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羊さんたちの遊卓

あやしのいと

  • はじまりの物語、1編目。悔しいことにこのキャラクターのデータはパソコンのHDが飛んだ際に失われてしまいました。
  • 残ったのは、この物語だけ。
「……あれは子どもの頃」
「あの日、空は青かった」
「季節外れの花の咲き乱れる」
「空き地で」
「封印され、閉じ込められていた」
「あなたの手のぬくもりにふれて」
「自分の罪をつぐなうために」

 あなたの憑き神になった。
 
 あれは子どもの頃。雲ひとつない真冬の空は、どこもかしこも真っ青で。隠れる場所さえありやしない。
 お日様の光は白々とまぶしく、空気は乾いて耳も指先も凍えるくらいに冷たかった。

 二三日前まではバカみたいにぽかぽかお日様が照ってぬくい日が続いていた。ちょいと季節を勘違いしたのか、空き地にはたんぽぽの花がわさわさと開いていた。
 一面の黄色。でも元気がない。
 どの花も、くたんとうつむき、しおれかけ。

 ああ、がっかりだ。これじゃきっとぽわぽわの綿毛になるまでもつまい。あと二晩もすりゃぐんにゃりしぼんで消えちまう。
 種さえ残さず消える花は、いったい何のために咲いたんだろう?

 そんなことを考えながら、それでも目の前にある黄色からどうしても目が離せなかった。

 そこに、あいつがいたんだ。
 一面の黄色の中に、ぽつっと小さな黒い蜘蛛。風にさらされ、震えてる。もう動く力も残ってないらしい。

 さんさんと照るお日様の下、そいつは影さえ落していなかった。
 こいつはこの世のモノじゃない。
 そうと知りながらも、あたしはその蜘蛛を呼んでいた。

 ………呼ばずにはいられなかったんだ。

「おいで。こっちにおいで。そこは寒かろ。さみしかろ?」

 ふわっと尻から糸を吐き出すと、蜘蛛はふよふよと漂って、ほてりと手の中に落ちてきた。
 手の中の蜘蛛があんまり居心地がよさそうだったから、思わず言っていた。
 自分の口からこぼれる言葉の意味さえ知らぬまま。

「あたしの中に入ればいい。ずうっとそこに、いればいい」

 その日からずうっと蜘蛛は、そこにいる。
 あたしの中でせっせせっせと糸を吐き、あやしの夢を織り続け、遠い昔の科(とが)をあがなうために。

 だから手繰ろう、あやしの糸を。
 常世、人の世、夢の夜を、つかの間結ぶか細い糸を。

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