2012/05/15 0:20 【騎士と魔法使いの話】
十四の年、俺は八年間育った伯母上の館を離れ、父の住む王都に引き取られる事になった。
騎士になると決めたのは自分の意志。だが父の元に行くのは気が進まなかった。
ほとんど顔も合わせた覚えのない父親と、その正妻たる女性が家族だって? とんでもない。
疎んじられてるのはわかりきってる。誰が好き好んでそんな相手に会いに行けるってんだ?
ディーンドルフの伯母上と、従姉のリーゼとその許嫁のハインリッヒ。姉上亡き今となっては、彼らこそが俺の家族だった。
王都に出発する前夜、リーゼは俺の頭を膝に乗せ、髪を撫でて言ったもんだ。
「いいこと、ディー。ハンメルキンの家が気にくわなかったら、いつだって帰ってきていいのよ! ここはあんたの家なんだかね?」
そう言ってリーゼは緑の瞳をめらめらと燃え上がらせ、きっとばかりに北の空を……王都の方角をにらみ付けた。
「だいたい叔父上も勝手すぎるのよ! 8年間一度も会いに来なかったくせに、今さら自分の屋敷に来いだなんて!」
「ありがとな、リーゼ。でも俺、騎士になりたいんだ」
「だったら、ハインリッヒの従騎士になればいいじゃないっ」
「でも身内だろ? それじゃ鍛錬にならない」
リーゼの婚約者は、俺を弟みたいに可愛がってくれた人で、剣術の手ほどきをしてくれた。
でも、だからこそ優し過ぎる。子供の頃ならいざしらず、今はそれがわかってしまうんだ。
頬にうっすら残る傷跡をなぞる。
稽古をしていて、受け損ねた時の物だ。教わった通りにできなかった結果だ。
だがその時、ハインリッヒは真っ青になっていた。俺が失敗したことよりもまず、怪我をしたことを案じてくれた。それこそが、彼の優しさと愛情の表れなのだけれど……。
その時、俺も、そして他ならぬハインリッヒ自身も、限界を感じたのだった。
「もっと強くなりたい。だから、王都に行くって決めたんだ。ハインリッヒも賛成してくれた。このままじゃ俺が伸びないって」
「もう男の人ってわけわからないし!」
ぷうっと頬をふくらませて、リーゼは俺の頭をなでた。
「愛してるわ、ディー。私も、お母様も。どこに行ってもあんたは大事な弟よ。それを忘れないで」
「うん………俺も大好きだ」
あったかい膝の上、優しい指に髪を撫でられて。
この時交わした言葉が。伯母上たちから注がれた愛情が、どれほど支えとなったことだろう。
王都で過ごした六年間。針で編まれた絨毯の上で、悪意と言う名の見えない茨に打たれ続けた日々の……。
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