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とりねこの小枝

【16-1】春闇膝枕★

2012/05/15 0:18 騎士と魔法使いの話十海
 
 春も半ば。窓を開けると涼やかな薬草と甘い花の香りの溶け込んだ、ぬるい空気が流れ込む。そんな気持ちの良い夜のこと。

「ぴゃあ!」
「よし、行ってこい」
「んぴゃっ」

 ふわふわの長いしっぽでするりと俺の頬を撫で、ちびは夜の散歩に出かけて行った。かすかな羽音が裏庭を舞い、ハーブの間を月光の落とす青い影が飛び回る。自分専用の出入り口があるってのに、何だって毎度毎度人に窓を開けさせるんだろうな?
 まったく猫って奴は。(羽根が生えてるけど)

 にじみ出す笑いをかみ殺しつつ、寝室に上がると……
 フロウの奴が、ちょこんとベッドの縁に腰かけて待っていやがった。
 何やってんだ? いつもならさっさと横になってるのに。本を読んでるでなし、書き物をしてるでなし。両膝をそろえて妙に行儀良く座ってる。
 俺に気付くと、ぱたぱたと傍らを叩いて、のほほんと間延びした声で呼びかけてきた。

「ダイン」
「何だ?」
「膝枕」
「はい?」
「ひ~ざ~ま~く~ら~」

 また、ぱたぱたとベッドの表面を叩く。
 いくら俺でも、そこまでされれば何を要求されてるか察しはつく。

「わーったよ。ったく何考えてんだか」

 どかっと、わざとほんの少し離れた位置に腰を降ろす。
 こんな時はベッドのでかさがありがたい。
 いきなりすぐそばに座るのは、さすがにむず痒いってぇか、気まずいってぇか、要するに、恥ずかしかったんだ。

「そら。さっさと来い」
「んー……」

 ぺたぺたと太ももを叩くと、フロウはもぞもぞっと、芋虫みたいに這い寄ってきて、ぽふっと膝に頭を乗せた。
 うひい、むちっとしてる。あったけぇ!

「何つー動き方するかな、この親父は」
「んーな離れたとこに座るからだ」

 気持ちよさそうに目ぇ細めてやがる。

「うぃー、あったけえ」

 寛いでるよ、このおっさんは……。こっちはそれどころじゃない。心臓がばっくんばっくん飛び跳ねて、こめかみのすぐ内側でがぉん、ごぉんと低い音がする。
 膝枕って言うけど、ここ、膝か? どっちかっつうと太ももなんじゃないか?
 足の上に乗っかったころっとした頭が。ふわふわの枯れ草色の髪の毛が触れて、こすれて、くすぐったいったらありゃしない。
 しかし、ここで動いたら寝心地悪かろう。こんなにも無防備に、体預けてるんだから!
 動くまい、揺らすまいとぎちっと背筋を伸ばして、固まっていると。

「かたいなーお前」

 ぼそっと言われた。 

「しょうがねぇだろ! 経験がないんだよっ」
「いや、筋肉と骨がさ?」
「んがあっ」

 がっくんと顎が落ちた。
 こっちを見上げて、にまにましてる。
 やられた。完全に遊ばれた。目一杯、誘導尋問に引っかかった。

「そっかー、ダインくんはまだ経験なかったのかー、膝枕」

 あーまったく、俺を引っかけた時って最高にいい顔するよな、お前って! 
 むっとして言い返す。

「したことはな」
「されたことは、あると」
「う、あ……そ、それなら」
「言っとくが、子供の時の分はノーカウントだからな」
「何それ」
「んー、俺ルール?」

 ぱちぱちとまばたきして、首かしげてやがる。蜂蜜色の瞳をきらきらさせて。
 くっそー、くっそー、好き放題言われてるはずなのに、何でこんなに時めくのか、この中年親父に!
 悔し紛れに、ぐっと腹に力を入れる。

「おおう、かたいなー腹筋」
「……鍛錬してるからな」
「どれどれ」

 ころんっと寝返りを打って横向きになり、腹筋によりかかってきた。背中を丸めて、ぐい、ぐいと体を押し付けてくる。ムキになって腹に力を入れた。ばんばんに張りつめた筋肉の上で、ころころあったかい体が弾む。

「こりゃいいや」
「……俺が犬ならお前は猫だな。蜂蜜色の猫だ」

 ちょん、と鼻先を突いてやると、もぞもぞと身じろぎして、交差させた手で顔を隠してしまう。
 くすぐったかったのか。

「猫みたいに可愛げがあるなら良いんだがねぇ……」

 くぐもった声が答える。ここぞとばかりに手を伸ばし、無防備な腹を撫でてやった。さすってやった。

「っこら、どこ触ってやがる!」
「んー、腹?」

 ぺちっと手を叩かれる。

「ったく、猫ならちびが居るだろ。」
「そう言う意味で言ってるんじゃない」
「じゃあ、どういう意味だよ」

 逃げる振りして引いた手で、太ももをなでた。手のひらに、自分以外の生き物の暖かさと、湿り気、確かな肉の質感が染みてくる。ぴく、ぴくっと膝の上に、フロウが震えるのが伝わって来る。

「猫みたいにあったかくて、やわらかくて、しなやかで可愛いなって」
「………いや、それは……買いかぶり過ぎだろ」

 奴は一瞬ポカンとしてから、カァッと耳まで赤くなる。
 思わず前のめりになってのぞき込むと、ごろっとうつ伏せになって、俺の太ももに顔を埋めてしまった。

 やっぱり猫じゃないか。そっくりだ。
 くしゃっと髪をかきあげて、きゅっと耳たぶをつまむ。早くも火照って汗ばむ指先で、直にすべすべした肌の手触りと体温を味わう。

「買いかぶってなんかいないぞー。こらフロウライト。聞いてるかー」

 顔を埋めたまま、奴が叫ぶ。

「知らん!俺は何も聞いてないっ! ってかフルネームで呼ぶなっ!」
「息当たってるぞ……こら」

 さらに耳たぶから首筋、背中へとなで下ろしてやる。

「何でフルネーム呼ばれるの、いやがるんだ?」
「……っん、ぁっ………宝石の名前とか、女みてぇだろうが」

 一瞬、ぽかんと呆気にとられる。

「そんなこと気にしてたのか?」
「……」

 くるりと寝返りを打って仰向けになると、フロウはじーっと俺を見上げてきた。
 襟元が乱れて、年相応に少しゆるんだ咽が。その割にくっきりきれいに形の浮いた鎖骨がのぞいている。服のすき間から、薬草と肌の香りが溶け合った、うっとりするような甘いにおいが立ち上る。

 こくっと咽が鳴っていた。

(ああ)
(ああ)
(今すぐ押し倒してぇ!)

 ぐぐっと身を乗り出そうと力をこめた、その時だ。

「で。された事はあるのか、膝枕」

 くそ、しっかり覚えてやがる!

「あるさ。それぐらい!」
「へー、ほー、ふーん」

 うーわー。目ぇ半開きにしやがって。鼻で笑ってる。信じてないな。思いっきり疑ってるな?

「いつ。誰に?」
「そ、それは……俺が正騎士になった頃だから……一年前か」
「ありゃ、意外」
「何で」
「最近の話だったんだなーって」
「うん。そうだな」

 自分でも正直驚いていた。
 あのことを、こんな風にひょろっと口にすることができるなんてな。
 まだ一年。たった一年しか経っていないのに。

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