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2014年12月の日記

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【おまけ】雪とマシュマロ

2014/12/24 20:52 お姫様の話いーぐる
 これは、騎士ダインが後輩のシャルダン、中級魔術師エミリオと氷の魔物を退治した少し後のお話。
 西シュトルン一帯が、大雪に見舞われた寒い冬の夜の出来事。

     ※

「よく降るなあ……」

 ダインは寝巻きの上から毛糸のブランケットを巻き付け、寝室の窓辺に立っていた。赤やオレンジ、明るい茶色にカボチャそっくりの鮮やかな黄色。つなぎ合わされた四角い模様の上に、金髪混じりの褐色の髪が流れる有り様は、さながら紅葉した秋の森。

 暗い空から降りてくる白い雪は、粉砂糖を思わせる。耳をすますとさりさりと、細かな軽い粒の降り積もる音が聞こえる。
 後から後から落ちてくる粉雪は、窓から漏れる灯の届く範囲で束の間白く浮かび上がり、また夜の暗がりへと消えて行く。王都でも、幼い日を過ごしたディーンドルフの館でも、こんなに沢山の雪が降ったことはなかった。

「やっぱこっちの方が冷えるってことなんだろうな」

 西の辺境と言い習わされてはいるが、正確には西シュトルン地方は王都より北西に位置している。対してディーンドルフ家の領地は王都よりさらに南。
 しかながら若く頑丈なダインの体は、既に西シュトルンの厳しい寒さにも順応しつつあった。
 ふと好奇心に駆られ、目を閉じた。開けると同時に、瞳の奥のもう一つの瞼を押し上げる。
 左目に写る景色が変わっていた。
 舞い散る粉雪の合間でひらひらと、小さな精霊が踊っていた。一つ一つは雪の粒ほどの大きさしかない。だが意識を集中した瞬間、彼らの姿がくっきりと瞳に写る。
 精霊には、物理的な大きさなんて関係ないのだろう。その存在に意識を向ければ『見える』のだ。
 ぱりぱりに凍っていがぐりみたいにとんがった髪の毛の、まるまっちい二頭身の小人。雪だるまに手足が生えたみたいでなかなか可愛らしい。

「……氷のちっちゃいさんって何て言うんだっけ」
「フロスティだよ。ジャック・ザ・フロスティ。お伽話で聞いたことあんだろ?」

 背後からのほほんとした声が答える。フロウだ。寒いからってんで、暖炉の傍から動こうとしない。
 下の居間ほど大きくはないが、フロウの寝室にも暖炉がある。それだけここいらの冷え込みはきついのだ。

「ああ。霜降りジャックか」
「そそ。ま、呼び名がちがうだけで要は水の小精霊(ちっちゃいさん)、アクアンズなんだけどな。雪も氷も溶ければ水ってこった」
「へえ……」

 試しに窓を開ける。斬り付けるような冷たい風とともに、わらわらとフロスティたちが入って来る。

「わっぷ、何しやがるっ」
「実験だ」

 手のひらで受け止める。ちりっとした感触とともに、雪の粒が溶けて……フロスティが変化する。
 全体的にぷるぷるした質感になって、滴状の頭をした姿に変わった。

「ほんとだ、アクアンズになった」
「凍ってる時も、液体の時も、水の本質は変らねぇのさ。ってかいい加減、窓閉めろ。寒ぃ」
「へいへい」

 大人しく窓を閉めて、ついでに『月虹の瞳』も閉じた。カーテンを閉めて振り向くと、フロウは何とまあ呆れたことに。もこもこと毛皮の外套にくるまって暖炉の前に置かれた椅子に座り、火に当たってた。
 今日みたいに冷え込みの激しい日は必ず、あれを着て外に出てる。別に珍しいことじゃない。西の辺境の厳しい寒さをしのぐには、欠かせない防寒具の一つだ。黒テンだの銀ギツネだのとこだわらなきゃ、それなりに手ごろな値段で手に入る。
 思わずにんまり笑っていた。

「ははっ、家ん中でんーなもん着込んで、よっぽど寒ぃんだな中年」
「しょーがねぇだろ、冷えるんだもんよぉ」

 のんびりと、暖炉の火にマシュマロなんざかざしてやがる。何かごそごそしてるな、と思ったらそんなもん用意してやがったのか。
 火にあぶられ、焼き串の先端で白いもこもこしたちっぽけな塊がぷわっと膨らむ。砂糖の焦げる何とも甘ったるいにおいが鼻をくすぐる。表面に焦げ目がついた所で引き上げて、ふうふう言いながら口に運んで……

「あちっ」

 顔をしかめた。

「猫舌のくせに、よくそんなもん食おうって気になるな」
「るっせえ。そら、つべこべ言わずにてめーも食え」

 差し出されたマシュマロを入念に冷ましてから、素直に口に入れる。これだけ冷ませば大丈夫だと思ったが甘かった。
 焼かれて固まった表面が割れて、とろとろに溶けた中味が流れ出す。

「あちっ」
「……やっぱあぢいだろ?」
「うん。でも、うま」

 はふはふ言いながら残りを口に入れた。熱いマシュマロが腹に入ると、体の中からあったまる。

「ちびも食うか?」
「ぴぃうるるぅ」
「あれ、耳伏せてやがる。珍しいなあ」
「ああ、そいつ昨日、薬用のマシュマロをかじってな」
「咽の薬に使う、あれか」
「にがーいって。懲りたらしいや」
「んぴぃいい」

 ちびは目を半開きにしてこっちを睨んでる。暖炉の灯を反射して目が光り、とても猫相が悪い。ひゅんひゅんと長い尻尾が揺れる。

「お前、怖いよその顔」
「ぴゃーっ、ましゅまろ、や!」
「そうかそうか。じゃあクッキーやろうな」
「ぴゃっ、くっきー!」
「そんなもんまで用意してたのか!」
「おう、こうやってな」

 一枚ちびに与えてから、フロウは二枚のクッキーで焼けたマシュマロを挟んでかじった。

「ぴゃあああ、ぴゃあああ」
「ん、美味い」
「ほんと、甘いもん食う手間は惜しまないよな、お前って」
「お前さんだって酒飲む手間は惜しまないだろ?」
「……ああ」
「同じ、さ」

 微妙に納得行かないが、何となくそんな気がしてとりあえずうなずく。
 クッキーを食べて満足したのか、ちびは暖炉の炉だなに飛び乗り、長々と寝そべった。最近はそこがお気に入りの寝場所らしい。

「……あったかいものな」
「んぴゃあう」

 フロウは火かき棒で薪を崩し、燃え殻に灰を被せた。赤々と燃え盛る炎は徐々に小さくなり、ほんのりと熾火を残すだけとなる。炎が消えても暖炉の石組みはしばらく熱を帯び、部屋の空気は充分に温かい。

「さてと、俺らもそろそろ寝ますかね」
「ああ」
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食後の運動は大事よね

2014/12/24 20:47 お姫様の話いーぐる
「意外だな」
 食後に皿を洗いながらレイヴンがぽつりと言った。
「……何がだ」
 鍋を洗いながらダインが答える。
「貴族の子が、汁麺を好むとは」
「ニコラはあまりこだわらない」
「……違う」
「え?」
 怪訝そうにダインは黒髪の男を見上げた。そう、珍しい事にこいつと話す時は自然と顔を上に向ける羽目になる。
「お前の事だ」
 虚を突かれた。まったくの不意打ちだった。返すべき言葉を失い、手が止まる。
「何故、それを……」
「しばらく東に行っていたからな」
 そうだ。東方と西の辺境の間には王都がある。
「魔導に携わる者ならば、おのずと男爵家の変わり種の息子の話は耳に入る」
 忘れようにも忘れられない。男爵夫人の蒔いた悪意の種は、未だに彼の地に潜んでいるのだ。
 王都を旅立ってから、まだほんの一年半しか経っていないのだ。長年に渡り蓄積された良からぬ噂が、そう簡単に消えるはずがない。むしろ自分と言う実物が居ないからこそ、より面白おかしく語り継がれているのだろう。
 苦々しい思いで奥歯を噛みしめる。
(隠し子でおまけに呪われてるときたら、ゴシップ好きな連中が飛びつかない訳がないよな)

「名前も風体も知らなかったが、左目に『月虹の瞳』を持った騎士となれば条件は絞られる」
 つまりこいつは知っていたのだ。月色に輝くこの左目を見た時から、俺が何者なのかを。
 男爵の遊蕩の果てに生まれた、呪われた左目を持つ忌み子だと。もっと酷い噂だって耳にしているかも知れない。
 兄を呪い殺そうとしたと、本気で信じてる奴もまだ、王都には残っている。

「何で、言わなかった」
 レイヴンは皿を洗う手を休め、こっちを見下ろしてきた。
「必要が無かった」
 しばし無言で見つめあう。灰色の瞳の中には、わずかな感情の揺らぎも見出せない。ただ淡々と事実を述べているだけ。
 つまり、こいつにとっては俺の素性なんざ、汁麺食うレベルの問題だってぇことだ。
 へっと鼻先で笑い飛ばす。それはそれで、清々しいや。
「何故、笑う?」
「いや?」
 派手な音を立てて鍋洗いを再開する。
「汁麺はこっちに来てから初めて食った」
「そうか」
「作るの楽だし、手っ取り早くできるし、美味いし、気に入ってる」
「そうか」
 言葉を交わしつつ、着々と洗い物を片づけて行く二人を背後から見守りニコラは思った。
 けっこうあの二人、仲良いんじゃないの? と。

      ※

 後片づけが終わって後。
 一同は厳かに裏庭に出た。ダインの肩にはちび。そしてレイヴンの手にはくるみが一つ。
「ちび」
「ぴゃあ」
 レイヴンは右手の人さし指と親指でくるみをつまんで、小刻みに左右に振る。乾燥した実が殻の中で転がって、からころと軽快な音がする。
 ちびは目を輝かせ、鼻面を膨らませ、しっぽをぴんと垂直に立てた。
「んぴゃあああああ、んぴゃああああああっ」
「……」
 低く体を伏せ、獲物を狙う時の声で鳴き始めた。
 頃合いよしと見計らい、くるみを放り投げる。それも地面を這うように低く。途端にちびはダインの肩を蹴って大きくジャンプ。
「ぴゃあっ」
「お」
 転がるくるみを追いかけ、走る。走る。ものすごい早さで突っ走る。
 追いついたと思ったら前足の爪で引っかけ、高々と放り上げる。転がるくるみにまた飛びつく。その繰り返し。

「なぁるほど、こいつぁいい運動になるねぇ」
「くるみを使うって、こう言うこと?」
「あぁ」
「じゃらしてるだけじゃねぇか……」
「そうとも言う」

 どどどどどっと地響きを立てて走り回るちびの後に、いつしかころころした丸まっちい小人たちが続いていた。
「きゃわわっ、きゃわ、きゃっきゃー!」
「ぴゃあああああっ」
「あ、ちっちゃいさんだ」
「つられたみたいだな」
 競争相手が増えた事で、ちびもさらにヒートアップ。
 くるみと、とりねこと、ちっちゃいさん。三つどもえの追いかけっこは一時間近く続いたのだった。

 この調子で一週間もすれば、ころころむっちむちの体も元に戻るだろう。
 それまでに、ニコラが新しい「禁断の味」を見つけていなければの話……。

(禁断の味/了)
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やっぱり彼って憎めない

2014/12/24 20:45 未分類いーぐる
馬小屋から出ると、師匠が待ってた。しかし一番の労働力の姿は無い。
「あれ、師匠、ダインは?」
「ん? 台所で昼飯作ってる」
「ええっ、一人でっ?」
「そら、一応、あいつも西道守護騎士だろ? 料理の経験はあるはずだし、俺らの手伝いもやってるから心配はないだろ」
「そりゃあ、そうだけど」
 大ざっぱに切った野菜と、豆と、肉の入った煮込み、とか。魚を丸ごとフライパンで焼いて塩をふって、茹でたジャガイモ(当然丸ごと)を添えて、とか。味付けは基本塩、その他、その場にある物を適当に。
 ダインが一人で作るとどうしても、野戦料理になる。
「ま、いっか、たまには」
 作りは大ざっぱだけど、味は悪くない。むしろ男の人であそこまで作れるのは上等の部類に入ると思う。お皿も使った鍋もちゃんと洗うし(ここ、重要!)。

「顔と手、洗ってこい」
「はーい」
 言われた通り井戸端で顔と手を洗う。麦わら帽子とエプロンを外して、台所に入って行くと……。
「わあ」
 もわもわと立ちこめる湯気に一瞬、視界が遮られる。かまどにかかった大鍋に湯がいっぱい煮え立ち、さらにその隣には、これまだ大きな鍋にスープがぐつぐつ言っている。そして、鍋の前には背中を丸めた大動物が一人、今しも木杓子でスープを小皿に取り分けた所。

「おう、ニコラ。終わったのか、水まき」
「うん」
「スープの味見、頼む」
 小皿に取られたスープを吹いて、冷まして口に含む。魚と、塩と(やっぱり塩なんだ……)野菜の味が溶け合っていた。薬味のローズマリーが効いていて臭みもない。
「あ、おいしい」
「そっか。カワカマスの干物で出汁取ってみたんだ」
 正直、びっくりした。
 ダインがそんなに手間をかけて作ってるの見た事ない。せいぜい、ベーコンを多めに入れる程度で……。
「こないだ作ったスープ、魚ベースだったろ?」
「……あ」
「好きなのかなって思って……さっきは悪かった、あの後フロウに怒られた。」
 どうやら自分があの場を去った後に、師匠にお小言を喰らったらしい。ションボリしている「私の騎士」に思わず口元が緩む。それに……
(ちゃんと、私の好み考えてくれたんだ!)
 自分がどんなスープが好きか、考えて作ってくれた事が凄く嬉しい。
「フロウも食うから、赤ペッパーは自粛した」
「ん、それは賢明な判断」

 ああ。やっぱりダインって憎めない。気が利かないなりに精一杯、こっちの事を考えてくれるから。
 うわべだけじゃない。単純に礼儀正しいってだけじゃない。もっと深い部分を理解して、できる限り沿うように心を砕いてくれるから。
(そんな彼に、全力でレディとして敬われたから……ころっと落ちちゃったんだろうな)
 馬上槍試合で初めて出会った時の事も、今なら冷静に判断できる。

「ニコラ」
「はい?」
 レディ・ニコラじゃない、ただのニコラ。普通のニコラ。でも多分、今の方が距離は近い。
 ダインは騎士だ。出会う女性全てに礼儀を尽くす。レディとして敬い、守る。だけど彼の家族以外で、ここまで近づいた女の子は、他にいないんじゃないかな。
「麺、何玉入れる?」
「二玉!」
 汁麺(soup noodle)作ってたんだ!
 乾燥した麺を茹でて、たっぷり野菜を入れたスープに浸す。西の辺境で好んで食べられる家庭料理。汁と一緒に麺をすするのがお下品だって眉をひそめる人たちもいるけれど、私は好き。
「了解。んじゃフロウが一玉、俺が三玉だから……」
 ひょい、ひょい、と食料庫から玉状になった乾燥麺を取り出してザルに乗せている。
「あれ、八つ?」
「あいつは、二玉だから」
 ほら、何か訓練の時以来、ちょっと苦手らしいレイヴンの事もちゃんと見てるし、結局、彼の分も作ってる。こう言う所、やっぱりいいなって思う。
「お皿出しとくね」
「うん、頼む」

「ちび!」
「ぴゃーあ」
 もそもそと丸い体を揺すってちびがダインの肩に飛び上がる。
「レイヴン呼んで来てくれ。昼飯だ。伸びないうちに降りてこいってな」
「ぴゃ! れーい!」
 身軽に床に飛び降りて、走って行く。ドアから廊下へと駆け抜けて、階段へ。途端にずだだだだっとものすごい音がした。
「な、何、あれ!」
「……足音。ちびの」
「わああ」
 とてもじゃないけど、猫が走ってる音に聞こえない。かなり重くなってるらしい。
(ごめんね、ちびちゃんっ!)

     ※

「いっただっきまーす」
 ずぞぞぞぞっと麺をすする音、スープを飲む音が響く。
 深めのスープ鉢にゆで上がった麺を入れ、上から汁をたっぷりそそぐ。盛りつけが終わったのから食卓に運び、伸びないうちに手早くいただくのがコツ、ただしフロウは冷ましてから食べる。

 ダインは神妙な面持ちでニコラの顔色をうかがう。最初の一口を味わい、咀嚼し、のみこむと、ニコラはおもむろに頷いた。
「美味しい!」
「そっか」
 途端にダインの顔から力が抜ける。ばりばりに緊張していたのだ。
 食卓には金髪のニコラと亜麻色の髪のフロウ、金褐色の癖っ毛のダインとそしてもう一人、黒髪に灰色の瞳の背の高い男が座っている。
 ちっちゃいのが二人とでっかいのが二人。黒髪の男はダインよりもさらに背が高い。その頭の上には、黒と褐色まだらの翼の生えた猫がしがみついている。
「ぴゃああ」
「……重い」
「ごめんなさい」
 頭を下げるニコラを、黒髪の男は首を傾げて不思議そうに眺める。
「……なぜ謝る」
「んー、まあ、何だ、ちびが増量した責任を感じてるんだろ」
「ふむ」
 ずずっと麺をひとすすりして後、ダインが口を開く。
「動けば減るだろ」
「こいつ最近、動いてねぇぞ? ぺたーっと寝そべってるばかりで」
「ちび……お前……」
「ぴゃ?」
 わたしはなーんにもしりません。とでも言いたげな顔でちびが首を傾げる。
 ころころ丸いとりねこを頭に乗せたまま、黒髪の男は黙々と食べ続ける。すすってるはずなのに、ほとんど音が聞こえない。

「ねえ、レイヴンさんは、とりねこ飼ってるんでしょ?」
「あぁ」
 年長者として、そして魔法使いとして上位の彼に敬意を払い、ニコラはレイヴンを「さん」づけで呼ぶ。対してレイヴンも同様に、騎士の娘である彼女に敬意を表して「ニコラ嬢」と呼んでいる。
「ちびちゃんを痩せさせるには、どうすればいいの?」
「くるみを使う」
「くるみ?」
「あぁ。殻つき、丸ごとで」
 この瞬間、ダインとニコラの脳裏を嵐のような思考が駆け抜ける。
(食べさせるの? でもくるみって、かなり栄養があるはず……)
(丸のみさせるのか。それとも殻をかみ砕くんだろうか。いや、それで鍛えられるのは顎なんじゃあないかっ?)
 注目されてるのを知ってか知らずか。ちびはレイヴンの頭上で足を踏ん張って胸を反らせ、翼を広げた。
「ぴゃああ!」
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失礼しちゃうわ

2014/12/24 20:43 お姫様の話いーぐる
(どうしよう。ダインが、私の事、かわいいって……)
「えーっと、その、あの」
 両手で麦わら帽子のつばをひっぱり、顔を隠す。緩み切った目や口元を見られないように。
 それほどでもないわ。なんて気どった言葉を返しかけたその時。
「かわいいなあ、エアロスとアクアンズ」
「……え?」

「水まいたからだろうな。手ーつないでくるくる回ってる」
 ああ、何てこと。
 麦わら帽子のつばが作る影の中、左の瞳が白く光っている。月の光にも似た白い輝きの中に、明滅する全ての色が渦を巻く。普段は目に見えない魔力の流れや精霊を見通す『月虹の瞳』が、解き放たれている。
 騎士ダインがこの上もなく優しい眼差しを注いでいるのは、可憐な十四歳の金髪の少女ではなく……水と植物の小精霊たちだったのだ!

 ニコラは無言で柄杓を掴み、水を満たした。
「楽しそうだなあ。ああ、ほんとかわいい奴らだ」
 満面の笑みを浮かべてちっちゃいさんたちを見守るダイン顔面めがけて……豪快にぶちかます!
「わぶっ」
 まっこうから被り、ダインの首から上は水浸し。顔や髪を伝い、徐々に水滴が下に垂れてくる。
 手のひらで無造作に拭うと、さしものわんこ騎士も歯を剥いて怒鳴った。
「何すんだよ!」
 無言でニコラはぷいっとばかりにそっぽを向く。明らかに機嫌をそこねている。だが理由がわからない。さっぱり見当が着かない。ダインは狐につままれたような顔で立ち尽くすばかり。

「……ばぁか」
「え?」
 いつの間に家から出て来たのか、フロウが立っていた。救いようがねぇなあ、と言わんばかりに目をすがめて斜め下からダインを睨め付ける。
「ししょー、私、黒にお水あげてくる!」
「おう、いってらっしゃい」
 ニコラは空っぽになったバケツをつかむと小走りにダインの脇を走り抜け、フロウに一声かけてから猛然と井戸に歩いて行く。
「俺は無視かよ!」
 ぼたぼたと水滴を垂らしてダインは腕を組み、低く唸った。
「ったく、俺が何したって?」

     ※

「よい……しょっと」
 ざばーっとバケツの中味を水飲み用の桶にあける。黒毛の軍馬はその間、おとなしく控えていた。
「さ、どうぞ、黒。めしあがれ?」
 ニコラの許しを得て初めて桶に太い顔を突っ込み、長い舌で器用に水をすくいとる。
「まー、いい飲みっぷり!」
 冗談めかした賞賛の言葉に、甘えるように鼻を鳴らして答える。
 小さなレディのお酌を受けて、黒はご機嫌だった。その小山のような堂々たる体躯にも関わらず、この軍馬はいたって大人しいのだ……小さな生き物と女性に対しては。

「ダインったら失礼しちゃうのよ?」
 それを知っているから、ニコラも馬房の柵に寄りかかってのんびりと話しかける。手の届く位置にいる巨大な生き物に対して欠片ほどの恐れも抱かずに。
「面と向かって可愛い、なんて言うから、思わずどきっとしちゃったのよね。そしたら言ってる相手は私じゃなくて。ちっちゃいさんだったの!」
 ぶるるるる。
 黒は桶から顔を上げ、さっきより力を入れて鼻を鳴らした。さらに、前足の蹄で床を穿つ。本気で怒った時に比べればてんで軽い。しかし、岩のような巨躯を支える蹄はずしりと重く、必然的に立てる音は低く轟き床や柱を震わせる。

「きゃわっ」
「きゃわわんっ」
 驚いたのだろう。壁の穴からころころとちっちゃいさん達が転がり出す。連日のバタースコッチブラウニーのフルーツソース掛け生クリーム添え(たまにクリームチーズ)の摂取の結果、いつもにも増して丸く膨らみ、文字通り『転がって』いる。
「きゃわわぁ……」
 卵みたいに干し草の中にずらりと並び、おっかなびっくり黒を見上げている。
「ありがと」
 しかし少女は脅える風もなく手を伸ばし、つややかな鼻面を撫でた。ちゃんと理解しているのだ。黒馬が自分のために怒っているのだと。
「ほんと、ダインってばなーんにもわかってないのよねー。悪気がないだけに、余計にタチが悪いってゆーか?」
「きゃわわー」
「きゃーわー」
 ちっちゃいさんたちは一斉にうなずいた。
 大ざっぱなわんこ騎士には、彼らもたびたび被害にあっているのだ。ミルクの皿をひっくり返されたり、うとうとしている所にいきなり、脱いだブーツを放り出されたりして。
「……ありがと、わかってくれて」
 ニコラはしゃがみこんで、ちっちゃいさんたちの頬をつつく。
「やぁん、ぷにぷにしてるー」
「きゃわわん」
 ころんころんと転がる姿を見て、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまうのは原因が自分のあげたお菓子だから。
(これはこれで可愛いけど、何か申し訳ない……)
 甘いお菓子はちっちゃいさんの大好物だ。太り過ぎを懸念して制限するのもまた申し訳ない。
 やはり体を動かすのが一番だろう。
(でも、ちっちゃいさんってどうやって運動させればいいんだろう)
 四の姫は割と真剣に悩んでいた。
「今度、ナデュー先生に聞いてみるね?」
「きゃわ?」
「きゃーわ」
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かわいいって誰の事?

2014/12/24 20:42 お姫様の話いーぐる
「おーう、来たか、ニコラ」
 フロウは薄々事態を察知していた。小さな生き物は影響が出るのが早い。日ごとにころころむちむち増量して行くちっちゃいさん達とちびを見れば、ニコラが遅かれ早かれぽっちゃりするのは目に見えていた。
「んぴぃう、にーこーら!」
 とりのような、ねこのような生き物。梁の上でうとうとしていたちびが翼を広げ、フロウの肩に舞い降りる。
「うぉう」
 思わずよろめいた。
 柔らかな肉球が肩にめり込んで来る。小さな足に増量した体重がずっしりかかってるもんだから、そりゃあもう深々と。
「もしかして、ちびちゃんも……」
「ああ、重くなってるな」

 鼻面を膨らませ、よだれを垂らさんばかりの勢いで赤い口を開き、らんらんと輝く金色の瞳でニコラを凝視している。
 理由は言わずもがな。
「ぴゃっ、くっきー!」
「あぁああ……」
 頭を抱えてニコラがうつむく。だが、すぐにがばあっと顔を上げた。こう言う所は実に前向きで気持ちが良い。弟子の不屈の精神を、フロウは高く評価していた。
「師匠! 何なりとお申し付けください! 力仕事系ならモアベター!」
「んじゃ、まあ裏の薬草畑に水まいてもらおっか」
「了解!」
 上着を脱いで腕まくり。さらに金髪を一つにまとめて頭の後ろで高々と結い上げる。
「行ってきます!」
「おう、忘れず帽子かぶってけよー」
 店の奥に通じるドアが閉まる。金色のしっぽを見送り、フロウはふっとほくそ笑んだ。

     ※

 庭に出る前に、手前の廊下にかけられた帽子とエプロンを身に着ける。師匠の畑の手入れは弟子の勤め、ちゃんとこの家に自分専用のエプロンと麦わら帽子を用意してあるのだ。
「よぉし、行くぞぉ!」
 いつもは、水まきの時は使い魔の水妖精に手伝ってもらっている。だけど今日は一人でやるのだ。己の手を。足を動かさなければ意味がない。しかも心なしかエプロンの紐がいつもより短く感じるし!
 裏口の扉を開け放って庭に飛び出す。薬草畑には先客が居た。柄杓で水をまく手を休めてのっそりと、巨大な生き物が起き上がる。
「よう、ニコラ」
「ごきげんよう、ダイン」
 同じように麦わら帽子を被って腕まくり。身に着けてるシャツもいつもの洗いざらした木綿の生成りだ。

 それとなく視線を走らせる。布地越しに見る限り、連日のクリームもフルーツソースもブラウニーも、何一つ彼の肉体には影響を及ぼしていない。魔法訓練生と西道守護騎士。運動量に圧倒的な差があると分かってはいるのだが……。
(不公平だっ!)
 思わず知らず拳を握り、ぷるぷる震えて唇を噛む。噛まずにはいられなかった。
「ニコラ?」
「……何でもない」

 ダインの足下にはバケツが二つ並んでいる。一つには水がまだ残っていたが、一つは空っぽだった。
(いっぺんにこれ、二つ運んでるって事? しかも水いっぱいに入れた状態で!)
 自分ではどうがんばっても、一つが限界だ。改めて腕力と体力の差を痛感してしまう。
(ええい、ここで落ち込んでどうするの。マイペース。そうよ、マイペース。自分でできる事から始めればいいのよ!)
 自らの闘争心を奮い立たせ、ニコラは空になったバケツの取っ手を両手でつかんだ。
「水汲んでくるね!」
「ああ、助かる!」
 白い歯を見せて笑いかけて来る。目元に笑い皺が寄り、厳つい顔全体が笑み崩れてる。何度見てもこの落差は、危険だ。
(この笑顔で、ころっと参っちゃう人多いだろうなあ……私もそうだったけど)
「行ってくる!」
 大急ぎでバケツをぶらさげて駆け出した。
(師匠もそうなのかな)

 水を吸った木のバケツはずしりと重く、空の状態でも肩が下に引っ張られる。負けじと足を動かして、前進前進、ひたすら前進。ほどなく井戸に到着する。 
「んっしょっと」
 滑車についたハンドルを回し、ロープつきの桶を下に降ろす。いきなり投げ落とせば早いけど、それだと水面に落下した時の衝撃で桶が壊れる可能性がある。それに……
「これはけっこう、効きそう」
 主に二の腕に。
 桶に水が入ったのを確認してから、今度は逆にハンドルを回してロープを巻き取る。桶からバケツに水を移し、もう一度井戸の底へと降ろす。三回汲んでようやく一杯になった。
「よぉし、行くわよ……」

 レディのたしなみはしばし忘れる。肩幅に足を開いて踏ん張り、膝を屈めて両手でしっかり取っ手を握る。
(うっ、やっぱり、重ぉい)
 ほんの少し持ち上げただけで、ずっしりと重みがかかってくる。
「……負けない!」
 じりじりと膝を伸ばし、腕、肩、背中、腰と体全体で重さを支えて持ち上げる。
「ふんっ!」
 最後の一踏ん張りでバケツの底が地面から離れる。
「うわっととととっ」
 反動で、揺れた。水の表面が波打ち、バケツの外に飛び出す。危ない、危ない。揺らしたらこぼれてしまう。

「おーいニコラ。大丈夫か?」
 畑からダインが声をかけてくる。じっと見守っていたらしい。思わず胸が時めく。が、あくまで平静を装って答えた。
「大丈夫、大丈夫! 今行くから!」
 この際、スピードよりも安定性を重視しよう。一歩ずつ慎重に足を運んで畑に向かう。半分ほどまで来た所で腕がぷるぷる震え、水面の揺らぎが酷くなる。一度バケツを降ろした。
「っふぅ」
 取っ手が手に食い込んで、赤く跡がついている。妙に火照って、熱い。軽く息を吹きかけ、再びバケツを持ち上げた。
「負けるかぁっ」

 バケツと戦うニコラの姿を、ダインは内心はらはらしながら見守っていた。だが前もってフロウに言いつけられていた通り、できる限り手は貸さない。
『あくまで、ニコラが体を動かさないと意味ないんだからな?』
 転んだらすぐに飛び出せるように身構えていたが、幸い出番は無かった。
「ふーっ」
 どさっとバケツを畑の土の上に下ろし……たのはいいものの、ニコラはすぐには動けなかった。拳に力を入れ過ぎて硬直し、すぐには指がほどけなかったのだ。
「……ほんっとーに大丈夫か」
「う、うん」
 一本一本引きはがす。しびれた足を急に動かした時にも似たむず痒さが走る。
(まだよ。これしきでへばってる場合じゃあないわ!)

 額から滴る汗を無造作に拭い、ニコラは両足を踏ん張って背筋を伸ばした。
(水まきは、これからが本番よ!)
「ダイン、柄杓貸して!」
「おう、そら」
 柄の長い柄杓をバケツに突っ込み、水を満たす。そのまま己の体を中心にぶん回し、土の乾いた一角を狙って……
「そーれっ!」
 景気良く撒き散らす! 日の光を反射しながら、きらめく水しぶきが飛び散る。重たいバケツを運んでいた時の苦労が、すーっと蒸発するような心地がした。
 軽くなった柄杓を半回転させて手元に戻し、再びバケツに突っ込む。
「よーっし、もう一回!」
 ざばーっと撒き散らす。湿った土と、薬草から立ち昇る香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「……かわいいな」
「え?」
 ぽつりとダインが呟く。我知らず胸が震えた。
(まさか、今のって……)
 念のためと周囲を見回すが、師匠はいない。ちびちゃんもいない。
(ってことは、まさか、私のこと?)
 その瞬間、乙女のハートは小さな胸の中で激しく脈動した。照りつける陽射しや、体を動かした結果に上乗せして、さらに体温が上昇する。顔が火照る。手が熱い。
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