ようこそゲストさん

羊さんたちの遊卓

【9-3】聞こえてます

 
 やがて白々と東の空が明るくなり、鎮守の森の梢の向こうに初日の出が顔を出す。

 一段と厳しくなる冷え込みの中、人の流れは途絶える気配もない。
 初日の出を拝む暇もなく、せっせと店番をしていると……ひょこっと巫女姿の女性が二人、入ってきた。

「風見くん」
「ロイくん」
「ご苦労様。後は私たちがやるから、奥でご飯食べてらっしゃい」
「はい、頂いてきます」

 母二人組みと交代し、社務所に向かう。
 ひたひたと廊下を進み、奥の居間に行くと、炬燵の上にお節料理の重箱が並んでいた。きちんと四角く切りそろえられ、後は焼くばかりになっている餅も。
 さらにストーブには焼き網と、雑煮用の澄まし汁が温められている。

「わあ、お節料理だ! お雑煮もある。すごいなー、ちゃんとお正月だ」
「おお、遅かったのー」

 綿入れ半天を着込み、炬燵にあたっている人物が手を振ってきた。

「お……和尚っ?」

 常念寺の和尚が。今の時間、隣町の寺にいるはずの人物が、まるで、100年前からそこに居たように馴染んでいる。

「何してるんですか!」
「除夜の鐘も無事ついたしの。お神酒をいただいておる」
「お寺にも、初詣でのお客さん来るんじゃあ」
「心配ないない。ちゃんと若いもんを店番に置いてきたでの」
「……それって」
「蒼太さん……?」

 除夜の鐘をつき終わってから不眠不休で(おそらく飲まず食わずで)一人で店番してるのか。(店じゃないけど)
 
「なぁに、あんな破れ寺に参拝に来る客もそうおらんだろうて!」
「破れ寺とか自分で言ってるし……」
「蒼太さん、真面目だからなあ」

 目の下に隈つくりながら必死で起きてるんだろうな。
 ため息をつく二人を尻目に和尚殿、悠々と熱燗で一杯やりながらお節をハシでつまんでいる。

「正月早々不景気な顔をするでないぞ。ほれ昆布巻き美味いぞ。きんとんも甘いぞ」
「……いただきます」

 ストーブで餅を焼き、腕に入れて汁をそそぐ。餅は四角く汁はうすくち、醤油味。具は鳥の切り身に大根、ニンジン、三つ葉とネギはお好みで。

「あれ? あっちにもう一つお重があるヨ?」
「あれはメリィちゃん専用じゃ」
「だからお重が赤いんダネ」
「減る早さも三倍……とか言わないよな」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 昼近くになると、近在の氏子さんによる応援も増えてきた。おかげで三上もようやく持ち場を離れる余裕ができてきた。
 社務所の居間で早めの昼食(と言うべきか遅めの朝食と言うべきか)をとり、すっかりできあがった和尚と世間話など交わしつつのんびり茶をすする。
 さてそろそろ持ち場に戻るか、と腰を上げかけた所で携帯が鳴った。

「メーリィちゃんのーひーつーじー、めえ、めえ、ひーつーじー」

 着メロに合わせて和尚が上機嫌で歌い出す。さすがに読経で鍛えただけあって見事な滑舌。酔っているとは思えないほど朗々と響く。

「メーリィちゃんのーひーつーじー」
「あー、その、和尚、そろそろ電話に出ますので……聞こえちゃいますよ、本人に」
「おおっと」

 何食わぬ顔で電話を受けた。

「はいもしもし」
『あ、三上さん、今社務所にいるよね?』
「ええ」
『休んでるとこ申し訳ないんだけど、ペア守りの在庫が切れちゃったの。札所に届けてもらえる?』
「わかりました、しばらくお待ちください」
『あと、ついででいいんだけど、和尚一発シメといて』

 ぴっと携帯を切り、三上はおもむろに拳を固め、袖をまくった。
 じりっと一歩前進。さすがに酔っ払い和尚も何やら気付いた模様。

「な、なんじゃい、お主」
「歌うのをやめるタイミングが少々遅かったようです。すみませんね」
「うわ、ちょ、ちょっとタンマ! しばし待て!」
「待てません。恨むなら彼女の勘の良さと自分の迂闊さにしてくださいね」
「何を言うか、そもそもお主の着メロが……っ」

(ごぃんっ!)

 amen。
 
 段ボール箱にぎっしり詰まったお守りを抱えて札所に向かう。一つ一つは軽いものの、集まるとそれなりに重量がある。とてもじゃないが結城さんや、結城くんには重労働だ。運ぶのには自分が一番適任だろう。
 荷物を抱えて裏口から札所に入る。

「お待たせしました……おお」

 そこはさながら戦場だった。

「七番のお札、奥から1枚持ってきて!」

(七番……これですね、家内安全)

 箱を降ろしてお札に手を伸ばした瞬間、目の前をさーっと柔らかなふにっとした生き物が走り抜けた。

(え、今、猫がっ?)

「にゃっ」
「ありがとう」

 仕切りの布の向こうでは、今まさに神社の飼い猫のうち1匹が、くわえたお札をサクヤに渡していた。猫の手も借りたいとはこのことか。
 妙なところに感心しつつ、売り場にペア守りを補充する。

「ペア守り持ってきました。これでよろしいですか?」
「ありがとう、助かったー……あ、そろそろおみくじ足さないと……」

 おみくじは古式にのっとり、桐箱の中に入っている。ぱっと見ただけでは、どれほど減っているのかはわからない。

(何で箱の中なのに見えるんだろう……)

 首をかしげていると、手のりサイズのちっちゃな巫女さんが箱の中からしゅるっと出てきた。スケールこそ違うが顔は羊子に瓜二つ。

(ああ、なるほど)

 並み居る参拝客は気にする風もない。もとより、見えていないのだ……自分とサクヤ、そして呼び出した本人以外には。
 三上は再び札所の奥に行き、おみくじの詰まった箱を抱えて表に戻るのだった。
 
次へ→【9-4】見た目が肝心らしい