2014/12/24 20:52 【お姫様の話】
これは、騎士ダインが後輩のシャルダン、中級魔術師エミリオと氷の魔物を退治した少し後のお話。
西シュトルン一帯が、大雪に見舞われた寒い冬の夜の出来事。
※
「よく降るなあ……」
ダインは寝巻きの上から毛糸のブランケットを巻き付け、寝室の窓辺に立っていた。赤やオレンジ、明るい茶色にカボチャそっくりの鮮やかな黄色。つなぎ合わされた四角い模様の上に、金髪混じりの褐色の髪が流れる有り様は、さながら紅葉した秋の森。
暗い空から降りてくる白い雪は、粉砂糖を思わせる。耳をすますとさりさりと、細かな軽い粒の降り積もる音が聞こえる。
後から後から落ちてくる粉雪は、窓から漏れる灯の届く範囲で束の間白く浮かび上がり、また夜の暗がりへと消えて行く。王都でも、幼い日を過ごしたディーンドルフの館でも、こんなに沢山の雪が降ったことはなかった。
「やっぱこっちの方が冷えるってことなんだろうな」
西の辺境と言い習わされてはいるが、正確には西シュトルン地方は王都より北西に位置している。対してディーンドルフ家の領地は王都よりさらに南。
しかながら若く頑丈なダインの体は、既に西シュトルンの厳しい寒さにも順応しつつあった。
ふと好奇心に駆られ、目を閉じた。開けると同時に、瞳の奥のもう一つの瞼を押し上げる。
左目に写る景色が変わっていた。
舞い散る粉雪の合間でひらひらと、小さな精霊が踊っていた。一つ一つは雪の粒ほどの大きさしかない。だが意識を集中した瞬間、彼らの姿がくっきりと瞳に写る。
精霊には、物理的な大きさなんて関係ないのだろう。その存在に意識を向ければ『見える』のだ。
ぱりぱりに凍っていがぐりみたいにとんがった髪の毛の、まるまっちい二頭身の小人。雪だるまに手足が生えたみたいでなかなか可愛らしい。
「……氷のちっちゃいさんって何て言うんだっけ」
「フロスティだよ。ジャック・ザ・フロスティ。お伽話で聞いたことあんだろ?」
背後からのほほんとした声が答える。フロウだ。寒いからってんで、暖炉の傍から動こうとしない。
下の居間ほど大きくはないが、フロウの寝室にも暖炉がある。それだけここいらの冷え込みはきついのだ。
「ああ。霜降りジャックか」
「そそ。ま、呼び名がちがうだけで要は水の小精霊(ちっちゃいさん)、アクアンズなんだけどな。雪も氷も溶ければ水ってこった」
「へえ……」
試しに窓を開ける。斬り付けるような冷たい風とともに、わらわらとフロスティたちが入って来る。
「わっぷ、何しやがるっ」
「実験だ」
手のひらで受け止める。ちりっとした感触とともに、雪の粒が溶けて……フロスティが変化する。
全体的にぷるぷるした質感になって、滴状の頭をした姿に変わった。
「ほんとだ、アクアンズになった」
「凍ってる時も、液体の時も、水の本質は変らねぇのさ。ってかいい加減、窓閉めろ。寒ぃ」
「へいへい」
大人しく窓を閉めて、ついでに『月虹の瞳』も閉じた。カーテンを閉めて振り向くと、フロウは何とまあ呆れたことに。もこもこと毛皮の外套にくるまって暖炉の前に置かれた椅子に座り、火に当たってた。
今日みたいに冷え込みの激しい日は必ず、あれを着て外に出てる。別に珍しいことじゃない。西の辺境の厳しい寒さをしのぐには、欠かせない防寒具の一つだ。黒テンだの銀ギツネだのとこだわらなきゃ、それなりに手ごろな値段で手に入る。
思わずにんまり笑っていた。
「ははっ、家ん中でんーなもん着込んで、よっぽど寒ぃんだな中年」
「しょーがねぇだろ、冷えるんだもんよぉ」
のんびりと、暖炉の火にマシュマロなんざかざしてやがる。何かごそごそしてるな、と思ったらそんなもん用意してやがったのか。
火にあぶられ、焼き串の先端で白いもこもこしたちっぽけな塊がぷわっと膨らむ。砂糖の焦げる何とも甘ったるいにおいが鼻をくすぐる。表面に焦げ目がついた所で引き上げて、ふうふう言いながら口に運んで……
「あちっ」
顔をしかめた。
「猫舌のくせに、よくそんなもん食おうって気になるな」
「るっせえ。そら、つべこべ言わずにてめーも食え」
差し出されたマシュマロを入念に冷ましてから、素直に口に入れる。これだけ冷ませば大丈夫だと思ったが甘かった。
焼かれて固まった表面が割れて、とろとろに溶けた中味が流れ出す。
「あちっ」
「……やっぱあぢいだろ?」
「うん。でも、うま」
はふはふ言いながら残りを口に入れた。熱いマシュマロが腹に入ると、体の中からあったまる。
「ちびも食うか?」
「ぴぃうるるぅ」
「あれ、耳伏せてやがる。珍しいなあ」
「ああ、そいつ昨日、薬用のマシュマロをかじってな」
「咽の薬に使う、あれか」
「にがーいって。懲りたらしいや」
「んぴぃいい」
ちびは目を半開きにしてこっちを睨んでる。暖炉の灯を反射して目が光り、とても猫相が悪い。ひゅんひゅんと長い尻尾が揺れる。
「お前、怖いよその顔」
「ぴゃーっ、ましゅまろ、や!」
「そうかそうか。じゃあクッキーやろうな」
「ぴゃっ、くっきー!」
「そんなもんまで用意してたのか!」
「おう、こうやってな」
一枚ちびに与えてから、フロウは二枚のクッキーで焼けたマシュマロを挟んでかじった。
「ぴゃあああ、ぴゃあああ」
「ん、美味い」
「ほんと、甘いもん食う手間は惜しまないよな、お前って」
「お前さんだって酒飲む手間は惜しまないだろ?」
「……ああ」
「同じ、さ」
微妙に納得行かないが、何となくそんな気がしてとりあえずうなずく。
クッキーを食べて満足したのか、ちびは暖炉の炉だなに飛び乗り、長々と寝そべった。最近はそこがお気に入りの寝場所らしい。
「……あったかいものな」
「んぴゃあう」
フロウは火かき棒で薪を崩し、燃え殻に灰を被せた。赤々と燃え盛る炎は徐々に小さくなり、ほんのりと熾火を残すだけとなる。炎が消えても暖炉の石組みはしばらく熱を帯び、部屋の空気は充分に温かい。
「さてと、俺らもそろそろ寝ますかね」
「ああ」
西シュトルン一帯が、大雪に見舞われた寒い冬の夜の出来事。
※
「よく降るなあ……」
ダインは寝巻きの上から毛糸のブランケットを巻き付け、寝室の窓辺に立っていた。赤やオレンジ、明るい茶色にカボチャそっくりの鮮やかな黄色。つなぎ合わされた四角い模様の上に、金髪混じりの褐色の髪が流れる有り様は、さながら紅葉した秋の森。
暗い空から降りてくる白い雪は、粉砂糖を思わせる。耳をすますとさりさりと、細かな軽い粒の降り積もる音が聞こえる。
後から後から落ちてくる粉雪は、窓から漏れる灯の届く範囲で束の間白く浮かび上がり、また夜の暗がりへと消えて行く。王都でも、幼い日を過ごしたディーンドルフの館でも、こんなに沢山の雪が降ったことはなかった。
「やっぱこっちの方が冷えるってことなんだろうな」
西の辺境と言い習わされてはいるが、正確には西シュトルン地方は王都より北西に位置している。対してディーンドルフ家の領地は王都よりさらに南。
しかながら若く頑丈なダインの体は、既に西シュトルンの厳しい寒さにも順応しつつあった。
ふと好奇心に駆られ、目を閉じた。開けると同時に、瞳の奥のもう一つの瞼を押し上げる。
左目に写る景色が変わっていた。
舞い散る粉雪の合間でひらひらと、小さな精霊が踊っていた。一つ一つは雪の粒ほどの大きさしかない。だが意識を集中した瞬間、彼らの姿がくっきりと瞳に写る。
精霊には、物理的な大きさなんて関係ないのだろう。その存在に意識を向ければ『見える』のだ。
ぱりぱりに凍っていがぐりみたいにとんがった髪の毛の、まるまっちい二頭身の小人。雪だるまに手足が生えたみたいでなかなか可愛らしい。
「……氷のちっちゃいさんって何て言うんだっけ」
「フロスティだよ。ジャック・ザ・フロスティ。お伽話で聞いたことあんだろ?」
背後からのほほんとした声が答える。フロウだ。寒いからってんで、暖炉の傍から動こうとしない。
下の居間ほど大きくはないが、フロウの寝室にも暖炉がある。それだけここいらの冷え込みはきついのだ。
「ああ。霜降りジャックか」
「そそ。ま、呼び名がちがうだけで要は水の小精霊(ちっちゃいさん)、アクアンズなんだけどな。雪も氷も溶ければ水ってこった」
「へえ……」
試しに窓を開ける。斬り付けるような冷たい風とともに、わらわらとフロスティたちが入って来る。
「わっぷ、何しやがるっ」
「実験だ」
手のひらで受け止める。ちりっとした感触とともに、雪の粒が溶けて……フロスティが変化する。
全体的にぷるぷるした質感になって、滴状の頭をした姿に変わった。
「ほんとだ、アクアンズになった」
「凍ってる時も、液体の時も、水の本質は変らねぇのさ。ってかいい加減、窓閉めろ。寒ぃ」
「へいへい」
大人しく窓を閉めて、ついでに『月虹の瞳』も閉じた。カーテンを閉めて振り向くと、フロウは何とまあ呆れたことに。もこもこと毛皮の外套にくるまって暖炉の前に置かれた椅子に座り、火に当たってた。
今日みたいに冷え込みの激しい日は必ず、あれを着て外に出てる。別に珍しいことじゃない。西の辺境の厳しい寒さをしのぐには、欠かせない防寒具の一つだ。黒テンだの銀ギツネだのとこだわらなきゃ、それなりに手ごろな値段で手に入る。
思わずにんまり笑っていた。
「ははっ、家ん中でんーなもん着込んで、よっぽど寒ぃんだな中年」
「しょーがねぇだろ、冷えるんだもんよぉ」
のんびりと、暖炉の火にマシュマロなんざかざしてやがる。何かごそごそしてるな、と思ったらそんなもん用意してやがったのか。
火にあぶられ、焼き串の先端で白いもこもこしたちっぽけな塊がぷわっと膨らむ。砂糖の焦げる何とも甘ったるいにおいが鼻をくすぐる。表面に焦げ目がついた所で引き上げて、ふうふう言いながら口に運んで……
「あちっ」
顔をしかめた。
「猫舌のくせに、よくそんなもん食おうって気になるな」
「るっせえ。そら、つべこべ言わずにてめーも食え」
差し出されたマシュマロを入念に冷ましてから、素直に口に入れる。これだけ冷ませば大丈夫だと思ったが甘かった。
焼かれて固まった表面が割れて、とろとろに溶けた中味が流れ出す。
「あちっ」
「……やっぱあぢいだろ?」
「うん。でも、うま」
はふはふ言いながら残りを口に入れた。熱いマシュマロが腹に入ると、体の中からあったまる。
「ちびも食うか?」
「ぴぃうるるぅ」
「あれ、耳伏せてやがる。珍しいなあ」
「ああ、そいつ昨日、薬用のマシュマロをかじってな」
「咽の薬に使う、あれか」
「にがーいって。懲りたらしいや」
「んぴぃいい」
ちびは目を半開きにしてこっちを睨んでる。暖炉の灯を反射して目が光り、とても猫相が悪い。ひゅんひゅんと長い尻尾が揺れる。
「お前、怖いよその顔」
「ぴゃーっ、ましゅまろ、や!」
「そうかそうか。じゃあクッキーやろうな」
「ぴゃっ、くっきー!」
「そんなもんまで用意してたのか!」
「おう、こうやってな」
一枚ちびに与えてから、フロウは二枚のクッキーで焼けたマシュマロを挟んでかじった。
「ぴゃあああ、ぴゃあああ」
「ん、美味い」
「ほんと、甘いもん食う手間は惜しまないよな、お前って」
「お前さんだって酒飲む手間は惜しまないだろ?」
「……ああ」
「同じ、さ」
微妙に納得行かないが、何となくそんな気がしてとりあえずうなずく。
クッキーを食べて満足したのか、ちびは暖炉の炉だなに飛び乗り、長々と寝そべった。最近はそこがお気に入りの寝場所らしい。
「……あったかいものな」
「んぴゃあう」
フロウは火かき棒で薪を崩し、燃え殻に灰を被せた。赤々と燃え盛る炎は徐々に小さくなり、ほんのりと熾火を残すだけとなる。炎が消えても暖炉の石組みはしばらく熱を帯び、部屋の空気は充分に温かい。
「さてと、俺らもそろそろ寝ますかね」
「ああ」