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2013年6月の日記

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教えて?フロウ先生!14―精霊あれこれ―

2013/06/18 4:40 その他の話いーぐる
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<教えて?フロウ先生!14―精霊あれこれ―>

下町の薬屋の店内、丸椅子に腰掛けた少女……ニコラ・ド・モレッティがカウンターに何かを載せてぷにぷにと熱心につついている。
良く見ると、掌にはまるまっちぃ二頭身の小人が乗っかり、ぷにぷにした身体をつつかれながら、彼女の使い魔であるキアラところころきゃわきゃわとカウンターの上を転がって戯れている。
本来なら好物のミルクや甘いお菓子が無ければ見つかることすら厭い、隠れてしまう「ちっちゃいさん」……金の小精霊ブラウニーズや水妖精ニクシーと遊ぶニコラに、
店主のフロウはお茶を淹れながらその姿を見て苦笑を浮かべると、小さく息を吐き出した。

「やーん、やわらかーい。」

「ったく……ほんと、良い巫術師になれるわ。お前さん……そんだけ精霊とじゃれあえたら上等さね。」

「そういえばちっちゃいさんって精霊なんだっけ……金の精霊ブラウニー?」

「正確には、小精霊な。金の精霊はヴァルキリーだし。」

「ヴァルキリーって、御伽噺に出てくる戦乙女の?」

「そ……ついでだ、精霊についてちろっと話でもするかい?」

「するする!」

魔法絡みの話になると、俄然食いついてくる少女に小さく笑うが……ふと気付くと少女のひざの上でブラウニーや彼女の使い魔も興味津々のようだ。
しかしここは気付かない振り、あくまでニコラとの会話を聞かせてやるように振舞うのが、「ちっちゃいさん」と付き合うコツだ。

「まず、精霊には小精霊・精霊・精霊王の3つの階級に分類できる。そして属性が火水木金土聖魔の7種だから、少なくとも合わせて21種類の精霊が居るわけだ。
 で、一番下位に当たるのがいわゆる『ちっちゃいさん』……小精霊さね。それぞれフレイミーズ アクアンズ エアロス ブラウニーズ アーシーズ ピクシーズ レプラコーンズって呼ばれてる。
 多分ダインならしょっちゅう見えてるだろ。暖炉の中にフレイミーズが居たり、井戸にアクアンズが居たり……一番人間と身近な精霊なんじゃねぇか?」

「ふむふむ……木属性だけどエアロスなのね。」「なのねー」「きゃわわ……。」

少女と水妖精と小精霊が同時にうんうんと頷きながら聞いている姿にクスッと、一人と二匹に見えないところで笑みを漏らしながら、フロウは話を続ける。

「木の属性は風も含むからな。で、次が精霊…この辺りだと街中で見かけたりはそうそうないな。パンスベールとかの境界線が強いところならそうでもねぇが。
 順番にサラマンダー ウンディーネ ドリアード ヴァルキリー ノーム ウィスプ シェイドだな。この辺は聞いたことあるだろ?」

「あるある!御伽噺とか英雄譚にも出てくるし!ヴァルキリーがリヒテンガルド様の使いで英雄の剣に加護を与えたりとか!」

「ちなみに精霊は聖神魔神区別無く、その属性の神に仕えているからな。マギアフロッドの使いって時もあるぞ。んで、最後は精霊王か……。
 このクラスの精霊は、各属性の精霊界に繋がる異界門のある秘境に住んでそこを管理してるってのが通説だが……正直良く知らねぇんだよな。
 巫術師が神官が神託を受けるように夢とかで会話したことあるとかないとか、物語や伝承での資料で区分してるんだろうけど……実際見た奴居るのかね。
 どっちにしろ、このクラスの精霊の力を借りるってことは、従属神クラスの存在に力を振るって貰うのと同義だから、よっぽどの術者じゃねぇと無理だな。」

「そうなのね……貴方は会った事あるの?」「あるの?」「きゃわ?」

ニコラが問いかけるも、聞かれた事そのものが理解できていないのか、首を傾げるだけのちっちゃいさんのほっぺたをまたぷにぷにと触り、
ニコラは話を進めることにしたのかフロウに視線を向けなおす。

「それで、精霊王ってどんな精霊が居るの?」

「えぇっと、確か名前は……イフリート リヴァイアサン エント オーディン ティターン フェニックス フェンリル……だったっけな。
 この辺りはルーナやナデューのが詳しいだろうから、これ以上知りたかったらそっちに聞いてくんな。俺はあくまでウィッチだし。」

「はーい。」「はーい」「きゃわわ~。」

「そんじゃ、話はこれでおしまい。焼いてあったクッキーも冷めた頃だろうし、お茶も入ったし……寛ぐとしますかね。」

『やったー!(きゃわわー!)』

「……喜ぶのまで同時なのな。」
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ひとりぼっちのディーンドルフ後編

2013/06/18 4:34 お姫様の話いーぐる
肩、首、腕そして脇腹。死に際のオーガに刻み込まれた傷は、きれいに洗われ、すり潰した薬草を塗り込まれて痛みも疼きも収まりつつあった。
 兜の上から切り付けられた額の傷は時折痛むものの、鼓動一つ打つごとに生命の抜ける、嫌な感触はもう無い。

「ありがとな、フロウ。だいぶ、楽になった」

 ごそごそとシャツに袖を通そうとしていたら、ぺちっと背中を張られた。薬草の香る手のひらで、ぺっちんと。痛みというより、驚きでびくっと肩が跳ねた。

「ってえな、何しやがる!」
「まだ終わってねえっつの」
「え?」

 慌てて自分の体を見回した。上半身何も着けてないから、傷がどうなってるか、一目で分かる。

「傷口洗って、薬塗ったろ? 他に何するんだ」
「さっき塗ったのは、触媒だ。切り傷は薬だけじゃ塞がらねぇだろ?」

 男が右手をかざしてきた。手首にはめられた木の腕輪が、ぽうっと光る。表面に彫られた文字に沿って、緑色の光が走った。
 まるで日の光に透ける若葉のような色。一瞬、目を奪われた。

『混沌より出でし黒にして緑 美と草花の女神マギアユグドよ、芽吹き花咲き実を結ぶ、汝の命の力もて、癒しの奇跡を我に授け賜え……』
「っ!」

 左目の奥が、熱い。しまった、これは魔法だ!

「よせ、駄目だ!」

 掌で目を押さえ、顔を背ける。だが一瞬遅かった。
 体の内側からむずむずとこそばゆい感触がこみ上げる。新しい肉芽がにょきにょきと盛り上がり、傷が塞がって行く。
 あっと思う間もなくしみ込む力の流れに左目が共鳴し、掌を弾いた。

「う」
「何だ?」

 目の奥で色のない虹が弾ける。呪われた光。気味が悪い、不吉だとののしられてきた光が、視界を覆い尽くす。世界が塗り替えられて行く。
 あり得ざる『流れ』が浮かび、色をまとい、形を結ぶ。
 フロウの手から実体の無いつる草が伸びて広がり、いくつにも枝分かれし、傷口を覆っていた。

(しまった!)

 慌てて押さえ直したが、この薄暗がりの中、光ったのだ。目立たないはずがない。
 見られたか。心臓が早鐘を打つ。冷たい汗がじわじわとにじむ。せっかく助けてくれたのに、ここであれを見られたら……。

(何を恐れる。嫌われるのは慣れてるはずなのに)

「魔法は、駄目だ!」
「おいおいおい」

 フロウは困ったように眉をひそめ、肩をすくめている。

「いくら騎士が魔法に頼ることを良しとしないからって、それはねぇだろ! あ、お前さん、あれか。東の生まれかぁ?」
「………一応」
「あーあーあー、やっぱりなあ。あっちの騎士さまは、魔法嫌いで有名だもんなぁ。でもよ、やっぱできる手当てをしないってのは、俺の信条に反するんだよ」
「……」
「第一もう、使っちまったもんはしょうがねえだろ。ってか何で目、押さえてんだ。ゴミでも入ったか? 血でも落ちたか。痛むんなら見せてみろって」
「そんなんじゃない」

 駄目だ。もう、隠し切れない。
 嫌われてしまうのだろうな……薄気味悪い奴だって。
 今まで何度も経験してきた。親しかった人の顔が恐怖に強張り、引きつれ、目をそらす瞬間を。
 ついさっきまで開かれていた扉が、堅く閉ざされるのを。
 
 彼らが悪いんじゃない。ただ恐れているだけなんだ。
 それがわかっているから余計に、細く長い針が深々と胸を抉る。

「こっちの目は……呪われてるから」
「はぁ? 大抵の呪いなら、教会で解いてもらえるだろ」
「そんなんじゃない。血に潜み、俺の体に染みついてる」

 咽が引きつり、声が震える。こいつ自身も魔法を使えるのなら、隠しても仕方ない。

「生まれつき、なんだ。魔力が動くと、今みたいに勝手に現われる」
「勝手にって……」
「……見えるんだ。人に見えないモノが。今も見えた。あんたの体から、つる草みたいな緑の光が伸びて、俺の傷を包んだのが」

 隠せないのなら、自分から言ってしまった方がいい。見抜かれるより、ずっといい。
 手を外し、息を深く吸って、閉じていた目を開く。

「お」

 驚いてる。だが、フロウの顔は歪みも引きつりもしない。蜜色の瞳が静かに見返してくる。
 左目が熱い。唱えられた呪文の力に誘われて、眠っていた『呪い』がすっかり目を覚ましていた。
 左の瞳で見るフロウは、淡い緑の光に包まれていた。まるでつる草のように手足に絡みつき、ふわふわと葉を広げ、ゆれていた。

「お前さん、魔術や祈術のたしなみは?」
「え?んなもん、ある訳ないだろ! お、俺は、騎士の家に生まれたんだぞ?」
「おーおー、お約束な返事しやがって。ってことは、あれか。道具の助けも、呪文の行使も無しで魔力を目視してんのか!?」

 眉根を寄せて、じとぉっと睨んできた。だが、忌わしいとも。気持ち悪いとも言われなかった。

「何、それ、ずりぃ!」
「ずるいって……え? え?」

 ずるい。確かにそう言った。思わず肩に手をかけていた。手のひらにすっぽり収まって、意外に丸っこくて、あったかい。
 ずっと忘れていた……自分から他人の体に触れることなんて。

「これ、普通にあることなのかっ? 他の人間も、できることなのかっ」
「うお!? いや、魔法使える奴なら、ある程度はな……でもそこまで具体的に視覚化できるとか、なんだよそれずりぃ」

 不満そうにフロウは唸った。その反応こそが教えてくれる。彼にとってこれは、『普通』のことなんだって。
 むしろ無いより、有る方が望ましいのだと。

「むしろ、俺が欲しいわそんなスキル!」
「そっか……そうだったんだ………」

(今まで誰もそんなことは教えちゃくれなかった。これが見えるのは俺と、亡くなった姉上だけだと思ってた)

「俺………一人じゃなかったのか………」

 くしゃっと顔が歪む。咽の奥でしょっぱい波が渦巻いている。そのくせ、口もとはくすぐったくてうずうずしてる。ああもう、泣きたいんだか笑いたいんだか、自分でもわかりゃしない!

「そんなこと言ったの、お前が、初めてだ」
「知るか」

 ふっくらした唇を尖らせ、ぷいっと横を向いてしまった。だが視線だけはこっちに向けられている。
 拗ねた子供みたいな顔してる。

「呪い(カース)じゃなくて能力(スキル)じゃねぇかよ。しかも一級品の。ったく……心配して損したさね」
「呪いじゃなくて……能力? なのか?」

『忌わしい』
『お前の目は呪われている』
『人に見えないモノが見える』
『恐ろしい』
『汚らわしい』

 今までずっと、そうだと信じていた。
 それ以外の考えなんか欠片ほども浮かばなかった。

「そうだ。よーく聞け、ダイン。そいつは、『はじまりの神』の祝福だ」
「祝福?」
「ああ。俺も実物見たのは初めてだがな。『月虹(げっこう)の瞳』って言うんだ」
「月の虹(Moonbow)……」
「月の光でできる虹のこった。お前さんは、昼も夜も、光も闇も全部生み出した、世界の一番はじまりの神様の加護を受けてる。その印さね」
「ははっ……そうか……そうだったのかっ」

 何故、こんな目を持って生まれたのか。
 魔物の血が混じっているからだと言われ、そう信じてきた。能力だったなんて。増して、神様の祝福だったなんて!

(たとえ嘘でも気休めでもいい。俺は、その考えを選ぶ)

 閉ざされた暗い迷路の中で、一筋の光の光が差し込み、扉が開く……そんな気分は初めてだった。

 ※

 それが、薬草師フロウとの出会いだった。
  
 誰かを信じても、頼っても、愛しても良いのだと彼が教えてくれた。
 左目の『呪い』を才能だと言い、胸を張れと、うなだれる広い背中をどやしつけた。

 その結果、ダインは変わった。

 馬上槍試合の会場で、一人ぽつんとたたずむ少女の下に赴き、彼女の名誉をかけて戦った。
 するとその少女は、時間を見つけては自分の隣でニコニコと笑ってくれるようになった。
 境界線を越えて、迷い込んできた異界の猫を拾いあげて、故郷に還すために戦った。
 するとその猫は自ら世界を渡ってまで舞い戻り、自分の使い魔となった。

 己の後ろに在るのは、別の盾でもなければ、か弱き者でもない。別の強さを持った仲間なのだと。背中を預けてもいいのだと。
 今まで返って来なかった、善意と勇気に対する好意に戸惑いながらも、少しずつ学んでいる。

 そして……フロウの言う所の『無自覚天然タラシ』が野に放たれた。
 彼は夢にも思っていないだろう。他ならぬ自分こそが、その封印を解いてしまったのだとは……。

<ひとりぼっちのディーンドルフ/了>
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ひとりぼっちのディーンドルフ中編

2013/06/18 4:32 お姫様の話いーぐる
 辺境での怪物討伐戦。
 先陣切って飛び込んだ先に、大物が居た。だからって今更退く訳にも行かない。

(俺の背後を守る盾はいない)
(俺に続く剣も無い)
(己一人の力で切り抜けるより他に道は無い)

 下手に手負いで逃せば、さらに暴れて害となる。今、ここで仕留めるしかない。
 がん、と兜の上から殴られたが、怯まず前に出た。背中をかきむしる爪と殴りつける拳に耐え、深々と急所を抉った。
 ついに切っ先が頭の後ろから付き出し、戦鬼は息絶えた。

「はーっ、はーっ、はーっ……」

 べっとりと髪が濡れている。だが汗にしては多すぎる。凹んだ兜の一角が妙に涼しい。
 地面に落ちた敵の武器を見て、得心が行った。俺は殴られたんじゃない。切られていたのだと。とんでもなく刃の分厚い、剣と言うより鉈に近いばかでっかいいびつな刃物で。
 
 後続の本隊と合流し、撤退が始まった。鎧の下でかなり血が出ていたようだが、歩けないほどじゃない。
 妙に足下が滑るのは、降り積もった落ち葉のせいだ、きっと。ぐらぐらと視界が回ってるのは、腹が減ってるからなんだ。

(認めるな、考えるな、自分が弱っているなんて。剣はまだ折れちゃいない。盾はまだ割れてはいない)

 ようやく休止が告げられた時は、膝から崩れ落ちそうになっていた。
 どうにか踏みとどまって、立ち木に寄りかかってやり過ごす。ここで座ったら、もう二度と立てなくなりそうな気がしていた。
 耳の奥でザーっと乾いた音がする。嵐のような。叩きつけるみぞれのような音だ。

(ほんの少しだけ、目を閉じよう。ほんの短い間でいい。そうすれば、きっとまた立てる………)

 意識が霞みに飲まれかけ、慌てて目を開ける。
 辺りが妙に静かだった。ぽつーんと一人、自分だけ周囲から切り取られたようなこの感覚は、困ったことに馴染みがあった。

「参ったな」

 また、置き去りにされちまった。
 いつもの事だ。
 休憩が終わったけれど、誰も声をかけずに出立した。ただ、それだけだ。
 長々と吐き出す息は、濃厚な鉄サビの味を残して通り抜けた。

『俺はまだ戦えます。だから捨てないで! 置いてかないで!』

 咽の奥が塩辛い。泣きそうだ。でも泣いてはいけない。
 泣きべそばっかりかいていたディーはもうここには居ない。
 騎士ディートヘルム・ディーンドルフは断じて泣いたり、へたばったりする訳にはいかない。そんな事、あってはならないんだ。

 切れない剣は捨てられる。
 割れた盾では守れない。

 剣を杖代わりに、震える足を前に踏み出す。
 かえって気が楽になった。多少、歩みが遅くなったところでもう、行軍に迷惑をかける事もないんだからな。

「……あ……水」

 吹き抜ける風が湿っていた。この先に水場があるんだ。
 
      ※

 たどり着いた湖のほとりで、兜を外し、水をむさぼる。
 鎧を外し、服を脱ぐと、体中に打ち身と切り傷ができていた。向こうも死にたくなかったんだろう。必死で俺を引きはがそうとしたんだ。
 疼く傷口を、冷たい水で洗った。
 改めて知る刻まれた傷の深さに、敵の死に際の足掻きが。不規則な痙攣が指先に蘇る。

「…………」

(俺も、ここで死ぬのかな)
 
 あり得ない。
 まだまだ体の奥には力が残ってる。アインヘイルダールの駐屯地まで、帰り着く自信があった。

 だが、果たしてそれを隊の連中は望んでいるのだろうか?

『何だ、生きてたのか』 
『くたばるなり、どこぞに逃げるなりすれば良かったのに』

 口にこそ出さないが、望む者は少なくない。

「くそ、染みるなあ……」

 ぽつっと、水に溶けた血が一滴、水面を揺らした。
 その時だ。

「お前さん、怪我してんのかい?」


 ※


 急に話しかけられた。のほほんと間延びした、男の声で。
 日なたと、草と、花の香りをかいだ
 夜の湖で、一人きり。だのに何故だか、剣を抜く気にならなかった。

「……うん」
「どれ、見せてみろ」

 妙にふわんふわんした髪の、背の低い男が居た。肩から重そうな鞄を下げて、革の胴衣に外套羽織っただけの軽装で。見たところ大した武器も持ってない。

「お前さん、運がいいぜ? 俺ぁご覧の通り薬草師だからよ!」

(ああ、だからこんな、いいにおいがするのか)

 年齢は多分、自分より上なんだろう。それにしたって、顎をうっすら覆う無精ヒゲでそうと判断しただけ。
 二重瞼と長い睫毛に縁取られたぱっちりした瞳、ふっくらした口元なんか、下手すりゃ年下に見えるくらいだ。
 いったいこいつは、大人なのか。子供なのか?
 目をこらすと、首のあたりにわずかなゆるみがある。ってことは、けっこう年齢が行ってるのかも知れない。

 言われるままに大人しく、頭と体の傷を見せる。

「相当酷くやられたねえ。こりゃ相手は人間でも、獣でもないだろ」
「オーガーだ。かなりでかい奴だった」
「ああ、北の渓谷に出たってな。ってお前さん、あっちから歩いて来たのかよ!」
「うん」
「無茶するねぇ。どぉれ」

 薬草師は鞄から、何種類か葉っぱを引っ張り出して、真剣に吟味してる。

「これと、これ、と……ん、こんなところかな……ちっ、近場の採取だからって横着せずに乳鉢持ってくりゃよかったな。」

 3種類ばかり取り出し、小さな鍋の底とナイフを使って切るようにすり潰していくのをぽやーっとしながら見守った。
 時折ギッとナイフが鍋底を擦る音にお互いに眉根を寄せあったりしている内に、すり潰した葉を擦り込んでくる。

「ぶはっ、くすぐってぇ!」
「こら、動くな、まだ終わってねぇ!」

 あっと思ったら俺の背に腕が回されていた。
 肌がむずむずした。本当に、久しぶりだったんだ。
 自分以外の誰かと、こんな風に触れ合うのは。

「あいつらの武器は、手入れが悪ぃからな。錆びたり、腐肉がこびりついてて、きちんと手当てしないと後で痛い目見るぞ!」
「わ、わかった」

 小柄な薬草売りのおっさんは、俺の体にしがみつくようにして観察し、どんなちっぽけな傷も逃さずに……丁寧に薬草を塗ってくれた。
 塗り込まれるほどに、いやな疼きを放っていた傷口は、みるみる静まって行った。
 優しい手に包み込まれたみたいに。

「よし、後は、その頭だな……かがめ」
「わかった」

 肌に触れていた男の体が離れて行く。頭に触れているのは分かるが、急にひんやりして寂しかった。

「ま、まだか?」
「まだだ。ここが一番酷いぞ? よくこんなんで歩いて来れたもんだ」
「痛いって、気がつかなかったんだ」
「ったく、呆れた奴だね!」

 軽口を叩きながら、男は額の傷に布をあてがい、ぐるりと包帯を巻いた。

「大げさだなあ」
「頭の傷は、大事なんだよ。そら、これでも食っとけ」

 差し出された木の実を素直に口に入れる。
 がしっと噛んだ瞬間、口が歪み、咽が震えた。

「に……にっげぇえええっっ! 何だこれっ!」
「あぁ? 栄養剤代わりだよ。かなり血が抜けてたからな」
「口、口歪むっ! しびれるっ! 本当に薬なのかこれはーっ!」
「まあ、本来なら煮詰めて、濾して、もーちょっと灰汁抜いとくんだけどな。生でも効き目は変わらん」
「だったら、せめて、飲めって言えよ!」
「噛まないと、体に悪いだろ?」

(こっ、こっ、このおっさんはーっ!)

 助けといてもらって言うのも何だが、えらく人食った野郎じゃないか!
 さくさくと後片づけする背をにらんでいると、男がふと、俺の脱いだ上着に目を止めた。

「あれ。この制服、西道守護騎士団の……ってことはお前さん、騎士だったのか」
「悪ぃか」
「ああ、確かに口は悪いな」
「んだと?」
「よしよし、元気出てきたな、坊主!」

 にんまり笑って、頭なんか撫でてやがる。子供か俺はっ!

「坊主じゃねえっ!」
「じゃあ何て呼べばいい」
「ディートヘルム・ディーンドルフ」
「長ぇな」
「通り名は、ダインだ」

 ごく自然に問い返していた。単におっさんと呼ぶのをためらったからじゃない。そいつのことを知りたいって思ったんだ。

「あんたのことは何て呼べばいい?」
「俺は、フロウだ」
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【外伝】ひとりぼっちのディーンドルフ前編

2013/06/18 4:30 お姫様の話いーぐる
 小さなディーは愛情に包まれて育った。
 けれど騎士ディートヘルム・ディーンドルフは孤独だった。少なくとも、王都で過ごした6年間と、西シュトルンに移った最初の1年は。

     ※

 レディ・ディーンドルフは懐の深い人物だった。
 母に続いて姉を失った6歳の少年をその豊かな胸に抱き寄せ、実の子と変わらぬ愛情と厳しさで育て上げた。彼女の娘たちもまた、穏やかな生活の中に降って湧いた小さな『弟』を受け入れた。
 そばかすだらけの巻き毛の少年は、それぞれ夫であり、父親である男性を失った直後の悲しみを埋めてくれたのだった。

 14の歳、『ディー』は騎士となるべく、実の父親の住む王都へと迎えられる。その頃には、少年も自分の母親が『妾』『愛人』もしくは『側女』と呼ばれる立場に居たことも。何故、姉と自分が遠く離れた田舎の領地で暮らしていたのか、その理由も理解していた。

 だからこそ、自分に向けられる正妻(その人を義母と呼ぶのはさすがに気が引けた。いかに心の中でも、だ)の険しい眼差しを受け入れた。すぐさま、わずか三ヶ月年上の兄を憚ることを覚えた。
 騎士になる為の道は大きく分けて二つ。このまま父の館に留まり、貴族の子弟に相応しい教育を受けた後に、父の知己の何れかの下で、形式ばかり一ヶ月ほど騎士見習いとして修業を積むか。
 あるいは……
 軍の訓練所に入り、他の候補生同様、みっちり一からしごかれるか。

 ディーは迷わず後者を選んだ。

 訓練所に入った初日、世話役のロベルトと言う騎士に言われた。

「お前らの『宝物』を五つ出せ」
「そんなに持ってません。これだけしか………」

 素直に差し出したのは、銀色の楕円形のロケット。伯母の元を離れる時に選別として贈られた。中には波打つ金髪に矢車菊のように青い瞳の少女……姉のアイリスの肖像が収められていた。

「しょうがねぇな」

 ロベルトは容赦なく銀のロケットを奪った。他の候補生の宝物と同様に、公平に。

「あっ、何すんだ、返せ!」
「返してやるぜ? ただし条件がある」
「何だよ! さっさと言え!」

 ついさっきまでは、子犬みたいにおどおどしてやがったくせに。いい面構えだ、こっちが本性だな?
 内心ほくそ笑みつつ、ロベルトは言い放った。

「俺が武器を持ってる時に、一撃でいいから当ててみろ。そしたらこの別嬪さんは返してやる」
「一撃だな!」

 言うなり、その場で切り掛かってきた。訓練用の刃のない剣とは言え、その動きは激しく、気迫は並々ならぬものがあった。だが……

「無駄が多い」

 体力切れでへたばるまで弄び、ぶっ倒れた所で修練場から立ち去ろうとしたが。
 
「かえせ……」

 足首を掴まれた。

「あねうえ……か、え、せ……」
「ちっ、しつこいな」

 手を踏みつけ、蹴り飛ばす。

「動きに無駄が多すぎるんだよ、お前は。俺に当てたきゃ、もっと狙え」

 切れない剣は捨てられる。
 割れた盾では守れない。
 それが、訓練所でロベルトから教えられた全てだった。
 だから必死に己を研ぎ澄まし、切れる剣であり続けた。ひたすら己を鍛え、割れぬ盾であろうとした。
 いつしか育て親の家名を縮めて『ダイン』と称するようになった少年は、半年後に初めてロベルトに一撃を当てた。

「ちっ、しょうがねえ、当たっちまったか」

 金髪の青年は肩をすくめると懐からロケットを取り出し、ひょいと投げてよこした。

「あねうえっ」

 両手ですがりつき、受け止める。

「はは、やった、あねうえっ! やったよロブ先輩、俺、やったよーっ」
「だあっ汗臭い、うっとおしい、ひっつくんじゃねえっ」

 蹴り飛ばそうと足を振り上げるより早く、ダインの体がくたあっと地面に崩れ落ちる。

「あぁん?」

 銀のロケットを握りしめたまま、ダインはすやすやと眠っていた。

「ったく邪魔だろうが!」

 体を丸めてすーすー眠る少年を、修練場の片隅に放り出してその場を後にした。

 それ以来、ダインはロベルトに懐いた。

「ロブ先輩! 稽古つけてくれ!」
「よし、そこのハンマーで素振り千回な」
「ロブ先輩! 遠乗り行こうぜ!」
「鞍無しで乗れるようになったら、付き合ってやろう」

 その頃には、ダインが貴族の愛人の子であることも。左目に『呪われた印』を持っていることも、あまねく訓練生の間に広がっていた。
 呪われた子と忌み嫌うこともなく。愛人の子と蔑むこともなく。
 他の者と分け隔てなく厳しく接していたのは、ロベルトただ一人だったのだ……。

 ロブ先輩の期待に応えたい。その一心で、ダインはどんどん腕を磨いた。
 ロベルトもまた、使える奴と見込んで徹底的にダインを鍛えたのだった。

 瞬く間に一年、二年が過ぎ……18歳になる頃には、手足ばかりがひょろ長かった少年は、肩幅も広く、胸板も厚く。身の丈ほどの剣を易々振り回し、荒馬を乗りこなす筋骨逞しい偉丈夫へと成長を遂げていた。
 それこそ、戯れにロベルトを軽々と抱き上げるほどに。
 金髪混じりの褐色のたてがみ、オリーブグリーンの瞳、がっしりした顎。堂々たる風貌は、父親の若い頃に瓜二つ。
 それは、彼の三ヶ月違いの兄がどんなに望んでも得られぬ物でもあった。
 研ぎ澄まされた剣術の冴え。頑強な肉体さえも。

 何と言う皮肉。
 鋭い剣になるほどダインは疎まれた。
 割れぬ盾であるが故に嫉まれた。
 ロベルトを慕う訓練生たちからは、「先輩にひいきにされる」と嫉まれていた。
「見込みのある奴」の顔を見に来た先輩騎士からは、なまじ互角に渡り合ったばかりに「生意気」と言われた。
 他ならぬ義理の母親のまき散らした悪意の種は、彼らの嫉みや下衆な好奇心、嗜虐心に容易く根付き、活き活きとはびこったのだった。

『あいつは父親の私生児だ。だから家名を名乗れないのだ』
『あいつは呪われている。あの色の変わる不気味な左目を見たか?』
『きっと魔物の血でも混じってるんだろう』
『魔物なら、ヒトより強いのは当然じゃないか。それがヒトと同じ場所に暮らすなど、おこがましい』
『忌わしい』

 それでも、見込みのある奴と評価するロベルトが居た間はまだ良かったのだ。たった一人でも、自分を受け入れる人が居てくれれば人間、案外踏ん張れる。
 だが折悪しくロベルトは東の交易都市への転属を命じられ、ダインの味方はだれ一人として居なくなった。

『奴は呪われている』
『魔物の血を引く忌わしい子』
『だったらせいぜい、使い捨ててやればいい』

「俺はまだ戦えます。だから捨てないで! 置いてかないで!」

 芽生えかけた淡い恋ですら、義母の刺しがねで無残に踏みにじられた。
 その時、ダインは心に決めた。

 自分は誰の助けも得られない。
 愛することも、愛されることも許されない。
 ならばせめて、与えることに、尽くすことに徹しよう。
 他人には期待しない。期待しなければ、裏切られることもないのだから。

 兄に遅れること、4年。20の歳にようやく、ダインは騎士宣誓を許された。明らかに貴族の子弟としては、遅過ぎる年齢だった。
 晴れて見習いではなく、正騎士として配属された先は『西道守護騎士団』。
 未開の地へ旅する開拓者の守護者と呼ばれたのは昔の事。今は任務と言えば、延々と広がる牧草地と畑の警備と、蛮族や怪物との小競り合いがせいぜいのど田舎勤務。
 要するに『左遷』であった。
 そこに義母の思惑が絡んでいたのか。あるいは、少しでも我が子を権力争いから遠ざけようとする父の気遣いによるのものかは、ダイン自身は知る由も無かった。
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兎の隊長さん

2013/06/18 4:27 お姫様の話いーぐる
 さて、それからしばらく経過したある日の午後。
 
 就任の挨拶にド・モレッティ大夫人の館を訪れたロベルト隊長は……
 庭に面した日当たりのよいテラスで、彼を歓迎して催された茶会の席上で、とんでもないものを目にしてしまった。
 水色のリボンに水色のドレス、金髪に青い瞳のニコラ・ド・モレッティ嬢が、まるで呪いの品のような人形を抱いていたのだ。

(……何だ、あれは……。)

 しかも、首に巻いてあるリボンは姫の髪に結んであるのと同じ水色。かなりお気に入りらしい。
 一目見た瞬間から、お茶の香りも茶菓子の味も舌の上をことごとく素通りし、ロベルトの頭の中は一つの考えでいっぱいになった。

(もしかしたら本当に呪いの品か何かか……気になって仕方がない!)

 それでも礼儀上、お茶一杯飲み終わるまではどうにか平静を保ち続けた。席を立って、庭園を愛でつつ歓談……となった所で思い切って四の姫に話しかけてみた。

「あー、その、姫。その人形の事なのですが……」

 ロベルト・イェルプは万事に置いて単刀直入、常にまっすぐな男だった。

「これ?」

 四の姫ニコラは満面の笑顔で答えた。

「可愛いでしょ! 師匠からもらったの。触媒を全部外してしまったから、もう術には使えないんだけれどね」

「ほほう」

(可愛い? これが?)

 今一度しみじみと見る。年ごろの女の子の考えはよくわからない。と、言うかまったく理解できない。
 だが、これも個性のうちなのだろう。

「実に、個性的な造形ですね」
「でしょ、でしょ!」

 お気に入りを褒められて、嬉しかったのだろう。四の姫は上機嫌で元呪術人形にほおずりした。

「Patchie(ツギハギくん)って呼んでるの」
「なるほど、確かに見た通り分かりやすい。術の知識がおありと言うことは、姫は魔法について学んでおいでなのですか?」
「そうよ。魔法学院の初等科で勉強してるの。もうすぐ初級術師の試験があるのよ!」
「なるほど」

 貴族の。それも騎士の令嬢が魔法使いを目指すなんて。しかも本格的に術師の試験を受けるなど、王都ではまず考えられないことだった。しかし、一方でロベルトがこれまで勤めていた東の交易都市では、個人の資質を活かすことはごく普通に行われていた。それこそ、家柄や身分を問わずに。

「それは、団長にとっても頼もしいことですな」
「ありがとう、ロブ隊長」

 ともあれ、ひとまず安心した。あの人形はどうやら、無害なのだから。一方で四の姫は………

(どSって聞いてたから、てっきり意地悪な人かと思ってたけど……シャルとダインの言う通り、割といい人みたいね)

 初めて顔を合わせる隊長に、友好的に接しようと決めていた。

「ね、ロブ隊長」
「はい?」
「就任祝いに何かプレゼントしたいのだけど……巾着袋とクッション、どっちがいい?」
「では、巾着でお願いします」

 ロベルト・イェルプは万事において実用性を重んじる人間だった。

「わかったわ。えーっと、何か希望するモチーフはある?」
「ウサギでお願いします」
「ウサギ? ずいぶん可愛いのを選ぶのね」
「私の個人紋なのです」

 そう答えるロベルトのマントには、ウサギを刻印した盾の形をしたブローチが留められていた。
 そして、そんな事をシャルダンと話していたのを思い出す。

「わかったわ! 楽しみにしててね!」
「はい、ありがとうございます」

 笑み交わす二人をこっそりと、モレッティ館に住むちっちゃいさんたちと、キアラが見つめていた。

「うさぎ、うさぎ」
「たいちょうさんは、うさぎ」

 水盤の陰からしゃらしゃらと、せせらぎの音にも似た声で囁きながら。歌いながら。

「うさぎ、うさぎのたいちょうさん」


(四の姫と兎の隊長さん/了)
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