2013/05/24 13:08 【お姫様の話】
四の姫は騎士に連れられ、お屋敷へと帰って行った。
夕闇迫る町の中、満面の笑みで意気揚々と、黒毛の軍馬の背に揺られ。
「やれやれ、急に静かになっちまったなあ」
「ぴゃあ」
しーんと静まり返った店の中でフロウはふぅっとため息をついた。
そもそも、さっきまでが騒がしかったんだ。これが普通。いつもの生活が戻ってきた、ただそれだけの事なのに。当たり前のはずの静けさが、妙に、染みる。
「ぴ……」
ちびがくしくしと顔をすり寄せてくる。
こいつを置いていったってことは、ダインの奴、今夜は兵舎泊まりになるかも知れない。
西道守護騎士団は、王都の騎士に比べれば魔術師への偏見はずっと、薄い。
だが、砦の騎士自らがおおっぴらに使い魔を連れているのは、さすがにちょっと問題があるらしい。
ダインが砦に務めている間、ちびは店に残されるのが常だった。
もともと自分が言いだしたことだ。『砦に詰めてる間、預かってやってもいんだぜ』と。
「ふろう?」
ちびが膝の上で伸び上がり、ぷに、と前足で口元に触れてきた。柔らかな肉球がくすぐったい。触れられた場所から顔がほころび、笑みが浮かぶ。
「ああ、心配すんな、ちび。何でもない。何でもないから、な」
お返しとばかりに耳の後ろをかいてやる。ちびは目を細めてごろごろとのどを鳴らした。
「なあ、ちび公。あいつら、なかなかお似合いの二人だとは思わないか」
「にー?」
「そう、ニコラだ」
明朗快活、豪放磊落、公明正大。光を浴びて常にまっすぐに突き進むあの素直な騎士さまにも、影がある。
表面上は人懐っこいが、ダインは滅多に他人に心を許さない。期待もしない。ただ、尽くすだけだ。
理由はいろいろあるが、煎じて詰めれば要するに……。
父親の正妻に、あの手この手で散々苛め抜かれて来た奴が(ダイン本人は否定するだろうが)、大人になったから、騎士だからって理由だけで、簡単に人を許せるだろうか。信用するだろうか? ってことだ。
あいつが誰かの役に立とうとムキになるのは。筋金入りのお人よしになったのは、利用されるより先に、自分から動いてきた結果に過ぎない。
そんな中で、初対面にもかかわらず、ちびはニコラと共鳴を起こした。つまり、ダインがそれだけあの娘に心を許してるってことだ。
「ちぃっとばかし跳ねっ返りで若干、若すぎないでもないがな。同じ騎士の家柄だ、世間的にはつり合ってる。」
「にー」
「魔術の才能もある。あの娘なら、お前さんのことも可愛がってくれるだろうし……」
ニコラなら、ダインの左目を恐れたりしない。瞬時に見抜くはずだ。
呪いなんかじゃない。れっきとした魔術の才能なんだって。
(『私の騎士』か……あの子なら、確かにアイツの『お姫様』になれるかもな?)
いつしか太陽はそびえ立つ町並みの向こうへと姿を消し、薬草店の中は青みを帯びた影に塗りつぶされていた。
「おっと……」
ランタンに火を入れた。オレンジ色の明かりがぽわっと部屋を照らし、その一方で濃い藍色の影を落とす。何だか急に肌寒くなってきた。
「飯にするか」
「ぴぃ!」
燭台に灯したロウソクを片手に、厨房へと引っ込んだ。
それで終われば、薬草師にとって良かったのだろうが……生憎四の姫の行動力は、薬草師の予想をはるかに上回っていたのだ。
※
「あ~っと…じゃあ、まず基本的な事を確認するぞ?」
そう告げるのは小柄な中年風貌…その顔には「どうしてこうなった。」とありありと書いてあるが…目の前でキラキラと目を輝かせる金髪の少女には通じない。
そもそもの発端は彼女…ニコラ・ド・モレッティが後日勢い良く薬草店のドアを開けて入ってきたことから始まった。
「私、来月から魔法学院に通うことになったから、入学前に色々教えて!」
護身用のコモンマジック…誰もが使う共通語で呪文を組んだ簡易魔術を一つだけ教えてから、自分を師匠と呼びはじめた少女に、薬草屋の店主…フロウライト・ジェムルは頭を抱えた。
しかし、頭を抱えても彼女が帰るわけでもないし、少女の頼みごとを無碍にするのも気が引けて…今に至る。
そう、少女は先日の一件で知ったのだ……「魔法の素質」という自分の「取り柄」を……。
そして彼女は、このアンヘイルダールの……自分の祖母の家へと引っ越してきた。
この街の「魔法学院」に通うために……才能を見出してくれた薬草師に弟子入りするために……それになにより。
(『私の騎士』がこの街に居るんですもの!魔法の勉強もできて一石二鳥よね!)
「まず、魔法には大きく分けると2種類に分類されるんだが…。」
「はい!『魔術』と『祈術』です!」
己が続けようとした言葉を、シュパッ!と手を上げて先を埋める出来の良い生徒に、フロウは若干苦笑いをしながら。
「おう、でも授業中はそうやって先走るなよ?それじゃあ…具体的な違いを言えるか?」
「えぇっと…自分の魔力で直接干渉するのが魔術で…自分の魔力を別の存在に譲って、力を行使してもらうのが祈術…だったかしら。」
「ま、概ねそんな感じだな。それじゃあ、魔術と祈術にはそれぞれどんな魔法があるか、挙げてみな?」
ニマリと笑って、悪戯に問題を投げてみれば、金髪の少女はそれを挑戦と取ったのか眉根を寄せて先よりも真剣に考え始め。
「えっと…魔術に属するのは、私が教えてもらった共通語魔法に、魔導語を使った魔導術、簡略化した魔導語の歌詞で歌う魔歌。
祈術は、神様の力を借りる神祈術に精霊の力を借りる巫術。異界の存在を呼び出す召喚術!」
少し考え込んだ後、これでどうだ!と言わんばかりにまくし立てる少女の回答に、少し目を見開いてからクツリと…教師役の男は目を細めて笑い。
「おぉ、良く覚えてんなぁ…他にも魔術には少し前から確立されはじめた錬金術って系統の魔術に、祈術には竜を信仰して行使する竜祈術があったり…魔法とはちょっと毛色が違うが、自分の体を魔力で変質させる錬体術ってのも、一応魔術の一種に入るさね。」
「へぇ…私の知らない魔法って結構一杯あるんだ…。」
「もしかしたら、俺たちの知らない魔法もまだどっかにあるのかもな。」
しかし……きらきらした目で教えを請われるというのも……なかなかどうして、悪くないもんだ。
<四の姫と薬草師/了>
夕闇迫る町の中、満面の笑みで意気揚々と、黒毛の軍馬の背に揺られ。
「やれやれ、急に静かになっちまったなあ」
「ぴゃあ」
しーんと静まり返った店の中でフロウはふぅっとため息をついた。
そもそも、さっきまでが騒がしかったんだ。これが普通。いつもの生活が戻ってきた、ただそれだけの事なのに。当たり前のはずの静けさが、妙に、染みる。
「ぴ……」
ちびがくしくしと顔をすり寄せてくる。
こいつを置いていったってことは、ダインの奴、今夜は兵舎泊まりになるかも知れない。
西道守護騎士団は、王都の騎士に比べれば魔術師への偏見はずっと、薄い。
だが、砦の騎士自らがおおっぴらに使い魔を連れているのは、さすがにちょっと問題があるらしい。
ダインが砦に務めている間、ちびは店に残されるのが常だった。
もともと自分が言いだしたことだ。『砦に詰めてる間、預かってやってもいんだぜ』と。
「ふろう?」
ちびが膝の上で伸び上がり、ぷに、と前足で口元に触れてきた。柔らかな肉球がくすぐったい。触れられた場所から顔がほころび、笑みが浮かぶ。
「ああ、心配すんな、ちび。何でもない。何でもないから、な」
お返しとばかりに耳の後ろをかいてやる。ちびは目を細めてごろごろとのどを鳴らした。
「なあ、ちび公。あいつら、なかなかお似合いの二人だとは思わないか」
「にー?」
「そう、ニコラだ」
明朗快活、豪放磊落、公明正大。光を浴びて常にまっすぐに突き進むあの素直な騎士さまにも、影がある。
表面上は人懐っこいが、ダインは滅多に他人に心を許さない。期待もしない。ただ、尽くすだけだ。
理由はいろいろあるが、煎じて詰めれば要するに……。
父親の正妻に、あの手この手で散々苛め抜かれて来た奴が(ダイン本人は否定するだろうが)、大人になったから、騎士だからって理由だけで、簡単に人を許せるだろうか。信用するだろうか? ってことだ。
あいつが誰かの役に立とうとムキになるのは。筋金入りのお人よしになったのは、利用されるより先に、自分から動いてきた結果に過ぎない。
そんな中で、初対面にもかかわらず、ちびはニコラと共鳴を起こした。つまり、ダインがそれだけあの娘に心を許してるってことだ。
「ちぃっとばかし跳ねっ返りで若干、若すぎないでもないがな。同じ騎士の家柄だ、世間的にはつり合ってる。」
「にー」
「魔術の才能もある。あの娘なら、お前さんのことも可愛がってくれるだろうし……」
ニコラなら、ダインの左目を恐れたりしない。瞬時に見抜くはずだ。
呪いなんかじゃない。れっきとした魔術の才能なんだって。
(『私の騎士』か……あの子なら、確かにアイツの『お姫様』になれるかもな?)
いつしか太陽はそびえ立つ町並みの向こうへと姿を消し、薬草店の中は青みを帯びた影に塗りつぶされていた。
「おっと……」
ランタンに火を入れた。オレンジ色の明かりがぽわっと部屋を照らし、その一方で濃い藍色の影を落とす。何だか急に肌寒くなってきた。
「飯にするか」
「ぴぃ!」
燭台に灯したロウソクを片手に、厨房へと引っ込んだ。
それで終われば、薬草師にとって良かったのだろうが……生憎四の姫の行動力は、薬草師の予想をはるかに上回っていたのだ。
※
「あ~っと…じゃあ、まず基本的な事を確認するぞ?」
そう告げるのは小柄な中年風貌…その顔には「どうしてこうなった。」とありありと書いてあるが…目の前でキラキラと目を輝かせる金髪の少女には通じない。
そもそもの発端は彼女…ニコラ・ド・モレッティが後日勢い良く薬草店のドアを開けて入ってきたことから始まった。
「私、来月から魔法学院に通うことになったから、入学前に色々教えて!」
護身用のコモンマジック…誰もが使う共通語で呪文を組んだ簡易魔術を一つだけ教えてから、自分を師匠と呼びはじめた少女に、薬草屋の店主…フロウライト・ジェムルは頭を抱えた。
しかし、頭を抱えても彼女が帰るわけでもないし、少女の頼みごとを無碍にするのも気が引けて…今に至る。
そう、少女は先日の一件で知ったのだ……「魔法の素質」という自分の「取り柄」を……。
そして彼女は、このアンヘイルダールの……自分の祖母の家へと引っ越してきた。
この街の「魔法学院」に通うために……才能を見出してくれた薬草師に弟子入りするために……それになにより。
(『私の騎士』がこの街に居るんですもの!魔法の勉強もできて一石二鳥よね!)
「まず、魔法には大きく分けると2種類に分類されるんだが…。」
「はい!『魔術』と『祈術』です!」
己が続けようとした言葉を、シュパッ!と手を上げて先を埋める出来の良い生徒に、フロウは若干苦笑いをしながら。
「おう、でも授業中はそうやって先走るなよ?それじゃあ…具体的な違いを言えるか?」
「えぇっと…自分の魔力で直接干渉するのが魔術で…自分の魔力を別の存在に譲って、力を行使してもらうのが祈術…だったかしら。」
「ま、概ねそんな感じだな。それじゃあ、魔術と祈術にはそれぞれどんな魔法があるか、挙げてみな?」
ニマリと笑って、悪戯に問題を投げてみれば、金髪の少女はそれを挑戦と取ったのか眉根を寄せて先よりも真剣に考え始め。
「えっと…魔術に属するのは、私が教えてもらった共通語魔法に、魔導語を使った魔導術、簡略化した魔導語の歌詞で歌う魔歌。
祈術は、神様の力を借りる神祈術に精霊の力を借りる巫術。異界の存在を呼び出す召喚術!」
少し考え込んだ後、これでどうだ!と言わんばかりにまくし立てる少女の回答に、少し目を見開いてからクツリと…教師役の男は目を細めて笑い。
「おぉ、良く覚えてんなぁ…他にも魔術には少し前から確立されはじめた錬金術って系統の魔術に、祈術には竜を信仰して行使する竜祈術があったり…魔法とはちょっと毛色が違うが、自分の体を魔力で変質させる錬体術ってのも、一応魔術の一種に入るさね。」
「へぇ…私の知らない魔法って結構一杯あるんだ…。」
「もしかしたら、俺たちの知らない魔法もまだどっかにあるのかもな。」
しかし……きらきらした目で教えを請われるというのも……なかなかどうして、悪くないもんだ。
<四の姫と薬草師/了>