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とりねこの小枝

【16-9】祝福されし者よ★

2012/05/15 0:36 騎士と魔法使いの話十海
 
「後で教官から聞いた話なんだが、リーゼとハインリッヒは俺からの手紙を受けとって、すぐにすっ飛んできたらしい」

 と言ってもさすがに現役の領主夫妻が館を空けるんだ。何のかので準備に手間取り、王都に着いたのはちょうど俺が、礼拝堂に篭ってる時だった。

 そうと知らずに訓練所に行って、オーランド教官に声かけたんだな。

「あの、こちらにディーは……ディートヘルムはいますか?」
「貴女は?」
「申し遅れました、アネリーゼ・ディーンドルフと申します」
「ああ、あんた、ダインの従姉(ねえ)さんか!」
「ダイン?」
「うむ。ここじゃ皆そう呼んでるよ。ディーンドルフを縮めてダインってね」
「あの子ったら……」

 リーゼは頬を染めて、そりゃあもう嬉しそうにほほ笑んだ。だが教官の次の言葉を聞いて、血相を変えた。

「いやあ、良かったよ。安心した。せっかくの騎士宣誓の日に、身内が一人も来ないってのはあんまりに寂しいもんなぁ」
「何……ですって?」

 教官曰く、『髪の毛がもわっと逆立ち、緑色の目がめらめらと燃え上がって、そりゃあもう美しくもおっそろしい』形相だったそうだ。

「あンの薄情者の甲斐性無しがーっ」
「リーゼ、リーゼ! 落ち着いて」

 ハインリッヒになだめられなきゃ、そのまんま男爵家に乗り込みそうな勢いだったらしい。

「あの、それでは授与者は誰が?」
「俺が頼まれた」
「そうですか……あの子は、あなたを信頼しているのですね」
「幸いなことに、な」
「だったら私の気持ちもわかってくださいますよね?」

 そして、彼女は言った。

「………あの……その……大それたお願いだって言うのは、重々承知で申し上げます。授与者の役を、私に譲っていただけませんか? 私はディーンドルフ家の当主です。女領主で、あの子の家族です。授与者たる資格があります!」

「そいつぁ、何とも、願ったりかなったりだ!」

 オーランド教官は二つ返事で頷いた。もとより、ご婦人の頼みを断る人じゃないしな。

「うん、ダインの奴も喜ぶだろう。本当に、あんたが間に合って良かったよ、レディ・ディーンドルフ」 

     ※

「で、お前さんはディーンドルフの騎士になった、と」
「うん」
「っかああ、もったいねぇなあ!」
「何で、そうなる」

 フロウは弾みをつけてむくっと起き上がった。

「だってよお、お前、それじゃ男爵家の家督相続権は」
「きっぱり捨てた」
「もったいねぇなあ。れっきとした息子だってのに。爵位継ぐのは無理でも、それなりにいい暮らしが約束されたはずだろ?」

 確かにその通り。だが祝福されない地位だ。望まれない財だ。

「ったくどんだけ世渡り下手なんだお前さんは! 男爵家の家名を継いどけば、こんなど田舎に飛ばされる事もなかったろうによぉ」
「いいんだ。こっちに来たから、お前に会えた」

 立て膝で座ったまま、フロウは膝の上に顎をのっけて、じとーっと上目遣いに見上げて来る。

「馬ぁ鹿」

 ほんのりと赤らむ頬を手のひらで包み、顔を寄せる。

「言ってろ、ばか」

 憎まれ口の最後の一音は、重ねた口の中へ吹きこんでやった。

    ※

「……誰かに膝枕されたのは、それが最後だ」
「ふーん……」

 わんこの頭を膝に乗せ、髪を撫でる。しっとり汗ばんだ金髪混じりの褐色が、指にまとわりつく。耳の後ろをくすぐると、目を細めて身じろぎした。

「お前さん、さっきさくっと暗殺されかけた話、したよな」
「よくある話だろ?」
「そりゃ、まあそうだが……自分の事だろうがよ」
「別に、それが初めてじゃなかったから」

 図太いのか鈍いのか。知ってるようで実はこのわんこのことを知らなかったんだなと思う。

「お前の半生、一度じっくり聞いてみたいよ」
「機会があったら話す。でも今は……何か、疲れた」

 ほんとうに、ダインは疲れた顔をしていた。毛づやもないし、目からも声からも力が抜けている。

(あー、あー、あー。自覚してないだけで、しっかりダメージ受けてるじゃねえか、こいつ!)

「この話、ニコラには内緒だぞ。あ、シャルダンにもな」
「何で」
「聞いたら、きっと泣く」

 違いない。シャルはダインへの深い思いやりから。ニコラは激しい怒りと悔しさで。
 だが、どちらも優しさである事に変わりは無い。

(ったく。姫様の涙は見たくないってか?)
(どこまでかっこ着けるかね、この意地っ張りは!)

 騎士の誓いには爾来、名誉も誇りも含まれぬ。
 騎士であるから、かくあらねばならぬと己を律し、挫けた心を奮い立たせる。ぼろぼろになるほど歯を食いしばり、涙も汗も一緒くたに飲み込んで立ち上がる。
 その時、名誉とか誇りって言葉が必要になるのだ。

「寝てろ、ばぁか」
「うん……」

 ゆるゆると頭を、首筋を撫でる。ダインは目を閉じて、顔をすり寄せてきた。

「あったかいな……気持ちいいな……」
「そりゃ、どうも……」

 そのまま抱き寄せ、寄り添い、横になる。
 ゆっくり眠れ、ダイン。
 祝福された、ディーンドルフの騎士よ。

(望まれなかった騎士/了)

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