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とりねこの小枝

3.薬草風呂どろどろ

2011/11/23 1:57 騎士と魔法使いの話十海
 
「ダーイーン。準備できたぞー」

 呼ばれて、浴室へと降りて行く。この家の浴室は半地下になっていて、密閉性は高いが、それなりに明るい。裏庭に面した地上部分に窓があるお陰だ。
 真ん中にでーんっと据えられたほうろう引きの浴槽の隣に、フロウが腕まくりして立っていた。

「そら、浸かれ」
「……これ、何だ」
「薬草湯」
「湯って段階じゃねえだろこれっ!」

 浴槽の中味は、青黒いどろっとした粘液がとぐろを巻いていた。
 でっかい木べらでかき混ぜると、ぼっこんと泡が弾ける。
 つーんと鼻を刺す刺激臭は、店で売ってる薬草とはケタ違いに『濃厚』だ。

「うん、まあエキスの他に、葉っぱそのまんまとか。すりつぶしたの、直にぶちこんでるからなあ。あと温泉からとってきた泥も若干」

 どうりで、腐った卵みたいな臭いがしてると思ったんだ、うん……。

「ここに入れと」
「だってしょーがねぇだろ。お前さん、全身くまなく傷だらけなんだぞ? いちいち塗ったくってたら追いつかないっつの!」

 フロウはぴたぴたと浴槽の縁を叩いた。

「これが、一番効率いいんだよ」
「………わーったよ」

 くるまっていた毛布をほどいて壁にかける。
 浴槽に歩み寄り、足を着けた。

 どろりとして、ざらりとして、何か、葉っぱや茎やらが浮いていて……
 泥沼みたいだ。
 だが、不思議と嫌な感じはしない。思い切ってずぶっと腰まで沈んでみる。
 湯加減も丁度いいし、何より体が一番欲しがってるものが、染みてくる。

「そうそう、その調子だ。肩までゆっくり浸かれ……」

 言われるまま、どっぷりと肩まで沈めた。顔のそばに来ると、においはさらに強烈だった。

「どうだ?」
「うん、効いてる。効いてるのはわかるんだが、このにおいどうにかなんねえのか? 何か、すごく目に染みるし、舌がいがいがする」

 うぇえっと口から舌を出したところに、べちょっと顔に薬湯(薬泥?)を塗り付けられる。

「おぶっ、が、げーっ」
「安心しろって、毒になるもんは入ってねぇから」
「にがっ、苦いっ」
「おう、良薬口に苦しっつーだろ」
「こ、このっ」

 思わず身を起こしてぎろりとにらみ付ける。フロウは目を細めて、手を伸ばし、くしゃっと俺の髪を、撫でた。

「いい子にしてたら、ご褒美やるよ」
「………わーったよ」
 
        ※    ※
 
 むすっとしながら、大人しく座るダインを見守りつつ、フロウは秘かにほくそ笑んでいた。
 本当は、ここまでする必要はないのだ。
 媒体となる薬草を飲ませて、術を使えば同様の効果を得ることができる。そのために調合した丸薬も、ちゃんと常備してある。

 あえて、青黒いどろどろの薬草風呂なんぞを用意したのは、純然たる趣味に他ならない。困り果てながらも結局は自分に従うダインを、見たかっただけなのだ。

 とは言え。

(まーた無茶しやがって、この馬鹿犬が!)

 若干、お仕置きの要素がない訳でもない。
 筋骨たくましいダインの体には、くっきりと縄で縛られ、引きずられた痕跡が残っていた。自分の見ていない所で、この誇り高い騎士さまがふん縛られて、鞭打たれたのかと思うと……。

(気に食わねぇ)
(いまいましい!)
(腹立たしい)

 それが純然たる怒りなのか。単に楽しげな場面を見そびれた憤りなのかは定かではないが、胸の奥が妙にざわつく。

「なあ、ダイン」
「んん?」
「お前に鞭食らわせた男さあ。今、どうしてる?」
「ああ、砦の牢屋にぶち込まれてる」
「そっか……牢屋、牢屋、ね」

(後でちょいと見舞いに行ってやろうかね。うちのワンコを可愛がってくれた『お礼』も兼ねて……)

「なあ、フロウ」
「んー、どーした」
「あとどれぐらい、ここに浸かってりゃいいんだ?」

 よほど臭いに辟易してるのだろう。眉が完全に寄っている。目尻も下がり、困った犬そっくりの顔になっていた。

「決まってんだろ?」

 にやりと笑って、顎をとり、上を向かせて囁いた。

「俺が、いいって言うまでだ」

 むうっと口をとがらせながらも、ダインは素直にこくっとうなずいた。

「わーったよ」

 そうだ、それでいい。

「いい子(good-boy)だ、ダイン。いい子(good-dog)だ」
 
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