▼ 私抜きで何してたの!?
2015/04/23 0:53 【お姫様の話】
「熱い」
ぼそりと一言呟くや否や、ロベルト・イェルプはばさっと上着を脱ぎ捨てた。黒の前立て、袖と身頃は生成りの砂色。実用本位の騎士団の制服は、みっちり詰襟長袖で、防具も兼ねているためとにかく厚い。
着たまま室内で飲み食いしていれば、自ずと体温は上がって熱くなる。脱ぎたくなるのは、非常に理にかなっている。至極、当然の反応なのだが。
「………熱いぞ!」
さらにその下に着ていた木綿のシャツのボタンをも外し、豪快に袖を引き抜いた。
ばいーんっと鍛え抜かれた分厚い胸板が。がっしりした肩が、惜しげも無くほりだされる。
陽に焼けた肌には、いくつもの古傷が刻まれていた。切り傷、刺し傷、火傷に獣の歯や爪の痕。それは、これまでロベルトがくぐり抜けてきた数多の戦いの記録だった。
「熱くてかなわん!」
それを合図に、何かが吹っ切れたのか、はたまたスイッチが入ったのか。居合わせた騎士団員たちは、次々と我も我もと脱ぎ始めた。
団員相互の親睦を深めようと、手の空いた者を引きつれて隊長自らが音頭をとって町に繰り出したのが全ての始まりだった。
「どこか良い店はないか?」と問いかけると、進み出たのはディーンドルフことダイン。
「だったら馴染みの店があります。そこそこ広いし、酒も飯も美味いです」
こいつなら自分の好みも心得てるし、多少ぽややんとした所はあるが、少なくとも味覚は確かだ。大人数で騒ぐのに相応しい場所かそうでないか、判断も的確なはずだ。
ロベルトは鷹揚にうなずいた。
「よし、まかせた」
「はい!」
ダインは顔いっぱいに笑みを浮かべ、嬉しそうに歩き出した。大股でざっかざっかと進んでは振り返り、ロベルトの顔を見て、また進んでは振り返り。それを繰り返して先導して行く。
「……ここです」
案内された店の名は、「鍋と鎚亭」と言った。頭をてかてかに剃り上げたドワーフ族の店主は、確かにダインと顔見知りらしい。二言、三言言葉を交わすと、店の中二階にしつらえられた大テーブルに案内してくれた。
ここなら多少、騒いだところで他の客の迷惑にはならないだろう。
「まずは酒を。料理も人数分頼む。予算はこれぐらいで、献立はお任せする」
「心得た」
注文を受けると、店主はのっしのっしと降りていった。ほどなく、陶器のジョッキに満たされたビールが運ばれてくる。
全員に杯が行き渡ったところで率先してジョッキを掲げた。
部下に寛がせるには、まず自分が先立って飲んで騒ぐのが一番なのだ。
「今日は一日、ご苦労だった。好きなだけ飲め! ただし、常に西道守護騎士の一員たることを忘れるな。では、乾杯!」
「乾杯!」
多少の個体差はあるものの、基本、鍛え抜かれたガタイのいい男どもの集まりだ。
豪快にがふがふとビールを飲み干し、大皿の料理に手を伸ばす。調理する方も心得たもので、がっつり肉の入った大盛りの料理が続々と運ばれて来た。
給仕するのは、つやつやしたうりざね顔にまっすぐな黒髪、琥珀の瞳の小柄な少年。くるくると実にこまめに立ち働き、追加のオーダーをとって行く。まるでこちらの考えがわかってるのではないかと言うくらいの、どんぴしゃりのタイミングで。
「実に……気の利く給仕だな。それによく働く」
とろんとした目でロベルトは黒髪の給仕を眺めた。
「まるで、二人に分身してるみたいじゃないか」
「あー、隊長、二人居るんですよ」
「何?」
「双子なんです」
言われてみれば、確かに時々髪形が変わっている!
「そうか……二人居たのか」
「はい、二人居たんです」
酒も料理も実に美味かった。中二階の宴席はほとんど貸し切り状態で、気兼ねなく飲むうちに、どんどん座が盛り上がって行く。そして……
「熱い」
「熱いっすね!」
「うむ、実に熱い」
「おお、熱いぞ、こんちくしょうめ!」
ああっと言う間に、居合わせた騎士のほとんどが半裸になっていた。
もはや服を着ているのは、若さに任せてやんちゃをする時期の過ぎた古株と、そして銀髪の従騎士シャルダン・エルダレントぐらいなもの。
「いいなぁ……ロブ隊長、いいなあ……みんなムキムキでいいなあ。かっこいいなあ」
大理石のようにすべすべした白い肌を、ほんのりと赤くして。とろっと夢見るような眼差しでシャルダンは、同僚たち(の筋肉)に見とれていた。
既に上着は脱いで、下のシャツ一枚だけ、袖もまくった状態で。
「ようし、私も負けずに!」
がばっとシャツの襟にかけた手を、横合いからがしっと掴んだ者がいる。
「お前はやめとけ」
「ええっ、どうしてですか、ダイン先輩!」
「弓手が肩を冷やすなんて、言語道断だろうが!」
「う……それは、確かに」
「ワイン飲んでろ。な、俺のおごりだ」
「はい……」
がっちりと頑丈な骨組み、広い肩。腹筋は割れ、肩も二の腕もほどよく盛り上がり、動くたびに皮膚の下で筋肉が波打つのが見てとれる。
鍛え抜かれた、農耕馬にも似た体をじとーっと横目で睨みつつ、シャルダンはてちてちとゴブレットに満たされたワインを舐めた。
「あ、これ、ヴァンドヴィーレのワインだ」
「やっぱ判るか。さすがだな」
「生まれ故郷ですから!」
まだほんの少し拗ねてはいるものの、おとなしくワインを飲み出す後輩を見て、ダインは秘かに胸をなで下ろした。
くつろげた襟元からのぞく滑らかな肌。くっきり浮かんだ形のよい鎖骨。さっきから若い騎士どもが、ちらっちらっと遠慮がちに視線を向けている。
既に上着を脱いだ状態でも十分、危険なのだ。この上、肌を露出されでもしたら……。
(流血の大惨事だ!)
鼻血で。
主に鼻血で。
「ずるいや、自分ばっかり……」
膨れっ面で、なおもシャルダンはワインをあおる。そう、既に舐めるのではなく、ぐーいぐーいと煽っていた。瓶ごと確保して、行儀良くゴブレットに注いで。
上気した咽がこくこくと上下し、含んだワインを飲み下す。否が応でも吸い寄せられる若い騎士たちの視線が、いきなりずいっと遮られた。
「シャル」
「エミル!」
ひょっこりとシャルダンの隣に現われた、背の高い黒髪の青年の背中で。
「えみる、えみる、えみるー」
途端にシャルは満面笑み崩し、青年にぴょんっと飛びついた。そのまま抱きついて、猫のように頬をすり寄せる。
「あのねーえみるー、ダインせんぱいってば酷いんだよー。自分ばっかり脱いで、私には脱ぐなって言うんだー」
エミリオはちらっとダインを見やった。この女神のごとき美貌と大らかな性質を合わせ持った幼なじみは、男所帯の騎士団において幾度となく爆弾をぶちかまして来た。
あくまで本人は自覚していないから、始末が悪い。
(お世話かけます)
(気にすんな、いつものことだ)
目線のみで意思疎通を成し遂げると、エミリオはシャルダンの瞳をじっと見つめて、一言一言、噛んで含めるように語りかけた。
「……俺は先輩の意見を尊重するぞ、うん」
「そっかー、エミルが言うんじゃしかたないねー」
はふっとため息をつくと、シャルダンはおとなしく椅子に座る。
その膝の上にぱさっと舞い降りた柔らかな生き物が一匹。
「ぴゃ」
「ちびさん!」
「しゃーる!」
「わあ、今日もふかふかだねー。かわいいなあ、かわいいなあ」
黒と褐色の斑の猫を抱えて、シャルダンはご機嫌。その隙にこそっとダインはエミリオに声をかける。
「いいタイミングだエミリオ。どうしてここに?」
「や、ナデュー先生とフロウさんと飲みに来てまして」
「む」
手すりから身を乗り出して下を覗くと、一階のテーブルの一つに見慣れた顔が並んでいた。
枯れ草色の髪の毛の小柄なヒゲ中年と、焦げ茶に赤の混じった長い髪を高々と結い上げた、艶っぽい青年。
それぞれゴブレットを片手にこっちを見上げている。甘党の二人のことだ、中身はおそらく蜂蜜酒の類いだろう。何の不思議もない。元はと言えば「鍋と鎚」亭はフロウとナデューの昔の冒険者仲間がやってる店なのだ。
「お、ほんとだ」
二人ともにこにこ笑っていた。
ことにフロウは目尻に皴を寄せ、ぽってりした唇の端っこを釣り上げて、とてもとても機嫌が良さそうだ。
にこにこ、と言うより、もはやにやにやした笑い方だったが。
フロウ好みの、筋肉質の男どもが脱ぎまくっているのだ。もはや誰得俺得状態。上機嫌にならない訳がない。
「へへっ、い〜い目の保養じゃぁねえか」
つぶやいた言葉は、喧騒に紛れてダインの耳には届かない。
一方でエミリオは……
ぼそりと一言呟くや否や、ロベルト・イェルプはばさっと上着を脱ぎ捨てた。黒の前立て、袖と身頃は生成りの砂色。実用本位の騎士団の制服は、みっちり詰襟長袖で、防具も兼ねているためとにかく厚い。
着たまま室内で飲み食いしていれば、自ずと体温は上がって熱くなる。脱ぎたくなるのは、非常に理にかなっている。至極、当然の反応なのだが。
「………熱いぞ!」
さらにその下に着ていた木綿のシャツのボタンをも外し、豪快に袖を引き抜いた。
ばいーんっと鍛え抜かれた分厚い胸板が。がっしりした肩が、惜しげも無くほりだされる。
陽に焼けた肌には、いくつもの古傷が刻まれていた。切り傷、刺し傷、火傷に獣の歯や爪の痕。それは、これまでロベルトがくぐり抜けてきた数多の戦いの記録だった。
「熱くてかなわん!」
それを合図に、何かが吹っ切れたのか、はたまたスイッチが入ったのか。居合わせた騎士団員たちは、次々と我も我もと脱ぎ始めた。
団員相互の親睦を深めようと、手の空いた者を引きつれて隊長自らが音頭をとって町に繰り出したのが全ての始まりだった。
「どこか良い店はないか?」と問いかけると、進み出たのはディーンドルフことダイン。
「だったら馴染みの店があります。そこそこ広いし、酒も飯も美味いです」
こいつなら自分の好みも心得てるし、多少ぽややんとした所はあるが、少なくとも味覚は確かだ。大人数で騒ぐのに相応しい場所かそうでないか、判断も的確なはずだ。
ロベルトは鷹揚にうなずいた。
「よし、まかせた」
「はい!」
ダインは顔いっぱいに笑みを浮かべ、嬉しそうに歩き出した。大股でざっかざっかと進んでは振り返り、ロベルトの顔を見て、また進んでは振り返り。それを繰り返して先導して行く。
「……ここです」
案内された店の名は、「鍋と鎚亭」と言った。頭をてかてかに剃り上げたドワーフ族の店主は、確かにダインと顔見知りらしい。二言、三言言葉を交わすと、店の中二階にしつらえられた大テーブルに案内してくれた。
ここなら多少、騒いだところで他の客の迷惑にはならないだろう。
「まずは酒を。料理も人数分頼む。予算はこれぐらいで、献立はお任せする」
「心得た」
注文を受けると、店主はのっしのっしと降りていった。ほどなく、陶器のジョッキに満たされたビールが運ばれてくる。
全員に杯が行き渡ったところで率先してジョッキを掲げた。
部下に寛がせるには、まず自分が先立って飲んで騒ぐのが一番なのだ。
「今日は一日、ご苦労だった。好きなだけ飲め! ただし、常に西道守護騎士の一員たることを忘れるな。では、乾杯!」
「乾杯!」
多少の個体差はあるものの、基本、鍛え抜かれたガタイのいい男どもの集まりだ。
豪快にがふがふとビールを飲み干し、大皿の料理に手を伸ばす。調理する方も心得たもので、がっつり肉の入った大盛りの料理が続々と運ばれて来た。
給仕するのは、つやつやしたうりざね顔にまっすぐな黒髪、琥珀の瞳の小柄な少年。くるくると実にこまめに立ち働き、追加のオーダーをとって行く。まるでこちらの考えがわかってるのではないかと言うくらいの、どんぴしゃりのタイミングで。
「実に……気の利く給仕だな。それによく働く」
とろんとした目でロベルトは黒髪の給仕を眺めた。
「まるで、二人に分身してるみたいじゃないか」
「あー、隊長、二人居るんですよ」
「何?」
「双子なんです」
言われてみれば、確かに時々髪形が変わっている!
「そうか……二人居たのか」
「はい、二人居たんです」
酒も料理も実に美味かった。中二階の宴席はほとんど貸し切り状態で、気兼ねなく飲むうちに、どんどん座が盛り上がって行く。そして……
「熱い」
「熱いっすね!」
「うむ、実に熱い」
「おお、熱いぞ、こんちくしょうめ!」
ああっと言う間に、居合わせた騎士のほとんどが半裸になっていた。
もはや服を着ているのは、若さに任せてやんちゃをする時期の過ぎた古株と、そして銀髪の従騎士シャルダン・エルダレントぐらいなもの。
「いいなぁ……ロブ隊長、いいなあ……みんなムキムキでいいなあ。かっこいいなあ」
大理石のようにすべすべした白い肌を、ほんのりと赤くして。とろっと夢見るような眼差しでシャルダンは、同僚たち(の筋肉)に見とれていた。
既に上着は脱いで、下のシャツ一枚だけ、袖もまくった状態で。
「ようし、私も負けずに!」
がばっとシャツの襟にかけた手を、横合いからがしっと掴んだ者がいる。
「お前はやめとけ」
「ええっ、どうしてですか、ダイン先輩!」
「弓手が肩を冷やすなんて、言語道断だろうが!」
「う……それは、確かに」
「ワイン飲んでろ。な、俺のおごりだ」
「はい……」
がっちりと頑丈な骨組み、広い肩。腹筋は割れ、肩も二の腕もほどよく盛り上がり、動くたびに皮膚の下で筋肉が波打つのが見てとれる。
鍛え抜かれた、農耕馬にも似た体をじとーっと横目で睨みつつ、シャルダンはてちてちとゴブレットに満たされたワインを舐めた。
「あ、これ、ヴァンドヴィーレのワインだ」
「やっぱ判るか。さすがだな」
「生まれ故郷ですから!」
まだほんの少し拗ねてはいるものの、おとなしくワインを飲み出す後輩を見て、ダインは秘かに胸をなで下ろした。
くつろげた襟元からのぞく滑らかな肌。くっきり浮かんだ形のよい鎖骨。さっきから若い騎士どもが、ちらっちらっと遠慮がちに視線を向けている。
既に上着を脱いだ状態でも十分、危険なのだ。この上、肌を露出されでもしたら……。
(流血の大惨事だ!)
鼻血で。
主に鼻血で。
「ずるいや、自分ばっかり……」
膨れっ面で、なおもシャルダンはワインをあおる。そう、既に舐めるのではなく、ぐーいぐーいと煽っていた。瓶ごと確保して、行儀良くゴブレットに注いで。
上気した咽がこくこくと上下し、含んだワインを飲み下す。否が応でも吸い寄せられる若い騎士たちの視線が、いきなりずいっと遮られた。
「シャル」
「エミル!」
ひょっこりとシャルダンの隣に現われた、背の高い黒髪の青年の背中で。
「えみる、えみる、えみるー」
途端にシャルは満面笑み崩し、青年にぴょんっと飛びついた。そのまま抱きついて、猫のように頬をすり寄せる。
「あのねーえみるー、ダインせんぱいってば酷いんだよー。自分ばっかり脱いで、私には脱ぐなって言うんだー」
エミリオはちらっとダインを見やった。この女神のごとき美貌と大らかな性質を合わせ持った幼なじみは、男所帯の騎士団において幾度となく爆弾をぶちかまして来た。
あくまで本人は自覚していないから、始末が悪い。
(お世話かけます)
(気にすんな、いつものことだ)
目線のみで意思疎通を成し遂げると、エミリオはシャルダンの瞳をじっと見つめて、一言一言、噛んで含めるように語りかけた。
「……俺は先輩の意見を尊重するぞ、うん」
「そっかー、エミルが言うんじゃしかたないねー」
はふっとため息をつくと、シャルダンはおとなしく椅子に座る。
その膝の上にぱさっと舞い降りた柔らかな生き物が一匹。
「ぴゃ」
「ちびさん!」
「しゃーる!」
「わあ、今日もふかふかだねー。かわいいなあ、かわいいなあ」
黒と褐色の斑の猫を抱えて、シャルダンはご機嫌。その隙にこそっとダインはエミリオに声をかける。
「いいタイミングだエミリオ。どうしてここに?」
「や、ナデュー先生とフロウさんと飲みに来てまして」
「む」
手すりから身を乗り出して下を覗くと、一階のテーブルの一つに見慣れた顔が並んでいた。
枯れ草色の髪の毛の小柄なヒゲ中年と、焦げ茶に赤の混じった長い髪を高々と結い上げた、艶っぽい青年。
それぞれゴブレットを片手にこっちを見上げている。甘党の二人のことだ、中身はおそらく蜂蜜酒の類いだろう。何の不思議もない。元はと言えば「鍋と鎚」亭はフロウとナデューの昔の冒険者仲間がやってる店なのだ。
「お、ほんとだ」
二人ともにこにこ笑っていた。
ことにフロウは目尻に皴を寄せ、ぽってりした唇の端っこを釣り上げて、とてもとても機嫌が良さそうだ。
にこにこ、と言うより、もはやにやにやした笑い方だったが。
フロウ好みの、筋肉質の男どもが脱ぎまくっているのだ。もはや誰得俺得状態。上機嫌にならない訳がない。
「へへっ、い〜い目の保養じゃぁねえか」
つぶやいた言葉は、喧騒に紛れてダインの耳には届かない。
一方でエミリオは……