▼ 【サンプル7:終幕】
村を囲む壁の外。雪姫川を渡った北側、ほとんど人の手の入らぬその岸辺に、薪が積み上げられていた。その上には、息絶えたエイベルとメイガンの亡骸が横たえられている。
二人一緒に布で包み、固く固く紐で結んだ。離れぬように。分けられぬように。
髪も瞳も唇も。肉も骨もあまさず灰になるように、薪にも布にも、しっかりと油をしみ込ませた。
そこまで準備を整えておきながら、グレンは立ちすくんでいた。燃える松明を手に、石になったように動かない。
長い長い沈黙の後、ハーツが声をかけた。
「代わってやろうか?」
「いや。俺が、やる」
ずずっと鼻水をすする気配がしたが、聞こえないふりをした。
「メイガンは、俺に頼んだんだから」
「……だよな。惚れた女の、最後の願いだものな」
のっそりとグレンはうなずいて、一歩進み、手を伸ばした。松明の火が薪に触れる。
燃え上がる炎が、鮮やかな赤毛と精悍な横顔を照らした。
ぼとぼと涙を流し、鼻水をすすっている。みっともないことこの上ない。だが、目はそらさない。惚れた女の亡骸が、炎に包まれる有り様を見守っていた。
見届けていた。
グレンは悔しかった。
愛した夫のために、メイガンが自分を誘惑したことが。
そんなにまでして彼女の愛した男が、とっくの昔に死んでいたことが。
よりによってその男が、自分なんかに嫉妬して、彼女を道連れにしたことが。
「もしも。もしも俺が、もっと、上手くやっていたら。メイガンは……」
問いかけても答えはなく。雪姫川はただ、滔々{とうとう}と。滔々と流れ行くのみ。
「グレン……泣いてる?」
ハンカチを手に歩き出そうとするネイネイを、ハーツが押しとどめる。
「おじさん」
「あいつ、女の子の前だとかっこつけちまうからさ。泣かせてやってくれよ」
ネイネイは片方だけ耳を伏せた。
それからスミレ色の瞳でハーツを見て。ずびずび鼻をすするグレンの背中を見て。もう一度ハーツを見上げてから、改めて、ぴっと両耳を立てた。
「お茶をいれてくる。泣いた後はのどが渇くからね」
「そうだな。それがいい」
ポットの底にカミツレ敷いて、仕上げにシナモンひとつまみ。
熱いお湯とハチミツ注いで……。
(青き月影、白い牙/了)
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