▼ 2.まずは治療だろ?
2011/11/23 1:55 【騎士と魔法使いの話】
夢中になって抱き寄せて、フロウの唇を貪った。
髪の毛、肩、背中、腰、肉付きのいい尻。手の届くところをなで回し、もみあげる。
「う、うぐ、ふっ、ん、ん、んんっ」
何やらしきりと文句を言ってる気配がするが、舌をからめちまったから、もう言葉にはならない。
根元から先っちょまで念入りに吸い上げる。感覚の鋭い先端は特にじっくりと。くすぐりながら、啜りながら、じゅるっとわきだす唾液をのみこんだ。
(甘い?)
また何か食ってたんだろうな。蜂蜜か。それとも果物の砂糖漬けか、飴玉か。
ほんと、子供みたいな味覚してやがる。
俺の二倍も年上のくせに。
おかしくて、笑いがこみ上げてくる。だがこっちもがっぷり吸い付いてるから、声が出せない。咽の奥が震えて、妙な音が響くばかり。
「むぅ、う、ううっ」
笑ったのがシャクに障ったのか、あるいは息苦しくなったのか。ぐい、と胸を押された。
「うぐっ」
押し当てられた掌は、ものの見事に傷の上。思わずうめき、腕の力がゆるむ。
「ぷっはぁ……」
舌先から、絡み合った唾液が糸みたいに滴った。無造作に手の甲で拭うと、フロウはじとっとにらみつけてきた。
「いきなりだな、おい」
悪いか、とか。したいからした、とか、いつもならすかさず混ぜっ返す所だ。
そう、いつもなら。
「う……」
顔をしかめて呻いていた。
乾きかけた傷口が押され、じわっと内側から何かがにじみ出す。それも一つ二つじゃない。(その辺りは特に集中して打たれていたのだ)
「ダインっ?」
生々しい血のにおいに気付いたか。さっとフロウの顔が青ざめた。
「お前、怪我してるな?」
「うん……一応、薬塗っといたから大丈夫だ」
「どこがだ!」
手早くボタンを外され、ばっと上着の前を開けられた。
軍服の襟で隠してあった、ミミズ腫れがさらけだされる。
「道理で、珍しく首筋まできちーっと留めてやがると思ったら……」
蜜色の瞳でにらまれる。
シャツの上に黄色と赤の入り交じった染みが広がっていた。馬に揺られている間にも、じくじくにじんでいたらしい。
フロウの指が踊る。あっと思ったら手際よくシャツまではだけられていた。
「雑な包帯の巻き方しやがって。すっかり緩んでるぞ、おらっ」
「……ごめん」
顔をくっつけて、まじまじと胸の傷を見られた。息がかかり、くすぐったいやら、むず痒いやらで体をよじって逃げそうになる。
「こら、動くな!」
むんずとシャツを捕まれた。
「この傷……鞭か」
「うん。鞭だ」
「派手にやられたな」
「……言うな」
「こりゃあ、普通のやり方じゃ、なかなか治んねぇぞ。塞がらないように、巧妙に計算した上で傷つけてるからなあ」
傷口見ただけで、そこまでわかっちまうのか。
さすがだ、薬草師。
感心してたら、ぽふっと奴の手が頭にのっかってた。
「よく、がんばったな」
「っ!」
優しい指先が、頬の傷をなぞる。鞭の先端が弾いた皮膚の裂け目に触れぬように。その一言で、腹の底にくすぶっていた熾火がすうっと冷えて、固まり、小さくなって。
豆粒ほどの小石になってころころ転がって……つぷん、と記憶の底に沈んだ。
「うん。がんばった」
(ああ)
フロウが好きだ。
好きだ。
どうしようもなく好きだ。
あふれ出す熱い泉に満たされるまま、改めていいにおいのする体を抱きしめて。キスのやり直しをしようと構えたところを……
「こら」
むぎゅっと鼻をつままれた。
「ふが、何、ひやがるっ」
くつ、くつと咽の奥で笑ってやがる。ああ、その声だ。その声聞いちまったら、逆らえない。
「まずは治療だろ? お楽しみは、その後だ」
「………」
素直に手を離すしかなかった。
「わかった」
「よし、いい子だ。それじゃあ取り合えず」
するりと俺の腕から抜け出して、奴はさらりと言ってのけた。
「脱げ。全部だ」
「今、ここでかっ?」
「当たり前だ」
「………」
冗談だろ? 夕刻とは言え、まだまだ陽は高い。
「店、営業中じゃないか。誰か入って来たらどーすんだ!」
「おーおー良く言うよ。さっきこの場でおっぱじめようとしてたのは、誰だ?」
「うぐっ」
言葉に詰まる。
「脱げよ。今更恥じらうような仲でもねぇだろ。それとも、おいちゃんが手伝ってやろうかあ?」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら上着を脱いで、椅子の背に引っかける。
フロウはカウンターに肘をつき、にやにやしながらこっちを見てる。
「ったく、何が楽しい!」
「俺が楽しい」
「……そうかよ」
今更背中を向けるのもしゃくに障る。シャツのボタンを外して、そろりと肩から抜き取った。
包帯の上に、じくじくと赤と黄色が染みている。シャツよりもずっと濃く、湿っていた。
「相変わらずいい体してるねぇ。そら腰の一つも振ってみろよ」
「阿呆か! おら、脱いだぞ」
「ま、だ、だ」
「……まさかお前……」
「全部脱げっつったろ?」
ちろっとフロウは舌を出し、唇の回りを舐めた。
「全部だ、ダイン。上も下も、下着もブーツも全部」
「この、変態!」
「その変態に惚れてんのは誰だ?」
くそーっ、くそーっ、くそーっ!
逆らえないって知ってて言ってやがる!
ブーツを足から抜き取り、床に転がす。
ここでためらったら、こいつを楽しませるだけだ。ズボンのベルトを外し、下着もろとも一気に引っこ抜いて。腕組みして仁王立ちして言ってやった。
「脱いだぞ、おら!」
「……包帯」
「これも解けってか!」
「いや、別にお前がいいっつーならそのまんまでもいいけどよ?」
ちょこん、と小首をかしげて。じとーっと舐めるような視線を向けてきた。
ねちっこい視線が肌の上を這いずる。触られてもいないのに、背筋がぞわっとくる。
いやでも皮膚が、こいつに触れられた時の。舐められた時の記憶を辿っちまう。
「全裸に包帯って、ものすげえやらしい」
「~~~~~~~~~~っ!」
一気に包帯をむしりとる。乾いた体液の表面がひきつれ、ぴりっと傷口が裂けた。
「ってぇっ」
「馬鹿だねーまったく。一気にはがす奴があるかい」
「るっせえ」
ぜいぜいと息を切らしていると、フロウはじいっと顔を寄せてきた。
「飼い主に無断でこんな傷つけて来やがって、この馬鹿犬が。誰にお仕置きされた?」
「んな訳、ねぇだろっ」
「だよなあ。お前さんがおいそれと、素直に鞭打たれるとも思えないもんな」
傷の痛みに引きずられ、ぴりぴりと鋭敏になった皮膚に息が当たってる。
すぐそばに、唇の熱さを。舌のぬめりを感じた。
「人質でも、とられたか」
黙ってうなずいた。
「なあ、ダイン」
「ん」
「勃ってるぞ」
言うなり股間をなで上げられた。
「おぅおっ」
やばい、変な声出た!
「文句言いながら、お前さん、しっかりやる気になってるじゃねぇか」
甘い声が耳元にささやく。
「……この、変態」
「るっせえっ」
囁かれる声が、耳の穴から流れ込み、思考と理性を侵食する。
毒薬よりも深く、蜂蜜よりも甘く……。
「せっかくだから、一発抜いとくか?」
「何……言ってやがる……」
「さーて、どーしたもんかねぇ。自分でやるか? それとも、俺が抜いてやろうか?」
「う………あ……」
口が開き、咽が震え、答えに成ろうとしたその時だ。
カタン、と音がした。
「おわっ」
客かっ? 誰か来たかっ? 髪の毛がもわっと逆立ち、その場で10センチほど飛び上がった。ひっつかんだシャツでかろうじて股間を隠し、冷や冷やしながら音のする方を伺うと……。
「ぴゃあ」
ちびが居た。
天井の梁の上にうずくまる、黒と褐色の斑模様の猫。金色の瞳をまんまるにしてこっちを見下ろしている。長いしっぽがひゅうんとしなり、鷲に似た翼が広がった。
「ぴゃあ、ぴゃあ、ぴゃーあ!」
梁から飛び立つと、ちびはふわりと俺の肩に舞い降りてきた。
「とーちゃん、とーちゃん!」
つぶらな瞳で見つめられる。
「とーちゃん、おかえり、おかえり!」
ふかふかの毛皮がすり寄せられる。
ものすごーく……いたたまれない。
「ただいま、ちび」
「ぴゃあ」
ばさっと、頭の上から毛布をかぶせられた。
「うぶ?」
「それ着て待ってろ。準備できたら呼ぶから」
「……うん」
もふもふとくるまり、椅子に座る。ちびが膝の上に乗ってきて、ころりと丸くなった。
その間にフロウは奥に引っ込んで、何やらごそごそとやり始めた。
やがて、つーんとした薬草のにおいが漂ってきた。ちびが浴室に通じるドアをにらみ、もわっと毛を逆立てる。その時になってようやく思い出したんだ。
そう言えば、治療始めるとこだったな、って。
次へ→3.薬草風呂どろどろ
髪の毛、肩、背中、腰、肉付きのいい尻。手の届くところをなで回し、もみあげる。
「う、うぐ、ふっ、ん、ん、んんっ」
何やらしきりと文句を言ってる気配がするが、舌をからめちまったから、もう言葉にはならない。
根元から先っちょまで念入りに吸い上げる。感覚の鋭い先端は特にじっくりと。くすぐりながら、啜りながら、じゅるっとわきだす唾液をのみこんだ。
(甘い?)
また何か食ってたんだろうな。蜂蜜か。それとも果物の砂糖漬けか、飴玉か。
ほんと、子供みたいな味覚してやがる。
俺の二倍も年上のくせに。
おかしくて、笑いがこみ上げてくる。だがこっちもがっぷり吸い付いてるから、声が出せない。咽の奥が震えて、妙な音が響くばかり。
「むぅ、う、ううっ」
笑ったのがシャクに障ったのか、あるいは息苦しくなったのか。ぐい、と胸を押された。
「うぐっ」
押し当てられた掌は、ものの見事に傷の上。思わずうめき、腕の力がゆるむ。
「ぷっはぁ……」
舌先から、絡み合った唾液が糸みたいに滴った。無造作に手の甲で拭うと、フロウはじとっとにらみつけてきた。
「いきなりだな、おい」
悪いか、とか。したいからした、とか、いつもならすかさず混ぜっ返す所だ。
そう、いつもなら。
「う……」
顔をしかめて呻いていた。
乾きかけた傷口が押され、じわっと内側から何かがにじみ出す。それも一つ二つじゃない。(その辺りは特に集中して打たれていたのだ)
「ダインっ?」
生々しい血のにおいに気付いたか。さっとフロウの顔が青ざめた。
「お前、怪我してるな?」
「うん……一応、薬塗っといたから大丈夫だ」
「どこがだ!」
手早くボタンを外され、ばっと上着の前を開けられた。
軍服の襟で隠してあった、ミミズ腫れがさらけだされる。
「道理で、珍しく首筋まできちーっと留めてやがると思ったら……」
蜜色の瞳でにらまれる。
シャツの上に黄色と赤の入り交じった染みが広がっていた。馬に揺られている間にも、じくじくにじんでいたらしい。
フロウの指が踊る。あっと思ったら手際よくシャツまではだけられていた。
「雑な包帯の巻き方しやがって。すっかり緩んでるぞ、おらっ」
「……ごめん」
顔をくっつけて、まじまじと胸の傷を見られた。息がかかり、くすぐったいやら、むず痒いやらで体をよじって逃げそうになる。
「こら、動くな!」
むんずとシャツを捕まれた。
「この傷……鞭か」
「うん。鞭だ」
「派手にやられたな」
「……言うな」
「こりゃあ、普通のやり方じゃ、なかなか治んねぇぞ。塞がらないように、巧妙に計算した上で傷つけてるからなあ」
傷口見ただけで、そこまでわかっちまうのか。
さすがだ、薬草師。
感心してたら、ぽふっと奴の手が頭にのっかってた。
「よく、がんばったな」
「っ!」
優しい指先が、頬の傷をなぞる。鞭の先端が弾いた皮膚の裂け目に触れぬように。その一言で、腹の底にくすぶっていた熾火がすうっと冷えて、固まり、小さくなって。
豆粒ほどの小石になってころころ転がって……つぷん、と記憶の底に沈んだ。
「うん。がんばった」
(ああ)
フロウが好きだ。
好きだ。
どうしようもなく好きだ。
あふれ出す熱い泉に満たされるまま、改めていいにおいのする体を抱きしめて。キスのやり直しをしようと構えたところを……
「こら」
むぎゅっと鼻をつままれた。
「ふが、何、ひやがるっ」
くつ、くつと咽の奥で笑ってやがる。ああ、その声だ。その声聞いちまったら、逆らえない。
「まずは治療だろ? お楽しみは、その後だ」
「………」
素直に手を離すしかなかった。
「わかった」
「よし、いい子だ。それじゃあ取り合えず」
するりと俺の腕から抜け出して、奴はさらりと言ってのけた。
「脱げ。全部だ」
「今、ここでかっ?」
「当たり前だ」
「………」
冗談だろ? 夕刻とは言え、まだまだ陽は高い。
「店、営業中じゃないか。誰か入って来たらどーすんだ!」
「おーおー良く言うよ。さっきこの場でおっぱじめようとしてたのは、誰だ?」
「うぐっ」
言葉に詰まる。
「脱げよ。今更恥じらうような仲でもねぇだろ。それとも、おいちゃんが手伝ってやろうかあ?」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら上着を脱いで、椅子の背に引っかける。
フロウはカウンターに肘をつき、にやにやしながらこっちを見てる。
「ったく、何が楽しい!」
「俺が楽しい」
「……そうかよ」
今更背中を向けるのもしゃくに障る。シャツのボタンを外して、そろりと肩から抜き取った。
包帯の上に、じくじくと赤と黄色が染みている。シャツよりもずっと濃く、湿っていた。
「相変わらずいい体してるねぇ。そら腰の一つも振ってみろよ」
「阿呆か! おら、脱いだぞ」
「ま、だ、だ」
「……まさかお前……」
「全部脱げっつったろ?」
ちろっとフロウは舌を出し、唇の回りを舐めた。
「全部だ、ダイン。上も下も、下着もブーツも全部」
「この、変態!」
「その変態に惚れてんのは誰だ?」
くそーっ、くそーっ、くそーっ!
逆らえないって知ってて言ってやがる!
ブーツを足から抜き取り、床に転がす。
ここでためらったら、こいつを楽しませるだけだ。ズボンのベルトを外し、下着もろとも一気に引っこ抜いて。腕組みして仁王立ちして言ってやった。
「脱いだぞ、おら!」
「……包帯」
「これも解けってか!」
「いや、別にお前がいいっつーならそのまんまでもいいけどよ?」
ちょこん、と小首をかしげて。じとーっと舐めるような視線を向けてきた。
ねちっこい視線が肌の上を這いずる。触られてもいないのに、背筋がぞわっとくる。
いやでも皮膚が、こいつに触れられた時の。舐められた時の記憶を辿っちまう。
「全裸に包帯って、ものすげえやらしい」
「~~~~~~~~~~っ!」
一気に包帯をむしりとる。乾いた体液の表面がひきつれ、ぴりっと傷口が裂けた。
「ってぇっ」
「馬鹿だねーまったく。一気にはがす奴があるかい」
「るっせえ」
ぜいぜいと息を切らしていると、フロウはじいっと顔を寄せてきた。
「飼い主に無断でこんな傷つけて来やがって、この馬鹿犬が。誰にお仕置きされた?」
「んな訳、ねぇだろっ」
「だよなあ。お前さんがおいそれと、素直に鞭打たれるとも思えないもんな」
傷の痛みに引きずられ、ぴりぴりと鋭敏になった皮膚に息が当たってる。
すぐそばに、唇の熱さを。舌のぬめりを感じた。
「人質でも、とられたか」
黙ってうなずいた。
「なあ、ダイン」
「ん」
「勃ってるぞ」
言うなり股間をなで上げられた。
「おぅおっ」
やばい、変な声出た!
「文句言いながら、お前さん、しっかりやる気になってるじゃねぇか」
甘い声が耳元にささやく。
「……この、変態」
「るっせえっ」
囁かれる声が、耳の穴から流れ込み、思考と理性を侵食する。
毒薬よりも深く、蜂蜜よりも甘く……。
「せっかくだから、一発抜いとくか?」
「何……言ってやがる……」
「さーて、どーしたもんかねぇ。自分でやるか? それとも、俺が抜いてやろうか?」
「う………あ……」
口が開き、咽が震え、答えに成ろうとしたその時だ。
カタン、と音がした。
「おわっ」
客かっ? 誰か来たかっ? 髪の毛がもわっと逆立ち、その場で10センチほど飛び上がった。ひっつかんだシャツでかろうじて股間を隠し、冷や冷やしながら音のする方を伺うと……。
「ぴゃあ」
ちびが居た。
天井の梁の上にうずくまる、黒と褐色の斑模様の猫。金色の瞳をまんまるにしてこっちを見下ろしている。長いしっぽがひゅうんとしなり、鷲に似た翼が広がった。
「ぴゃあ、ぴゃあ、ぴゃーあ!」
梁から飛び立つと、ちびはふわりと俺の肩に舞い降りてきた。
「とーちゃん、とーちゃん!」
つぶらな瞳で見つめられる。
「とーちゃん、おかえり、おかえり!」
ふかふかの毛皮がすり寄せられる。
ものすごーく……いたたまれない。
「ただいま、ちび」
「ぴゃあ」
ばさっと、頭の上から毛布をかぶせられた。
「うぶ?」
「それ着て待ってろ。準備できたら呼ぶから」
「……うん」
もふもふとくるまり、椅子に座る。ちびが膝の上に乗ってきて、ころりと丸くなった。
その間にフロウは奥に引っ込んで、何やらごそごそとやり始めた。
やがて、つーんとした薬草のにおいが漂ってきた。ちびが浴室に通じるドアをにらみ、もわっと毛を逆立てる。その時になってようやく思い出したんだ。
そう言えば、治療始めるとこだったな、って。
次へ→3.薬草風呂どろどろ