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羊さんたちの遊卓

【9-4】見た目が肝心らしい

 
 午後に入り、神社を訪れる参拝客の数は一段と増えてきた。いつもは奥にいる『ご神獣』が、本殿前の厩にお目見えする時間が近づいているからだ。
 毎日の定例行事だが元旦ともなれば、やはりめでたい。
 絵馬にもおみくじにも書かれている神獣をひと目見ようと、人も増えようと言うものである。

 普通の神社では『神馬』がこの役目を勤める所だが、結城神社は鹿島神宮の系列であった。したがって『ご神獣』も鹿嶋市の本社や奈良の春日野と同じく、鹿。
 その名も……

「ぽちー!」

 風見はブラシを片手に柵の内側に入り、茶色いつやつやの毛皮に覆われたほっそりした生き物に声をかけた。

「新年最初のお披露目だ。さ、きれいにお支度しような!」

 黒い透き通った瞳で風見を見ると、ぽちはぷいっと横を向いてしまった。
 男の人が好きじゃないのだ。

「先生も、サクヤさんも忙しいんだ。おとなしくしててくれよ……」

 そっと近づくと、ぶんぶんと顔を左右に振る。

「うわ」

 けっこう力が強い。ぽち、なんて気の抜けた名前で呼ばれているけれど、神様のお使いだ。無下に押さえ込む訳にも行かず、風見は途方にくれた。

「こまったな、これじゃ、お披露目に遅れちゃうよ……やっぱりサクヤさん呼んできた方がいいのかな」
「コウイチ! ボクにまかせて!」

 しずしずと金髪の巫女さんが進み出て、ブラシを手ににっこり手招き。
 途端にポチはぴたりとおとなしくなり、自分からくいっと体をすり寄せてきた。

「ヨシヨシ」
「……ほんっと、こいつは女の人にしか懐かないんだよなあ。やっぱりオスだからか?」

 ロイは慣れた手つきでブラシをかけて行く。

「すごいな」
「馬の世話と似たようなものだからネ。 ……はい、できあがり」

 くまなくブラシをかけられて、ぽちはすっかりぴかぴかのツヤツヤ、上機嫌。きれいになったのが自分でも分かるのか、どこか得意げでさえある。
 つややかな褐色の体を仕上げに金色の鈴のついた赤い布で飾り、手綱をつける。

「さ、行こうか」

 ほっそりと長い首筋を撫で、ロイと風見は連れ立って仲良く本殿に向かうのだった。
 ちりりん、ちりん。ご神獣の手綱に揺れる鈴の音を伴奏に。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 夕方四時。日没とともに人の流れはぱたりと途絶え、神社の一日が終わろうとしていた。
 ようやく訪れた静寂の中、羊子は携帯を取り出した。
 
「あ」

 メールが何通か入っている。全て英文だ。件名はそろって「Happy new year」

「ああ……シスコは今、年が明けたんだ」

 にこにこしながらメールを開けて行く。中には写真付きのもあって、はっちゃけたカリフォルニア流のニューイヤーにくすりと笑いを誘われる。

(神社の写メとか送ったら受けるかな? 巫女姿の自分撮りとか、あるいは……)

 ちらっとサクヤに目をやる。同じようにメールをチェックしていたのが不意に顔を上げ、めっとにらんできた。
 小さく肩をすくめ、しぶしぶカメラ機能のスイッチをオフにした。

 やがて、最後の一通(つまり最初に届いたメール)にたどり着く。
 二度、三度と繰り返し読み、終わって小さくため息、携帯を胸に抱きしめる。届いたのは親しい友人からの、他愛のない新年の挨拶。
 それでも彼からの言葉だと思うと胸が高鳴る。

(どうやら、社長からもちゃんと届いたようですね)

 そんな羊子の姿を、ちゃっかりと柱の陰から三上が目撃していたのだが……あえて何も言わずに立ち去った。
 
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