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とりねこの小枝

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2015年4月の日記

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ほんと、しょーがないんだから。

2015/04/23 0:55 お姫様の話いーぐる
「エミリオ! 来てたのか」

 いきなり背後からぶっとい腕が巻き付き、あっと思った時は上半身裸のロブ隊長にしがみつかれていた。

「こ、こんばんは、ロブ隊長」
「ちょうどいい、貴様、脱いでみろ」
「ええっ俺がですか!」

 一瞬、エミリオは頭の中が真っ白になった。
 しょっちゅう詰め所に顔を出してはいるものの、自分はあくまで中級魔術師であって、騎士ではない。まさかこの脱ぎ祭りに巻き込まれるなんて!
 冗談かと思ったが、ロブ隊長はあくまで真剣だ。と言うか目が据わっている。

「いいから脱げ。シャルダンの名代だ」
「わ、わかりました……」

 そうまで言われては、脱がない訳には行かない。

「では、失礼しまして」

 ごそごそと深緑のローブを脱いで、その下に着ているシャツのボタンを外していると……

「ええい、まどろっこしい! 手伝ってやる!」

 上二つ外した所で、問答無用。べろーんっとシャツの裾をひっつかまれてまくり上げられて。
 すっぽんと引っこ抜かれていた。

「な、な、な、何するんですかあっ」
「ちまちまやっとるからだ! 何ごとも即断即決。迅速に行動するのが騎士の基本だぞ!」
「俺、魔術師なんですけど!」
「む……そうなんだよなあ……」

 ロブ隊長はため息をつくと、引き締まったエミリオの体をなで回した。胸から肩、背中から脇腹へ。筋肉の流れに沿って丹念に手のひらを滑らせる。

「惜しいな……実にいい体をしてるのに……」
「ひゃひゃ、くすぐったいです隊長!」
「実に……惜しい」

(シャル……止めてくれえっ)

 ちらっと視線を幼なじみに向けるが、シャルダンはとろーんとした目で、ロブ隊長の背中を見つめている。

(シャルーっ!)

 エミルの声なき声を聞きつけたのか。はっと表情を引き締めた。

「隊長!」
「ん、何だシャルダン」
「ずいぶんすごい傷ですねー」

 ロブ隊長の背中には、斜めに走る刀傷があった。脇腹から背中、さらに腰まで続いている。

「これどこまで続いてるんですかー」
「おう、これはだな」

 聞く方も聞かれた方もどちらも酔っ払い。周りに居るのも酔っ払い。制止する者はこの場には誰一人存在しなかった。

「ここまで続いてるぞ」

 ロブ隊長は即断即決の男だった。ズボンのベルトを緩めて、あまつさえ、その下のパンツに手をかけて、あっと言う間に腰骨の辺りまでずり下げる。
 脚の付け根の斜めのラインまでそりゃもうくっきりと。背後は尻の割れ目がちらりとのぞき、限りなく半ケツ状態になっていた。

「隊長! さすがにそれは!」

 なおもずり下げようと力を入れる手を、横合いから、気を取り直したハインツが飛びつき、押しとどめる。

「ここ、兵舎じゃないんですから!」
「む……そうだったな」

 くるりとロベルトはシャルダンに向き直った。

「続きは風呂で見せてやろう」
「はい、楽しみにしています!」

 心底楽しげなシャルダンの返事を聞きながら、そっと若い騎士たちのうち何人かが鼻を押さえ、前かがみになっていた。

「ちぃっ、惜しい」
「惜しかったねー」

 階下でフロウが露骨に舌打ちする。

「それにしても、まさかこんな所で騎士さま達のストリップを見られるなんて思わなかったよ……あ」

 何やら思いついたらしく、ナデューがぽんと手を打った。

「お祭りの余興で、騎士団の子たちが一日ストリッパー、とかどうかな!」
「おお、いいね、いいねー」
「受けると思うんだー。集まったお捻りは寄付に回して」

 その甘い口当たりに反して蜂蜜酒は意外に強い。ぱっと見しらふに見えるものの、ナデューも実はいい感じに酔っぱらっていたのだった。

     ※

(さすがにあれは、見せらんねぇよなあ)

 昨夜の暑苦しい光景を思い出しつつ、ジャムタルトを口に運ぶ。

「お茶のおかわりいるか?」
「うんください」

 その時、かたんっと天井近くの猫口が開いて、ちびが戻ってきた。ジャムタルトを見てぱあっと目を輝かせ、すとんっと飛び降りてくる。

「ぴゃ、ぴゃ」
「ちびちゃんも食べる?」
「ぴゃああ」

 はぐはぐとタルトの欠片を食べ、ぺろりっと口の周りをなめ回す。ちびをなでながらニコラが話しかけた。

「ねー、昨日はちびちゃんも一緒だったんでしょ?」
「ぴゃあ」
「楽しかった?」

 ちびはちょこんと首をかしげて、かぱっと赤い口を開いた。

「とーちゃん。ろぶたいちょー、えみる、しゃる」
「うんうん……あ、隊長さんも居たんだ」
「すとりっ」

 慌ててフロウはちびの鼻先にジャムタルトをつきつけた。

「んびゃっ!」

 すかさず飛びつきかぶりつき、危険な単語はタルトとともに飲み込まれた。

「え、何?」

 ちびは口いっぱいにタルトをほお張りつつ一言。

「ぱ」

(あっぶねぇえええ!)

「スリッパ?」
「はは、スリッパがどうしたんだろーなっ」

 冷汗をかきながら、フロウは懸命に話題をそらすのだった。
 なお、脱ぎまくった騎士さまたちは……

「こぉら、ディーンドルフ! 何度言ったら判る。剣を持つ時は背筋を伸ばせ!」
「はいっ! ロブ先輩!」
「ばかもの、隊長だ!」
「はい、隊長!」

 二日酔いにもならず風邪も引かず、今日も元気です。


(四の姫はご立腹/了)
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私抜きで何してたの!?

2015/04/23 0:53 お姫様の話いーぐる
「熱い」

 ぼそりと一言呟くや否や、ロベルト・イェルプはばさっと上着を脱ぎ捨てた。黒の前立て、袖と身頃は生成りの砂色。実用本位の騎士団の制服は、みっちり詰襟長袖で、防具も兼ねているためとにかく厚い。
 着たまま室内で飲み食いしていれば、自ずと体温は上がって熱くなる。脱ぎたくなるのは、非常に理にかなっている。至極、当然の反応なのだが。

「………熱いぞ!」

 さらにその下に着ていた木綿のシャツのボタンをも外し、豪快に袖を引き抜いた。
 ばいーんっと鍛え抜かれた分厚い胸板が。がっしりした肩が、惜しげも無くほりだされる。
 陽に焼けた肌には、いくつもの古傷が刻まれていた。切り傷、刺し傷、火傷に獣の歯や爪の痕。それは、これまでロベルトがくぐり抜けてきた数多の戦いの記録だった。

「熱くてかなわん!」

 それを合図に、何かが吹っ切れたのか、はたまたスイッチが入ったのか。居合わせた騎士団員たちは、次々と我も我もと脱ぎ始めた。

 団員相互の親睦を深めようと、手の空いた者を引きつれて隊長自らが音頭をとって町に繰り出したのが全ての始まりだった。
 
「どこか良い店はないか?」と問いかけると、進み出たのはディーンドルフことダイン。
「だったら馴染みの店があります。そこそこ広いし、酒も飯も美味いです」

 こいつなら自分の好みも心得てるし、多少ぽややんとした所はあるが、少なくとも味覚は確かだ。大人数で騒ぐのに相応しい場所かそうでないか、判断も的確なはずだ。
 ロベルトは鷹揚にうなずいた。

「よし、まかせた」
「はい!」

 ダインは顔いっぱいに笑みを浮かべ、嬉しそうに歩き出した。大股でざっかざっかと進んでは振り返り、ロベルトの顔を見て、また進んでは振り返り。それを繰り返して先導して行く。

「……ここです」

 案内された店の名は、「鍋と鎚亭」と言った。頭をてかてかに剃り上げたドワーフ族の店主は、確かにダインと顔見知りらしい。二言、三言言葉を交わすと、店の中二階にしつらえられた大テーブルに案内してくれた。
 ここなら多少、騒いだところで他の客の迷惑にはならないだろう。

「まずは酒を。料理も人数分頼む。予算はこれぐらいで、献立はお任せする」
「心得た」

 注文を受けると、店主はのっしのっしと降りていった。ほどなく、陶器のジョッキに満たされたビールが運ばれてくる。
 全員に杯が行き渡ったところで率先してジョッキを掲げた。
 部下に寛がせるには、まず自分が先立って飲んで騒ぐのが一番なのだ。

「今日は一日、ご苦労だった。好きなだけ飲め! ただし、常に西道守護騎士の一員たることを忘れるな。では、乾杯!」
「乾杯!」

 多少の個体差はあるものの、基本、鍛え抜かれたガタイのいい男どもの集まりだ。
 豪快にがふがふとビールを飲み干し、大皿の料理に手を伸ばす。調理する方も心得たもので、がっつり肉の入った大盛りの料理が続々と運ばれて来た。
 給仕するのは、つやつやしたうりざね顔にまっすぐな黒髪、琥珀の瞳の小柄な少年。くるくると実にこまめに立ち働き、追加のオーダーをとって行く。まるでこちらの考えがわかってるのではないかと言うくらいの、どんぴしゃりのタイミングで。

「実に……気の利く給仕だな。それによく働く」

 とろんとした目でロベルトは黒髪の給仕を眺めた。

「まるで、二人に分身してるみたいじゃないか」
「あー、隊長、二人居るんですよ」
「何?」
「双子なんです」

 言われてみれば、確かに時々髪形が変わっている!

「そうか……二人居たのか」
「はい、二人居たんです」

 酒も料理も実に美味かった。中二階の宴席はほとんど貸し切り状態で、気兼ねなく飲むうちに、どんどん座が盛り上がって行く。そして……

「熱い」
「熱いっすね!」
「うむ、実に熱い」
「おお、熱いぞ、こんちくしょうめ!」

 ああっと言う間に、居合わせた騎士のほとんどが半裸になっていた。
 もはや服を着ているのは、若さに任せてやんちゃをする時期の過ぎた古株と、そして銀髪の従騎士シャルダン・エルダレントぐらいなもの。

「いいなぁ……ロブ隊長、いいなあ……みんなムキムキでいいなあ。かっこいいなあ」

 大理石のようにすべすべした白い肌を、ほんのりと赤くして。とろっと夢見るような眼差しでシャルダンは、同僚たち(の筋肉)に見とれていた。
 既に上着は脱いで、下のシャツ一枚だけ、袖もまくった状態で。

「ようし、私も負けずに!」

 がばっとシャツの襟にかけた手を、横合いからがしっと掴んだ者がいる。

「お前はやめとけ」
「ええっ、どうしてですか、ダイン先輩!」
「弓手が肩を冷やすなんて、言語道断だろうが!」
「う……それは、確かに」
「ワイン飲んでろ。な、俺のおごりだ」
「はい……」

 がっちりと頑丈な骨組み、広い肩。腹筋は割れ、肩も二の腕もほどよく盛り上がり、動くたびに皮膚の下で筋肉が波打つのが見てとれる。
 鍛え抜かれた、農耕馬にも似た体をじとーっと横目で睨みつつ、シャルダンはてちてちとゴブレットに満たされたワインを舐めた。

「あ、これ、ヴァンドヴィーレのワインだ」
「やっぱ判るか。さすがだな」
「生まれ故郷ですから!」

 まだほんの少し拗ねてはいるものの、おとなしくワインを飲み出す後輩を見て、ダインは秘かに胸をなで下ろした。

 くつろげた襟元からのぞく滑らかな肌。くっきり浮かんだ形のよい鎖骨。さっきから若い騎士どもが、ちらっちらっと遠慮がちに視線を向けている。
 既に上着を脱いだ状態でも十分、危険なのだ。この上、肌を露出されでもしたら……。

(流血の大惨事だ!)

 鼻血で。
 主に鼻血で。

「ずるいや、自分ばっかり……」

 膨れっ面で、なおもシャルダンはワインをあおる。そう、既に舐めるのではなく、ぐーいぐーいと煽っていた。瓶ごと確保して、行儀良くゴブレットに注いで。
 上気した咽がこくこくと上下し、含んだワインを飲み下す。否が応でも吸い寄せられる若い騎士たちの視線が、いきなりずいっと遮られた。

「シャル」
「エミル!」

 ひょっこりとシャルダンの隣に現われた、背の高い黒髪の青年の背中で。

「えみる、えみる、えみるー」

 途端にシャルは満面笑み崩し、青年にぴょんっと飛びついた。そのまま抱きついて、猫のように頬をすり寄せる。

「あのねーえみるー、ダインせんぱいってば酷いんだよー。自分ばっかり脱いで、私には脱ぐなって言うんだー」

 エミリオはちらっとダインを見やった。この女神のごとき美貌と大らかな性質を合わせ持った幼なじみは、男所帯の騎士団において幾度となく爆弾をぶちかまして来た。
 あくまで本人は自覚していないから、始末が悪い。

(お世話かけます)
(気にすんな、いつものことだ)

 目線のみで意思疎通を成し遂げると、エミリオはシャルダンの瞳をじっと見つめて、一言一言、噛んで含めるように語りかけた。

「……俺は先輩の意見を尊重するぞ、うん」
「そっかー、エミルが言うんじゃしかたないねー」

 はふっとため息をつくと、シャルダンはおとなしく椅子に座る。
 その膝の上にぱさっと舞い降りた柔らかな生き物が一匹。

「ぴゃ」
「ちびさん!」
「しゃーる!」
「わあ、今日もふかふかだねー。かわいいなあ、かわいいなあ」

 黒と褐色の斑の猫を抱えて、シャルダンはご機嫌。その隙にこそっとダインはエミリオに声をかける。

「いいタイミングだエミリオ。どうしてここに?」
「や、ナデュー先生とフロウさんと飲みに来てまして」
「む」

 手すりから身を乗り出して下を覗くと、一階のテーブルの一つに見慣れた顔が並んでいた。
 枯れ草色の髪の毛の小柄なヒゲ中年と、焦げ茶に赤の混じった長い髪を高々と結い上げた、艶っぽい青年。
 それぞれゴブレットを片手にこっちを見上げている。甘党の二人のことだ、中身はおそらく蜂蜜酒の類いだろう。何の不思議もない。元はと言えば「鍋と鎚」亭はフロウとナデューの昔の冒険者仲間がやってる店なのだ。

「お、ほんとだ」

 二人ともにこにこ笑っていた。
 ことにフロウは目尻に皴を寄せ、ぽってりした唇の端っこを釣り上げて、とてもとても機嫌が良さそうだ。
 にこにこ、と言うより、もはやにやにやした笑い方だったが。
 フロウ好みの、筋肉質の男どもが脱ぎまくっているのだ。もはや誰得俺得状態。上機嫌にならない訳がない。

「へへっ、い〜い目の保養じゃぁねえか」

 つぶやいた言葉は、喧騒に紛れてダインの耳には届かない。
 一方でエミリオは……
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師匠ばっかりずるいじゃない!

2015/04/23 0:52 お姫様の話いーぐる
 それから暫くした、ある日の事……

「師匠、ずるーい!」
『ずるーい!』

 四の姫ことニコラ・ド・モレッティはお冠だった。
 ぷうっと頬をふくらませ、じとーっと青い目でカウンターの向こうに座る男をにらみつける。
 肩の上には、ふわふわ巻き毛に金魚のひれのような翼をはためかせた小さな女の子……つい先日、召喚したばかりの使い魔、水の妖精(ニクシー)のキアラだ。
 ちょこんと座って腕組みし、まったく同じ表情で睨んでいる。

「は? 何のこった?」

 薬草店の店主、フロウことフロウライト・ジェムルは蜂蜜色の目をぱちくり。ちょぼちょぼと無精ヒゲの生えた顎をくしくしと、人さし指でかいて首をかしげる。
 四十路に突入した中年のおっさんだと言うのに、妙に愛らしいと言うか、可愛げのある仕草なのだが、当人まったく自覚がない。

「昨日、『鍋と鎚亭』に行ったんでしょ? ダインと、エミルと、シャルも一緒だったって言うじゃない!」
「あ」

 どうやら思い当たる節があったらしい。

「私だけ仲間はずれとかずるいっ! 前はお留守番だったけど、次は連れてってくれるって言ってたのに!」
「いや、あれは、夜のことだったしな?」

 じんわりと冷汗をにじませながら言い繕う。

「それによ、別に一緒に行ったって訳じゃないんだ。たまたまナデューとエミルと飲みに行ったら、そこで騎士団の連中も宴会しててさ。偶然! そう、偶然会ったんだよ」

「むー……だったらしょうがないか」
「そーそー。ほら、ジャムタルト食うか?」

 黒っぽい紫のジャムを乗せた、手のひらに乗るほどの小さなタルトを皿に盛りつけカウンターに乗せる。

「……いただきます」

 さくっと一口かじった所に、すかさずアップルティーを勧めた。

「あ、おいしーい。このタルトも師匠が作ったの?」
「あー? うん、台はビスケットと同じだし、もらいもんのジャム乗っけただけだけどな」
「おいしー。ジャムが染みて、生地がとろっとしてるとこがおいしー」
『おいしー』

 どうやら、甘いお菓子とお茶でご機嫌が直ってきたらしい。

(ふぃー、危ない、危ない)

 秘かにフロウは胸をなで下ろした。
 昨夜の『鍋と鎚亭』の飲み会は、とてもじゃないが若い女の子に見せられるような代物じゃなかったのだ。
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なんで無茶ばっかりするの!

2015/04/23 0:48 お姫様の話いーぐる
 アインヘイルダールを囲む城壁の外、点在する集落を見回っていた時にそれは起こった。
 なだらかな緑の丘の向うにもくもくと黒煙が上がっていた。野焼きにしては時期外れ、たき火にしては明らかに大きすぎる。

「行くぞ、シャルダン」
「はい、先輩!」

 二人の騎士は即座に馬を走らせた。だが、あまりにも馬の基礎体力に違いがありすぎた。
 足並みを揃えて並走している時はさほどでもない。だが全力疾走では、はっきりと差が出る。
 とっさシャルダンは叫んだ。

「先輩、先に行って下さい!」
「わかった!」

 途端にくんっとダインの乗る黒馬は足を早め、瞬く間に銀髪の騎士の乗った栗毛の馬を引き離した。
(やっぱり私を気遣ってくれてたんだ。先輩も、黒さんも、無意識の内に)
 駆け去る背を見送りながら、シャルダンはきゅっと奥歯を噛んだ。
(自分の馬が欲しいな。黒さんに遅れないくらい、速い馬が……)

 一方、ダインと黒はひと息に丘を駆け登った。眼下に広がる集落の家が一軒、めらめらと燃えていた。城外の集落の例に漏れず、石組みやレンガをほとんど使わない木造の家だった。

「はいやっ!」

 黒毛の軍馬はまっしぐらに斜面を駆け降り、地響きとと共に燃える家まで駆けつけた。
 砂色の身頃に黒の前立ての詰襟の軍服。西道守護騎士団の制服を見て、怯える人々の顔に一抹の安堵が浮かんだ。

「おおっ騎士さまだ」
「西道守護騎士が来たぞ!」

 ここ数日、雨は一滴も降らず空気も土も乾燥し切っていた。おそらくは家を構成する木材も、屋根を葺く茅も。
 近隣の人々が手に手にバケツを下げて駆けつけ、手から手に渡して水をかけてはいたが火の勢いはあまりにも強い。折りからの風に煽られてますます燃え盛る。幸い、住人は既に逃れていたかに見えたが。

「はなしてぇええ、行かせてぇえええ!」
「いけない、あんたまで焼け死んじまうよ!」

 半狂乱になった女が数人の男女に押さえられている。

「どうした!」
「子供が。子供が、まだ中に!」

 瞬時にダインは決断した。

「子供の名前は?」
「レナーテです」
「……わかった。貸りるぞ」
「は、はいっ」

 傍の男から水の入ったバケツを受け取り、ざばあっと頭から引っかぶる。

「後からもう一人来る。彼の指示に従え」

 濡れたマントのフードを被り、襟を引き上げ口と鼻を覆う。仕度が整うやダインは身を踊らせ、燃える家の中へと飛び込んだ。
 家は平屋建て。薄い壁で仕切って居間と食堂を兼ねた部屋と、もう一つか二つ部屋を作ったありふれた作りだ。
 明るいオレンジ色の炎が天井を走り、壁を舐め、家の中には煙がもうもうと立ちこめている。鼻と口を覆う湿った布は瞬く間に熱っせられ、息を吸っても吐いても流れる空気は熱い。

「レナーテ! どこだ! どこに居る! 助けに来たぞ!」

 炎の音に負けじと叫んだ。腹から声を上げ、吠えた。

「返事しろ! レナーテ!」

 かすかに高い声を聞いた。怯え切って泣き叫ぶ子供の金切り声。生命の危機にさらされている声だ。

「おかーさーん。おかーさーん!」

 聞く者の本能を引っ掻き、胸をかき乱す悲痛な泣き声はドアの向うから聞こえて来る。
 駆け寄ろうとしたその時、天井が崩れ、折れた梁が降ってきた。とっさに後ずさりして躱すが、戸口を燃えた木材が塞いでしまった。
 こう言う時、必要なのは斧。だが手元にはない。迷わず剣を抜いた。幅広の刃、両手で振るうための長めの柄。最良の鋼を鍛えた剛剣の重さと、己の腕力を頼みに振り上げ、打ち下ろす。

「おぉおりゃあっ!」
 
 一刀両断、燃える梁が断ち切られる。ブーツを履いた足を振り上げ、どっかとばかりに扉を蹴り開けた。
 そこは家族の寝室だった。赤々と燃えて軽くなった寝具がふわふわと舞う部屋の片隅に、女の子がうずくまっている。

「レナーテ!」
「たすけて、おかーさーん!」

 剣を収めるのももどかしく走り寄り、小さな体をマントの中にすっぽりと抱き込んだ。

「こわいよーっ」
「もう大丈夫だ、よくがんばった」

 震える少女の背中を撫でる。

「目、閉じてろ」

 こくっとマントの下で頷く気配がする。

「行くぞ!」

 少女を抱きかかえ、ダインは猛然と火の中を走り出した。
 倒れてくる家具や柱を強引に肩で受け止め、足で蹴り飛ばし、ひたすら出口を目指す。呼吸すれば鼻からも口からも熱気が流れ込む。逃げ場が無い。煙が目に染み、視界が狭まる。
 大股で歩けば5歩もかからない距離が、百里の長さに感じられる。不意に自分が縮んで、家が大きく膨れ上がったような錯覚に囚われた。
(しっかりしろディーンドルフ)
 必死にしがみつく小さな手に我に返る。
(この子を助けるんだ!)

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

 絶叫と共に突っ走る。行く手を塞ぐ障害物を強引に押しのけ、大きく体を捻って飛び出した。炎に包まれた狭い空間から、青空の下へ。そのままだーっと走って家から遠ざかる。
 その直後。燃える家は轟音とともに崩れ落ちた。
 間に合った。安堵した刹那。

「今です!」

 いきなり四方八方から大量の水を浴びせられ、じゅわーっと白い煙が上がる。

「ぶはっ」

 ぶちまけられた水が鼻に入り、一瞬溺れそうになったが咽の焼ける感覚は和らぎ、マントに燃え移っていた火も消えた。

「大丈夫ですか、先輩!」
「…………………」

 ぽとぽとと滴を垂らしながら顔をあげると、銀髪の騎士がバケツを抱えて立っていた。

「良い判断だ、シャルダン」
 
 自分が飛び込んだ直後から、村人を指揮して水を満たしたバケツを手に待ちかまえていたらしい。飛び出したらすぐに消火できるように。

「娘は、娘はっ」

 転がるように母親が駆けてくる。崩れる家よりも娘が心配なのだ。

「無事だよ」

 それが親ってもんなんだ。何よりも子供が大事。子供の為ならどんな犠牲だって払う。それが母親って生き物なのだ。

「そら、出ておいで、レナーテ」

 マントを開いて少女を地面に下ろす。ちょっぴり顔にススがついて髪の毛がちりちりになっていたけれど、レナーテは怪我一つなかった。
 母親は娘の名を呼びながら飛びつき、抱きしめる。ひくっと少女の咽が震え、目に涙が盛り上がり……やがて声を上げて泣き出した。抑えていた感情が一度にあふれ出したのだろう。
 それはダインが家の中で聞いた、鬼気迫る金切り声とはまるで違っていた。

     ※

「いってぇっ」

 ぺっちん! といい音が響いた。人の頭を張り倒す、ある種小気味のよい音が。ダインは赤くなった額を抑えて突っ伏した。
 しばらく震えていたがむくっと体を起こし、涙のにじむ目できっとニコラを見る。

「何すんだよ」
「まーた無茶して、このおバカ!」
「う」
「シャルダンに感謝しなさいよ? 貴方よりよっぽど冷静じゃない!」
「う、それは、その……」
「そもそも師匠から一緒にシールドの呪文習ったはずなのに使えてないのよ!」

 ぐっと言葉に詰まるダインに一頻り起こったあと、ため息を吐いてから少女は苦笑を浮かべた。
 
「まあ、結果オーライだから良いけどね。その女の子もダインも、無事で良かった。」
「うん」
「そ、その……頑張ったのはわかってるから、とりあえずアレよ……お疲れ様。」

 ようやくダインは顔をあげ、はにかみながらも嬉しそうに笑ったのだった。口元をゆるめ、白い歯を見せて。
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ちょっと、何したの焦げ臭い!

2015/04/23 0:46 お姫様の話いーぐる
 アインヘイルダールの下町に、古い薬草屋がある。
 通りから石段を三段上った入り口の軒先には、杖の突き出した大鍋をかたどった木彫りの看板がかかっている。そこには流れるような書体でこう記されていた。
『薬草・香草・薬のご用承ります』
 ぱっと見、肝心要の店名がどこにも出ていないようだがそれは文字ではなく、むしろその形にあった。
 ほとんどの客から『下町の薬草屋』とか、『ジェムルの薬草店』とか呼び習わされているその店の屋号は、『魔女の大鍋』と言う。
 
 現在の主、フロウライト・ジェムルは今、町の冒険者達の憩いの場「鍋と槌亭」に香草と冒険者用の薬を卸しに出かけている。
 その間、留守番を兼ねて弟子を名乗る貴族の少女、ニコラ・ド・モレッティがせっせと店の床を箒で掃いていた。
 ふと窓から外を見ると、赤々と夕陽が照り映えて、まるで窓の外が燃えているように見える。
(真っ赤だなあ……きっと明日も晴れね。)
 しかし……果たしてそれだけで済むのだろうか? 不吉な予感がひやりと腑を撫でる。
 美しいと言うにはあまりにその『赤』は深すぎて、どこか凄みすら感じてしまう。理性の殻のすぐ下で、生き物としての本能が恐怖を感じるのだろう。
 燃えている、すぐに逃げろ、と。
(あら?)
 夕陽の赤を背景に、ぽつっと黒い影が映る。
 かたん、と器用に窓を押し開けて、小さなしなやかな生き物が入って来た。天井に渡された太い梁の上を音もなく歩き、ぱさっと翼を広げ、身軽にカウンターの上に舞い降りる。

「にーこーら!」

 猫だ。黒と褐色斑の翼の生えた猫。金色の瞳が見上げて来る。ニコラはほっと息を吐いて頬をゆるめ、笑顔で見知った「とりねこ」を出迎えた。

「お帰り、ちびちゃん。」
「んぴゃあるるる、にゃぐるるる」

 咽を鳴らす猫の頭を撫でてやると、ぐいぐいと顔と体を押し付けてくる。
 まるで綿飴のようなふかふかの毛皮がくすぐったい。

「ぴぃうるる、うるぴぃるう」
「うふふ、ご苦労様。」

 言ってることはわからないが、察するに散歩しながら見聞きしてきた事を報告しているらしい。

「ダインは一緒じゃなかったの?」

 途端にちびは耳を伏せ、体を低くした。上目遣いに目を半開き、赤い口からは白い牙がのぞく。
 とてもとても猫相が悪い。

「とーちゃん、くさーい」
「……え?」

(一体どうしたのかしら、ダインったら。)
 首をかしげていると、程なく。外の通りをずしん、ずしんっと重たい蹄の音が近づいてくる。

「あ、黒の足音……そろそろ来るかしら。」

 客ではない。その証拠に蹄の音は裏へと回り込み、ぎ、ぎぃい、と、木戸を開ける音がした。
 わんこ騎士は明日から非番。だから師匠は昼間のうちに裏の馬屋に風を通し、寝藁を新しくして香草入りの飼い葉を用意してあった。
 薬に使う部分を取り除いた後の香草を混ぜた飼い葉は、黒毛の軍馬の好物なのだ。
 体を低くしてなおも『くさい、くさーい』とぼやくちびをなだめつつ、ニコラはそれとなく頭の中で馬と乗り手の行動をなぞった。
 裏の馬屋に入り、馬具を外して馬房へと導き、体を拭いて、丁寧にブラシをかけて、蹄の手入れ。飼い葉と水を与えて、軽く首を叩いて撫でて、馬屋を出て……。
 のっし、のっしと重たいブーツの音が近づいてくる。裏口の扉が軋みながら開く。

「ただいま……あれ、ニコラ?」

 途端にちびがぶわっと尻尾をふくらませる。ニコラもまた、眉をしかめて入ってきた男に声を上げた。

「師匠は今出かけてるわよ……って、ダイン焦げ臭い!」

 金髪混じりの褐色の髪、背は高く手足はがっちり、肩幅広く胸板も厚い。詰襟の軍服をまとった堂々たる体躯の男が情けなくもきゅうっと眉を山形に寄せ、きまり悪げにぽりぽりと、人さし指で己の首を掻いた。

「はは、やーっぱ臭うか」

 じっとぉっとニコラとちびに睨め付けられて肩をすくめ、ダインは改めて自分の肩や腕をくんくん嗅いだ。

「一応着替えて来たんだけどな」
「でも臭いものは臭いんだもの、ちゃんと身体や髪を洗わないと。」

 ちびが助走も無しにカウンターに飛び乗り、かぱっと赤い口を開けた。

「とーちゃん、くさーい」
「……すまん、井戸で水浴びて来る。」

 一人と一匹(一羽?)の苦情を受け、ダインはますます背中を丸めて縮こまり、うな垂れた。
 そして言うなりくるっと回れ右。一目散に裏口へとすっ飛んで行く。
 あっと思った時は音を立てて扉が閉まり、ばたばたと騒がしい足音が遠ざかっていく、庭の井戸へとまっしぐらに。

「いってらっしゃい、さてと……」

 がしゃがしゃと井戸の滑車をを回す音が響いて来る。季節は双子月(6月)、暑い日が続いてるとは言え、まだまだ井戸の水は冷たいだろう。
 ざばー、ざばー、と派手な水音を聞きながら、ニコラはお湯を沸かしにとりかかった。 

     ※

 10分後、さすがに寒そうに身を縮めて入って来たダインは案の定、シャツも羽織らず上半身裸で戻って来た。
 しっとりと濡れ、いつもに増してくるっと巻いた髪が首筋にまとわり付いている。

「きゃあ!なんて格好してるのよ!」
「拭くもんなかったから、シャツで拭いた」
「ばーか!」
「うぶっ」

 ぼふっと顔面めがけてタオルを投げつける。白い柔らかな布を被ったまま、ダインは眉を潜めて目を細め、むぅっと口を尖らせた。
 とはいえ、同じことを以前して思いっきり蹴りを食らったのだから、懲りないというべきか、ニコラがある程度慣れたと言うべきか。

「ほら、これ飲んで」

 首をすくめてひるんだ所にすかさず、ごっつい手に少女は湯気の立つマグカップを押し込む。

「何だ、これ」

 くんっとにおいを嗅ぐとダインはほうっと小さくため息をもらし、目を細めた。

「いいにおいがする」
「普通の紅茶よ。ショウガと蜂蜜入れといたわ、身体があったまるからって師匠が言ってた。」
「さんきゅ!」

 一口、二口とすすり、また小さく息を吐いてる。

「あ」

 あったまったら頭が回って来たのか。そろーっとこっちを見上げてきた。

「まだ臭うか?」

 おどおどしながら問いかける濡れわんこにすこし近づいてから、しばし腕組みして考え込む。
 わんこは緊張した面持ちで息を呑み、じっと自分の言葉を待っている。
 ここでダメ出ししたらどうなるだろう。またすっ飛んで水を浴びに行くだろうか? 意地の悪い考えがニコラの脳裏をよぎるけれども。

「……うん、合格!」

 途端に眉間の皴は薄れ、食いしばっていた顎から力が抜ける。口角がにゅっと上がり、ぱあっと顔全体が輝くような笑みに包まれた。
(ほんと、わかりやすいんだから、ダインってば)

「とーちゃーん」
「ちび……」

 ちびもようやく落ち着いてダインにすり寄り、差し出された指先をてちてちとなめている。

「で、どうしたの?火事にでも出くわした?」
「うん。何でわかった?」
「アレだけ焦げ臭かったら普通わかるわよ。」

 見つめあう事しばし。ぱち、ぱちとまばたきをすると、ダインはおもむろに音を立てて甘いお茶をすすった。
 それから話しにくそうに黙りこむから……ちょっとだけ助け舟のつもりでお代わりを聞く。

「おかわり飲む?」
「うん、もらう」

 一杯目を飲み終わり、二杯目の半ばまで口をつけた所でやっとダインが口を開いた。

「……馬で、城外を見回ってたんだ」
「うん」
「シャルダンと一緒に」
「あれ、シャルダンって確か、馬は持ってなかったわよね?」
「うん。だから騎士団の共有馬を使ってる……」
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