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2013年4月の日記

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ちびの一日3

2013/04/18 4:00 お姫様の話いーぐる
 夕方。
 ちびはぴょこっと干し草の中で耳を立てた。聞きなれた重たい重たい蹄の音が近づいてくる。大好きなにおいがする! もぞもぞと抜け出し、かぱっと口を開けた。

「とーちゃん!」
「お、ちび来てたのか」

 とーちゃん帰ってきた!
 ばさっと飛びつき、ぐりぐりと顔をすり寄せる。

「とーちゃん、とーちゃーん」
「よしよし、いい子だな」

 大きな手が抱きしめて、撫でてくれる。頭や顎の下、背中、羽根のつけねとまんべんなく。
 嬉しい、嬉しい、とーちゃん大好き! 目を細めて、咽をごろごろ鳴らしていると。

「ちびさーん」
「しゃーる!」

 ほっそりした白い手に抱きしめられた。
 銀髪に青緑の瞳のシャルダンは、女神のごとき端正な顔を、とりねこの毛皮に埋めてうっとりご満悦。

 シャルはちびがすき。ちびもシャルがすき。

「ああ、お日様のにおいがする……」
「んっぴゃ!」

 行き交う騎士たちの動きが止まる。
 ふわもこの小動物と乙女(男だが)の組み合わせは、男所帯の騎士団ではどうしたって注目の的になる。

「飯食ってくか、ちび」
「ぴゃあ!」

 とーちゃんの肩に乗っかって、食堂に行く。食べるのはテーブルの下。上には決して乗らないのがお約束。

「ソーセージ食うか?」
「ぴゃあ」
「パイもありますよ、ちびさん」
「ぴぃ!」

 もらったご飯を食べていると、食堂のおばちゃんがやって来た。お皿の上に大きな焼き魚を載せて。

「ちびちゃん。隊長から聞いたわ。ネズミとってくれたんですって?」

 とんっと目の前に魚が置かれる。何て素敵、新鮮なニジマスが丸ごと一匹だ!

「はい、ご褒美」
「ありがとうございます」
「んぴゃーっ」

 目を輝かせてちびはニジマスに飛びかかる。あむあむあぎゅあぎゅ、がつがつ、ごりごり、ぼーりぼり。大きなニジマスがみるみる骨も残さず消えて行く。

「いい食べっぷりですね、ほれぼれします」
「俺は胸焼けがしてきた……」

 シャルはにこにこ、ハインツはげんなり。
 ネズミを捕るとご褒美がもらえる。この条件づけのおかげで、ちびはいっぱしのネズミ捕り名人になりつつあった。

     ※

「気をつけて帰れ。フロウによろしくな」
「ぴゃっ」

 本当はとーちゃんと一緒に寝たいけど、ここは兵舎だから我慢する。さすがにロブたいちょーも、ベッドで一緒に眠るのまでは許してくれないから。
 思いっきり体をすりよせ、とーちゃんのにおいをいっぱい嗅いで。仕上げに鼻をくっつけてちゅーをして、窓から飛び立った。

 金色の瞳をきらめかせ、月の光の中をまっすぐに、夜空を過る影一つ。北へ北へと向い、茅葺き屋根にふわりと降り立った。
 かたんっと窓をくぐりぬけ、薬草香る店の中へと滑り込む。

 ひこっと鼻をうごめかせる。台所からとってもいいにおいがした。梁を伝って歩いて行き、すたんっと飛び降り、足にすり寄る。

「ぴゃっ、ふーろう。ふーろう!」
「おう、お帰り」

 フロウがこっちに笑いかけ、頭を撫でてくれる。

「晩飯できてるぞ」
「ぴゃああ」

 テーブルの下で、ふろうと一緒に夕ご飯。今日の献立は厚切りベーコンと豆とキャベツの煮込み、味付けは塩でシンプルに。茹でたジャガイモとニンジンを添えて、パンは小さめの丸パンを二つずつ。
 料理を並べ終わるとフロウは腰に手を当て、ふっと短く息をついた。

「一人だと、どーしても作るもんが簡単になっちまうなあ」
「ぴゃっ」

 口にスープをくっつけたまま、皿から顔を上げて。赤い口をかぱっと開けて呼びかける。

「うまーい」
「……そうか、美味いか」

 ちびの言葉はとーちゃんの口まねが基本。だからちょっぴりワイルドで、時々ダイナミック。

「今日はどこ行ってきた?」
「にーこーら、えみる、なでゅ?」
「魔法学院か」
「ろぶたいちょー、とーちゃん、しゃる!」
「砦にも行ったのか。そーかそーか」
「ぴぃううう」

 しっぽを高々と上げ、ぴょんっと膝に飛び乗り、得意げな顔をしてらっしゃる。
 ふわふわの絹のような毛皮を撫でた。

「どんな冒険してきたやら……」
「んぴゃっ! んぴゃぴゃっ!」

 ひょいっとのびあがると、ちびはフロウの頬にんちゅうっと鼻先をくっつけるのだった。

「ふろう、すき!」
「ははっ、ありがとさん。俺もだよ」
「ぴゃあ!」

     ※

 今日はいっぱい『お仕事』したから、夜の散歩は省略。フロウと一緒にベッドに入っておやすみなさい。

 本日ちびが食べたのは、朝ご飯、クッキー、サマープディング、クラッカー、ネズミにニジマス、夕ご飯が二回分。
 食べ盛りの一日でした。



(四の姫お菓子を作る/了)
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ちびの一日2

2013/04/18 3:58 お姫様の話いーぐる
 ぱたぱたと翼をはためかせてちびが行く。ぱたぱた飛んで、やって来たのは魔法学院だ。
 ここはとっても居心地が良い。仲間の使い魔もいっぱいいるし、至る所に潜り込むのに最適なすき間がある。
 さすがに出歩いている『とりねこ』はちび一匹だけだけど、たくさんの猫と、同じくらいたくさんの鳥がいるから、寂しくはない。
 何より、ここにはニコラがいる。エミルとナデュー先生もいる。

 鼻をひこひこ蠢かせ、あちこちで他のお仲間たちに聞きながら三人を探す。
 薬草畑の真ん中の、作業小屋に居た。

「ぴゃああ」

 のぞいてみたら、あら素敵。何とお菓子作りの真っ最中!
 ただ今、初等訓練生たちはエミルの指導で薬草調理学実習中。本日の課題はサマープディングだ。
 学院の畑で詰んだブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリーにクランベリー。新鮮なベリーを潰して砂糖で煮込んでジュースを作り、香りづけにミントを加えて、パンを敷き詰めた型に流す。
 涼しい場所に置いて一晩寝かせたのを今日、これから試食するのである。

「ほーら見事に固まってるだろう?」

 型を外して、大皿の上にそっと取り出されたプディングは、そろって美しい赤紫色。
 ぷるぷると震え、ナイフで切り分けても型くずれしない。

「すごい、ゼラチン入れてないのに!」
「これは、ベリーの汁に含まれるペクチンのおかげなんだよ。ジャムが固まる原理と同じだね」
「なるほどー」

 生徒たちは真剣にエミルの説明に聞き入り、うなずく。あくまで授業の一環、勉強なのだ。

 甘酸っぱいいいにおい。たまらずちびはひょこっと窓から顔をつっこんだ。

「にーこーら!」
「あ、ちびちゃん!」

 金髪に青い瞳の少女がほほ笑む。にゅるっと中に入って顔をすり寄せる。白い柔らかい手が撫でてくれるのがうれしくて、ごろごろと咽を鳴らした。

「サマープディング食べる?」

 ふりふりのエプロンを着けたナデュー先生が、お皿に乗せたプディングを持ってやって来た。
 食べない訳がない! 赤い口をかぱっと開いて答える。

「ぴゃあ」
「そーかそーか、たんとおあがり」

 むっしゃむっしゃとほお張った。赤紫のプディングは、ひんやりして、甘くて、すっぱかった。

「ぴぃうぅるるるる、ぴぃうぅるるる」
「ん、美味しい? よかったね。ホイップクリームもあるよ」
「んっぴゃあ!」

 褐色の口の周りについた白いクリーム、赤紫のプディングの欠片。丁寧に舐めとって、ひとしきりニコラたちと遊んだらまたお出かけ。

「もう帰るの?」
「とーちゃん!」
「そう、砦に行くの。気をつけてね!」
「ぴゃああ」

 ばさっと飛び立つちびを見送りながら、エミルが首をかしげた。

「あれ、でも今日は確かダイン先輩とシャルは……」

      ※

 ぱたぱたと羽ばたいて、騎士団の砦にやって来た。質実剛健を絵に描いたような、実用一点張りの石造りの建物。高い高い見張りの塔があって、町の城壁にぴったりくっついて建っている。
 塔のてっぺんで手すりに乗っかり、一休み。それから中庭の馬小屋に舞い降りた。いつも黒の居る馬房をひょこっとのぞき込む。

「………」

 いない。せっかく挨拶しようと思ったのに。

「お、ちびじゃないか」

 ハインツがいた!

「ぴゃーあぴゃーあ」

 くたーんとなりかけた尻尾が、ぴっと立つ。ブーツを履いた足の間を、8の字を描いてすり抜ける。

「よしよし、クラッカー食うか」
「ぴゃあ!」

 堅く焼いて塩で味付けした四角いクラッカー。小さく割ってくれたのをカリカリとかじる。

「ダインに会いに来たのか? でも今はあいつ、シャルと一緒に町の外を巡回してるんだ」
「ぴぃ……」

 とーちゃんもいない。シャルもいない。黒もいない。せっかく会いに来たのにみんないない。
 尻尾がくたーんっと垂れ下がる。

「夕方には戻ってくるよ」
「ぴゃ!」

 ちょっとがっかり。でもせっかくだから遊んで行こうっと。
 砦の中をするりするりと歩き回る。この建物の中にも、もぐりこむすき間はいっぱいある。きっちり扉が閉まっていても、ちびはどこにでも入り込む。影のようにするりと身軽に尻尾を捻って。
 そうして潜り込んだ天井裏で、丸々太った大きなネズミを発見した。

「ぴゃ!」

 白い牙を閃かせ、目にも留まらぬ早さで飛びかかる。ヂュっとネズミが悲鳴をあげる暇もあらばこそ、爪が走り、鋭い牙がめり込んだ。

 大漁!

 ぶらんっと首筋をくわえてぶら下げる。ちびは優秀な狩人なのだ。

 ねずみ捕った。とーちゃんが居れば見せるんだけど、今はシャルといっしょにおでかけだから……

 天井裏から降りて、とことこと廊下を歩く。階段を上がり、よーく知ってるにおいのする部屋へとたどり着く。

「ろぶたいちょー」

 ドアの外から名前を呼ばれ、ロベルトは書類から顔をあげた。

「開いてるぞ。入って来い!」
「たーいーちょー」

 一体誰だ。荷物で両手が塞がってるのか? 舌打ちして椅子から立ち上がり、扉を開けるとそこに居たのは。

「ぴゃ!」
「鳥、か」

 黒と褐色斑の猫のような、鳥のような生き物。もっともロベルトとしては、むしろ猫より鳥だろうと思っている。空を飛ぶし、オウムのように簡単な言葉を喋るからだ。

「ろぶたいちょー」

 ダインの使い魔が、後脚をたたんできちっと廊下に座っていた。その足下には、巨大なネズミが伸びている。ピクリとも動かない所を見ると、既に息絶えているようだ。
 赤い口をかぱっと開けて、とりねこが得意げに鳴いた。

「んぴゃー」
「おお、大物だな。えらいぞ」

 戦果は正当に評価する。兎のロベルトは常に律義で公平な男なのだ。

「ぴゃああ」

 たいちょーに見せた。ほめてもらった。撫でてくれた。だからもう、食べていい。
 そう判断したちびは、その場でかぱっと口を開いておもむろに……がつがつ、ぼりっぼりっ、むっしゃむっしゃ。
 また間の悪い事にちょうどその瞬間を、書類を抱えてやって来たハインツが目撃してしまった。

「うわああああ」
「うむ、食欲があるのは良いことだ」
「食ってます、食ってますよ!」
「肉食なんだから当然だろう」
「そりゃそーですけどーっ!」

 骨の一本、毛の一筋も残さずぺろりと食べ終わって、ちびはごきげん。ひゅうんっと尻尾を振って隊長とハインツにご挨拶。窓から飛び出し、馬小屋へと飛んで行く。
 干し草の中は、昼寝をするのに最高の場所なのだ。

 一方でハインツは、引きつった顔で廊下の一角を指さした。くすんだ灰色の石壁が、まるでそこだけ花が咲いたように赤く染まっている。

「隊長……血が………」
「飼い主の責任だ。ディーンドルフに掃除させろ」
「あいつが帰ってくるまでに乾いちまいますよ?」
「む」

 隊長はぽんっとハインツの肩を叩いた。

「任せた」
「ああ、やっぱり……」

 深くため息をつくとハインツは、ちびの食事の後片づけをするのだった。

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ちびの一日1

2013/04/18 3:57 お姫様の話いーぐる
 アインヘイルダールの町の北区と呼ばれる場所にその家はあった。石組みと木造の入り交じった大きな家。正面の扉は通りに対して開かれ、背面には生け垣に囲まれた薬草畑が広がっている。
 茅葺きの屋根は所々に新しく芽が生え、草が伸び、斑に緑に染まっていた。
 天井は高く、至る所に小さな生き物が潜り込むのにうってつけのすき間や隅っこのあ
るこの家に住むのは、人間だけではない。

 寝室の窓に朝日が射す。カーテンのすき間から細い光の糸が延び、大きめのベッドの上ですやすやと、寄り添い眠る二体の生き物を優しく照らす。

 一人は小柄な中年男。これが癖なのか、たまたまこの格好で眠っているのか。
 むっちりした背中を丸めて横向きに、ふかふかの毛皮と羽毛に顔を突っ込んでいる。柔らかな亜麻色の髪の先が、寄り添う猫の毛皮に溶け込んでいた。
 この家の主、フロウライト・ジェムルだ。
 目を閉じると、年の割につややかな肌と相まって余計に若く見える。いや、むしろ幼いと言っても良い。

 もう一匹は、黒と褐色斑の猫。ただし、その背中には鷲のような翼が一対、きちっとたたまれている。フロウにぴたりと寄り添って、ちゃっかり枕にそのちっぽけな頭を乗せていた。
 目を閉じて腹を上にして、前脚を胸の所できゅうっと曲げている。こげ茶色のつやつやした肉球まで見せて、幸せそうに目を閉じて、すーすー寝息を立てている。

 中年男と、鳥のような猫のような生き物。日の光を感じ取り、一人と一匹のまぶたがほぼ同時にぴくりと動く。

「ん……む」
「ぴ……」

 フロウのまぶたがゆっくり上がり、のそのそと半身を起こす。その傍らで、とりねこもまた腹を下にして身を起こし、んーっと……。
 前脚を伸ばして尻を高々と持ち上げ、大きくのびをした。赤い口ががばぁっと開き、白い、尖った牙が閃く。見ようによっては物騒な顔つきとは裏腹に、咽の奥からくぁーっとのん気な声が押し出された。

「おはよう、ちび助」
「ぴゃあ! ふーろう!」

 フロウの手が、ぴん、と立ったこげ茶の耳の根元を撫でる。ちびは心地良さげに咽を鳴らした。
 さあ、一日の始まりだ。

     ※

 朝起きたら、ちびはフロウと一緒に一階に降りる。四本の足でとてとてと階段で。羽根が生えているのだから、飛べば早い。だけどフロウと一緒に歩くことが大事なのだ。

 裏口から庭に出ると、フロウは井戸に行く。その間、ちびは縁台に座って毛繕い。ぺろぺろと前脚をなめ、さらにその前脚で耳の後ろをこする。
 柔らかな体をぐにゃぐにゃと折り曲げて、背中や腹もまんべんなく。翼の手入れもするから半分ぐらいは羽繕いも混じってる。全身、つやつやのふわふわになるまで丁寧に。
 その間、フロウも顔を洗って歯磨きをしている。終わったらどちらからともなく立ち上がり、並んで家の中に戻るのだ。

「んぴゃあるるる、ぴゃあるるる」
「ほいほい、待ってろって、今、準備するからな」

 いそいそと朝ご飯作りのお手伝い。
 台所でことこと立ち働くフロウの肩に乗り、時に流しの上に飛び乗って、気分だけお手伝い。あくまでお手伝い。見てるだけでもお手伝い。
 やがて美味しそうなにおいが漂い始めると、ちびは鼻をひこひこ蠢かせ、つぴーんっとヒゲを前に倒す。

「ぴゃああ!」

 今朝は大麦とトウモロコシと、ほぐした白身魚を煮込んだ具だくさんのスープ。
 フロウもちびも熱いのが苦手だから、一度煮立ててから皿にとりわけ、少しの間冷ます。

「ぴゃぐるるるぅ」

 待ってる間につい、口からぽたっとよだれがこぼれる。

「はいはい、慌てない慌てない。スープは逃げないからな?」
「んぴゃぅるう」

 その間にフロウは薄く切ったパンを軽くあぶって、チーズを添える。
 ちびの分は食べやすく小さくちぎってくれる。とーちゃんは丸のままくれるけどそれは「横着」だからとフロウが言ってた。

「ほい、お待ちどうさん」
「ぴゃあ」
「じゃ、食うか」
「ふろう! ごはんたべる!」

 フロウが食べるのは大人一人分、やや少なめ。ちびが食べる量は家猫いっぴきぶん。
 本当はもっと食べられるけど、フロウと一緒に食べることが大事なのだ。

    ※

 朝ご飯が終わったら、やっぱり顔を洗う。前脚をなめて、そのなめた前脚でヒゲの一本一本まで丁寧に。
 すっかりきれいになったら、フロウの所に飛んで行って開店準備のお手伝い。

「こらっ、そこに乗るな!」
「ぴ?」

 ガラス瓶の並んだ棚の間をすり抜けて

「ちーびー!」
「んぴゃう」

 作業台の上をひとっ飛び。目測が狂って小鍋を引っかけ床に落とす。からんからんっと賑やかな音がして、尻尾がぶわっと膨らんだ。

「おーまーえーは!」
「ぴぃうう」

 耳をぴっと伏せてカウンターの後ろに潜り込む。

「おいこらー。しっぽ見えてるぞー。全然隠れてないぞー」

 怒られても、ここに潜り込めばリセットされる。少なくともちびの頭の中では。

「なーに考えてんのかねえ、この生き物は」

 くっくっと笑いながらフロウはよろい戸を開け、カーテンを開けて、ドアにかかった札をひっくり返す。
 CLOSEDからOPENへ。

 店が始まるとちびは忙しい。毛繕いをしたり、フロウの膝の上に乗っかったり、梁の上にうずくまったり。気が向けば時々、ドアベルの音とともに悠然と扉の前に歩いて行き、お客さんを出迎える。

「まあ、かわいらしい」
「おや、こいつは嬉しいお出迎えだね」

 フロウが薬草を調合している間、お客さんのお相手だってできるのだ。
 ただ、目につく所、手の届く場所にうずくまってうとうと眠っていればいい。たまにころんっと寝返りを打って肉球を見せて、指をにぎったり開いたりすればなお良い。それだけでお客さんはにこにこ上機嫌。

「いい子だなあ。クッキー食べるかな」
「ぴゃあ!」

 たまにおやつもくれる。
 天気の良い日は、接客に飽きたら、散歩に出かける。

「んっぴゃ」
「おう、気をつけてな」

 天井の梁に飛び上がり、壁に開いた小窓から外に出る。開け方は一度やったらすぐ覚えた。元々はこの家に住んでいた誰かが、自分の使い魔用に作った物らしい。
 今はもっぱら、ちび専用。ちっちゃいさんたちも時々使っている。

 迷子になる心配はない。フロウの作ってくれた、とーちゃんとおそろいの首飾りをつけているから。
 オレンジ色の革ひもに、赤、青、黄色、色とりどりのウッドビーズを連ねた首飾り。中央の水晶珠の中には、濃いオレンジ色の針(ルチル)が煌めいている。さながら炎のように。
 とーちゃんは、同じ珠を使ったブレスレットを左手首に巻いている。二つの珠は常に呼び合い、ちびがこの世界に存在する力を補ってくれる。

 屋根の上を走ったり歩いたり、翼で飛んだりしながら、のびのびと街を行く。
 アインヘイルダールは力線の上に建つ町だ。昔から、他所と比べてたくさんの魔法使いが住んでる。
 自ずと土地の人々も魔法使いと使い魔の存在に馴染み、見慣れぬ生き物が歩いていても「ああ誰かのお使いだね」で済まされる。
 誰も、翼の生えた猫を怪しんだりしない。増して追いかけたり捕まえようとしたりするなんてことは、まず、あり得ないのだった。

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エミルのお料理教室2

2013/04/18 3:56 お姫様の話いーぐる
「……どう、師匠」

 薬草店の台所で、ニコラが緊張した面持ちでフロウを見上げた。
 授業で教わったルバーブのパイを、さっそく作ってみたのだ。その間、フロウは見守るだけ。何度かひやひやする局面もあったが、あくまで見守るだけ。

 皿にとりわけた一切れのパイは、あらかじめ少し冷ましてあった。フロウが猫舌だからだ。
 それを、さらにふーふーと冷ましてから、ぱくりと口に入れる。

「ん……初めて一人で作ったにしちゃ、上出来だな」
「やったぁ!」
「でもよお、ニコラ……これは……いくらなんでも……」

 味は悪くない。生地も上手い具合に混ざっていて、こんがりいい感じに焼き上がっていた。
 だが、この大きさはどうなのか。

「多い」
「えー授業で教わった通りに作ったのに……」
「どう見たってこれ、お茶会用とかの5人か6人分ある分量だぞ」

 おそらく授業では5~6名のグループで一皿のパイを作ったのだろう。その分量そのままで作ったものだから……ルバーブのパイが、巨大なパイ皿にぎっしりこんもり山盛りに。

『エミリオの奴、またずいぶんとダイナミックな指導したもんだなあ……』

 若い男ならともかく、さすがに中年の胃袋にはいささかきつい。

「6人分食えと」
「しまった、それ考えてなかった」
「んぴゃ!」

 フロウは苦笑して、肩に飛び乗ってきた猫を撫でた。

「ま、ちびがたらふく食うから大丈夫だろうけどな」
「ぴゃあ」
「余ったらダインに食わせりゃいいし」
「ぴぃ」

 噂をすれば影とやら、ちょうど店のドアが開いてのっそりと、背の高い人影が入ってきた。

「あ、ダイン来た」
「ただ今!」

 金髪混じりの褐色の髪、緑の瞳のがっちりした体つきの青年は、ひくひくと鼻を蠢かせて空気のにおいをかぎ、柔和な顔をほころばせた。

「美味そうなにおいだな!」

     ※

 ちょうどその頃。エミリオも大量のパイを前に冷汗をかいていた。
 お盆に山盛りになったルバーブのパイを、ささげ持っているのは他ならぬシャル。女神のごとき丹精な顔いっぱいに、あどけない笑みを浮かべている。

「魔法学院の生徒さんたちが、差し入れてくれたんだ」

 この展開、予測すべきだった。
 銀髪の騎士様は、魔法学院の女生徒たちにたいへん人気があったのだ。

「うん……いいんじゃないかな。美味しいものを食べると、幸せになれるしね」
「だよね! あ、ロベルト隊長や隊のみんなにもおすそ分けしてきたよ!」

 おすそ分けしてもこの量なのか。
『分量通り』に作るのが大事だと教えた。
 けれどまさか、素直に生徒の一人一人が実習で教えた分量で焼いて来るとは……。

(次からは、もっと小分けにしよう)

 心に決めるエミリオだった。

「こっちはダイン先輩にとっておこうっと」

 特大の一切れを取り分けるシャルに、思わずエミリオは目を丸くした。

「え、そんなに?」
「うん。先輩、ちびさんの分も食べるから」
「あ、そっか使い魔の維持に必要なのか」
「美味しいもの食べると、すごく嬉しそうな顔するしね!」

 確かに事実なのだけれど。
 ルバーブは食べ過ぎるとお腹がゆるくなります。くれぐれもご用心。

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エミルのお料理教室1

2013/04/18 3:54 お姫様の話いーぐる
「うーん……」

 中級魔術師エミリオ・グレンジャーは当惑していた。
 魔法学院で学ぶ傍ら、今期から講師として初等科の訓練生たちを指導することになったのだが。
 担当は『薬草調理実習』。材料の採取から調理に至るまで、一貫して訓練生の手で行う薬草学の応用だ。
 もちろん、食べる所まで。

 場所は学院の薬草畑の真ん中に立てられた、実習用の工房だ。平屋造りの小屋の中には、オーブンのついた大きな炉や作業用のテーブルをはじめ、およそ調理と調合に必要な物がほとんど全て揃っていた。
 すぐ外には、新鮮な水の汲める井戸まである。

 テーブルには、先ほど訓練生たちが摘んできた赤いルバーブが積み上げられている。
 食用に適さない葉っぱの部分は既に除かれ、親指ほどの太さで、大人の腰のあたりまでの長さの茎が切り口から赤い果肉を覗かせていた。

 工房の中には、みずみずしい甘酸っぱい香りが満ちている。
 正にこれから、調理を始める所なのだが。

 訓練生たちはそろいの三角巾をきゅっと絞め、めいめいエプロンや前掛けを身に付けている。男子の中に時折、実習用の白衣を着た者がいたりするのもほほえましい。
 だがその中に若干一名、明らかに………他の訓練生より抜きんでて背の高い人物が混じってたりする訳で。
 できれば気がつかないふりをしたい所だが、到底無理だ。目立ちすぎてる。
 深いため息をつくと、エミリオは『浮きまくってる一名』に向き直った。

「何でそこに居るんですか、ナデュー先生」

 焦げ茶の艶やかなロングヘアーの前髪に、一房混じった鮮やかな赤。金色の瞳を細めると、召喚士ナデューはにっこり笑って首をかしげた。

「見学?」
「いや、そうじゃなくて……何でそっち側に居るんですか」
「私は薬草学は専門外だからね」

 ちゃっかり三角巾で髪の毛を覆って、エプロンを身に付けている。それも新婚さんかと突っ込みたくなるような、ふわふわのフリルつきのを……。
 お陰で女子の中に混じっていてもそれほど違和感はない。抜きんでて高いその背丈がなければの話。

「で、今日の献立は何?」
「食べる気満々ですね?」

 ナデューは素知らぬ顔で訓練生を見回し、晴れやかに言った。

「美味しいものを食べると幸せになれるよね!」
「はい!」
「はーい!」

(ああ……)

 この展開、予測しておくべきだったか。ま、いっか。幸い、材料はたっぷりある。一人増えても問題ない。
 小さくため息をついて、悟り切った笑みを浮かべるとエミリオはチョークを手に黒板に向かった。

「今日の献立は……」

 かりかりと書き終えると、再び訓練生たちに向き直る。

「ルバーブのパイです」

 ぱちぱちと拍手があがった。筆頭はもちろん、ナデュー先生である。

     ※

「じゃあ、まずはルバーブを切って。長さは小指の第一関節くらい」
「先生、皮はむかないでいいんですか?」
「いいんだ、そのままで。ちゃんとしたお菓子屋さんや、料理店ではむくけどね」

 訓練生たちは、真剣な顔でざくざくとルバーブを刻み始める。アンズに似た甘酸っぱい香りが一段と強くなった。

「刻んだら、砂糖と片栗粉をふって、しばらく寝かせる。その間にパイ生地作りだ」

 しょりっと小さな音がした。
 手を止めてエミリオはじとーっと目を細め、音の主を睨め付けた。

「先生。つまみ食いはやめてください」
「ごめん、あんまりいい匂いだったから、つい」

 小麦粉にクルミのみじん切りを加えて、分量分の砂糖と一緒に混ぜる。

「粉と砂糖はきっかり量ること。好みで調整してもいいけれど、君たちはこれが初めてだからね」
「調整って?」
「甘いのが好きなら、砂糖は若干多めに。逆に甘いのが苦手な人と食べるのなら、控えめに……あの、先生」
「ん?」
「今回は最初ですから、分量通りでお願いします」

 ナデューは肩をすくめて、口をとがらせた。その手にはちゃっかり砂糖壷が握られていた。

「ちぇー」
「焼き上がったら、ハチミツかけていいですから!」
「メープルシロップがいいな」
「はいどうぞ!」

 だんっと大瓶に詰めたメープルシロップをテーブルに載せると、ナデューはほくほくとした顔で確保した。
 気を取り直して続ける。

「ここからが勝負だ。手早く行こう」
「そうだね、皆ちょっと両手を出して!」

 ナデューに言われて、訓練生たちは素直に両手を出した。

「ちょっとだけひんやりするよ……」

 掲げられた両手に、いつの間にかナデューの肩の上に出現していた白い小さな竜が、ふーっと息を吹きかける。

「ひゃっ」
「冷たいっ」
「OKOK、これでいい。ご苦労さん、シュガー」
『どういたしまして』

 白いドラゴンは上機嫌。ナデューの肩の上で、ちょこんと首をかしげて作業を見守った。

「よし、それじゃ小麦粉とバターを混ぜるんだ。ささっと手早く、指でつぶして。パンやクッキーと違って練る必要はない。ぽろぽろするくらいで丁度いい」

 ぽろぽろと、ぽろぽろと口々に唱えながら生徒たちはバターを混ぜ始めた。

「何で、手、冷やしたんですか?」

 ニコラが問いかける。

「できるだけバターを溶かさないためだよ」

 エミリオが答える。

「パイ生地を作る時のポイントなんだ」
「使い魔に手伝ってもらうのも、有りなんですか?」
「もちろん!」

 ナデューがにこにこしながらうなずく。

「君たちは魔法訓練生だし、ここは魔法学院だからね!」

 陶器のパイ皿にバターを塗って、そぼろ状に混ぜた生地を敷き詰める。さらにその上に先ほど刻んだルバーブを載せて……

「火加減はどうかな?」

 にゅっと炉から首を出した火トカゲが、かぱっと赤い口を開けて一声鳴いた。

「っきゅ!」
「……OKですね」
「うん」

 温めたオーブンにパイ皿を並べて、巨大な砂時計をひっくり返した。

「後はひたすら焼き上がるのを待つ」

 砂時計の砂が落ちきる頃には、小麦とバターの焼ける美味しそうなにおいが漂っていた。
 オーブンを開けて確認する。

「どうかな?」
「ほんのり焦げ目がついてます」
「狐? リス?」
「狐……かな」
「よし、できあがりだ」

 ほこほこと湯気の立つルバーブのパイ。切り分けると、鮮やかな赤紫がこぼれ落ちた。

「わあ、きれい!」
「いいにおーい」

 皿にとりわけ、泡立てたクリームを添えて……

「いただきます!」

 メイプルシロップをこんもりかけたパイを口に入れると、ナデューは満面の笑みを浮かべた。

「んー、美味しい!」

 てちっと小さな竜が一口、お相伴に預かる。ぺろりと口の周りをなめ回し、満足げにうなずいた。

『でりしゃす』

 今日、初めて菓子作りに挑戦した子も多かった。生地の混ざり方も均一ではなく、焼き上がりもお世辞にもさっくりとは行かない部分が混じっていた。
 ルバーブの切り方も不ぞろいで、一流菓子店のパイには遠く及ばない出来栄えだったけれど……。

 その一言で、訓練生たちは嬉しそうに。そして誇らしげに、ルバーブのパイを口に運んだのだった。

     ※

 こうしてエミリオの初めての指導授業は無事に終わった。
 教室に戻る訓練生たちを送り出し、工房でレポートをまとめているとナデューがぽつりと言った。

「で、来週は何を作るのかな、エミリー」

 手を止めて、眉をしかめる。

「その呼び方止めてください」
「後輩たちの前では自粛したじゃないか、ね、エミリー?」

 確かにその通りだった。実習中はずっと『グレンジャーくん』。呼び慣れた乙女チックな呼び名は使わずにいてくれた。

「……バジルとオレガノのマフィンにしようかと」
「いいねーいいねー」

 浮き浮きしている。声がもうスキップしそうな勢いだ。

「食べる気満々ですね?」
「美味しいもの食べると幸せになれるよね!」
「………」

 今日は初めての指導授業で、内心ものすごく緊張していた。だけどこの人が居てくれたおかげで途中からすっかりいつものペースに戻っていた。
 そのことは感謝している。
 自分のことを気にかけてくれたんだろうか。それとも……単にお菓子を食べる機会を逃さなかっただけなのか。
 ちらっとナデュー先生の方を見る。金色の瞳がすうっと細められた。

「ね、ね、エミリー。マフィンにヒヨコ豆は入れる?」
「入れて欲しいんですね」
「うん!」
「……わかりました」

『ヒヨコ豆、追加』手元のノートに書き込むと、エミリオはくるっと丸で囲んだのだった。

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