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とりねこの小枝

【16-4】闇より矢は放たれる

2012/05/15 0:24 騎士と魔法使いの話十海
 
 流れる黒髪、血管が浮くほどの青白い肌、血のように赤い唇。
 ハンメルキン男爵夫人はその美貌を磨くのと同じくらい、義理の息子を貶める為の努力を惜しまなかった。 

『その左目は魔族の血を引く印』
『忌まわしい』
『汚らわしい』
『お前は呪われている』

 影に日なたに言われ続け、ダインが騎士の修業を続けること6年。
 同期の訓練生達は次々と宣誓の儀式を済ませ、正騎士となってそれぞれの任地へと旅立って行った。
 訓練所にもすっかり馴染み、さすがに従騎士としてはトウが立ちすぎてはいるものの。苛められる機会は徐々に減り、ダイン本人にしてみればそれほど悪い暮らしではなかった。
 
 そして彼が二十歳になって間も無い春。ようやく、騎士宣誓の儀式を受けることが許された。
 庶子とは言え、いつまでも男爵家の息子が従騎士では体裁が悪い……それが理由であったにせよ。

 男爵夫人は焦った。
 6年の歳月を経て、ダインは父親の若い頃に瓜二つの頼もしい青年に成長していた。
 剣の腕はいよいよ冴え渡り、勇猛果敢な性質と相まって従騎士ながらも一目置かれるようになっていた。
 かろうじて嫉妬に根ざす蔑みの方が勝ってはいたが……長きにわたり従騎士に留まることは、いきおい彼が訓練所でも古株になることに繋がっていた。

 とかく年かさの者が威張り散らして新入りをいたぶる中、ダインはあくまで彼らに対して公平に接した。平民出身であろうと、年下であろうと、優れた所は認め、評価した。
 自らが過ちを冒した時は、躊躇せずに謝罪した。それこそ、東方に旅立ったロベルトから教えられた通りに。
 誰にでも分け隔てなく接し、田舎育ちから得た経験から、まき割りや武具の手入れ、馬の世話と言った下働きのするような仕事も進んでやる。困っている者に行き合えば迷わず手を貸し、惜しみなく力を尽くす。
 加えてまっすぐな性質故に、ダインは好かれた。
 後輩や、町の住人たち、とりわけ底辺に生きる人々に。

(このまま訓練所に留まっていても、結果は良くない)
(だが忌まわしい愛人の子がハンメルキンの騎士になるなど、もっての他)

 男爵夫人は一計を案じ、腹心の部下を呼び寄せた。

「イアーゴ、頼みたい事があります。また私のために働いてくれますね? 十四年前のように………」
「仰せの通りに、レディ」

 夜の闇の中、秘かに放たれた悪意と言う名の見えない矢。その切っ先が己に向けられていることを、ダインはまだ、知る由も無かった。
 
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