ようこそゲストさん

羊さんたちの遊卓

【9-9】3倍でもまだ足りない

  
「……で。結局その子、どこの猫だったの?」
「うん、四丁目の櫻井さんとこのシロの子だった」
「あー、はいはい、乾物屋さんの」
「乾物屋さんって……いりことか、かつぶし売ってる?」
「うん」
「セレブだ……(猫的に)」
「セレブだネ(猫的に)」
「そっか、君の家は四丁目か……人間にとってはすぐ近だけど、子猫の基準だと、けっこう大冒険よね」
 
 羊子はつん、とピンク色の子猫の鼻を人さし指でつついた。

「根性あるなぁ」
「み」

 子猫は目を細めて指先を舐めた。

「それじゃ、ちょっとこの子送ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」

 ぞろ、ぞろ、ぞろ。猫をひきつれ一同、サクヤを玄関まで見送った。

「風見、ロイ」
「はい」
「情報提供者をおもてなししといて。その間に私、昼ご飯用意しとくから」
「おもてなし、ですか……」

 足下には猫の群れ。鼻をふくらませ、尻尾をつぴーんと立てて期待に目を輝かせてる。

「これを、ね」

 もさっと手渡されたのは低塩いりこ、大袋入り。袋のラベルは確かに『櫻井乾物店』。

 何となく床に直まきするのは申し訳ないような気がした。しかも、こんな寒い玄関先で。
 結局居間に引き返し、古新聞をしいていりこをぱらぱらと盛った。

「……どうぞ」
「にゃー」
「みゃ」
「んなーっ」

 ぱりぱりぱり、さくさくさく……。
 猫の食べる音も、これだけ集まるとけっこう響く。雨が降っているような錯覚にとらわれる。全員が満足する頃には、さしもの大袋も半分くらいに減っていた。

「お待たせ。ご飯できたよ」

 おたま片手に、ひょい、と羊子が顔をのぞかせる。

(あ、ちょっと雰囲気ちがう?)

 巫女装束の上から白いかっぽう着を着ていた。

「炬燵で食うか? それとも食卓?」
「……あったかい方で」
「OK。じゃ、そこのお皿、向こうに運んでくれる」
「ハイ」

 おせちの重も並んでいるが、メインのおかずはコロッケ。こんがり小判形のキツネ色、千切りキャベツたっぷり、トマトを添えて。
 台所の中には香ばしい熱気がただよっている。あらかじめ作り置きしたのを冷凍して、食べる分だけ揚げていったらしい。

「こっちのはサクヤちゃんの分っと……」

 ぴっと一人分、とりわけてラップで包んでいた。

「ご飯どんだけ食べる?」
「もーちょっと」
「追加ね?」
「いや、もーちょっと少なくていいです……」
「小食だなあ」
「先生を基準にすれば、大抵の人は小食デス」

 3人で炬燵に座り、きちっと手を合わせた。

「たなつものもものきぐさも あまてらす ひのおおかみの めぐみえてこそ……いただきます」
「いただきます」
「イタダキマス」

 さく、と揚げたてのコロッケを口に運び、もぎゅ、もぎゅっと噛む。
 2秒ほどして、風見は顔を真っ赤にして、のどの奥からくぐもったうめき声を漏らした。

「んぐっ」
「どうした?」

 目を白黒させながらも最初の一口を飲み下し、かすれた声を絞り出した。

「か……」
「か?」
「辛いっ!」
「あっ」

 慌てて断面を見ると、赤い! 半端なく赤い。かなり赤に近いピンクの中に、真っ赤な水玉模様がぎっしり詰まっている……これは輪切りにした鷹の爪だ!

「ごめんっ、それ三上さん専用の激辛明太子入りだ!」

 電光石火の早業でロイがコップに満たした水を持って参上。

「水! コウイチ、水を!」
「うぐぐぐ、うっんぐっ」

 むせかえりつつ水を飲み下すと、風見はふーっと深く息を吐いた。

「すまん。大丈夫か?」
「え、ええ……大丈夫です……三上さん、いっつもこんなの食べてるんだ」
「うん。ロイから土産でもらったソースかけて食べてる」
「うわぁ……」
「びっくりしたろ? 別のと取り換えるからちょっと待ってろ」
「い、いえ! そんなもったいない。口つけた分は全部食べます!」

 幸い、三上専用のコロッケは一つだけだった。ちょっとずつ、ちょっとずつ。キャベツに混ぜて口に運ぶ。白ご飯の熱さが痛くて、とても一緒には食べられない。
 汗だくになって四苦八苦する風見を見かね、ロイが申し出た。

「半分手伝うよ」
「……いや、でも」
「コウイチ、無理しちゃダメダ」
「うん、じゃあ……ちょっとだけ」
「がんばれ。水ならいくらでもあるからな」

 そして、二人は一つのコロッケを分けあった。ひーはー言いながら、ゆでダコのように真っ赤になって。
 
 その頃、参道では。
 無事に子猫を送り届け、足取りも軽く戻ってきたサクヤの姿を、先刻すれ違った巫女さん好きの青年が再び目撃していた。

(あ、さっきの眼鏡巫女さんだ……やっぱ可愛いな……って!)

 ごく自然に胸元に引き寄せられた彼の目は、次の瞬間、限界まで見開かれた。

(ない!)
(ぺったんこになってるーっ!)
 
 今度は保護すべき子猫はいない。
 向けられた視線に気付き、サクヤはちらりとそちらを見やり……ほほ笑んで、一礼した。
 
(OKOK! 可愛いからOK!)

 ぽーっとなったまま、青年はぎくしゃくと礼を返し……遠ざかるサクヤの後ろ姿を見送った。
 
(……いい。この神社いい! 大好き! 神様、ありがとう!)
 
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