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▼ 【5-9】対決!!
【エピソード5】
3体の魔女が地を蹴って宙に飛ぶ。岩山を飛び歩く山羊さながらに、3つの方向から襲いかかってきた。
「そこ!」
びしっと指差すサリーの指先から細い電光がほとばしり、真っ向から魔女の胸を貫いた。
「ギィヤアアア」
ばちばちと強烈な電撃に当てられ、青白い光に包まれて、魔女は苦悶の表情で身をよじる。
「あわ、あわわわ、しび、しびれるううう。このっ、キモノガール、よくもやったわねっ」
ずだぼろになりながらも角を振り立て、爪をひらめかせてサリーにつかみかかろうとした。
が。
「ガウ!」
子牛ほどもある狼が飛びかかり、のど笛にくらいつく。
天敵のひと噛みに山羊角の魔女は悶絶し、耳障りな絶叫を残して地に倒れた。
「グルルル……」
狼は容赦なく倒れた魔女にのしかかり、のどを締め上げる顎に力を入れた。ぽっかりと開いたうつろな目から黒い霧が二筋ゆらゆらと立ちのぼり、枯れ木のような指が空中をかきむしる。
「グゥワウ」
ぼきっと骨の砕ける音がして魔女の体が痙攣し、動かなくなった。
ピクリとも動かなくなった赤い塊から顔を上げる狼にサリーが呼びかける。
「ありがとう、ランドールさん」
狼の足下には、ランドールがさっきまで身につけていた衣服が抜け殻のようにそっくり脱げ落ちていた。
「……また、脱げちゃったんだ………」
「キュウン」
きまり悪そうに耳を伏せ、ぱたぱたと尻尾を振った。
仲間が倒れるのを見るや、魔女の一人は角を振り立てて頭から突っ込んできた。
「よーっくも妹をやったわねっ! アンタらちょームカつくーっ」
ドカカカカッ!
横合いから手裏剣が飛んできて、魔女の体に縦一列に突き立った。
「ひぎっ」
勢いがそがれたところに風見が切り掛かる。赤い衣に包まれた胴体を、無造作にも見える太刀筋でざっと一なぎ。問答無用、電光石火、横一文字に切り捨てた。
傷口からおびただしい黒い霧が吹き出し、魔女はカサカサに乾涸びて倒れ伏す。
「風神流居合…『風断ち』(かぜたち)」
ぱちりと刀を収めると風見は顔をほころばせて相棒を見上げ、ぐっと拳を握り親指を立てた。
「さんきゅ、ロイ!」
「グッジョブでござる、コウイチ!」
白い歯をきらめかせて金髪ニンジャは爽やかにサムズアップを返した。
「くぅう、こいつら、強い、強いよ……」
最後に残った一体は無駄にぴょんぴょんとそこらを跳ね回っている。隙をうかがっているのか、あるいは単にうろたえているのか。
「どうやら、残ったのはあなただけみたいね」
跳ね回る魔女に向かってヨーコがびしっと人差し指をつきつけた。
「いたいけな子どもに取り憑き、あまつさえその家族すら毒牙にかけんともくろむとは断じて許しがたし。結城神社の名にかけて、きちっとお祓いしてさしあげるわ!」
「よーこさん、よーこさん」
「何、サクヤちゃん?」
「そう言うときって神様のお名前をあげるのが筋ってもんじゃないかなあ」
「………タケミキャヅチ………タケミカジュチ………タケミ」
「はいはい、噛んじゃうのね」
「うん」
ちらっと山羊角の魔女はヨーコの様子をうかがった。
武器、持ってない。えらそうにしてるけど、あの嫌なビリビリする光も出さない。牙も爪もない。何より一番、小さい。
「こいつが一番弱い!」
高々と空中に跳ね上がり、一気に鋭角に突っ込んできた。
「角で引っ掛けてぇえええ、ざっくり血祭りぃいいいいいいいい!」
ヨーコは逃げない。避けようともしない。ただ右手をまっすぐに伸ばし、開いた手を握っただけ。
手のひらの中にチカっと銀色の光がひらめき、一瞬ではっきりした形になる。
二連式の銃身、ほとんど装飾のないシンプルな外観の中折れ式の小型拳銃。それはロイの祖父の用意してくれたものに比べるといささか古びていて、グリップの所に目立つ傷が一筋、斜めに走っていた。
「ぎ?」
慌てて魔女は方向転換を試みるが今更止まれる訳がない。
真っ正面から向き合った状態、至近距離でぴたりと狙いをつけられる。
BANG!
轟音一発ボツっと魔女の額に穴が空き、後頭部に銃弾が突き抜ける。
頭を射ち抜かれ、衝撃でもんどりうって倒れた体からじゅわじゅわと黒い霧が立ちのぼった。
「……当たりに来てくれてありがとう」
にやりと笑うとヨーコはくるりと銃をスピンさせ、元の場所へと戻した。
はるか日本の自分の部屋の、秘密の隠し場所へ………夢の中では、物理的な距離は関係ないのだ。
魔女は倒れた。
しかし、彼女たちの残した悪夢の檻は未だに生きている。少年の心の闇に巣食い、なおもその根を伸ばして彼を絡み取ろうとしている。
「先生、オティアが!」
「いけない。あの子をこっちに誘導しなきゃ……」
乾涸びた影の根で編まれた檻の中に居る限り、彼の意識は漂い続ける。繰り返し再生される過去の陰惨な記憶の中を。
現に今、この瞬間もオティアの力を吸収し、ざわざわと地面の底から新たな羽虫の群れがわき出しつつあった。
「何か……安心できるイメージを……」
「わかった。ヨーコさん、手伝って」
「うん」
サリーとヨーコは寄り添い、手をとりあった。
風見とロイ、そして狼に変身したカルは二人の巫女を守るために進み出て、羽虫の群れを迎え撃つ。
「あの子が安心できる場所を……」
瞳を閉じて念じる。二人の記憶の中にある場所に意識を重ねて印象を呼び覚まし、思い浮かべる。
あの場所に何があっただろう。何が聞こえただろう。空気の質感、温度、ただようにおい、そこにいるはずの人たちの顔、声、気配。
淡い金色の光が重ねた手のひらから広がり、白い袖、緋色の袴がふわりと舞い上がる。
あたたかな空気の流れに沿って光の粒が細かく舞い散り、一つの部屋の形を成して行く。
どっしりした木の食卓。北欧産のオーダーメイドの一点もの、材料はウォールナットの無垢材。
キッチンと食堂の間はオープン式のカウンターで区切られ、台所からはあたたかな湯気が漂って来る。
食卓の上には食器と皿が並べられ、誰かが来るのを待っていた。
その間にも羽虫の群れがうなりを立てて押し寄せていた。明らかに焦っていた。後から後からわき出し、数を頼みになりふり構わず二人を止めようとしていた。
しかし捨て身の攻撃も閃く太刀と正確無比に射たれる手裏剣、力強い牙と爪に削ぎ取られ、阻まれる。
サリーが目を開き、少年の名前を呼んだ。
「オティア!」
ぴくりと少年が身を震わせた。
「おいで、オティア」
きょろきょろと周囲を見回し、立ち上がった……ごく自然な動きで。夢魔の編んだ影の檻が、ばらばらにほどけて崩れ落ちる。だが、まだ完全には消えていない。
地面の上で芋虫のようにのたうち回りながらオティアめがけて這いよろうとしていた。
急がないと……
「オティア!」
(オティア)
「オティア!」
(オティア)
鈴を振るようなサリーの声にもう一つ、だれかの声が重なり響く。よく通るバリトン、だが名前を構成する音の一つ一つにまで包み込むような温かさがにじむ。
「オティア」
(オティア!)
オティアが歩き出した。
最初はぎこちなくゆっくりと。
檻の名残りが弱々しく足首に絡み付いた。
「オティア!」
(オティア!)
すっと一歩、迷いのない動きで前に出る。まとわりつく檻の名残りを苦もなく振り切って、ふわふわと寄り添い飛び回る白い光を従えて。
一歩、また一歩と着実に早さを増し、まっすぐに歩いて来る。
食卓に向かって。
もう少し………。
(オティア!)
食卓にたどり着くと、彼は迷わず椅子の一つに向かって歩いて行く。そこは彼のために用意された場所だった。
いつでも彼を迎え入れてくれる。
わずかに。
ほんのわずかにオティアの顔がほころんだ。それは、こわばりが抜けた程度のささやかな変化でしかなかったけれど……。
その瞬間、秋の日だまりにも似た柔らかな金色の翼が広がり、少年を迎え入れた。
オティアの姿が変わって行く。さっきまでやせ衰え、ぼろぼろの薄い服をまとっただけだったが今は見違えるようにふっくらして……あたたかそうな青いセーターを着ていた。
(お帰り)
ふわりと赤い髪がゆれ、だれかが笑いかけた。小さな白い光を抱きしめて、金色の翼に包まれて、オティアの姿は徐々に薄れ、食堂のイメージとともに光の中へととけ込んでいった。
同時に羽虫の群れの発生もようやく止まる。
ふう、と息を吐くとヨーコも目を開けた。
「……今の赤い髪の天使、投影したの誰?」
「……俺じゃないよ?」
「俺も、応戦で手一杯で」
「拙者もでござる」
「じゃあ……やっぱり呼ばれちゃってたんだ、彼」
「危なかったなあ……」
「ううぬぬぬぬぬ」
ロイが拳を握って身を震わせた。
「子を思う親心に付け込むたぁふてぇ野郎です。断固許すまじ!」
「ほんと、熱いなあ、ロイ」
※ ※ ※
はっとオティアは目を開けた。毛布にくるまれ、書庫の床の上で。胸元では真っ白な子猫がうずくまっている。そしてすぐそばにディフが膝をついてのぞきこんでいた。
「……ああ、起きたか。大丈夫か?」
「ん……」
そう言えば何となく呼ばれていたような気がする。でもあの声はディフだけじゃなかったような……。
ああ、なんだかものすごくだるい。
「心配したぞ。いつもは近づいただけで起きるのに、呼んでも目、さまさないから……」
ヘーゼルブラウンの瞳がじっと見下ろして来る。
のろのろとうなずく。
もう大丈夫だから。
今はただ、眠いだけだから。
ディフがうなずいた。
口に出すのもおっくうだったが、わかってくれたようだった。目を閉じて枕に顔をつける。体の上にもう一枚毛布がかけられた。
「……おやすみ」
何があってもディフは決して自分に危害を加えない。少しばかり過保護だけど着るものや食べるものの世話をしてくれるし、今の自分にとって信頼できる雇い主だ。
だから……安心して眠っていいのだと思った。
※ ※ ※ ※
一方、夢の中では一仕事終えたハンターたちが後片付けをしていた。あちこち夢魔に食い荒らされたオティアの夢を可能な限り修復し、そこ、ここにしつこくはびこる悪夢の根っこや羽虫どもの残党を取り除く。
さっきの戦闘に比べればいたって楽な作業だ。
自然と口数も増えてくる。
「ビビの弱点、一つ見つけたね。狼に弱いんだ」
「山羊ですからね」
「わう!」
「どうして今まで気づかれなかったのかな」
「うーん、狼って欧米ではよくないモノの役割振られてるからじゃないかな。狼憑きとか、人狼(ル・ガルー)とか」
「ああ、なるほど。どっちかって言うと憑く方なんだ」
「日本だと、逆に山の神様や憑き物落としの神獣だったりするんだけどね。三峰神社とか」
「大神と書いて『おおかみ』って読む説もありますしネ」
「そうなんだ」
「ほんとカルがいて助かったわ」
ランドールは二本足ですっくと立ち上がり、胸を張って爽やかに笑みかけた。
「光栄だよ、ヨーコ」
「カル…………」
にっこりほほ笑むと、ヨーコはついっと地面に散らばる黒マントその他衣類一式を指差した。
「着なさい」
「おっと」
いそいそと服を着るランドールから四人はそっと目をそらした。行儀良く、さりげなく。
「変身のたびに全部脱げちゃうのが難点ですよね」
「何度も練習したんだけどね……現実の感覚が抜けないらしくって」
「でも、確実に狼に変身できるんですよね」
「うん、あとコウモリに」
「さすがルーマニア系」
「カル、まーだぁ?」
「もう少し…………」
5人はまだ気づかない。倒したはずの魔女の姿がじわじわと変わっていることに。
確かに倒れたときは赤い衣を着た背の高い女だった。
しかしそれが今、縮んでねじくれ、別の形に変化している。長い首、細い四本の足、よれたあごひげ、二つに割れた蹄。節くれ立った角の生えた、黒い山羊へと……。
「よし、終わったよ」
ほっと安堵の息をつくと風見とロイ、サリーとヨーコはランドールに向き直った。まだちょっと襟元が乱れたり髪の毛がくしゃくしゃだったりしているが少なくとも服は着てくれた。
「OK、それじゃあたしたちも現実に戻ろうか………」
風が吹く。
ブーーーーーーーーーーーーーフゥウウウウウウウウウウウウウウウ………………
禍々しいうめき、生臭いにおいはさながら獣の息吹。
はっと身構える間もなく地面から真っ黒な紐状の何かが走り、3人の胸を貫いた。
「うっ」
「あうっ」
「くっ」
「サクヤさんっ。先生っ」
「Mr.ランドールっ?」
びっくん、とサリーとヨーコ、ランドールの体が痙攣する。
「しまった!」
駆け寄ろうとしたその刹那、目に見えるもの、触れるもの、聞こえる音、全てが形を失い、崩壊した。
※ ※ ※ ※
「う………」
凍えるような明け方の風。頭上でざわめく木々の枝。
まちがいない。ドリームアウト……強制的に夢からはじき出されてしまったらしい。舌の上にいやな苦みが。耳の奥に鈍い衝撃が残っている。
「コウイチ……大丈夫?」
「ああ。平気だ……これしき……」
風見とロイは互いに支え合い、立ち上がった。
木を中央に、東西南北四方に盛ったはずの塩がべちょべちょに溶けてしまっている。
「結界が消失しちゃったんだ……」
「だから放り出されたんだネ」
自分の意志で抜け出したときと違って感覚の切り替えが上手く行かない。音も、視界も、触覚も、薄紙を挟んだようにどこかぎこちなく、遠い。
「そうだ! 羊子先生! サクヤさん! ランドールさん!」
夢の終わる間際、影に貫かれた三人の姿が脳裏に蘇る。
「先生! どこですか、先生!」
「かざみ……?」
灌木の茂みの向こうでよれよれと、だれかが起き上がる気配がした。
「先生っ」
「ご無事だったんですネっ」
「ロイ。お前も無事だったか!」
おかしい。確かに先生の声だけど、何だか、妙に……甲高い。裏声? こんな時に?
「あーったくあの魔女め、やってくれるよ……」
がさがさと枝葉がかき分けられ、にゅっと声の主が顔を出した。
「よーこ……せん……せい?」
「どうした。二人とも妙に背がのびたな」
「いや、そうじゃなくて」
「先生が………」
「ええっ?」
ヨーコは両手でばたばたと自分の体をなで回した。つるりん、ぺたん。って言うか腕短くなってない? え、え、え? この手は何。
むっちりした子どもの手……。
あ、動いた。
やっぱり、これ、あたしの手?
「まさか……そんな、まさか………」
「先生が、ちっちゃくなっちゃってる」
「ええーーーーーーーーーーっ」
結城羊子は子どもに戻っていた。せいぜい小学校低学年、下手すりゃまだ幼稚園かもしれない。水色のベルベットのジャンパースカートに白いタートルネックのセーター、赤い靴。この服、見覚えがある。
ちっちゃい頃お気に入りだった……。
(やられた!)
「さ……さくやちゃん? カル?」
震える声で名前を呼ぶ。自分と同じ様に影に射たれた二人を。
がさがさと茂みをかき分け、だれかが出てきた。
くせのある黒髪にネイビーブルーの瞳の男の子と、くりっとした瞳にほっそりした手足、自分そっくりの男の子。
「よーこちゃん」
「サクヤちゃん」
ぱちぱちとサリーがまばたきし、すがりついてきた。
「だ……だいじょうぶ。だいじょうぶだからね」
抱きしめてぱたぱたと背中を撫でた。カルが不安そうにこっちを見てる。手をのばすと、両手でぎゅっと握ってきた。
「だい……じょうぶ………だから………」
声がふるえる。精一杯握り返してるはずなのに、笑っちゃうくらい力が入らない。これじゃ銃なんて射てやしない。
教え子たちはおろか、自分の身さえ守れない!
どうしよう。
泣きそうだ………。
東の空がうっすらと白くなってゆく。じきに陽が昇るだろう。だが……。
風見はかすれた声でつぶやいた。
「何てこった……3人とも、子どもにされちゃったんだ…………」
じっとりと冷たい汗が額ににじむ。
小さなヨーコと小さなサリー、そしてやっぱり小さなランドール。
ついさっきまで自分たちを導いてくれた人たちが、途方に暮れた瞳で見上げて来る。しっかり手を握り合い、おびえる小動物のようにぴったりと身を寄せ合って。
悪夢はまだ、終わらない。
(to be continued…………)
後編に続く→
▼ 【5-8】対決!
【エピソード5】
昼の光、夜の光、何もない光。
ゆらぎ、瞬き、ひらめいて、眠りと目覚めの通い路照らす。
宵闇、薄闇、木の下闇。
明け闇、夕闇、星間の闇。
漆黒、暗黒、真の黒。 夢と現つの合間に横たわる。
瀝青(ピッチ)のように青黒く、タールのように真っ黒で。
ひと掻きごとになお深く、ひと息ごとになお暗く……。
幾重にも塗り重ねられた闇をくぐり抜け、少年の夢の中へと降りて行く。
対応が早かったこと、強い意志の力で彼が抵抗を続けてくれたこと。二つの要素がプラスに働き、悪夢の浸食は比較的浅い位置で食い止められていた。
降り立った場所は真っ白な霧に閉ざされていた。現実の霧よりもじっとりと重たく手足にまとわりつき、音さえ飲み込む真白の闇。そのただ中でさえ悪夢狩人たちはお互いの存在を感知することができた。
「……風見」
「はい」
何をすべきか。あえて言葉に出す必要はない。風見光一は自らのなすべきことをちゃんと心得ている。
白い闇の中、しゅるりとかすかに太刀の鞘走る気配がした。
「風よ走れ、《烈風》!」
ビウ!
一迅の風とともに霧の帷が切り払われ、視界がクリアになった。
「お見事」
ちぃん、と鍔鳴りの音。白い闇を払った太刀は何事もなかったように鞘の中に収まっていた。
そして、風見光一の姿は太刀を使うに相応しく浅葱色の陣羽織を羽織った若武者の姿に変わっている。これが彼のドリームイメージ……夢の中で自我を保ちつつ、自在に動く時の姿なのだ。
「Hey,各々方、油断めされるな」
片やロイ・アーバンシュタインは青いニンジャスーツ(あくまで忍び装束ではなく、ニンジャ・スーツ)に額当て、手甲、脚絆に身を固め、背にはニンジャ刀を背負い、手には手裏剣を構えている。
いつもは長くのばした前髪に隠れている青い瞳がくっきりと外に現れているのが最大の違いだった。
「敵は近いでござるよ!」
言葉もニンジャっぽい……ただしちょっと間違った方向に。普段言いたいことの半分も言えずに心の中に秘めているロイだったが、その反動か夢の中では性格がはっちゃけるのだ。
「何と言うか……ずいぶんとにぎやかになるんだね、彼は」
「ああ、あれがロイのふつー」
「そう……なのか?」
「はい、ふつーなんです」
ランドールの姿もやはり変わっている。波打つ黒髪は肩につくほど長く伸び、それを赤いリボンできりっと首の後ろで結んでいる。肌の色は血管が透けて見えそうなほど青白く、犬歯が長く伸び、ハンサムな顔立ちはそのままにどこか吸血鬼めいた様相に。
身にまとっているのも黒いマント、裏地は目のさめるような赤。その下には白のドレスシャツに黒いスーツ。
一方、ヨーコの姿は現実と同じく巫女装束のまま、足下のブーツ履きも変わらない。
そしてサリーは……。
「あれ。サクヤさんまで、巫女さんになってる」
「Oh! Fantastic!」
「あ………祝詞唱えたから、つい」
自分の服装を確認して軽く頭をかく。どうやら無意識のうちに衣装を変えてしまったらしい。ヨーコが一緒だと言うのも大きかった。小さい頃から二人でこの姿で祝詞を唱え、神事に携わってきたのだから無理もない。
「いいじゃん。今夜は久しぶりに二人巫女さんしよ?」
「俺とお前でW巫女さん、ですネっ!」
「熱いなあ、ロイ」
「モチロン! 拙者はいつでも熱血エンジン全開でござるよっ」
「はいはーい、全開はわかったから……」
みし、とヨーコの手刀がロイの頭にめり込んだ。
「ちょっとばかり静かにしてもらえる?」
「御意……」
「素直な子って大好き」
実際には彼女の腕力は微々たるものでありさして威力はないのだが。日頃の条件付けが効いているのか、あるいは躾が行き届いているのか、ロイは一瞬で静かになった。
「カル! 何か『聞こえ』ない? 魔物どもはかなりうるさい音を立ててるはずよ。空気をひっかき回して羽虫みたいにわんわんと飛び回ってるから」
「……わかった」
ランドールは目を閉じると意識を集中した。
音のない白い闇の中、物理的な聴覚のみに捕われず、もう一つの感覚を呼び覚ます。
(ふ…………うぅううん。うぅん)
かすかな揺らぎを感じ取った。何体もの小さな生き物の立てる、耳障りな空気の震え。
「いた……」
すっと手を持ち上げる。黒いマントが広がり、目のさめるような裏地の赤が翻る。
「向こうだ」
「OK。行きましょう」
うなずき交わし、走り出す。
青、浅葱、黒、そして二組の白と赤。足音もなく密やかに、軽やかに。
時折不意に、ありえない場所に溝や段差、倒れた木や穴が現れる。右に左にあるいは上に。ひょいと身軽にかわして避けて、ものともせずに前に進む。
「うわっ」
急にばりばりとやかましい音を立て、巨大な木のようなものが倒れかかってきた。
風見の太刀が一閃し、まっぷたつに斬られて掻き消える。霧散する直前によく見るとそれは倒木ではなく、建物の一部らしき鉄骨だった。
「あの子の記憶の断片のようね……近い」
然り。
ゆらりと白い霞を透かして影がうごめく。
「そこだ!」
すかさずロイが手裏剣を放った。
「ギィ!」
羽虫のような小さな魔物の群れが、蚊柱さながらにわだかまっていた。中心に小さな人影が胎児のように体をまるめてうずくまっていた。小柄な少年、少しくすんだ金色の髪。
「オティア?」
しかし昼間会ったときと何と言う変わり様だろう? 骨が浮き出て見えるほどガリガリにやせ細り、手足にはいくつもの傷や痣が浮いている。紫の瞳をうつろに見開き、服が皺になるほど強く、自分の肩を抱えていた。震えていた。胸元にまたたく小さな光に顔を寄せて。
腕にも、足にも乾涸びたか細い木の根っこのようなものが絡み付いている。
周囲に群がる羽虫ども騒ぐたびに小さな白い光が輝きを増し、魔物の群れを押し返す。
だが、悪夢の包囲網は少しずつ、確実に狭められていた。
「Hey! You!」
「そこまでだ!」
ざわっと悪夢の群れに動揺が走る。ゆらりゆらりと空間が歪み、オティアと狩人たちの間を遮るようにして背の高い人影が三つ現れた。
※月梨さん画「魔女出現」
赤い長衣をまとった山羊角の魔女……ビビだ。
「出たな、親玉」
「その子を返してもらおう」
「これ以上、オティアに手出しはさせない」
ぱちくりとまばたきすると、魔女たちは5人をじとーっとねめつけた。それから顔をのけぞらせてさもバカにしたような金切り声できぃきぃがあがあがなり出す。
「ちょっとー、何これー。ジョーダンでしょ?」
「サムライに、ニンジャにドラキュラに、キモノガールが二人ぃ? ちょっと、ふざけてない?」
「こーんなのがアタシたちの邪魔しようってわけー? ちょームカつくっ」
かっくん、と5人のあごが落ちる。ヨーコは思わずこめかみを押さえた。
「…………何、このギャル系セレブみたいなストロベリーフレーバーあふれるしゃべり方」
「今までの犠牲者を通じて現代の知識や言葉を取り込んでるんでしょう」
「よくない影響受けてんなー……ま、欠片も同情するつもりはないけどね」
「右に同じく」
「以下同文でござる!」
魔女の中で一番、背の高い真ん中の一体が右手を上げ、5人を指差した。
「やっちゃえー」
わぁん、と羽虫の群れがうなりを上げて襲いかかってくる。
白い空間にまき散らされたゴミの粒、あるいは蠢く灰色の雲。その体はひび割れ、ねじくれ、ふくれあがり、現実に存在する生き物のありとあらゆるパーツを寄せ集めてねじり合わせたようだった。
まさに悪夢の産物と呼ぶにふさわしい。
「わわっ」
サリーの顔がひきつった。虫が苦手なのだ。
「サクヤちゃん、大丈夫だよ」
白い袖が翻り、小さな手が打ち振られる。
「接触する前に倒してしまえば、どうと言うことはない………行け!」
風見が前に進み出て、抜く手も見せずに太刀を走らせる。銀光一閃、解き放たれる風の刃。効果はてきめん、羽虫の群れが二分の一ほど一掃された。
「よし……」
サリーが目を閉じ、ぱしん、と両手を打ち合わせた。途端に髪の毛が逆立ち、彼の全身が青白い光に包まれる。
「うっそーっ! ちょームカつくーっ」
「しんじらんなーいっ 何、この光ーっ」
「まぶしーっ、キモーイ!」
ざわざわと悪夢の群れに動揺が走り、山羊角の魔女たちが目を押さえて後じさる……光が苦手なのだ。
バチッ!
まばゆい電光がほとばしり、羽虫の群れが完全に一掃された。
「ふぅ……」
「OK、サクヤさんGJ!」
「……ありがとう」
「油断するな、親玉が来るぞ」
次へ→【5-9】対決!!
▼ 【5-7】出陣
【エピソード5】
めいめい食べ終わり、飲み終わった頃にはオフィス街を抜け、徐々に住宅街へとさしかかっていた。
「あれ、ホテル通り過ぎちゃったんじゃ……」
「うん、どうせだからダイブするための場所も『下見』しとこうと思って」
「なるほど」
「よさそうな場所、見つけておいたよ」
サリーは一行を住宅街の一角にある公園へと案内した。寒さと乾燥に強い芝生は真夏ほどではないものの、まだ緑を色濃く残してふかふかと生い茂り、木々の中であるものは葉を落とし、またあるものはつやつやと堅い丈夫な葉を広げている。
「……どう、ここ?」
ヨーコは公園の中を歩き回る。滑り台に回転シーソー、ブランコ、砂場、ジャングルジム、プラスチックのちっちゃなロッキンホース。
遊具の間を通り過ぎ、大きな木の根元で足を止めた。
「うん、いいね。使えそう」
すっとまぶたを細めて梢を見やる。
青い空をひび割れのように縁取る枝を透かして、ほど近い場所に6F建てのマンションがそびえていた。
※ ※ ※ ※
「ビビか。小さい頃聞いたことがあるよ」
夜。
ホテルの最上階のレストランは「シティスケープ」の名にふさわしく壁の一面がほぼガラス張りの窓になっていて、眼下にはサンフランシスコの町の灯火が夜空に散った宝石さながらにきらめいている。
ことにクリスマス前のこの時期はイルミネーションがチカチカと。一般家庭のものから街の広場、デパートの大掛かりなものまでいたる所で輝きを添えている。
「ああ、カルのお母様はルーマニアの出身ですものね」
「うむ。赤い服を着て子どもと母親を狙う魔女の話を、ね……ベッドに早く入らせるための方便かとも思ったが、今思えばあれは多分」
「用心させるために知識を伝えてたのかもしれないわね?」
「そうなんだ。小さい頃の私は……人の目には見えないモノが見えていた。大人になってからはそんなことも少なくなって、夢だったんだろうと思っていたよ」
ランドールはほのかにほほ笑むと、テーブルに並んだ一同の顔を見渡した。
ストライプのダークグレイのスーツに赤いネクタイをしめた風見と、黒いスーツに青のクロスタイをしめたロイ。そして見覚えのある濃いめの茶色のスーツに紺色のタイを締めたサリーと、その隣にちょこんと座ったヨーコ……
『Hey,Mr.ランドール!』
『乗せていただける? 緊急事態なの』
8月のあの日、彼女に呼び止められたのが全ての始まりだった。
「君たちに会うまでは、ね」
にまっとほほ笑むとヨーコはグラスを軽く掲げた。
背の高いフルートグラスの中身は炭酸入りのミネラルウォーター。底から立ちのぼる細かな泡に包まれて、薄切りのライムがひとひら浮いている。
この後に大事が控えているのだ。お楽しみは事件解決後の祝杯までとっておこう。
「正確にはビビ『そのもの』ではないかもしれないの。形すら定かではなかったもやもやっとした存在が、取り憑いた犠牲者の記憶とイメージを吸収して次第に確固たる恐怖に形を変えて行き、やがては現実をも浸食する力を持つに至る……それが『悪夢』(ナイトメア)」
サリーがうなずき、後を続ける。
「具現化したナイトメアは手強い。けれど悪いことばかりでもないんです。取り込んできた伝承の『規則』にも縛られるから」
「伝承にあるのと同じ固有の弱点を持つと言うことだね?」
「その通り! あたしたちの力は万能でもないし無限でもない。だからこうしてチームを組むの。あ、風見、塩とってくれる?」
「どうぞ」
「サンキュ」
軽く料理に塩を振り、ソースの味を調整している。
「力を合わせて、互いに足りない所を補って……」
ヨーコは手にしたナイフで器用に皿の上の肉を一口ぶん、さくっと切り取った。鮮やかな手つきでカチャリとも音を立てずに。
「相手の正体を見極め、弱点を突いて倒す」
さらりと言い切ると、ぱくりと肉を口に入れた。途端に顔全体がふにゃあっとゆるむ。さっきまでの凛とした表情が嘘のようだ。
「ふぇ……お肉がとろける……おいしーい」
アメリカのレストランの常として、この店の料理は肉食主体の成人男子を基準としていた。故に量はかなり多い。
育ち盛りの風見とロイはともかく、ヨーコは食べきれるだろうかとランドールは密かに心配していた。サリーの小食ぶりから察して、この小さなレディにはいささか多すぎるのではないか、と。だが、杞憂に終わった。
前菜、サラダ、スープにパン、メインの肉料理までヨーコは気持ちいいくらいにぱくぱくと完食している。ナイフとフォークを器用に操り、服やテーブルクロスに一滴も、ひとかけらもこぼさずに。
仕事が終わってホテルの部屋に迎えに行った時、ランドールは神妙な面持ちの風見とロイに手招きされた。
『これから何が起きてもびっくりしないでくださいね?』
『ヨーコ先生にとってはきわめてフツーのことなんです。引かないであげてください』
『お願いします!』
あれはどうやら、このことを指していたらしい。
確かに旺盛な食欲に少しばかり驚いたが、長旅で体力を消耗した分、食べて補っているのだろう。いいではないか、実に何と言うか、健康的だ。
「くぅう……たまらないなぁ。もう、幸せ……」
それに、この美味しそうな表情ときたら! 顔だけではない。小さな体全身で喜びを現している。シェフに見せてやりたいと思った。
ただし。
いかにテーブルの下とは言え、足をじたばたさせるのはいただけないな。
後でそれとなく指導しておこう。
一方、風見とロイは別の意味でほっと胸をなでおろしていた。
(よかった……ランドールさん、引いてない)
(見た目と行動のギャップが有り過ぎです、先生)
「ヨーコ」
「何?」
そっと指先で口元を拭う。
「あ……ついてた」
「うん。パセリがね」
「うっかりしてた」
頬を赤らめ、目を伏せた。
彼女は行動こそダイナミックだが、よく見ると仕草の一つ一つは楚々としていて細やかだ。装えばちゃんと、それにふさわしい立ち居振る舞いで動くことのできる人なのだ。
ただし、まだ原石のきらめきた。洗練された淑女にはいささか遠い。
(これは、かなり磨きがいがありそうだ)
「失礼します。デザートをお持ちしました。こちらのケーキからお好きなのをお選びください」
「わ……あ……」
目を輝かせてワゴンに並ぶケーキを見つめている。
「うーん……苺のタルト……いや、洋梨のシブースト……あ、でもチョコレートもいいなあ………ど、どうしよう……」
にこやかにロイが言った。
「苺がいいのでは? お好きでしょう?」
「うん」
「カロリーも一番低いし、お腹にたまりマスし」
「……」
もそっとテーブルクロスの下で足の動く気配がした。
「っ」
ロイが声もなく顔をひきつらせ、椅子にこしかけたまますくみあがる。
「スミマセン、失言でした………」
「わかればよろしい」
さくっと言い捨てるとヨーコはウェイターに向かってこの上なく晴れやかに微笑みかけた。
「苺のタルトをいただけますか?」
「かしこまりました。どうぞ」
「ありがとう」
至福の表情で苺を味わうヨーコの隣で、風見がぽんぽんとロイの背中を叩いてなぐさめていた。
※ ※ ※ ※
食事を終えて、一旦部屋に引き上げる。
「さて、着替えますか……『戦闘服』に」
「はい」
「御意」
「あ、ヨーコ」
ベッドルームに向かおうとするヨーコをランドールが呼び止めた。
「はい?」
「その服を選んでくれたんだね。何となくそれが一番君に合いそうな気がしたんだ……」
「う……あ……う、うん。この感じ、好き」
「そうか。うれしいよ。また着て見せてくれるね?」
深みのあるサファイアブルーの瞳がじっと見下ろしてくる。部屋の照明のせいだろうか。瞳孔と虹彩の境目すらわからないくらい濃い、極上の青。
参ったなあ。このタイミングで言うか? これから脱ごうって時に。レストランに行く前は何も言わなかったくせに。ただにこっとほほ笑んで当然って顔して手をさしのべてきた。
一瞬、何だろうって思ったけど、『どうぞ』と言われて初めてエスコートされているんだと気づいた。
本当に、この人って……紳士なんだなあ。
自然体で。
「……うん。いいよ」
嬉しそうにうなずいてる。
おしゃれするのはきらいじゃない。自分にどんなものが似合うのかもちゃんとわかっているし、ほめられれば嬉しい。
一回こっきりのドレスアップのつもりだったけれど、また着てもいいかなと思った。
彼が喜んでくれるなら、なおさらに。
※ ※ ※ ※
「お待たせ。さ、出かけようか」
ホテルを出てランドールの車に乗り込み、下見した公園へと向かう。助手席にサリーが乗り、後部座席に風見とロイ、そしてヨーコが並んで座った。後ろがちょっとばかり窮屈だったが文句を言う人間はいなかった。
若干一名、幸せのあまり心停止寸前に陥ってる奴がいたが。
「なぜ、わざわざ外へ? ホテルの部屋からでも行けるんじゃないかい?」
「うーん確かにそれも可能ではあるんですけれど……あそこ、けっこう人の出入りが多くてざわざわしてるでしょう?」
「ドリームダイブ用に結界を、ね。浄められた空間を用意しなきゃいけないんだけど、あまり向いてなかったの」
「ベテランの術者なら繁華街の真ん中だろうと、試合中のリングサイドだろうとばしばし行けちゃうんですけどね……」
「あたしたちの場合は場所を選んだ方が確実なんだ」
「なるほど」
目的の公園の駐車場に車を停める。周囲の家には庭先にクリスマスツリーが建てられ、全体に巻かれた細いライトの灯りがちかちかと控えめにまたたいている。
町の中心部と違ってこの一角は、はしごを登る電動サンタや1/1サイズのトナカイなど、大掛かりな電飾をデコレートした家は少ないようだ。
「そう言えば今日はまだ22日なんですよね」
腕時計の時間を確かめ、風見がつぶやいた。
「不思議だなあ。俺たち、22日の夕方に日本を発ったはずなのに」
「時差で一日巻き戻ってるからね……」
車から降りたヨーコは、コートのケープだけ外して羽織っている。ケープは肘のあたりまでの長さが有り、たっぷりと上半身を覆っていた。一見赤いロングスカートに見えるのは実は巫女装束の赤い袴である。足下はさすがにブーツだが、上は当然、白い小袖だ。
「このためにケープ着てきたんですか」
「そーよ。巫女装束でホテルのロビーなんざ歩いたら」
「……目立ちますね、この上もなく」
一方、ロイと風見は来たときの動きやすさを優先した服装に戻っている。と言っても風見の羽織っている長めのダウンジャケットの下には特製のホルスターに納めた小太刀が2本。ロイの黒いコートのポケット(もちろん特製)には、祖父から借り受けたニンジャ道具一式がきっちり仕込まれている。
「それにしてもその格好、寒くナイですか、先生」
「大丈夫、ちゃんと腰にカイロ貼ってるから!」
「よーこさん、よーこさん」
「青少年の夢を壊すような発言は謹んでください……」
「冷えは女性にとっては大敵だよ、ヨーコ? 気をつけなければ」
「心配ない心配ない。袴の下にはちゃんとヒートテックも着けてるし」
「だーかーらー」
「よーこさんってば……」
街頭の灯りの中、ひっそりとたたずむ遊具の間を抜けて行く。昼間のにぎわいも、クリスマスの華やかさもここからは遠い。
しんしんと凍える夜の空気の中、昼間目星をつけた木の根元にたどり着いた。
「さて、と」
ヨーコはするりとコートをぬぎ、近くの灌木の枝にかけた。
肩にかけていた紺色のバッグ……全体に薄い青紫と白で回転木馬の模様がプリントされていた……から必要な道具を取り出して地面に並べる。
小さく切った和紙、塩の詰まったジップロック、そして透明な液体を満たした小さなボトル。
「これは?」
「お神酒。神様にお供えしたお酒よ。実家からちょっぴりもらってきたの」
「化粧水の瓶に入れて?」
「便利よ? 軽くて丈夫だし。本当はお榊もあるといいんだけど……」
サリーが肩をすくめて小さく首を横に振った。
「植物の持ち込みになっちゃうからね」
その時、バッグの中でかすかに音楽が鳴った。短く5秒ほど。
「お」
ヨーコは携帯を取り出すと画面にさっと目を走らせ、うなずいた。
「和尚からドリームダイブの許可が降りたわ。始めましょう……風見」
「はい」
「それからロイも。手伝ってくれる?」
「ハイ」
手分けして大木の根方を中心に東西南北の四隅に盛り塩をして、神酒を注ぐ。
準備が整うと、ヨーコはバッグから鈴を取り出した。
手で握るための赤い輪に鈴のついた、まるで幼稚園のおゆうぎで使うようなベルだった。しかし、ただのベルではない。
ヨーコによって手を加えられ、略式ながらいっぱしの神具……神楽鈴に仕立てられていた。
輪の両端からは緑、黄色、朱色、青、白の五色のリボンが長くたなびき、鈴は全て神社で祈りをこめて作られた特別な金色の鈴に換えられている。
「あ……それ、”夢守りの鈴”ですね」
「そうだよ」
夢守りの鈴。サリーとヨーコの生家である結城神社で作られる護符の一つで、その音色は悪夢を退け健やかな眠りを守ると言われている。
「サクヤちゃん」
「うん」
大木の根元にサリーと二人並んで立つ。その後ろに風見とロイ、ランドールが並ぶ。
全員が位置に着いたのを確かめると、ヨーコはシャリン、と鈴を鳴らした。
「高天原に神留まり坐す皇親神漏岐 神漏美の命以ちて 八百万神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて……」
サリーとヨーコ、微妙に高さの異なる澄んだ二人の声がよどみなくなめらかに。息づかいのタイミングさえずれることもなく祝詞を唱えて行く。
「彼方の繁木が本を 焼鎌の敏鎌以て 打ち掃ふ事の如く遺る罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ひ清め給ふ事を……」
何も見ない。確かめない。自然に口元から流れ出す声が夜の空気を震わせる。
「此く佐須良ひ失ひてば 罪と云ふ事を 天つ神 国つ神 八百万神等ともに聞し食せと白す……」
シャリン、と鈴が鳴る。
その瞬間、空気が変わった。
祭壇に見立てた木を中心に見えない波が走り抜ける。波の通り過ぎた空間は清々しくて、まるで神社の境内か教会の聖堂の中にでもいるような……しん、と張りつめた中にもどこか安らぐ静けさに満たされていた。
唱え終わると二人は腰を屈め、腿のあたりまで手がくるほど深い礼を二回。
それから胸の前に両手を掲げ、ぱん、ぱん、と二回拍手。
風見とロイもこれに倣う。
ランドールは少しだけ首をかしげていたが、見よう見まねで後に続いた。
それから再度礼をして、体を起こす。
「……みんな、いい? 行くよ?」
「いつでも……」
「了解デス」
「Yes,Ma'am」
しゃん、しゃらり、しゃりん。
(チリン、チリリ、チリン)
ヨーコの鳴らす鈴の音と。今この瞬間、飼い主にぴたりと寄り添う白い子猫の身につけた鈴が共鳴して行く。
「神通神妙神力……」
りん。
(リン)
りん。
(リン)
りん(リン)。
「加持奉る」
夢と現の境が揺らぎ、道が開いた。
次へ→【5-8】対決!
▼ 【5-6】対面
【エピソード5】
『Hi,マックス。実は今度のクリスマスにサンフランシスコに行くことにしたの』
兆しの夢を見、サリーからのメールを受けた直後にそのまま彼に電話をした。
『本当に? そりゃ嬉しいね。会えるんだろ?』
『うん、遊びに行く。事務所の方に』
『………事務所に? 家じゃなくて?』
海外通話独特のタイムラグよりほんの少し長い沈黙。どこかほっとしているような気配が感じ取れた。
彼の戸惑いが収まるまで待ってから、ゆっくりと話を続ける。
『実は高校の教え子に留学希望の子が居てね。下見を兼ねて一緒に行くことになって。で、本物のアメリカの探偵事務所を見たいって言うから……お願いしてもいい?』
『なるほど。そう言うことなら、歓迎するよ』
『ほんと? うれしいな。それじゃ、12月22日の午後にうかがうわ』
『うん、その日なら営業中だ。茶菓子は何がいい?』
『何でも』
『それは、知ってる』
『んー、最近はスコーンに甘くないクリームつけて食べるのがマイブームかも』
『OK、アレックスに頼んどくよ。それじゃ』
※ ※ ※ ※
そして、当日。
「よーこさん、ドレス脱いじゃったんだ……もったいない」
「やー、さすがにあれ着て真っ昼間っからシスコの町中は歩けないでしょ」
「せっかくランドールさんに写メ送ろうとしたのに、写真撮る前に脱いじゃうんだもんなー」
「いいじゃん。夜には直に会うんだから」
「……クラスのみんなにも」
「風見!」
ユニオン・スクエアの雑踏の中を、ヨーコとサリー、風見とロイの四人は連れ立って歩いていた。
ヨーコとサリーは健脚だ。子どもの頃から袴姿で神社の石段を上り下りすることで自然と足腰が鍛えられたのである。さっかさっかとスケールの小ささを補ってあまりある機敏な足取りで歩く。
風見とロイは言わずもがな、二人とも幼い頃から日々鍛錬している。ロイに至っては通行人が接触しそうになるたびにさっと間に入り、風見との接触を防ぐ芸当までやらかしている。
全て何気ない動作の中で。
交差点で、四角いオープンデッキ式のケーブルカーとすれ違う。赤を貴重とした屋根付きの車体は、広告用の看板でまるでレトロなクッキー缶のようににぎやかに飾られていた。
「お、ケーブルカーだ。すごいなー、海外ドラマで見たのと同じだ!」
「あっちには路面電車も走ってるんだよ。ほら。いろんな国の古い機体が走ってる」
サリーの指差す方向には、全体がくすんだ緑色、窓部分が横一列にクリーム色に塗られたコンパクトな車体が走っていた。
「え、あれもしかして東京都電の?」
「そうだよ。日本の国旗が描かれてるでしょ?」
「本当だ。でも俺、乗るんだったらやっぱりあっちかな……」
風見は目を輝かせてケーブルカーを追いながら小さく『Everywhere you look』(海外ドラマ「フルハウス」のテーマ)を口ずさんでいる。
そんな彼の横顔を見ながらロイは密かに胸をきゅんきゅん言わせていた。
「When you're lost out there and you're all alone A light is waiting to carry you home……(君が一人道に迷っても、家に導く光が待っていてくれる)」
「わ、発音完璧! 風見くん、ずいぶん英語上達したんだね」
「羊子先生に特訓されました。DVDで海外ドラマ延々と視聴させられたんです」
「フルハウスを?」
「うん。アレは日常会話が多いからね。サンフランシスコが舞台だし、教材に最適だったの……あ、ここだ」
見渡せば、そこにある。(Everywhere you look.)
目的のオフィスビルにたどり着き、一行はエレベーターで二階に上がった。
「この先の廊下をずーっと行った突き当たりよ」
「所長のマクラウドさんって、元警察官なんでしょ?」
「うん、爆発物処理班に居たって」
「それで、今は私立探偵なんだ……背も高くて、がっちりしたタフな人なんですよね」
「ハードボイルドです」
「あー、うん、確かに職歴は正しいし頑丈で腕っ節が強いのも事実なんだけど……ね」
「まちがってはいないよ……ね」
あいまいな表情でサリーとヨーコはそれ以上の言及を避けた。
料理上手で人妻で二児の『まま』だと言うことは伏せておこう。現物を見せるに限る。
突き当たりのドアにはめ込まれた磨りガラスにはかっちりした書体で『マクラウド探偵事務所』と記されている。
『ようこそ』とか『あなたの』とか『迅速丁寧』とか『秘密厳守』とか。余計な文字は何一つない。
呼び鈴を押すと、中から深みのあるバリトンが返ってきた。
「どうぞ、開いてます」
がちゃり。
出迎えてくれたのは予想通り背の高いがっちりした男性だった。赤い髪の毛が窓からさしこむ冬の光に照り映えて燃えるように輝き、身につけたVネックのネイビーブルーのニットの上からも鍛えられた筋肉が伺える。
「Hi,マックス。元気?」
「ヨーコ。サリー!」
ぱっと見厳つい顔が一瞬ででほころび、人懐っこそうな笑みが広がった。
「よく来てくれた。会えてうれしいよ」
友人同士にふさわしいおとなしめのハグを交わしてから、ヨーコは教え子二人を手招きした。
「マックス、この子たちがあたしの教え子。風見光一と、ロイ・アーバンシュタイン」
少しばかり緊張しながら二人は所長に挨拶した。
「初めまして、マクラウドさん」
「お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。ディフォレスト・マクラウドだ。ディフでもマックスでも好きな方で呼んでくれ」
「はい」
礼儀正しく挨拶をしている間に、ひそかに所長の背後にしのびよっている奴がいた。
足下にしのびより、ざっしざっしと爪をたててよじのぼり……肩からにゅっと顔をつきだす。
「みう」
「あ、猫」
所長の肩の上でしっぽをぴん、と立てる白い猫に向かってサリーがにこやかに声をかける。
「こんにちは、オーレ」
「みゃっ」
「何か、とくいげですね」
「高い場所にいるからな……オティア!」
すっとパソコンの前から金髪の少年が立ち上がり、歩み寄って来る。
ディフが軽く身を屈めて背中を向けると、黙って白い猫を引きはがした。爪が服にひっかからないように一本ずつ丁寧に外して。
二人ともほとんど目も合わせず、一連の作業を実になめらかにこなしている。どうやらよくあること、慣れっこってことらしい。
「……なんか……イメージが……トレンチコートより割烹着似合いそうで」
「いや、アットホームに見えて実は優秀なのかも。筋肉の着き方もきれいだし、身のこなしに隙がないヨ」
「間取りはまちがいなく、ハードボイルドっぽいんだけどなあ」
入り口からほぼ真正面にあたる奥に木製のどっしりしたデスク、右手にパソコンの置かれたスチールデスク。
パーテーションで仕切られた一角にはソファとローテーブルの応接セット。
しかしよく見るとスチールデスクの足下には猫用のバスケットが置かれ、さらに壁際にはペットサークルに囲まれた猫トイレが設置されていたりするのだった。
さらに、テーブルの上にはクッキーにスコーンにドーナッツ、マドレーヌにマフィンにタルトなど、小振りの焼き菓子が白い皿に美しく盛りつけられている。
「もしかして、かーなーりアットホームかもしれない」
「ちょっぴりよそ様のお茶の間にいる気分になって来たカモ」
「みゃっ」
風見とロイが現実を把握している間、オティアと呼ばれた少年は白い猫を連れて事務所の隅にしつらえられた簡易キッチンへと歩いて行く。
「あ、オティア」
ヨーコに呼ばれて立ち止まり、黙って振り返る。
「お湯だけ沸かしてもらえる?」
怪訝そうに見ている。ヨーコはバッグから小さな紙包みを取り出した。
「これ、お土産……日本のお茶」
「グリーンティーか。ありがとう、さっそく入れてみるよ」
「そのことなんだけど、風見に任せてあげてくれる? この子のおばあちゃん、お茶の先生なの」
「ああ、いいよ」
「それじゃ、失礼して」
やかんに水を入れて火にかけると、オティアは黙々とカップを棚から取り出して並べた。次に白い丸みをおびた形のティーポットを出しかけて一旦手を止め、風見に顔を向ける。
「ポット、これでいいのか?」
「大丈夫です。ありがとう」
こくん、とうなずくとポットを準備し、何事もなかったように自分のデスクに戻って行く。小さく会釈をすると、風見は入れ違いにキッチンへと歩いて行った。
(この子が悪夢に狙われてるんだな)
同じ年頃の子が被害に会っているのを見ると、つい思い出してしまう。かつて自分が"魔"に襲われたときのことを。
すれちがいざま、さりげなく相手の様子を観察した。少しくすんだ金髪、紫の瞳。誰にも何にも無関心。
ぶっきらぼうで無愛想だけど、内側には傷つきやすいガラスの心を抱えている。今はかろうじて意志の力で持ちこたえてはいるけれど、いつくだけてしまうか……。
細い肩の上でもぞもぞと何かが蠢いている。おそらく常人の目にははっきりとは見えない。せいぜい勘の良い人間がぼんやりした影として認識する程度のものだった。
(あ)
ロイに向かって目配せする。
(どうする?)
(一応取り除いておこう)
密かにロイが動こうとしたその時だ。
不意にオーレがぴっと耳を伏せ、オティアの肩に駆け上がると空中をばしっと前足で一撃。素早く飛び降り、何かを床から拾い上げるような仕草をした。
首輪につけた金色の鈴がチリン、と澄んだ音色を奏でる。
(すごい)
(で、できる!)
白い猫は満足げにピーンとシッポを立て、鼻面をふくらませるとサリーに向かってちょこまかと駆け寄った。
「に」
「……そ、そう、えらいね」
微妙に引き気味のサリーに変わってヨーコがかがみ込み、白い猫のあごをくすぐる。
「ありがとう」
「みゃー」
かぱっとピンクの口を開けて答えるオーレから何かを受け取るような仕草をし、くっと拳を握った。
ディフが身を屈めてのぞきこんだ。
「虫でもいたのか?」
「ううん。何も」
手のひらを開く。確かに空っぽだった………少なくともディフの目にはそう見えた。だが風見とロイ、サリーには灰色の塵がくたくたと、空気にとけ込むようにして消えるのがわかった。
ふっと手のひらを軽く吹くとヨーコはオーレに向かって手のひらを上にしてさしのべた。白い猫は満足げにのどを鳴らし、彼女の手に顔をすり寄せている。
「勇敢なお姫様なのね、オーレは」
「み!」
「そっか、今は勤務中だから美人秘書なんだ」
「んにゃっ」
「この鈴、そんなに気に入ってくれてるの? よかった。お似合いよ」
「みゃー」
「猫好きなんだな、彼女」
「え、ああ、うん、そうだね、実家でも飼ってるし」
「ポチって言うんだっけ?」
「いや、それは猫じゃない」
サリーは密かに思った。
(よーこさん、猫と普通に会話してるし……)
彼女には自分と違って動物と話す能力はないはずだ。ないはずなんだけど、直感と共感で何となく意志疎通できているんだろう。たぶん、きっと。
(あれじゃ魔女って言われるのも無理ないや)
「どうぞ、お茶が入りました」
風見の運んできたお茶を一口すすり、ディフは目を細めた。
「ああ……いい香りだ。渋みも少ないし、ずいぶん口あたりがまろやかなんだな」
「少し温めのお湯で入れたんです」
オティアも静かにカップの中身を口にふくんでいる。表情はほとんど動かないが、どうやら気に入ったらしい。
「Yummy! Yummy! Yummy! It's taste so good!」
一方では満面の笑顔で焼き菓子にかぶりついてる奴が約一名。
「おいしー、おいしー、おいしー。これ全部アレックスのハンドメイドだよね? アレックスさいこー、すごーい」
乳白色のクロテッドクリームに杏のジャムをほんの少し添えて。英語と日本語で交互に「おいしい」と繰り返し、スコーンを両手で抱えてさくさく食べるヨーコを見ながらディフが言った。
「……リスみたいだな」
「やっぱり、そう思います?」
「うん。そこはかとなく小動物っぽい」
「何かゆった?」
二つ目のスコーンを抱えてちょこんと首をかしげていた。
「ヨーコ。君、何って言うか……高校生の時とくらべて、変わったな」
「そりゃ、10年も経ったんだし」
「あの時の君は、きりっとして面倒見がよくて、姉さんみたいだった」
「そんな風に見てたんだ……」
「今も基本的な所は変わらないよ。でも肩の力がいいぐあいに抜けてる」
はた、とヨーコの動きが止まった。
「いっぱいいっぱいに背伸びしているような危うさがなくなった」
「先生、高校生の時はそんな子だったんだ」
「意外デス」
「ああ。飯食うときもほとんど表情動かさずに黙々と食ってた」
「えー!」
「でも、すごくいっぱい食べてた?」
「うん、パイの大食いコンテストに飛び入りで参加して、10代の部で優勝した事がある」
「あー、なんかすっごく想像できるな、それは」
「さすがデス……」
じわじわとヨーコの頬に赤みが広がり、耳たぶまで広がって行き……やにわに持ってるスコーンを猛烈な勢いで食べ始めた。
またたく間に食べ終わるとすかさずクッキーに手をのばしてさくさくさくさく。これもあっと言う間にたいらげて、お茶を飲んでふーっと息をつく。
「先生、口」
絶妙のタイミングで風見が声をかけ、ちょん、ちょん、と自分の口の端を指先でつついた。
「クッキーついてます」
「うん……ありがと」
ハンカチをとりだしてくしくしと口元を拭う姿を見てディフがうなずいた。
「やっぱり丸くなったな、ヨーコ」
「あなたもね、マックス」
※ ※ ※ ※
「それじゃ、またね、マックス」
「ああ。帰るまでにもう一度くらい顔出せよ?」
「うん、ありがとう」
「お邪魔しました」
「失礼シマス」
事務所を出るなり、今の今までにこやかだった四人の表情がいっせいに引き締まる。しばらく廊下を歩いてから、ヨーコが日本語で切り出した。
「どう思う?」
神妙な面持ちで風見が答える。
「……かなりやばいですね」
「強いパワーを持ってるのに、繊細すぎて、今にも折れてしまいそうで……無理に近づいちゃいけない気がしまシタ」
「うん、そんな感じがした。ガラスの心の天使ってイメージだ」
「あの子も所長さんも危険な状態だヨ。もう一人の兄弟も、おそらく……」
サリーがうなずいた。
マクラウド探偵事務所を訪れたのは、単に旧交をあたためるためだけではない。
「まず弱った一人を狙って、その子を拠点に家族にも手を伸ばすのが『ビビ』の常套手段らしいからね」
「あの猫が首につけてる鈴、結城神社のお守りですよね?」
「うん。あれのおかげでだいぶ助かってるけど、最近は敵の数が増えてきちゃって……さっきもオティアに一匹まとわりついてたし」
「白い猫さんに撃墜されたやつですね」
「そう、あれ。夜になると親玉の邪気に釣られて羽虫みたいな有象無象がブンブン飛び回っちゃってまー、かなり五月蝿そう」
「山羊にはアブがつきものデスから」
サリーがぶるっと身震いした。
「やめてよ、その表現。できるだけ意識しないようにしてるのに」
「Sorry……」
「ごめん」
エレベーターを待ちながら風見は己の手のひらをしみじみと見つめた。指先までぽわぽわと火照って熱い。
ついさっき、お茶を媒介にして放った力の余波がまだ手のひらに残っているようだ。
「一応、応急処置はしときました。どうにか今夜までは自力で持ちこたえてくれるんじゃないかな。あの子、意志が強そうだったし」
「上等! えらいぞ、風見」
満面の笑みを浮かべてヨーコがのびあがり、首に腕をまきつける。そのままわしわしと髪の毛をなでまわした。学校でよくやるように遠慮なく。
「だーかーら。頭なでるのやめてくださいよ子どもじゃないんだから」
「照れるな照れるな」
やめてくださいよ、といいながら風見も心底いやそうな顔はしていない。先生が自分の力を認め、ほめてくれたことが嬉しいのだ。ただ表立って喜ぶのがちょっぴり気恥ずかしいだけで……。
ヨーコも彼の気持ちをちゃんとわかっている。普段は厳しいが、その分ほめるべきときは躊躇なくほめる。全力でねぎらう。
そんな二人を見守りつつ、ロイはきゅっと拳を握っていた。
(ああ……今だけボクはヨーコ先生になりたい)
オフィスビルを出ると、ちょうどホットドックの移動販売車が停まっていた。既に時間は午後3時、ランチには遅くディナーには早い。それでもちらほらとお客が訪れ、決して人の流れが途切れることがないのが不思議だった。
「よし、ごほうびにホットドッグおごってあげよう!」
「さっきあんなに食べたばっかりじゃないですか!」
「うん、だからひとっつだけ」
「このコンパクトなボディのいったいドコに入るんダロウ……」
「謎だね」
「レシピは先生におまかせ、でいいかな?」
「はい! ……って、レシピ?」
ちょこまかと屋台に近寄って行くと、ヨーコはすちゃっと片手を上げて店員に呼びかけた。
「Hey,Mr! ホットドック3つ、オニオンとケチャップはたっぷりでマスタードとピクルスは控えめにね。あとコーヒー一つ、お願い!」
最後のお願い(Please)の一言で、店員の顔ににまっと野太い笑みが浮かんだ。
「OK,little Miss!」
「あれ、一個足りないんじゃ」
「ああ、俺は食べないから」
「わかってるんだ」
「いつものことだしね」
パンからはみ出すほどの太いソーセージを柔らかく甘みのある小振りなパンに挟み、さらにその上からペーパーナプキンでくるんでそのままがぶり。
ホットドッグをかじりつつ、サリーはコーヒーをすすりつつ、歩き続ける。
「アメリカのホットドッグって、パンが角張ってるんだ」
「日本だとコッペパンっぽい形のが主流だものネ。あっちの方がボクにとっては斬新だったヨ」
次へ→【5-7】出陣
▼ 【5-5】あくまで普通らしい2
【エピソード5】
廊下を抜け、エレベーターに乗り、上へ上へと上がっていって……ついたところはプレジデンシャルスイート。
ホテルの外観と同じ赤みがかった砂色のカーペットに白い壁、ソファは生成りに近いベージュ色。カーテンは渋みのある赤ワイン色、椅子やミニバー、テーブルはほんのりオレンジがかった褐色のチェリー材。
優しい秋の日だまりを思わせるインテリアに統一された室内は、ひたすら広く、眺めも抜群。さらにそなえつけのテレビは27インチの薄型だった。
客室係が設備の使い方を説明する間、風見とロイ、そしてサリーとヨーコの四人はひたすらぽかーんとしてうなずくばかりだった。
やっと自分たちだけになってから口を開く。全部日本語で。
「………これがランドールさんの『普通』なんだ……」
「すご……このリビングだけであたしの1ルームマンション全部入りそう……ってか、まだ余る」
改めて部屋中を見回し、風見がため息をついた。
「何か場違いなところに来た感じがする……」
「言うな、あたしも必死で考えないようにしてるんだ」
「こっちは寝室かな?」
風見はとことこと歩いてゆくとドアを開けた。
生まれて初めて泊まる高級ホテルの客室がいったいどうなってるのか好奇心もあったし、万が一にそなえて間取りを確認しておこうと言う武人としての心構えでもある。
「すごいなー、寝室が二つもある! 一つは羊子先生が使うとして……よし、ロイ、俺たちはこっちの部屋を使おうか!」
「う、うん。でもこれ……」
こくんっとロイはのどを鳴らした。目元を隠すほどのびた長い前髪の陰で汗がじわっと額ににじむ。
「ダブルベッドだよ?」
「掛け布団別々にかぶれば平気だろ。これだけでかいし、それに、ちっちゃい頃はよく同じ布団に雑魚寝してたじゃないか」
この瞬間、ロイは彼にだけ聞こえるハレルヤの大合唱に包まれていた。
(神様アリガトウ!)
その間、ヨーコはバスルームに鼻をつっこんでいた。
「わー、お風呂広っ! きれーい。泳げそう! アメニティグッズもすごい充実してるよサリーちゃん。ほら、化粧水まで」
「本当だ……って言うか、何でそんなこと俺に報告するの?」
「わ、この入浴剤ってバブルバス?」
「聞いてないし……」
バスルームから響く歓声を耳にして、ロイと風見ははっとして顔を見合わせた。ここのホテルは何もかもスケールが大きめだ。さすがにバスタブは大柄なアメリカ人男性には少し窮屈かもしれないが、身長154cmの日本人女性には……。
(でかい風呂……バブルバス……泡……滑る………)
(バスタブで溺れてしまいマスっ!)
慌てて二人はバスルームに走った。
案の定、空のバスタブに入って悠々と仰向けに寝そべるヨーコをサリーがやれやれと言った表情で見守っていた。
「羊子先生っ!」
「何? 二人とも血相変えて」
「絶対、風呂入るときはボクらに一声かけてくださいネっ」
※ ※ ※ ※
とりあえずリビングでスーツケースを開けて必要になりそうなものを取り出しているところにピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「はーい」
覗き穴から確認してからチェーンを外し、ドアを開ける。ホテルの従業員が台車に大きめのトランク一個分ほどの箱を乗せてきちんと控えていた。
「ロイ・アーバンシュタインさまにお届けものです」
「Thanks」
「こちらにサインを」
「オーケィ……」
伝票にペンを走らせ、注意深く箱を室内に運び入れる。
「誰から?」
「おじいさまからです」
「ああ、例のもの、手配してくれたんだ」
さくさくと外箱を開け、詰め物で守られた中身を取り出して行く。色鮮やかな包装紙とリボンで飾られた箱が三つ。
「これはヨーコ先生に」
「ありがとう」
「こっちはコウイチに……で、これはボク用、と」
「助かったよ。さすがに日本刀をアメリカに持ち込む訳には行かないからね」
慎重にそれぞれのクリスマスプレゼントを開けると、中からは……。
「……ウサギ?」
「あ、キリンだ」
「ぱんだ……」
ふかふかのぬいぐるみが三つ。一瞬、あっけにとられたがよく見ると巧みに隠されたポケットがついている。ウサギの背中、キリンの首、そしてパンダの腹に。
「凝ってるなあ……」
ウサギの中からは手のひらにすっぽり収まるちいさな二発式の拳銃、ハイスタンダード・デリンジャー、そしてぎっしりと小箱につまった銀色の弾丸。
キリンの首の中には小太刀が二振り。そして大きめのパンダの中には……手裏剣、クナイ、まきびし、目つぶし、カギ縄、その他ニンジャ道具がみっしり詰まっていた。
アメリカ国内に持ち込めないものは、危険を冒して警備をかいくぐるより可能な限り現地で調達するのが吉。前もって必要なものをロイの祖父伝えておき、宿泊先に届けてもらうよう手配しておいたのだ。
「できれば『起きてるとき』に使うような事態には陥りたくないけど、念のためにね」
かしゃかしゃとデリンジャーの銃身を開き、また元に戻して軽く握り具合を確かめる。クセの少ないまっさらな銃だ。これなら問題なく使いこなせるだろう。
「そっちはどう?」
「申し分なしです。さすがロイのじっちゃんの見立てだな」
「無銘なれど業ものを選んだ、って言ってたヨ」
「さすが日本通だ……」
外箱の中をのぞきこんでいたサリーがおや、と首をかしげた。
「まだプレゼントが残ってるよ? ほら、ロイあてだ」
「Oh?」
平べったい箱から出てきたのは、今度はぬいぐるみではなかった。きちんとした黒のスーツが一着。
「やっぱ、ニンジャ色なんだ……」
「基本ですから」
「気を使ってくれたんだね。宿泊先がヒルトンだから、ドレスコードのある場所に出入りするかもしれないって」
「そうよ、ドレスコード!」
ぴょん、とヨーコが居住まいをただした。
「夜の打ち合わせ、ね……最上階のレストランでディナーとりながらやろうってことに……」
「最上階の? すごいなー。料理美味いかな」
「いや、風見、問題はそうじゃなくてだね」
ヨーコはびしっとロイの手にした黒いスーツを指差した。
「そのレストラン、男性は襟付きシャツにタイ着用必須」
「えっ!」
風見はびっくり仰天、目をみひらき、両手でわたわたと自分の着ているフリースとジーンズをまさぐった。……この上もなくカジュアル。
「俺、そんなきちんとした服持ってきてないっ! ていうか、服もそうだけど、そんな高級料理店で食べたことないからマナーなんて全然ですよっ!」
「心配するな、風見。礼に始まり礼に終わる精神は万国共通のはずだ。それでも至らなかったら……」
ごそごそとヨーコが取り出したのは、楕円形のケースにきちんと納められた朱塗りの箸。
「My箸がある!」
「おお!」
うなずくなり風見は自分のスーツケースをごそごそ漁り、すちゃっとおそろいの紺色の塗り箸を取り出した。
サリーは二人の箸を代わる代わる観察してからちょこんと小さく首をかしげた。
「もしかして、校章入ってる?」
「はい。戸有高校の学食では地球に優しいMy箸の使用を推奨してるんです」
「校章入りMy箸、購買部で絶賛販売中デス」
いつの間にかロイも黒い塗り箸を構えていた。
「3人とも、お箸持ってきたんだ……」
「これさえあれば大抵の料理は食べられるからね」
「って言うか、ロイもお箸派?」
「お箸の応用性の高さと機能美はワールドワイドに優れていますから!」
「そっか……」
(それにコウイチとのお揃いだし!)
日本に帰れば他に100人単位でお揃いの人がいるとか。現にヨーコ先生が目の前に現物を出しているとか、そんな事実は彼の頭の中には1ミリ、いや1ミクロンたりとも認識されていない。
先生が持ってるのはただの箸。コウイチのは自分とお揃い。口に出せない分、ひたすら一途なロイだった。
(あいっかわらず風見のことしか見えてないよ、この子は……)
何事もなかったようにさっくりと箸をしまうと、ヨーコはぽん、と風見の肩をたたいた。
「まあ実際、未成年だからそれほどやかましくは言われないと思うんだ。でもさすがにジーンズはまずいかな」
「わかりました……探してみます」
「いざとなったら貸衣装っつー手もあるし?」
「それも何だかなあ」
「それじゃ俺もスーツ着てきた方がいいね」
「そうね。持って来てここの部屋で着替えてもいいし? じゃ、あたしこれベッドルームにしまって来る」
両手にきちんとたたんだ服を抱えて寝室に向かうヨーコを見送りつつ、風見はスーツケースの中をさらに引っ掻き回す。
「襟のついたシャツならどうにか……あ、でも下が、なあ。日本なら制服でOKだったのに……あれ?」
スーツケースの蓋の間仕切りが妙にふくらんでいる。確かここにはほとんど物は入れなかったなずだ。
不思議に思いつつ外してみると、中にはきちんとしたスーツが一式、収まっているではないか! 一瞬手品か何かと思ったが、スーツについているクリーニング屋のタグは近所の店のものだった。
ふと、思い出す。この服、親戚の結婚式の時に買ったやつだ、と。
「ばあちゃんだな……!」
「よかったね、コウイチ! これで何の心配もなく食事にゆけるよ」
「うん……ほっとした」
祖母の心遣いに感謝していると、ヨーコの部屋から「うわぁ!」っと悲鳴が聞こえてくる。
「よーこさん?」
「先生っ!」
駆けつけた三人は、見た。
ヨーコが口をぱくぱくさせながらクローゼットを指差しているのを。
「どうしたんですか!」
「あ、あれ、あれ、あれ………」
「あれって?」
きちっとしたチェリー材のクローゼットの中には様々なデザインの服がずらぁりと並んでいる。それこそシックなロングドレスから、どこのお姫様か妖精さんですか? と突っ込みたくなるようなふわふわふりふりのスカート&パフスリーブのものまで。
色も形もばらばらだが、どれもこれもフォーマルな席に着て行くのにふさわしいものばかりだ。
illustrated by Kasuri
「た、た、たいへんだ、忘れ物がこんなにたくさん!」
「いや、忘れ物なら客室係の人が掃除の時に気づきますよ」
「この部屋とったの、ランドールさんでしょ? 多分あの人が用意してくれたんじゃないかな……ほら」
クローゼットの中から一着選ぶとサリーはヨーコの肩に軽く合わせてみた。
「ね。サイズぴったりだもの」
「でも、でも、こんなハリウッド映画みたいなシチュエーション……ありえないよ!」
「ハリウッドならすぐそこですガ?」
「……って言うか……その………あたしには、似合わないっ」
うろたえるヨーコを見守りながら風見がつぶやいた。
「これがランドールさんの『普通』なんだ……」
「なんかこう言うの映画であったネ、オードリー・ヘップバーン主演の」
「ああ、夜が明けるまで踊り明かしちゃうあれか」
「そうそう、スペインの雨は主に平野に降る」
「よく知ってるなあ……君たちが生まれるずーっと前の映画だよ? って言うか、俺もまだ生まれてないし」
「おじいさまがファンだったんです」
「うちのじっちゃんも」
「あー、なるほど」
納得してサリーはうなずいた。さすが映画俳優の孫とその幼なじみだ。
「とりあえずよーこさん、よさげなの試着してみたら?」
「……そーする」
「じゃ、俺たち居間で待ってますから」
3人が部屋を出て行ってから、ヨーコは試しにグリーンのタイトなロングドレスを試してみた。ウエストはぴったり、腰のラインもきれいに出ている。けれど、若干問題があった。
「う……まさか、これ胸がきつい?」
はたと気づいて矯正ブラのホックを外してから軽く合わせてみる。
………今度はぴったり」
「見抜かれてる……」
うれしいような。
悔しいような。
(それにしてもカルはいつ、私のサイズ計ったんだろう?)
※ ※ ※ ※
ヨーコが着替えている間、サリーは持参したノートパソコンをネットにつないでとあるデータベースに接続していた。
異界の存在と渡り合うには、何をおいても情報収集が欠かせない。
『同業者仲間』が過去に遭遇した魔物は全てレジストコードをつけられ、特徴、弱点、能力、行動パターンなどが記録されるのだ。
予知夢で見た光景や相手の姿を思い出しながら検索し、絞り込んで行く。
「今回の相手はこいつだね」
「ビビ?」
「うん。ルーマニアの民間伝承に出てくる魔女だよ。まず家族の中で一番弱った者……多くの場合は子どもに取り憑いて。じわじわと家族の生気を吸い尽くして行くんだ」
「3人一組の女の魔物、赤い服をまとい山羊の角を持つ。確かに先生の見たイメージにぴったり合いますね」
「ヨーコさんは『見通す』のが得意だからね。俺はそこまで具体的には見えなかった」
サリーは小さく肩をすくめた。
「でもね。山羊の声は聞いた。こいつら、角だけじゃない。山羊を手下に従えてるよ」
「山羊……か。かわいい子やぎちゃんって訳じゃないんだろうな」
「複数いる感じだったかな……ああ、こいつ、呪いの力を持ってるね」
「呪い?」
「うん。厄介な相手は呪いで弱体化させてから襲うらしい」
「いやらしいデスねー。それで、弱体化ってどんな風に?」
「無力な存在に変えちゃうんだ。子どもとか、老人とか、動物とか」
「正に『悪い魔女』だなあ。弱点は?」
「今の所、鉄と火、光を使った攻撃が有効だったって報告されてる。それと昔からこの『ビビ』が寄ってこないように戸口に神聖なものを置いておく風習があったらしい」
「聖なるもの……十字架とか?」
「そうだね。あとは聖水、聖書の言葉」
「神聖なものが苦手なのか。キリスト教限定かな」
「どうだろう。ヨーロッパやアメリカに多く出現してるからかもしれないよ。このデータベースはあくまで知識と経験の蓄積だからね」
「まだまだわからない部分も多いってことだネ」
3人で真剣に言葉を交わしつつノートパソコンの画面に見入っていると、キィ……とかすかにドアのきしむ音がしてだれかが部屋に入ってきた。
いつものぱたぱた、ではない。そろりそろりとひそやかに、しとやかに動く気配がした。
「お」
「わお」
「わあ」
ヨーコが立っていた。はずかしそうにほんの少し目を伏せて。
「似合ってる、似合ってますよ、先生!」
「サイズもぴったりですね。見事な眼力です、Mr.ランドール……」
身につけているのはベルベットのノースリーブの赤いワンピース。所どころにポイントで金色のビーズが縫い付けられている。さらに上に白の長袖ボレロを羽織っていた。何だか背が高いな、と思ったら白のハイヒールを履いていた。
そして、首には黒いリボンのチョーカーを巻いている。中央には四角いフレームに納められたカボーションカットの大きめのアメジストが光っていた。
「あれ、そのチョーカー、どっかで見たことあるな」
「うん、おばあちゃんの、帯留め。洋服着るときはこうやってる」
「何って言うか、全体的にしっくりなじんでますね、そのドレス」
「そうだネ、白と赤………ああ」
ぽん、と拳で手のひらを叩くと、風見とロイはどちらからともなく顔を見合わせた。
「巫女装束と同じ配色なんだ!」
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