祝福されし者よ★

2012/05/15 0:36 騎士と魔法使いの話十海
 
「後で教官から聞いた話なんだが、リーゼとハインリッヒは俺からの手紙を受けとって、すぐにすっ飛んできたらしい」

 と言ってもさすがに現役の領主夫妻が館を空けるんだ。何のかので準備に手間取り、王都に着いたのはちょうど俺が、礼拝堂に篭ってる時だった。

 そうと知らずに訓練所に行って、オーランド教官に声かけたんだな。

「あの、こちらにディーは……ディートヘルムはいますか?」
「貴女は?」
「申し遅れました、アネリーゼ・ディーンドルフと申します」
「ああ、あんた、ダインの従姉(ねえ)さんか!」
「ダイン?」
「うむ。ここじゃ皆そう呼んでるよ。ディーンドルフを縮めてダインってね」
「あの子ったら……」

 リーゼは頬を染めて、そりゃあもう嬉しそうにほほ笑んだ。だが教官の次の言葉を聞いて、血相を変えた。

「いやあ、良かったよ。安心した。せっかくの騎士宣誓の日に、身内が一人も来ないってのはあんまりに寂しいもんなぁ」
「何……ですって?」

 教官曰く、『髪の毛がもわっと逆立ち、緑色の目がめらめらと燃え上がって、そりゃあもう美しくもおっそろしい』形相だったそうだ。

「あンの薄情者の甲斐性無しがーっ」
「リーゼ、リーゼ! 落ち着いて」

 ハインリッヒになだめられなきゃ、そのまんま男爵家に乗り込みそうな勢いだったらしい。

「あの、それでは授与者は誰が?」
「俺が頼まれた」
「そうですか……あの子は、あなたを信頼しているのですね」
「幸いなことに、な」
「だったら私の気持ちもわかってくださいますよね?」

 そして、彼女は言った。

「………あの……その……大それたお願いだって言うのは、重々承知で申し上げます。授与者の役を、私に譲っていただけませんか? 私はディーンドルフ家の当主です。女領主で、あの子の家族です。授与者たる資格があります!」

「そいつぁ、何とも、願ったりかなったりだ!」

 オーランド教官は二つ返事で頷いた。もとより、ご婦人の頼みを断る人じゃないしな。

「うん、ダインの奴も喜ぶだろう。本当に、あんたが間に合って良かったよ、レディ・ディーンドルフ」 

     ※

「で、お前さんはディーンドルフの騎士になった、と」
「うん」
「っかああ、もったいねぇなあ!」
「何で、そうなる」

 フロウは弾みをつけてむくっと起き上がった。

「だってよお、お前、それじゃ男爵家の家督相続権は」
「きっぱり捨てた」
「もったいねぇなあ。れっきとした息子だってのに。爵位継ぐのは無理でも、それなりにいい暮らしが約束されたはずだろ?」

 確かにその通り。だが祝福されない地位だ。望まれない財だ。

「ったくどんだけ世渡り下手なんだお前さんは! 男爵家の家名を継いどけば、こんなど田舎に飛ばされる事もなかったろうによぉ」
「いいんだ。こっちに来たから、お前に会えた」

 立て膝で座ったまま、フロウは膝の上に顎をのっけて、じとーっと上目遣いに見上げて来る。

「馬ぁ鹿」

 ほんのりと赤らむ頬を手のひらで包み、顔を寄せる。

「言ってろ、ばか」

 憎まれ口の最後の一音は、重ねた口の中へ吹きこんでやった。

    ※

「……誰かに膝枕されたのは、それが最後だ」
「ふーん……」

 わんこの頭を膝に乗せ、髪を撫でる。しっとり汗ばんだ金髪混じりの褐色が、指にまとわりつく。耳の後ろをくすぐると、目を細めて身じろぎした。

「お前さん、さっきさくっと暗殺されかけた話、したよな」
「よくある話だろ?」
「そりゃ、まあそうだが……自分の事だろうがよ」
「別に、それが初めてじゃなかったから」

 図太いのか鈍いのか。知ってるようで実はこのわんこのことを知らなかったんだなと思う。

「お前の半生、一度じっくり聞いてみたいよ」
「機会があったら話す。でも今は……何か、疲れた」

 ほんとうに、ダインは疲れた顔をしていた。毛づやもないし、目からも声からも力が抜けている。

(あー、あー、あー。自覚してないだけで、しっかりダメージ受けてるじゃねえか、こいつ!)

「この話、ニコラには内緒だぞ。あ、シャルダンにもな」
「何で」
「聞いたら、きっと泣く」

 違いない。シャルはダインへの深い思いやりから。ニコラは激しい怒りと悔しさで。
 だが、どちらも優しさである事に変わりは無い。

(ったく。姫様の涙は見たくないってか?)
(どこまでかっこ着けるかね、この意地っ張りは!)

 騎士の誓いには爾来、名誉も誇りも含まれぬ。
 騎士であるから、かくあらねばならぬと己を律し、挫けた心を奮い立たせる。ぼろぼろになるほど歯を食いしばり、涙も汗も一緒くたに飲み込んで立ち上がる。
 その時、名誉とか誇りって言葉が必要になるのだ。

「寝てろ、ばぁか」
「うん……」

 ゆるゆると頭を、首筋を撫でる。ダインは目を閉じて、顔をすり寄せてきた。

「あったかいな……気持ちいいな……」
「そりゃ、どうも……」

 そのまま抱き寄せ、寄り添い、横になる。
 ゆっくり眠れ、ダイン。
 祝福された、ディーンドルフの騎士よ。

(望まれなかった騎士/了)

次へ→【おまけ】惑い花の残り香
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【16-8】宣誓式

2012/05/15 0:35 騎士と魔法使いの話十海
 
 グレイスを見送った後。訓練所に戻る途中で、聖堂に立ち寄った。
 町の片隅の教会だ。ここに通うのはほとんどが市井の人々で、親父みたいな貴族は滅多に足を踏み入れない。
 二日後、ここで俺は騎士になる。

 中央の祭壇の奥には、灰色のローブをまとい、右手に天びんを掲げた背の高い老人を描いたステンドグラスが掲げられている。
 天空神リヒトマギアだ。
 ゆっくりと刻まれた聖句を読み上げる。

『汝中庸たれ、秩序ある混沌こそ平穏なり』
『光と闇は表裏なり。どちらが過ぎても滅びとなる』

 祭壇を囲むようにして、聖堂の壁には12の小祭壇とアーチ型のくぼみが設けられていた。
 床には白の六角形と黒の六角形のモザイク画。白の六角の先のアーチには6柱の聖神。黒の六角の先には6柱の魔神。それぞれの神の姿を描いたステンドグラスと、言葉を刻んだ石版が収められている。
 高さは子供の背丈ほど、大きさに限って言えば大聖堂には遠く及ばない。
 だがいずれも工房の親方たちが丹精込めて作り上げ、寄進したものだと聞いた。鉄の枠は鍛冶職人が。色とりどりのガラスはガラス職人が、アーチの細工と石版は石工が……と言った具合に。

 一つ一つ見て回る。
 宣誓の儀式では、誓いを立てる神を選ばなければいけない。しかし俺はまだ迷っていた。決め兼ねていた。
 これまでじっくりとそれぞれの神の言葉と向き合ったことはない。

 だが今は……自分の足音と息遣いだけが聞こえる聖堂の中、記された言葉の一つ一つが直に語りかけてくるように思えた。

 光と意識、そして秩序を司る六柱の聖神。闇と無意識、情熱を司る六柱の魔神。そして全ての根源、天空神。
 一巡りしてまた最初に戻り、二巡目を踏み出して……足が止まる。
 目の前には白馬を従え、赤とオレンジ、黄色を鏤めた旗を掲げた、堂々たる男神の姿が描かれていた。聖光神リヒテンダイトだ。

『太陽の恵みは平等なり、全ての者に太陽の加護を』
『希望を失うことなかれ、諦めが陽光を翳らせると知れ』

「…………」

 それは、暗く閉ざされた部屋に差しこむ、一条の陽の光。
 無意識のうちに手を伸ばし、ステンドグラスから降り注ぐ光を受け止めていた。

「希望を失うこと……なかれ」

 くっと拳を握りしめる。刻まれた言葉と、自分の声が一つになって、すうっと中に入って来る。
 食いしばった歯がゆるみ、揺れていた心がかちりと固まった。

「俺は、俺を愛してくれる人、守ってくれた人たちの名を背負って生きて行こう」

     ※

 翌日、リヒテンダイトの司祭から洗礼を受けた。
 その後、礼拝堂に一人篭って夜通し祈りを捧げるのだが……正直、寝ないで居られるかどうか不安だった。

 実際には、洗礼の直後から体の中がぐにぐにと、見えない手でこね回されるみたいな感覚が始まって。一晩中、むず痒いやら気持ち悪いやらで、とてもじゃないが眠くなるどころの騒ぎじゃなかった。
 こんな時ってのは、やたらと昔のことばかり思い出す。それも、楽しい思い出よりは、苦かったり悔しかったり、悲しいことばかり。
 熱にうなされた時みたいに、延々と。

(グレイス。グレイス。何故あの時、俺を殺さなかった?)
(ほんのひとたらし、耳に注げば全て終わったはずなのに)
(どうして瓶を落としたりしたんだ?)

 問いかけても答えは出ない。
 だらだらと冷汗を流し、リヒテンダイトの祭壇の前にうずくまって耐えた。
 真新しい騎士の剣を支えにして、何度も誓いの言葉を唱えた。

(俺が笑って生きるのを、許さない人がいる)
(だけど俺は生きていたい)
(こんな俺が騎士になっていいのか?)
(許されるのか?)

 裏切られるのは慣れている。嫌われるのは慣れている。
 愛することが許されないなら、せめて、与えることに、尽くすことに徹しよう。
 期待はしない。期待しなければ、裏切られることもないのだから。

 日の出とともに礼拝堂を出た時は、全身にぐっしょりと冷たい嫌な汗をかき、げっそり力が抜けていた。体の中味が半分ぐらい、削ぎ落とされたみたいな気分だった。
 這うようにして井戸端に行き、頭から水をかぶって洗い流した。塩辛い汗も、苦い涙も何もかも。
 さっぱりした所で、ぱりっとした洗い立ての礼服に身を包む。
 従騎士の制服もこれで着収めかと思うと、少しばかり感慨深い。

 軽い食事をとってから、改めて騎士の剣を腰に帯びた。

「ああ」

 思わず感嘆の声が漏れる。ギアルレイの仕事は完ぺきだった。まるで、生まれた時からそこにあったかのような馴染み具合だ。長めに作られた柄も、まったく邪魔に感じない。

「ダイン、時間ですよ」
「はい」

 神官に呼ばれ、聖堂に向かう。
 入り口の段を昇ろうとすると、軒先のガーゴイルの陰で何かがもぞっと動いた。見上げると、チャル・カルがひょこっと顔を出して、ぱちりと片目をつぶった。

(ほんと、どこにでも出てくるんだな)

 聖堂に入ると、訓練所の後輩たちや、鍛冶工房のギアルレイとその弟子たちが迎えてくれた。
 オルガンを弾くのは美味いパイを焼く食堂のおばちゃん、歌っている聖歌隊は近所の子供らだ。
 列席者の中にご立派な貴族は一人もいない。だけど、それがどうした? 皆、心から祝ってくれる。
 それが、嬉しい。
 会衆席の間の通路を抜け、祭壇へと向かうその途中。思わず目が点になった。

(え?)

 オーランド教官。何でそこに? しかも、隣に居る騎士は、あれは。あれはまさか……
 あ、こっち見た。
 笑った。まちがいない、あれは……ハインリッヒだ!

(何でだ? 何で、ディーンドルフ領に居るはずのハインリッヒがここに!)

 混乱しながらも前に進む。ここで歩みを止める訳には行かない、もう儀式は始まってるんだから!
 祭壇の前には、白い祭服をまとったリヒテンダイトの司祭と……
 金髪混じりの褐色の髪をヴェールに包み、しゃっきりと背中を伸ばした女性が一人。見つめてくる瞳は、陽に透ける若葉の緑。
 今度こそ、声を押さえることができなかった。

「リーゼ! いつ来た 何で来た!」

 オルガンの響きに混じり、リーゼはすました顔でさらりと言ってのけた。

「しっ、儀式の最中ですよ、ディートヘルム?」
「は、はい」

 慌てて背筋を正し、すらりと剣を抜く。祭壇の前にひざまずき、眼前に掲げた。柄を上に、切っ先を下にして。
 聖歌の合唱が終わり、司祭が前に進み出る。

「今日、騎士の誓いを行うのは何人たるや?」
「私です。ディーンドルフ家の子、ディートヘルムです」
「ではディーンドルフ家の子、ディートヘルムに問う。汝、いかなる存在に誓いしか?」
「我は……」

 不覚にも咽が詰まる。ええい、夜通し唱えた言葉だってのに、何今さら緊張してるか。

「我は誓う。混沌より出でし白、いと高き天空より照らす光リヒテンダイトに」
「汝、騎士としていかなる道を歩みしか?」
「我は行く。常に勇気と共に在り、この身、この剣をもちて弱き者の盾となり……」

 胸が、熱い。顔が、熱い。咽の震えや全身を蝕む倦怠感を忘れた。
 色とりどりに鏤められたガラスを通して降り注ぐ太陽の光の中、剣の柄を握りしめ、誓った。

「邪悪なる者を打ち砕かん!」

 静まり返った聖堂の中、びぃいんと金属とガラスの震える音が響いた。

(俺、こんなにでかい声出してたのか!)

「……汝が誓い、しかと聞き届けたり。汝にリヒテンダイトの祝福と加護のあらんことを」

 司祭は一歩下がり、リーゼに場所を譲った。
 衣擦れの音とともにリーゼが……ディーンドルフ領の若き女主、レディ・アネリーゼ・ディーンドルフが進み出た。
 差し伸べた俺の剣を両手でしっかりと握り、ドレスの中でぐっと足を踏ん張って持ち上げる。
 ほんの少し、刃先が揺れていた。さすがに重たいんだろうな。
 ってなことを考えてたら、剣の平で右の肩をぴしりと叩かれた。強烈な一撃に、こっちがよろけそうになる。慌てて踏ん張った所に、今度は左の肩をぴしり。

「立ちなさいディートヘルム。ディーンドルフの騎士よ」

 差し出された剣を受けとり、立ち上がる。
 どっと聖堂の中が湧いた。拍手と、口笛と、足踏みの音であふれ返った。振り返り、晴れ晴れとした気分で手を振った。
 
 こうして、俺は騎士になった。

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