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2013年2月の日記

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教えて?フロウ先生!12―世界と神々土の神―

2013/02/14 14:34 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!12―世界と神々・土の神―>

「そんじゃあ最後は土の神々だ。これで一応、主だった神様は全員になるさね。従属神までレポートにしろとは言われねぇだろうし。」

「うん、えっと土の神様は確か……聖土神リヒトランテ様と…………。」

「土魔神マギガイアスだな。まあとりあえず、まずは聖神の方から説明するとするかね。」

「はいっ、お願いしますっ!」

「まず、聖土神リヒトランテは地母神と呼ばれる大地の恵みや宝石の神だ。動物を始めとする生命の守護神で、牛飼いとかに信者が多い。
 狩猟を生業とする人にも信者が居るが、その場合自分が生きるのに必要な分以上の狩りはリヒトランテが嫌うのでしないらしい。」

「へぇ……でも、シャルが祭司をしてるユグドヴィーネも狩猟の女神だったわよね?」

「あ~……ユグドヴィーネは狩猟そのものを司ってるが、リヒトランテは動物達の守護神だからな……
 その辺微妙にかぶってるけど、厳密には違う。あと、リヒトランテは純愛を司る神でもある。」

「純愛っ!?」

年頃の女の子には欠かせない単語なのか、即座に食いついてきた金髪の少女に、小柄な男がクツクツと喉を鳴らして笑う。

「そ、純愛。リヒトランテの教義は『愛とは育む事。命を育む事こそ善行なり。』ってのと、もう一つ……
 『想う愛は唯一をもってよしとする。不貞を許すなかれ』……って感じだ。結婚はリヒトランテの神官が取り持つことも多い。」

「へぇ……あれ?でもそうなるともしかして……リヒトランテと師匠の信仰するマギアユグドって……。」

「お察しの通り、犬猿の仲……って程でもないが、リヒトランテの信者がマギアユグドの信者を嫌うってのは良くあるな。
 まあ、その辺はとりあえず置いといて……リヒトランテはふくよかな茶髪の女性で描かれる事が多い、あと宝石好きで有名だな。」

「へ、そうなの?」

「あと、硝子も好きらしい。供物や聖印は宝石や硝子細工がメインになるくらいだ。ただそれだと値段が酷いからな……
 牧畜やってる普通の信者は、綺麗に磨いた石や動物の角とかで細工を作って聖印にしてるらしいぜ?
 結婚指輪や婚約指輪に宝石が付いてる場合、大体は送り主がリヒトランテの信者だったりするな。」

「そうなのね……お父様やお婆様の指輪、見せてもらおっと。」

「んで次はマギガイアスか……地剛神マギガイアス、リヒトランテが宝石の女神なら、こっちは鉱石の神かね。
 黒い肌の逞しい偉丈夫の姿絵が主流で、金属に加工する前の鉱石や原石で作った聖印がよく使われる。」

「なんか、急に物々しくなったわね。……で、マギガイアスって何を司ってるの?」

「まあ、地剛神だから岩石だろ?あとは、忍耐だな……良くも悪くもマギガイアスの信者は求道者というか……
 『修行』とか『試練』とかいう単語が好きな奴が多い。まあ神様からしてそうなんだがな。」

「あぁ、神の試練……とか良く言うものね。っていうより……なんかストイック?」

「ん~……ストイック、っていうのかね、まあ近いっちゃ近いな。えぇっとマギガイアスの教義は確か……
 『耐え忍べ……苦難を乗り越える事こそが高みへと汝を導く』『衝動に従い、衝動を従えよ。耐えざるべきを耐えるは試練にあらず』だな。
 忍耐は大事だが、余計な我慢は体も心も毒よ……って感じか?だからまあ、ニコラの言うとおりストイックだが奔放な奴も多いな。」

「ん~……良くわかんないけど、あれね。無理なダイエットはダメ!……みたいな?」

「あぁ……まあ、そうだな。大体あってる……のか?そう言われると微妙にイメージ変わるが。
 そんなだから、主に信仰してるのはマギアブレイズと似たような戦士階級や、鉱石を扱う鍛冶職人や鉱山夫とかだな。」

「なるほどなるほど……同じ地面でも、リヒトランテが地面の上担当で、マギガイアスが地面の下担当みたいなイメージね。」

「そうそう、そんな感じだねぇ……言い得て妙だなそのイメージ。」

かりかりと書き進める少女のメモ書きもだいぶ溜まってきたところで……満足げに少女は頷いた。

「よし、これだけ資料があれば大丈夫ね!ありがとうございます、師匠!」

「はいよ、お疲れさん。」

次へ→教えて?フロウ先生!13―祈念語と魔導語―
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【おまけ】<transfer key>

2013/02/14 14:18 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • 非番の度にフロウの店に入り浸るダイン。おいちゃんが留守の時はどうやって中に入ってたかと言いますと……。
  • 家の鍵を渡す。それだけの事なのに、何だってこんなにも思い悩んでしまうのだろう。
 
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byいーぐる
 
アインヘイルダールの街の一角に店を構える薬草師フロウは、自分の店の扉を開けようとポケットに手を入れた所で動きを止めた。
鍵をかけて出てきたはずの無人の店から、物音……もとい、声がしたからだ。
とはいっても、警戒する類の声ではなく知った声に、焦げ茶色の瞳が緩りと苦笑の形に細められる。

「こらちび待てっ!」

「ぴゃあぁぁぁ!」

「ったく、何やってんだか……棚ひっくり返したりしてねぇだろうなぁ。」

中から聞こえる一人と一匹の声に小さく息を吐きながら、ドアノブに伸ばした手を一度引っ込めて淡い茶色の髪をクシャリと自分で梳くように掻く。
何をやっているのかより、店の中が無事なのかを先に気にした男は頭にやった手をそのままポケットに突っ込んだ。
しかし指が内側を探り、指先にあたったその金属の感触を引きずり出すと、手に取ったものを目にしてまた動きが止まってしまう。
店の中でドタバタしている騎士、ダインに渡したのと同じ鍵……要はこの店の鍵が目の前でチャリ、と音を立てて揺れた。

「……鍵を渡したの、失敗だったかねぇ。」

苦笑いしながら呟く男の脳裏を過る記憶……そう、あれはまだまだ寒い冬……ダインが後輩のシャルダンと「氷の魔物」を退治した少し後の事だった。


***


「っうぅ~寒ぃ。とっとと帰って温かいものでも作るかねぇ…。」

馴染みの料理屋に香草を卸した帰り、日暮れまでには戻れる筈が途中で急病人の処方をする羽目になり、店の前についたのはすっかり日が沈んでしまってからだった。
冷える体を摩りながら店の前に来てみれば、なにやら店の壁に座り込むように寄りかかっているこんもりした塊…体を覆うマントから、見覚えのある髪色が覗いていた。

「あ、お帰りフロウ。」

「……何してんだ、お前。」

「待ってた。」

それこそまるで飼い主を待つ犬のようにマントから顔を出し、俺をニコニコと見上げながら言ってくるもんだから……勝手に脚が動いていた。
ゴッ!とそれなりに鈍い音を立てて、奴の尻があるだろう部分をマントの上から蹴り上げると、帰ってきた反応は一人だけでは無かった。

「ってぇぇぇっ! 何しやがる!」

「ぴゃああぁぁっ!?」

「あ、悪い居たのかちび助…って、そうじゃなくだな……このクソ寒い中店の前で蹲って人を待つ阿呆が居るかっ!一体何時から待ってたんだ!?えぇっ!?」

「ぐ、いや…流石に遅くなったら帰るつもりだったし、待ち始めたのは午後の四つ鐘がなった時だから…大体2、3時間くらいだって。」

その位なら大丈夫だろ、俺丈夫だから!と言い張ってパタパタと腰回りについた土埃を払う隣、プルプルと震えるとりねこが抗議のように声を上げる。

「ぴぃぅぅぅ…。」

「…お前は大丈夫でもちびはどうすんだよ、この馬ぁ鹿。」

「う……ご、ごめんなちび。」

震えるちびを抱え直して謝る騎士様に小さくため息を溢せば…彼の横を通り過ぎて店の鍵を開ける。
店の中に向けて合言葉を唱えると、ポッと家に魔法の熱と明かりが灯った。

「とりあえず、風呂沸かしてやるからちびと一緒に入れ。」

「おう。」

そんな事があったのが数日後…俺の目の前には、ジャラリと…鍵束が一つぶら下がっていた。
店の表と裏口の鍵、馬屋の鍵、そしてダインが荷物を置いている部屋の鍵…合わせて四つの鍵が、金属の輪でまとめられて目の前でチャリチャリと音を立てて揺れている。

「呆れたのと気分とでなんとなく合鍵作っちまったけど……どうしたもんかねぇ。」

合鍵を作ったのは良いが…正直俺はこれをあの騎士様に渡すかどうか正直決めあぐねていた。理由は簡単、俺が「薬草師」であり「魔法使い」だからだ。
この店には、薬になるものはもちろん、毒になる薬草もあれば、それよりも価値も危険性も高い魔法の品もある。
万が一を考えれば、合鍵なぞをホイホイと気軽に渡すわけにも行かない。寧ろ合鍵なんぞ出来れば数が少ない方が良いのだ。
……そう、渡さずに済むに越したことは無い、合鍵なぞ渡さなくても事足りるのだから……その、はずなのだが、そう考えると店の前に蹲ったアイツが脳裏を過る。
そのまま暫く……鍵束をぼんやりと自分の部屋で眺めながら小さく息を零すと、いつの間にか肩に重みがかかり、黒い影が視界に覗いた。

「ぴゃあっ」

「……あ~、そうだよな。お前は自由に出入りできるんだよなぁ……。」

ぱさりと翼を動かしたとりねこ……そう、「ダインの使い魔」を見ると急に全部馬鹿らしくなった。
そうだ、こいつの出入りを散々好きにさせてるのに、アイツの出入りで今更勿体ぶるように悩んでどうすんだ。
そもそも別に合鍵はこれ一つではないのだから、何を大仰に考えているのだか……。
そう思うと、何だか急に笑えてきて、口元に手を当てる。

「っくく……っははは……!あ~……くそ、アホくせぇ。」

「ぴゃ?ふーろう?」

「あ~、気にすんなちび。ほら、寒いから寝るぞ。」

何やら不思議そうにこっちを見るちび助を抱きかかえて、俺はベッドに潜り込む。胸元に抱き込んだちびの体温が心地良い。
……癪だが、俺も案外アイツの言動に一喜一憂させられているらしい。……本人に言う気はさらさら無いが。

そして……次の日、奴が店にやってきたのと同時に、俺はその鍵束を奴に放り投げてやった。

「……おい、ダイン。」

声をかけると同時に投げられたそれを、咄嗟に受け取った騎士サマは訝しげにそれを眺めて疑問符を浮かべている。まあ、そりゃそうか。

「何だ? おっと!……鍵?」

「店の戸と、お前が使ってる部屋と、裏口と馬屋の鍵だ。…昨日みたいに馬鹿みたいに寒空の中じっとされて、店の前で騎士サマに凍え死にされちゃ適わねぇからな。」

ぶっきらぼうに声を投げると、使い魔が呼応するように「ぴゃあ、さむかった!」と翼を広げて主張し、それに再び主人は「すまん」と項垂れる。まあ、良い薬だろ。

「黒と来るたび俺が馬屋の鍵開けるのも面倒だったし……ま、好きに使いな。」

そう告げると俺は読んでいた本に視線を落としたが…ページを捲っていた手が急にじわりと温かいものに包まれる感触に視線を上げると……
金褐色の髪が間近に見えるくらいに、彼が己の手を両手で鍵束ごと握りしめていた……その表情は、今にも叫びだしそうな程破顔している。

「ありがとな! すっげえ、嬉しい!」

「大げさなんだよ、てめぇは……それより、失くすなよ。失くしたら二度と作らねぇからな。」

「大げさじゃない、大事にする、扱いには気をつける。」

まるで飼い主にご褒美を貰ったわんこのように、嬉しそうに俺の言葉に返事や相槌を返す彼を見ていると…
渡すかどうかに一晩悩んだ自分を思い出して無性に気恥ずかしくなり、彼の手を振りほどいてその額をペチンと叩いてやりながら立ち上がる。読みかけの本は机の上に栞を挟んで伏せた。

「そうしてくんな、じゃあ飯作ってくるから。分かってるだろうが、くれぐれも店の物や俺の部屋の物は勝手に触るんじゃねぇぞ?」

「ってて……分かってる、ちゃんと気を付ける!」

嬉しそうに腰の剣帯に鍵束を提げる彼を横目に、俺は台所へと足早に進んだ。言っとくが照れて逃げたわけじゃないからな……きっと、多分。


***


「……そういや、あの本結局そのまま本棚になおしてまだ全部読んで無かったな。」

脳裏に過ぎった記憶に次いで思い出したことに、なんとなくあの騎士への苛立ちが沸く。
店でちびと騒いでくれているようだし、ここは一つ……飯抜きとか言い渡してからかってやろう。
そう思い立つと、俺は久しぶりに……自分で鍵を開けず、店の扉を開けた。

「こぉら手前ぇら!何店で騒いでんだ!飯抜くぞ!」

(<transfer key>/了)

次へ→【27】薔薇の花びら浮かべよう
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【27-7】さらに追い打ち

2013/02/14 14:13 騎士と魔法使いの話十海
 
 ほわほわと夢うつつに漂っていた。薔薇の香りの雲に包まれて、ほわほわと、ほわほわと……急に雲が密度を増し、しっかりと四肢を包む。

「ん………?」

 ゆっくりと目を開ける。見慣れた寝室の天井が見えた。急速に記憶が巻戻る。恐る恐る手で体をまさぐると……。
(着てる)
 寝巻きを着ていた。

「エミル」
「シャル」

 瑪瑙色の瞳がのぞきこんでくる。大理石のごとき白いにはうっすらと紅がさしていた。銀色の髪はまだ少し湿っている。服は……着ていた。幸いな事に。

「大丈夫? ごめんね、びっくりさせて」
「いやあ……あれぐらい、大したことないって」

(参った。のぼせて倒れちゃったのか、俺。あー、みっともねー……)

「ひょっとしてシャル、運んでくれたのか?」
「うん。さすがに横抱きは無理だったけど、これでも鍛えてるからね」
「どうやって?」
「肩に担いで、こう、えいやって!」

 シャルは小麦袋でも持ち上げるような仕草をしてみせた。
 自分より上背も目方もある男を、担ぐなんて! かなり、すごい。

「ごめん、世話かけちゃって」
「謝らないで」

 誇らしげに胸を張っている。

「エミルのためなら私は何だってやるよ!」

(何だってやる! 何だってやる!)
 いや、いや、落ち着け、俺。そう簡単に何度ものぼせるもんか!

「大丈夫? 苦しくない? 一応、水は飲ませたんだけど」
「そっか、道理で咽がかわいてないと……って水?」

 俺、ずっと寝てたはずなのに。

「あー、そのシャル」
「何?」
「参考までに聞きたいんだけど、水、どうやって飲ませてくれた?」
「え、そりゃ決まってるじゃない」

 シャルは迷わず答えた。そうするのが当然だと言わんばかりの口調で、さらりと。

「口移しで!」
「く、くちうつしっ!」
「ちゃんと舌も使ったよ? むせないようにね」
「舌ぁっ!」

 ぐらぐらとエミルの視界がゆらぎ、ぽつりと赤い花びらが散る。シーツの上に、ぼたぼたと、薔薇より赤い血の鼻が。

「エミル、エミルしっかりしてーっ」

 シャルは慌てて水にタオルを浸し、エミルの顔に押し当てる。

「らいじょうぶ、らいじょうぶ……たぶん」

 シャルの腕の中、へなへなと崩れ落ちながらエミルは思った。
(おかしいな……シャルと一緒に薔薇のお風呂に入りたかっただけなのに……)
 もはや湯上がりの余韻も薔薇風呂の優雅さも欠片もない。
(どうしてこうなった?)

    ※

 エミルは気付いていなかった。全裸で風呂から引き上げられ、体を拭いてベッドに寝かされた時。
 寝巻きを着せる前に、シャルがしてしまった小さな悪戯を。
(エミル、寝てるし今ならいいよね?)
 こっそり残したキスマーク。
 先輩から教えてもらった。うっかり見える位置に残すと、怒られるから気を付けろって。だから絶対見えない場所に……。
 エミルのたくましい太ももの付け根の内側に、ほんのりと赤い薔薇の花びらのような吸い跡を咲かせた。
(エミルは私の嫁だもの。ここなら大丈夫だよね!)
 シャルの柳のようにしなやかで強靭な指に力が入り、くしゃりとエミルの寝巻きにしわが寄る。
 あでやかにほほ笑むシャルの心のうちを、エミルは知らずただ見蕩れている。

 どこかで女神が笑っているような気がした。

(薔薇の花びら浮かべよう/了)

次へ→【おまけ】先輩に学べ!
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【27-6】そして自爆★

2013/02/14 14:10 騎士と魔法使いの話十海
 
 かくて風呂桶の中でぴったり向かい合ってくっついて、シャルに筋肉を触られまくると言う状況に陥った。
 うかつにも自らの招いたこの惨状に、エミルは必死で耐えた
 シャルの指が。手のひらが。胸を撫で回し、肩をさすり、あまつさえ抱きついて、背筋に沿ってなで下ろしている!
 しかも頬を赤らめ、目を潤ませ、呼吸を弾ませながら。時折、辛抱たまらずと言った風情で『ふっ』と呼気が強くなり、首筋に当たるのがまた、たまらない。
 
(うおおおおう、変な声出るぅっ)

 エミルは耐えた。
 身震いすることすらできず、鼻息を荒くするのもためらわれる。
 
(ああ女神さま。俺は今、とっても幸せです。先輩や隊長に嫉妬してた己がちっぽけに見えるくらいです)
(でも女神さま。これはある意味試練です! 苦行です!)

 エミルは今、己の中にこみ上げる情欲と必死になって戦っていた。懸命に女神に祈りを捧げつつ、今、この場で押し倒したい衝動をどうにかねじ伏せていた。

「何て頑丈な足腰なんだろう。やっぱり骨盤の作りからして違うのかな」

(ぬおおお、やばい、やばいって、シャル。そこはもう腰じゃないから。尻だから!)

 滾る血潮が吠える。
 耳の奥で。喉元で。心臓の周辺で。
 ちょっと気を抜けば即座に股間になだれ込み、戦の雄叫びを上げてしまう。
 だが、断じて今、それを許す訳には行かないのだ。
 自ら立てた誓いにかけて。

 シャルダンは果樹と狩猟の守護者、女神ユグドヴィーネの神子である。
 神事の際には女神と一体となり、直にその言葉を告げる役目を担っている。
 そんな彼が女神以外の存在と『一つになる』には、神前にて誓いを立て、女神に許しを願わなければいけない。
 要するに、一般で言うところの「婚姻の儀式」である。
 もしも誓いの儀式なしに事に及べば、たちどころに神罰が下る。
 ユグドヴィーネは恋多き女神であると同時に、とても嫉妬深い女神でもあるのだ。
 
 ならば、ためらわずにとっとと儀式を済ませてしまえば良いのだが……。
 昨年の秋。
 新任の従騎士としてアインヘイルダールにやってきたシャルと、非番の週だけではあったが、この家で共に暮らし始めたあの日。

『シャル。聞いて欲しい事がある』
『エミルの言う事なら何でも聞くよ?』
(何でも! 俺の言う事なら何でもーっ……いや違う、今はそんなことしてる場合じゃない)

 エミルは心を決めて、シャルに自らの気持ちを打ち明けた。

『上級術師になったら、術師は特別な名前を得るんだ。それは術師自身を現す言霊であり、同時に支配するための呪文ともなる。だけど必ず、誰かに教えなくちゃいけない。そうしなければ上級術師としての力を発揮することができないんだ』

 シャルは深い海にも似た静かな。しかし奥底に激しいうねりを秘めた眼差しで見つめていた。
 エミルの些細な言葉も聞き逃すまいと、表情の変化も見逃すまいと。
 エミルの心臓の鼓動は否応にも高鳴り、今にも胸を突き破って飛び出しそうだった。ごくりと咽を鳴らすと、エミルはずっと胸に秘めた言葉を告げた。

『俺が上級術師になったら、俺の魔名を受け取って欲しい』
『それって……』
『シャル以外には考えられない』

 魔法学院で学ぶために故郷の村を出て、シャルと離れた年月が彼に知らしめていた。
 幼なじみで、親友で、神事のパートナー。それだけでは足りない。もっと強く結びつきたい。できるものなら一分一秒だって離れたくないと。

『俺の、生涯の伴侶になって欲しいんだ』

 エミルの瞳をじっと見つめて、最後まで聞き終えると、シャルは目を伏せた。
 そして眉をしかめてそっぽを向き、ほんの少し悔しそうに口をとがらせたのだ。

『参ったな。先に言われちゃった』
『え?』
『同じ事言おうとしてたんだ』

 改めて正面から向き合うと、シャルは迷いのない口調で告げた。

『一人前の騎士になったら……エミル、私の嫁になって欲しい』

 俺が嫁か、とか突っ込む以前にシャルの手を握って答えていた。

『嬉しいよシャル!』

 シャルダン、はほほ笑んでエミルと目を見交わし、握り合った手にキスをした。

 かくのごとくこの二人、とっくに将来を誓い合ってはいるのだが、式は未だ挙げていない。
 要するに、婚約中なのである。

 かような婚姻の組み合わせは、この国では決して多数派ではないが、珍しい事でもない。
 結婚式の時に片方が『夫』、片方が『妻』の役割を果たしていれば同性でも結婚は認められるのだ。
 極端な話、儀礼上一人が花嫁衣装を着て、一人が花婿衣装を着ていれば男同士だろうが女同士だろうがまったく問題はない。さらに魔法の助けを借りて同性間で子を成す方法もあるし、養子を迎えると言う選択肢もある。
 シャルダンとエミリオの場合は、既にシャルダンが『女神の神子』と言う女性的な役割を担っているので、問題無いのだった。

 しかしながら、エミルとシャルは未だに唇を重ねる事にすら至っていなかった。
 主にエミルの自制によって。
 一度やっちゃったらその場で抑えが利かなくなると、自覚していればこそ。

 だが、シャルは正直ちょっと不満だった。

(将来を誓い合った仲なのに、キスもさせてくれないなんて!)
(ダイン先輩はあんなにフロウさんと仲むつまじくしてるのに……)

 この瞬間、薔薇の香気にあてられたかはたまた湯気でのぼせたか。シャルの頭の中に、ちかっと閃光が散った。

(エミルは真面目だから……ここは私がリードをとらないと!)
(ロブ隊長も言ってた。迷わず、積極的に攻めろって!)

 シャルダン・エルダレントはとても真面目で、素直な青年だった。
 万事において、いつでも、どこでも。
 そして一度決めると、決して後へは退かないのだ。

「エミル」
「え、何、どうした?」

 戸惑うエミルの頬を手のひらでつつみ、くいっとひっぱって引き寄せる。
 それでも足りぬと自ら伸び上がった。二人の顔の距離が近づく。ぽかーんと開けたエミルの唇を、熱く熟れ溶けたシャルの唇が覆う。

「ん……」
「んんっ」

 エミリオは褐色の瞳を見開いたまま、至近距離に迫ったシャルの目を見つめていた。
 うっとりと閉じられ、瞼を縁取るふさふさした睫毛の一本一本まで数えられそうだ。
 唇に触れる、この柔らかくってそれでいてぷにっとして張りがあって、あったかくて潤ってるものは何だ。
 決まってる。
 シャルの唇だ。
(お、お、俺のシャルが、俺のシャルが、俺のシャルが、俺にキスしてるーーーーーーーーっ!)
 しかも恥じらってる。
 自分からキスしていながら、恥ずかしがってる。手なんかぶるぶる震えちゃってる!
 思わず口に、咽に力が入り、きゅっと吸っていた。
「んふぅっ」
 口内に響く甘い喘ぎを聞いた瞬間、エミルの意識は爆発四散し……。

「ああっ、エミル、エミル、しっかりしてーっ」

 一気に飲み込まれた。
 渦巻く薔薇の香りと湯気と、熱気の中へ。

次へ→【27-7】さらに追い打ち
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【27-5】いざ混浴

2013/02/14 14:09 騎士と魔法使いの話十海
 
 一瞬、エミルは何が起きたのか理解できなかった。
 手が。
 今の今まで大人しく髪の毛を梳かれるまま身をまかせていたシャルの手が、しっかりと自分の手を押さえていたからだ。
 しまった。
 しつこくしすぎたか。
 それとも、あれか。やましい気持ちが伝わっちゃったんだろうか?
 海色の瞳がびくびく縮み上がるエミルを見上げ、花びらのような唇が動く。

「一緒に入ろう?」
「えっ」

 エミルの時間が凍りついた。
 今、何て言った?
 一緒に、入ろう?
 どこに?
 風呂に!?

「ちっちゃい頃はよく一緒に入ったじゃない」

 騎士団随一の強弓を引くシャルの手は、その滑らかで白い肌とは裏腹に、強い。柳の若木のようにしなやかに巻き付いたら最後、容易なことでは振り払えない。それでいて決して、こちらに痛みも窮屈さも感じさせないのだ。
 もっとも仮に多少痛みを感じた所で、エミリオはそれを苦痛とは思いもしないだろうが……
 くい、とシャルはエミルの手を引いた。
 まちがいない。
 今。
 ここで。
 一緒に風呂に入ろうと誘っているのだ。
 幼い日々のように。
(あの頃はよかったよなー裸で平気で川で水遊びしてたし……)
 甘い記憶をたどりつつ、エミルはしとろもどろに答える。
 今の自分は大人だ。
 そして、はっきりとシャルへの気持ちを自覚している。

「そ、そうだな、でも今はでっかくなっちゃったから、さすがにちょっと狭いんじゃないかなっ」
「大丈夫。ぴったりくっついてれば入れるよ」

『俺の女神』のほほ笑みに、エミリオが逆らえるはずもない。
 すたすたと脱衣所に歩いて行き、潔く服を脱ぐ。
 ばばっと盛大に布を翻し、潔く全裸になるエミルの姿にシャルはうっとりと見蕩れていた。
 日々畑仕事に明け暮れ、山野を歩き回って野草薬草を採取して回る。日常的に体を動かす事で作られたエミリオの筋肉は、自然で、実用的で、無駄が無い。
 身につけていたものを全て取り去ると、エミルはややぎこちない動きで浴槽に歩み寄る。シャルは手を伸ばして彼を迎え入れた。

 ざ……。
 お湯があふれ、薔薇の花びらが流れ落ちる中、二人はどうやって入るか、ほんの少し迷った。
 同じ方向を向いて前後……いや、これでは顔が見えない。
 箱に入った子猫のように横に並ぶか?
 いや。
 もっと、しっくり落ち着くやり方がある。
 エミルとシャルは向い合って浴槽に身を沈めた。
 真昼の光の中、薔薇の香りと蒸気が満ちた浴室で、始めのうちこそちら、ちら、と互いに遠慮がちな視線を向ける。
 最初にためらいを捨てたのはシャルだった。

「いいなあ、エミルは、ムキムキで……」

 指先が筋肉の流れをたどる。肩から二の腕、そして手首へ。
 触れるか触れないかの距離を保ちながら。
 エミルは頬を染め、首をすくめた。

「くすぐったいよ、シャル」
「ごめん。前にロブ隊長の筋肉、うっかりさわって怒られたから、つい」

 なるほど、それでいつになく遠慮していたのか……
 納得しかけて、ふと重大な事実に気付く。

「ロブ隊長の筋肉、触ったのか!」
「うん、ダイン先輩はけっこう自由に触らせてくれるからつい、いつもの癖で」

 この瞬間、エミルの脳内にはあらぬ光景がぶわっと渦を巻いていた。

『ダイン先輩、触っていいですか?』
『おう、いいぞ。遠慮なく触れ』
『わあ、すごいなあ。ばいーんって張ってる……』

『ロブ隊長の胸筋ってきれいですね、バランスとれてて』
『ええい、触るなくすぐったい!』

(俺のシャルが俺のシャルが俺のシャルが、ダイン先輩とロブ隊長の筋肉触ってるーっ)
(しかも、いつも! つい、いつもの癖で!)

 エミルはためらいを捨てた。
 シャルの手を取り、ずいっと自分の胸に押し当てる。

「エミル?」
「その……あれだ。好きなだけ触っていいぞ!」

 ぱあっとシャルの顔にほほ笑みが花開く。薔薇の花びらのようにうっすらと頬を染めて。

「ありがとう、エミル! うれしいな!」

次へ→【27-6】そして自爆★
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